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二日目 午前 - (2006/11/04 (土) 01:28:33) のソース
平凡な人間が普通に生きていけば、他人の人生を直接終わらせる事はまず無い。 そんな平凡な人生でも何かの切っ掛けで道を踏み外す人間もいる。 理由はそうなってしまった人の数だけ在るだろう… でもこの子は目覚めた直後に、感情部分を戦闘に必要なデーターに埋め尽くされた。 そこにほんの僅かな心だけが幸か不幸か残った。 そして消えかけていた心が覚えていた…これまで自分が手に掛けた神姫達の顔を。 たとえ自分の意志では無くとも、確かに自分が手に掛けた記憶… 人の手によって生み出されていたとしても、この子達には心がある。 少なくとも俺はそう思っている。 この子の記憶は残酷なもので埋め尽くされている。 それ以外の思い出はない。 俺はこの子に何をしてあげられるのだろう 数ヶ月が経った良く晴れた日曜日。 眠りから目を覚ましたが、起き上がらず半覚醒状態の気持ち良さを堪能する。 そんな時でも冬花の事が頭に浮ぶ。 最近は口数も増えて、多少は心と感情の変化に安心していた。 ただ、時折見せる表情が頭から離れない。その瞳は何も映さず、何か寂しそうな顔を。 どうしたのかと一度聞いてはみたが「…何でもありません」と、申し訳なさそうな顔で返された。それ以上聞く事もできずにいると、日に日に塞ぎ込みがちになった。 打開する名案も浮ばず、最近は俺まで考え事をして遠い目をしている時間が増えている。 そんな状態の俺達を心配した鈴夏から先日唐突に 「…気分転換に冬花と二人っきりで散歩にでも行ってみたら?」 と提案された。…その時少し睨まれていたような気がしたが…気のせいだろう。 そういえばなぜか冬花と二人っきりになる事はほとんど無かったっけ… 「よしっ!そうするか」 自分に気合を入れるつもりで口に出し、そのままの勢いで身体を起こす。 「…おはよう御座います」 ベッド横のサイドボードに、行儀良く正座をして頭を下げる冬花がそこにいた。 冬花が家に来て、意識を取り戻した次の日の朝。何の前触れも無くこれをやられた時はかなり驚いた。…今でも慣れず少しくすぐったい気持ちになる。 「おはよう。冬花」 冬花に笑いかけながら返事をする。 顔を上げ俺の顔を見て微笑みながら……だったら嬉しいのだが 「弥生さんからの伝言があります。本日急な来店予約が入ったため春香さん、鈴夏さんのお二人をお借りするとの事です」 表情は相変わらず感情の少ないまま、目を瞑り思い出すように話す。 「また弥生ねえは…はぁ…他には何かある?」 「いえ。伝言は以上です」 まぁ、急に変化するもんでもないし…でも…いつかは冬花の笑顔を見たいな。 そのために出来る事を今はがんばろう。うん。 さて…ちょうど二人っきりになったし誘ってみますか。 「………」 と、何処に行くかと考えたところで止まる。 二人っきりで何処に行けばいいんだ… 考えてみたらいつも俺一人か、俺を入れて三人以上でしか出かけたこと無かったっけ… 弥生ねえとすら二人っきりでは出かけたことが無い… 一人のときは自分の用事のだし、三人以上のときは俺以外の誰かの付き添いだったし…散歩とはいえどうするか… 「秋人さん?どうかしましたか?」 暫く何処にするか迷ったが、冬花の事も相談が出来て散歩がてらにちょうど良い場所を思い出す。 「秋人さん?」 冬花を家に迎えてからまったく行ってないし、お土産もあることだから久しぶりにマスターの所に行くか… 「冬花。今日はこれか…何をしようとしてるのかな…」 冬花の方を見るとボールペンを槍投げよろしく投擲体制に入っていた姿が目に入る。 「…先日鈴夏姉さまに、秋人さんがボーとして声が聞こえていないようなら、ボールペンでも頭に投げれば正気に戻ると聞いたので」 …鈴夏さん。貴方はこれまでに、そしてこれから冬花に何を教えていこうとしているのですか?