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彼女の好きな人 - (2006/11/04 (土) 19:06:41) のソース
神姫と人間が結ばれる。 社会的に忌避されてはいるものの、恋する当事者達には良識などただの理屈の羅列に 過ぎないわけで。 先日も人間と神姫、両方の奥さんを貰った方の結婚式に招待されました。 とても幸せそうで眩しくて…心から祝福したくなるという感覚を実感しました。 けど…少し羨ましくもあったんですよね。 人間と神姫に恋愛は成立する。 ウチのお客様や生徒さんにもいらっしゃいますし、それは素晴らしい事だと思います。 でも… ─起動音が頭部を揺らすような感覚。 スリープから復帰した身体をゆっくり起こす。 さっきのは夢?…思考していたのか、眠っていたのか。 曖昧な意識を起こすように首を振ってベッドから起き上がる。 マスターがドールハウスを改造して私の為に作ってくれた部屋。 結構お気に入りです。 ゆっくりと伸びをして朝の身支度。 そして装備一式を身につけ一日の最初の仕事に向かいます。 まぁ、要するにマスターを起こす事なのですが。 「やっぱりベッドで寝てない…」 マスターはベッド脇の作業机に突っ伏して寝ていました。 また、作業途中に寝入ってしまったんでしょう。 「マスター、朝ですよ。起きて下さい」 呼びかけても反応は無く。まぁ、これで起きるなら苦労は無いですよね。 「まったく…」 マスターの顔の前に降り立ち、腰に手を当てて方法を考えます。 目の前に、マスターの顔。 「…黙ってればそう悪くは無いと思うんですけどね」 ウチのマスターは…なんというかモテません。 彼女居ない暦=年齢、というのをリアルに体現しています。 そんなに悪くは無いと思うんですけど、やはり性格の問題でしょうか。 つい、親の様な心配をしてしまいます。 …だって私では、この人の恋人にはなれないから。 さっき見た夢を思い出します。最近、何度も見る夢。 …本心は、誤魔化せないと言う事でしょうか。 でも、それでも… 神姫が人間相手に片思いなんて、実るはずないじゃないですか。 しかも相手は…家族の様に生きて来た、女心を察するなんて一生ムリそうなこの人。 自分でも難解過ぎて思わず笑ってしまいます。 さぁ、感傷は後にして仕事をしましょう! ----- 「おまえな、朝からリボルクラッシュ(柄)は止めろよな」 朝食を作りながらマスターがボヤいてます。だって起きなかったじゃないですか。 「手加減はしましたよ?椅子も無事だったでしょう?」 「俺の背骨がイキそうですよ」 腰の辺りを叩きながら、朝食の目玉焼きを皿に乗せるマスター。 ちょっとオジさん臭いです。 「じゃ、私はお店の掃除をしてますから支度終わったら降りて来て下さいね」 ホビーショップエルゴの朝は早いです。 神姫の学校をやってる手前、朝八時半には開店しなくてはいけません。 その為にどうしても朝が早くなってしまって、マスターも朝は毎日眠そうです。 「なんか昔は二時間眠れば生きていけたんだけどなー。俺もトシか」 その言動が既に年を感じますよマスター。 「昨夜届いた新商品、まだ開けてないですから登録お願いしますね」 「お、そうだったな。ガンプラか…」 マスターがカッターで段ボールを開封します。私もマスターの横に並んで箱の中身を 覗き込んで… 『あ゛ー………』 二人同時に溜息とも奇声ともつかない声を上げます。 「やっぱりバン○イさんのガンプラ魔ソートは天井知らずやでー」 マスターが呟きながら白くなっています。いや、解りますけど。 放心状態のマスターを置いといて私も仕事に戻ります。 …そろそろ、バーゲンセールを考えた方がいいかも知れません。 朝八時十五分。 ジェネシスボディをサブボディに換装し、教室に運んで貰います。 その後マスターがシャッターを開けて開店準備。 早い生徒さん達がマスターと入れ違いに店内に入って来ます。 『うさ大明神様ー!おはようございまーす!』 …皆さんに悪気が無いのは判ってるんですが、この呼び名はどうなんでしょうか。 「はい、皆さんお早う御座います」 笑顔で朝の挨拶。こうしてエルゴの一日が始まります。 ----- 神姫学校はコマ割りの授業形式では無くどちらかといえばフリースクールのような 形式を取っています。 