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第六話 欲望の蟹 - (2012/01/05 (木) 22:39:40) のソース
第六話 「欲望の蟹」 深い深い、闇の中。 聞こえるのは、沢山の神姫の嘆き。 「出して! マスターの所に帰してよ!」 返ってくるのは、男の人の下品な笑い声。 「ダメダメ。君らは大事な商品なんだからね」 男の人は傍にいた一人の神姫に手を伸ばす。 「ひっ」 「ああ、やっぱり小さな神姫は可愛いなあ」 誰か。 誰か、ボクたちに気付いて。 ※※※ 「関節の調子が悪い?」 ある日、注文をとっていたメリーがそう言ってきた。 「そうなんです……。左肘の関節が変な感触で」 昨日はそうでもなかったが、今朝になってひどくなったらしい。 「弱ったな。今メンテ行ってる暇ねえしな」 故障はさすがに俺の手では直せないし、ここから一番近い神姫センターだと電車で一時間半以上かかってしまう。そろそろ昼のかき入れ時なのに人手が減るのは避けたかった。 俺たちが困り果てていると、 「それなら、ここに行ってみたらどうだい」 おやっさんが一枚の紙切れを手渡してくれた。 「どんな神姫も格安で速攻修理……ホビーショップ『クラブ』?」 「最近新しく出来たお店みたいでね。ここからそんなに離れてないし、丁度良いんじゃないか」 本当なら神姫センターでちゃんとしたメンテをした方が良いんだろうが、背に腹は代えられない。 「しょうがねえ、行くか」 というわけで、俺たちはとりあえずそこに行ってみることにした。 件のホビーショップとやらはおやっさんの言ったとおりそんなに遠くはなかった。 「ここねえ」 「なんだかきれいなところですね」 店の外装は確かに白くこぎれいに見える。まだ新しいというのは本当なんだろう。 店の中に入ってみても、広めの店内に磨き上げられた背の高いガラス棚、すこし雑多な気もするが豊富な機械部品類と、わりと綺麗な印象だった。 「メリー、どうする? ここでいいか?」 俺としては、少しでも早くメリーを直してやりたいのだが、それでも本人の意思は確認しておきたかった。 だが、メリーが返事をするよりも早く、 「おや、何かご用ですか」 奥から店員らしき太った男が出てきて話しかけられてしまった。 「あ、いや、ちょいとメンテナンスを」 「ほうほう、それでしたらこんなところで立ち話もなんですし、どうぞこちらへ」 男は俺たちをレジの近くまで案内する。 「それにしてもお客さん、メリエンダタイプをお持ちとはお目が高いですねえ。いやあ、最近はいい神姫が増えてましてね、僕らもうれしい悲鳴ですよ……」 なんて話をしながらカウンターの下からルーペを取り出す。 「ではお客さん、少々神姫を拝借してもよろしいですか」 他人にメリーを渡すのは少し抵抗があったが、当のメリーはすんなりと男の手に飛び移っていった。 「ふむ……意外と厄介ですね。しかし、三時ぐらいには終わるでしょう」 「そうっすか。まあ仕方ねえな、頼みます。メリー、大人しくしてろよ」 「はい」 そろそろ店が忙しくなるだろうと思い、急いで俺は帰ることに。 ついでに買い物でもしていくか、などと考えながら。 ※※※ 「さて」 アキラさんが帰ったあと、男の人の目つきが変わりました。 「どうしました?」 男の人は何か黒い機械を取り出します。 「少しの間、眠っていてもらうよ」 「え……きゃっ!?」 それが私の体に押し当てられたかと思うと、目の前が真っ白になって私は意識を手放してしまいました。 「……て、出して……ここから出してよ!」 「うう、ん」 意識が戻ったとき、はじめに聞こえてきたのは神姫の叫び声でした。 「ダメだってば。もうすぐ優しいお兄さん達が迎えに来るから、それまで待つんだよ」 次いで、さっきの男の人の声がします。 「ここは……?」 「おや、目が覚めたのかい、メリエンダちゃん」 体を起こすと、薄暗い倉庫のような部屋の中で、ぎらつく男の人の目が私を捕らえました。 「いやいや、よく増えるね。これなら上も喜ぶだろう」 「な……何ですか、これ!?」 私は気を失っていたのでしょうか、その間にいつも付けているスカートやアーマーを取られて、いつの間にか高い台の上の、ハムスターのケージのような所に入れられてしまっていました。