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ドキドキハウリン その14 - (2007/01/22 (月) 02:36:52) のソース
整備の行き届いた自転車は、止まるときでもさしたるブレーキの音も立てなかった。 静香は私のさっきの態度に怒っているのだろうか。普段ならひと言あるのに無言のまま、自転車のカゴからトートバッグを引き抜いた。バッグを肩に引っかけて自転車をガレージに押し込み、さっさと玄関へと。 「はい、静香」 バッグのサイドポケットから私が取りだしておいた家の鍵をひょいと受け取り、玄関を開ける。 「ただいまー」 今日はお父様もお母様も仕事で不在。 静香は、誰もいない家の中に声を掛けて……。 「おかえりー」 いつも通りに私が「おかえり」と言うより先に、部屋の奥から別の声が返ってきた。 「……静香。靴があります」 「だね」 脱ぎ散らかされている靴は、ビジネス向けらしいローヒール。静香のものでもお母様のものでもない。そもそもこの家に靴を脱ぎっぱなしにするような人はいない……静香の靴は私が揃えるから、この際置いておく。 「居間の方に熱反応が」 二階ではなく居間の方に行ってみると、果たしてその人はいた。 「……あかねさん」 もちろん空き巣じゃない。知った顔だ。 静香のお姉さんのあかねさん。実家のこの家ではなく、職場の近くにアパートを借りて住んでいるはずなのだけれど……。 「お姉ちゃん、帰ってたんだ」 コタツでごろ寝したままテレビを見ているあかねさんは、こちらに振り返ることもなく手だけ挙げてみせる。 「神谷さんトコにお使いがあったから。直帰でいいって言われたし、ついでにねー」 そう言う傍らにはコート、ジャケット、パンツの三点セットが無造作に山になっていた。静香といいあかねさんといい、家に帰るとだらしなくなるのは家系なんだろうか。 「ああ。レンタル神姫の?」 「そそ」 レンタルシンキブースは、近所の商店街にある、神姫のレンタルショップだ。 神姫は決して安くない。そんな神姫と遊びたい子供や、購入を迷っている人が、期間を区切って神姫を体験できるお店がレンタルブースだ。 あかねさんの務めるEDEN本社としても、神姫の認知度を高める事業には影ながら支援したい……神姫の基本方針は一体の神姫に一人のマスターだから、レンタルの制度は本来は矛盾しているのだ……といった所なんだろう。 そんな事を話していると、コタツの上で可愛らしい声がした。 「あー。静香ちゃん、ココちゃん、おかえりなさーい」 ミカンの入っていたカゴの影からひょいと顔を出したのは、マオチャオ型の神姫だ。 彼女はあかねさんのにゃー子なんだけど……。 「あれ? ちょっとお姉ちゃん、それ!」 静香の興味はにゃー子本人より、にゃー子の入っていたモノに注がれている。 あ。これ、エルゴにプレ販売品が入ってきてた……。 「武装神姫専用簡易クレイドル・「ぬくぬくこたつ」12,860円税込っ!!」 「いいでしょ。ココも入っていいよ」 コタツに反応があったのがよっぽど嬉しかったのか、ようやく起き上がってくるあかねさん。 「もしかして職場でもらってきたの? 職権濫用じゃない。ひっどーい」 静香、お金が足りなくて諦めてましたもんね。あのコタツ。 「……開発部ならともかく、あたしみたいな下っ端オペレーターにそんなコネがあるわけないじゃん。ちゃんと日暮さんとこで買ってきたわよ」 よく見れば、部屋の隅にはスーツに加えてコタツの梱包材らしき段ボールが放り投げられていた。多分、私達がエルゴの二階でバトルしている間に、バトルが出来ないあかねさんは下で買い物だけしていたんだろう。 「っていうか、サードパーティーの商品だからウチとか全然関係ないし」 「……あ、そ」 いいわね、社会人は……とか何とか呟きながら、静香は部屋を後にする。 「そうだ。にゃー子に新しい服が欲しいんだけどー」 「その辺りはココに任せるわ。