それでも、全体で授業を行なう時間もそれなりにあるのですが。 今がその時間。今日は視線の高さについてです。 「生き物にはそれぞれ目の高さに違いがあって、見える物が違います」 黒板型のモニタに図解が表示されます。この辺をリアルタイムに描画できるのは このボディの数少ない取り得でしょうか。 「何を今更と皆さん思うかもしれませんが、これが結構大事な事なんですよ」 「例えば皆さんのマスターは前を向いている場合あまり下の方、つまり私達の身長程の 高さには注意が向きません。これはお互いにとって結構危ない事です」 「では、どうするのがいいと皆さん思いますか?」 生徒のみなさんが元気に手を挙げます。 的外れな物からほぼ正解に近い物まで色んな答えが出て来ます。 皆、一生懸命に考えて答えてくれるこの姿勢が私は嬉しかったりして。 だって、皆さん自分のマスターが好きって事ですから。 「はい、そうですね。正解は…マスターと視線の高さを合わせる事です」 「よく街中でマスターの肩や頭や胸のポケットに入ってる神姫を見かけますが、アレは 結構良い方法なんですよ」 「それに、同じ物を見てるって結構大切な事だと思います」 「ですから皆さんも、恥ずかしがらずにマスターにお願いしてみて下さいね」 『はーい!』 皆さんお返事も元気です。私も満足に頷きました。 ふと見ればマスターも満足そうに頷いてます。 こういう時のマスターの顔はとても優しくて…その、この仕事をして良かったと 思います。 今日は給食代わりにマスターがお手製パンケーキを用意して下さいました。 自分の食事は超テキトーなのに神姫に上げる物にはこの懲り様。 毎度の事ですが偏った愛を感じます。 そして午後はレクリエーション。 元気な子達は藤堂さんから寄付された勇者特急隊基地ジオラマで遊ぶのが人気です。 特に最近はボンバーズに乗ってのレースが人気の様で。 一方、ちょっと大人っぽい子達は自分のマスターとの恋愛話などで盛り上がっている 模様です。これはこれで微笑ましいですね。 「でね、ウチのマスターが最近脚をパカパカさせる時の眼がちょっと怖いの」 「えー、それはヨクジョーしてるんだよー。いいなぁ、私も激しく求められたーい」 …脚があったらコケたい。そんな感じでした。 「み、皆さん…小さいマスターを持つ方も居るんですからそういう話題は程々に…」 ちょっと困りながらお願いすると、皆さんも察したのかバツが悪そうに笑って 謝ってくれました。 …ちょっと自分のキャラをお局様っぽく感じて自己嫌悪。 でもこれも教師の役目ですね。 午後も三時を回るとマスターが迎えに来る神姫もいらっしゃいます。 学校はここで下校時間となり、私もレジ側のクレードルについて接客業務を始めます。 最近は浸透したのかだいぶ減ったんですが、それでも私を見て驚くお客様もまだまだ いらっしゃるようで。ちょっと恥ずかしく感じたりもします。 まったく…マスターの言い分も解りますけど、やっぱり日常生活用の素体も必要 だと思います。今度また聞いてみましょう。 ----- 夕方。人の流れも一巡し、少し余裕の出来る時間です。 マスターを見ればレジ横のミニ作業机でコツコツ内職しています。 「何を作ってるんですか?」 「ああ、神姫が持つサイズの完全変形大剣人ズバーンをな。音声ギミックを仕込んでる トコなんだがスペースがな。マシーンズで小型化が進んだとはいえ」 真顔でそう答えるマスター。 …偶に思うんですが一体何がこの人をこう駆り立てるんでしょうか。謎です。 「ライトギミックも欲しいよな、やっぱ」 好きにして下さい。 お客さんも今は2階のバトルコーナーみたいですね。 私も少し調べ物をしましょうか。 今調べたい事…何かあったでしょうか。 検索ワード>パカパカ 神姫 股 はっ!つい考えてる事が画面上に!? 確かに少し気になりましたけど、あの会話。 「…ジェニーさん?脚が欲しくておかしくなったか?」 その声に振り向けば、マスターが怪訝そうに私とモニタを交互に見ています。 ああ、穴があったら入りたい。むしろ掘ってでも埋まりたいです。 …その後ちょっとだけマスターが優しく接してくれるのが余計に堪えました。 ----- 時刻は午後七時。学校帰りや会社帰りのお客様が増え、忙しくなる時間です。 中継用モニタには2階でのバトルの模様が映し出されています。 あちらも盛況みたいですね。 