周りには同じようなものがいくつもありましたが、私が入れられているもの以外は空っぽでした。 「出して! マスターの所に帰して!」 そう叫んだのはエウクランテタイプの神姫さんです。 「だから、君たちはこれからもっと良いところへ行くんだってば。風俗に行けば、今まで以上に可愛がってもらえるさ」 「ふ、風俗!?」 私が驚くと、男の人はにやっと口元を歪めました。 「そうだよ。これから君らは神姫風俗店の仲間入り、ってわけさ。ようするに君らは身売りされるんだよ」 「ふざけるな! 神姫風俗は既に規制されて営業できん筈だぞ!」 「年増は黙ってなよ」 「と、としっ……!」 男の人はグラフィオスタイプの神姫さんの言葉を一蹴するとケージを一旦開け、パーティオタイプの神姫さんを鷲づかみにしました。 「いやあっ!」 「確かに神姫風俗はかつて規制されて、僕の商売もあがったりだったさ。あの忌々しいウサギのせいでね。まあアレは同志がヘマをやらかしたからなんだが……それはともかくとして、あんな程度で引き下がるような僕らじゃない。こうして隠れながら、営業を続けているってわけさ」 男の人の芋虫みたいに太い指が、パーティオさんの体を執拗に這い回ります。 「いや、やああっ!」 「いい商売だよねえ。ちょっとそれっぽい広告を出せば、バカなオーナーがのこのこやって来て金のなる木を置いていってくれるんだから。そのおまけで僕も楽しめるしね」 男の人はそれだけ言うとパーティオさんを元に戻し、ケージに鍵をかけてしまいました。 「ま、こうなる運命だったと思って諦めなよ。じゃあまた後で来るからね。言っておくけど、変に暴れない方が良いよ。そのケージはちょっとやそっとじゃ壊れないし、大事な商品に傷が付いたら僕が怒られるからね」 ひゃはは、と笑い声を残して男の人は分厚い扉を開けると、その向こうへ姿を消しました。 扉が閉まる音がした後、部屋の中は一瞬静かになりましたが、すぐに小さな泣き声が聞こえてきました。 「ひっく、うう、えぐっ」 声の主は、さっきあの人になで回されていたパーティオさんでした。よほど怖かったのでしょうか、両手で胴を抱きしめて、体を未だに震わせています。 「ああ、大丈夫? 怖かったよね」 「えぐ、うう、うわあ~ん」 エウクランテさんが慰めても、一向に泣き止む気配はありません。 「ちょっと、うるさいですわよ! こんな状況だっていうのに、びーびーわめかないで下さいませんこと!?」 他には、イーダタイプの神姫さんの声がします。 「何よ? そんな言い方ないでしょう!?」 「うるさいのは事実ですわ!」 口論を始めた二人に、私が何か言わなくちゃと思っていると、私の肩に誰かが手を置きました。 「いいって。放っておきなよ」 私を止めたのはアルトアイネスタイプの神姫さんでした。 「君、ついさっき入ってきたよね」 「え、ええ……」 「残念だけど、あいつの言うとおりここから出るのは諦めた方が良いよ。ボク、三日はここにいるけど、他のみんなは怖そうな奴らに連れて行かれちゃった」 どこか淀んだルビーの瞳が、私の姿を映します。 「あの蟹山ってやつ、風俗に神姫を売って、その見返りとして金を貰ってるんだってさ。それで、気に入った神姫……特にボクとか君みたいな小さい神姫は自分のおもちゃにするんだ」 「そんな!」 「だが、ここに我々を預けたオーナー達が気付くのではないか?」 話に加わったグラフィオスさんの言葉に、アルトアイネスさんはかぶりをふりました。 「オーナーが迎えに来たときはね、ボクらじゃない、外見だけ同じ偽の神姫を渡すんだよ。しばらくはそれでごまかして、オーナー達が気付く頃には店舗を引き払ってドロン、って寸法らしい」 「何だと!? ……くそっ、それではオーナーを頼ることもできんのか」 グラフィオスさんが拳を握りしめ、エウクランテさんが金網を蹴り飛ばします。 「こんなもの!っ、ダメだ、破れないよ」 「だから騒ぐのはおやめなさいな! ……もうわたくし達には、風俗で卑しい人間の慰み者になるしか道はないんですのよ」 「そんなのあたしは嫌だ! どうにかしてここを出て、マスターの所に帰る!」 態度を変えないエウクランテさんに、イーダさんは愛想を尽かしたように顔を背けました。 