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一部まとめのために適当に題名付けました。 センスねぇんだよふざけんなって方は書き換えてやってください。 作者の人、見てましたら自由に付けて(勝手に(ry)をはずしてくださいお願いします #contents() **誕生 作:◆phHQ0dmfn2 「ハッピー・バースデイ」  青年はつぶやいた。  その言葉に、うれしそうな様子はまったくない。それどころか、どこか自嘲的な響きすら こもっている。  小さなアパートの一室、夜だというのに明かりも点けず、ベッドに寝そべる青年。  カーテン越しにわずかに差し込む月明かりが、彼の憂いに満ちた顔を照らす。瞳にたまっ た涙に、その光が反射する。  青年には、親しい友人も恋人もいなかった。家族は早くに無くし、天涯孤独の身。誕生 日だというのに、自分のことを祝ってくれる人間は誰一人としていない。 「恋人なんて、俺には一生縁がないんだろうな……」  半ばあきらめたように、小さくつぶやく。目尻をつたい、涙がこぼれ落ちた。 「そんなことはないわ」  突然、話しかけられた。  驚いて起きあがり声がした方を見ると、部屋の片隅には一人の少女が立っていた。その体 は透き通り、淡い輝きを放っている。 「君は……ゆ、幽霊か?」 「失礼ね、わたし、これでも女神なのよ」  言われてみれば、どこか神々しいオーラのようなものが漂っている。 「あなたの願いを叶えに来たの。恋人がほしいんでしょ? わたしが力になるわ」 「ほ、本当かい?」 「ええ、嘘なんてついても仕方ないわ。さあ、まずはあなたの名前を教えてちょうだい」  言われるままに、青年は自分の名を告げた。だめでもともとだ。  名を聞いた少女は、ポケットから一本のペンを取りだした。七色に輝くそのペンを宙に 走らせる、すると、青年の名前が虹色の文字で浮かび上がった。 「次は相手の名前よ。あなた、好きな人くらいはいるんでしょ?」  青年の頭に一人の女性が浮かぶ、職場の後輩に当たる美しい女性だ。外見ばかりでなく 内面もすばらしい、社内の男性のほとんどが、彼女に夢中だった。青年も例外ではないの だが、どんなに憧れても所詮は高嶺の花、こう思いあきらめきっていた。しかし、もし女 神の力が本物なら……  憧れの彼女の名を告げると、少女は先程と同じ要領で宙に文字を描く。そして青年と彼 女、並んだ二つの名前をハートマークで囲むと、ふっと息をかけ消しさった。 「これで大丈夫、楽しみにしていてね」  にっこりと微笑む少女。次の瞬間、少女の体がまばゆく輝き青年は思わず瞼を閉じる。  目を開けると、少女の姿は消えていた。  次の日、出社した青年は、いつものように淡々と仕事をこなす。昨夜のことは夢だった のだろうと忘れかけていた。代わり映えのない一日が過ぎる。 「先輩、あの……」  仕事が終わり、さあ帰ろうというときに声をかけられた。振り返るとそこには、一人の 女性の姿が。青年が思いを寄せてやまない、後輩の女の子だ。 「ななな、なんだい?」  彼女の方から声をかけてきたことなど、今まで一度もない。緊張のあまり呂律がまわら ず、間抜けな返事をする青年。 「その……もし迷惑でなければ、一緒に食事でも……」  そう言うと恥ずかしそうに頬を染め、潤んだ瞳で青年を見つめる。  これは夢ではないのか、そう思い自分の頬をつねるが、たしかな痛みを感じる。夢ではな いのだ。 「ぼぼ、僕でよければ喜んで」  断る理由など何一つない。頭が真っ白になりながらも、青年は少女のくれた奇跡に感謝 していた。あの子は本物の女神だったのだ。  その日から青年と女の恋が始まり、次第に仲は深まる。やがて二人は結ばれ、ほどなく して二人の間には……  深夜の病院の分娩室。扉の前の廊下にあるソファーに、青年は一人、腰掛けていた。  病室では、小さな新しい命を育もうと妻が必死で戦っている。青年は、誕生の瞬間を今 か今かと祈るように待っていた。 「うまくいったみたいね」  聞き覚えのある声がした。青年の隣に、いつのまにかあの時の少女が座っていた。 「ああ、君のおかげで毎日が幸せさ。ずっとお礼を言いたかったんだ」 「ごめんね、なかなか会いに来られなくて。ここのところ、仕事で忙しかったの」  いたずらっぽく舌を出す少女。 「あなたみたいな人が、今の世の中には大勢いるのよ。だから、わたしが手助けしてあげ ないとだめなの」 「そうかい、恋の女神も大変だね」  何気なく言ったのだが、その一言を聞いた少女は不思議そうな顔をする。 「あら、わたし自分が恋の女神だなんて一言も話してないわよ」 「え? それじゃあ君は一体……」  青年が尋ねると、少女は無邪気な笑顔を浮かべながら答えた。 「わたし、戦争の女神なの。今度、大きな戦争を企画してるんだ。この間の大戦なんて目 じゃないくらい、すごいスケールのものをね。世界中で大勢の犠牲者が出るでしょうね」  少女は嬉しそうに続ける。 「でもそのためには、今よりもっと人口を増やさないとだめ。大勢で派手に殺し合わない と盛り上がらないわ。だから、あなた達も頑張って、たくさん子供をつくってちょうだい ね。そのために、こうしてみんなの恋のお手伝いをして回ってるんですもの」  その時、「おぎゃーおぎゃー」という力強い鳴き声が、廊下いっぱいに響きわたった。  少女はその産声を聞き満足げに頷く。そしてにっこりと青年に笑いかけ、こう告げた。 「ハッピー・バースデイ」 ――了―― **『9に2をかけて8を引いた数(仮題)』 作:◆CkzHE.I5Z. 世界から『2と8を足した数』がなくなって、早9年目。 人々の注目は、来年に世界がなくなるのではないか、という所にあった。 その説を最初に唱えたのがエス氏である。彼の自説はこうだ。 「我々が『5と5を足した数』が認識出来なくなったのは、今から9年前である。以来、原因はいまだ不明のまま。  私はこれを、宇宙全体のパラダイムシフトと考える。  世界のプログラム自体が『6と4を足した数』にエラーを出すようになったのだ」 この説を彼から聞いた人は、間違いなく理解に苦しみながらもこう問う。 「それはつまりこの世界自体が、教えられた事しかこなせない機械的なものだったと、そういう事なのでしょうか?」 「その通り。というより、そうとしか説明できないのだ。  現在の我々は、『7と3を足した数』や『2に5をかけた数』といった方法でその数を示す事が出来る。  だが、直接それを表現する事は出来ない。それはつまり、この世の法則が壊れていると考えるのが妥当だ。  現に、以前は問題なく使えていた公式も、『1と9を足した数』などと書き換えないと使えなくなっている」 「それは、確かにそうかもしれませんけど。でも書き換えれば問題ないのなら、これからも大丈夫なのではないですか?」 「とんでもない事だよ、君。九年前の事をもう忘れたのかね?  たとえば時計だ。機械の偏屈な律儀さゆえに、針が『6に3をかけて8を引いた数』を指した途端、全て壊れてしまったではないか。  あるいは物差しだ。目盛りに数字が振ってあった物は、ことごとく中途で絶ち折れてしまった。目盛のないものは何ともなかったのに!」 「……では、これから世界はどうなるというのでしょう?」 「恐らくは『5に4をかけて2で割った数』年目……つまり来年に、世界は終わってしまうだろう」 エス氏のセンセーショナルな説は、瞬く間に世の話題を席巻した。何しろ、世界の終わりを示されたのだ。 人々は絶望し混乱した。その呷りで自殺や犯罪を犯す者達も急増し、エス氏は世間を騒がせた罪で裁判にかけられる事となった。 裁判には、裁判長・検事・弁護士のほか、時の為政者と陪審員9名も参加した。 