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第三幕 前章 - (2007/02/14 (水) 16:05:26) のソース
第三幕。上幕。 ・・・。 色取り取りのライティングが点滅する、眩しい煌く空間に、白い影が舞い踊った。 チューブ状の通路の中央、その影に沿ってブースターの光の軌跡が描かれる。 後方から響き渡る銃声、耳の横の空気を切り裂いていくブリッツが掠め、体勢が一瞬崩れる。『DAMAGE』と描かれた、黄色い小さなウィンドゥが張り付くように特徴あるヘッドギアの側面に表示された。 (うわ、追い付いてきたっ?) 少なくとも彼女は、明らかに此方の方が速いと思っていたのに。 だが。そのように焦る彼女の心を知っているのか。それを嗜めるように、常から冷静な声が耳に届いた。 『・・・大丈夫。しかし流石に相手の方が此処じゃ速い。後方を取られている限り攻撃に転じる事は止めよう』 すっと肩の力が抜けていく。 『残タイム56。Gは0.28に増加』 その声は強い信頼と安心を与えてくれるから。彼女はその声に従ってウイングを調整した。 何かを削る音が近くで聞こえた。 「!」 肩越しに一瞬だけ振り返る。と、眩しい程に光る通路の後方・・・そこに見えるのはウォールを蹴りながら恐ろしい勢いで迫ってくる緑色の影。その左腕には『敵』の代名詞と言っても良い実弾系大砲がマウントされている。 『チューブ・ラインロードの出口で勝負になるよ。フェスタ、ライフルを捨てて』 彼が言うのだ。そこに迷う必要は無い。彼女は携えていた大型レーザーライフルを後方に投げ捨てた。 ほぼ無重力のチューブ内の、あちこちにぶつかりながら自身に向かってくるライフルに一瞬だけそのハウリンタイプは気が取られたのか。ストレートに入る瞬間、無防備になっているフェスタに、大砲『吠莱壱式』は火を噴かなかった。 だが、それが明確に時間稼ぎになる事はない。 右腕にひっかけた棘輪を振るい、その長大なライフルを弾くと、ハウリンは外壁を、響く低音を残して文字通り凹むほどの勢いで『蹴り飛ばした』。 ぐんっと一気に速度が上がり、先を行く天使型との間合いが詰まる。他のシリーズを圧倒する瞬発力とパワーを持つ脚部ユニットを搭載した、獣をモチーフとしたケモテック製MMSタイプ。 その一度の『踏み込み』は。月面重力に近いこのステージにおいて、アーンヴァルのブースター全開時さえも遥かに上回る爆発的加速力を弾き出す。 Stage 『Space Ship』。 試験実験的なアルファステージでは初期から存在してはいるが、ようやく最近になって本格的に各地に投入された3Dバトルフィールド。新型筐体の重力制御装置により、神姫の自重を和らげて低重力状態を発生させる。 『彼女』らにしてみれば軽くジャンプするだけで簡単に天井まで届くという、ハウリン、マオチャオにとっては天恵とも言えるステージだ。そして。 此処で思いのほか苦戦を強いられたのは、彼女らへの圧倒的アドバンテージを失った高速機動空戦タイプ・・・即ち、アーンヴァルだった。 (近い) 周囲のライティングの色が変化するのを見て出口が迫るのを確認する。きらびやかなチューブロードの終着点、宇宙ステーション内部への『突入口』。 『戦闘距離450』 (了解っ!) 舌を噛まないように歯を食いしばる。後方から放たれた高速弾丸が足元を掠めていくが気にしない。出口付近のチューブは大きくアールを描いており、曲射武装を有していないハウリンでは決定的な攻撃は飛んでこない。 フェスタは両の腕を交差させ、肩にセットされているライトセイバーを抜き放った。左手で抜いた側は天使型デフォルトの青い光の刀身。右手で携えたもう片方は、粒子が舞い散り光の軌線を描く、一回り長大な翠色の光剣。 彼女はAMBACを利用する形で無理矢理に身体を反転させる。大型ブースターの噴射口から炎が爆発し、チューブのライティングを掻き消すほどの明るさを齎した。 後方から照らされる形になり、白と黒のコントラストがフェスタの端正な横顔をくっきりと映し出す。 「・・・っ!!」 耳の奥で鳴る駆動音。加速しきった身体は簡単には止まってくれはしない。