「武装さえあれば状況が変わるかもしれんが……。やはり風俗に売られるしかないのか、まだ修行の途中だというのに」 グラフィオスさんが金網に寄りかかると、さっきまで泣いていたパーティオさんがグラフィオスさんの右肩をじっと見つめました。 「……あなた、『ねっさのせんき』さん?」 「む? わたしを知っているのか」 「ええっ! あなた、まさかケイティさんですか!? 雑誌で見ましたよ」 私は思わず声を張り上げてしまいました。 「ケイティって、『熱砂の戦鬼』? お台場を拠点にしてる、バトロン界じゃ有名な神姫じゃないか!?」 ケイティさんは肩に貼ったサソリの尻尾の形をしたステッカーを大事そうに押さえると、私とエウクランテさんに微笑みました。 「はは、噂というのは広まるのが早いな。いかにも、わたしの名はケイティだ」 そうして、ケイティさんは座っている私たちにお話をしてくれたのです。 「マスターとわたしは、各地の神姫バトルが盛んな地域へよく遠征をしていてな。腕利きのやつら……そう、わたし達と同じように様々な場所を渡り歩くオーナーや、クイーンと呼ばれるアーンヴァル……そういった面白いやつらの噂を聞いてあちこち出向いていたんだがな、メンテナンスのためにこの町に立ち寄って、この有様ってわけだ」 「そうだったんですか」 「情けないな。『熱砂の戦鬼』なんて大げさなあだ名を付けられても、最後に行く先は神姫風俗だ。だが、あの男の言ったとおり、案外これが運命なのかもしれん」 ふうっ、と自嘲気味に笑うケイティさんでしたが、 「そんなことないです。ケイティさん」 私はきっぱり反論します。 「あ、私はメリーって言います。この商店街にある食堂でお手伝いをしてます」 「神姫がお仕事をしてますの?」 イーダさんも会話に参加してきました。 「はい。ちょっと変わってるかもしれませんが、お店のオーナーさんも私のマスターもとっても優しくていい人なんです」 話していたら、少しアキラさんの事を思い出して寂しくなってしまいました。 「あたしはファインっていうんだ。ケイティさん、あんたのバトルは雑誌やビデオなんかで見たよ。あんな無茶なバトル、そうそうできるもんじゃない」 今度はエウクランテさんの番です。 「フフ、褒め言葉と受け取っておこう」 「あたしにもマスターがいてさ。まだバトルを始めて三ヶ月くらいで、なかなか勝てずにいるんだ」 ファインさんは遠い目をしました。 「何度やっても勝てないから、あたし、なんかのはずみで聞いたんだ。マスターにさ、何であたしみたいな時代遅れの旧型を選んだんだってね。空戦型だったら飛鳥とかもっと良い神姫がいるだろって。……そしたらさ、なんて言ったと思う?」 ファインさんの言葉に嗚咽が混じり始めました。 「エウクランテじゃなきゃ意味が無いって。自分はエウクランテがかっこいいと思ったんだ、お前が気に入ったからお前と一緒に強くなりたいって思ったんだって、大まじめに言うんだよ。っく、こんなあたしに、どこまでも一緒だって、言ってくれたんだ……」 ファインさんはがくりと膝をつくと、両手で顔を覆いました。 「……ひっく、いやだよ……帰りたいよ……もっと、えぐっ、もっとマスターと一緒にいたいよお……」 みんな、しんと静まって、ただただその崩れそうな姿を見ているだけでした。 それを見て、私は考えます。一体何が出来るでしょうと。 決まっています。 私に出来ることも、私のやりたいことも、とっくに。 私は金網に近づくと、そのうちの僅かに歪んでいる一本をしっかり両手で掴んで後ろに引っ張ります。 「ふ、ぬぬぬぬぬぬっ!」 すぐに左腕の故障している箇所が鋭く痛み、ぱちっと小さく火花が散ります。 「ちょっと、あなた何をしてますの!? 腕が故障してますわよ!?」 「決まってます。この、檻を破って、みんなで帰るんですよ。私はパワータイプだから、このくらい……」 「止せ! そんな事をしたら、腕が完全に使い物にならなくなるぞ!」 「なら後で直せばいいです。でも、ここでっ……! ここで諦めたら、腕一本の犠牲じゃ済まない。くっ、もっとひどい事をされるかもしれません」 ほんの少しだけ金網の歪みが大きくなりましたが、まだ神姫が通れるほどの大きさではありません。 