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姫様大襲来 - (2007/01/15 (月) 23:02:42) のソース
─1月某日。空港。 「本州も日中の気温はそう変わらないのね」 この時代にはやや場違いといった和服の少女が呟く。 空港を行きかう男達が、思わず振り向いた。 和服の違和感だけではない。その空間だけを別の物へ変えるような、独特の存在感。 その容貌も、声も。有り体に言えば彼女は…掛け値無しの美少女だった。 「でもさー、空気は超キタネーぜ。ここホントに人の住むトコかよ」 少女の、肩が揺れる。 すらりと伸びた少女の髪の内から、現れたのは少女と同じ、和服を着た神姫。 「オウカ、女の子が鼻を鳴らしたりする物では無いわ」 口元に扇子を当てて隠し、優雅に呟く少女。 「あーい。でもさー、お嬢にはやっぱ合わねーって」 憮然と返す神姫。 少女は、一つ笑って歩き出した。足音も立てぬ優雅な足運びで。 「私は意外と気に入ったわ…」 自動ドアを抜けて空港の外へ。冬の空気が彼女の頬を撫でた。 「さぁ…参りましょうか。未来の旦那様の元へ」 ---- ─数日前。ホビーショップエルゴ。 「よ、夏彦。元気に二次オタライフを満喫してっかー?」 電話の向こうの陽気な声。とりあえず無駄に元気らしい。 「実の親のクチから聞きたい台詞じゃねぇなぁ。ソレ」 「なんだぁ?相変わらず覚悟の足りんヤツめ。割り切れよ、じゃないと死ぬぜ?」 「はいはい西川西川」 ナンですかこの会話は。とりあえず親子の会話じゃねぇ。 「で、何の用だ親父」 電話の向こうから聞こえてくる声は、日暮 冬司。俺の親父だ。 俺に店を任せて引退。現在では北海道在住の農家。 そして俺と姉貴をオタク道へ引き込んだ張本人と言える。 第二の人生とか言って北海道へ行ったワリには俺に月一でアニメ録画したメディアを 送らせるわ、通販で玩具は買い漁るわ、中途半端な男である。 まぁ、オタクって辞めようと思って辞められるもんじゃ無いしね。 「ノリ悪いなぁ。ま、いいや…実はお前に頼みがあってな」 「ゲーム限定版なら自分で買え。地方量販店のが確立高いって」 「ソレじゃねぇよ」 違ったか。親父の頼みなんてそんなモンかと思ったが。 「…エロゲか?購入特典付きなら通販予約しとけよ」 「だから違うと言っとろうが。その発想は流石俺の息子だが」 むしろ呆れるトコだろうが。 「お前に預かって欲しいコがいてな」 「コ?ナンだ親戚でも遊びに来るのか?」 「いやいや。実は俺がこっちで仲良くしてた娘さんがいてなぁ」 …何ですと? 「その子が今度そっちの学園に転入する事になってな。で、ウチ部屋余ってるだろ。 俺達居ないし、秋奈も一人暮らしだし」 「その子も知らない土地で一人は心細いと思うんだ。いっちょ面倒見て遣ってくれ」 …何を言い出すかと思えば。今日は同居人のバーゲンセールか何かか。 向こうのテーブルで雑談しているジェニーさんとラストを見遣る。 これ以上男女比率逆転されてたまるか。居づらいわ。 「親父」 冷静に、静かな声音で呟く。 「あのな、俺もいい年の男だぞ?その口ぶりだと学生っても小さい子じゃないだろ。 そんなコを同居させるってどうよ」 「ククク…早くも意識してんじゃねぇよエロガキが。大丈夫だ、父さん自慢の息子 を存分にアピールしといたぞ?」 「狙いは何だクソ親父」 とりあえず冷静さはどこかに飛んだ。冷静で居られるか。 「いやもう、ホントにいい子だぞ?美人で気立てもいいし。娘同然に可愛がってきた というか。