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妄想神姫:第七十五章 - (2008/02/07 (木) 23:39:47) のソース
*呪いと嘆きの縛鎖を、断ち切って(その三) ---- **第六節:奇跡 ---- 嘆きが、悲鳴が聞こえる。それは、アタシ・エルナの叫びでも……無論、 茫然自失としているロッテお姉ちゃんの声でもない。そう、僅かに機能が 生き残っていた外部マイクが拾った、マイスター……晶お姉ちゃんの涙。 それは、アタシを説得していた時の“強さ”ではない。彼女の“弱さ”。 『いや、やだぁっ!!アルマぁ、クララぁっ!お願い、消えないで!』 『ォォ──────!?』 『ロッテとエルナを遺して逝かないでッ!私、私……!!』 『ォォォォォ──────ッ!?』 多分、実空間での彼女はトレーニングマシンに向かって泣き叫んでいる。 ……そうよ。この人にとっては彼女らも……ロッテお姉ちゃんも、そして アタシも等しく、同じ“感情”で接する“神姫”なのよ。それは……!! 『“愛している四人の妹”を、喪いたくない──!!!』 「マイ、スター……それが、あなたの本心……ですの?」 “愛”。“ラグナロク”では、表だって誰も口にしなかった言葉。でも、 アタシも実際には、かつて感じていた……そして、“姉”に抱き留められ 再び感じる事が出来る様になった切なる想い。それを示す、純粋な言葉。 大事に仕舞い今まで言わなかった……神姫への、そして“妹”への想い! 「……今、言われても……どう反応すればいいのよ……って!?」 『ォァ──────ァァァァァァ──────!?』 「こ、これは……防壁が、消えていきますのッ!」 それは確かに、力を持った“魔法の言葉”だったわ。“悪夢”を覆う、 闇のヴェールに白いノイズが走り始めたの。まるで、急に劣化し始めた データの様に、存在自体が脆くなり始めたのが……アタシにも分かる! 「バリアが弱まった……やるなら、今よ!ロッテお姉ちゃん!!」 「はいですの!ふぅ……せぁあああああっ!!!」 『ォォ……ォァァァーッ!!???』 それを感じたロッテお姉ちゃんは、全身の損傷を感じさせない動きで、 奴に向かって跳躍したのよ!その手に持っていた“魔剣”ライナストは 純白の稲妻を放って、翼の様に彼女を“悪夢”の元へと運んでいくわ! 「大切なモノを傷つけた罪は重いですの……はぁっ!!」 『ォォォォォッ!?』 「これは……!なんて……計算外なの!」 アタシの常識では推し量れない、壮絶な戦いが始まったわ。“悪夢”は、 その禍々しい爪と爆風を伴った“魔術”で、ロッテお姉ちゃんを消そうと 猛追を仕掛ける。だけど雷の翼で華麗に飛び回る“雷神の姫”は、それを 紙一重の所で……しかも、アタシの方へ飛ばない様に回避していくのよ! 「これは……エルナちゃんの分ッ!!」 『ォッ──────ォォォァァァ……!?』 それどころか剣を推進機関として飛んでいるにも拘わらず、擦れ違い様に ロッテお姉ちゃんの一閃は、“悪夢”の醜悪な鎧を切り刻んでいくのよ。 決して致命傷という程の大ダメージではないけど……流麗な連撃は確実に “悪夢”の力を鈍らせ始めていたわ。何故、彼女はここまで出来るの?! 「更にこれは、クララちゃんの分ですの……ふっ!!」 『ォォッ!!!ォォォォォ──────!!!』 「きゃっ!?せ、せめて流れ弾を受けない様にしないと……ね」 今のアタシに、ロッテお姉ちゃんへと追い付く術はない。ならばせめて、 戦いの巻き添えにならない位置で、可能な限りの支援をするしかないわ。 と言っても、あの“悪夢”が放つパワーは異常。