「無理だよ、あの大きなドアがあるじゃないか! どうしてそこまでするのさ、ボクらは……」 「そんなの決まってます! 私のマスターなら……アキラさんなら!」 大好きなあの人なら。 「アキラさんはっ……! 目の前で誰かが泣いているのに、それを放っておいたりは絶対にしない!」 「でも!」 「アルトアイネスさん、ならどうして、っつ、どうしてあなたは泣いているんですか!?」 「えっ……」 アルトアイネスさんの濁った瞳から、一筋の澄んだしずくがこぼれ落ちます。 「あなたも、本当は帰りたいんじゃないんですか!? じゃなきゃ……くあああっ!?」 とうとう左腕から煙が上がってしまいました。出力が少しづつ下がっていきます。 もう限界かと思いました。 けれどその時。 「手伝うよ」 「なの」 ファインさんとパーティオさんが、手を重ねてくれたのです。金網を引っ張る力が三人分に増えます。 「あたしはマスターの所に帰る! もっと、一緒に羽ばたきたいんだ!」 「ポップ、またお姉ちゃんと……一緒にお買い物したり、遊んだりしたいの!」 「……わたしも手伝おう」 今度はケイティさんが手を。 「わたしはどうかしていたよ。……そうだ、わたしはまだ、マスターと共に暴れたいんだ! こんな所で立ち止まってはいられん!」 「ええい、こうなればヤケですわ!」 イーダさんが。 「あなたも……ありがとうございます」 「勘違いしないでほしいですわ、メリーとやら。故障した神姫を黙って見ているだけなんて、このイーグレットの誇りが許しませんわ! それにっ、帰ってあのヘタレマスターにアクセサリーの一つでも買わせなければ気が済みませんわっ!」 五人分の力で、金網を精一杯引っ張ります。 「あ……ああ……」 そして、アルトアイネスさんは。 「ボク、ボク……ぐっ、ボクも……姉さんと、ひくっ、マスターの所に……」 涙がこぼれるたびに、瞳に光が戻ってきます。 「二人の所に帰って、レミ頑張ったねって、言ってもらうんだっ!」 重なる手が六人になりました。 「うああああああ!」 やがて、ぽっきりと。 六人の力で引っ張られた金網は、意外なほどあっさり折れました。 「きゃあああっ!?」 「うわああっ!?」 私たちは勢い余って後ろに倒れます。 「いった~い……」 「ふふふ、あはははは!」 痛かったけど、誰ともなしに笑い始め、可笑しくなってみんなおなかを抱えて笑います。 私の腕もなんとか無事でした。 「やった、やったよ!」 「すごいな、メリー! あんな力が出せるとはな」 「私だけの力じゃないです。みなさんが力を貸してくれたから、ですよ」 「でも、これからどうしますの? まだあの大きな扉がありますわよ?」 「なの……」 「そうだね……」 「なら、私に考えがあります。ここは倉庫ですから……」 みんなが私の傍に集まり、相談しはじめました……。 「ああ~ん、我慢できないよう」 倉庫にレミさんの声が響きます。 「蟹山さまぁ~。ぼ、ボクに、あのぶるぶるってするやつを下さいぃ。じゃないと、ボク、あ、あああ~!」 できる限り大きく、そして甘ったるい声で、レミさんはドアの向こうへ呼びかけます。 しばらくして、どかどかという足音と共にあの蟹山がやって来ました。 「なんだい、やっと僕と遊びたくなったのかい? いいよ、今度はもっと気持ちいいことをしてあげるからね」 そう言って、蟹山がドアを開けて入ってきた時です。 「今だ!」 「はいですわ!」 ドアの傍で待機していたケイティさんとイーグレットさんが、持っていた革紐を綱引きの要領で引っ張って、蟹山の足を引っかけます。 「わあっ!?」 蟹山がバランスを崩してつんのめった所で、 「いくよ!」 「はい!」 「なの!」 高い棚の上から、ファインさんと私、ポップさんで気味の悪いスライムがなみなみと注がれたタライの縁を持って蟹山の頭めがけて飛び降ります。 「ぷ、ぷあっ!」 成功です。蟹山の顔にはべったりスライムが付いて、それを取ろうとしている間に、私たちは開け放しのドアから外へと逃げました。 「ぷ、ふぁ、待てえ!」 怒声を尻目に、私たちは廊下を走っていきます。 「迫真の演技でしたわよ」 「うまくいったの!」 「……でももう二度とやらない」 「三時になったら、アキラさんが迎えに来ます。