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ねここの飼い方・光と影 ~七章~ - (2007/03/02 (金) 18:11:58) のソース
……システム強制終了。ダミーコード展開、同時にアクセス履歴削除。 例のデータを私の中へダイレクト転送。 玄関の監視カメラよりの情報確認、カメラ及びホストコピュータへの無線LAN接続をカット。 何も無かった事に。全ては何も…… 私はアクセスポッドから飛び出し、稼動状態にあったソレを休眠させ、何事も無かったかのように……そう、何時もの様に 「お帰りなさい、アキラ」 開く扉と共に聞こえてくるのは、私の望む言葉ではなく、老朽化を訴える古びた扉が紡ぎ出す悲鳴のみ。 これが、私の日常…… ねここの飼い方・光と影 ~七章~ 「……所でな、明」 その日の夕食は珍しく、父親とアキラの2人だけ。私はアキラの傍らで2人の食事風景を唯見つめている。 「はい、お父様」 淡々とした食事、他愛も無い淡々とした会話が続いていく。 「お前、私のメインコンピュータを勝手に使用しているだろう」 ……たった一つの言葉で、私の日常は消える…… 「……いいえ、知りません」 俯いたまま、生返事を返すアキラ。 「ここ最近、私の居ない時間に外部に頻繁にアクセスを繰り返していた形跡があったのでな、少し罠を仕掛けさせてもらった。 そうしたら、お前のコンピュータから私のスパコンにアクセスしていた形跡が発見されてな。 何をやりたかったのか知らんが、許可なく私の私物を使うなと、あれ程、言い聞かせておいただろう。」 掌をぎゅっと握り締め、その瞳は長い前髪に隠れてしまい、私が伺い知ることは出来ない。 それに違う、あれは……あれは…… 「あの……それは私が……」 「この……人形風情が、親子の会話に口を出すなッ!!!」 それはまるで雷の様な怒号。 家中に轟くかと思えるほどの声に、私は全く動けなく…… 「……私が、やりました」 「ア……キラ」 ポツリと、それだけを搾り出す、か細い声。 「…………そうか、最初から素直に言えば良い物を。私は嘘を吐かれるのは大嫌いなのでな。 それでは食事を続けるとしようか、明」 対照的に傍目からでも判るほど上機嫌になる父親。それに対して私はあまりに無力で……情けなくて…… 「……はい、お父様」 抜け殻のような返事をしながら、虚ろにスプーンを動かすアキラ。 私には語り掛ける言葉を見つけることが、いや、その資格すらなく。 私に出来るのは、父親が言い放った言葉を証明するかの如く、有無を言わぬ人形としてその場に留まる事だけ。 「ありがとう……ございます。そして……ごめんなさい、アキラ」 部屋に戻ると同時、開口一番に私はそう言うしかなかった。 「別に……貴方を庇ったわけじゃない」 アキラはベッドに体を投げ出しながら、無機質な声で返事をしてくる。 「貴方が何をしようが、結局は私の責任になる。お父様に叱られるのも同じ。私は早く話を切り上げたかった、それだけ……」 「アキラ……」 「迷惑、よ」 その瞬間、ガラガラと私の中の何かが音を立てて崩れていく。 「貴方は迷惑だけは掛けないと、そう思っていた、でも今日のアレは何」 私は返す言葉もなく、俯く事しか出来ない。 「……私は、どうすれば、アキラに許してもらえますか……」 やっとの思いで、たったそれだけの言葉を絞り出すように。まるで声帯機能が故障しているかのような、震えてガサついた声しか出ない。 「……壊れた人形なんか、いらない」 その後、私はなんと言ったのかまるでメモリーが残っていない。 わずかに残っている記憶、感情には、只ただ哀しさと絶望に満ち溢れている。 私は、アキラの望むまま生きることが出来なかった、不良品の人形。 創造主よ、何故私達……私に感情を与えたのですか。 初めから只の機械、人形であればこんな苦しみ、悲しみとは無縁でいられた。いや、 アキラの望むまま、生きられたのに。 望むままに生きられないのなら、せめて…… 『許してください 最後の我侭』 私は行く。 全ての決着、けじめを、自分の手で着けるために。 終わりを見出すために…… 「ん……ぅ……」 気だるく寝返りを打つ。朝は苦手…… そうよ。