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「文章系@2008.12」(2009/03/30 (月) 18:07:12) の最新版変更点
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削除された行は赤色になります。
タイトルが無いものに関しては無題で。
とりあえずまとめてるだけなので、問題があるようであればお手数ですが作者さん修正お願いします。
#contents()
**『アタシ帰る』
作:◆phHQ0dmfn2
お題:「12」「鐘」
1/2
ヤバイヤバイヤバイヤバイ!
「あの、アタシそろそろ帰らなきゃ……」
マジヤバイ、早くしないと。
「何だい、まだいいだろ?」
目の前の男が不服そうに言う。金髪のイケメンで、おまけに超の付く大金持ち。
「遅れると、帰りの乗り物が無くなっちゃうんですよ……」
「何だ、そんなことか。大丈夫、僕がちゃんと送らせるから」
人の良さそうな顔でにっこりと笑う男。
あーもう! 金持ちって、どうしてこんなに空気読めないんだろ。育ちがいいせいか、
人の言葉は何でも額面通り素直に受け取って、裏を読もうとしない。アタシは「早く帰ら
せろ」って言ってるんだってば、少しは察しろ!
「その、アタシ門限があるんです。家族が色々とうるさくて……」
ウチのババアはマジでウザい。ガミガミ怒鳴るわ家事は全部押しつけるわ、最悪の女。
「そうか、お嬢様ってのも大変だね」と男。
別に『お嬢様』だなんて一言も言ってないけどね。まあ勝手に勘違いしてくれるなら、
それでいいや。
「でも、君だってもう子供じゃないんだ。少しは自分のしたいようにしてもいいんじゃな
いかな?」
だーかーら、アタシは帰りたいんだってば!
それに何だかんだ理由つけてるけど、下心見え見え。
「ほら、まだ十二時にもなってないよ?」
男の言葉で時計を見る。ゲッ、もうこんな時間じゃん。
「本当にごめんなさい、もう行かないと。今日は楽しかったわ」
そう言って、半ば強引にパーティー会場を抜け出した。
2/2
やっぱりアタシには、こんなセレブの集まるパーティーなんて合わない。言葉遣いも作
法もよく知らないし、なんつーか住む世界が違うみたいな。
取りあえず外に出ないと……あーもう、慣れないヒールなんか履いてくるんじゃなかっ
た。ドレスもそう、走りにくいったらありゃしない。
「ぬわっ!」
案の定、盛大にコケて、靴が脱げてしまった。
「待ってくれ~」
後ろから、さっきの男の間抜けな声がする。しつこいなぁ、どんだけアタシとヤりたい
んだよ。さっさと逃げないと。
急いで立ち上がり、裸足のまま走り出す。この方が走りやすい。毎日の家事で鍛えた足
腰を活かして、さっさと男を振りきる。アンタみたいなおぼっちゃんとは鍛え方が違うん
だ。
――ゴォーン……ゴォーン……
十二時の鐘が鳴り響く頃、何とか表に辿り着いた。ギリギリセーフ!
それにしても疲れた、服も髪もボロボロだ。
家に帰り着き、こっそりドアを開けると、ババアが鬼のような形相でアタシを睨んでい
る。アタシを見るやいなや甲高い声で怒鳴りつけてきた。
「一体こんな時間までどこをほっつき歩いてたんだい、シンデレラ!」
**Snow
作:◆NN1orQGDus
お題:「鐘」「冬」
1/2
リンゴーン、リンゴーン。
大聖堂の鐘の音が灰色の曇り空に染み込んで行く。
クーポラの尖端は白くモヤがかり、輪郭のピントがずれたみたいにぼんやりとさせていた。
そこ本来は立ち入る事の出来ない場所のはずだが、見覚えのある人影が見えたような気がする。
しかし、それはただの見間違いだ。冬の物悲しさに惑わされただけに過ぎないだろう。
「雪が降りそうですね」
連れのじゃじゃ馬娘が手のひらに白い息を吐きかけながら、こちらをチラチラと窺ってきた。
足元に背筋をピンと伸ばして、生意気そうな顔をツンと澄ました黒猫を連れ立っている。
「さあな。俺は天気の番人じゃない」
カツ、カツと革靴の底が、石畳をリズミカルに叩く。
「雪が嫌いなんですか?」
「降るだけなら別に構わないけどな。積もると誰かさんが滑って転ぶ」
好きとも嫌いとも答えない曖昧な返事に、当の誰かさんは顔を朱に染めて此方をじいっと睨んできた。
「――私、転びません!」
「別にお前の事だって言ってないだろう。それとも思い当たる節でもあるのか?」
「――あう」
図星なのか、耳まで真っ赤にした拗ねた顔でムムムと口ごもる。
「まさか本当にそうだったとはな」
「違います! 違わないですけど、雪が凍ってツルツルしてたんですよ!」
「そうか。俺は踵の高い靴でも履いてたのかと思ってたけどな」
「――なんでそれを?」
拗ねた顔からキョトンと顔へ。まるで百面相だ。純真と言うよりは天然という言葉が合っている。
まあ、そんなだから俺はコイツを放っておけない――否、コイツに惹かれたんだろう。
「靴でも買いに行くか」
「え、嬉しいんですけど……良いんですか?」
怪訝そうでいて、それだけど嬉しさの混じった顔になる。
「ああ。懐が寒い訳じゃないから靴の一足や二足は買える。もっとも、ガラスの靴って訳にもいかないけどな」
「ありがとうございます!」
顔を綻ばせながら腕に抱きついてきた。それだけ嬉しいのだろうが、少しばかり恥ずかしい。
「よせ、マシュウが見てる」
黒猫――マシュウが此方を眠たそうな瞳で見つめている。そして、ニャアと一鳴きしてスタスタと足早に去っていった。
夫婦喧嘩は犬も食わないらしいが、猫はノロケを食わないのだろうか。
