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タイトルが無いものに関しては無題で。 とりあえずまとめてるだけなので、問題があるようであればお手数ですが作者さん修正お願いします。 #contents() **クローバー 作:◆W6r3EkuG1Y お題:「別れ」「アルバム」「ひな祭り」「雪融け」 1/4  部屋が広く感じるようになってから二ヶ月。  一人で過ごすには寂しすぎて、それでも慣れ親しんだこの部屋とも今日でお別れだ。  積み上がっていたダンボールが無くなり、綺麗に掃除された部屋の中をレンズ越しに覗く。  いつもならフレームの真ん中に居た、この部屋のもう一人の住人でもある被写体は、二ヶ月前から僕の構えるカメラに写らなくなってしまった。 「おーい、荷物無いなら車だしていいかー?」 「あ、あぁ! ここの鍵を返したら俺も行くから、先に始めててくれ」  ベランダに出ると手伝ってくれた友人たちが見える。何処からか僕が引っ越す事を聞きつけ、勝手にやってきて勝手に手伝って。  そして、この後は僕が新しく暮らす事になる部屋で朝まで騒ぐ、なんて事を勝手に決めていた。  ベランダからまだ傷一つ無い、四葉のクローバーを模ったキーホルダーが着けられた鍵を落とす。  それを受け取った友人が車に乗り込むと、短いクラクションが鳴り、滑るように走り出した。  小さく手を振って見送った後、僕はもう一度カメラを構える。  誰もいない家具も無い部屋。いろんな思い出だけが詰め込まれていて、ほんの少しだけここを離れるのを躊躇う。 「ふぅ……」  こんなにも心細いのは久しぶりだ。だからこうして写すつもりも無いのにカメラを構えたりするんだろう。  僕が覗くレンズの向こうにはいつも彼女がいて、いつも恥ずかしそうに笑ってた。ただ、今はそれが無いだけでこんなにも落ち着かない。  きっと、これが惚れた弱みなんだなぁと思う。元々一人でも生きていけるなんて言えるほど強いわけじゃなかったけれど。 「これでよし……と」  鍵のかかった音が済んだ春先の空に消えていく。戻る事はもう無いこの部屋がくれた、お別れの挨拶のように聞こえた。  まだ道の隅には融け残った雪が、日の光を反射してその白さを主張している。  暦の上ではもう春になってはいたけど、僕のカメラはもう少しだけ冬の名残を写すだろう。 2/4  徒歩十分の場所にある不動産会社に鍵を返し、これから何度も「ただいま」を言う部屋を目指す。  途中でスーパーに寄って足りなくなるだろう酒や食材を買い足した。  土曜の昼間だからか家族で来ている買い物客に目が行く。  子供の手を引いている父親と、それを幸せそうに見つめる母親。  なんともいえない気持ちになり、気付けば僕の足はいつもより速く動いていた。 「あれ、まだ来てないのか?」  近所迷惑で苦情も覚悟していた僕としては拍子抜けするほど静かな新居。  今後使うかもと念のため契約した駐車場には荷物を積んでいたトラックもない。  聞こえてくるのは階段を上る足音と、品物の入ったビニールが立てる音だけ。一人で過ごした二ヶ月間と重なる。  僕の苗字の書かれた札の下に、301と部屋番号が打ってあるドアの前に立つ。今日からここが、僕の新しい帰る場所だ。 「ん?」  鍵を差し込むが鍵は開いていた。この部屋の鍵は僕が持っている物と、友達に渡したスペアの二本だけ。  管理会社なら持っているかもしれないが、勝手に入ったりはしないだろう。  大方友人たちが鍵を閉め忘れて出て行ったんだと言い聞かせ、恐る恐るドアを開いた。  夕日が玄関を照らし、なんとも不気味な雰囲気を醸し出している。