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キズナのキセキ・ACT1-8:聖女のルーツ その2 - (2011/05/05 (木) 00:01:51) のソース
&bold(){キズナのキセキ} ACT1-8「聖女のルーツ その2」 ◆ 「姐さん、お世話になりましたね」 「あ、あぁ……そんなことは……いいんだけど、さ……」 微笑すら浮かべて挨拶する桐島あおいに、姐さんは呆気にとられた。 同時に、激しい違和感を感じた。 姐さんの知っている桐島あおいは、こんな笑い方をしない。 これが三日前、裏バトル会場で泣き叫んでいた神姫マスターと同一人物だろうか。 そして、あおいの新しい神姫。ノーマルのハーモニーグレイス型に見えるが、立ち居振る舞いはまったく違う。 二人とも何とも言えず不気味だった。 この三日の間に、裏バトルでの顛末は知れ渡っていた。 ゲーセンの常連たちが、ニヤニヤと笑いながらこちらを見ている。 しかし、あおいはどこ吹く風といった表情で、空いている筐体に座ると、アクセスポッドにマグダレーナを送り込んだ。 常連の一人が、すぐに筐体の向かいに座った。完全に小馬鹿にした表情。 対戦が始まる。 そして、対戦が終わったときには、常連たちの表情はすべからく、驚愕と畏怖に塗りつぶされていた。 マグダレーナの勝利。重武装の神姫相手に、三十秒とかかっていなかった。 常連たちは次から次へと対戦を仕掛けてくる。 マグダレーナはことごとく圧勝し、連勝を積み重ねた。 マグダレーナの武装は、ハーモニーグレイスのデフォルト装備と変わらない。スカートアーマーの中に小型スラスターが追加されたのと、キャンドルに柄がついて、ビームトライデントにカスタマイズされている程度だった。 それでも、あらゆる神姫を退ける。 あおいは薄ら笑いを浮かべながら、その様子を見守っているのみだった。 マグダレーナの勝ち星が二桁を越えたが、彼女はかすり傷一つ負っていなかった。 「……誰か、アダチさんに報告しろ」 常連の一人が小声で言う。 アダチは、ゲーセンで一番の実力者で、裏バトルでルミナスを破壊した因縁の相手だ。 こうしてあおいは、その日のうちに仇敵を引っ張り出すことに成功した。 「神姫を無くしたばかりだってのに、ずいぶん調子こいてるみたいじゃねぇか、ええ?」 現れたアダチは嘲笑を浮かべつつ、あおいに近づいてきた。 あおいは微笑みを返し、言った。 「あなたとここでバトルする気はないわ」 「なにぃ……?」 「わたし、また裏バトルに参戦しようと思ってるの。そこでお相手してくださる?」 「上等だぜ……また笑い物になりたいみてぇだな……」 アダチは舌なめずりしながら承諾した。裏バトルのマッチメイカーには、自分が話を通す、とも。 週末、あおいは再び裏バトルに挑む。 姐さんはことの成り行きを見守るしかなかった。 □ 「……その試合の内容は……思い出したくない……」 「見たんですか? その裏バトルの試合を」 「ああ……見た。……見なければ良かった……」 姐さんは自らの両肘をぎゅっと抱いた。 「あれは……残虐なんてもんじゃない……それ以上に、むごい……そうとしか言いようがなかった……」 長く息を吐くように、姐さんは静かに呟く。 それほどに、思い出したくもないほどにひどいバトルを、俺は想像できない。 だが、この後姐さんから語られた話は、その片鱗を知るのに十分な内容だった。 ◆ 悪魔モチーフの神姫と、修道女モチーフの神姫のバトルは、さながら悪魔対エクソシストの様相だった。 観客たちの予想は、もちろん悪魔の勝利だった。フル装備の高性能なストラーフと、ほとんどノーマルのハーモニーグレイスでは、勝負にならないと見るのが普通である。 賭け率も九対一でアダチ有利のオッズになっていた。 あおいはアダチに一度手ひどく負けているから、このような評価になるのも当然だった。 確かに、勝負にならなかった。 圧倒的な戦闘力で、修道女は悪魔を蹂躙した。 もはや、ステージ上の大型ディスプレイで展開されていたバトルは、一方的な残虐ショーになり果てていた。 エクソシストが、地べたに這いずる悪魔ににじり寄る。 『ひっ』 アダチのストラーフは、恐怖に顔を歪めながら、這うようにして、マグダレーナから逃れようとする。 