お兄さんはとっても不安ですよ… まぁこの件は後できっちり問い詰めるとして、今は気を取り直して… 「ボールペンはそこに置いときなさい。もう大丈夫だから」 投擲体制のままでいた冬花は横にボールペンを置きその場に座る。 「冬花、今日は二人で散歩に行こう。会わせたい娘もいるし」 「はい」 手早く準備を済ませ冬花を連れ家を出た 自宅から十数分。駅で電車に乗り数十分。目的地のある駅からさらに数分。 目的地ホビーショップ<エルゴ>に到着する。 最近では貴重になった自営業のショップ。大手の薄利多売の影響で随分こういったお店は消えていった。地元にはこういった店はすでに無く、ちょっと遠いいが時々顔を出していた。マスターとは以前ちょっとしたトラブルが切っ掛けで知り合いになった。 「着いたよ、冬花」 「ここに会わせたい娘がいるんですか?」 カバンのベルトに付いているポーチから上半身を乗り出して冬花が聞いてきた。 「そ。沢山の神姫達と話もしてるし、色々な経験もしてきた娘だよ。だからこそ冬花のような娘達の良き理解者でもある。ある意味冬花に薦めた救い手の一つの形かな」 「そんなに凄い方がいたんですね」 「誰からも慕われ、それは人も含めてだけど凄い娘だよ…色々と大変だけど」 最後は苦笑いになりながら店の中に入る。 「いらっしゃいませー」 声はすれども姿は見えず。冬花が辺りをキョロキョロと見ているが見つからないようだ。 「冬花、あそこだよ。久しぶりです。ジェニーさん」 「秋人さん。久しぶりですね」 俺の目線を追ってジェニーさんを見つける。見つけて目を点にする。 おっ。こんな顔始めてみた。 「…なぜ彼女はあのような仕打ちを受けているのでしょう」 「…あっ」 「まぁ♪」 そこには1/12で作られた学校の教室があった。そして教壇にはヴァッフェバニーの胸像が設置してある…いや、胸像ではなく稼動している神姫の頭部がそこに鎮座していた。 「浅見さ~ん。最近は落ち着いていたのに…頼みますよ~」 俺の両肩に両手を置いてエルゴ店長<日暮 夏彦>が恨めしそうな涙目で見る。ちょっと肩に食い込んできた指が痛いです、マスター。 「いや~俺も最初はビックリしたの忘れてましたぁ。あっはっはっはっは…すみません…」 いま冬花は教室の最前列、真中の座席に座りジェニーさんの愚痴を永延と聞いていた。 ただどう返事をしたら良いか分からないようで、さっきから「はぁ」とか「そうですね」としか返せていない。 あぁ、ごめんな冬花。俺がジェニーさんの事情を先に説明しなかった為に… こうなるとあの二人の会話に入り込めそうも無いので、暫く会っていなかったマスターと、最近の神姫関連の話でもしているか。久しぶりにエルゴに来たことだし。 「…ところで浅見さん」 「はい?」 「そろそろうちで刃物を売ってみませんか?」 あ、ヤバ。こっちも捕まった… マスター曰く、俺が作った刃物は商品価値が在るとの事。 バトルに参戦する際に、自分で作った刃物を守り刀としてうちの子達に持たせていたが、初期の頃は面白いように叩き折られて、半分意地になった中期の頃になると実際の刃物を研究材料にしたり、ネットで調べた製作方法を取り入れたりして作るようになり、後期にいたっては作るのが楽しくなり材料も厳選した物を使うようになった。最近作った物は直径5mmのスチール棒ぐらいなら刃こぼれもせずに切り落とせる切れ味にまで仕上がった。ただし神姫達の全身の筋力と計算された太刀筋在ってのものだが。 「いや、あれは趣味みたいなものだから売る気は無いですよ」 「いやいや。趣味であそこまで作りこんであるなら立派なもんですよ。私も趣味で色々作りこんでますから分かります。あれはいい物ですよ」 「でもほら、メーカー品でいい物は沢山在りますし。他にも…」 …こうして俺とマスターとの攻防まで始まった。 [[ <午後へつづく>>http://www19.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/234.html]]