「――雪?」
砂糖の様な粉雪がサラサラと空から舞い降りてきた。
2/2
俺は彼女の手を取り急かすように、急ぐように走り出す。着いてくる足音が遅れないスピードで。
彼女の手はほんのりと温もりを帯びていて、冷えきった俺の手を温めてくれる。
俺の冷たい手は彼女にとって不快ではないらしく、ギュッと握り返してきた。
「躓いて転ぶなよ?」
「転ぶ前に、助けて下さいね?」
「ああ、お前のドジは織り込み済みだ」
「――あう」
リンゴーン、リンゴーン。
大聖堂の鐘が響く。舞い降りる粉雪と共に。
寒空の下、フィレンツェの街に。
了。
**White
作:◆NN1orQGDus
お題:「鐘」「冬」
1/2
彼女は、寒さのせいなのか頬を真っ赤にしていた。赤いミトンの手袋をした手に、はあっと吐息を吐きかけてもいる。
白いもやみたいな吐息は、ソフトフォーカスをかけたようにあどけない、だ幼い彼女の輪郭をぼんやりとさせた。
「寒いのかい?」
ずっと小さい位置にある頭に手を置き、撫でる。いきなりの事で驚いたのか、目をぱちくりと、白黒とさせた。
「え……はい、大丈夫です」
石畳に視線を落とし、消え入りそうな小さな声でポツリと答える。
「遠慮はいらないよ。寒かったら寒いと言ってくれた方が、僕は嬉しい」
撫でるのをやめた手を持ち上げると、微かに良い匂いがする。
「香水かい?」
「ちょっとだけ……ですけれど」
ただでさえ小さすぎる彼女が肩をすぼめて更に小さくなる。
「猫背はいただけないな。姿勢はちゃんとしないとね」
丸くなった背中をツンとつつき、首に巻いていたマフラーをほどいて、彼女の首筋にそっとかけ直した。
「寒くないですか?」
「ああ、君よりはね。僕はこう見えても鍛えているんだ」
力こぶを作ってみせると、ツボに入ったのかクスクスと笑みを溢し始める。
「君の悪いところは遠慮がちな所だね。少しはワガママを言ってくれないと、僕が困る」
「そう、ですか?」
「ああ、そうとも」
難しい年頃のせいなのか、彼女は俯いて押し黙ってしまう。足取りは重そうで、トボトボと。顔色は暗く重くて浮かんでいない。
歳の差がありすぎるが悪いのだろうか、彼女は僕に追い付こうと背伸びをする。だけど、その背伸びは彼女の為にも、僕の為にもならない。
気負ってしまうのは仕方ない。でも、僕は彼女の年相応の明るい笑顔が見たい。
「そうだね。プレゼントは何が欲しい? 万華鏡? ヌイグルミ?」
努めて明るく振る舞う僕に、彼女はそっと上目使いの視線を寄越す。
「――話が聞きたいです。昔の、貴方の」
「話しかい? そうだね、この前パスタが美味しい店を見つけたんだ。そこで何か食べながら話そうか」
「はいっ!」
良い返事だね、と頬をつつくと、大聖堂の鐘がリンゴーンと響く。そして、灰色の空から綿みたいな雪が舞ってきた。
彼女はそれを手で受け止めて、嬉しそうに顔を綻ばせる。
赤いミトンに白い雪。儚くあっというまに融けていく。
「何で雪って見上げる時は灰色なのに、下に落ちると白いんですか?」
2/2
「光のせいだね。降る時は自分が影になって黒くなるんだ。下になれば影が無くなって白くなるのさ」
「なんでも知ってるんですね」
「ああ、そうとも」
彼女の幼い笑顔は、僕の冷えきった身体と心をとかしていく。なんだかそれが嬉しくて、彼女に笑みを返すと、訳がわからないのかキョトンとした顔になる。
「そう言えば、日本では鐘に書かれた文字が原因で戦争になったそうだ」
「酷いですね。鐘に罪はないのに」
「いつだって罪を犯すのは悪い大人さ」
「その鐘の音ってどんな音色だったんでしょうか」
「たぶん、綺麗な音色だよ。きっと、ね」
暗く沈んでいきそうな彼女の横顔に、僕は悪戯心を起こして、柔らかそうな頬を、ちょんと摘まんだ。
「え、ええ!? ふえぇ!?」
キャッと悲鳴を上げて慌てふためく彼女が可笑しくて、思わず笑ってしまった。
「そんな、いきなり酷いです!」
ぷくっと頬を膨らませる彼女は年相応の顔を見せてくれる。
「そう、それそれ。そういう反応を見せてくれないとね」
「何でですかっ」
怒気を孕んだ口調に、ごめんと謝まる。「僕はね、自然な君が好きなのさ」
「あう」
彼女は火が着いた様に真っ赤になって黙り込む。
そんな彼女が可愛くて、つい僕は彼女の頭を撫でようとするけど、彼女は手を払ってハッキリと拒否した。
なんで、と良いかけたけど、横目で睨んでくる彼女は僕の腕に腕を絡めてきた。
「子供じゃないですから、こうしてください」
「ああ、そうだったね」
腕を組んだ僕達を、ガラス色の雪が閉ざす様に舞い降りてくる。
リンゴーン、リンゴーン、リンゴーン。
大聖堂の鐘の澄んだ音色は、祝福の鐘だろうか。
嬉しそうな彼女を見ていると、本当にそう思う。
了。
**鐘が鳴るなり
作:◆NN1orQGDus
お題:「鐘」「冬」
牡蠣を食ったら鐘が鳴らずに腹がぎゅるるるると鳴った。どうせ鳴るならと金に成りたかった。
ピーピーと腹を下して十六連打並みの速さでトイレとコタツの間を行ったり来たりだ。
夜通し運行してたら、知らぬ間にトイレで朝を迎えていた。洋式で良かった。本当に良かった。
いや、良くない。水洗トイレだったのは幸いだけど、トイレで眠りこけてしまうのはいかがなものだろうか。
這いつくばって、やっとの思いで電話で119番に助けを求めたら、誰も電話にでんわ。
後で聞いたら救急車をタクシー代わりに使ったオバチャンがいたらしい。その対応に手間取ったそうだ。
世間の風が世知辛い。たたでさえ一人者には寒い季節なのに、吹き付ける風はスペイン風邪みたいに身に染みる。