ちゅうわけで、ゆくゆくは本当に娘になってくれんかなぁと」 「夢見てんじゃねぇ。俺は彼女居ない暦=年齢の真正だぞ?それは無い」 「まぁまぁ。お前の事は包み隠さず話してあるが感触は悪くなかったぞ?」 「っていうかその台詞は自分で言ってて虚しくならないか、息子よ」 …急に痛いトコを突くんじゃない。 「お前もそろそろ3次元にも目を向けて良いと思うんだ。というわけでフラグは立てて おいた」 俺の無言を同意ととったか親父が畳み掛ける。 「フラグ言うなギャルゲ脳。大きなお世話だ」 「だいたい、部屋探しなら姉貴の部屋でもいいだろ。一人暮らしのクセに3LDKだぞ 確か」 「いや、秋奈はなぁ…影響されたら困るし」 考える事は同じか。 「とにかく、断る…と言いたいトコだが。その子には話通してんだろ?女の子を路頭に 迷わせるワケにもいかんしな」 「俺から事情説明して部屋探して貰うわ。それまでは、面倒見よう」 「お前のそーいう所、父さん好きだぞ」 「うるせ」 実際問題、身内のアホの後始末ももう慣れたモンだ、虚しいが。 「てっきり是が非でも断ってくるかと思って、奥の手を用意してたんだが」 急激に嫌な予感が背中を駆け抜ける。 「…詳しく聞こうか?」 「権利関係の書類を譲渡しておいた。実質、その子が今のオーナーだ」 「何て事してくれやがるッ!?この馬鹿親父!?」 「邪険に扱うなよー?」 「そんな気もなかったが勘弁しやがれ」 エラく重大な事をごくごく自然にやりやがって。面倒な。 「まぁまぁ…キッカケは置いといて始まる同居生活。いつしか二人は互いに惹かれ合い ってなモンで。YOU、ヤッちゃいなYO」 「馬鹿じゃねぇの、このエロゲ脳」 「ひでぇ。孫の顔が見たいだけなのに」 「手段とかなんとかな、人として守るべきモラルがあるだろ?」 何で息子が親父にモラルを説かなきゃならんのだ。米神押さえつつ嘆息する。 「自分だけが大人になったような口ぶりだな、息子よ?」 「もう黙っとれ。用件はそんだけだな?切るぞ」 疲れる。もうイヤです。 「おう。出来たらちゃんと報告しろよ?」 「あのな、親父…そういうのは姉貴に期待してくれ。俺、ムリ」 そもそも親父の目論見に乗る気は無いが、そうじゃなくても… ちらりと、ジェニーさんへ視線が向く。 …親父にゃ悪いが。俺には今は…やっぱりね。 「それはギャグで言っているのか?」 「や、姉貴も見た目はああだし…コロっと騙されるのも居るかも…?」 言ってる俺も自信ないけどな。 「…俺が独身でも秋奈みたいな女は御免こうむる。人の嫌がる事はしないって小学校で 習ったろ」 「ここまで身内に期待されない娘ってのも聞かんな」 まぁ、姉貴はアレ過ぎるからな。恋する姿なんか想像つかんし。 「…ま、お前なら出会いがあれば、とは思ってたからな…色々すまん」 「ああ…」 急に静かになる親父に、なんとなく気恥ずかしくなる。 「あの子を、助けてやってくれ」 「?おい、それって…」 「野暮はするなよ。じゃあな」 そう言って、電話が切れる。…他にも理由はあるって事か? 一つ嘆息し、ジェニーさんたちに向き直る。 「おい、ちょっといいか?二人とも」 とりあえず説明はしないとな…俺は二人の居る方へ歩き出した。 「というワケでしばらく面倒見る事になると思う」 嘆息交じりに説明を終える。 「…仕方無いですね、事情が事情ですし」 頷くジェニーさん。…心なしか表情が暗い。 「ウチは居候の身やしなぁ。夏はんの言うとおりでええよ」 ラストはさばさばとしたモンである。 一つ頷いて時計を見た。