友人たちの靴は無い。やはり鍵をかけ忘れただけのようだ。 「無用心なやつらだなぁ……ただいま」  返事を返してくれる人のいない挨拶は慣れない。玄関の電気を点け、脱いだ靴をそろえてリビングへ向かう。  カーテンの閉められたリビングは夕方でも真っ暗と呼べるほど何も見えない。記憶を頼りにスイッチを探すと、思いの他すぐに僕の手に触れた。 3/4  指に力をいれ、スイッチを押す。  パチリと小気味の良い音に続いて、明るくなった部屋に軽快な炸裂音と紙吹雪が舞った。 「祝、引越し! ア~ンド――」 「祝、お父さん! おめでとー!」 「ただの父親じゃないだろ? なんたって双子だもんな!」 「おーっとそうだった、ほいこれ。引っ越し祝いな」  クラッカーが一斉に鳴らされ、一瞬だけ思考と心臓が停止した。  友人の一人が、まだ固まっている僕の手に綺麗にラッピングされたプレゼントをねじ込んだ。  未だ考えられない頭のまま包装紙を取ると、中にはクローバーの描かれたアルバムが入っていた。  それを見てもまだ反応できない僕を見て腹を抱えて笑う友人たち。 はめられたと気付いたのと同時に、顔が赤くなっていくのを実感した。 「お、お前らっ!」 「いいっていいって、お前の趣味って写真だろ? これなら生まれてくる子供の写真とかいれられるからな」 「あ、あぁ……ありがとう。じゃなくて!」 「しかしこんなに見事に引っかかるとはなぁ! はー、腹いてぇ! ほら、そんな事よりお前に電話だ」 4/4  バカ騒ぎする友人の一人が差し出したのは誰かに繋がっている携帯電話。  押し付けられるように出てみると、そこからは聞きなれた笑い声が僕の耳に入ってきた。 「ふふっ、まんまと引っかかったみたいね」 「お、お前が首謀者か!」 「そう、あなたが一人で寂しくしてるだろうから、みんなに励ましてもらおうと思って」  そう言って二ヶ月前から僕のカメラに写ることの無くなった人が笑う。僕は彼女には敵わないんだと思い知らされた。  彼女は今、出産に備えて実家に帰っている。予定日のひな祭りの日には僕も彼女の実家に行って、立ち会うつもりだ。 「さてさて、せっかくですからもうすぐ父親になるこの部屋の主に、もうすぐ母親になるこの部屋のもう一人の住人に、愛の言葉でも言ってもらいましょうか!」 「おいっ! 変な事いうなよ!」 「いいからいいから。ホラ早くしろよ、皆まだ一滴も飲んでないんだ、ちゃっちゃと始めたいんだって!」 「飲んでないのにこんな状態だったら余計性質悪いわ!」  騒ぎ立てる友人たちと、それにノって僕の言葉を待ってる最愛の人。どうやら本当に朝まで騒ぐことになりそうだ。  今日は僕が二人で過ごした部屋と、二人だった生活と、ただの夫だった僕が別れた日で。  これから四人で過ごす部屋と、四人で送る生活と、父親になる僕が出会った日。          クローバー 完 **背黄青 作:◆LNPZY.1xLA お題:「小鳥」 「ただいま」 「おかえりー」  あたしは反射的に言葉を返して、それから違和感に気づく。同居する姉はサークルの合宿で 居ないんじゃなかったっけか。玄関が開く気配もなかったぞ、ていうか、声が。  課題をこなしていた手を止め、あたしは窓際のアイツの方へ行く。足音に反応して、 ばさばさっと羽音がした。 「ただいま。ただいま、ただいま」 「やっぱおまえか! あー……、うん、おかえり」  おもちゃみたいに鮮やかな黄と水色の体は、せわしなく狭い鳥籠をうろついている。 気まぐれで飼い始めたセキセイインコは近ごろ急激に言葉を覚え出した。いちばん最初に しゃべったのが「お姉ちゃん?」