どうせだったら六甲おろしみたいに熱ければ良いのに。十年前なら凍死する程寒いけど、今ならそれなりに暑苦しい。
兎に角、すったもんだがあって病院に運ばれた。
診断結果はノロウイルスと十二指腸炎がなんたらかんたら。詳しい病名は怖くて聞けなかった。
臆病風に吹かれやすいから正確な病名の告知はしなくて良いと言ったら、医者にゲラゲラ笑われた。
取りあえず入院しないと駄目だとのお達しで、入院する羽目になった。
どうしよう。師走も良いとこそろそろ年末だってのにハメを外す事も出来やしない。
シャバにいたらサンタ狩りやトナカイ鍋だって思いのままの筈に、今の俺はベッドの上でハリー!ハリー! とポタポタ落ちる点滴の滴を見る事だけしか出来ない。
いやだねえ。辛気くさいったらありゃしない。
クリスマスなのに景気が悪いからケーキも食えない。もちろん年越しソバだって食えない。
美人の看護師さんにあんたの側にいたいって言ったら痛い人を見る生温かい視線で見られるわで悲惨散々、鎌倉幕府だって滅亡する。
気付けばゴーン、ゴーンと除夜の鐘が聞こえてくる。
ちくしょうめ、どうせ突くならケチな事言わないで素手で突けってんだ。
鐘なんて柿を食ったら鳴るだけで十分だ。重要文化財なら別の与太話になる訳だけですが。
お後がよろしいようで。
了。
**プレゼント
作:◆NN1orQGDus
お題:「冬」「12」
1/2
テディベアが11人。全部プレゼントとして貰ったものだ。みんな同じテディベアだけど一つ一つ個性がある。
個性だけじゃなくて、密かに名前だってつけたりしている。
たとえば一番右のネルソンはつぶらな瞳がチャームポイントの生真面目さんだけど、左から三番目のイソロクは凛々しい顔の割には悪戯好きでギャンブル狂。
一つ一つに名前と個性を付けてあげれば見ているだけでも楽しい。
アフタヌーンティーを楽しんでいると、コン、コン、コン。控え目なノックが三回、几帳面なリズムでドアが叩かれる。
ベルがあるのだから押せば良いのに、あえてノックをする人は一人しか知らない。
「どうぞ」
ドアの向こうに声をかけると、あまりたてつけのよろしくないドアがぎいっと軋んだ。
「やあ、こんにちは」
グレーコートに白い雪を散らばせながら、綺麗に包装された箱を胸に抱いて彼が入ってきた。
はにかみ顔であるけれど、外は寒かったのか眼鏡が曇っている。
勝手知ったる他人の家とはこの事なのか、彼は荷物をテーブルの上に置いて、スタンドにコートをかける。
「紅茶で良い?」
「いや、これで良いや」
彼は私の対面に座ると、飲みかけの紅茶に口を付けた。何か違和感があるのか、僅かに眉をしかめる。
「ちょっと甘いね」
「私は甘いのが好きなの」
「ふーん、なんだか機嫌悪そうだね」
「いえ、別に?」
機嫌が悪い理由は沢山ある。
お子様みたいな味の好みを指摘されたのが悔しくて、私はプイとソッポを向いた。
窓の向こうに見える街は、ガラス色の雪に閉ざされている。まだクリスマスの四日前、どうせだったらホワイトクリスマスになれば良いのに。
「ああ、そうそう。これ開けてみてよ」
「なに?」
包装を綺麗に剥がし中身をみると、それは予想通り――テディベアだった。
「ヌイグルミをプレゼントされて喜ぶ年じゃないんだけど」
「そうだったかい? それはすまない事したね」
強がってみたけど、やっぱりテディベアは可愛くて、私は衝動的に抱き上げてしまう。柔らかくて温かくて良い気持ち。思わず、うわあと声をあげてしまった。
「喜んでいただいて嬉しいね」
「喜んでません!」
彼の笑顔と図星をつかれたのがあまりにも悔しくて、テディベアを抱きつつ紅茶の残りをぐいっと一息に飲み干した。
2/2
「さっき僕が飲んだけど、良いのかい?」
言葉の意味を妙に勘繰ってしまった私はむせてしまうけれど、耐え難きを耐え忍び難んだり色々堪えて、努めて平静をよそおう。
「大丈夫かい」
優しくされるのがなんだか非常にムカつく。
「ええ、大丈夫ですとも」
「そうかい。それなら安心した」
「心配される筋合いはありません!」
沸き上がる怒りを押さえながら答えるけど、口調がやや早口に、強くなる。
私の言葉が終わらないうちに、彼は窓際に歩み進んだ。窓の向こうは既に暗くなっている。それでも雪は降り続いていて、全てを濃い闇色に染め上げている。
「まあ、安心したよ。君が気落ちしてるっておばさんに聞いたからね」
ええ、そうですとも。
一週間ほど前に誰かさんが綺麗な人を連れているのを見かけた。多分その女の人は恋人で、つまり、私は失恋した。
失恋して気落ちしない女のコはそうざらにはいない筈だ。
それでもその誰かさんの顔を見ると憎らしくとも嬉しくなってしまう私の単純な思考回路が恨めしい。
今日だってクリスマスを前倒しして私にプレゼントを渡しに来て、当日は彼女さんとデートなのだろう。
はっきり言って優しいけれど優しくない。彼の主体性の無さ、八方美人な性格が私の苛立ちを加速させる。
解りきった事だけど、彼にとって私は近所の女の子でしかない。
歳の差という見えないバリアは万里の長城よりも堅くて難攻不落なのだ。
「ねぇ、クリスマスは空いてるかな?」
唐突な言葉に彼方に行っていた思考が此方にぐいっと引き戻された。
「空いているかもしれないし、空いてないかもしれない」
振り向かずにテディベアをぎゅうっと抱き締めた。今の顔はとても酷い顔だろう。とてもじゃないけど彼にこんな顔は見せられない。
「出来れば空けといてくれないかな」
「バカじゃないの? 折角のクリスマスなんだから好きな人と一緒にいれば良いじゃない!」