時刻は既に十二時を回っている。 「ま、流石に今日は遅いしな。そろそろ支度して寝るか」 「あ、ほんなら一緒に風呂入ろっか」 「…ラストさん?」 「…いや、ジェニーちゃんとやで?」 「なぜマスターの方を向いて私に?」 「…俺はもう入ったから先に寝ます」 早くも女の戦いに気圧されそうです。助けて。 ---- 「しかし…なんやオモロイ事になってきたなぁ」 「そうですか?」 結局、行きがかり上ジェニーちゃんとお風呂に入ってたり。 「ま、ジェニーちゃんとしては気が気やないかな?夏はんにその気は無いにしても… エライ美人っちゅう話やし」 ジェニーちゃんの手が止まる。…やっぱ気にしとんなぁ。 「ジェニーちゃん。ウチらは確かに人間やない。せやかて…人間の女と、中身は同じ」 「ええやん、我侭言うても。其処に引け目を感じとったら…多分、夏はんも悲しむで」 しばらく考え込んだジェニーちゃんが、おずおずと口を開く。 「…でも、私では…あの人と結婚する事も、子供を生む事も…それは、人としての幸せ と言えるんでしょうか。私は…あの人の人生を…」 こら、重症やな。元々が気にしいやし。 ウチは、洗面器で風呂のお湯を汲んで思いっきりジェニーちゃんにブッ掛けた。 「わっ…何するんですか!?」 非難がましくジェニーちゃんがこちらを見る。 「背負って決めたらあかんで。人の幸せなんて、決めるモンやない」 「そないに心配なら、ちゃんと夏はんに聞き。間違っても、一人で決めるんやないで」 沈黙。ん、やってもうたかなぁ。でも、このままってワケにもいかんやん? 「…そうですね。ごめんなさい」 ジェニーちゃんが頭を下げる。 「や、別にええんよ。そんな事よりジェニーちゃん?」 「はい?」 「いや、けしからん胸やなぁ?触ってもエエ?」 慌ててジェニーちゃんが胸を隠す。 「…視線がいやらしいからイヤです」 「えー…エエやん?減るモンやないしぃ?」 じわじわとにじり寄る。うふふ、美味しそうなウサギさんやんなぁ? 「ひっ…!?」 表情の引き攣るジェニーちゃんとの距離がだんだん縮まって… 後はナイショ。いや、お伝えすると18禁やしー。堪忍な? ---- ─そして数日後。ホビーショップエルゴ。 親父の電話から数日。案外何の音沙汰も無くて拍子抜けした土曜日の午後、ソレは やって来た。 「日暮、夏彦様ですか?」 「はい?」 だらけ切って裏手の掃き掃除などしていた俺の視線の先に、現れたのは… とんでもない美少女だった。 おい、親父。やたらその部分を推して来るとは思っていたが。コレは遣り過ぎじゃね? 和服姿に長い黒髪。ドラマの中から飛び出して来たようなその容貌は、どこか現実離れ している。 しかし悲しいかな俺の脳裏を過ぎった単語は「地獄少女」だったワケで。 うん、イッペンシンデミル。 「人違い、でしょうか?」 僅かに眉根を寄せ、呟く彼女。口元を扇子で隠しているのはなんかの作法だろうか。 「あ、いや。合ってます」 慌てて訂正する。 「君が…親父が言っていた?」 「はい。高階 雛希(タカナシ ヒナキ)と申します。夏彦…いえ、G様」 ん? 「はは…爺様はヒドくないか?雛希ちゃん」 「おとぼけになるので?正義の味方様」 …聞き違いや勘違いでは無いらしい。 無論、俺は親父に正義の味方稼業をやっているなどとは一言も言ってない。 姉貴のアレもそうだが、さすがに法的に見れば犯罪行為に手を染めてると親に告げる のも気が引けるってモンだ。心配掛けたくもないし。 それを、知っている?何者だコイツ。 「…何の事かな、雛希ちゃん」 「貴方の事は私も独自に調べました。