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聖夜に降る悪魔 - (2006/12/28 (木) 23:49:31) のソース
ジェニーが攫われた。その一報を聞いた俺はたっちゃんの車に飛び乗った。 車の中には既に姉貴が居て、こちらを見ている。 俺が前の座席に、姉貴とラストが後部座席に。 俺達が話し始めたのは車が走り出してからだった。 「姉貴、現場にいたなら説明頼む」 「ああ。一瞬だった…閉店間際の店内に、白いスーツの男が入ってきた」 「背格好はお前と同じくらい。帽子を目深に被っていたので顔は解らない」 姉貴が口元に手を当て、記憶を探りつつ説明を始める。 「ソイツがカフスを弄った瞬間、閃光が起きた。目晦ましだな」 「ソレに気付いた時には二階に侵入していたヤツの神姫にジェネシスボディと、 ジェニーを奪われていた」 「レイザに追わせたが武装なしではスピード勝負ともいかずにな、見失った」 姉貴の説明を受け、頷く…ミラー越しに姉貴を見て。 「その神姫の特徴は?あと、何か言っていたか?動機が解らん」 「白い神姫だった。武装はオリジナルだったが…恐らくは忍者型」 「動機については、去り際に手紙を預かった。読もうかとも思ったが流石に自重して やったぞ。有り難く思え」 姉貴に手紙を渡される。無地の白い封筒。宛名等も無し。 「それが当たり前だ馬鹿姉貴」 「小突いてやりたい所だが流石に私にも責任があるしな。さっさと読め」 封を切り、中からやはり無地のそっけない便箋を取り出す。 内容はこうだ… ---- Gへ 久しぶりだな。 お前の神姫は俺が預かった。 返して欲しければ明朝六時、一人で倉庫街の外れのコンテナ置き場へ来い。 お前が来なければ二度とお前の神姫にゃ会えないと思え。 鎌瀬 ---- 「…鎌瀬?」 誰それ?とばかりに眉を顰める俺。姉貴やラストに振り返っても覚えは無いとばかりに 首を横に振る。 その時、たっちゃんが口を開いた。 「鎌瀬ケンタロウ。広域暴力団の下部構成員。先日ジェニーがサーバーを破壊した データ強奪事件の首謀者だ」 たっちゃんの呟きにピンと来た。あの三下か! 「アイツかっ!?けど、姉貴の言った特徴と一致しなくねぇか?」 「助っ人を雇った、といった所だろう。目的は恐らく…」 「愚弟とジェニーへの復讐だな」 相手と目的はハッキリした。…しかし、一つ疑問がある。 「たっちゃん、アイツ捕まったんじゃ?」 「証拠不十分で不起訴だ。其れに関しては弁解の仕様も無い」 たっちゃんが嘆息する…その眉間にありありと疲れが見えた。 「や…たっちゃんのせいじゃねぇよ。相手が判っただけマシだ」 たっちゃんに言葉を返すと、後部座席の二人が話しかけて来た。 「で、夏はん…どないするん?絶対罠やで」 「なんなら助力してもいいぞ、条件付でな」 …無言で対策を考える。相手がどんな手で来るか、どう対応すれば良いか。 アイツの手の内は大概予想が付く。問題は…助っ人の存在。 …確かに、どう考えても俺一人じゃ荷が重い。皆の手を借りた方が良い。 「…姉貴、Dフォースを雇う。で、条件てのは何だ」 「そうだな…お前とジェニーと地走の。うちのパーティーに参加してもらおうか」 「丁度肴に困っていたところだ。せいぜい楽しませて貰おう」 …まぁ、その程度で済みゃ安いモンか。金とかレア物とかで来ると思ったが。 「俺は構いませんが。」 運転席のたっちゃんも同意する。 「俺も了解。ただし、ジェニーを助けるまでは俺の指示に従って貰う。俺がどんな目に 遭おうが、だ」 一つ息を吐き、姉貴が嘯く。 「好きにしろ。お前がくたばろうがこちらには関係の無い事だ」 「だが、失望させてくれるなよ?貴様が死ねば即時破壊活動に移る。我らの目的は こちらの面子を潰してくれた相手への制裁だからな」 やけに協力的だと思ったがプライドの問題かい。色々納得。 「秋奈先輩、お気持ちは察しますが俺の前であまり不穏当な発言は慎んで下さい」 思わず聞きとがめたか、たっちゃんが口を挟む。 「聞き流せよ、地走の」 意に関せず呟く姉貴。アンタはもう少し弁えろ。 