あたし、今からパターン起こさないといけないから」 それだけ言い残して、静香はさっさと二階へ昇っていった。 ---- **魔女っ子神姫ドキドキハウリン **その14 ---- 「パターンねぇ……今度は何の服作るの?」 パターンとは、要するに服の型紙のことだ。型紙を作る時は神姫規格のマネキンを使うから、私の仕事は基本的にない。 私の役割は、型紙を元に試作品を作って、可動範囲の調整を行う所からだ。 「ビジネススーツです」 それは先日注文があったもの。仕事のパートナーの紅緒に着てもらうのだという。 静香はジャケットにブラウス、スカートにパンツという四点セットにする気らしいけれど(スカートとパンツのどちらが良いか聞くのを忘れていたらしい)、納期に間に合うのかしら。 「へぇぇ……色んな人がいるもんねぇ。静香もよくもまあ、やるわ」 いいわねぇ、学生は……とか何とか呟きながら、あかねさんは私を神姫用のコタツへと招き入れる。 「お邪魔しまーす」 うわぁ。ホントにこれ暖かいんだ。良く出来てるなぁ。 そんな事を思っていると、反対側に入っているにゃー子が何かもぞもぞ動いているのに気が付いた。 「ん、どしたの? にゃー子」 「コタツ、入らない方が良かったです?」 私の言葉に、にゃー子は首をふるふると横に振る。 「今日のココちゃん、なんかこわいです。それだけ」 そう言ったきり、コタツの中にもぐり込んでしまった。 「…………」 あー。 まあ、ねぇ……。 ちょっとイライラしてるかも。 かなり子供っぽいところもあるけど、にゃー子は私より早く戸田家に来た、いわば私のお姉さんだ。ジルと同じで、見ているところはしっかり見ているらしい。 「何? 静香とケンカでもしたの?」 「……まあ、そんな感じです」 さすがに実の妹の悪口を言うのもどうかと思ったから、それ以上のことは言わないことにする。 「あのコ、言いたいこと全然言わないから大変でしょー。ごめんね、バカな妹で」 と思ったけど、なんかあかねさんが十分酷いこと言ってる気が……。 「見れば分かると思うけどさ。寂しがり屋なクセに変に意地っ張りだから。そのうえ頭だけは良いから、分かり易く言ったら負け、くらいに思ってるのよ。多分」 「……はぁ」 言いたい放題だなぁ。 でも、あかねさんの言い方はとても優しい。少なくとも、本当に静香を嫌ってるわけではないんだろう。 「どーせ十貴君にも好きだって言ってないんでしょ?」 ああ、それは……。 「あれだけ好きで好きでたまらないんだから、さっさとヤッちゃえばいいのに」 ……って、なんか間が随分と抜けてるような気がするんですが。 前に静香の携帯で読んだ少女マンガだと、片思いと実力行使の間には、告白したり幼なじみが唐突に登場したりライバル登場で引っかき回されたり片方が引っ越したり、イベント山盛りなんじゃないんですか? 「そもそも静香と十貴が幼なじみなんだけど」 ああ、そうでした。 っていうか人の思考読まないでください、あかねさん。 「少女マンガなんて告白シーンで終わってめでたしじゃない。そのあと実力行使に及ばないでどうすんの」 この、間をきっちり補完しようって気概がすっ飛んでる辺りは、やっぱり姉妹なんだなぁ……とつくづく思う。 「……え、まさか」 また私の思考を読み取ったのか、あかねさんは言葉を詰まらせた。 「ちょっとぉ。そんなトコでお姉ちゃん抜かなくてもいいのに……」 がっくりと肩を落とし、コタツの天板に力なく頬を押し付ける。 長い、ため息。 「でもどーせ、好きだって言ってないんでしょー? 放っとくと楽しい、とか何とか適当に理由付けて」 「……おっしゃるとおりです」 何でこの人、静香と十貴のやり取りが見てきたように分かるんだろう。私も(たぶん)静香も、ひと言も言ってないのに。 まさか、十貴が……言うはずないか。 「あの子ガチでSだからねぇ。