未来の旦那様になるかも知れない方ですから?」 「信じてくださいとは申しませんが…貴方のお仕事に関して告げ口する気も意見する気 も御座いません。立派なことだと思います」 「親父に何を吹き込まれたか知らないし、アンタが何を俺に見てるのかも興味ねぇな。 ただ…人をかぎ回るのは感心しないぜ?」 「ふふふ…」 妖しい、微笑。コイツ本当に人外ではなかろうかと思うほどの、ある種魅惑的な程の。 そしてその笑みと共に、彼女の気配が変わる。 「一緒に住めば判る事だわ。むしろ気が楽ではないかしら?」 「…説得してどこかに部屋でも借りて貰うつもりだったんだがね」 「謹んで、お断りしますわ。オーナー権限で」 やっぱり使ってきたか。コイツ…腹黒さん? 「驚かないのね?」 「聞いてたからな。権利書類を返す気は?」 「無いわ」 余裕たっぷりに此方を見る彼女。扇を口に当てるその立ち居振る舞いは、一種古典劇の 姫様のようでもある。 身長じゃ俺のが上なのだが、見下ろされてる気分になったり。 「…目的は?」 「noblesse oblige…高貴なる者には相応の勤めがある物…」 「華族、高階家の末席としてGの名と責務、頂きに来たわ」 扇子で此方をさし、朗々と宣言する。 …ええと、勘違いお嬢様…いや姫か。何でこう俺の周りにはおかしいのが集まる!? 「思うほどいい仕事じゃないぜ?」 「そう思うのならいつでも変わって差し上げるわ?」 「お断りだ。コイツは俺の誇りなんでね」 対峙する二人。 「なぁ、お嬢。ボクもう喋ってもいい?タリーよ」 沈黙を破ったのは、彼女の肩から長い黒髪を掻き分けて顔を出した神姫だった。 どうやら和服を着ているらしいその頭部ヘッドはツガル。 関係ないけど頭部ヘッドって頭痛が痛いみたいでおかしくね?ほんと関係ないけど。 「…これは私の神姫、オウカ(仰華)よ。オウカ、挨拶なさい」 「へーい…げっ、コイツがお嬢のダンナ候補?うわー…うだつ上がらねー」 こらこら、ナンだこの失礼なヤツは。 「随分個性的なこったな」 「お恥ずかしい限りで」 皮肉も涼しく受け流される。 「なぁ、お嬢…やめとこーぜ?こりゃねーって」 「それは私が決めます」 神姫の言葉も意に介さず。再び扇子を口元に当てて。多分コレ、クセだな。 「ひとつ、ゲームをどうかしら?夏彦」 気が付けば呼び捨てですよ。 「ゲームね…桃鉄でもやるのか?」 「いいえ?私と戦って貴方が勝てば権利書類を、私が勝てばこの家の主権を」 「そんな所でどうかしら?」 「…一つ聞きたい。Gが目的ならアンタ用さえ済めばここに居なくてもいいハズだが? それとも、下働きでもさせようってか?」 「野暮ね、夏彦…」 スッ…と、足音も立てずに彼女が此方へ近づく。 「私、貴方にも興味があるのよ?」 優雅に笑んでそう告げる。 やべ、今俺顔赤くなった。 「…妙な人だな、アンタ」 「貴方の父様の弟子だもの。神姫もね?」 親父の弟子!?っつー事は…そこそこやれるって事か。 タダの道楽お嬢とは思わん方が良さそうだ。 「受けて立つよ。ただ、仕事が終わってからだ。それまでどうする?」 「中で待たせて貰っていいかしら?」 「解った」 そして俺は彼女を招きいれた。 ---- 「と、いうワケだジェニーさん」 店頭。2階のバトルコーナーに人が集中する時間を利用して、ジェニーさんに事情を 説明する。 とりあえず彼女の世話はラストに任せた。 っていうか、ジェニーさんとラストの現状まで承知って。 あのお嬢さん本気で何者だ? 「どうするんです?