「……という事で、被告は怪しげな風説を流布し、善良な市民を恐慌におとしいれた。それに間違いはないかね?」 「意義があります! 私の予測は現況をつぶさに観察して得られた、合理的な推論です。風説などと……」 「静粛に! 発言を認められるまで、被告は黙っているように」 「裁判長!」 もはや、エス氏の弁護が認められることはなかった。 「……わかりました。私はどんな裁きでも受け入れます……。ただし、条件があります!  陪審員ほか検事や裁判長も含め、私を有罪とする者が丁度『3に4をかけて2を引いた数』にならぬ限り、私は自説を覆さない!」 ……果たして。 エス氏の提案は受け入れられたが……有罪票が『7に2をかけて4を引いた数』になることは、決してなかった。 それからも裁判は遅々として進まず。あまりにも埒が明かぬために、為政者の強権により結局エス氏は投獄。処刑される事となった。 その間も、世間では『3と3と4を足した数』によるトラブルが頻出していた。 ある債権者は、幾つかの借用書が読めなくなった為に不渡を出して破産した。 ある虫歯患者は、数合わせのために健康な歯まで抜かねばならなかった。 ある戯作者は、9章より先が書けなくなって自殺未遂をした。 社会生活のあまりの変化に、誰もが世界の終わりを意識せずにいられなかった。 一方エス氏は、牢獄の小さな窓の月明かりを頼りに、宛てもない手紙を書いていた。 「私とて、予測が外れてくれればどんなに良かったか。かの愚説を方々で話したのは、誰かにそれを論理的に否定して欲しかったのだ。  しかし……今思うと、ひとつだけわからない事がある。  私は多くの人に問いかけたのだが、その『1と2と3と4を足した数』番目に話した相手が思い出せない。確かに話したはずなのに。  ……あれは、あの姿なき『6と6を足して2を引いた数』番目の相手こそは――ひょっとしたら、この世界の神だったのかもしれない。  『4と7を足して1を引いた数』こそが、すなわち神そのもので、神はすでにこの世におられないのではないかと、私はそう思うのだ。  ならば我々人間は、今こそ神に代わる数字を、創作しなくてはなるまい。  私はその数を、矮小な我々人間をあらわす『1』と、この世におられぬ神をあらわす『0』とを併せ、『10』と呼ぼうと思う」 そして。 エス氏は磔刑に処された。 しかし、彼の死後に発見されたその手紙こそが、世界を救うこととなったのだ。 その後の話である。 やがて、それまで『8と1と1を足した数』と言われていたその数字は、エス氏の提案通り『10』と呼ばれるようになった。 それを各地に積極的に広めたのは裁判に参加した、裁判長、検事、弁護士、陪審員9名である。 彼ら12人にとっては罪滅ぼしでもあったのだろう。 一部では『10』の字形に、エス氏の磔刑姿を表意文字にして採用する地域もあり、それは遠い異国までも広まった。 世界を救ったエス氏の功績を讃えるための宗教も生まれ、そのシンボルも磔刑がモチーフとなった模様である。 しかしそれも昔の話。今日ではローマ数字や漢数字の『10』などが、僅かにその形跡を残すのみである。 ―了― **真っ黒な作曲(勝手) 作:◆KYxVXVVDTE その少年は作曲が好きだった。 親の携帯に付いていた作曲機能を使って「かさじぞう」を作ったのが始まりで、 作曲の決まりこそ知らなかったものの、見ていたアニメの曲を作ってみたり、 自分で思い付いた旋律を思い思いに鳴らしてみたりと、少年なりに楽しく、音を創る喜びを楽しんでいた。 少年は他にも小説を書いたり、漫画を描いてみたり、ゲームを作ってみたりと、何かに取り憑かれたように創作活動に勤しむ日々を送る。 少年は、創作することが好きだったのだ。 そんな少年も中学三年生の冬ともなると、高校受験に追われることになる。 塾では大量の問題集を解かされ、家では家族の期待と戦いながら、それでも少年は創作に取り憑かれたままだった。 興味を持った物にはとことんのめり込むタイプの彼がその頃嵌っていたのは、とある動画投稿サイト。 クリエイティブな思考を持った者が集まるそのサイトは、少年に取っても魅力的だった。 毎日サイトを開いては、ひたすら動画に目を通す日々。 楽しいな、と思いながらも少年は、このままでは駄目だ、という焦りを感じていた。 大晦日を過ぎ、三学期が始まると、その思いは一層強くなっていった。 いつまでもこうして見ている側に回っていては、きっと受験に落ちてしまうだろう。 ならば多少時間を犠牲にしてでも作る側に回り――ひとつ動画を投稿したところで、キリよく見るのをやめればいいのではないか。 そんな考えが頭に浮かび、片隅に張り付いて離れなくなっていった。 その作戦を実行に移すのに、そう時間はかからなかった。 「ちょっと見辛いかもしれません、と……」 一月の終わり、少年はパソコンの前に座って、投稿者が動画に付けるコメントを打っていた。 少年が選んだ動画の種類は、作曲。小説も漫画もゲームも時間がかかり過ぎ、見映えが良くないといった単純な理由からだった。 投稿確認のページを前にして、少年はゴクリと息をのむ。 即興で作ったにしては、動画は中々いい出来だと思っていた。 どれだけの人が見てくれるだろうか。どれだけの人がコメントをくれるだろうか。 まさかとは思うが、ランキングに載ったらどうしよう。てか、さっきメールで友達に投稿するって言っちゃったし、引き返せねぇよ! 期待、不安、様々な思いが頭の中で踊り狂う。マウスを持つ手が震える。やはり、やめようか。 しかし、ここでやめたら後悔するかもしれない。そんな思いが、少年に勇気を与えた。 「投稿が完了しました」 こうして少年は、動画を初投稿することに成功した。 全く作曲理論を知らず、調がずれている上に不協和音が視聴者の脳を破壊する、ベースも何も考えられていない耳コピ曲を。 次の日から、少年はそのサイトを見ることを一切諦めた。少年の心は豆腐のように脆かったのだった。 中途半端な負けず嫌い精神と極度のショックで勉強にも気が入らず、少年はオカルト板に入り浸るようにすらなった。 幽体離脱を試し、コトリバコを読み、気をまぎらわし続けた。 動画を投稿したことを知らない友達にサイトの話をされるだけで恐怖を覚える日が続いた。 そうして、また幽体離脱を試し、トミノの地獄を目に焼きつけた。 受験が近付いた二月二十二日、体育の時間。 サッカーの試合中に転び手を付いた少年は、左手首の骨を骨折した。 全治一ヶ月。骨には縦にヒビが入っていた。 かくして少年の初投稿は、惨めな結果に終わった。 奮起して、サイトの確認を承諾して、転んで得た結果がこれだった。 甘い考えだったのだ。創作することを道具にして、サイトを断つ引き金にしようとした。 即興で作った物でも受け入れられるだろうとたかをくくって、有頂天になっていた。 完全に、創作することに対して敬意を払うことを忘れていたのだ。 これでは、罰を受けても仕方のないことだろう。 そこから少年は勉強を始め、左手にギプスを填めて受験し、志望校に受かるに至った。 もし「初投稿」をしていなかったらどうなっていたかは、少年にも分からない。 了 **ぼやける十 作:◆S5TAkSTUSE  ある男が紙に大きく十と書いた。  それを見た同僚が何故そんなことをしたのかと男に訊く。  男は、こうして書いた十という文字をじっと見ていると、なんだか十という文字が本当にこれでよかったのかという気になるんだ、と答えた。  同僚は興味を示し、男が壁に貼ったその十を、男と共にその前に座ってジッと眺めることにした。  眺めている内に、目にうつる十の輪郭が曖昧になり、足元が揺らぐような、不思議な感覚に襲われた。  