「さて、相手は恐らく…十中八九、俺もジェニーも殺す気だ」 「警察のたっちゃんにゃ悪いが、今回は色々と法に触れる事もあると思う。…だから、 たっちゃんとはここで別れよう」 運転席のたっちゃんへ向けてそう告げる。俺らと違って公務員のたっちゃんを巻き込む ワケにもいかない。 「…見くびるな。俺は公僕であると共にお前等の友人だ。及ばずとも助太刀するさ。 其れが信義に背こうともな」 ぴしゃりと撥ね退けられ、溜息混じりに礼を述べる。 「悪い…恩に着る」 頷き、たっちゃんが続ける。 「ジェニーを攫った相手にも覚えはある。所謂怪盗だ」 「秘匿情報なのでな…詳しい事は言えないが、特徴と一致し神姫を使う怪盗がいる」 たっちゃんの言葉に僅かに眩暈を感じる。 「…おいおい、マンガじゃあるまいし」 「事実は小説より奇なり、だ。実際神姫の小型高性能の構成はツールとしては利用価値 が高い」 可能性を模索しつつ一呼吸を置いて尋ねる。 「ソイツが絡んでくる可能性は?」 「生粋の怪盗だ。まず無いだろう」 …そういう意味じゃ安心だが。 「とにかく、対策を打ち合わせよう。ジェニーは、必ず取り戻す」 一同が一斉に頷く。車は大分商店街へ近づいていた。 ---- 暗い。声だけが聞こえる。聞き覚えの無い声。 「それじゃ、これで契約完了という事で」 「ああ、出来ればアンタにはまた色々と御願いしたいねぇ」 「冗談じゃない。ポリシーの無い仕事は嫌いさ」 「Gの神姫の奪取というから引き受けたんだ。拍子抜けだったケドね」 G、その名前に反応する。そうだ、私は… 「もう会う事も無いだろう。じゃあね、ヤクザ屋さん」 しばらくの間があった。恐らく、一人が出て行ったのだろう。 「チッ!スカしやがって…まぁいい、目的は達したからな」 「エンプレスッ!換装は終わってんのかっ!?」 「ええ。もう起こしても問題ないわ」 声がもう一人?ぼんやりとそんな疑問を感じている内に、頬に痛みが走る。 「おら、起きろやクソ神姫」 その声と共に視界が開ける。どこかの倉庫のようだった。 意識が、うすぼんやりとして覚醒しない… 初めに感じたのは視界に感じる違和感。 次に、ヒリヒリと頬が痛むのを感じた。 「聞いてんのか?あ?」 厭味な男の声…無理やり向けさせられた先には知らない男の顔。だが、声はどこかで… 「こうして顔を合わせるのは初めてだなぁ?ええ、ジェネシスちゃんよ」 「お前たちにゃ、お礼をしねぇといけねぇと思ってたんだ。解るよなぁ?」 …機能が使えない。データの照合も出来ないが、私のメモリーが正確ならこの男が 誰なのかは理解した。 「お元気そうですね、三下さん」 「なっ!?…口の利き方に気をつけろや、このガラクタがっ!!」 男が私の身体を殴る。鈍く、重い痛み。 この時点でようやく気付いた。視界の違和感の正体…私は人間サイズのボディに換装 されていた。 「ぐっ…」 痛みに耐えようとするが、身体に力が入らない。 「へ、へへへ…なんだ、いい声で鳴くじゃねぇかよ?オラ、もっと鳴けよッ!」 「ぐぅっ…あ、あああっ…あああああああっ!」 男が何度も私を殴打する。耐え切れず、声が漏れた。 思わず膝が折れ、倒れ込もうとした私の手首を硬質の何かが締め上げている。 見上げる事も出来ないが、自分は鎖か何かで拘束されているのだという事は理解した。 男は満足そうに拳を下ろし、こちらを見下ろす。 「いいザマだなぁ、オイ。所詮てめぇらなんぞ人間様のオモチャなんだよ…黙って ケツでも振って媚売ってろやクソ人形が」 吊られ、鈍い痛みに悶える私へ向かって男の蹴りが飛ぶ。 「ぐぅっ…最低の、発想…ですね……その人形を使って、女衒の真似事ですか?」 「黙れよ、また痛い目に会いてぇか?」 私の髪を掴み、男がこちらを覗き込む。 「まぁいい。先ずはテメェからだ…お望み通り、その真似事ってヤツをしてやろうじゃ ねぇか。お前はこれからボロクズになるまで犯されて貰うぜ」 「その為にわざわざ特製のボディまで用意したんだ。太っ腹だろう?」 男が無遠慮に私の乳房を掴んだ。 力づくで掴まれた胸が痛む。だが、その痛みよりも今まで服を着ていない事実を 認識していなかった事に愕然とする。 判断能力が、極端に落ちている。 …何らかの細工をされたのは間違い無いだろう。