ジェネシスシステムはまだ壊れたままですよ?」 …うーむ…そうなんだよなぁ。 「向こうの装備次第だな。デフォルト武装でもいけるか?」 「装備さえあればなんとでも。ふふ…久しぶりですね」 「何でちょっと嬉しそうなんだ」 「さぁ…私もやっぱり武装神姫って事でしょう」 なるほど。ジェニーさんにとっちゃ、過程はどうあれ久しぶりのバトルだもんな。 「でも、何者なんですか?彼女」 「さっぱり解らん。どうも所謂上流階級の方らしいが」 「…何でそんな人が冬司さんの知り合いなんでしょう」 「まったくだアホ親父め。トラブルのタネって大体が身内だよチクショウ」 その時、レジに向かってお客さんが歩いてくるのが見えた。 と、そろそろまた忙しくなるかな? 「ま、仕事するか」 「そうしましょう」 プライベートで何があろうと先ずは営業スマイル。 今日を乗り切らねば。 で、仕事を終えるとラスト他2名がだらけきって俺たちを迎え入れてくれた。 「ギャハハハ。コイツつまんねー」 「下ネタ乱用はなぁ。芸が錆びるで。適度に使わにゃ」 「3点ね。落とし穴でも無いかしら」 …テレビを前に煎餅食いながら打ち解けてんじゃねぇよ。 「おいコラ居候s. 随分気軽いじゃねーか」 「お、夏はんおつかれー」 「普通に返すな!?」 「やっぱこのぐらいの突っ込みは欲しいやんなぁ?」 「まったくだわ」 「お前等…」 とりあえずどうしたらいいか解らないとばかりに苦笑を浮かべるジェニーさん。 俺もそっち側に行きたい。 「ところで夏彦、ラストから色々聞いたわ?神姫相手に随分お盛んなのね?」 「いや、何吹き込まれた知らんが俺は潔白だぞ」 「気にしないわ。英雄色を好むと言うし。どんどん励みなさい?」 …話す度に理解を超えていくお人だ。 「なぁ、雛希ちゃん。気になってたんだがキミいくつだ?」 「16よ。結婚には問題ないわ?」 とても16歳の言動じゃねぇ。姉貴とは違うベクトルで変人と見た。 …やっぱウチの親父は女の子を育てるのに向いてないな。断言する。 「その話は置いとくぞ。つうか学校は?」 「来週から私立黒葉学園高等部に通うわ。手続きは済んでいるけど」 黒葉学院ってーと確かあのマンモス校の。 神姫部とかまであるって話だし、なるほどとは思う。 「じゃ、世迷い事は置いといて学業に専念してくれ」 「それは私が決めるわ」 頭を抱えつつ呟く。当然の如く拒否られた。 「そっちがジェネシスね。初めまして、ジェニーと呼んでも良いのかしら?」 「あ…はい。初めまして」 急に話しかけられて慌ててお辞儀をするジェニーさん。 「そう警戒しなくてもいいわ。貴女も夏彦も…好きになりたいから」 「は…はぁ…」 コイツと初めて話すと先ずその佇まいに圧倒されるのだ。解るぞジェニーさん。 「で…いつ始めるの?」 「…早い方がいいだろう。店側の、二階だ」 「解ったわ」 彼女が立ち上がる。いよいよ俺の命運がかかった戦いだ。 「勝負はフリーバトル。ジェニーさんは公式戦出来ないからオフラインバトルになる」 「ルールはどうする?」 マシンを立ち上げつつ雛希に尋ねる。ラストがオペレーターとしてジャッジにつく事に なった。 「シンプルに、通常通りどちらかが戦闘不能でいいでしょう。ただ…」 「ジェネシス装備、破壊されてるのでしょう?武器はお互い剣一本にしましょう」 お見通しかよ。いい加減気味が悪いな。 「可能なら答えてくれ。誰から俺達の情報を得た?」 「ヴァイスという怪盗さんよ?貴方達に御執心みたい。再戦したい、と言ってたわ」 怪盗?ヴァイス…白。そういう事か。 