逃げ場なんて、ないの。 それでもアタシは、瓦礫の影から様子を窺うわ……目を逸らせないから! 「こっちは、アルマお姉ちゃんの分ですの!“強く、穿て”!」 『ォォ──────ォォォッ!!?』 奴に抉られた幾多の傷。その交差点に剣を突き込み、ロッテお姉ちゃんが 白い雷を解き放つ。さしもの“悪夢”も、防御を失いかけた今の状態では 苦しいみたい。遮二無二ロッテお姉ちゃんを振り解いて、黒い球体を三度 凝縮させ始めたの……しかもそれは、先程よりも遙かに巨大。拙いわね。 「……ッ!!」 「ロッテお姉ちゃん!何してるのよ、今攻め込めば勝てるのに!?」 「アレが解き放たれたら、エルナちゃんは確実に巻き込まれますの!」 「何言ってるのよ!アタシなんか……“なんか”じゃないのよね」 「はいですの♪エルナちゃんも今は大事な“姉妹”ですから……!」 『ォォォォォォォォ──────ッ!!!』 でも、アタシを見捨てれば問題ない程度。その筈、なのに……この人は、 輪に迎え入れたばかりのアタシを護ろうと、敢えて防御姿勢をとったの。 アタシを背にして、あの球体を真正面から受けきる気よ!それは、絶対に “大切なモノ”を護りきる……ただそれだけの、しかし強い意思の為に! 「……お姉ちゃんの、バカっ……!」 「わたしは不器用ですから……でも、一意専心ですの!」 分かる。ロッテお姉ちゃんに、そして彼女を慕う三人のお姉ちゃん達に、 何故アタシが惹かれたのか。それは、きっと……この一途な想いなのよ。 彼女らに止めてもらってよかった……こんな窮地で、アタシは思ったわ。 でもだからこそ、絶対に……絶対に皆で生きて帰るの。負けたりしない! だからかもしれないわね。アタシの放った“防御魔術”が、冴えたのは。 『ォォォォォ─────ッ!!!!!』 「う、ぐ……ぐぅ、くうぅううっ……!!!」 「死なせたり、しないわ!だから、お姉ちゃん達……力を!」 ──────奇跡は、思うからこそ起きる物なのよ。 ---- **第七節:希望 ---- 炸裂した黒球は、地面もビルも……仮想空間の街に出来た全ての構造物を 吹き飛ばしながら拡大していくわ。アタシは“防御魔術”で、盾になった ロッテお姉ちゃんを、全力を込めて護りきるの!意識が飛びそうな位に、 全てのエネルギーを振り分けて、砕けそうになる“魔術”を維持したわ。 「ふ、ぅ……耐え切れた、かしら……お姉ちゃん?」 「……はいですの。御陰で、勝利が見えてきましたの」 『ォォ──────!?』 どうやら、アタシはロッテお姉ちゃんを護り切れたみたい。聞こえるわ、 覇気を喪わない彼女の声と、“悪夢”の狼狽振りが。見えるのよ、空中を 粉雪の様に漂う、白い煌めきが。それは“約束の翼”と同じ、聖なる光! 「……これ、ひょっとして。アレと同じ性質の……!?」 「そうですの。わたしには分かりますの……“心”に溢れる力が!」 『ォォ……ォォォォォ──────!?』 白い煌めきは、徐々に密度を増していく。そして、程なくそれらは純白の 嵐となって、ロッテお姉ちゃんの全身をくるんだわ。アタシはその中で、 確かに見たの。“約束の翼”を、再び纏った彼女を!しかもそれは三対の 翼と、豪奢な全身鎧に輝く白の外套……そして双振りの巨大な槍を纏った “神なる姫”。お姉ちゃん達全員の“約束の翼”を継承した、真の姿よ! 「……そして、単なるノイズの貴方には分からないですの!」 「ロッテお姉ちゃん……補強するわ、アタシが!」 「この……皆の思いを受けた“希望”から溢れる、純粋な力が!!」 『ォォォォォ──────ッ……!!?』 でも、それはデータ的に不安定だった。だから、アタシは遺された全ての 力と意識を、“約束の翼”の補強に用いたのよ。