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スロウ・ライフ 4話 - (2007/11/29 (木) 22:42:33) のソース
[[戻る>スロウ・ライフ 3話]] [[トップへ>スロウ・ライフ]] #center(){{{ &ref(04battle.jpg) }}} 事の発端は、ほんの些細な思い付きだった。 何時もと同じ昼休み、いつもと同じ食堂で、いつもの面子で飯食ってた時だった。 「宗太のバカったらさぁ、昨日のバイトの最中、居眠りしちゃったのよぉ」 「あら、そうなの」 「そうなのよぉ。皿洗い中に立ちながら寝ちゃってねぇ」 「それで終わり、という訳では無いのだろう?」 「流石シルフィ、分ってるじゃない。このバカ、洗って無い皿を洗い終わった皿と一緒にしちゃったのよぉ!」 「まさか、そのまま料理載せちゃったの?」 「加奈美ぃ、私がいるんだからそんな事になる訳ないじゃないぃ。勿論このバカ引っぱたいて教えてやったわよぉ」 「そうか、それでパーシの昼食は豪華なのだな」 「そういう事よぉ~」 ……女三人寄れば姦しいとは良く言ったものだ。 前はパーシが加奈美に対して一方的に喋ってるだけだった。 加奈美は聞き上手で、パーシの注意をいい感じに引き付けてくれていて、俺はその隙にゆっくりと飯を食えた。 シルフィは、全く以て良く出来た神姫だ。 礼儀正しいし、真面目だし。アホのパーシに見習って欲しいくらいに。 ただ一つ、問題があるとすればシルフィは話し上手だと言う事だ。 絶妙のタイミングで相槌を打って、会話を発展させる。 そうなると、少し厄介な事になる。ていうかなってる。 「良かったわね、宗太。この程度の損害で済んで」 「そうよぉ、もし私が教えてなかったら給料から差っ引かれたんだからぁ」 「それに加え、不衛生な皿で料理を出したとすれば、店側としても大失態であろう。そうなってれば減給どころでは済まないかもしれないな」 「そういえばそうね。口に入れるものに対しては何時の時代も厳しいものね」 「そう言う事よぉ宗太。ま、今回は私のお陰で事なきを得たけどぉ、次からは気を付けてよねぇ?」 最近は毎日こんな感じだ。 四面楚歌とはこの事だと切実に思う。 「……そんなことより」 「あ、逃げたぁ」 この状況は精神上宜しくない。 適当な会話を振って、矛先を退けなくては落ち着いて飯も食えない。 「加奈美、シルフィはバトルしないのか?」 そう切り出したのは、我ながら賢明な判断だったと思う。 シルフィも、アホのパーシもあくまでも武装神姫、当然バトルも機能のうちだ。 「……主の意向により、未だバトルは」 「そうなのか、勿体ねぇな」 エウクランテは武装神姫の一弾、アーンヴァルの対抗馬的存在だと言う。 遠距離での砲撃戦に特化したアーンヴァルに対し、エウクランテは近距離での接近戦に主眼を置いた設計らしい。 「宗太ぁ、あんたもしかして起動間もないシルフィ苛めてポイント稼ぎする気ぃ?」 「……アホか。エウクランテ自体、あんま戦った事無いから興味あるんだよ」 パーシの言った事を、完全には否定出来ない。 だけど、エウクランテと、加奈美と戦ってみたいの本当だ。 「ま、加奈美が嫌だってんなら仕方ねぇな」 加奈美はああ見えてその実、かなり頑固だ。 一度言いだした事はそう簡単に取り消さない。 そのお陰で、何度も痛い目に遭った。 「シルフィ、バトルしてみたい?」 「……したくない、と言えば嘘になろう」 「じゃあ、やってみましょうか」 ……加奈美は頑固なトコがある反面、凄く気分屋だ。 何とも、面白い人間だ。 「良いのか?」 「ええ、シルフィがやりたいって言って、宗太もやりたいって言ってるもの。後は、パーシが良ければ、ね」 「私は全然構わないわよぉ」 話は、決まった。 「……おーい、まだか~」 時刻は放課後、ここは校舎の一角にあるバトルスペース。 