同僚は感心して男に、なるほど、これは面白いと言った。  男は腕を組んでなにやらしかめっ面をしている。  同僚がその理由を訊くと、男はこう答えた。 「いやあな。なんか違うんだ。」 「一体何が違うんだ?」 「俺は普段やっていても、こんな感覚は経験したことがないんだ。」 「そうなのか?」 「ああ、そうなんだ。」  二人はまた十を見た。  十の輪郭はぼやけたままだった。  その時、男が何か考えにぶつかったらしく、ポンと手を叩いた。 「なぁんだ、そういうことか。」 「だからどういうことなんだ?」 「つまりだな。」  男は立ち上がり、壁に貼った十をはがす。 「ここに書いた十がぼやけたってことは、十を書くとぼやけるようになってしまったってことだ。」  同僚は男が何を言い出したのか、理解出来なかった。 「つまり?」 「つまり、僕たちは十を書くとぼやける世界に来てしまったというわけだ。」  そうして男は窓辺へ向かう。  窓の外は、知らない世界だった。 **エリンギマイタケブナシメジ(勝手) 作:◆c3sm6Fefj2      _,,...,_   /_~,,..::: ~"'ヽ  (,,"ヾ  ii /^',)     :i    i"     |(,,゚Д゚)   呼んだ?     |(ノ  |)     |    |     ヽ _ノ      U"U **誕生 作:◆NkmBTQn/5U 盛大なパーティが開かれていた。 スズムシやコオロギがファンファーレのごとく鳴き声をとどろかせ オンブバッタやキリギリスは興奮を抑え切れぬとばかりに跳ねて回っていた。 そして、パーティの主役。 集まった虫たちの中心には、一つの卵があった。真っ白な卵。 とても厚い殻に覆われていて中を覗くことはできない。 その覗くことのできないという状況が パーティ参加者の昆虫たちにとって恐ろしくも、また楽しくもあった。 「まだか。まだ生まれないのか」 しびれを切らしたとばかりにキリギリスは卵に詰め寄った。 「よしなよ。そんなふうにおどかしていつまでも出てこれなかったらどうするんだい」 と言って、コオロギが止めに入った。 「でもさ、このまんま生まれるのを待ってていいのかい? とんでもなく危ないやつが出てくるかもしれないぜ?」 スズムシが言った。 「なに言ってんだ。そんときは逃げりゃいいのさ。オイラみたいにね。ぴょーんとね」 オンブバッタか言った。 そのとき、卵が動いた。みな一様に「おっ」と言って卵の方を見た。 「はじめましてこんにちは」 殻を押しのけ出てきた虫は全身どこも真っ黒で 体はそこそこ大きいが温厚そうな性格ですぐさま逃げる必要はぜんぜんないやと判断し コオロギ、スズムシ、キリギリス、オンブバッタはみな安心。 「君も今日から友達だ」 ある日、みんなの役に立ちたいと新入りは考えた。そこで彼は仲間たちに言った。 「とっておきの楽園を知っている。えさがいっぱいある。春のようにあたたかい」 そんな楽園あるはずないと仲間たちは口をそろえて言った。 しかし彼は旅立った。楽園を下見するために。 一日二日と経っても彼は戻ってこなかった。 彼は民家に忍び込みスリッパで叩き潰されていた。 命からがら彼は民家の庭先まで逃げてきた。 そこで親友のコオロギに再会した。 コオロギはぺしゃんこにされ死にかけたそのゴキブリに声をかけた。 「大丈夫か」 「お礼がしたかっただけなんだ。後悔はしてない。みんなと過ごした時間は忘れない」 そう言ってそのゴキブリは息耐えた。 コオロギはそれからしばらく庭をうろうろした。 そこで、捨てられた鶏の卵の殻を見つけた。 元気なゴキブリも見つけた。 そのゴキブリに声をかけた。 「今夜、向こうの雑木林でパーティをやるんだ。きっと楽しい。 会場の場所を教えるからコイツを被って待っていてくれ」 完 **初めての焼き芋 作:◆svMdfnlanc 私の名はブチという。 白い身体に黒いブチがいくつか付いているからだ。 いかにも安易に名づけられた名前だが、私は気に入っている。 過剰な装飾は嫌いなのでね。 名前なんて、これくらいシンプルなほうが良い。 言い忘れていたが、私は猫だ。 生まれてからずっとこのお寺に住んでいる。 今日はこれからこの寺の和尚に相談事をしに行く予定だ。 何の相談に行くかだって? まあ話せば長くなるが、別に急いでいるわけではないし 特別に教えてあげよう。 昔、私がまだ子猫だった頃の話だ。 丁度今くらいの季節になると、朝晩の冷え込みがだんだん厳しく なってくるだろう?その日も私はお寺の片隅でうずくまりながら、 朝日が昇るのを待っていたのだ。 そんな私の前を一人の人間が通りかかり、丁度私の目の前で 足を止めた。見た感じ、仕事帰りのOLさんといった風貌だった。 髪をアップにまとめ、メガネをかけていたのを覚えている。 彼女は寒そうにしている私を見かねて、手に持っていた紙袋から 何かを取り出し、そっと私に差し出してくれた。それが、私と焼き芋 との最初の出会いだった。その時の焼き芋の暖かさ。今も忘れはしない。 しかし私は猫なので、当然猫舌だ。だからせっかくもらった 焼き芋も、冷めるまで口をつける事ができなかった。あの時程、 己の運命を呪った事は無かった。なぜ私は猫なんかに生まれた のだろうか、と。犬か何かであれば、ほかほかの状態の焼き芋を、 思う存分ほうばれたというのに! だが、私は諦めなかった。どうしても焼きたての焼き芋を食べて みたかったからな。その日から、私の猫舌克服大作戦が始まった。 人様の家に忍び込んで、味噌汁で特訓した事もあった。お寺の 芋煮会に紛れ込み、煮えたぎった芋と戦ったりもした。しかし結局 何の成果も得られず、私自身が猫の中でも指折りの超猫舌である という絶望的な現実を、ただ突きつけられただけだった。 つい昨日の事だ。八方塞な私のところに、一つの噂が届いた。 それは、このお寺の和尚が実は猫と話が出来て、色々な悩みや 相談を聞いてくれるらしいというものだった。私は既に大人になって おり、分別も常識もあった。だからその話をすぐに信用は出来な かったが、とりあえず藁をも掴む気持ちで和尚のところを訪れたのだ。 どうやら和尚は、本当に猫と話をすることが出来るようだった。 その日は先客の猫に何やら相談事を持ちかけられているみたい だったので、私は遠くからその様子を伺っていた。 そんな私を見つけた和尚は、今日は予約が入ってるから明日 また来るがいい、と言って手を振ってくれた。何とも優しいお人だ。 そういう訳で、私は今から和尚の所に相談事をしに行くのだ。 人間に頼るのはしゃくだが、贅沢は言ってられないしな。 お、噂をすれば和尚ではないか。今から伺おうと思っていた ところだ。なに?何の相談かと?実はな、かくかくしかじかと いう訳で焼きたての焼き芋を食べてみたいのだ。どうにかならん かのう。 なに?一つ方法があるだと?してそれは一体どの様な…… ふむふむ、なるほど、和尚の身体に私の魂を乗り移らせて、 和尚の身体で焼き芋を食べるとな。そんなことが出来るとは、 さすがは頼りになるのう。では早速お願いしたいのだが宜しいか? なに?儀式の準備が色々必要だから、もう暫くしてから縁側の ほうまで来て欲しいとな?うむ、了解した。 ……。 そろそろ頃合いか。それでは縁側へ行くとしようか。 ……おお!これは凄い!儀式に必要な飾りが一面に施されている! しかも既に焚き火が炊かれて芋のスタンバイまで完了しているとは、 さすが和尚。只者ではないな。お、丁度儀式が始まるようだ。 「ハーミャーハーミャーナモアヴィダヴォー」 「ハーミャーハーミャーナモアヴィダヴォー」 「ハーミャーハーミャーナモアヴィダヴォー」 何を言っているのか全く分からんが、きっと凄いありがたいお経か 何かなのだろう。