だが、この男にそんな能力が? 「オイオイ、だんまりはねぇだろ」 男の声に思考が打ち切られる。その時、視界の隅で何かが動いた。 「鎌瀬。時間の無駄だわ。やるなら早くして」 「あん?ちっ、もう少しいたぶってやりたかったが…まぁいい」 最初は、女の声がどこから聞こえたのか解らなかった。 視界の中、明かりの無い影が揺らぐ。 そして、そこから現れたのは神姫と思われるMMSだった。 黒い甲冑を全身に纏うその姿は表情すら窺い知れない。 サイフォスのフル装備に似ていなくも無いが…甲冑は別物。 その横に付き従う黒い鎧のサイフォスが、それを証明していた。 その甲冑の神姫が私へ向かって話し掛ける。 「今晩は、ジェネシス。気分はどうかしら?」 その声は落ち着いた女性の声で、目の前の甲冑がやはり神姫である事を実感させた。 「最悪ですね。…貴女は彼の神姫ですか?」 「いいえ?私は…協力しただけよ」 協力…つまり実質、この拘束は彼女の手による物か。 「貴女は一体…」 「さぁ…?其れを貴方が知る必要は無いわ」 薄く笑うように声を上げるその神姫。それは、ひどく不気味な存在に思えた。 「私、貴女が欲しいの…だから、壊れて頂戴?」 そう囁くと、彼女は再び踵を返して闇の中へ沈んで行った。 「後は好きにして。ただし、徹底的に」 「言われなくても滅茶苦茶にしてやるさ」 甲冑の神姫の呟きに、鎌瀬と呼ばれた男が下卑た笑みを浮かべる。 「さぁ、行こうか。ジェネシスちゃん?」 男の手がゆっくりとこちらへ伸びる。 (マスター…助けて…) 震えるように、心が揺れる。 それを表に出さないことが、私に出来る精一杯だった ---- 「エンプレス様、宜しいので?」 闇の中、人間達の狂宴を傍観していた私にふと呼びかける声。 それは、私の従者の物だった。 「少し可哀想ね?でも完全にコントロールを奪うには…あの娘の意思、邪魔だもの」 「騎士型としては…非道は目の毒かしら?トワイライト」 宴は続く。最高に愚かしい宴…そこから目を逸らさずに私は従者、トワイライトへ 話し掛けた。 「…エンプレス様の目的の前では些事に過ぎません」 無言で頷く。それでいい。 「まだ掛かりそうね」 時刻は午前3時。陵辱の宴はまだ終わりそうに無い。 そして傍観者としては退屈な時間が過ぎ、私達の仕事が始まった。 漆黒に染め上げたジェネシスボディを前に、私と鎌瀬が佇む。 「エンプレス様、お持ちしました」 トワイライトがジェネシスのコアを持って現れる。 コアを私に渡すと、汚液の海と化した陵辱の現場の残滓を不快そうに拭っている。 ジェネシスのコアパーツ。本来不可分のコア、CSC、素体をまるごとユニット化 する事で換装可能にしたそのシステムはなかなか感心する。 人間にしては。といった程度だけれど。 そのジェネシスコアパーツを本来の身体へ接続し、起動作業を開始する 「おい、本当にリミッター掛けなくて大丈夫かよ」 「貴方達が張り切ってくれたお陰でこの娘の意識はボロボロだわ…仕上げもするしね」 接続したモニタ機器が起動完了を告げる。 「さぁ、起きなさいジェネシス」 「う…あ…」 私の声に反応し、か細く首を振るジェネシス。 あらあら。すっかり可愛らしくなってしまって… 「可哀想に…今助けてあげる」 侵入を開始する。継続的な負荷、精神の磨耗、システムの制限。 ここまで布石を打てば全権掌握は容易かった。 「ジェネシス…今日から貴女は私の可愛い僕…私に全てを捧げなさい?」 「…ああう…う…う」 力なく首を振り続けるジェネシス。 …まだ抵抗する力があるとは。でも、それもおしまい。 「刻みなさい…貴女の主、エンプレスの名を!」 システムへ向けてクラックを掛ける。強制的にオーバークロックさせて自我領域を 塗り潰せば、もう抵抗する事も出来ないだろう。 「あああ…アぁ…アアアアアアッ!!」 頭の中を直接塗り潰される感覚に思わず叫び声を上げ、ジェネシスが絶叫する。 そして接続機器がオートでパージされ、彼女はその場に崩れ落ちた。 「やったのか?」 様子を見ていた鎌瀬がこちらへ話し掛ける。 「ええ…終わったわ。これで彼女は私の物…」 「くく…後はあのオタク野郎をコイツに殺させて、二人纏めてこの倉庫ごと…」 計画の完遂を目前に、愉悦の笑みを浮かべる男。 