で恥ずかしかった。その次が「あーっ、もう!」で、 小鳥のつむぐ人間くさいセリフに今度はお姉ちゃんが恥ずかしがっていた。  インコはくるくると喉を鳴らす。ときおり日本語をもらしては、あたしたちを ドキッとさせる。家計簿のついでの一言日記はコイツのことばっかりで、なかなかそれも 悪くない。 「ねえ、『ただいま』の返事は『おかえり』なんだよ」  インコは無表情だ。 「ね、『おかえり』」 「……あーっ、もう!」  あたしは笑みを溢した。それにあわせて小鳥がさえずる。 「ただいま。ただいま」 「『おかえり』」  帰ってくるまでに覚えて欲しい、と少し思った。思いっきり楽しんだくせに疲れて 愚痴っぽくなるあの人をびっくりさせてやろう。あたしとコイツとで迎えてやろう。 「『おかえり』」  派手に彩られた体と真っ黒な瞳は、きっとあたしの感傷なんか知らない。でも、 無言でくちばしを喘がせる仕草はその言葉を練習しているみたいで、あたしはやっぱり 嬉しいのだった。 おわり。 **farewell say Good-bye 作:◆NN1orQGDus お題:「別れ」  休日の夕方だというのに、駅のプラットホームは人がまばらだ。  傾きかけた太陽が染め上げたオレンジ色の駅の構内は、寂しさをいっそう強くする。  電車が来るまで、あと三十分ばかり。  時間なんて止まってしまえば良いのに、刻一刻と、過ぎていく。 「また、会えるよな」 「うん。絶対に会えるよ」  隣に座った彼が言葉短く呟き、私も言葉短く答えた。  ずっと一緒だった幼なじみの彼とはこれからもずっと一緒だと思っていたのに、家の事情で離れ離れになる。  我が儘を言って、家族とは別に電車で新しい街に向かう私に残された時間は、あと十五分。  言いたい事はいっぱいあるのに、何一つ言葉に出来ない。  沈む夕陽が、時計の針の音が、アナウンスの声が私を急かすけれど、言葉が詰まってしまう。  無言のまま、もどかしい時間が過ぎていく。  薄暗くなっていくのにつれて、涙が視界を閉ざしていく。  サヨナラは笑顔で言おう、と決めていたけれど、堪えきれない。 「――私、寂しいよ――」 「ああ、俺もだ」  同じ気持ち。嬉しいけれど、悲しい。  零れる涙を拭けないでいた私の手に、温かくて柔らかい感触。 「お前の手、冷たいな」 「あなたの手、温かいね」  握り合った手は、体温をお互いに伝え合う。  それは言葉に出来ない想いを交換するみたいで、しっかりと放さないように握り締めた。  チャイムが電車の到着を知らせる。  向かってくるライトの光を見ると、サヨナラが本当なのだと強く感じた。  目の前に止まる電車、開くドア。降りてくる人はいない。 「それじゃあ、行くね」 「最後まで、送るよ」  重い足取りで電車に乗る。  彼はドアの前でうつむいている。 「サヨナラ、だね」  言いたくない言葉だけが、滑らかに口に出来た。 「――手紙書くから、絶対」  閉まるドアが私と彼を隔てる。  私は、ドアのガラスに顔をあてた。 「絶対だよ、私も、手紙書くから!」  景色が流れ始めると、彼が私を追いかけてくる。  私も電車の後ろに走る。  小さくなっていく彼、そして駅。  お別れだけど、サヨナラじゃない。彼はそう言わなかった。  だから、私たちは。  ――また会えるよね、絶対。 《了》 **柱時計 作:◆CkzHE.I5Z. お題:内容参照 グランド・ファザーズ・クロック。 わたくしの目から見てもかなり年代物の、それは柱時計だった。 「婆殿、こちらは?」 「ん? ……ああ。  それはこの間亡くなった、さる名士の家から引き上げた時計じゃな」 この小さな古道具屋によくぞ入ったと思わせる、見上げるにも困る大きな黒塗りの体。 