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すとれい・しーぷ000 - (2011/08/06 (土) 13:48:43) のソース
**すとれい・しーぷ000 “回らない世界の中心はいつだってキミだったじゃないか” “僕の23.4度 もうブレてしまったね” “禁忌の果実 含みあって 僕ら気づいてしまった” “戻れない過去こそ 僕の世界” “振り返るけど なにも見えなくなってて” “堕ちてくんだ キミの中” “居場所求めて彷徨うけれど 見えない 見えない 見えない” “キミの世界 放り出された Stray sheep” “僕は迷子” 歓声が上がる。最高の瞬間。この時の為に生きている。そう言っても過言ではなかった。 熱っぽい少女の声や、熱に浮かされたように叫ぶ少年の姿は最高の媚薬だった。 脳髄まで響くそれに、くらくらしながらステージを降りる。 「お疲れ様です、アベル様!!」 楽屋まで追いかけて来たファンの女の子がプレゼントの箱を押し付けてくる。 その顔は緊張と興奮から、顔が赤らんでいる。 「STRAY SHEEPの曲、大好きなんです!特にアベル様の歌声、澄んでいて、迷ってる私を導いてくれる気がして・・・!」 アベル。そう呼ばれたのは紛れもなく自分。俗に言う芸名だ。 メジャーバンド“STRAY SHEEP”それが自分の所属するグループの名前だった。 ゲーセンやホビーショップでのゲリラライブを中心に、流行している神姫ユーザーからの強い支持の元のし上がった異色のバンド。 かくいう自分も神姫バトルのヘビーユーザーだった。 筐体に座るとたちまち周りが沸いた。 「“狂い羊(マッドシープ)”アベル、今日もやるのか」 「くっそ、俺も戦いたかった!」 「狂い羊なんて呼ばないでよ!“謳う羊(ハミングシープ)”アベル様が正式名称よ!!」 口々に発せられる熱を持った言葉。そのどれも、自分の耳には入って来なかった。 アドレナリンを分泌しすぎた脳が悲鳴を上げ始める。 脳の奥のくすぐったさに薄く開いた口から声が漏れる。 それは笑い声となってセンターに木霊した。 「ユノ!いつものをかましてやれ!」 ポッドに吸い込まれたユノと呼ばれたストラーフは僅かにうなずくと、バーチャルの世界に粒子となって流れ込んだ。 何もない荒野。それが今回の戦闘ステージ。ユノのもっとも得意とするステージだ。 目の前に展開された三面鏡のようなバーチャルモニターを見つめながらサイドボードからデータウェポンを流す。 相手はアーンヴァル型。装備を見る限り射撃を得意とした神姫のようだ。 そうなれば、こちらの選択肢は接近戦一択だ。 ・・・こちらの持ちえる戦法は接近戦の力押ししかないのだが・・・。 流れてきたデータ粒子はユノの手首辺りからその手のひらを包み込み形を成す。 ナックルガントレット。黒光りするそれをユノはぺろりと小さな舌で舐めた。 『オーナー、私のチカラを見て』 グン、膝を曲げて勢いよく伸ばす。 その反動で荒野を駆る。わざと相手に見つかるように。 まんまとおびき出された相手のアーンヴァル。その手には長距離対応の銃火器。 飛行ユニットで空を駆る彼女の表情は勝利を確信しているかのようにも見えた。 「狂い羊、とかってたいした名前もらっても、こんな無策じゃ、勝てないぜ!」 さも楽しそうに言い放ったアーンヴァルのオーナーは最後の指令を打ち出した。 『了解です、マスター!』 命令を受けたアーンヴァルは手にした銃火器をユノに向けた。 「ユノ」 『了解だ、オーナー』 ユノは冷静に向けられた銃口を眺めた。 発射まで、3・2・1・・・ ゴォッという激しい爆音とともに火を噴くランチャー。ユノに迫る弾。 しかしユノは笑った。至極楽しそうに。 次の瞬間、確かにそこにいたはずのユノの姿が消えていた。 ランチャーが何もない地面に炸裂する。 『ど、どこに・・・!?』 あわてるアーンヴァルのセンサーがけたたましいアラートを鳴らし始める。 センサーの示す方向は・・・・・・・上。 『チェックメイト』 作り物のデータの光球を背にユノは拳を顔の前に構え小さくまとまりながら、逆さまに急降下して来る。 太陽で目が眩んだアーンヴァルは高速のその姿を捉えることができない。 影が動いた。同時に鈍い音。 落下速度を乗せたユノのジャブが綺麗にアーンヴァルの飛行ユニットを叩き割り、ともに荒地に墜ちた。 ジャッジAIが示した勝者はユノだった。三面鏡の正面に大きく結果が表示される。 “WIN” 『オーナーと私に勝とうと思うなら、もっと考えなしに動いてみることだ』 ぺろりと舌を出したユノの姿がバーチャルの世界から粒子になって消える。 ポッドへと戻って来た彼女の意識を人差し指の腹で撫でてやると、ユノは嬉しそうにほんのりと頬を染めた。 「負けたよ、すごいジャンプ力だな、そのストラーフ」 相手のオーナーは素直に負けを認め、握手を求めて来る。 握ったその手はバトルの興奮からか、僅かに汗ばんでいた。 謳い終わった後の歓声も好きだが、バトルの後、友情が生まれる瞬間、こちらも言いがたい幸福感を自分に与える。 「次に戦う時は負けません!」 「ふ、キミが私に勝つ日を楽しみにしているよ」 先ほどの熾烈な争いが嘘のように握手を交わす神姫達。 今度の曲はそんな無形の友情を描くのもいいかもしれない。そんな思案を巡らせた。 その日、センターの帰り道、メンバーとぐだぐだとくだらない話をしながら帰る。 いつもの光景。いつもの会話。いつもの帰り道。そうなるはずだった。 「じゃ、気ぃつけて帰れよ」 最後まで道の同じだったドラムのセトが手を振った。 大柄な体躯に似合わず朗らかな表情はどこか憎めない。 「キミこそ、車にはねられるなよ」 笑いながら分かれた後、小さな公園が見えた。 人気のない、寂れた公園。申し訳程度の遊具が並ぶ夕闇に何かが蠢いた。 「?」 いつもならこんな気味の悪い現象はスルーするのだが、その日はライブでの興奮からか気が大きくなっていた。薄暗い公園を覗き込む。 思えばここが運命の分岐点だったのかもしれない。 「っ、オーナー、後ろだっ!!」 ユノの絹を裂くような声とともに後頭部に鈍い痛みが走る。 最後に見たのは歪んだ男たちの笑みだった。 闇に堕ちた公園で身体中を鋭い痛みが走る。 苦しい。痛い。気持ち悪いよ。嫌だ、ユノ・・・ユノ、助けて、ユノ・・・ 鞄、楽譜、財布、持っていたものすべて奪われた。 声も。 ・・・ユノも。 地面に無残に投げ捨てられたユノの武装を握りしめて、冷えて行く身体の温もりを追う。 意識が奥へ奥へと進んで行って、最期には自分の姿が闇に消えて見えなくなった。 STRAY SHEEPが解散宣言をしたのは、その翌日のことだった。