猫と話せるくらいだからな。神通力のようなものを 持っていても不思議ではない。 「ハーミャーハーミャーナモアヴィダヴォー」 「ハーミャーハーミャーナモアヴィダヴォー」 「ハーミャーハーミャーナモアヴィダヴォー」 うむむ、何という真剣な表情!汗の量も半端ではない。これは、 相当高度な儀式を執り行っているのだろうか。私のようなただの 野良猫にここまでしてくれるとは、なんともありがたいことよ。 「ハーミャーハーミャーナモアヴィダヴォー」 「ハーミャーハーミャーナモアヴィダヴォー!」 「ハーミャーハーミャーナモアヴィダヴォー!!」 「モッケモケピー!!!」 おお!和尚の坊主頭が金色に輝き始めおった!なに?この頭に 私の額をくっつけろだと?了解した。私の額は猫の中でも ずば抜けて狭いので非常に難しいが、何とかやってみよう。 どうだ?これでいいか? おお、おおおぉ~!坊主頭に吸い込まれる! どうなっているのだ、あああぁぁぁ~……。 はっ!私は一体どうなって……。 ってこれは和尚の身体ではないか!ということは、あの儀式は 成功したという事か。素晴らしい!さすがは和尚じゃ!ありがとう! よし、では早速焼き芋を頂くとしようか。どれどれ……、ほほう、 これなど丁度良く焼けておる。ガサゴソガサゴソ。 おお!何という芳しい香り。 香ばしさと甘さの中に気品すら感じられる。そしてこの湯気の 暖かさはどうだ!食べる前から身も心もほかほかになるではないか! ではそろそろ被りつくとしようか。こうやって半分に割って……。 ここの一番ホクホクでおいしそうな所を……カプ。 っ あっ あっっ あっっっっっっっっっっっっっちぃぃいいいっっっっっっっっっ!!! 和尚……アンタ……もしかして猫舌……。 <おしまい> **小さな 作:◆t7o38J.FFo 息子が最近、ちいさい秋を見つけたちいさい秋を見つけたと可愛いけど煩い。好奇心旺盛な歳なのは分かるけど。 一応それなりに言葉が分かる歳の為、少し意地悪な質問をしてみた。 「お前の言う秋ってのは、どんなものなんだ?」 すると息子は首を横に振って答えた。 「ものと言うか……。でも秋なの。上手く言えないけど」 すると息子は、私を引っ張って付いてくるようせがんで来た。私はやれやれと溜息をついて、息子と共に外に出る。 息子の歩く速度が意外に早く、私は息を微かに荒げながら必死について行く。 「一体何処に行くんだ?」 そう聞くと、息子は立ち止まり、こう言った。 「もうすぐ。この近くにあるよ、秋が」 どこまで歩いたのだろうか、気づけば私達は紅葉が美しい山の中を歩いていた。 辺りを舞う紅葉の葉が、歩いている私達の間を縫う様にハラハラと落ちていく。 そういえば息子とこうして歩くのは何時頃だっただろうか。色々と忙しかったせいで全く構ってられなかったから懐かしい。 ふっと、息子が立ち止まりキョロキョロすると、だっと横の木々の間へと方向転換して走り出した。 「お、おい!」 私は無我夢中で息子の後を追いかけた。ませてはいるがまだまだ子供だ。あのままにしては危ない。 だが息子は結構駆け足が早く、私は彼の姿を見失ってしまった。非常にまずい。 私は息子の名を大声で呼びながら辺りを歩き回った。そろそろ日が暮れてしまう。 探し始めてから彼是1時間以上は経っただろうか、本気で心配になってくる。 その時、大声で息子が私の名を呼ぶのが聞こえた。私はその声のする方へと走り出した。 もしかしたら怪我でもしたのかもしれない。自然と動悸が早くなる。 しばらく走ると、しゃがんでいる息子の姿が見えた。急いで駆け寄り、声を掛けた。 だが息子は私に気づいていないようだ。何かを一心に見つめている。 怪我はしていないようで安心したが、何を見ているのだろうか……私はそっと、息子の背後に近寄り、目線を下げた。 そこには確かに小さい秋があった。いや…… 秋というより、あきだ。うむむ? あきと首に名札を付けられた……子猫だ。 私達と同じく、捨てられた野良猫らしい。こんな所に自力で来れたとは思えん。全く…… この子を連れて帰れば、また飼い主さんに迷惑を掛けてしまう。けど、息子の潤んだ目を見ると…… 私は無言のまま、そのあきという名の子猫の首輪を咥えた。やはりというか軽い。 このまま家に帰ろう……飼い主さんが認めてくれるかは、また別々の話だ。所で…… 「お前、この子の名前はもう決めてるのか?」 「うん。僕の名前がフーユだから、アキが良いな」 **百四拾年目の秋 作:◆CkzHE.I5Z. わたくしは鋏である。銘はあるのだが、はさみさんを通称としている。 明治の生れだ。変化する時代の流れの中、仕事を失った老刀工がなんとなーく作った物であるという事だけは記憶している。 ただ彼の掌に載せられた時何だかずっしりした感じがあったばかりである。 商店街のうらぶれた一角、今日も今日とて閑古鳥を御礼する古道具店の片隅にて。 日課である脚部の刃を手入れしていると、 「ところで、はさみさんは女の子なの?」 ここの店主の孫娘である万里絵君が話しかけてきた。 因みに万里絵君は小学五年生の少女である。 本来女性の年齢を明確に示すのは刀剣の道に反するのだが……このくらいは是非もあるまい。 脚に丁子油を塗りながら、わたくしは誤魔化すことにした。 「それは面白い問答だ。無機物に男女の別有りや否や」 「もう、難しいこと言って誤魔化さないでよ」 お見通しであった様だ。聡いお嬢さんである。 「然しそうは云われてもだね。わたくしにも判じかねるのだよ」 これは本当だ。 『何某丸』等という刀が多い様に、本来刀剣は男の性を持つものだ。フロイト氏の説を持ち出すまでもなく自明である。 然し。 「見た目は女の子だよね。はさみさんって」 ……子供の瞳というものは、誠に正直なのである……残酷な程に。 脚を十分に拭い終えたわたくしは、二枚の刃を閉じて万里絵君の側を向いた。 「……自分としては、全うな武士である心算なのだがね」 「じゃ、男の子って事?」 「…………」 然り、と云えない己がもどかしい。 その時背後から嬌声がした。 「ふぉふぉふぉ。万里絵よ、あまり鋏めを苛めてやるな」 「あ、御祖母ちゃん。お帰りなさい」 「……お帰りなさいませ、婆殿」 「ただいま。留守番ご苦労だったねぇ」 この店の主殿の御帰城である。 「今日もお客さん来なかったよ」 「それは結構」 「婆殿……商売は良いのですか?」 この店はどうなっているのだろう。 婆殿とは云うが小学生の孫を持つ程度の女性だ。人生五十年の昔ならいざ知らず、現代では働き盛りと呼ばれる御歳だろう。 それにしたって同年代の女性と比べても遥かに若いのだが。何でも老人の様な口調は商売用であるらしい。 わたくしもこの店の売り物である以上、店主殿には敬意を払っているのだが……。 「鋏めは己が可愛らしい少女の姿であるのが、あまり気に入ってはおらぬようだのう」 「……婆殿それは」 「え~? お洋服とかだってこんなに可愛いのに?」 「そうそう。可愛いのにのう?」 「上はぴしっと決まってて、下はスカートみたいなのがひらひらっとして」 「お洒落には気を使うあたり、やっぱり女の子だのう」 ……少々意地の悪いのは切に勘弁戴きたい。孫が感化され過ぎぬ事を祈るばかりだ。 「……これは燕尾服だ、万里絵君」 わたくしにはそう返す事しか出来なかった。 「まぁ鋏めを苛めるのはこのくらいにして……」 「え? 苛めてたの?」 「万里絵君……無邪気さは時に罪だよ」 万里絵君が「え~?」と抗議する様に驚いて、婆殿は「ふぉふぉふぉ」とまた笑った。 婆殿は万里絵君が来ているといつも機嫌が良いのである。 「鋏は一対の刃からなる。つまり陰陽和合ともいえるのう。  であれば、服装と心とが男の――もののふの性である以上、身体が娘であるのは、一つの調和といえるのではないのかえ?」 