丸いガラス盤の中の二本の針と、円周を形成する銀色ゴシックのローマ数字。 下部の扉の中では、私の体ほどもある真鍮製の振り子が今にも動き出しそうな存在感を放っている、が。 「動くのですか?」 「……鋏めなら、わかるじゃろう?」 目線は上方を維持したまま、小さく頷く。 一目でわかっていた。わたくしの様なつくも神ならば誰だってわかるだろう。 これはもう、動かない。 「……治せない、のですか?」 「果たして職人が見つかるか。だがそれより……」 生きている道具は語りかけてくるものである。それは、長い時を経て人に愛されてきたものほど顕著だ。 この時計は――恐らく百年以上生きている筈の彼は、わたくしに話しかけてこない。 それが何よりも、終わっていた。 「……それを引き上げる時にな、古いアルバムを見せてもらったんじゃ。――そのさる名士というのも、わしの古い馴染みでな。  その家で撮った古い写真には、大抵その時計が写っておってな。そやつは、家人に愛されておったようじゃぞ。  じゃが、もう二十年ほど……二つの針は、同じ時を指し示し続けていたようであったな」 「そう、でしたか……」 言葉が詰まる。 道具は、いつか壊れる。有機物や無機物に関わらず、別れは平等なものなのだ。 この時計は、そんな別れに悔いがないのだろう。 だから、語らない。語る必要がない。 「……婆殿?」 「そんな顔をするでないわ」 「わたくしは、まだ道具であり続けたいです」 「まだまだ頼りにしておるに決まっておろうが。良い道具は、大事にすれば長く使えるものなのじゃ。  ……お前の父親は、お前を丈夫に作ってくれたのじゃぞ? 感謝せい」 「はい」 いつでも閑古鳥の鳴く小さな古道具屋の片隅に、主を失った古い柱時計がある。 それはもはや動く事はないが、かわりに亡き主の最も素晴らしかった時代を、永遠に刻み続けている。 **サヨナラ 作:◆meXrLVezBU お題:「別れ」 1/2  「さよなら」って言葉、好きじゃない。何となく今生の別れって感じがして、あんまり使いたくない。  別れ際の挨拶は「またね」で充分。次また会えるって気がするから。  「バイバイ」はまたちょっと違う。「バイバイン」と語感が似てるでしょ? 私ドラえもんは 好きじゃない。どっちかって言うとキテレツ派だし。  そんな事はどうでもいい。  こんな私に「さよなら」を言わせようとしている奴がいるのだ。  井上新蔵。  所謂彼氏なんだけど、最近奴の顔を見るだけで苛々するのだ。  原因は水森麗奈。奴があの娘と浮気をしているのだ。  どっちが先に手ぇ出したなんてどうでもいい。コロコロ浮気をするような奴なんて要らない。  私が捨ててやるのだ。  それにしても奴は女を見る目がない。  水森麗奈みたいなカマトト女の本性を見抜けないなんて、呆れて物が言えなくなる。  あの娘の上目遣いや小首を傾げる仕草や甘ったるい声に男は堪らなくなるらしいけど、 女からのの評判は最悪だ。  男への媚びの売り方はあざといし、メイクは顔面工事レベルの腕前だし、何より人の 物を欲しがるのだ。バッグに靴に財布に男。陰では皆から酷い事を言われている。  そんな訳で、奴との最後のデート。  持ってる物を全て吐き出させる為に私の誕生日をセレクト。  メイクは素材を活かしたカラーレス。白のフワフワワンピにたまご色のカーデ。足元は ホントはミュールが良かったけれど、時季に合わないから9センチのヒールで我慢。  奴の恰好はいつも通りのスト系だ。小汚い男がそんな恰好してたらルンペンも同然だけれど、 そんな事は口に出さない。