この馬鹿面を見ている必要ももう無い。 「トワイライト」 「御意」 私の一声と共に、トワイライトが動く。 トワイライトの剣が、男の首を切り裂いた。 「あ?」 一瞬、理解出来ないのか己の首筋を撫でる男。ぬるりとした感触とその赤黒い色彩に 一気にパニックを起こす。 「なっ!?え?…あああっ!?い、痛ぇ!?」 「煩いわね」 「申し訳ありません。浅かったようで…止めを刺しましょう」 剣を振って血糊を飛ばし、トワイライトが鎌瀬へ向かう。 「て、てめぇら…何でっ!?何の真似だ!?」 喚き散らす無様な姿には、失笑する他無い。 「察しが悪いのね。貴方の馬鹿な復讐に使うには、ジェネシスは勿体無いわ」 「アレはもう私の物だから、邪魔な貴方はここで死んで?」 そう告げてやれば鎌瀬の顔は見る見る憎悪の色に染まり、叫ぶ。 「ざけやがって、このクソ人形どもッ!!おい、テメェら!このイカレ人形どもを ジャンクにしてやれっ!!」 ジェネシスを陵辱していた部下へと命令を飛ばす。だが、その命に答える者は居ない。 「手下の方々ならコアパーツを取りに行くついでに処分しておきましたよ」 トワイライトが冷淡に言い放つ。 「ずいぶんお疲れのようで、大した抵抗もありませんでした。本当に人間というのは 愚かですね」 鎌瀬が驚愕に尻餅をつき、必死に後ずさる。 「あ…ありえねぇ。神姫が人間を殺す?命令も無しに?どうやって!?」 「心を縛る倫理も、身体を縛るリミッターも無い。ならば、何も不思議は無いでしょう」 逃げる鎌瀬、追うトワイライト。逃げる方はもう後が無い。 「それに人間など…ナイフ程度の刃渡りの刃さえあれば如何様にも?」 剣を鎌瀬へと突き出し、ゆっくりと距離を詰めていく。鎌瀬の背後はもう入り口の扉 まで来ていた。 「わ、わかった!ジェネシスはお前らにやる!だから助けてくれっ!」 「エンプレス様?」 トワイライトが鎌瀬から視線は外さず指示を仰ぐ。 「お断りだわ。必要とはいえ神姫を陵辱したその所業…万死に値するもの」 「ジェネシスさえ手に入れば貴方のような捨て駒、生かす価値も無い…」 「死んで頂戴。愚かしくて汚い、人間」 私の決定を待ち、トワイライトが剣を構える。 「裁決は下された。朽ち果てろ、下劣」 「ぎゃぁぁぁぁぁぁっっ!?」 断末魔の悲鳴が倉庫に響き渡る。 だが、トワイライトの一撃は突如現れたストラーフに止められていた。 「で、主役差し置いて何してんだ手前ら」 入り口を開けて現れた男は…ジェネシスのマスターだった男。 ---- 倉庫街に現れるってトコまでは確定していた。 むしろ場所柄、潜伏してる可能性も高いわけで。 俺達は作戦を決めるとすぐ倉庫街は向かい、反応を頼りにジェニーを探した。 特殊なジャミングか別の要因か、反応が弱くて捜索は難航したが… ついさっきだ。急に反応が正常値に戻った。 で、慌てて来てみれば…何だコレ。 「た、助けてくれっ!あのイカレ人形に殺される!」 聞き覚えのある声だ。すぐにコイツが鎌瀬だと解った。 「おいコラ三下ッ!!テメェ…ジェニーはどこだっ!?」 襟首掴んで持ち上げる。 「ひっ…俺じゃねぇ…俺じゃねぇんだよぉ…」 意味不明の台詞を吐きながら首を振る鎌瀬。掴んだ手にべったりとついた血… 「何が起きてんだ」 呟き、とっさにベルが止めた黒いサイフォスを見る。 ベルとサイフォスが対峙し、距離をとっていた。 「どけ。武装神姫に用は無い」 「出来ない」 このままじゃラチがあかない。鎌瀬を放り出し、そのサイフォスへ向けて話し掛ける。 「おい、アンタ何者だ?敵か?味方か?」 サイフォスが俺を一瞥する。だが答えは別の場所から返ってきた。 「ジェネシスの新しい友達よ?貴方の変わりのね」 奥からもう一体、甲冑姿の神姫が現れる。その傍らには…黒いジェネシス!? 「何の冗談だソイツは」 黒いジェネシスを指差す。間違いない。カラーリングはさておき、アレはジェニーだ。 「無力で薄情なマスターに変わって友達になってあげたのよ」 「ジェネシスはもう貴方なんかいらないそうよ。元マスターさん?」 …洗脳か?にしても、ジェネシスに電子戦で勝つなんざどんな処理能力だあの甲冑。 