だから、それまでは」 「逃げ回るしかないってわけだね。バッテリーがもつか……」 「消耗戦だな。だが、面白いじゃないか」 光の差す方へと走る。アキラさん、早く。 ※※※ 「てっ」 どんぶりを運んでいる途中で、右肩が痛んだ。 「輝、どうした?」 「あ、いやなんでも」 おやっさんには何ともないように振る舞ったが、『あれ』が痛む時は決まって何かがある。 メリーがいないからなのか少しだけ静かな店の中では、隅に置かれたテレビが『……えー、今回発覚いたしました事件のように、神姫風俗の摘発は以前減っておらず、警視庁は今後も……』なんて十二時のニュースを流している。 「お待たせしました、スタミナステーキ丼です」 壁の近くに座った、スーツを着た見慣れないおっさんの前にどんぶりを置くと、おっさんはテレビを睨んで険しい表情をした。 「……一向に減らんね、あれは」 「ああ、風俗っすか。ちょっと前にもニュースでやってましたね、あちこちで取り締まりやったって」 俺がそう言うと、おっさんは厨房の雅を見て、それから俺に視線を移した。 「君も神姫のオーナーなんだね。幸せそうだな、彼女は」 「ああ、どうも」 「そうだな……君に、少し聞きたいことがあるんだが」 「はあ、なんすか?」 おっさんは少し身を乗り出すと、小声で話し出した。 「実は最近被害が増えているんだが、メンテナンスに出した神姫が、戻ってきたときにはまるで別人のようになってしまったという話が多く寄せられていてね」 「はあ」 「被害者は全員、格安で神姫のメンテナンスをするというホビーショップに預けた後におかしくなったと言っていてね、それが怪しいと……」 「えっ……! あの、その店だったらこの商店街にありますよ!?」 「本当かい!?」 「っていうか俺、午前中そこに神姫預けちゃったんすけど……」 「何だって!? どこだ、案内してくれ」 おっさんは昼飯もそこそこに立ち上がると、外へ出て行こうとする。 「あ、あの、お客さんいったい!?」 するとおっさんはスーツのポケットからおもむろに小さな手帳を取り出した。 「け、警察!?」 「しっ、大きな声を出さないでくれ。さあ、君の神姫を助けに行こう」 ※※※ 私たちはそれぞれ分散すると入り組んだ店内に隠れて、時間を稼ぐことにします。 「まぁてぇぇ~!」 遠くから蟹山の怒声がします。 「ただ逃げるだけじゃダメかも」 「ええ、ですからこれを使いましょう」 私とレミさんは棚にあった売り物らしい神姫用のハンドガンを手に取ります。 「ふふふっ、なんか鬼ごっこみたいでちょっと楽しいかもですね」 「だね。……そういえばさ、メリーってどこで働いてるの?」 「駅からちょっと歩いたところの、『明石食堂』ってお店です。よかったら今度遊びにいらして下さい」 そうしている間に、蟹山の怒声が近くなりました。 「はあ、はあ! くそっ、こうなったらまたスタンガンで大人しくさせてやる!」 ガラス台の上にあったそれをひっつかむとガラス棚の間を歩き回ります。怒りで真っ赤になった丸い顔がさっきのスライムでテカテカ光っていて、文字通り蟹の甲羅のようです。 「そこかぁ!」 私たちを見つけた蟹山が、スタンガンを振り回します。 「メリー、こっちだ!」 「うん!」 レミさんは蟹山の顔面を狙ってハンドガンを撃つと、私の手を取って隣の棚へ飛び移ります。 「痛い痛いっ! ……この、ちょこまかするな!」 向こうからは、ガラスの割れる音やボンッという爆発音がします。 「こんなもの、こうですわ!」 「なのなの!」 「ああ、こらっ! それは高いんだぞ! ……ええい、よくも!」 「きゃっ!?」 私を狙って突き出されたスタンガンをジャンプして避けましたが、その時バランスを崩して落下してしまいました。 「メリー!」 「いやあああ!」 そのまま床に激突するかと思いましたが、エウクランテの飛行ユニットを装備したファインさんがどこからか飛んできて、私を背中に乗せてくれました。 「危機一髪! だね」 「ファインさん!」 「運が良かったよ、これがあるなんてさ。……さあ、しっかりつかまってなよ!」 ファインさんは速度を上げて天井の傍まで上昇すると、手にした機関銃を連射します。 「でやああああ!」 「いてててて! な、何をするんだ! それだって売り物なんだぞ!」 