彼女はすでに深刻なダメージを負っており、もはや戦闘できる状態ではない。 対するマグダレーナは、攻撃時に舞った埃を纏うのみ。 マグダレーナは、ストラーフの背後から、ゆっくりとした足取りでにじり寄る。 やがて、ストラーフを足元に捉えたマグダレーナが、のんびりと攻撃を開始した。同時に、アダチのストラーフの絶叫が会場に響きわたる。 「やめろっ! おい、聞こえてんのかよ! あいつの装備は高けぇんだぞ!? 百万は下らねぇんだ! やめてくれよぉっ!」 筐体の向かいに座るあおいに対し、アダチは怒鳴った。 あおいはそんな怒声を受け流し、微笑を浮かべ続けている。 「……マグダレーナ、装備も残らず粉々にして」 『承知』 「な……てめぇぇっ!!」 顔を真っ赤にして睨むアダチに、あおいは涼やかな視線を向けた。 「強い奴がエラいんでしょ? あなたがそう言ったのよね? だったらわたしに……マグダレーナに勝てばいいんじゃない?」 「なっ……こっちはもう戦えねぇだろ、勝負はついたんだ! だったらもう、バトルは終わりだ!」 「……それが、負け犬の分際で、人に物を頼む態度?」 「くっ……」 アダチは悔しさに拳を握りしめながら、うつむいたまま、言葉を絞り出した。 「もう……勘弁してください……おねがいします……」 あおいは満足したようににっこり笑って頷いた。 「いやよ」 「なっ……!?」 「だってあなた、わたしがこの間そうやって必死にお願いしたけど、聞いてくれなかったじゃない」 「て、っめえぇぇ……!」 筐体のイスを蹴り飛ばし、アダチが飛び出した。 掴みかかろうとする。 その手が、あおいの胸ぐらを掴もうとした瞬間、 「がっ」 身体が大きく震え、その場にうずくまってしまった。 あおいの右手に、小さな箱のようなものが握られている。先端から青白い火花が散った。 「夜の一人歩きは危ないでしょう? だから護身用に持ってるの。スタンガン」 アダチが顔を上げる。 美しいあおいの顔が、自分を見下ろしていた。 不気味な、能面のような笑顔で。 そのとき、ようやくアダチは理解した。こいつは俺に復讐しに来たのだ。俺がこいつにしたのと同じように。だとしたら、はじめから赦すつもりなんてないのだ。 ストラーフの絶叫がひときわ高くなった。 リアルバトルのフィールド上で、マグダレーナが単純作業をこなすように、淡々と装備を破壊していく。まるで職人芸のような、悪魔の所行だ。 目の前で丁寧に破壊されていく装備は、アダチが時間をかけ、苦労を重ね、お金もたくさん使って集め、カスタマイズしたものだ。 「やめてくれ……もう、勘弁して……やめてくれぇ……」 弱々しく、呟くような懇願を漏らす以外に、できることはない。 彼の神姫はいまだ絶叫を続けている。 観客たちは静まりかえっていた。目の前で繰り広げられる、予想外にして想像を超えた惨劇に、言葉を失いながらも、ディスプレイの映像から目をそらすことが出来ないでいる。 そんな中。 姐さんの耳にかすかに聞こえてきた、鈴を鳴らすような、声。 「ふふ……うふふふ……あは……あはははははは……!」 ステージの上、あおいが嗤っている。 本当に、心からおかしい、というように、身体を反らせて。 美しい哄笑が、静まりかえった会場の奥まで染み渡った。 すると、あおいは観客席の方を向いて、見回しながら、言った。 「……ねえ、どうしたの? なんでみんな笑わないの? わたしのときには、みんな笑ってたじゃない!? わたしは笑うわよ? あははははははは!」 ステージの上で一人爆笑を続けている。 甲高い笑い声が、いやでも耳に入ってくる。 観客席の一番後ろでその様子を見ていた姐さんは、思わず一歩後ずさった。 「……狂ってる……」 思わず呟いてしまった。 だが、あおいにしてみれば、神姫を失った絶望をから自分を守るためには、狂うしかなかったのかも知れない。 そうさせたのは、紛れもなく、アダチであり、この裏バトル会場に来ている面々なのだ。 ならば、彼女の言うとおり、ここで笑わないのは不公平かも知れない。 しかし、観客の誰も絶句したまま、笑うことは出来なかった。 マグダレーナは、あおいの指示を忠実かつ確実に実行した。 最後には、相手のストラーフの素体さえ、修理可能な部品がないほどに粉々に撃ち砕いた。 