駄目だ。涙の堰が決壊して、更に感情が暴発した。憎まれ口なんて叩きたくないのに叩いてしまう。
抱き締めたテディベアに顔を埋める事だけしか出来ない。
トン、と肩を叩かれるけど、顔をあげられない。
「うん。だから君といたいんだって言ったら迷惑かい?」
涙でくしゃくしゃな顔は見せられない。だけど涙は悔し涙じゃなくて嬉し涙だ。
テディベアが十二人。みんな嬉しそうに笑ってる。
――勿論、彼も、私も。
了。
**クレヨン
作:◆NN1orQGDus
お題:「鐘」「12」「冬」
子供の頃、クレヨンが好きだった。私は12色しかの物持っていなかったから、24色に憧れていた。
その中でも一番憧れたのは銀のクレヨンだ。キラキラと、ピカピカと光っていて、とても綺麗だった。
あの色で空や雲、海を描けたらさぞかし幸せだろうなぁ、そう思っていた。
12歳の冬、小学6年生の時にバラ売りの物を画用紙と一緒に小遣いで買った。
思うままに描いてみたは良いのだけれど、ネズミ色みたいな雲と水平線は幼心にがっかりして、ちょっとしたトラウマになった。
だけど、今では良い思い出だ。
それでも、銀のクレヨンは短くなってしまったけどとても綺麗で、大事にとっておいてある。
苦くて悲しいけど、甘くて嬉しい、子供の頃の大事な思い出だ。
「なあ、なんでアンタはそんなにパステルが好きなん?」
モダンアートの課題を描いていたら、友達が不思議な顔で、訊ねてきた。私は手を止めて答える。
「んー、好きなんだよね、パステル」
「あー、アンタそんな感じやわ。ペールトーンやね。味で言うとだだ甘やね」
ペールトーン。うすく淡く、女性的な弱さを持ち合わせた優しい色だ。
「そうね、あんたをたとえるとポスカラかなぁ」
「ビビッドやね。鮮やかで目立つからウチにピッタリやわ」
「生きが良すぎて騒々しいけどね」
なにか思うところがあるのか、ほっぺたを膨らませてなんとぉー、と怒りだした。
どうにも仕方がないので頬を挟むように両の人差し指でつつく。
「なにすんのぅっ!」
「うん、なんでだろうね。そこにほっぺがあるからだろうね」
「そんな理由じゃ納得できひんっ!」
「大丈夫。あんたを味にするとケレン味だから」
「ケレン!?」
んが、と唸って愕然として、金魚みたいに口をパクパクと動かす彼女は表情がコロコロと百面相して面白い。
「褒めてるつもりだけどね。私にはあんたみたいな味が出せないし」
「それ、褒めてないやろ!」
キーンコーンカーンコーン。
丁度良いところで終業のチャイムがなる。
先生の課題は次回に持ち越し、との言葉に安心したら、私達二人は後で職員室に来るようにと言われた。
「アンタのせいで怒られるんや」
「いーや、その言葉は熨斗を付けてお返しします」
二人揃って怒られるのも、銀のクレヨンみたいに、きっと後で大事な思い出になるだろう。
――多分、いつまでもキラキラと綺麗に光っているに違いない。
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タイトルが無いものに関しては無題で。
とりあえずまとめてるだけなので、問題があるようであればお手数ですが作者さん修正お願いします。
#contents()
**『アタシ帰る』
作:◆phHQ0dmfn2
お題:「12」「鐘」
1/2
ヤバイヤバイヤバイヤバイ!
「あの、アタシそろそろ帰らなきゃ……」
マジヤバイ、早くしないと。
「何だい、まだいいだろ?」
目の前の男が不服そうに言う。金髪のイケメンで、おまけに超の付く大金持ち。
「遅れると、帰りの乗り物が無くなっちゃうんですよ……」
「何だ、そんなことか。大丈夫、僕がちゃんと送らせるから」
人の良さそうな顔でにっこりと笑う男。
あーもう! 金持ちって、どうしてこんなに空気読めないんだろ。育ちがいいせいか、
人の言葉は何でも額面通り素直に受け取って、裏を読もうとしない。アタシは「早く帰ら
せろ」って言ってるんだってば、少しは察しろ!
「その、アタシ門限があるんです。家族が色々とうるさくて……」
ウチのババアはマジでウザい。ガミガミ怒鳴るわ家事は全部押しつけるわ、最悪の女。
「そうか、お嬢様ってのも大変だね」と男。
別に『お嬢様』だなんて一言も言ってないけどね。まあ勝手に勘違いしてくれるなら、
それでいいや。
「でも、君だってもう子供じゃないんだ。少しは自分のしたいようにしてもいいんじゃな
いかな?」
だーかーら、アタシは帰りたいんだってば!
それに何だかんだ理由つけてるけど、下心見え見え。
「ほら、まだ十二時にもなってないよ?」
男の言葉で時計を見る。ゲッ、もうこんな時間じゃん。
「本当にごめんなさい、もう行かないと。今日は楽しかったわ」
そう言って、半ば強引にパーティー会場を抜け出した。
2/2
やっぱりアタシには、こんなセレブの集まるパーティーなんて合わない。言葉遣いも作
法もよく知らないし、なんつーか住む世界が違うみたいな。
取りあえず外に出ないと……あーもう、慣れないヒールなんか履いてくるんじゃなかっ
た。ドレスもそう、走りにくいったらありゃしない。
「ぬわっ!」
案の定、盛大にコケて、靴が脱げてしまった。
「待ってくれ~」
後ろから、さっきの男の間抜けな声がする。しつこいなぁ、どんだけアタシとヤりたい
んだよ。さっさと逃げないと。
急いで立ち上がり、裸足のまま走り出す。この方が走りやすい。毎日の家事で鍛えた足
腰を活かして、さっさと男を振りきる。アンタみたいなおぼっちゃんとは鍛え方が違うん
だ。
――ゴォーン……ゴォーン……
十二時の鐘が鳴り響く頃、何とか表に辿り着いた。ギリギリセーフ!
