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二日目 午後 - (2006/11/06 (月) 22:47:47) のソース
かれこれ数十分。不意にお客さんが来店してくれたおかげで俺は解放された。 久しぶりにマスターと色々話せたし、そろそろ帰ろうかと思い冬花達の方を見ると今度は冬花が積極的に話し掛けていた。 あまり自分から話す事の無かった冬花が何かを問いかけ、それにジェニーさんが受け答えをしている。その横顔はさっきまでの愚痴を言っていた時の顔では無く、優しい顔になっている。不意にジェニーさんがこちらを見て微笑む。 どうやら俺が冬花を此処に連れてきた意図が分かっていたみたいだ。 「マスター、秋人さん、ちょっとこちらに来てもらえますか」 呼ばれ側に行く。 「マスター、ちょっと冬花さんを連れて席を外してもらえますか」 「あいよ。冬花ちゃん、ついでだから簡単な神姫用健康診断でもしようか?」 冬花が俺の顔を見る。 「ちょうどいい機会だから受けとくと良い。家だと出来ないとこまで見てもらえるから」 「はい」 「それじゃ冬花ちゃん行こうか」 マスターの差し出した手に乗り、カウンターの奥に入っていく。 それを見送りジェニーさんが口を開いた。 「さて。秋人さんがここに冬花さんを連れてきたのは私と話をさせるためですね?」 「えぇ。貴方達は沢山の神姫を見てきているし、俺の友人知人でも冬花の事を相談できそうな人はジェニーさん達だけだったので…」 「まぁ、あの子の事情は以前聞いていたからそれとなく注意しながら話していたけど…」 「…最近塞ぎ込みがちだったから、ジェニーさんと話せば冬花が何か切っ掛けでも掴めないかと思ったんですけど」 「…あの子と話をした上で、私から秋人さんに言えるのは…」 目線を下にいったん落として、少し考え込んでから視線を戻す。 「貴方達は気負い過ぎね。あの子はまだ感情を上手く表現できない。優しくして貰って凄く嬉しい。でもどう返せば、どう表現すれば良いのか分からない。そんな自分の感情を上手く表現できずにいる自分に焦燥、悲しみを感じている。もう少し普通に接してあげなさい。他の子達に接するように」 「………」 「あの子はこれまでしてきた事に対して心の整理はだいぶ出来たみたいよ。ただ優しくされる事にまだ慣れていないだけ。大丈夫。あの子は秋人さんが思っているより強い子よ」 「…わかりました。これからはもう少し普通に、ですね」 思い返せば確かに色々と気を使いすぎていたかもしれない…その事で逆に冬花に負担を掛けていたなんて…少し俯き眉間にしわが寄っていた。 「ほらほら、そういう顔をするとあの子も不安になるからしないように」 慌てて顔を上げジェニーを見る。 「そうそう。男はしゃきっと前を向いていないと」 「色々と助言有難う御座います」 腰を折って頭を下げる。此処に来て本当に良かったと思う。冬花のような経験は普通の人はする事はまず無い。実体験の無い上辺だけの言葉に説得力は無い。だから此処に来た。 ジェニーさんやマスターの言葉なら俺にとっても説得力のある言葉だ。 以前、とある事で助けられ、この二人のもう一つの顔を知っていた俺にとっては。 「お。そっちの話もちょうど終わったとこかな」 マスターが冬花を連れこちらに戻ってきた。 「さすが秋人さん。ちゃんと見てあげていますね。何処にも異常は在りませんでしたよ」 そのまま冬花を俺の肩に乗せる。 「いくらになります?」 財布に手を伸ばしながらマスターに聞く。 「いやいや。今日は久しぶりに顔を見れたし。サービスで良いですよ」 「いえ、そういうわ…そうだ。御代の変わりにこれを…」 肩に下げているカバンから小さい箱を取り出し、蓋を開け中身を見せた。 「お土産のつもりで持ってきたんですけど」 箱の中身は一振りの刃物が入っている。 「手持ちの材料の中では高硬度の物を使って、各種コーティングもしてあるからあっちにも使える筈です。そのつもりで作りましたから。