「もうちょっと待って……あら、シルフィはサイフォスの装備も似合うわね」 「むぅ……主よ、そのように見られるのは……その……」 「あら、可愛いんだからもっとはっきり見せて頂戴?」 「あ、主のご命令とあらば……」 俺と加奈美は授業が終わった後、すぐにここに来た。 ポイントに左右されないフリーバトルをする為に、手頃なバーチャルマシンに陣取ったのが一時間前。 「……うん、ジュビジーのも似合うわねぇ」 「主よ……私にはこういう装備は……」 「そんな事無いわ。シルフィは何を来ても似合うわ」 「う……御褒めに与り……光栄だ」 そして、今の今まで加奈美がシルフィを着せ替え人形にして一時間だ。 俺には理解出来ないが、女はこういうのが好きなのだろう。 「シルフィは美人さんだから何着ても似合うわね」 「私は所詮エウクランテ……顔は他の個体と変わらないと思うのだが……」 「ふふ、人も神姫も、全く同じ存在は存在しないのよ?」 「……そうなのか」 「そうよ、そうなのよ。だから、次はツガルも着てみましょう」 スーパー着せ替えタイムはまだまだこれからのようだ。 「よぉ、パーシ」 「んぁ?……なぁーによぉ」 ただ待っているのも飽きたので、既にログインしているパーシに話を振る。 間抜けな声で返事したパーシは、バーチャルの木を背に転寝していたようだ。 「お前もああいうの好きなのか」 「……ねぇ、馬鹿宗太ぁ?」 選択したバトルフィールドは『草原』。 地面は背の低い雑草が茂ってて、所々に木が立っている。 空は綺麗な青空で、バトルよりも行楽に使われる方が多いフィールドだ。 「そういう事言えるなら、こんな詰まらない装備寄越さないでくれるぅ?」 今のパーシの姿は臨戦体制、即ちキャヴァリエアルミュールを装備した重装形態だ。 そしてその傍らには個人メーカー『k・k』製の剣、チェーンエッジが置かれている。 俺がパーシの為に考え、用意した戦闘装備だ。 「あのな、お前の為を思って用意してやったってのに、何だその言い草は」 「私の為ぇ? 自分の為の間違いじゃないのぉ?」 「お前、騎士型だろーが。騎士が鎧着て大剣持って何がおかしいんだよ」 「嫌ぁねぇ~固定概念に縛られた人間ってぇ・・・・・・」 「はん、一般常識すらないアホ神姫に言われたくねーな」 パーシは騎士型だ。騎士は剣を持ち、戦場で斬り合うモノだ。 だったら、今のパーシの装備は妥当なのは目に見えている。 それなのに、こいつと言ったら。 「だから宗太は馬鹿なのよぉ。騎士が剣だけしか使っちゃいけないって、誰が決めたのよぉ?」 「銃使う騎士なんて聞いたことねーけどな」 銃は銃でも、ベックの様なボウガンやアーチェリーものならまだ分る。 だけど、こいつはハイパーエレクトロマグネティックランチャーとかM16A1アサルトライフルみたいな銃火器を好む。 どう考えたって合わない。 「頭が悪いと、視野まで狭くなるのねぇ?」 「コーディネイトも分からないなんて、お前のAIを疑うぜ」 空気が変わるの感じる。 どうやら、お互いに導火線に着火したようだ。 こうなったらもう、止まれない。 「この馬鹿宗太・・・・・・!」 「んだよ阿呆パーシ・・・・・・!」 リアルとバーチャル、二つの世界の垣根を超えて俺とパーシは睨み合った。 一触即発。そんな状況だ。 「・・・・・・うん、やっぱり初めはデフォルトね」 「ああ、私のプリセットデータもこれに特化したモノとなっている。主の判断は正しいだろう」 「ありがとう。それに、デフォルトが一番シルフィに似合っているものね」 「・・・・・・主よ、その話は、もう」 「そう言わないでもっと良く見せて頂戴・・・・・・ねぇ宗太。スクリーンショットってどうすればいいの・・・・・・あら、お話中だったかしら?」 突如としてバーチャル空間に現れたシルフィと、それと会話するリアルの加奈美の乱入により、俺たちの導火線は一気に冷却された。 同時に、色んなものも冷却されたが。 「・・・・・・スクリーンショットなら、モニターのそこ押しゃ撮れんぞ」 「これね・・・・・・シルフィ、撮るわよー」 デフォルトのエウクランテそのままの姿で、加奈美の言う通りに様々なポーズを取るシルフィを見ていると、何だか不思議な気分になる。 