それにしても疲れた、服も髪もボロボロだ。
家に帰り着き、こっそりドアを開けると、ババアが鬼のような形相でアタシを睨んでい
る。アタシを見るやいなや甲高い声で怒鳴りつけてきた。
「一体こんな時間までどこをほっつき歩いてたんだい、シンデレラ!」
**Snow
作:◆NN1orQGDus
お題:「鐘」「冬」
1/2
リンゴーン、リンゴーン。
大聖堂の鐘の音が灰色の曇り空に染み込んで行く。
クーポラの尖端は白くモヤがかり、輪郭のピントがずれたみたいにぼんやりとさせていた。
そこ本来は立ち入る事の出来ない場所のはずだが、見覚えのある人影が見えたような気がする。
しかし、それはただの見間違いだ。冬の物悲しさに惑わされただけに過ぎないだろう。
「雪が降りそうですね」
連れのじゃじゃ馬娘が手のひらに白い息を吐きかけながら、こちらをチラチラと窺ってきた。
足元に背筋をピンと伸ばして、生意気そうな顔をツンと澄ました黒猫を連れ立っている。
「さあな。俺は天気の番人じゃない」
カツ、カツと革靴の底が、石畳をリズミカルに叩く。
「雪が嫌いなんですか?」
「降るだけなら別に構わないけどな。積もると誰かさんが滑って転ぶ」
好きとも嫌いとも答えない曖昧な返事に、当の誰かさんは顔を朱に染めて此方をじいっと睨んできた。
「――私、転びません!」
「別にお前の事だって言ってないだろう。それとも思い当たる節でもあるのか?」
「――あう」
図星なのか、耳まで真っ赤にした拗ねた顔でムムムと口ごもる。
「まさか本当にそうだったとはな」
「違います! 違わないですけど、雪が凍ってツルツルしてたんですよ!」
「そうか。俺は踵の高い靴でも履いてたのかと思ってたけどな」
「――なんでそれを?」
拗ねた顔からキョトンと顔へ。まるで百面相だ。純真と言うよりは天然という言葉が合っている。
まあ、そんなだから俺はコイツを放っておけない――否、コイツに惹かれたんだろう。
「靴でも買いに行くか」
「え、嬉しいんですけど……良いんですか?」
怪訝そうでいて、それだけど嬉しさの混じった顔になる。
「ああ。懐が寒い訳じゃないから靴の一足や二足は買える。もっとも、ガラスの靴って訳にもいかないけどな」
「ありがとうございます!」
顔を綻ばせながら腕に抱きついてきた。それだけ嬉しいのだろうが、少しばかり恥ずかしい。
「よせ、マシュウが見てる」
黒猫――マシュウが此方を眠たそうな瞳で見つめている。そして、ニャアと一鳴きしてスタスタと足早に去っていった。
夫婦喧嘩は犬も食わないらしいが、猫はノロケを食わないのだろうか。
「――雪?」
砂糖の様な粉雪がサラサラと空から舞い降りてきた。
2/2
俺は彼女の手を取り急かすように、急ぐように走り出す。着いてくる足音が遅れないスピードで。
彼女の手はほんのりと温もりを帯びていて、冷えきった俺の手を温めてくれる。
俺の冷たい手は彼女にとって不快ではないらしく、ギュッと握り返してきた。
「躓いて転ぶなよ?」
「転ぶ前に、助けて下さいね?」
「ああ、お前のドジは織り込み済みだ」
「――あう」
リンゴーン、リンゴーン。
大聖堂の鐘が響く。舞い降りる粉雪と共に。
寒空の下、フィレンツェの街に。
了。
**White
作:◆NN1orQGDus
お題:「鐘」「冬」
1/2
彼女は、寒さのせいなのか頬を真っ赤にしていた。赤いミトンの手袋をした手に、はあっと吐息を吐きかけてもいる。
白いもやみたいな吐息は、ソフトフォーカスをかけたようにあどけない、だ幼い彼女の輪郭をぼんやりとさせた。
「寒いのかい?」
ずっと小さい位置にある頭に手を置き、撫でる。いきなりの事で驚いたのか、目をぱちくりと、白黒とさせた。
「え……はい、大丈夫です」
石畳に視線を落とし、消え入りそうな小さな声でポツリと答える。
「遠慮はいらないよ。寒かったら寒いと言ってくれた方が、僕は嬉しい」
撫でるのをやめた手を持ち上げると、微かに良い匂いがする。
「香水かい?」
「ちょっとだけ……ですけれど」
ただでさえ小さすぎる彼女が肩をすぼめて更に小さくなる。
「猫背はいただけないな。姿勢はちゃんとしないとね」
丸くなった背中をツンとつつき、首に巻いていたマフラーをほどいて、彼女の首筋にそっとかけ直した。
「寒くないですか?」
「ああ、君よりはね。僕はこう見えても鍛えているんだ」
力こぶを作ってみせると、ツボに入ったのかクスクスと笑みを溢し始める。
「君の悪いところは遠慮がちな所だね。少しはワガママを言ってくれないと、僕が困る」
「そう、ですか?」
「ああ、そうとも」
難しい年頃のせいなのか、彼女は俯いて押し黙ってしまう。足取りは重そうで、トボトボと。顔色は暗く重くて浮かんでいない。
歳の差がありすぎるが悪いのだろうか、彼女は僕に追い付こうと背伸びをする。だけど、その背伸びは彼女の為にも、僕の為にもならない。
気負ってしまうのは仕方ない。でも、僕は彼女の年相応の明るい笑顔が見たい。
「そうだね。プレゼントは何が欲しい? 万華鏡? ヌイグルミ?」
努めて明るく振る舞う僕に、彼女はそっと上目使いの視線を寄越す。
「――話が聞きたいです。昔の、貴方の」
「話しかい? そうだね、この前パスタが美味しい店を見つけたんだ。そこで何か食べながら話そうか」
「はいっ!」
良い返事だね、と頬をつつくと、大聖堂の鐘がリンゴーンと響く。そして、灰色の空から綿みたいな雪が舞ってきた。
彼女はそれを手で受け止めて、嬉しそうに顔を綻ばせる。
赤いミトンに白い雪。儚くあっというまに融けていく。
「何で雪って見上げる時は灰色なのに、下に落ちると白いんですか?」
2/2
「光のせいだね。降る時は自分が影になって黒くなるんだ。下になれば影が無くなって白くなるのさ」
「なんでも知ってるんですね」
「ああ、そうとも」
彼女の幼い笑顔は、僕の冷えきった身体と心をとかしていく。なんだかそれが嬉しくて、彼女に笑みを返すと、訳がわからないのかキョトンとした顔になる。
「そう言えば、日本では鐘に書かれた文字が原因で戦争になったそうだ」
「酷いですね。鐘に罪はないのに」
「いつだって罪を犯すのは悪い大人さ」