なるほど、あの一件以降も探りを入れてたってワケだ。 「なるほどね。望むトコだな、デカイ借りのある相手だ」 「そう。紳士だけどいかにも裏のありそうな人だったわ」 「そのルートで俺達の情報が出回る可能性は?」 「無いわね。一つは彼の目的自体が貴方達だから。もう一つは…」 「情報収集の雇い主は私だったから。口止めはしておいたわ。後が面倒だもの」 「なるほど。そりゃ良かった」 そんなに必死に隠してるわけじゃないが、おおっぴらに出回って欲しい情報ではない。 当面に問題ないなら、そこは安堵すべきだろう。 「じゃ、ジェニーさん。ノーマル装備でいくか?」 「そうですね。携行武器は…ハグタンド・アーミーブレードだけで」 「了解」 セッティングを追えたジェニーさんが目の前に立つ。 ノーマル装備のヴァッフェバニー。 ふと、初めてジェニーさんとバトルに出た日の事を思い出した。 あの頃は、こんな付き合いになるとは夢にも思わなかったな。 「何を笑ってるんです?」 ジェニーさんの声に、我に返る。そか、笑ってたか。 「何でもねぇよ。いくぜ、ジェニーさん」 「はい!」 ジェニーさんが筐体に入り、マシンが起動する。 俺達以外には無人のフロアに、バトル開始のブザーが鳴り響いた。 ---- 「へへー、やっとボクの出番さね。キミら纏めて話なげーっつの」 ジェニーさんと対峙する着物姿のツガル、オウカ。その腕には白鞘が握られていた。 「んじゃ、ぱぱっとやっつけてボクの最強伝説の一ページを飾って貰おうじゃん!?」 飛天御剣流もかくやという踏み込みスピードで駆け出すオウカ。 居合いの如く抜き出す横薙ぎの斬撃を、バク転で避けるジェニーさん。 「ちッ、ちょこまかとッ!?往生せぇやァッ!!」 口悪いなオイ。 続けざまに繰り出されるその刃の軌跡は言動の雑さとは裏腹に鋭い。 『ジェニーさん!リーチじゃあっちが上だ、崩せ!』 「そうですねっ!」 身を屈めて剣をかわし、逆手に握ったハグタンドで足元を薙ぐ。 「と、とっ!?」 かわす為に足元のバランスを崩したオウカ目掛けて、伸び上がるように身を起こした ジェニーさんの回し蹴りが炸裂した。 「痛でっ!?」 優雅さの欠片も無い悲鳴を上げつつ吹き飛ぶオウカ。持ち主に似ないのはウチと同じ。 『オウカ、相手のペースだわ。気をつけなさい』 「うっさいな!ボクは誰の指図も受けねーっつの!」 「っていうかさ?このボクの可憐な顔にキック入れたね?万倍にして返してやる…」 狂犬の如く低く唸りながら威嚇するオウカ。 『なぁ、大丈夫かアレで』 『お恥ずかしい限りで』 思わず心配になった俺。涼しく返す雛希。 「あんまりボクを、舐めるなよっ!?」 再びオウカの斬撃がジェニーさんを襲う。 今度は縦。しかも全身で円を描くように流麗な軌道で、連続して繰り出される。 「くっ!?」 ジェニーさんがバックステップで避ける。 セオリー通りなら縦回転には横からの衝撃を加えるべきなのだが… 円を描き回転軸と重心を一定に置かないその動きは、大振りなようで隙が無い。 ジェニーさんも攻めあぐねているのか、クリーンヒットは無い物の徐々に追い詰め られている雰囲気だ。 『ジェニーさん、大丈夫か?』 「なんとか。意外と侮れませんね、彼女」 一時、跳び退って距離を置いて対峙する。 「へっ?どうしたんでちゅかー?ぴょんぴょん逃げ回るだけかよウサギさん?」 『しかし口悪いな』 「どういう教育を受けて来たんでしょうね」 「うっせー!ウチは実力主義なんだよ!」 『攻撃性を高めすぎたようで。面白いから私は好きだけど』 なるほど。