よかったらジェニーさんの守り刀として使ってください」 食い入るように見ていたマスターが顔を上げ 「…これ、商品として売っちゃダメ?」 「「マスター!」」 俺とジェニーさんの声がはもった…… エルゴからの帰り道、なぜかポーチに戻らず冬花は肩に座ったままでいる。 なんとなく冬花との距離が近くなったようで足取りが軽い。 今日はエルゴに来て良かったと思う。 自分でどうにかしたかったけど、人生経験の浅い俺では限界が見えていた。冬花の抱えている問題は俺達家族だけでは重すぎた。こんな時にマスター達のような人は今よりも良き道に導いてくれる。俺が尊敬する数少ない人だ。他力本願で情けない話ではあるが… 「秋人さん」 俺の頬に体を預け、自分の顔が見られないようにして冬花は呟いた。 「私はもっと貴方に甘えても良いのでしょうか?」 視界に冬花の顔は入らない。それでもなんとなく恥ずかしそうな顔が見えた気がした。 「目覚めてから、名前と、家族と、心。沢山のものをもらいました」 そしてまた少し悲しそうな顔を見た。 「私はこれ以上、何かをもらっても良いのでしょうか…」 立ち止まる事無く今までと同じペースで歩きつづける。 「…俺達は冬花の家族だ。与えるとかじゃなくて、一緒に笑ったり、泣いたり一緒に歩んでいきたい。だから冬花に必要だと俺達家族が思えば、買える物なら買ってあげたいし、そう接したいと思えばそう接していきたいと思う。今までもそうだし、これからも。だって弥生ねえも、春香も、鈴夏も、ネムも、俺だって冬花のことが好きだから」 自分で語っておきながら頬が赤くなるのを感じる。 「…秋人さん」 冬花は頬から身体を離した。顔を見ていいのだろうと思い振り向く。 「今日始めて知った感情があります。今まで良く判らない感情だったのですがジェニーさんに教えてもらいました」 顔を赤くしている冬花が目に映った。 「私は皆さんが好きです。凄く大切な家族です。その家族の中にいる私は凄く幸せです」 「うん。俺も冬花が家族になって幸せだよ」 不意に冬花は膝立ちになり俺の唇に自分の唇を重ねる。 「…それと、私は秋人さんのことを他の人とは違う意味で好きみたいです」 それだけ言うとポーチの中に逃げるように入ってしまった。 「………」 突然の冬花の行動にさすがに足が止まる。思考が硬直してしまう。 「と、冬花?」 「………」 呼んでも返事はない。 「…ジェニーさんにこうすると秋人さんが喜ぶと聞いたので…」 か細い声がかろうじて聞こえてきた。 「…えーと。それはさっき言ったこと?キ…キスしたこと?」 「…唇を重ねることです…」 ジェニーさん。貴方までうちの冬花に何を吹き込んでいるのですか?私は貴方の事を尊敬しているんですよ?頼みますよ…喜びましたけど。 「さっき言ったことは自分の今の思いです」 「そっか…」 また歩き出す。 冬花も歩き出したようだ。いや。もっと前から歩き出していたのだろう。 感情を置いてけぼりにしたまま。でも感情が少し追いついてきたのかもしれない。 心が感情を理解し始めたんだ。まだ先は長いかもしれないけど。 そんな事を思いながら、俺達の家族の待つ家に歩きつづけた。 追記 家に帰ってからの俺達二人の様子がおかしいと、弥生ねえと鈴夏が俺を。春香とネムが冬花を尋問し始めた。冬花はすぐに解放されたが俺はしつこく尋問された。 しまいには鈴夏が暴力に訴え始め周りが止めに入ってお開きになったので冬花とキスしたことはバレる事は無かった。 追記の後日 あの後数日が経ち、ジェニーさんにお礼を言いに顔を出すと 「2~3本で良いから秋人さんが作ったもの置きませんか♪」 ジェニーさんが満面の笑みで問いかけてきた。 「…いや、ジェニーさんに言われても…」 「鈴夏さんてかわいい方ですよね~♪」 「謹んでお受けさせて頂きます」 さすがマスターの所の看板娘だ… [[ <つづく>>http://www19.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/252.html]]