「もっとこう・・・・・・腰を落として、そう。手は顔の横で・・・・・・」 「雌豹のポーズなんて、加奈美も好きねぇ・・・・・・」 「・・・・・・まったくだ」 それをぼけーと見ながら、俺たちの意見は珍しく合一した。 「加奈美、そろそろ良いか?」 「ええ、ばっちりよ」 加奈美の気が済んだのは、10GBのメモリーカードをシルフィのスクリーンショットで満載した後だった。 パーシは完璧に居眠りこいてるし、シルフィは既に満身創痍だ。 ただ一人、加奈美だけがやたら上機嫌で立っている。 なんだか無性に疲れた。 「……おい、パーシ。出番だ」 「んぅ……」 目を擦りながらゆったりとした動作で上体を起こすパーシ。 俺も寝れるのなら寝たかった。 「とっとと兜被れ」 「なぁに……やっとなのぉ?」 「ああ、やっとだよ」 大きく伸びを一回。次にあくびを一回。最後に伸びをもう一回。 そこまでやって、ようやくパーシは起き上がった。 そうして、枕代わりにしていた兜を被る。 「申訳ない、パーシ。宗太殿」 「気にしなぁい。どうせ困るのは宗太だけだしねぇ」 「……ま、俺も気にしてねーよ」 こういう事は慣れているからどうってことない。 そんな事よりも、今はシルフィと戦れる事の方が楽しみだった。 「ああ、そういえばバトルするために来たんだったわね」 本当に、加奈美には、ペースを崩されてばかりだ。 呑まれたら負けだ。 「準備良いならそこのボタン押せよ?」 「これね……私は何をすればいいのかしら?」 「基本は私が自由に戦わせて頂く。主は主の好きな時に好きなように命令を下されば」 今更だが、加奈美とシルフィは本当に初心者の中の初心者なのだと言う事を実感する。 パーシから視線を感じるが、無視しておく。 「……まぁ、私も対して強くないからお手柔らかにねぇ」 「こちらこそ、お手柔らかに頼む」 バトル寸前とは思えない呑気さ。 お互い、知り合って間もないけど、それなりに知り合った仲だ。 ついさっきまで一緒に並んで話していた様な状態で、いきなり剣呑な雰囲気になるのは人ではそうそう無理だろう。 だけど、俺は知っている。 『フリーバトル・スタート』 バーチャル空間に文字が踊るその瞬間、二人の気配が一変する。 シルフィは勢いよく羽ばたき、大空へ向かい跳ぶ。 そして、ある程度の高さまで到達すると、左手に持つボレアスの銃口をパーシに向けながら、旋回を始めた。 シルフィらしい、堅実なやり方だ。 「阿呆。何時まで突っ立ってんだよ」 「うるさいわねぇ」 口ではそう言いながらもパーシは無造作に投げ置かれていた大剣、チェーンエッジを握り占める。 「まぁ、やるなら勝ちたいしぃ」 両手で握ったチェーンエッジを大上段に構え、そして振り下ろす。 ぐしゃり、とバーチャルの地面をチェーンエッジが抉った。 長方形の刀身は神姫の全長を悠に超え、刀身の厚さは神姫の胴回りよりも一回り大きい。 円柱状の鍔には四つの細長いオイルタンクが伸び、柄は神姫が握るには長すぎる程に長い。 「最初から全力で行くわよぉ?」 右手で柄を握りしめ、左手で鍔の中にあるグリップを一気に引く。 その瞬間、羽虫が鳴くような音を何百倍にも増幅したような音が響いた。 刃が超高速で回転を始めた音だ。 「あら……」 向かいに座る加奈美が声を漏らした。 無理も無い。俺も初めてこれを作動させた時は本気でビビった。 この剣の名前はチェーンエッジ。 チェーンソーを剣の形に仕立て上げ、接近戦において絶大な破壊力を持たせた俺の秘蔵武器だ。 パーシはそのチェーンエッジを両手で握り、剣道の構えに似た中段で構える。 いつでも、どこからでも、攻撃に対処できる一番の構えだ。 空を飛ぶシルフィに対し、パーシは有効な武装を一つも持っていない。 対するシルフィはボレアスという飛び道具を持っている。 「シルフィ。とりあえず、撃ってみて頂戴」 「了解だ」 噂をすれば何とやら。 