簡単ではなかったけど、 “魔術”で掴んだデータ処理の“感覚”を元にして、必死に支えたわッ! 「……勝負は一撃、この“光輝の羽槍”で……全てを決めますの!」 『ォォ──────ッ!!!!』 ロッテお姉ちゃんが、優雅な動きで巨大なスピアを構える。“悪夢”は、 その姿に恐怖か敵愾心か……只ならぬ物を感じ、一気に駆けてきたのよ! そして“光輝の女神”は、六枚の翼を強くはためかせて……舞ったわ!! 「これは、名も無き神儀!“悪夢の終焉”に捧げる、最期の技ですの!」 『ォォォォォッ……ォォ──────ッ!!!?』 「はぁぁあああああああッ!!!!」 突き出される、闇の爪。彼女の手から、射出される様に飛び出す光の槍。 凄まじい爆音と共にそれらは交錯し、互いに向き合う形で、止まったわ。 ……奴の腕がロッテお姉ちゃんを、貫通している様にも見えるけど……! 「ぅ、くぅ……」 『ォォ……ォォ………』 「お姉ちゃん……ッ!?」 急激に“巻く”様な挙動で、奴の爪をかわしていたロッテお姉ちゃん。 左腕を掠めたけど、でもそれだけ。双子の槍は、奴の両胸に深々と…… そう、取り込まれた二人の“お姉ちゃん達”に届く様にして、真っ直ぐ 突き立っていたわ……そして、更に激しくなる“悪夢”のノイズ……! 「……ノイズに還してあげますの。さぁ、二人を離して……!」 『ォォッ……ォォォォォォォォ──────!!???』 そして、極端な電磁嵐が巻き起こり……激しい爆発がフィールドの全てを 覆い尽くしたのよ!ロッテお姉ちゃんも、アタシも……“悪夢”さえも、 膨大な爆発の圧力に呑み込まれて、地面だか壁に強く叩き付けられたわ。 「きゃううっ!?……う、うぅ……痛ぁ……ロッテ、お姉ちゃん?」 「……槍と鎧は、吹き飛んじゃいましたの」 そう言ったロッテお姉ちゃんは、本当に全ての装備を失って……厳密には まだ六枚の“翼”が残っていたけど……着ていたドレスさえ完全に燃え、 裸身のままボロボロの姿で、アタシの隣に横たわっていたわ。なのに…… まだ、それでも。魔剣さえ何処かに飛んでいった状況でも、立ち上がる。 「ちょ、ダメよ!奴はもう、倒したんじゃないの!?」 「倒しましたの。でも、まだもう一仕事……残っていますの♪」 そう言って痛々しい姿になった手足を引きずり、ロッテお姉ちゃんは前に 歩き始めたわ。アタシは彼女の“翼”越しに、何故まだ立ち上がるのかを 認める事になるの。そう、吹き飛んだ“悪夢”の代わりにいたのは……! 「アルマお姉ちゃん……クララお姉ちゃん!?」 「……やっと、取り戻せますの」 ──────“悪い夢”から、皆で解き放ってあげるわ。 ---- **第八節:至宝 ---- 爆心地に立っていたのは、ロッテお姉ちゃんと同じく裸身の二人。そう、 アルマお姉ちゃんとクララお姉ちゃん。でも『立っていた』というのは、 正確じゃないわね。彼女らの躯には黒い炎がまとわりつき……その所為か 吊されているかの様に、地面から少しだけ浮き上がり制止しているのよ。 「……アルマお姉ちゃん」 「ロッテ、ちゃん……?」 どうやら、彼女らの意識は少しだけ復旧しているみたい。でも、その顔に 生気はなく……哀しげな表情で、アタシとロッテお姉ちゃんを見下ろす。 クララお姉ちゃんの方も同様に、譫言の様な“罪”を呟き始めたわ……。 「……ロッテお姉ちゃん。ごめんなさい、だよ……」 「何が、ですの?謝られる事は、してないですの♪」 それでも、ロッテお姉ちゃんは明るい声を崩そうとしない。ううん、もう 哀しむ必要も、怒る必要もないかの様に。明るさを隠そうともしないの。 