「その鐘の音ってどんな音色だったんでしょうか」
「たぶん、綺麗な音色だよ。きっと、ね」
暗く沈んでいきそうな彼女の横顔に、僕は悪戯心を起こして、柔らかそうな頬を、ちょんと摘まんだ。
「え、ええ!? ふえぇ!?」
キャッと悲鳴を上げて慌てふためく彼女が可笑しくて、思わず笑ってしまった。
「そんな、いきなり酷いです!」
ぷくっと頬を膨らませる彼女は年相応の顔を見せてくれる。
「そう、それそれ。そういう反応を見せてくれないとね」
「何でですかっ」
怒気を孕んだ口調に、ごめんと謝まる。「僕はね、自然な君が好きなのさ」
「あう」
彼女は火が着いた様に真っ赤になって黙り込む。
そんな彼女が可愛くて、つい僕は彼女の頭を撫でようとするけど、彼女は手を払ってハッキリと拒否した。
なんで、と良いかけたけど、横目で睨んでくる彼女は僕の腕に腕を絡めてきた。
「子供じゃないですから、こうしてください」
「ああ、そうだったね」
腕を組んだ僕達を、ガラス色の雪が閉ざす様に舞い降りてくる。
リンゴーン、リンゴーン、リンゴーン。
大聖堂の鐘の澄んだ音色は、祝福の鐘だろうか。
嬉しそうな彼女を見ていると、本当にそう思う。
了。
**鐘が鳴るなり
作:◆NN1orQGDus
お題:「鐘」「冬」
牡蠣を食ったら鐘が鳴らずに腹がぎゅるるるると鳴った。どうせ鳴るならと金に成りたかった。
ピーピーと腹を下して十六連打並みの速さでトイレとコタツの間を行ったり来たりだ。
夜通し運行してたら、知らぬ間にトイレで朝を迎えていた。洋式で良かった。本当に良かった。
いや、良くない。水洗トイレだったのは幸いだけど、トイレで眠りこけてしまうのはいかがなものだろうか。
這いつくばって、やっとの思いで電話で119番に助けを求めたら、誰も電話にでんわ。
後で聞いたら救急車をタクシー代わりに使ったオバチャンがいたらしい。その対応に手間取ったそうだ。
世間の風が世知辛い。たたでさえ一人者には寒い季節なのに、吹き付ける風はスペイン風邪みたいに身に染みる。
どうせだったら六甲おろしみたいに熱ければ良いのに。十年前なら凍死する程寒いけど、今ならそれなりに暑苦しい。
兎に角、すったもんだがあって病院に運ばれた。
診断結果はノロウイルスと十二指腸炎がなんたらかんたら。詳しい病名は怖くて聞けなかった。
臆病風に吹かれやすいから正確な病名の告知はしなくて良いと言ったら、医者にゲラゲラ笑われた。
取りあえず入院しないと駄目だとのお達しで、入院する羽目になった。
どうしよう。師走も良いとこそろそろ年末だってのにハメを外す事も出来やしない。
シャバにいたらサンタ狩りやトナカイ鍋だって思いのままの筈に、今の俺はベッドの上でハリー!ハリー! とポタポタ落ちる点滴の滴を見る事だけしか出来ない。
いやだねえ。辛気くさいったらありゃしない。
クリスマスなのに景気が悪いからケーキも食えない。もちろん年越しソバだって食えない。
美人の看護師さんにあんたの側にいたいって言ったら痛い人を見る生温かい視線で見られるわで悲惨散々、鎌倉幕府だって滅亡する。
気付けばゴーン、ゴーンと除夜の鐘が聞こえてくる。
ちくしょうめ、どうせ突くならケチな事言わないで素手で突けってんだ。
鐘なんて柿を食ったら鳴るだけで十分だ。重要文化財なら別の与太話になる訳だけですが。
お後がよろしいようで。
了。
**プレゼント
作:◆NN1orQGDus
お題:「冬」「12」
1/2
テディベアが11人。全部プレゼントとして貰ったものだ。みんな同じテディベアだけど一つ一つ個性がある。
個性だけじゃなくて、密かに名前だってつけたりしている。
たとえば一番右のネルソンはつぶらな瞳がチャームポイントの生真面目さんだけど、左から三番目のイソロクは凛々しい顔の割には悪戯好きでギャンブル狂。
一つ一つに名前と個性を付けてあげれば見ているだけでも楽しい。
アフタヌーンティーを楽しんでいると、コン、コン、コン。控え目なノックが三回、几帳面なリズムでドアが叩かれる。
ベルがあるのだから押せば良いのに、あえてノックをする人は一人しか知らない。
「どうぞ」
ドアの向こうに声をかけると、あまりたてつけのよろしくないドアがぎいっと軋んだ。
「やあ、こんにちは」
グレーコートに白い雪を散らばせながら、綺麗に包装された箱を胸に抱いて彼が入ってきた。
はにかみ顔であるけれど、外は寒かったのか眼鏡が曇っている。
勝手知ったる他人の家とはこの事なのか、彼は荷物をテーブルの上に置いて、スタンドにコートをかける。
「紅茶で良い?」
「いや、これで良いや」
彼は私の対面に座ると、飲みかけの紅茶に口を付けた。何か違和感があるのか、僅かに眉をしかめる。
「ちょっと甘いね」
「私は甘いのが好きなの」
「ふーん、なんだか機嫌悪そうだね」
「いえ、別に?」
機嫌が悪い理由は沢山ある。
お子様みたいな味の好みを指摘されたのが悔しくて、私はプイとソッポを向いた。
窓の向こうに見える街は、ガラス色の雪に閉ざされている。まだクリスマスの四日前、どうせだったらホワイトクリスマスになれば良いのに。
「ああ、そうそう。これ開けてみてよ」
「なに?」
包装を綺麗に剥がし中身をみると、それは予想通り――テディベアだった。
「ヌイグルミをプレゼントされて喜ぶ年じゃないんだけど」
「そうだったかい? それはすまない事したね」
強がってみたけど、やっぱりテディベアは可愛くて、私は衝動的に抱き上げてしまう。柔らかくて温かくて良い気持ち。思わず、うわあと声をあげてしまった。
「喜んでいただいて嬉しいね」
「喜んでません!」
彼の笑顔と図星をつかれたのがあまりにも悔しくて、テディベアを抱きつつ紅茶の残りをぐいっと一息に飲み干した。
2/2
「さっき僕が飲んだけど、良いのかい?」
言葉の意味を妙に勘繰ってしまった私はむせてしまうけれど、耐え難きを耐え忍び難んだり色々堪えて、努めて平静をよそおう。
「大丈夫かい」
優しくされるのがなんだか非常にムカつく。
「ええ、大丈夫ですとも」
「そうかい。それなら安心した」
「心配される筋合いはありません!」