「ジェニー!俺だ!助けに来たぞ!」 声を掛けるが無反応。…自我があるかは怪しいトコだ。 「しつこい男ね?フラれたのよ」 「黙ってろ甲冑女。自由意志奪っといてオトモダチもねぇモンだ」 売り言葉に買い言葉。険悪な雰囲気が場を満たす。 「なら、直接引導を渡してもらいなさい。ジェネシス!」 甲冑の声に呼応して、ジェネシスがブラックサンを展開して襲い来る。 「姉貴、悪いが出番だぜ!」 その斬撃を横跳びで避けつつ、倉庫内へ 後ろに居た姉貴とバンカー、ブレイザーが後に続く。 「やれやれ、難儀な…どう動く?」 「ジェニーの動きを止めてくれっ!」 「いいだろう。ベルセルク、バンカー、ブレイザー、状況開始!」 『Yes Sir!』 3人がジェニーに向けて突撃する。 「邪魔は困るわ。トワイライト、行くわよ」 「御意」 その進路を遮るように甲冑とサイフォス…トワイライトだっけか?が立ちはだかった。 たちまち乱戦になる倉庫内…ここまでは計画どおり。 頼む姉貴、その助っ人ども引き付けといてくれ! ---- 俺はジェニーを誘導しつつ走り出す… 倉庫はそう大きくは無いが、荷物が多くて迷路みたいになっていた。 ふいに、大きく開けた一角へ出る。 「なっ…!?」 その眼前に開けた光景は…デビルマンでも呼べそうなくらいカオスだった。 全裸、半裸の大勢の男は一様に喉を掻っ切られ大量の血を噴き上げて死んでいる。 そして、その只中に横たわる全裸の女。 血の匂いに混じるむせ返るような独特の匂いが、ここで起きた事を容易に想像させる。 「おい、アンタ!?」 その女だけ外傷が無い事を不審に思い、近づく。その女の顔を覗き込んだ瞬間。 全身の、血の気が引いた。 あまりにもジェニーに似たその顔、生気の抜け落ちた瞳、生々しく残る数々の陵辱の跡。 ふいに、頭の中を声が木霊する。 『た、助けてくれっ!あのイカレ人形に殺される!』 『無力で薄情なマスターに変わって友達になってあげたのよ』 『…俺じゃねぇ…俺じゃねぇんだよぉ…』 …つまり、ジェニーはここで…コイツらに? あの甲冑はそれを助けた…? いや。アレは明らかにこの事件に噛んでいる。なら…最初からジェニーが目当てか。 頭の中がそう帰結する。 だが、…それが、どうした。 俺が、ジェニーを救えなかった事実になんの変わりも無い。 「…チィッ!!」 ギリギリと歯を食い縛る。口の端が切れて、血の味がした。 俺が甘かった。 アイツらがどんな人間か、どんな事をして来たか。 なら、考えられない事態じゃなかった筈だ。 ジェニーは…アイツは家族で、とても近くて。 俺は忘れていたのだ。ジェニーだって…一人の女であるという事実を。 まったく阿呆だ。どうしようもねぇ。 悪い夢でも見てる気分だった。ふらふらとその場を離れる。 考えが纏まらず、どれくらい歩いただろうか。 不意に、目の前にジェネシスが現れた。 「よぉ、ジェニー…まいった。コイツは特大クラスの大ポカだ」 「そりゃ、刺されても文句言えねぇわ」 ジェニーが突撃する。その刃を左腕に受けた。 罪滅ぼしとかなんとかお題目は置いといて。 ここで避けたら本気でもう何の弁解も出来ない気がしたからだ。 深く刺さった刃を抜こうともがくジェネシスを、俺は抱きしめた。 触れた瞬間、ジェネシスが震える。 「ゴメンな…ジェニー」 手の中でジェネシスが暴れる。腕を抉り、肉を裂き… 不思議と痛みよりも自分の血の熱さだけを感じた。 怒り、悔恨、悲哀…頭の中を色んなモンが回りすぎて、かえって何も感じない。 やがて、ジェネシスが動かなくなった。 奇妙に流れの止まった時間。 ただ、この手の中にジェニーが居る事が、とても大切な事なのだと思った。 「マ…スター…」 「おう」 ジェニーの声が聞こえる。返事は、自然に出た。 「ワタシ、ヲ、コワし…テ。ワタシ…ハ、モu…」 「大丈夫だ、もう、大丈夫」 「シン…ジ…テ」 「ああ、信じろ」 「驚いたわ。まだ自我の欠片が残っていたのね」 背後に、甲冑神姫が立っていた。 「俺の相棒を舐めんな」 「絆の力とでも続くワケかしら?馬鹿馬鹿しい。あの神姫達といい、何故人間に傅く 事に疑問を覚えないのかしらね」 「なるほど、アンタはそういう概念を持たずに生まれた神姫ってワケだ」 「どうでもいい事でしょう。