やがて、マグダレーナがレフェリーの勝利宣言を聞いたときには、おびただしい数の神姫の欠片が足元に敷き詰められていた。 □ 「それ以来、アダチの姿は見てない。手塩にかけた神姫が、たったの一試合で文字通り粉々にされたんだ……もうバトロンもやってないだろ」 姐さんはうつむき、顔を暗くしていた。 聞いている俺でも、気持ちのいい話ではなかった。姐さんの断片的な話だけでもそう思うのだ。会場で目の当たりにしたなら、俺の想像を遙かに超える惨劇が目に焼き付いたに違いない。 酷な話をしてもらったと思う。 それでも俺は言葉を続けざるを得ない。 「……それでその後どうなったんですか?」 「……あんた、まだ聞き足りないのかい?」 「このエリアでバトルロンドが流行らなくなった理由と、さっきの神姫マスターたちが桐島あおいを敵視する理由をまだ聞いてません」 ただアダチという有力マスターが再起不能になっただけでは説明が付かない。 話のはじめで、姐さんは言った。桐島あおいのせいで、このエリアのバトルロンドは廃れてしまったのだと。 いったい、彼女は何をした? 姐さんはじっと俺の顔を見つめていたが、俺に折れる気がないことが分かると、ふっとため息をついた。 「まったく……強情だねぇ」 「時間も金もかけて、ここまで来てますので」 「へえ、どこから来たんだい?」 「C県です」 「そりゃ……ご苦労なこった。じゃあ、もう少し話しようかね」 姐さんは薄く笑って、残りを話してくれた。 ◆ アダチがいなくなったのと入れ違いに、あおいが再びゲームセンターに顔を出すようになった。 だが、歓迎すべきことではなかった。 あおいとマグダレーナは、有力な神姫たちをことごとく狩り始めたのだ。 そう、バトルではなく、狩りだった。 M駅周辺エリアで最強だったアダチの神姫にすら圧勝したマグダレーナである。他の神姫では決してかなわない。 初めて戦ったときにはあらゆるバトルを秒殺で終わらせたが、今度のマグダレーナは違っていた。 裏バトル並に残虐な戦い方をした。 もちろん、ゲームセンターでのバトルはバーチャルバトルだから、神姫も武装も破壊されることはない。 しかし、神姫のAIがダメージを負った。 マグダレーナと戦った神姫は、あまりのバトル内容に、マグダレーナを見ただけで畏れおののくようになった。 特にひどいダメージを負った神姫は、もはやバトルする事もかなわなかった。 そんな神姫たちが続出し、ゲームセンターでのバトルが成り立たなくなってしまったのだ。 対戦相手もいなくなり、バトルする神姫マスターも減って、姐さんの勤めるゲーセンのバトルロンドコーナーはすっかり寂れてしまった。 そんな状況に呆然としていると、今度は違うゲーセンでマグダレーナが猛威を振るっているという噂が聞こえてきた。そこのゲーセンでも、瞬く間にバトルが廃れてしまった。 このエリアの有力なゲームセンターは、マグダレーナの洗礼を受け、神姫たちが狩り尽くされた。近隣のエリアにもその噂は広まり、遠征にやってくる神姫マスターも皆無になった。 もはや、このエリアはバトルロンドの空白地帯になり果てたのだった。 だが、あおいの暴走は止まらなかった。 秋が終わる頃、姐さんの耳に、噂が届いた。 このエリアの裏バトルが壊滅した。 裏バトルのフィクサーは、マグダレーナの選手登録を大いに歓迎した。 長らく有力選手だったアダチのストラーフを下したのだ。新たな有力選手、そして残虐なバトルをするヒール役として迎え入れた。 そして、観客の人気も上々だった。裏バトルでは強い神姫に人気が集まる。金を賭けているのだから、当然だ。 しかし、フィクサーの判断は裏目に出た。 裏バトルで多額のファイトマネー得たあおいは、マグダレーナの武装を整えていた。 もはやアダチと戦ったときのマグダレーナではない。 アダチのストラーフ以上の実力者を相手に、圧倒的な力の差を見せつけた。しかも、前回同様、完膚無きまでに神姫を破壊して。 その戦いぶりから、桐島あおいとマグダレーナは『狂乱の聖女』の異名を取ることになった。 二人の狂乱はとどまることを知らなかった。 リアルバトルでもバーチャルバトルでも、負けた相手は必ず再起不能になる。 さすがのフィクサーもこれには困り果てた。 そろそろ負けてもらわねばならない。 そこで、この裏バトル会場で最強の神姫とマッチメイクした。マグダレーナに負けず劣らず極悪な神姫である。 