「お、ねここちゃん対ドキハウ様かぁ。どっちにも勝って欲しいなぁー。つーか萌え」 マスターの呟きから溢れるほどに駄目オーラを検知しました。 まぁ、マスターはこのお二人のファンだから仕方無いですが… 「もうディスク隠し持って無いでしょうね?」 自分でもぞくりとするぐらい低い声が出てしまいました。 マスターも凍っています。 「モッテナイヨ?」 何ですかそのイントネーション。後で探してみましょう。 「しかしどっちも萌えるな。くはぁ!俺も欲しいー」 悶えるマスター。萌え全開の成人男性は世間的にあまり見易い物でも無いと思いますが お客様は不審視するどころか頷いている方までいます。 …この店だけの現象だと思いたいです。 「そんなに好きなら買ったらいいのでは」 しごく当然のツッコミを入れてみます。何しろ売るほど有るのですし。 「解ってないなぁ、ジェニーさん。あの二人だから良いんだよ」 「それに、俺にゃお前が居るからな」 なっ!? マスターの声に自然にバイタルデータが上昇していくのを感じます。 …深い意味なんて無いんでしょうけど。 「…なんでマスターは私を選んだんです?他を全て秋奈さんに取られたとか?」 ふと疑問に思い聞いてみます。マスターの傾向からすると私をチョイスするというのは 結構意外な感じがすると前から思っていましたし。 「いや、選ぶ権利は俺が持ってた。残りは姉貴が買うって話にはなってたけど」 「理由は…いや、ジェニーさん怒らない?」 恐る恐る聞いてくるマスター。…どうせ戦闘能力とかそちらの話なんでしょうけど。 「怒りませんから言って下さい」 「ガンプラのパーツ取りに」 「マスタァァァァァァッ!!」 「やっぱし怒ったじゃねーか!」 うう…想像していた理由よりもさらに斜め下でした。ちょっとショックです。 「最初はな」 フォローなんていりません。プイ、と身体を背けて。首だけですけど。 「そうスネるなよ。実際お前に出会ったから俺は神姫の面白さや良さを知ったんだし」 マスターの顔は見えけど、その声は…とても穏やかで優しくて。 「それに…人の出会いなんて、最初はそんなモンじゃねーかな?」 「色々あったさ、お前とやって来れて良かったと思ってる。今じゃ、お前以外の神姫 なんてピンと来ねぇよ」 つい、顔を上げてマスターを見てしまいます。 優しい顔です。 …解ってるんです、マスターなりに私を大事に思ってくれてる事は。 最初からロマンチックな理由を期待していたワケでもないですし。 「…ご、誤魔化されませんから。もう少し反省してて下さい!」 でも、だからって…素直になれるワケじゃないんですよ、マスター。 女心の解らない貴方には少し難しいですか?でも、解って欲しい…私は貴方を… 「あいよ。少し反省するわ」 困ったように笑ってレジ作業に戻るマスター。 うう、ここは押して下さいよ。謝るタイミング外しちゃったじゃないですか。 ----- 時刻は九時を少し回ったところ。 ホビーショップエルゴも本日はこれにて閉店です。 マスターが閉店の準備をし、私は翌日に備えて納品のチェックです。 それが終われば二人で夜食を取って後は眠るまで自由時間。 多分マスターは今夜もズバーン造りに勤しむと思います。 …夜中に一回起きて机で寝てないか確認しましょう。 そろそろ風邪をひいてもおかしくない時期です。 こうして考えると本当に手の掛かるダメなマスターです。 他の皆さんもそれぞれの家庭では手を焼いてらっしゃるんでしょうか。 でも、私達神姫はマスターが好きだから…それもきっと楽しいのでしょうね。 …私の好きは、皆さんの好きと同じなのか、違うのか。 特殊な環境だと思うが故に難しいです。 いつかこの気持ちに答えが出る日も来るんでしょうか。 こんなに苦労する人を好きになって、しかも気持ちを気付いて貰えなくて。 なのに偶に欲しい言葉をまったく別の意図で口に出したり。 知らないクセに掻き回してばかりのバカでダメなマスター。 …難しくしてるのは貴方じゃないですか。 けど、本当は優しくてかっこよくて好きな事にはとことん真剣で。 貴方の良い所もいっぱい知っているから。 私が面倒見てあげます。私の大好きなマスター。 工作机で真顔で作業してるその横顔を見ながら、こっそりそんな事を考える夜 なのでした。 [[NEXT>3on3]] [[メニューへ>HOBBY LIFE,HOBBY SHOP]]