さぁ、ジェネシス!その男を殺しなさい」 「ク…アアッ…マ、スタ…ハヤ…コワシ…テ」 距離が関係有るのか、ジェニーが再び命令を拒絶できなくなっている。 …命令の系統は何だ?いや、特定してる場合でも無い。 このままじゃ、ジェニーがもたない。 「マス…タ、コワシ、テ」 「大丈夫だ。壊しゃしねぇよ…任せろ」 その時、最後の力を振り絞り、ジェニーが叫んだ。 「…セイギ、ハ、マケ…ナ、イ。ダカ、ラッ!」 ッ!? その言葉を聞いた瞬間、確かな違和感を感じた。 ジェネシスは…ジェニーは、まだ負けていない。それはつまり… 右手で胸ポケットからペンツールを引き抜く。 「解った。バラすぞジェニー」 頷いたジェニーの機能が停止した。過負荷によるダウンか、それとも最後の意地か。 「あらあら…結局は壊すの?所詮、神姫と人間の絆などその程度の物ね」 挑発は受け流す。ジェニーの言う事だ、必ず意味はある。 「違ぇよ。信じてるからバラすのさ」 「信じる?何を?」 開けて見れば、意図は明らかだった。素早く、パーツを取り外す。 「俺達の正義を、だ」 外したパーツを甲冑へ投げてよこす。 「人の神姫を大分イジってくれたじゃねぇか。見覚えのないパーツばっかだぜ」 そいつは甲冑の目の前で寸断され、派手に爆発した。 「…パーツ以外にも物騒なモン仕込んであるみたいだけどな」 「まさか…あの装置をこのスピードで分解とはね」 甲冑が、初めて明確な殺意を向けて呟いた。 「人間風情が…不愉快だわ」 甲冑の声に呼応するように、二振りの剣が現れる。 空中を浮遊する剣…マシーンズか!? 「貴方も死んで?」 剣は、一直線に俺へと向かう。 そして俺も切り札を切った。 「出番だっ!ラストッ!!」 倉庫の窓ガラスを割って侵入した神姫が、剣をレーザーブラスターで破壊する。 「夏はん、はよう呼んでくれへんと。我慢出来んと飛び込んでまうトコでしたえ?」 D-ブラスター武装神姫形態。やっぱ喋り方違うと雰囲気違う。 「主を持たない武装神姫…境遇は同じやのに、さっぱり親近感も湧きひんね」 冷たく、甲冑姿を睨めつけるブラスター。 「人と馴れ合う半端者が…同じに考えられる事自体が侮辱だわ」 「侮辱ねぇ…ほな、とことんまでやらして貰いますえ」 ブラスターが銃口を向ける。 「いいえ、コレでおしまい。潮時だわ」 ゆっくりと首を振り、甲冑が嘆息した。 「これ以上ここで小競りあった所で時間の無駄…」 失望…いや、白けたというニュアンスで、甲冑が呟いた瞬間。 突如、ジェニーに仕掛けられたパーツが発光を始める。 「…何の悪足掻きだ」 「残念だけどデータは手に入ったし。そのボディは諦めるわ」 「お友達が聞いて呆れるね」 「もって後、数分…貴方もその娘を捨てて早く逃げなさい?心中も一興だけれど」 言いたい事を言って、甲冑が踵を返す。 「待て」 呼び止めるも、俺の言う事なんぞ聞く甲冑ではない。 「名前ぐらい言っていけよ。必ず追い詰めてやる」 甲冑がぴたりと足を止め、一言だけ答えた。 「…エンプレス」 「女帝ね。悪趣味な名前だぜ」 俺の挑発は聞き流し、甲冑…エンプレスは消えた。 「夏はん?」 「追うな、時間がもったいねぇ」 ジェスチャーで聞いてくるブラスターに返しつつ、もう一度現状を確認する。 さて…爆弾の解除、はムリか。ならば… 必死に対策を考えていれば、こういう時に限って電話が鳴る。姉貴だ。 「もしもし」 「夏彦。無事か?」 「ああ、そっちは?」 「ああ。あの黒いサイフォスと甲冑姿が召還したマシーンズと思しき大量の剣と交戦。 甲冑自体は止められなかった。そっちは?」 「甲冑に襲われたがラストが防いでくれた」 「それより、ジェニーに爆弾が仕掛けられてる。姉貴達、今どこだ?」 「黒騎士を追ってきたが見失った。今はやたらと退廃的な情景の一角に居る」 「あそこか。多分、ヤツらは逃げた…姉貴達も離脱してくれ」 「なんだ、見たのか?情景を説明してやろうとわざわざ電話を…」 「忙しいから切るぞ」 「ああ、待て。一つ言っておく」 「必ず生きて帰れ。地走のトラウマを増やすなよ」 そうか…たっちゃんの神姫は… 「解った。