私との差を見せ付けるのが重要なのだ。そうそう、私がヒールを 履いたから、身長差が凄い事になっている。プライドだけは高い男だ。引き攣った笑顔が哀れでならない。  ショッピングではピンクトルマリンのリングと24金の華奢なピアスを買わせたし、 新作コフレを時間を書けて見たりして、ちょっとした嫌がらせ。ランチはちょっと高めの 店を選んでなおかつ口に合わないからと残したりしてみたりして。  でも、今日は私の誕生日。文句は言わないし言わせない。 「そうだ、夕飯はこの前言ってたレストランで食べね?予約してあるんだ」  お茶をしていたら、出てきたよこの台詞。 2/2  あのレストランてホテルにあるよね?その話をした時にホテルに泊まりたいっていったよね?  プライドの高いあんたの事だから見栄をはってホテルの部屋を取ってるよね? 「ちょっとお手洗いに行ってくるね」  私はそう言うとお手洗いに向かった。  というのは嘘で、奴にばれないように店を出た。  果たして今日は奴にいくら遣わせただろう?  込み上げてくる笑いを堪えつつ奴にメールをした。 ☆☆☆☆☆ 新ちゃん。 私、この前麗奈と腕組んで歩いてるのを見ちゃいました。 そうだよね。麗奈は可愛いし、私じゃ比べものにならないよね。 今までありがと。大好きだったよ。 サヨナラ。 ☆☆☆☆☆ 一体奴はどんな顔をしてメールを見るだろうか。そんな事は興味ない。電話もメールも 着信拒否ったし、奴の事はどうでもいい。  ホテルに麗奈を呼び出してみる?でも、絶対来ないよ。麗奈が好きなのは人の物であって おこぼれじゃない。私は幸せ。私は幸せ。私は幸せ。  こんなにすっきりした別れは生まれて初めてだ。小鳥が囀るように口笛を吹いてみる。  ねえ、新ちゃん。貴方は幸せ? **幸せの青い小鳥 作:◆phHQ0dmfn2 お題:内容参照 1/2 「おいおい、すごい人だかりだな」 青年はつぶやく。 旅立つ者、見送る者、マスコミ、やじうま……港には大勢の人々が集まっていた。 その先に停泊する美しい客船の姿を見て、思わず感嘆のため息をつく。 憧れの世界周航を目前にして、青年の胸は高鳴っていた。 「出航にはまだ時間があるみたいだな、少し暇を潰すか」 ちょうど小腹も空いていた。 露店の一つもないだろうかと、青年はあたりを散策することに決めた。 「もし、そこのあなた」 人混みを離れたあたりで、突然、声をかけられた。 見るとボロボロの服をまとった老人が立っている。 「船旅のお供に、可愛い小鳥はいかがですかな?」 老人が手を差し出す。彼の指先には一羽の青い鳥がとまっている。 「へえ、青い鳥とは珍しいね」 「はい、これは幸運を呼ぶ鳥なのですよ」 ――こんなみすぼらしい姿の爺さんに“幸運”などと言われてもなあ……と、青年は内心で苦笑した。 「残念だが、僕はその手の迷信は信じないよ。でも、せっかくだからもらおうかな。 独り身だし長旅になるだろうから、ペットの一匹でもいた方がいい」 値段を聞くと大した金額でもなかった。 金を払うと小鳥は老人の手を離れ、青年の肩にちょこんととまった。 「あなたに幸運のあらんことを」 露店で軽く腹ごしらえをして戻ると、港には出発客の列が出来ていた。青年も後ろに並んだ。 係員に乗船チケットを見せ、一人ずつ船に乗り込んでゆく。 2/2 青年の番が近づいてきたので、彼はバッグからチケットを取り出し用意した。 すると突如、小鳥が青年の肩を離れ、手元のチケットを奪い飛び去った。 「お、おい! 何するんだ!」 慌てて叫び追いかけるが、鳥に追いつけるわけもない。 老人の元に戻ったのかと先ほどの場所に行ってみるが、すでに彼の姿はなかった。 