「そうなの? はさみさん」 「……その通りですね」 そう云う考え方もあったか。そう腑に落ちる物がある。 このちぐはぐな自分の身体に違和感を覚えた事もあったのだが。 「さすが御祖母ちゃんだね」 「……婆殿には、いつも教えられる事ばかりです」 「ふぉふぉ、明治生れとはいえ小娘が何を言うか。  ……さて。わしはずっと外に出ていたので、喉が渇いたのじゃが?」 「あ、私お茶を淹れて来るね」 「焼芋もあるから切っとくれ」 「はーい」 万里絵君は元気に店の奥へと消える。 わたくしと婆殿は黙ってそれを見送っていたのだが。暫くして婆殿が口を開いた。 「……孫が手入れを止めてしまって、すまなんだのう」 わたくしは驚く。 「いえ……お見通しだったのですか?」 「ふぉふぉ、刃にまだ少し油が付いておるでな。  あの子を構ってやる為に、ずっと鋏の刃を閉じておったのじゃろう? お前の切れ味は天下一品じゃからな」 「……いえ」 全く。 婆殿には敵わない。 「しかし……お前もそういう所は忠義じゃのう、鋏よ」 「……はい。  わたくし、心はもののふですから」  ―――――― 炉の灰の中、燃え残りの炭は仄かに赤く、時たま小さな音が弾け響く。 小屋を包み込んでいた熱気は、秋の夜風に吹かれて、今はもうない。 所々に古い火傷を滲ませる、錆色の腕をした老人が一人。 皺だらけのその掌には、小さな鉄の工芸品を乗せ。 老刀工は、静かに語りかけるように。 それはわたくしの最古の記憶。 「何それとなく、斯様な物を作っては見たが」 ――はい。 「うっかり両刃にしてしまった。刀の時の癖であるな」 ――何と……矢張りうっかりで御座いましたか……。 「然し。物が斬れるのであれば、其れで善しである。莫迦と何とかは遣い様とも云う」 ――嗚呼。わたくし、その言葉だけは聞きとう御座いませんでした……。 「……時代は。天下は、武士の物から遷り変ろうとしておる。  刀の時代が終わったのか……或いは、町民が武器を持つ世に為ったのだと、只それだけなのかもしれん。  武士の家が絶えたとしても、まだ暫く世は戦に乱れるであろう。それが人の常だからだ」 ――それは……そうなのかも知れません。 「刀だけを鍛えて来た。先代、先々代、更に遥か以前からだ。  終りは必ず在る。恐らくは……拙の代でそれが来ただけなのであろう」 ――はい……。 「先頃布告されたばかりの、この国の新しい元号は『明治』であるそうだ。  明かに治む。その名の通りの時代になる事を、わしは切に願う」 ――はい……わたくしも、それを心に刻もうと存じます。 「……鋏よ。  お前は拙の鍛え上げた、最初の鋏にして……最後の刀だ。  老い先短い拙の代りに、この国の行末をどうか見続けて欲しい」 ――……はい、お任せ下さい。。   わたくしは、貴方に産み出された事を、誇りに思います。   お疲れ様でした、父上。 **子供の国 作:◆cnhIMeWufo  10歳の誕生日に死ぬ。ここは子供の国。大人は存在してはならない。 子供でいるのが幸せなんだ。大人は汚く疲れ果て、醜い動物だった。 世界から大人を皆殺しにしてできた国。それがここ、子供の国。  トエムは明日、十歳の誕生日を迎える。殺される。もう、トエムの人生は終わりだ。 十年生きた。満足な人生だろう。子供が子供のために働き、あとはロボットが世話をしてくれる子供の国。 十歳になったら死ぬ。それが子供の国。新しい子供はどこかで人工子宮によって人工培養されているはず。  ばんっ。一人。トエムの銃が子供を殺す。生き残る。トエムは誕生日に殺されたりはしない。 「明日を生きのびてやる」  トエムが子供を殺す。子供の国の反逆者だ。時々、トエムのような子供の国の理念のわからない反逆者が出る。 子供の兵隊で手に負えなければ、ロボットが出てくる。絶対に誰も勝てるわけがない。 十歳の誕生日を迎えた子供はいまだかつて存在しない。 「トエム、降参するんだ。きみに勝ち目はない。十年間、自由に遊んでいられたじゃないか。その恩を返す時が来たんだ」 「いやだあ。死にたくないよ。昔は十歳を超えても生きていられたんだろ」 「歴史を勉強しちゃったんだね、トエム。可哀想だけど、それは堕落への道だよ」  明日の誕生日に、アヤちゃんと抱き合う約束をしたんだ。死にたくない。  ロボットがマシンガンを撃つ。トエムの銃が迎え撃つ。血が飛び、思いが儚く消えた。  今日も反逆者が愚かな犠牲となって朽ち果てた。 「ハッピバースデイ、トエム」  反逆者の死体をアヤが抱きしめていた。                               了 **ぽんぽこ山のタヌキ 作:◆qG5Uj1x8xc 昔々、ぽんぽこ山というところにタヌキがたくさん住んどったそうな。 お調子者のタヌキ達は毎日を面白おかしく生きておったのじゃが、 そんなある日の事。 一際大きな身体をした親分タヌキが、突然 「マツタケが食いたい」 と言い出しおった。さっそくタヌキ達は手分けしてマツタケを 探しに行こうとしたのじゃが、親分が 「ちょっと待てい!」 と皆を呼び止めたのじゃ。 「お前ら、マツタケやからっちゅうてくだらんシモネタに走るなよ!」 何匹かのタヌキがびくりと肩をすくめ、股間に伸ばそうとしていた手を さっと隠しおった。 「お前らみたいなアホをシバくために、この山におもっくそ呪いかけたった! シモネタに走った奴は全員信楽焼きにされてまう呪いじゃボケ! お前ら全員まじめに探せよドアホウどもが!」 数日後、ふもとの村人がぽんぽこ山に登った時のことじゃ。 山には溢れんばかりのタヌキの置物が、所狭しと並べられておったそうな。 全部信楽焼きじゃ。 中でも一際大きなタヌキの置物が、山の頂上に置かれとった。 その顔には、えもいわれぬ満面の笑みが浮かんでおったそうな。 めでたしめでたし。 **或る暮れ方 作:◆LV2BMtMVK6 「ふむう……御前さんいつもそうして裏庭を眺めているが、この庭が好きなのかい?」 「わたくしはこうして静かに座つてゐるのが好きなのです。今日はお客様はいらつしやいましたか」 「今日は信楽焼の狸をひとつ、持ってきた人がいたよ。ほら、いつも花を持っていらっしゃる」 「ええ、それで狸は如何でした」 「何やら本物のような気色だったよ。今は表に出してある」 「そうですか。ちよいと見てみませう」 「それから、あの糸車は売ったよ」 「お向いのあの書生ですか。」 「そうさな、魚をもらってしもうた。今夜戴こうか」 「立つ派な鮟鱇ではありませんか」 「捌いておくれでないか」 「お水と小出刃をお願がいします」 「おお、鯵切しかないが。水は庭で汲んでおいで」 「御茶も淹れて参りますから、そこでゆつくりしておいでください」 縁側に佇む老婆。庭の井戸の際に、柄杓を持ち鮟鱇を掛ける姿があった。 冷たい風に木の葉が揺れ、燕尾服の裾は微かに翻った。 冬が来る。        (了) -----