空中を旋回していたシルフィが、そのまま旋回しながらボレアスの引き金を引く。 ボレアスは二連式のパルスビーム砲。連射性能はかなりのものだ。 移動しながら撃たれただけあって、かなりの数のビームが広範囲からパーシ目掛けて殺到する。 「パーシ、弾き飛ばせ!」 「うっさいわねぇ」 パーシはチェーンエッジを横に寝かし、身体全体を捻ってまるで野球のバッターの様に引き絞る。 そして、ボレアスから撃たれたパルスビームがパーシに直撃する一瞬前。 チェーンエッジが、思いっきり振り薙がれた。 凄まじい羽音と、空気ごとビームを叩き壊す音が響く。 その後、振り抜いたチェーンエッジが地面に激突してまた音が響く。 「……パーシ、まだ残ってんぞ!」 ボレアスの連射性能とシルフィの技量をバカにしすぎたようだ。 タイミングをずらされて発射されたビームが、今度は全方位から降って来たのだ。 チェーンエッジは固く、威力は絶大だ。だけど、その代わり凄まじく重い。 パーシはチェーンエッジを無理やり構え直し、さっきとは逆の動きでビームを薙ごうとする。 だけど、間に合わない。 無理な動きで振り抜いたチェーンエッジはキレも速度も狙いも甘く、飛来するビームを捉えきれない。 仮に、さっきと同じように出来たとしても今度は全方位からの攻撃だ。どうせ庇えきれないだろう。 「ほんっとにうっさいわねぇ」 パーシの言葉は着弾の衝撃音でかき消された。 数えるのも億劫になる程のビームの雨。 それがパーシに降り注いだのだ。下手をすれば……。 もうもうと立ちこめる噴煙にパーシの姿は完全に隠されている。 そんな状況下ではシルフィも撃つに撃てないのだろう。上空を旋回しながら様子を伺っている。 やられたか? 考えたくは無いが、可能性としては当然考えるべきだ。 「馬鹿宗太ぁ、今私がやられたとか考えてたでしょう?」 と、噴煙の中からパーシの声が響いた。 それは当然シルフィにも聞こえた筈で、シルフィの表情が僅かに歪むのが見て取れた。 「大丈夫なのか?」 チェーンエッジの一薙ぎで噴煙を振り払い、パーシはその姿を再び現した。 全身を覆うキャヴァリエアルミュールには所々焦げた跡やヒビが見えるが、どれも致命傷とまではいかないようだ。 どうやら、ボレアスは連射性能に特化しすぎたせいで、威力はそんなに無さそうだ。 ボレアス自体、小型で取り回し重視なのだろう。 それに加えて、パーシはキャヴァリエアルミュールで武装している。 武装神姫随一の防御力を誇るその鎧は、ボレアスのビーム程度なら防げる事が分かった。 問題はこれからだ。 パーシの武装はチェーンエッジだけ。飛び道具の類は一切ない。 対するシルフィはボレアスに加え、見える範囲ではエウロスも装備している。 その上、シルフィは空を自由に飛べる。 空を飛ぶシルフィに対し、パーシは手も足も出ない状況だ。 そして、ボレアスの存在。 幾ら威力が低くても、相当な数を受ければキャヴァリエアルミュールも耐えきれないだろう。 結局のところ、状況は圧倒的に悪い。 ただじわじわと嬲り殺しにされるのがオチだろう。 嫌なイメージで頭が一杯になってる俺に対し、パーシの奴は再びチェーンエッジを構え直した。 「上段構えで行け」 「はぁーいはい」 今度は上段の構えだ。 これなら、上空からの攻撃に広く対応できる。 「分が悪りぃな」 思わず、呟きが口から洩れた。 加奈美に聞かれただろうか? 気になって盗み見る様に加奈美を伺ってみる。 「……あら、バトル中に余所見?」 そこにいたのは、何時もと変わらない加奈美だった。 戦況に浮かれる事も無く、ただ何時もと同じように加奈美は笑っていた。 それが、何と無く、心地よかった。 次に加奈美はいつもの笑顔でいつもの声音でいつもの調子でこう言った。 「隙あり」 その言葉に、一瞬反応が遅れた。 バーチャル空間の中では、シルフィがパーシの上空を高速で旋回しながらボレアスをこれでもかと連射していた。 さっきの比じゃない。 「ぼ、防御だ!」 「何ぼーっとしてんのよぉ、このバカぁ!」 