じゃ、後で」 携帯を切る。くそ…時間が足りない。 「ラスト、お前も先出とけ」 「夏はん、それなんやけど…これ、使えまへん?」 ラストが差し出したのは渡しておいた切り札だ。 対MMS用ジャマーグレネード。 特殊な金属片と障害電磁波で周囲のMMSの通信、機能を短時間だけ完全に凍結する。 確かにこれなら…引き伸ばせるか、異常感知で即爆発かの二択だな。 「…分が悪いが、悪くねぇ」 受け取る。ロックを外し、床に転がしてラストに告げる。 「じゃ、先にいけ…止まっちまったらお前の世話まで焼ききれん」 「…ほな、後でな。ここまでして帰って来いひんかったら…許しまへんえ?」 無言で頷く。ラストが外に飛び出して程なく、ジャマーが炸裂した。 「………」 良かった。生きてる。 チャンスは今しかない。 とても全部を分解してるヒマも、知識のないタイプの爆弾の解除をしてるヒマもない。 …内部コアとCSCに的を絞って作業に移る。 5秒、10秒、20秒…ジャマーが切れるまで時間がない。 そして再びパーツが発光を始める。 あと一つ…良し! 急いで走り出す。爆発まであと何秒あるか知らないが、少なくとも爆発までに外に 出とかないと俺は助からない計算だ。 だが、世の中そう上手くはいかないっての思い知るハメにというか。 出口までもう少しという所で俺の身体は背後からの熱と衝撃に吹き飛び、意識はそこで 絶たれた。 ---- 「夏はん、起きやー。ほんまに死んでまうでー?」 「なっちー、お嫁に行く前に未亡人はチョト困るネー」 …うるさいよキミタチ。 「つーか…よく生きてたな俺」 「武装を最大出力で使って爆風を流したからな。お陰でこちらの武装もほぼスクラップ だ。実費請求するぞ」 ボンネットの上に座ってカッコつける姉貴。 位置関係からすると、どうやら俺は地面に寝かされていたらしい。 起き上がる…って、ジェニーは!? 慌てて胸ポケットを探るが…ねぇ。胸ポケットに入れたはずのパーツが。 「う…嘘だろ…」 目の前が真っ暗になる。それじゃ…何の意味も… 「ああ、ジェニーだが。素体に入れておいたぞ。流石に剥き出しのCSCとコアではな」 「はっ!?」 姉貴が指差すまま車の後部座席を見ると… 例の人間サイズ素体が寝息を立てていた。うをい!? 「なんてモン拾って来るんだ、この馬鹿姉貴!?」 「現状でジェネシスのような特殊規格に対応したボディがほかに用意できるか」 ううむ…正論だが。モノの出自とか解ってんのか。 「お前がもう一度ボディを作るまでの仮の身体だ。使えるボディがあっただけよかろう。 何、ちゃんと洗っておいたぞ。心配は無い」 「そういう問題か!大雑把にも程があるだろっ!?」 「ああ、それと主犯だが」 「…流すな、つか、皆殺しだろ。鎌瀬もエライ出血だったし」 おかしな事ばかりで忘れてたが、殺人事件なんだよなぁ、コレ… 「いや、案外大した傷ではなくてな。逃げようとした所を地走のが逮捕した」 見れば、向こうにたっちゃんの車が停めてあり、鎌瀬が座っている。 ヤロウ… 気がつけば俺は歩き出していた。 みるみる体力が戻るのが解る。 俺は鎌瀬を掴み上げ、全力でブン殴っていた。 「ブッ殺すッ!」 叫び、拳を振り上げる。 が、その拳はたっちゃんに掴まれ、止められた。 「たっちゃん、止めんな!」 「止めておけ。二発目からは正当防衛とは言えん」 「それに…コイツはどちらにせよもうダメだ」 促されそちらを見れば、萎縮した男が異様に目をギョロ付かせてこっちを伺っていた。 「…精神鑑定の結果しだいだが社会復帰は難しいだろう」 …力が抜けた。確かに…こんなヤツ殴ったところで、なんにもなりゃしねぇ。 「ケースが特殊過ぎる事もあり、今回の件は秘匿事件として厳重な情報監視の中で 捜査される」 「後は俺に任せて騒がしくなる前に帰れ」 俺は、言葉も無く頷くことしか出来なかった。 ---- その先のことはあまりよく覚えていない。 姉貴の車でウチへと帰り、最後の気力を振り絞ってジェニーのデータ検証をした。 姉貴が用意したダミーコアパーツと俺がジェニーから回収した中枢コアでとりあえず 安定し、日常生活が送れる事を確認するとジェニーをベッドに寝かせ、 倒れこむように…いや、実際床に倒れた。