一部まとめのために適当に題名付けました。 センスねぇんだよふざけんなって方は書き換えてやってください。 作者の人、見てましたら自由に付けて(勝手に(ry)をはずしてくださいお願いします #contents() **誕生 作:◆phHQ0dmfn2 「ハッピー・バースデイ」  青年はつぶやいた。  その言葉に、うれしそうな様子はまったくない。それどころか、どこか自嘲的な響きすら こもっている。  小さなアパートの一室、夜だというのに明かりも点けず、ベッドに寝そべる青年。  カーテン越しにわずかに差し込む月明かりが、彼の憂いに満ちた顔を照らす。瞳にたまっ た涙に、その光が反射する。  青年には、親しい友人も恋人もいなかった。家族は早くに無くし、天涯孤独の身。誕生 日だというのに、自分のことを祝ってくれる人間は誰一人としていない。 「恋人なんて、俺には一生縁がないんだろうな……」  半ばあきらめたように、小さくつぶやく。目尻をつたい、涙がこぼれ落ちた。 「そんなことはないわ」  突然、話しかけられた。  驚いて起きあがり声がした方を見ると、部屋の片隅には一人の少女が立っていた。その体 は透き通り、淡い輝きを放っている。 「君は……ゆ、幽霊か?」 「失礼ね、わたし、これでも女神なのよ」  言われてみれば、どこか神々しいオーラのようなものが漂っている。 「あなたの願いを叶えに来たの。恋人がほしいんでしょ? わたしが力になるわ」 「ほ、本当かい?」 「ええ、嘘なんてついても仕方ないわ。さあ、まずはあなたの名前を教えてちょうだい」  言われるままに、青年は自分の名を告げた。だめでもともとだ。  名を聞いた少女は、ポケットから一本のペンを取りだした。七色に輝くそのペンを宙に 走らせる、すると、青年の名前が虹色の文字で浮かび上がった。 「次は相手の名前よ。あなた、好きな人くらいはいるんでしょ?」  青年の頭に一人の女性が浮かぶ、職場の後輩に当たる美しい女性だ。外見ばかりでなく 内面もすばらしい、社内の男性のほとんどが、彼女に夢中だった。青年も例外ではないの だが、どんなに憧れても所詮は高嶺の花、こう思いあきらめきっていた。しかし、もし女 神の力が本物なら……  憧れの彼女の名を告げると、少女は先程と同じ要領で宙に文字を描く。そして青年と彼 女、並んだ二つの名前をハートマークで囲むと、ふっと息をかけ消しさった。 「これで大丈夫、楽しみにしていてね」  にっこりと微笑む少女。次の瞬間、少女の体がまばゆく輝き青年は思わず瞼を閉じる。  目を開けると、少女の姿は消えていた。  次の日、出社した青年は、いつものように淡々と仕事をこなす。昨夜のことは夢だった のだろうと忘れかけていた。代わり映えのない一日が過ぎる。 「先輩、あの……」  仕事が終わり、さあ帰ろうというときに声をかけられた。振り返るとそこには、一人の 女性の姿が。青年が思いを寄せてやまない、後輩の女の子だ。 「ななな、なんだい?」  彼女の方から声をかけてきたことなど、今まで一度もない。緊張のあまり呂律がまわら ず、間抜けな返事をする青年。 「その……もし迷惑でなければ、一緒に食事でも……」  そう言うと恥ずかしそうに頬を染め、潤んだ瞳で青年を見つめる。  これは夢ではないのか、そう思い自分の頬をつねるが、たしかな痛みを感じる。夢ではな いのだ。 「ぼぼ、僕でよければ喜んで」  断る理由など何一つない。頭が真っ白になりながらも、青年は少女のくれた奇跡に感謝 していた。あの子は本物の女神だったのだ。  その日から青年と女の恋が始まり、次第に仲は深まる。やがて二人は結ばれ、ほどなく して二人の間には……  深夜の病院の分娩室。扉の前の廊下にあるソファーに、青年は一人、腰掛けていた。  病室では、小さな新しい命を育もうと妻が必死で戦っている。青年は、誕生の瞬間を今 か今かと祈るように待っていた。 「うまくいったみたいね」  聞き覚えのある声がした。青年の隣に、いつのまにかあの時の少女が座っていた。 「ああ、君のおかげで毎日が幸せさ。ずっとお礼を言いたかったんだ」 「ごめんね、なかなか会いに来られなくて。ここのところ、仕事で忙しかったの」  いたずらっぽく舌を出す少女。 「あなたみたいな人が、今の世の中には大勢いるのよ。だから、わたしが手助けしてあげ ないとだめなの」 「そうかい、恋の女神も大変だね」  何気なく言ったのだが、その一言を聞いた少女は不思議そうな顔をする。 「あら、わたし自分が恋の女神だなんて一言も話してないわよ」 「え? それじゃあ君は一体……」  青年が尋ねると、少女は無邪気な笑顔を浮かべながら答えた。 「わたし、戦争の女神なの。今度、大きな戦争を企画してるんだ。この間の大戦なんて目 じゃないくらい、すごいスケールのものをね。世界中で大勢の犠牲者が出るでしょうね」  少女は嬉しそうに続ける。 「でもそのためには、今よりもっと人口を増やさないとだめ。大勢で派手に殺し合わない と盛り上がらないわ。だから、あなた達も頑張って、たくさん子供をつくってちょうだい ね。そのために、こうしてみんなの恋のお手伝いをして回ってるんですもの」  その時、「おぎゃーおぎゃー」という力強い鳴き声が、廊下いっぱいに響きわたった。  少女はその産声を聞き満足げに頷く。そしてにっこりと青年に笑いかけ、こう告げた。 「ハッピー・バースデイ」 ――了―― **『9に2をかけて8を引いた数(仮題)』 作:◆CkzHE.I5Z. 世界から『2と8を足した数』がなくなって、早9年目。 人々の注目は、来年に世界がなくなるのではないか、という所にあった。 その説を最初に唱えたのがエス氏である。彼の自説はこうだ。 「我々が『5と5を足した数』が認識出来なくなったのは、今から9年前である。以来、原因はいまだ不明のまま。  私はこれを、宇宙全体のパラダイムシフトと考える。  世界のプログラム自体が『6と4を足した数』にエラーを出すようになったのだ」 この説を彼から聞いた人は、間違いなく理解に苦しみながらもこう問う。 「それはつまりこの世界自体が、教えられた事しかこなせない機械的なものだったと、そういう事なのでしょうか?」 「その通り。というより、そうとしか説明できないのだ。  現在の我々は、『7と3を足した数』や『2に5をかけた数』といった方法でその数を示す事が出来る。  だが、直接それを表現する事は出来ない。それはつまり、この世の法則が壊れていると考えるのが妥当だ。  現に、以前は問題なく使えていた公式も、『1と9を足した数』などと書き換えないと使えなくなっている」 「それは、確かにそうかもしれませんけど。でも書き換えれば問題ないのなら、これからも大丈夫なのではないですか?」 「とんでもない事だよ、君。九年前の事をもう忘れたのかね?  たとえば時計だ。機械の偏屈な律儀さゆえに、針が『6に3をかけて8を引いた数』を指した途端、全て壊れてしまったではないか。  あるいは物差しだ。目盛りに数字が振ってあった物は、ことごとく中途で絶ち折れてしまった。目盛のないものは何ともなかったのに!」 「……では、これから世界はどうなるというのでしょう?」 「恐らくは『5に4をかけて2で割った数』年目……つまり来年に、世界は終わってしまうだろう」 エス氏のセンセーショナルな説は、瞬く間に世の話題を席巻した。何しろ、世界の終わりを示されたのだ。 人々は絶望し混乱した。その呷りで自殺や犯罪を犯す者達も急増し、エス氏は世間を騒がせた罪で裁判にかけられる事となった。 裁判には、裁判長・検事・弁護士のほか、時の為政者と陪審員9名も参加した。 「……という事で、被告は怪しげな風説を流布し、善良な市民を恐慌におとしいれた。それに間違いはないかね?」 「意義があります! 私の予測は現況をつぶさに観察して得られた、合理的な推論です。風説などと……」 「静粛に! 発言を認められるまで、被告は黙っているように」 「裁判長!」 もはや、エス氏の弁護が認められることはなかった。 「……わかりました。私はどんな裁きでも受け入れます……。ただし、条件があります!  陪審員ほか検事や裁判長も含め、私を有罪とする者が丁度『3に4をかけて2を引いた数』にならぬ限り、私は自説を覆さない!」 ……果たして。 エス氏の提案は受け入れられたが……有罪票が『7に2をかけて4を引いた数』になることは、決してなかった。 それからも裁判は遅々として進まず。あまりにも埒が明かぬために、為政者の強権により結局エス氏は投獄。