今朝もまたネメシスに叩き起こされて、憂鬱な一日の始まりを迎える。 「にゅ……」 お布団の柔らかで暖かい感触が心地良く、またうとうとしてくる。 今日は日曜だけど、それでも起きないと。お気に入りのねこみみフード付パジャマの感触を、せめて起こされるまで堪能しよう。 「………」 違和感。 何時もなら同じ時間に起こしてくれる、あの声が聞こえてこない。 声だけでなく、ずっと傍で忌々しく感じてた息遣いもしない。 つい気になって、布団の中でもぞもぞと動いてクレイドルに目をやる。 「……いない」 普段なら、視界に入るだけで、私の感情を掻き乱す存在。 でも、なんと罵倒しても、常に私の傍にいてくれた存在。 「……何処か出かけたんでしょ」 そう呟いて、再び布団の中へ閉じこもる。 昨日の今日だから、気まずくて顔を会わせたくないだけ。そうよ、きっと…… ネメシスが今まで、私から離れた事なんて、ないのだから。 「どうした。お前に与えたあのロボット、今朝は一緒ではないのか」 今日はお父様も珍しく休日で、朝食の時点から顔を会わせる事になった。 「えぇ……」 短く答える。それ以外に返答の仕様がないのも事実なのだ。 でもお父様が気にしているなんて、少し驚きだ。そういう事には全く興味のない人だと思っていたし。 「そうか、お前にアレを与えてからは何時も一緒だったからな。無い方が違和感を感じるとは面白いな」 何が愉快なのか軽く笑う父。 「アレじゃありません。ネメシスです……っ」 反射的に口からついて出た言葉は、私自身でも意外だった。それも今まで父には見せたことのない強い語気で。 「……ん、お前が付けた名前か。そうだったな」 父も呆気に取られた表情で私を眺めている。 今までこんな事した事、なかったのに。 「……ごちそうさま、でした」 あまりに居たたまれなくなってそのまま、私は部屋へと逃げ帰るように席を立つ。 「おぃ、明……」 父が声を掛けてくるが、気にせずそのまま階段を乱暴に駆け上がり、ドアを乱暴に開け閉めして。 『アキラ。ドアはもっと静かに閉めないと、下まで響きますよ』 そんな声がふと聞こえた気がする。……そうよ、何時もおせっかいばっかり…… 部屋の中の空気は澱んで、じっとりと重苦しい。最近はそうでもないと思っていたのに。 『アキラ、窓を開けておきました。人間は毎朝日の光を浴びると健康に良いらしいですよ』 そんな事言っては寒い日や、最初の頃は雨の日にまで開けてた…… 「……何で、アイツの事ばかり」 普段からおせっかいで、目障りで、何時もいなくなれば良いと思っていたのに。 少しだけいないからって、私は何でこんなにも気になるのだろう。 気を紛らわすように大きく窓を開け、爽やかな日差しと新鮮な空気を部屋に取り込む。 カーテンがなびき、まだ夏の香りの残る少し暑い風が吹き込む、と。 「……何かしら。これ」 風に飛ばされ、一枚の封書がサイドボードの上から舞い上がり、そして私の目前へと緩やかに落下する。 私は手に取り……心臓の鼓動が早くなるのを自覚する。それは表には『アキラへ』とだけ短く書かれていた。 若干たどたどしい文字。神姫が人間用の道具を使い、無理やり書いたであろう、文字。 微かに震える手で中の手紙を取り出し…… 『 親愛なるアキラへ 私はもう、貴方の神姫としては失格です。 これ以上アキラに迷惑を掛ける事は、私には出来ません。自分自身が許せません。 その為、私は貴方の前から消えます。 お父様に仰って私の代わりの神姫を買ってもらってください。 アレは壊れた人形だったから捨てた、新しいのが欲しい、と。 それと、私の最後のワガママです。 私の処分は、私自身に、させてください。 私の望むまま、アキラの望むままの最後を…… 追伸、 体を大事にしてください。私のたった一人のマスターへ ネメシス 』 「……あの、馬鹿ッ」 近くにあった鞄を引っ掴んで、私は部屋から飛び出す。 バタバタと階段を駆け下り、靴を履くのももどかしく外へと駆け出してゆく。 「何が壊れたよ。代わりよ…・・・!」 自分でも自分の感情が理解しきれない。それでも私はネメシスを探すための歩みを止めない。 (一言言ってやらなきゃ……気がすまないんだからっ!) [[続く>ねここの飼い方・光と影 ~八章~]] [[トップへ戻る>ねここの飼い方]]