沸き上がる怒りを押さえながら答えるけど、口調がやや早口に、強くなる。
私の言葉が終わらないうちに、彼は窓際に歩み進んだ。窓の向こうは既に暗くなっている。それでも雪は降り続いていて、全てを濃い闇色に染め上げている。
「まあ、安心したよ。君が気落ちしてるっておばさんに聞いたからね」
ええ、そうですとも。
一週間ほど前に誰かさんが綺麗な人を連れているのを見かけた。多分その女の人は恋人で、つまり、私は失恋した。
失恋して気落ちしない女のコはそうざらにはいない筈だ。
それでもその誰かさんの顔を見ると憎らしくとも嬉しくなってしまう私の単純な思考回路が恨めしい。
今日だってクリスマスを前倒しして私にプレゼントを渡しに来て、当日は彼女さんとデートなのだろう。
はっきり言って優しいけれど優しくない。彼の主体性の無さ、八方美人な性格が私の苛立ちを加速させる。
解りきった事だけど、彼にとって私は近所の女の子でしかない。
歳の差という見えないバリアは万里の長城よりも堅くて難攻不落なのだ。
「ねぇ、クリスマスは空いてるかな?」
唐突な言葉に彼方に行っていた思考が此方にぐいっと引き戻された。
「空いているかもしれないし、空いてないかもしれない」
振り向かずにテディベアをぎゅうっと抱き締めた。今の顔はとても酷い顔だろう。とてもじゃないけど彼にこんな顔は見せられない。
「出来れば空けといてくれないかな」
「バカじゃないの? 折角のクリスマスなんだから好きな人と一緒にいれば良いじゃない!」
駄目だ。涙の堰が決壊して、更に感情が暴発した。憎まれ口なんて叩きたくないのに叩いてしまう。
抱き締めたテディベアに顔を埋める事だけしか出来ない。
トン、と肩を叩かれるけど、顔をあげられない。
「うん。だから君といたいんだって言ったら迷惑かい?」
涙でくしゃくしゃな顔は見せられない。だけど涙は悔し涙じゃなくて嬉し涙だ。
テディベアが十二人。みんな嬉しそうに笑ってる。
――勿論、彼も、私も。
了。
**クレヨン
作:◆NN1orQGDus
お題:「鐘」「12」「冬」
子供の頃、クレヨンが好きだった。私は12色しかの物持っていなかったから、24色に憧れていた。
その中でも一番憧れたのは銀のクレヨンだ。キラキラと、ピカピカと光っていて、とても綺麗だった。
あの色で空や雲、海を描けたらさぞかし幸せだろうなぁ、そう思っていた。
12歳の冬、小学6年生の時にバラ売りの物を画用紙と一緒に小遣いで買った。
思うままに描いてみたは良いのだけれど、ネズミ色みたいな雲と水平線は幼心にがっかりして、ちょっとしたトラウマになった。
だけど、今では良い思い出だ。
それでも、銀のクレヨンは短くなってしまったけどとても綺麗で、大事にとっておいてある。
苦くて悲しいけど、甘くて嬉しい、子供の頃の大事な思い出だ。
「なあ、なんでアンタはそんなにパステルが好きなん?」
モダンアートの課題を描いていたら、友達が不思議な顔で、訊ねてきた。私は手を止めて答える。
「んー、好きなんだよね、パステル」
「あー、アンタそんな感じやわ。ペールトーンやね。味で言うとだだ甘やね」
ペールトーン。うすく淡く、女性的な弱さを持ち合わせた優しい色だ。
「そうね、あんたをたとえるとポスカラかなぁ」
「ビビッドやね。鮮やかで目立つからウチにピッタリやわ」
「生きが良すぎて騒々しいけどね」
なにか思うところがあるのか、ほっぺたを膨らませてなんとぉー、と怒りだした。
どうにも仕方がないので頬を挟むように両の人差し指でつつく。
「なにすんのぅっ!」
「うん、なんでだろうね。そこにほっぺがあるからだろうね」
「そんな理由じゃ納得できひんっ!」
「大丈夫。あんたを味にするとケレン味だから」
「ケレン!?」
んが、と唸って愕然として、金魚みたいに口をパクパクと動かす彼女は表情がコロコロと百面相して面白い。
「褒めてるつもりだけどね。私にはあんたみたいな味が出せないし」
「それ、褒めてないやろ!」
キーンコーンカーンコーン。
丁度良いところで終業のチャイムがなる。
先生の課題は次回に持ち越し、との言葉に安心したら、私達二人は後で職員室に来るようにと言われた。
「アンタのせいで怒られるんや」
「いーや、その言葉は熨斗を付けてお返しします」
二人揃って怒られるのも、銀のクレヨンみたいに、きっと後で大事な思い出になるだろう。
――多分、いつまでもキラキラと綺麗に光っているに違いない。
**無題その1
作:創る名無しに見る名無し
お題:「12」「鐘」「冬」
「そんなに回してもチャンネルの数は変わらないぞ」
ボソボソとした声が横合いから聞こえる。
うるさい、そんなの分かってる。
第一、回すってなんだよ。昭和かよ。
年末のある夜、私は兄と二人で居間のコタツに足を突っ込んでいた。
親は二人でどこかに出ていった。家には私たち二人だけが残されている。
見たい番組が無かったのでチャンネルは適当にボタンを押して決めた。
結果、テレビからは青い狸の声が聞こえてくる。
兄は黙々と本を読み続けている。
さきほどの一声がおそらく今夜で初めての発言だ。
快活で明るかった兄。
私に懐かれて、友達の前で苦笑いしていた兄。
毎日遅くに帰って来て、それでもニコニコしていた兄。
その面影はどこにも無い。
きっとテレビのスイッチを切れば、この部屋の中では本当に何の音もしなくなるだろう。
そうしてその後、じっと見つめ続けていたら流石に気になって構ってもらえるかな。
普段家に引きこもって家族とも話そうとしない兄、
最近はその存在を邪魔にしか感じないのに、今は何故かそう考えた。
それほどに私は退屈していたのだろう……私は自分で理屈付けた。
そうしてテレビの電源を切って数十分。
除夜の鐘は鳴り止んだが、結局部屋の中で何か音を出したのは時計の針だけだった。
兄はひたすら本を読んで――一冊読み終えたのに次の本を取り出して――私に話しかけようとはしなかった。
とても寒かった。
部屋の中には暖房が効いている筈なのに、薄っすらと汗をかいているのに、私は真冬のような寒さを感じていた。
**枯れ木
作:◆NN1orQGDus
お題:「冬」「金」――金……だと……?