処刑される事となった。 その間も、世間では『3と3と4を足した数』によるトラブルが頻出していた。 ある債権者は、幾つかの借用書が読めなくなった為に不渡を出して破産した。 ある虫歯患者は、数合わせのために健康な歯まで抜かねばならなかった。 ある戯作者は、9章より先が書けなくなって自殺未遂をした。 社会生活のあまりの変化に、誰もが世界の終わりを意識せずにいられなかった。 一方エス氏は、牢獄の小さな窓の月明かりを頼りに、宛てもない手紙を書いていた。 「私とて、予測が外れてくれればどんなに良かったか。かの愚説を方々で話したのは、誰かにそれを論理的に否定して欲しかったのだ。  しかし……今思うと、ひとつだけわからない事がある。  私は多くの人に問いかけたのだが、その『1と2と3と4を足した数』番目に話した相手が思い出せない。確かに話したはずなのに。  ……あれは、あの姿なき『6と6を足して2を引いた数』番目の相手こそは――ひょっとしたら、この世界の神だったのかもしれない。  『4と7を足して1を引いた数』こそが、すなわち神そのもので、神はすでにこの世におられないのではないかと、私はそう思うのだ。  ならば我々人間は、今こそ神に代わる数字を、創作しなくてはなるまい。  私はその数を、矮小な我々人間をあらわす『1』と、この世におられぬ神をあらわす『0』とを併せ、『10』と呼ぼうと思う」 そして。 エス氏は磔刑に処された。 しかし、彼の死後に発見されたその手紙こそが、世界を救うこととなったのだ。 その後の話である。 やがて、それまで『8と1と1を足した数』と言われていたその数字は、エス氏の提案通り『10』と呼ばれるようになった。 それを各地に積極的に広めたのは裁判に参加した、裁判長、検事、弁護士、陪審員9名である。 彼ら12人にとっては罪滅ぼしでもあったのだろう。 一部では『10』の字形に、エス氏の磔刑姿を表意文字にして採用する地域もあり、それは遠い異国までも広まった。 世界を救ったエス氏の功績を讃えるための宗教も生まれ、そのシンボルも磔刑がモチーフとなった模様である。 しかしそれも昔の話。今日ではローマ数字や漢数字の『10』などが、僅かにその形跡を残すのみである。 ―了― **真っ黒な作曲(勝手) 作:◆KYxVXVVDTE その少年は作曲が好きだった。 親の携帯に付いていた作曲機能を使って「かさじぞう」を作ったのが始まりで、 作曲の決まりこそ知らなかったものの、見ていたアニメの曲を作ってみたり、 自分で思い付いた旋律を思い思いに鳴らしてみたりと、少年なりに楽しく、音を創る喜びを楽しんでいた。 少年は他にも小説を書いたり、漫画を描いてみたり、ゲームを作ってみたりと、何かに取り憑かれたように創作活動に勤しむ日々を送る。 少年は、創作することが好きだったのだ。 そんな少年も中学三年生の冬ともなると、高校受験に追われることになる。 塾では大量の問題集を解かされ、家では家族の期待と戦いながら、それでも少年は創作に取り憑かれたままだった。 興味を持った物にはとことんのめり込むタイプの彼がその頃嵌っていたのは、とある動画投稿サイト。 クリエイティブな思考を持った者が集まるそのサイトは、少年に取っても魅力的だった。 毎日サイトを開いては、ひたすら動画に目を通す日々。 楽しいな、と思いながらも少年は、このままでは駄目だ、という焦りを感じていた。 大晦日を過ぎ、三学期が始まると、その思いは一層強くなっていった。 いつまでもこうして見ている側に回っていては、きっと受験に落ちてしまうだろう。 ならば多少時間を犠牲にしてでも作る側に回り――ひとつ動画を投稿したところで、キリよく見るのをやめればいいのではないか。 そんな考えが頭に浮かび、片隅に張り付いて離れなくなっていった。 その作戦を実行に移すのに、そう時間はかからなかった。 「ちょっと見辛いかもしれません、と……」 一月の終わり、少年はパソコンの前に座って、投稿者が動画に付けるコメントを打っていた。 少年が選んだ動画の種類は、作曲。小説も漫画もゲームも時間がかかり過ぎ、見映えが良くないといった単純な理由からだった。 投稿確認のページを前にして、少年はゴクリと息をのむ。 即興で作ったにしては、動画は中々いい出来だと思っていた。 どれだけの人が見てくれるだろうか。どれだけの人がコメントをくれるだろうか。 まさかとは思うが、ランキングに載ったらどうしよう。てか、さっきメールで友達に投稿するって言っちゃったし、引き返せねぇよ! 期待、不安、様々な思いが頭の中で踊り狂う。マウスを持つ手が震える。やはり、やめようか。 しかし、ここでやめたら後悔するかもしれない。そんな思いが、少年に勇気を与えた。 「投稿が完了しました」 こうして少年は、動画を初投稿することに成功した。 全く作曲理論を知らず、調がずれている上に不協和音が視聴者の脳を破壊する、ベースも何も考えられていない耳コピ曲を。 次の日から、少年はそのサイトを見ることを一切諦めた。少年の心は豆腐のように脆かったのだった。 中途半端な負けず嫌い精神と極度のショックで勉強にも気が入らず、少年はオカルト板に入り浸るようにすらなった。 幽体離脱を試し、コトリバコを読み、気をまぎらわし続けた。 動画を投稿したことを知らない友達にサイトの話をされるだけで恐怖を覚える日が続いた。 そうして、また幽体離脱を試し、トミノの地獄を目に焼きつけた。 受験が近付いた二月二十二日、体育の時間。 サッカーの試合中に転び手を付いた少年は、左手首の骨を骨折した。 全治一ヶ月。骨には縦にヒビが入っていた。 かくして少年の初投稿は、惨めな結果に終わった。 奮起して、サイトの確認を承諾して、転んで得た結果がこれだった。 甘い考えだったのだ。創作することを道具にして、サイトを断つ引き金にしようとした。 即興で作った物でも受け入れられるだろうとたかをくくって、有頂天になっていた。 完全に、創作することに対して敬意を払うことを忘れていたのだ。 これでは、罰を受けても仕方のないことだろう。 そこから少年は勉強を始め、左手にギプスを填めて受験し、志望校に受かるに至った。 もし「初投稿」をしていなかったらどうなっていたかは、少年にも分からない。 了 **ぼやける十 作:◆S5TAkSTUSE  ある男が紙に大きく十と書いた。  それを見た同僚が何故そんなことをしたのかと男に訊く。  男は、こうして書いた十という文字をじっと見ていると、なんだか十という文字が本当にこれでよかったのかという気になるんだ、と答えた。  同僚は興味を示し、男が壁に貼ったその十を、男と共にその前に座ってジッと眺めることにした。  眺めている内に、目にうつる十の輪郭が曖昧になり、足元が揺らぐような、不思議な感覚に襲われた。  同僚は感心して男に、なるほど、これは面白いと言った。  男は腕を組んでなにやらしかめっ面をしている。  同僚がその理由を訊くと、男はこう答えた。 「いやあな。なんか違うんだ。」 「一体何が違うんだ?」 「俺は普段やっていても、こんな感覚は経験したことがないんだ。」 「そうなのか?」 「ああ、そうなんだ。」  二人はまた十を見た。  十の輪郭はぼやけたままだった。  その時、男が何か考えにぶつかったらしく、ポンと手を叩いた。 「なぁんだ、そういうことか。」 「だからどういうことなんだ?」 「つまりだな。」  男は立ち上がり、壁に貼った十をはがす。 「ここに書いた十がぼやけたってことは、十を書くとぼやけるようになってしまったってことだ。」  同僚は男が何を言い出したのか、理解出来なかった。 「つまり?」 「つまり、僕たちは十を書くとぼやける世界に来てしまったというわけだ。」  