「くそ……やられた!」 船着き場で係員に事情を話す。 「うーん……そう言われましても、チケットの無い方をお乗せする訳にはいかないのです」 係員はすまなそうに続ける。 「記録を照会すれば分かるのでしょうが、それには時間がかかります。あなた一人のために 出航を遅らせるわけには参りません。申し訳ないのですが、今回は参加をあきらめては いただけませんか? 窓口に申請して下されば、費用はお返ししますので……」 しばらく食い下がってみたが、結局、船は青年を残し出航してしまった。 がっくりと肩を落とす青年。 そこへ小鳥が戻ってきた。 青年は怒りを込めてにらみつける。 「なにが幸せの鳥だ。お前のせいでとんでもないことになった、どうしてくれる!」 しかし、小鳥は不思議そうに小首をかしげるだけ。 「まったく、なんてついてないんだ……」 ため息をつきながら彼方を見やる。 彼が乗るはずだったタイタニック号は、水平線の先に消えようとしていた。 **小鳥の宴 作:◆KazZxBP5Rc お題:「小鳥」「ひな祭」 一羽の雄が巣に帰ってきた。 危ない危ない、鷹に食べられそうだったよ。 まあまあ気をつけてくださいよね。 妻と二羽で笑いあう。 夫は捕まえてきた虫を妻に口移しした。 安らぎの時間。 しばらくすると、妻のお腹の下がもぞもぞ動いてきた。 ピーッ! 殻を破って最初の一声。 まあ、あなた、ヒナが! 最初の一羽に続いて兄弟たちがどんどんと孵化する。 夫はすぐにまた餌を探しに飛び立った。 今日は祭になりそうだ。 [終] **無題(恐らく) 作:◆4c4pP9RpKE お題:内容参照 1/2  動物が長生きすると妖怪になるのをご存じだろうか。  我が家には小鳥が居る。いや、小鳥の時代から居ただけで、今や25cmを越す大鳥だ が。  奴は仏像みたいな種族名のなんとかオウムという名で、俺よりふたつ年上の二十歳であ る。鳥の人間換算の年齢など知らないが、かなりジジイだということは間違いないだろう。 そしてこのジジイ、最近妙な神通力を得てしまったからたちが悪い。  深夜にバイトから帰った時、玄関先に置かれた大きな鳥籠の暗幕を少し開く。ジジイが 眠たげにこちらを見た。 「おい、ジジイ。今日は“出る”なよ」 「……ギャア」  ジジイは間延びした鳴声で返事。分かっているのやらいないのやら。  暗幕をしっかり閉じ、親父と母ちゃんを起こさないよう静かに自室へ。バイト先のコン ビニに新入荷したジュースを飲みながら雑誌を読んでいると、すぐに眠気が沸いてきた。 電気を消してベッドへ。  おやすみなさい……。 「やぁ勤労少年」  ……やっぱり出たか。 「出やがったな。妖怪鸚鵡め」  そうなのだ、何を隠そうあのオウムジジイ、俺の夢枕にたってなおかつ流暢に喋りやが るのだ。またその格好が何とも“うさん臭い”。オウムそのままの姿ではなくわざわざ人 間になって現れやがる。姿形を簡潔に言い表すならば、オウムみたいな原色いろとりどり のスプレーで髪を染めたおひょいさんにアロハシャツを着せたみたいな感じ。飄げている 、とでもいうべきか。 「何、私はあなたのお休みを邪魔しようとは思っておりませんよ」 「現に邪魔してるじゃねーか。つーか怖ぇし」 「おやおや、確かにそうですな」  オウムジジイは上品に笑う。目尻や頬に浮かぶ笑い皺が人懐っこい。 「申し訳ありません。しかし、私の声が届くのはあなただけのようなのです。お休みのと ころ悪いのですが、どうかひとつ、私の願いを聞いてくれませんか?」  オウムの願い。  昨日も、おとといも、一昨昨日も聴いた。それは単純で明快な望みだった。籠の鍵を外 して締め忘れろ、と言うんだ。