冬の寒さが骨身に染みる。季節が冬なら景気も冬で、財布の中身は凍死寸前だ。
親の脛をガジガジ齧ってキャッキャウフフと季節外れの人生の春を満喫してるバカップルが腹立たしい。
ついつい奴等のご両親の心労をお察しして欠伸と一緒に涙を流してしまう。
何年かして社会に出て世間の風に吹かれれば、語り合う愛は砂上の楼閣よろしく崩れ果て、金をたかり合うこと請け合いだ。
そもそも愛を語っても一銭にもならない。
別れる時に水を掛けられて、とっておきの吊しのスーツをクリーニングに出す羽目になるから収支的にはマイナスだ。
騙るなら息子を語れ。見知らぬ人に電話して舌先三寸口八丁で誤魔化せば金になる。
その後は八丁堀か鬼平に取っ捕まるかは運次第。捕まって塀の中に入る奴は運がない奴だけだ。
運試しするなら宝くじの方がマシかも知れない。
なけなしの金で夢を買って、当たれば億万長者にだってなれる。夢が破れても金の使い方を妄想する楽しさがある。
間違いなく三百円は当たるからタバコ銭ぐらいにはなるだろう。
値上げされたら素直に諦めよう。諦められない頑固者は四の五の言わずにストをしよう。
二の句にでもはご法度だ。海の向こうでやったら偉大なる将軍様のケツに火が着くガスを吹く。
何にせよ、議事堂前ならいけすかないバカップルの姿はない筈だ。
お後がよろしいようで。
了。
**無題その2
作:創る名無しに見る名無し
お題:「12」「鐘」
「ふふふ、いい感じにカップルを呪っているようだね。四捨五入すると30男」
「余計なお世話だこんちくしょう。それにまだ25才だ! わざわざ四捨五入するな!」
「ふふふ、私は四捨五入すると20だぞ」
「四捨五入しなくても20だろ! お前は!」
一人さびしく粉雪の舞う冬空を歩いていると、唐突に声を掛けられた。
目の前に現れたそいつは、口を笑みの形にして俺を見ている。
あー、くそ! 分かってるよ! クリスマスなんてつぶれちまえなんて思ってるよ!
カップルなんて、しっと団にでも襲われちまえと思ってるよ!
だからって、彼女いない歴=年齢の俺をわざわざ蔑みにくるなよ!
「今日は12月24日。クリスマスイブだというのに相も変わらずお寒い御様子で」
「うるせーなー」
俺の態度を露骨に無視し、そいつは腕を組み、鷹揚に頷く。
「そんな眼光鋭く、世の中を恨んでます、な様子だから彼女の一つもできんのだ」
「そんなことをいっているお前はどーなんだ」
「……」
あ、止まった。
「ま、まあいい。それはともかく、借金の取り立てに来た」
「唐突だな。しかも俺は、借りてねー」
「……」
ゴホンと咳払いし、そいつは再び口を開く。
「将来、私に借金をするかも知れないから、取り立てに来た」
「たかりの間違いじゃねーか。それ」
「そうともいう」
「そこはあっさり認めるのか!」
俺の突っ込みは再び無視。そいつは地図を取り出すと一つの場所を指す。
「ほれ、居酒屋『鐘』、12日に開店したばかりだが評判はなかなかだ」
「……愚痴ぐらい聞けよな」
「くっくっく、交渉成立だな」
――結局、朝まで生愚痴大会が開催された。
最後に除夜の鐘1080回打ち鳴らし大会を開くから強制連行な、と言い残しそいつは去っていた。
後に残るは12円しか入っていない財布のみ。
その財布の中身を見ながら――思う。
まったく……俺と違って見てくれはいいのだから、彼氏の一人くらい作れというのだ、妹よ。
**冬の味覚
作:◆NN1orQGDus
お題:「冬」「12」
1/2
お喋りだとは思っていたけれど、感心した。
まさかカニを食べる時までお喋りが止まらないとは思いもよらなかった。
「ん、食べないの? 美味しいよ。カニミソなんか特にね」
積み上げられる蟹の殻はゆうに12分匹はある。
「食べ過ぎると痛風になるよ?」
「ん、大丈夫。今日はヤケ食いしてるだけだから」
器用に蟹の身をほじくり出しながらパクパクと食べ続ける姿に、見てる私が胸やけしそうだ。味噌汁だけでお腹一杯になってしまう。
「ヤケ食いって、なにかあったの?」
「ん。バイトでさー、サンタやった訳よ。ミニスカサンタ」
「ええ? アンタが!?」
「そうだよ。やりたくなかったけどね」
「だけどあんたがミニスカサンタなんてしんじられないわ。だって色気ないじゃん」
そう。彼女は良く言えばスレンダーだ。出るべきところが出ていない。へこむべきところが出ていないのが救いだろう。
「わかってるよっ! どうせ私は寄せて上げるブラでも寄せて上げれませんよ!」
「無駄な贅肉がついてないだけ良いじゃん」
あの手の矯正ブラでサイズアップ出来ないのはある意味美徳だ。引き締まった身体という事になる。
「でもさぁ、アンタのどこに入るんだろうね、蟹」
「胃の中っしょ」
「そりゃそうだけどさ。感心するわ。蟹食べながら喋るし身体と小さいし」
「小さいは余計だろっ!」
怒りながらも蟹を食べるのをやめない。喋る口と食べる口とで口が二つあるのだろうかと妙な勘繰りをしてしまう。
でも、こんなに食べて大丈夫なのだろうか。
「あんたさぁ、大丈夫?」
「ん、平気平気。食べた分だけ動けば太らないし」
「そっちじゃなくてこっちの方」
人差し指と親指でまるを作る。心配なのはお金の方だ。食べた量が激しく違うのに割り勘だったらたまらない。
「んー、大丈夫。ミニスカサンタのカッコで稼いだから」
「――変なバイトじゃないよね?」
私の心配が解ったのか、やっと蟹を食べる手が止まった。
「ただの客寄せパンダだよ。ビラ撒くだけさ」
「ミニスカサンタは何処行った」
「そんなの知らん」
お腹一杯食べて満足したのか、彼女はお茶を飲んだ。
2/2
「ところで、クリスマスはどうする?」
「ケーキ買ってアンタんちで食う。独り者同士楽しくやろうよ」
「私が男を見つけたらどうする」
「んー、びっくりする」
びっくりとは失敬な。私は彼女を睨み付ける。
「睨まれてもねえ。だってさ、アンタ散々言ってたじゃん。クリスマス前に彼氏探したってろくな男残ってないってさ」
『クリスマスから現実逃避してるやつ?』
二人して同じ事を言ったのでハモッてしまった。そして、お互いに顔を見合わせて笑い出す。
まあ、色気より食い気の彼女に付き合ってばか騒ぎするのもたまには良いのかもしれない。
――ジングルベル、鳴るのは鈴と腹の虫のどっちだろう。
了。
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