いくら『狂乱の聖女』といえど、無傷というわけにはいかないはずだ。 そのはずだった。 だが、装備を整えたマグダレーナは無敵だった。 フィクサーの意図を察していたマグダレーナは、最強神姫との戦いを秒殺劇にして見せつけた。 これには、裏バトルの関係者、観客のすべてが、絶句した。 もうこのエリアにマグダレーナの敵はいなかった。いや、最初からいなかったのかも知れない。誰もマグダレーナにダメージの一つも与えることは出来なかったのだから。 そしてついに、裏バトルも閉鎖になった。 有力な神姫は『狂乱の聖女』にことごとく狩り尽くされたのだ。 そうなれば、賭けは成り立たない。神姫マスターの出入りもなくなり、観客も減ってしまった。もう、興業としては壊滅だった。 こうして、M市のバトルロンドは衰退した。 桐島あおいの復讐は、こうして完遂されたのだった。 □ 「……確かに、あの子をおかしくしちまったのは、このエリアの連中みんな……だったんだろうよ。 でも、あんまりじゃないか……。いくら強いからって、このエリアのめぼしい神姫を全部潰すなんて……。 バトルの姿勢がどうあれ、みんな武装神姫が好きだったのに……」 桐島あおいの容赦ない粛正の結果、M駅を中心としたエリアにあるゲームセンターでは、バトルロンドは下火になった。今は粛正を免れた連中が来て、細々と愚痴を言っているだけである。 このあたりでバトルロンドが盛り上がっているのは、隣町の神姫センターだという。 なるほど、どうりでM市のバトルロンドの状況について調べても、めぼしい情報が出て来ないわけだ。 今のこのエリアの状況は、桐島あおいの望んだとおりとも言える。 神姫センターでのバトルなら、勝負にこだわったプレイスタイルであるとしても、公式のレギュレーションに則るため、健全性が約束される。 彼女はエリアに蔓延したプレイスタイルに対しても復讐を成し遂げたのだ。 俺はそう思った。 「わたしの話は、これで終わりだよ」 姐さんが呟くように言った。その横顔は、どこか寂しそうに、悲しそうに見えた。 「最後に一つだけ教えてください」 「なんだい、まだあるのかい?」 「桐島あおいが今どこにいるか、知っていますか?」 「知らないね……でも、噂は聞こえてくる。あの子がまだ、どこかで戦い続けていることはね……」 姐さんは瞼を伏せ、うつむいた。 そして、小さな声で、こう言った。 「……なあ、あんた、もし……あの子に会ったら、伝えてくれるかい?」 「なんでしょう」 「もう……あの子は十分戦った……もう休めって。これ以上、他人も自分も傷つけないで……そう伝えておくれ」 「……わかりました」 その短い言葉から、姐さんという女性の情の深さが伝わってくるようだった。 M駅中心のエリア自体が、桐島あおいによって壊滅させられたのだ。バトルロンドが出来なくなった店の損害もあっただろう。 だが、それでも姐さんは、桐島あおいの心配をしているのだ。 口で言うのは厳しいが、不器用で情が深い。だからこそ、常連たちは姐さんの言うことに素直に従うのだろう。 俺は姐さんに改めて礼を言って、ゲームセンターを後にした。 随分長く話し込んでいたらしい。日が西に傾いていた。そう言えば昼飯もまだ食べていない。 とりあえず、座れるところで、食べながら考えをまとめよう。 そう思って、俺はマクドナルドに足を向けた。 夕方のファーストフードショップは、学校帰りの学生たちで、それなりに賑わっていた。 レジ待ちの列の後ろについたところで、携帯端末が鳴った。 ポケットから端末を出し、相手を確認する。 大城だ。 「もしもし」 「遠野、お前今どこにいる?」 「……なんだ、やぶからぼうに」 「緊急事態なんだよっ!」 大城の怒鳴り声が携帯ごしに飛んできて、俺は思わず耳から遠ざけた。 何を焦ってるんだ 「今、ちょっと用事があって、M市に来てる」 「M市……だと? なんだってこんなときに、そんな遠くにいやがる……」 「なんだよ、何かあったのか?」 まさか、また何かやっかいごとか。 俺がため息をつこうとした時、携帯から聞こえてきた大城の声。 「あったんだよ! 桐島あおいって女が、ノーザンに来て……」 俺の手から携帯端末が滑り落ちた。 [[次へ>>キズナのキセキ・ACT1-9:雨音]] [[Topに戻る>>キズナのキセキ]] ----