パーシも俺の命令に注意を向けていたのか、反応が一瞬遅れた。 チェーンエッジを小振りで振り回し、飛来するビームをなんとか防御する。 しかし、タイミングが合わない。 当たり前だが、シルフィもただ出鱈目にボレアスを連射した訳では無さそうだ。 全方位から迫るビームは着実にパーシの死角を突いている。 前方から来るビームを防いだと思えば、背後からのビーム。 それを防ぐために動いた瞬間には左から。 ボレアスの残弾全てを撃ち尽すつもりか。凄まじい数だ。 「パーシ、とにかく耐えろ!」 これはかなりのピンチだ。 だけど、チャンスでもある。 パーシとシルフィの戦力差はボレアスの、飛び道具の有無だ。 もし、これを凌ぎ切れればシルフィは飛び道具を失った事になり、残るはエウロスのみ。 つまりは、接近戦しか出来なくなる。そうすれば俺達の勝ちだ。 シルフィはゼピュロスも装備していた。 ゼピュロスは攻撃を防ぐのでなく、逸らす装備だ。 大抵の攻撃では受け流されてしまう。 だけど、前にゼピュロスを使う神姫と戦った時はゼピュロスごと一刀両断した。 そう考えてる内にも、次々とビームは撃ち込まれている。 パーシから外れ、ビームが地面に直撃し噴煙を巻き上げて視界を奪う。 それは俺もパーシも、シルフィも同じだろう。 それでも、シルフィは撃つのを止めない。 空中を大きく旋回しながら、ボレアスの引き金を引き続けている。 これが加奈美の指示によるものか、それともシルフィ自身の考えによるものかは分らない。 だが、初陣でそれだけ出来るのははっきり言って脅威だ。負けるつもりはないが。 「……主、弾切れだ」 そして、弾幕が止んだ。 さっきまでの出来事が嘘のように、そこに響く音はチェーンエッジの羽音だけだ。 これで、パーシが戦えるのなら、俺の勝ちだ。 そうでなければ、俺の……負けだ。 「パーシ?」 「……死ぬかと思ったわぁ」 姿は見えないが、噴煙の中から確かに声がした。 このむかつく声は間違いない。パーシだ。 俺は内心、ガッツポーズを取った。 「よし、とっとと体勢を立て直せ」 「たくぅ、神姫使いが荒いわねぇ……」 もうもうと立ちこめる噴煙はさっきのよりも何倍も濃く、多い。 これではどうしようもない、暫く待つしかなさそうだ。 モニターを操作してパーシの損傷を目視確認する。 キャヴァリエアルミュールは輪郭を残してはいるが、それが機能するかは怪しかった。 兜は上半分が吹き飛び、目から下半分しか残っていない。 肩当ても吹き飛び、胸の装甲にもヒビが目立つ。 あともう少し、ボレアスの弾幕を浴びていれば危ない所だった。 「宗太ぁ、ちゃんと索敵してるぅ?」 「ああ、言われなくてもやってる……」 パーシに注意が向き過ぎていた。 この間、パーシが身動きとれないからと言ってシルフィもそうであるとは限らないのだ。 再びモニターを操作し、上空を見上げシルフィを探す。 「……いない!?」 しかし、そこにはシルフィの影も形もありはしなかった。 ただ、輝く太陽と白い雲があるだけだ。 「はぁ!? 何やってのよぉ!」 「やかましい! それより警戒してろ!」 パーシに怒鳴り返しながら、俺も周囲を索敵する。 しかし、地上は相変わらず噴煙に塗れているだけだ。 木々も、草原もほとんど見えない。 「……!」 いた。 桃色の髪の毛、青と白の装甲。 間違いない、シルフィだ。 シルフィは噴煙の影をパーシの背後目掛けて低速で、低空で飛んでいた。 気付くのが遅すぎた。 「パーシ、後だ!」 俺の声が出るのと同時、シルフィとパーシが接触した。 シルフィは右手に持つエウロスを大きく突き出して、パーシの喉元を狙う。 パーシは咄嗟に左手で喉元を庇った。 エウロスはパーシの喉元では無く、左腕の真ん中に突き刺さった。 「つぅ……!」 神姫にも痛覚は存在する。 恐らく、パーシは今、人間なら失神するレベルの痛みを感じているだろう。 だけど、パーシはそれを堪えて、右手にもったチェーンエッジをシルフィ目掛けて叩き付けた。 