「知りませんわ!」 ファインさんを追いかけようとした蟹山の足下へと、イーグレットさんが棚から乾電池を転がし、 「さっきはよくもわたしを年増と言ったな……せいっ!」 足を滑らせた蟹山のお尻に、ケイティさんが背後から槍を突き刺します。 「ぎゃああああああ!」 悲鳴を上げて蟹山が床にうつぶせに倒れ、棚が倒れてきます。 「なのなの~♪」 「それそれ~♪」 隣の通路の方では、レミさんとポップさんが物をめちゃくちゃにしてまわります。 「や、やめろ! ……なんでだ、おかしい! なんで神姫が人間に刃向かうんだ!? ただのおもちゃのくせに!」 そう叫んだ蟹山の頭に、バケツが落ちてきました。 「んがっ!」 「何故? 明白ですよ。あなたは……私たちの一番大事なものを奪おうとしたんですから!」 ファインさんの背から近くの棚へ飛び移った私は、銀のフォークを取ります。 「それは! マスターとの……絆ですっ!」 そのまま飛び降りて、お尻にフォークを突き刺しました。 ※※※ 俺と刑事さんは、店内から聞こえるものすごい悲鳴と破壊音を前に、慌てて店の戸を開けた。 「メリー! 大丈夫……か?」 「動くな! 大人しく……?」 だが、目の前の光景に二人して戸惑いを隠せなかった。 「それえっ!」 「ぎゃひいいいい!」 「おりゃあ!」 「うぎゃあああ!」 バケツを頭から被って棚の下敷きになった男が、武器を持った神姫達に体中を刺されたり銃器で撃たれたりしている。 「あ、誰かいるんですか!? た、助けて下さい! 神姫に、ぎゃっ! 神姫に殺されるぅ!」 男がバケツを被った頭をこっちに向けると、神姫達も俺と刑事さんに気付いたようだった。 「アキラさん! お待ちしてました!」 男の尻をフォークでつついていたメリーが、満面の笑みを浮かべる。 「えーと……どういうこと?」 ※※※ 「『お手柄神姫達! 悪徳業者を見事撃退』……ねえ」 その日の朝刊の見出しを眺めながら俺はつぶやいた。 あの後男は捕らえられ、俺とメリーは捕まっていた他の神姫達、それからあの地走さんという刑事さんと一緒に警察で事情聴取を受けた。 神姫達が事件の証拠としてメモリーのバックアップを提供し、その内容があの蟹山という男の供述とも一致して、逮捕に至ったというわけだ。 逮捕された蟹山は意外なほど素直に犯行を認め、過去にも同じように神姫を風俗に売りさばいていたこと、その風俗がどこで営業しているかなどを自供して、他の同じ手口の業者や風俗店経営者の逮捕にもつながった。なのだが、蟹山が質問に『神姫』という単語が出てくるたびに悲鳴を上げるものだから、少し捜査が難航したらしい。 一体何をされたのかと思ったが、メリーに聞いてもニコリと笑うだけで答えてはくれなかった。 他の神姫達や売られた神姫達も元のオーナーのところに戻って、今は幸せにしているらしい。盗られた装備なんかも持ち主に戻ってきた。 あとは、メリーがメディアのインタビューの時にうちの事を話したようで、次の日からほんのちょっとだがやって来る客が増えた。 というわけで、今日も俺たちは忙しく働いている。 「なあメリー、お前最近よく外の方見てるけどさ、なんかあったのか?」 するとメリーは、 「友達が増えたんです」 と笑って言うだけで、それ以上は何も言わない。 何だろうな、と思っていると、また一人客が入ってきた。 「へえ、ここがそうなの?」 「ホントに神姫が働いているのですね」 「凄いでしょ? 姉さんもマスターもきっと気に入るよ」 入ってきたのはOLっぽい服装の女性で、手に提げたハンドバッグからアルトレーネとアルトアイネスが顔を覗かせている。 「いらっしゃいませ」 俺がそう言おうとしたのだが、それよりも速く、手を振るアルトアイネスを見つけたメリーが言った。 それはもう、元気な声で。 「いらっしゃいませ!明石食堂にようこそ!」 ~次回予告~ 人気テレビ番組に出演することになった輝たち。 どうすれば食堂のいいところをアピールできるか話し合うが・・・? 「い、いらあっしゃいませえ!」ホントに大丈夫なのか!? 次回、 [[第七話 あなたの街を宣伝!]] お楽しみに! 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