CSCのセッティングか。にしてもムチャだが。 『まぁ、元々素養もあったんでしょうね』 通信カメラから扇子を口元に当ててるのが見える。 …ワザとだ。アレはトラブルを煽って楽しんでる人間の顔だ。身内に居るから解る。 『とにかくだ、なんとかサイドを取ろう。まさか装備無しでここまでやれるとは』 「そうですね」 「へっ!装備頼みのお嬢ちゃん達と一緒にするんじゃねーっつーの!」 駆け出しながら、オウカが吠える。 「ツガルと言えばアーマーのオマケ!ボクをミソッカス扱いした連中に地獄を見せる 為に、ボクは素体の頃から特訓を重ねて来たのさー!!」 「ボクを馬鹿にするヤツはまとめて叩き斬ってやる…フクシューだ、フクシューッ!」 どうやらオウカは感情のままにその身体を動かす事で実力を発揮するタイプらしい。 怒れば怒るほど、アホっぽくなればなるほど動きが鋭さを増している。 …仕方ねぇな。正攻法じゃキツいぜ。 ある計算を始める。勝つ為に策を練り、サポートするのが俺の仕事ってモンだ。 『がんばれジェニーさん。俺が勝たせてやる』 「信じていますよ」 ジェニーさんが前に出る。斬撃の、刃先に居てはジリ貧だ。 危険だが距離を詰めて出掛けを往なす。 相当の集中力の要る技だが、そこはジェニーさん、実戦経験の豊富さはダテじゃない。 「ちっ!?小技ばっかでちっちぇーんだよっ!ウサギさん!」 「すいませんね。私は私とマスターの為に、勝ちたいんですよ!」 連打のような手数でのぶつかり合い。気を抜けば即座に斬り倒される。 だが、攻め手と受け手じゃ受け手が不利だ。 それがカウンター狙いでもなければな。 計算完了! 『ジェニーさん!35.2度、支点から上に3センチだ!』 『了解!』 俺の指示を受けたジェニーさんが、俺の指示通りにポイントを穿つ。 ハグタンドが白鞘の柄を穿ち、支えを失ったその刃は盛大にすっぽ抜けた。 「いっ!?」 刃の無くなった柄をフルスイングし、体勢を崩すオウカ。 「チェックメイト、です」 オウカの首筋にしっかりと狙いをつけるジェニーさん。 飛ばされた刃はくるくると回転しながらその後方に突き刺さった。 「な…な…なんじゃそりゃぁーッ!?」 納得いかない、とばかりに叫ぶオウカ。 『おやおや…さすが』 かたや冷静な雛希。 「すごいですね、オウカさん…マスターが居なければ、きっと私が負けていました」 「ぐっ…くそう、お嬢がロクに指示も出さねーへっぽこマスターじゃなければボクの 圧勝だったのにっ…」 『人の言う事に聞く耳持たなかったポンコツ神姫は誰だったかしら』 冷たい声音でオウカを威圧する雛希。あ、オウカがビビッテる。 「大丈夫ですか?なんか震えてますけど」 「うっさいな!ボクは同情されるのが大ッ嫌いなんだ!ほっとけ!」 「あっ…」 ごずん! 八つ当たり気味にジェニーさんを突き飛ばすオウカ。 体勢を崩して転んだジェニーさんが、背後の刃の峰に頭をぶつけて昏倒した。 『え?』 「え?」 『おや』 白い、白ーい空気が一瞬辺りを満たす。 機器の作動音だけがやけに大きく響いた。 「よっしゃぁーっ!ボクの勝ちだね!」 『なかなかの強敵だったわ…』 『待てコラ!さっき勝負ついてたろう!?』 「やだねー、負け犬の遠吠えって。ま、今日からボクの舎弟としてイジメ抜いてやんよ」 『これも、勝負の非情さ…ねぇ、夏彦』 うわ、コイツらサイテー。 『ジャッジ!判定!』 慌ててジャッジであるトコのラストに向き直る。 …その顔が、笑っていた。 「勝者!オウカ、雛希組!理由、オモロイからッ!」 「びくとりぃぃぃぃっ!」 