ジジイは自由を望んでいる。ははは、その年で何夢見てん だよ。 「無理だって。あんたを放したら、俺が怒られるんだもの」 「そこをなんとか」 「ダメだって」  俺が断ると、ジジイは困ったようにオウムみたいな色とりどりの眉毛を顰めた。 「実は私、体を病んでいるようなのです。もう永くはないでしょう」 「え、苦しいのか? じゃあ病院連れてってやるよ」  そういえば母ちゃんが、「最近オウムが変な咳をする」って言ってた気がする。 「いえ、宜しいです。遠慮致します。分かるのです、私の病は医者に掛って治るものでは ありません」 「そんなもん、医者に聞いてみなきゃわかんねーだろう」 「わかります。わかりますとも、妖怪ですから」  ジジイは顔を笑い皺でくしゃくしゃにして言った。 「医者は要りません。必要なのは、あの世へ持って行く“冥途の土産”です。最後なので す。このままではもう、一月も掛らぬうちに、私は飛ぶことも侭ならぬ様になってしまう でしょう」  ジジイは笑いを陰らせ、「最後のチャンスなのです」とつぶやいた。  籠の鳥。  生まれながらに言われ無き無期懲役で過ごした年月、20年。人間ならば殺人鬼だって 釈放される年月だ。 「……OK、わかったよ。俺の負けだ。明日の朝、俺はあんたの飲み水を取り替える。そ の時、遅刻しそうで慌てていた俺はきっと鍵を締め忘れてしまう」 「本当ですか!ありがとう、ありがとう!」  ジジイは泣き出さんばかりに喜んで、節くれた樫の木みたいな手で握手し、両手でもっ て俺の手をブンブンとふった。 2/2  オウムジジイは逃げだし、俺は親父にすんげーキレられた。  オウムジジイはちょくちょく俺のバイト先に飛来する。ムカツクことに女連れ(カラス) だ。何が病だ馬鹿野郎、エロジジイ。恋の病だったのかよ。  電線の上で、俺が廃棄の飯を置いて行くのをカラスちゃんとむつみ合いながら待ってや がる。ふざけんな。  オウムジジイが逃げて三週間がたった頃、奴がまた俺の夢枕に姿を現した。 「こんばんは。お話するのは随分ひさしぶりですな」  オウムみたいなカラーリングのおひょいさんは、例のくしゃくしゃの笑顔をつくった。 「御無沙汰だったな。で、病気はどうだ」 「はい、もうすっかり進んでしまって、明日には死ぬようです。ですから、お別れを言お うと思いまして」  ……病気は本当だったのか。 「なぁ、今からでも病院、行かないか?」 「ふふふ、お優しいですな。しかし、結構でございます」  ジジイは涅槃に際した菩薩みたいな穏やかな顔をして言った。 「最後に、目一杯楽しませていただきました。この愉快な気分のまま、楽しく逝きたいの です」 「……そか」 「はい」  オウムジジイはクシャクシャと笑い、俺がもう一言何か言おうとすると、手のひらを差 し向けてそれを制した。 「ありがとうございました」  ジジイがそう言うと俺は目を覚ました。  次の日の朝、玄関にはオウムの死体が転がっていた。  これで終われば良い話なのだが……。  春が過ぎる頃、街にはたくさんの鳥がいた。オウムみたいに華やかなカラス。オウムみ たいに華やかな鳩。オウムみたいに華やかな鷺。オウムみたいに華やかな鷹。他にも色々。  どうやら妖怪に染色体や遺伝子は問題にならないらしい。これだけ遊べば確かに未練はねーだろーな。  さぁ、オチは上々。大団円。 「幽霊ってご存じですか?また、よろしくお願いします。ははは」 「……」  オウムの妖怪の“幽霊”が俺んちに住み着いた。 ~終り~ -----

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