精根尽き果てたってヤツだ。 目覚めた時には日付が変わる寸前だった。 携帯の着信履歴に姉貴からのが大量に来てて鬱。 とりあえず掛けなおしてみた。 「あ、姉貴?」 「やっと起きたか」 「悪い、超寝てた」 「ジェニーはどうだ?」 言われてそちらを見る。俺のベッドで眠っている。 「寝てるみてーだ」 「そうか、まぁお前達も疲れただろう。地走からも操作報告で空かないと連絡が あった。パーティは順延だ」 「そか。助かる。んじゃ、俺もまた休むわ…」 「ああ。メリークリスマス」 「あいよ」 一息つく。思えば、本当に長いクリスマスだった。 今日休んじまったし、出来れば明日は店を開けたいが…正直厳しいかなぁ。 「ま、いいか」 正直考えるの億劫だ。時計を見れば、23時45分を回っていた。 ふと、ジェニーの方を向く。寝返りうってるおかげで表情は見えないが。 「メリークリスマス、ジェニー」 呟いて、横になった。 「メリークリスマス…マスター」 返事が返ってきて逆に驚く。 「…起きてたんか」 「はい…」 「大丈夫か?」 上体を起こす。ジェニーも寝返りうってこちらを向いた。 「はい。その、この身体…本当に何の機能もなくてちょっと慣れないですけど。 体調は良いです」 「そか。悪い、なるべく早く身体作るから…」 「いいえ…」 会話がなくなる。何を話せばいいのか判らない。 だが、俺には…しなくてはならない事はあった。 「ジェニー…ごめんな。助けに行くの遅れて」 「いいえ。私こそ…不甲斐ないです。そうだ、怪我…大丈夫ですか?」 怪我?…あ。 言われるまで自分自身が忘れていた。見れば、包帯が捲いてある。姉貴か? 触ってみれば多少の痛みはあるが… 「ま、大丈夫そうだ」 「そうですか…良かった」 「ジェニーさん、強ぇなぁ」 「え?」 一つ、息を吐く。…掘り返す話題じゃ、ないんだろうけど。 「俺男だけどさ。もし、俺が女であんな目にって…俺じゃ耐えられんかもしれん」 「…今までだって、死んだほうがマシみたいなピンチはありましたし」 「そりゃ…途中でもう、辛くて辛くて、心が折れて…死んじゃいたいって思ったりも しましたけど」 声が、震えてるのが判る。 「ジェニー、もういい。変な事言って悪かった」 シーツが、宙を舞った。ジェニーが、俺に飛びついてきたって気付くのに数秒。 「ちゃんと聞いて下さい」 「…ああ」 それが、ケジメになるのなら。彼女の言葉を全て聞こう。 「怖かった、苦しかった、辛かった…でも…良かった。また、マスターに会えた」 「帰って来れたのが…嬉しい」 か細い腕が、俺の身体を抱き締める。 「…ああ。俺は…ポカばっかで、こんな事言う資格があるのか解らんけど…」 「よかったよ。ここに、ジェニーが居てくれて」 しっかりと、抱き返した。怪我した腕が少し痛むけれど、それも悪くは無い。 「離さないで…ずっと、ずっと…一緒に居たい…何があっても」 「何があっても、助け出すさ。いや…二度と、攫わせたりはしねぇ」 「傍に居ろよ…ジェニーさんいないと、俺は駄目人間だからな」 暗くて見えないけれど、微笑んでる。そんな気配がした。 「マスター…」 「ん?」 身体が、離れる。顔と顔が近づいて、ぼんやりとその輪郭が浮かび上がる。 「愛しています。私は神姫として間違っているかも知れない。でも、貴方が… 一人の男性として貴方が好き…」 「ジェニー…」 答えを言う前に、俺の口が塞がれた。 その唇が震えている。 物事に…結果を出すのは、怖い事だ。 関係を曖昧にしておけば、誰も傷付かない。 それは解ってる。理屈では。 ジェニーを、抱き寄せる。 「明日は、デートでもするか?」 「っ!…はいっ!」 こうして、俺の異様に騒がしいクリスマスは幕を閉じた。 …身体無いのに学校どうすんだとか、人間サイズのジェニーさんがいい身体過ぎて 性欲を持て余すとか、そもそも姉貴とラストが隣室から盗聴してやがったとか、 厄介のタネはむしろ増えた事に気付いたのはむしろこの後だったんだが。 ま、その話はまたおいおい。 [[NEXT>変わったり変わらなかったりするモノ]] [[メニューへ>HOBBY LIFE,HOBBY SHOP]]