チューブから弾き出されようとする刹那、彼女は迷わず左の剣を外壁に叩き込んだ。 左腕が引っ張られ、肩に痛みが迸る。即座に左手を離しはしたが、それでも確かな減速は得れた。ブースターの外装が僅かに浮き上がり、轟音が甲高い音に変化。その赤い炎が青白い光に変わる。 ベクトルが、反転した。 チューブを駆け抜けてきたハウリンが信じられぬといった表情で目を見開いた。出口で待ち構えていたのは、此方に突っ込んでくる光剣を振りかざした天使。 思わず蓬莱壱式を構えるが、交差はそれよりも早く訪れる。 常、ダンスを踊る時と同じ、指先まで真っ直ぐ伸ばされた左手。しなやかに捻った肢体。振り上げた右手。 石火の一閃。 黄色いダメージアラートが、ハウリンのボディに袈裟一直線に示される。 チューブの外壁にぶつかり、バランスを崩して出口から放り出される瞬間。黄色い小ウィンドゥに重なるようにレッドアラートが表示され・・・。 「ぅわああぁんっ!?」 目を回したハウリンの全身に、コミカルにディフォルメされたドクロがゲラゲラと笑う『デッドマーク』がブザーと共に表示された。 バトル終了。 ・・・。 新堂家近所の小さなカフェ『伯林』。 白髪に白い髭を蓄えたマスターが、今日の勝利を嬉しそうに話し続けるフェスタの声に、一々頷きながら、湯気立ち上るコーヒーを注いだカップをマコトの前に置いた。 「おごらせてもらうよ。いわば今日の勝利に乾杯」 「・・・ありがとうございます」 礼を述べるマコトにも笑いかけ、フェスタに視線を移す。 「元気になって何よりだね。フェスタちゃんも。合う脚があって良かった」 「ありがとう」 屈託なく笑う彼女の笑顔が戻ってきた事は、近所にとっても朗報であった。 新しい脚に変わった後、随分とリハビリと称して訓練していたが。今では自身の物と何ら変わらぬ所まで新しい脚に慣れてきたようだ。 「じゃあフェスタちゃんには取って置きの・・・」 マスターはカウンターの下の引き出しから、一枚のデータディスクを取り出した。 「音楽を聞かせてあげようか」 「ホントに!?」 両手を胸の前で組み、顔を輝かせてフェスタはマスターを見上げる。 「あぁ。非売品だよ?」 流れていた音楽を止めるとディスクを取り出し、新しい・・・市販のブランクディスクにシールを貼った物を挿入する。読み取り音が静かに響く間、どきどきを抑えきれないのか正座をして待つフェスタ。 やがて。 クラシックの前奏が入り、最初は静かに、やがて大きく声がスピーカーから流れ出した。 「・・・」 マコトは思わず、声を失った。 どこの言葉かは全く解らないが外国の言語。 その流れ出してきた歌声は。ただ美麗なだけではなく力強く、それそのものが濃淡さえ感じさせる女声。それも・・・。 「人の声じゃ、ないですね・・・」 「おお?」 マスターは驚愕に近い声を上げた。 「うん、良く解ったね。そうだよ。神姫が歌っているんだ」 人工声帯が紡ぎだす限りは無くならない『特徴』のある声。だがそれは。圧倒するが破綻をきさない声量により、それさえも欠ける事の出来ないパーツと錯覚させる。 「数週間前かな。親類の結婚式で、ソナタを歌っている不思議な神姫がいてね」 髭を撫でつつ、嬉しそうに語りだすマスター。 「それが余りに美しかったから・・・無理を言ってコイツを録音させてもらったんだよ」 ただ、へぇ・・・と口中で感嘆を漏らした。それ以上の感想は、もはや無粋とも思えるほどに。その声は伸びやかで美しい。 「『コーヒー・カンタータ』という曲を独唱に変えた物でね。カフェに相応しい楽曲だろう?」 「はい。・・・あ」 聞き惚れていたマコトは、思い出したように続けた。 「あの・・・。やっぱり『エレティリス』ですか? それとも、『クラリネット』?」 彼は歌唱能力に定評のある二種の神姫の名前を挙げた。 双方ともに2034年前後に一般販売が終了した旧式であるが、その声には今も魅かれる者が後を絶たない。 タイプ・エレティレスはそもそもが楽器演奏の能力と音感。あの『ゼリスさん』と同型である、タイプ・クラリネットは発音能力を特化させた神姫だ。それらの技術はすべて最新型である『武装神姫』にフィードバックされている。が、やはり専門職である彼女らには劣る部分が多い。 「ふむ・・・。驚くなよマコト君?」 