ココもだけど、気に入られた十貴君も災難だわ」 「流石ですね、あかねさん」 伊達にお姉さんなわけじゃない。ひたすらに感心するばかりだ。 「まあ、もう二十年近くお姉ちゃんやってるからねぇ」 私は静香と出会ってまだ二年ほど。私が静香をあかねさん程に理解出来るようになるまで、この位の時間は必要なんだろうか。 そう思うと、気が遠くなりそうだ。 「……そうだ。にゃー子の服、持ってきますね」 まあ、とりあえず出来ることから始めよう。 私はコタツを出て、二階の静香の部屋へ向かうことにする。静香は集中しているだろうから、少々部屋に入っても気付かないはずだ。 「ココが着ないような、かわいーのでいいからねー」 「はい。分かってます」 にゃー子の好みは私とは正反対。持って帰ってくれれば、むしろ私の方が助かるのだった。 ---- ココが二階に姿を消して。 あかねはコタツの天板に顔を載せたまま、やれやれと呟いた。 「……ココ、なんか機嫌悪かったね。ちょっと根が深いかなぁ……ありゃ」 電話の向こうのひと言で、相手の気持ちが分かってしまう。例えオフでも、訓練されたその習性は自動的に発動してしまう。 生の声ともなれば、尚更だ。 殊にあかねは神姫サポートセンターのオペレーター。電話をしてくる神姫の感情を読むことも、例外ではない。 (悪いクセだなぁ……) そう思いながら、ため息をもう一つ。 「ココちゃんが来る前の静香ちゃんと、そっくりでしたねぇ」 コタツからひょっこり顔を出してきたにゃー子の頭を撫でてやりつつ、ココが姿を消した襖をじっと見遣る。 ふすまは開けっ放しではなく、キッチリと閉じられている。何事にも折り目正しいココが、あの静香の相手をするのは、正直かなり大変なはず。 「あー。どうせあの子、あの事も言ってないんだろうなぁ……」 ココも面倒なコの神姫になってしまったもんだと、つくづく思う。そして自分がココでなくて良かったとも、あかねは本気で思った。 「にゃ?」 「前に話したでしょ。覚えてない?」 もう五年も前の話になるだろうか。少し多めのバイト代が入った時、可愛い妹に「何でも買ってあげる!」と大見得を切ったが最後……その倍近い額が一瞬で飛んでいったという、悪夢のような思い出は。 当時の模型店の店長だった日暮の父親が六回払いにしてくれなければ、あかねの貯金は本当に一瞬で無くなっていただろう。 「武井さん?」 「違う……ってほどでもないか。アーンヴァルのあのコ、覚えてない?」 「花姫ちゃん……ですか」 固有名詞を一度も口にすることなく、あかねは静かに頷く。 苦い思い出だ。あまり、口にしたくない。 「どのタイミングで言うつもりなんだろうね。あの妹は」 あかねもにゃー子も口出しできる問題ではない。助言は出来るが、当事者はあくまでもココと静香の二人なのだ。 やがて、とたとたと廊下を走る音がする。 どうやら当事者の一人が戻ってきたらしい。 「にゃー子もあの話、言っちゃダメよ」 「分かってますよぅ」 コタツの中から声が返ってくると同時、閉じていたふすまが勢いよく開かれる。 「お待たせしましたっ」 そこに立っていたのは、ストラーフのサブアームを付け、山ほどの衣装を抱きかかえたココだった。 「全部試作品ですから、気にしないで持っていってください!」 いくら何でも作りすぎだろう。 その様子を見て二人は同時に思ったが、とても口には出せなかった。 [[戻る>http://www19.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/441.html]]/[[トップ>http://www19.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/118.html]]/[[続く>http://www19.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/502.html]]