「……あたし達が強くなかったから二人を……傷つけたんです……」 「ボクらが、影に抗えなかったから……マイスターを泣かせた……」 それは、最初“悪夢”に乗っ取られていた事への謝罪に聞こえたわ……。 でも、そうじゃなかったの。もっと深い所に、彼女らの後悔はあったの。 「ロッテちゃんに甘えて、ボクらは……自分の想いを言えなかった……」 「同じだって、言い聞かせて……あたしの言葉を告げられなかったのに」 「……告げる前に、とても傷つけちゃった……悪い娘だよ……ボクらは」 「こんないくじなしじゃ、マイスターに愛してもらう資格……ないです」 ……それは、とても深い自責の念。自分達が弱いから、皆を傷つけたと。 自分達の想いを明かせないままに、皆を傷つけてしまったと……だけど、 アタシは“おかしい”と思ったわ。だって、あの時現れた幻影は……!! 「……だったら。あの時わたし達を護ってくれたのは、何故ですの?」 『ぁ……』 「悪いと分かっていても、マイスターに想いを告げたいからですの!」 『ぁ、あ……ッ』 自分達を責めても“想い”だけは隠せない。それを、ロッテお姉ちゃんは 分かっていたのね。だから“悪夢”の残滓に影響されてしまっている今の 二人に対しても、掛けるべき言葉を持っていたのよ。敵は“悪夢”だけ。 謎めいた“呪い”と自分達の弱さ以外を、打ち砕く必要はなかったのよ。 「影は……神姫も人間も皆が持っている、でもそれでいいですの」 「ロッテちゃん……悪い娘のあたし達を、赦してくれるんです?」 「わたしは何とも思いません。さ、還っておいで……“姉妹”達」 「マイスターも、赦してくれるかな……大丈夫、なのかな……?」 「勿論、“姉妹”全員がいればOKですの♪ね、エルナちゃんっ」 アタシは、ロッテお姉ちゃんの優しい呼びかけに一瞬応えられなかった。 それはアタシが吹き飛ばした列車にいた、あの娘の事を思いだしたから。 爆弾をセットして逃げ出す瞬間に、一瞬だけ目があった……“神姫”を。 だけど彼女なら赦してくれそうな、そんな気もしたわ。理由なんてない。 でもそう思った瞬間、アタシは遺された力で飛び……皆を抱きしめたの! 「うん……うんっ!お姉ちゃん達、勝手に離れたら赦さないわよ!」 「“妹”になって数時間なのに、すっかり甘えん坊さんですの~♪」 「だって……それだけの濃密な出来事が、ありましたからね……?」 「そう。ボクらの超AIでは、数年とも思える程の……深い事だよ」 二人を包む闇は消え失せ、その瞬間にアタシ達は“宝物”を手に入れた。 皆と共にある事こそ、何物にも代え難い……“姉妹全員の至宝”なのよ。 もう、離さない。アタシに幸せを与えてくれるだろう“姉”を、絶対に! それはそう、今この仮想空間に居る三人だけじゃなくて……外の実空間で 帰りを待っている、とても大事な“マイスター”も同じ“姉”なのよッ! 『皆、無事で良かった……本当、無事で……よかったよぉ……ッ』 「ああもう、マイスター?そんなに泣いてちゃダメですの~っ!」 「ふ、ふふ……マイスターの“別の横顔”が、見えちゃいました」 「多分、アレが地なのかな?こんな声、聞いた事もなかったけど」 「だらしないわよ、マイスター!しゃんとしてよ、姉なんだから」 咳払いが、天空から聞こえてくる。それと同時に、暗雲がたれ込めていた 空に“天使の梯子”が掛かったわ。漸く、長かった様で短い“悪夢”から 目覚める時が来たのよ……消耗が、一気に実感出来てきたわ。ふぅ……。 「う、有無。さぁ、皆……還ってこい、暖かい“日常”へと!」 『はいっ!!!!』 ──────幸せに、なれるかしら……ううん、なるわ。 ---- [[次に進む>妄想神姫:終章(前半)]]/[[メインメニューへ戻る>妄想神姫]]