『歴史は勝者がつくる…虚しい勝利ね』 盛り上がるアホの一団。 『納得いかねぇぇぇぇぇぇっ!?』 俺の苦悩の叫びだけが閉店後の店内にいつまでも響いていた。 ---- トントン、と音を立てしっかりと靴を履くその姿。 制服を着てしまえば雛希もまた、歳相応の女の子なんだと実感する。 「それじゃ、行って来るわ。ジェニー、夏彦」 「オウカ、学校で妙なコトすんなよ」 「いってらっしゃい、雛希さん」 「へ、ボクみたいなレディに何を心配してるのさ」 「大丈夫よ。何かすればしっかり躾るから」 減らず口を叩くオウカに冷ややかに釘を刺す雛希。 だんだんコイツらのパワーバランスも解ってきた。 「しっかり稼いで私を養ってね?夏彦」 くすりと微笑み、俺の胸を指で突く雛希。 ちらりとジェニーさんをみれば、むっとして俺を見ている。ああもう。 「俺は保護者だからな。そういう意味でなら」 「ま、今はそれでいいわ」 余裕たっぷりに笑って、雛希達は初登校へと向かって行った。 結局、俺の異義が多少は認められ家長としての権利だけは死守した。 だが書類関係は雛希所持と言う事になり、ここへの同居だけは頑として譲らない。 結局話し合いの結果、同居は認めるが交際ではなく身寄りの無い彼女の後見人 として、という形で両者妥協点とした。 つまり今彼女は、エルゴのオーナー兼同居人というポジションである。 もっとも…エルゴの経営には一切口を出す気は無く、Gの仕事についても勝負の手前 手伝いをさせてくれればそれで納得するとの事だ。 ま、放り出して暴れられるよりは…近くに居る方が良いとは思うし。 何にせよ、トラブルのタネが増えた事には変わりない。 ほんの半月前には俺とジェニーさんの二人暮らしだったというのに。 それが今じゃ、男1人に女4人の大所帯だ。 しかもうち3人からはまぁ、憎からず思われてるらしい。 …これなんてエロゲ? ちゅうかそんな展開要らんから、俺の自由な時間を返してくれ。 なんかもう、部屋にエロ本隠すのも至難の業の上、発散の手段も限られきっている。 若い男にとってコレはツライ。 嘆息しつつ振り向けば、ジェニーさんが心配そうな顔でこちらを見ている。 「大丈夫ですか、マスター?」 「大丈夫。つかジェニーさんこそ、この展開ついてこれてるか?」 「正直、夢でも見て居るのかと…特に、お二人とは突然ですし」 「…ゴメンな。なんかさ、心配させる事ばっかで」 「それは…こ、恋人として、ですか…?」 う。聞くなよ。…真っ赤になって俯いていらっしゃるし。 「まぁ、俺は…別にジェニーさん以外とは、そういうのねーから」 「ジェニーさんとだって、どうしたらいいのか解んねぇってのに、んな余裕ねぇよ」 冗談めかして笑いながら言うしか無い。 世のエロゲ主人公達は偉大だ。などと思う。 ジェニーさんが、一つ息を吐いて顔を上げた。あ、笑ってら。 「私は、ずっと待ってますよ。一番近くで、貴方を」 「さ、ラストさんを起こしましょう!開店まで時間無いですよ!」 ぱたぱたと慌てて走っていくジェニーさん。 …恥ずかしい台詞禁止。 「なぁジェニーさん。俺ら家族として上手くやれると思うか?」 追いつきつつ、聞いてみる。 「やってみる価値はあると思いますよ?」 うわ、男前ー 「じゃ、今日も頑張るかぁ!」 無駄に爽やかに声など上げてみる。 人生なる様にしかならんのだし、隣に男前なパートナーもいらっしゃるし。 俺なんて、きっと恵まれてる方だろ? 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