シルフィはパーシと同じように左手でそれを防いだ。 「とったか!?」 破壊力でいえばパーシの方が数段上だ。 防御力の低いエウクランテなら、今の一撃で終わってもおかしくない。 ゼピュロスを使ったところで、チェーンエッジの威力の前には腕を落とされてもおかしくない。 おかしくない、それどころか、それが普通だ。 なのに、シルフィは顔色一つ変えてはいない。 普段は無表情に近いシルフィの顔が、今は違った。 それは一見するといつもと同じ無表情だ。 それは、恐ろしいまでも無表情だ。 それは意識の全てをバトルに向ける、戦士の表情だ。 それは、武装神姫の表情だ。 シルフィは、全くの無表情で、エウロスを更に深く突き刺した。 その度、パーシが小さな呻き声を上げるが、シルフィはそれを気にする事は無い。 それどころかエウロスが持つ微細振動機能をオンにした。 チェーンエッジに良く似た、チェーンエッジより数段か細い羽音が響く。まるで、ノコギリが何かを切断してる音だ。 「力比べならお前の方が上だろっ!」 パーシは無言で、チェーンエッジをシルフィに押し当てる。 それにも関わらず、チェーンエッジの音は変わらない。 耳障りな羽音。 シルフィがパーシの様に腕で防御してるのなら、何かを削るような音がしてもおかしくない。 それはつまり、シルフィにチェーンエッジが当たっていない事を意味している。 気付けば、噴煙が薄く拡散していた。 二人の姿が、白い太陽に照らされた。 草木萌える草原で行われているその光景は、少し奇妙だった。 出来れば、古戦場辺りの方がいい気がする。 最も、一番奇妙なのは、チェーンエッジがシルフィに当たっていない事だ。 まるで、見えない何かが防いでいるかのように……。 「……そういう事かよ!」 シルフィの左腕には、二基のゼピュロスが装着されていた。 ゼピュロスを二基同時に、同じ場所で起動させる事でその効果を増幅している。 先ほどまでは両腕に装着していたゼピュロスを、恐らくは噴煙の中で付け替えたのだろう。 しかも、シルフィはゼピュロスのアームを展開していない。 その効果を一点に集め、防御する為にあえて展開していないのだ。 まずい。 そう思った時だ。 エウロスがパーシの左腕を貫通し、パーシの喉元を突き破った。 直後、モニターに「YOU LOST」の文字が躍った。 「ウソだろ……」 負けた。 超・超初心者の加奈美とシルフィに、負けた。 「……この馬鹿宗太ぁ! アンタのせいで負けちゃったじゃないの!」 パーシはバーチャル用のクレイドルから起き上がると同時にそう怒鳴った。 「うるせぇ! お前のせいでもあるだろーが!」 「宗太が油断しすぎてんのが悪いんでしょぉ!」 「それはこっちのセリフだ!」 「こんな剣じゃなければもう少しはマトモに戦えたわよぉ!」 「言い訳すんな!」 「してないわよぉ!」 俺とパーシが言い争いを始めた向こう側、加奈美とシルフィは俺達とは正反対の状況だった。 「凄いわね~初陣を白星で飾るなんて~」 「そ、そんな事は無い。主の力があってこそだ」 「謙遜しなくていいのよ~戦ったのはシルフィなんだから~」 「……いや……私は……そんな」 「あらあらぁ~照れるシルフィも可愛いわねぇ~」 まさに、天国と地獄。 「そういえば、宗太。そろそろバイトの時間なんじゃないの?」 「……」 嬉しそうな加奈美の声に誘われて時間を確認する。 「……今日はこのヘンで勘弁してやる! 覚えてろよ!」 「ええ、また明日」 嬉しそうで、いつもと変わらない声に送られて俺は走りだした。 パーシは勝手にカバンに入り込んでいる。 「馬鹿宗太ぁ」 「んだよ」 「さっきの捨て台詞、あれはないわぁ」 「……畜生……ちくしょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」 この時、俺はまだ気付いていなかった。 加奈美があんな事になるなんて、気付いていなかった。 [[トップへ>スロウ・ライフ]] [[進む>スロウ・ライフ 5話]] &counter()