「?」 首をかしげる彼に、髭を指で弾き、マスターはイタズラっぽく笑う。 「彼女は『ストラーフ』だ」 「え」 目を丸くするマコトに、彼はやはり驚いたかと、満足そうに頷く。 「私も驚いた。初期ロットによくある指定カラーの混乱のせいか、美しいスミレ色の髪をしていてね。一見では区別できなかったが・・・とにかく」 流れ続けるリズムの良い楽曲に耳を任せ。マスターはゆっくりと目を瞑った。 「最近ではケンカの強さばかり取りざたされるが。キミのフェスタちゃんと同じく・・・素晴らしい『神姫』だよ。その子を『舞姫』とすれば・・・さしずめ彼女は『歌姫』か」 その言葉に、一瞬驚いたような顔を挟み、やがてマコトは嬉しげに笑みを浮かべた。 親子のケンカをモチーフとする楽しげな曲が続く中、ふと。彼は聞こえるはずのステップが聞こえない事にようやく気付いた。 「?」 目をやれば。カウンターの上で正座していたフェスタは、馬鹿みたいに口をぽかんと開けてそのままの姿勢で座ったままだった。 「や? どうしたフェスタちゃん。踊りには適さなかったのかな? それともカンタータは初めてか?」 「いや・・・そんなことは関係無いと思います」 マスターの声に、マコトは頭を掻いた。 音楽が鳴れば自然と身体がムズムズしはじめるという、マコトの姉に「まるでダンシングフラワーねぇ、アンタ」と呆れられた程のフェスタが。まさかそんな事は無いだろう。 「フェスタ、どうしたの? 足でも、しびれた?」 その声に、ぱっと弾かれたようにフェスタは立ち上がった。すわ、流石に怒ったかと身構えた途端。 「マスターさんっ!」 「んーっ?」 「この人! これ歌っている人、どこ!? 誰!? どんな人!? ねぇねぇっ!」 凄い剣幕で唖然としているマスターに食って掛かるフェスタ。マスターは意味も解らず目を開き閉じさせるだけ。そのままの剣幕で、こちらも驚き声を失っているマコトに向き直ると。 「マコト! この歌・・・『お母さん』の声だよ!」 それが何を意味するか、しばらく理解出来はしなかった。が。 頭の回転の速さでは相当な物がある彼は、数秒でフェスタも言いたいのであろう、その結論に辿り着いた。 「間違い、ない?」 「私は知らないけど・・・脚が知ってるの!」 そう言うと我慢できないと言わんばかりに嬉しそうに、フェスタは二度三度とカウンターの天板で足を鳴らした。 「・・・。マスター。あの・・・実は」 何かを言おうとするマコト。その声をマスターは手で制した。 「言わなくて良い」 「・・・」 「けど・・・ここから結構かかるよ?」 マスターは『彼女』がいるというお店の、大体の位置を教えてくれた。 「フェスタ? 会いたい? 結構遠いけど」 「うん! 会いたい!」 全身で頷く彼女。 マコトも頷き、マスターに顔を向ける。 「マスター。あの・・・この方、何て名前なんですか?」 「んー? ふむ」 それを聞いて、彼はしばらく考えるように腕を組んだ。右手で髭を撫で、しばし中空に視線を回す。 「・・・いや、本当の名前は。彼女から直接聞きなさい。その方が良い。うん」 その言葉の真意を捉える事が出来ず、きょとんとする二人。 「ただ。そう・・・『ガラス細工の角子さん』。と呼ばれてはいるよ」 「・・・『つのこさん』?」 しかし一般的にストラーフに付けられるニックネームと言えば・・・。 「『黒子』じゃなくて?」 フェスタの問いに、マスターはまたもイタズラっぽく笑った。 「あぁ。彼女は角子さんだな。会えば解る」 ・・・。 「くもり・・・」 アルバイトとお客さんが楽しげに話しているのを眺めていた、いつものキャッシャーにいる小さな彼女は、窓からふっと外を眺めてぽつりと漏らした。降りはしないだろうか? 薄い太陽の光を包み込んだ白い曇天が広がっている。 (されど風は穏やか・・・) 「角子さん、キャッシャーお願いします」 「あ、はーい」 聞きなれたニックネームを呼ばれると専用のサブアームを展開させ、彼女は振り返る。 彼氏へのプレゼントという、シルバーアクセを大事そうに抱えた女子大生に一度微笑みかけて。彼女はレジに向かった。 曇天の下。一迅の柔らかな風が吹き抜け。 カタンと、風見鶏が鳴った。 第三幕。一度下幕。 続。 [[第三幕 後章]]