そうして男は窓辺へ向かう。  窓の外は、知らない世界だった。 **エリンギマイタケブナシメジ(勝手) 作:◆c3sm6Fefj2      _,,...,_   /_~,,..::: ~"'ヽ  (,,"ヾ  ii /^',)     :i    i"     |(,,゚Д゚)   呼んだ?     |(ノ  |)     |    |     ヽ _ノ      U"U **誕生 作:◆NkmBTQn/5U 盛大なパーティが開かれていた。 スズムシやコオロギがファンファーレのごとく鳴き声をとどろかせ オンブバッタやキリギリスは興奮を抑え切れぬとばかりに跳ねて回っていた。 そして、パーティの主役。 集まった虫たちの中心には、一つの卵があった。真っ白な卵。 とても厚い殻に覆われていて中を覗くことはできない。 その覗くことのできないという状況が パーティ参加者の昆虫たちにとって恐ろしくも、また楽しくもあった。 「まだか。まだ生まれないのか」 しびれを切らしたとばかりにキリギリスは卵に詰め寄った。 「よしなよ。そんなふうにおどかしていつまでも出てこれなかったらどうするんだい」 と言って、コオロギが止めに入った。 「でもさ、このまんま生まれるのを待ってていいのかい? とんでもなく危ないやつが出てくるかもしれないぜ?」 スズムシが言った。 「なに言ってんだ。そんときは逃げりゃいいのさ。オイラみたいにね。ぴょーんとね」 オンブバッタか言った。 そのとき、卵が動いた。みな一様に「おっ」と言って卵の方を見た。 「はじめましてこんにちは」 殻を押しのけ出てきた虫は全身どこも真っ黒で 体はそこそこ大きいが温厚そうな性格ですぐさま逃げる必要はぜんぜんないやと判断し コオロギ、スズムシ、キリギリス、オンブバッタはみな安心。 「君も今日から友達だ」 ある日、みんなの役に立ちたいと新入りは考えた。そこで彼は仲間たちに言った。 「とっておきの楽園を知っている。えさがいっぱいある。春のようにあたたかい」 そんな楽園あるはずないと仲間たちは口をそろえて言った。 しかし彼は旅立った。楽園を下見するために。 一日二日と経っても彼は戻ってこなかった。 彼は民家に忍び込みスリッパで叩き潰されていた。 命からがら彼は民家の庭先まで逃げてきた。 そこで親友のコオロギに再会した。 コオロギはぺしゃんこにされ死にかけたそのゴキブリに声をかけた。 「大丈夫か」 「お礼がしたかっただけなんだ。後悔はしてない。みんなと過ごした時間は忘れない」 そう言ってそのゴキブリは息耐えた。 コオロギはそれからしばらく庭をうろうろした。 そこで、捨てられた鶏の卵の殻を見つけた。 元気なゴキブリも見つけた。 そのゴキブリに声をかけた。 「今夜、向こうの雑木林でパーティをやるんだ。きっと楽しい。 会場の場所を教えるからコイツを被って待っていてくれ」 完 **初めての焼き芋 作:◆svMdfnlanc 私の名はブチという。 白い身体に黒いブチがいくつか付いているからだ。 いかにも安易に名づけられた名前だが、私は気に入っている。 過剰な装飾は嫌いなのでね。 名前なんて、これくらいシンプルなほうが良い。 言い忘れていたが、私は猫だ。 生まれてからずっとこのお寺に住んでいる。 今日はこれからこの寺の和尚に相談事をしに行く予定だ。 何の相談に行くかだって? まあ話せば長くなるが、別に急いでいるわけではないし 特別に教えてあげよう。 昔、私がまだ子猫だった頃の話だ。 丁度今くらいの季節になると、朝晩の冷え込みがだんだん厳しく なってくるだろう?その日も私はお寺の片隅でうずくまりながら、 朝日が昇るのを待っていたのだ。 そんな私の前を一人の人間が通りかかり、丁度私の目の前で 足を止めた。見た感じ、仕事帰りのOLさんといった風貌だった。 髪をアップにまとめ、メガネをかけていたのを覚えている。 彼女は寒そうにしている私を見かねて、手に持っていた紙袋から 何かを取り出し、そっと私に差し出してくれた。それが、私と焼き芋 との最初の出会いだった。その時の焼き芋の暖かさ。今も忘れはしない。 しかし私は猫なので、当然猫舌だ。だからせっかくもらった 焼き芋も、冷めるまで口をつける事ができなかった。あの時程、 己の運命を呪った事は無かった。なぜ私は猫なんかに生まれた のだろうか、と。犬か何かであれば、ほかほかの状態の焼き芋を、 思う存分ほうばれたというのに! だが、私は諦めなかった。どうしても焼きたての焼き芋を食べて みたかったからな。その日から、私の猫舌克服大作戦が始まった。 人様の家に忍び込んで、味噌汁で特訓した事もあった。お寺の 芋煮会に紛れ込み、煮えたぎった芋と戦ったりもした。しかし結局 何の成果も得られず、私自身が猫の中でも指折りの超猫舌である という絶望的な現実を、ただ突きつけられただけだった。 つい昨日の事だ。八方塞な私のところに、一つの噂が届いた。 それは、このお寺の和尚が実は猫と話が出来て、色々な悩みや 相談を聞いてくれるらしいというものだった。私は既に大人になって おり、分別も常識もあった。だからその話をすぐに信用は出来な かったが、とりあえず藁をも掴む気持ちで和尚のところを訪れたのだ。 どうやら和尚は、本当に猫と話をすることが出来るようだった。 その日は先客の猫に何やら相談事を持ちかけられているみたい だったので、私は遠くからその様子を伺っていた。 そんな私を見つけた和尚は、今日は予約が入ってるから明日 また来るがいい、と言って手を振ってくれた。何とも優しいお人だ。 そういう訳で、私は今から和尚の所に相談事をしに行くのだ。 人間に頼るのはしゃくだが、贅沢は言ってられないしな。 お、噂をすれば和尚ではないか。今から伺おうと思っていた ところだ。なに?何の相談かと?実はな、かくかくしかじかと いう訳で焼きたての焼き芋を食べてみたいのだ。どうにかならん かのう。 なに?一つ方法があるだと?してそれは一体どの様な…… ふむふむ、なるほど、和尚の身体に私の魂を乗り移らせて、 和尚の身体で焼き芋を食べるとな。そんなことが出来るとは、 さすがは頼りになるのう。では早速お願いしたいのだが宜しいか? なに?儀式の準備が色々必要だから、もう暫くしてから縁側の ほうまで来て欲しいとな?うむ、了解した。 ……。 そろそろ頃合いか。それでは縁側へ行くとしようか。 ……おお!これは凄い!儀式に必要な飾りが一面に施されている! しかも既に焚き火が炊かれて芋のスタンバイまで完了しているとは、 さすが和尚。只者ではないな。お、丁度儀式が始まるようだ。 「ハーミャーハーミャーナモアヴィダヴォー」 「ハーミャーハーミャーナモアヴィダヴォー」 「ハーミャーハーミャーナモアヴィダヴォー」 何を言っているのか全く分からんが、きっと凄いありがたいお経か 何かなのだろう。猫と話せるくらいだからな。神通力のようなものを 持っていても不思議ではない。 「ハーミャーハーミャーナモアヴィダヴォー」 「ハーミャーハーミャーナモアヴィダヴォー」 「ハーミャーハーミャーナモアヴィダヴォー」 うむむ、何という真剣な表情!汗の量も半端ではない。これは、 相当高度な儀式を執り行っているのだろうか。私のようなただの 野良猫にここまでしてくれるとは、なんともありがたいことよ。 「ハーミャーハーミャーナモアヴィダヴォー」 「ハーミャーハーミャーナモアヴィダヴォー!」 「ハーミャーハーミャーナモアヴィダヴォー!!」 「モッケモケピー!!!」 おお!和尚の坊主頭が金色に輝き始めおった!なに?この頭に 私の額をくっつけろだと?了解した。私の額は猫の中でも ずば抜けて狭いので非常に難しいが、何とかやってみよう。 どうだ?これでいいか? おお、おおおぉ~!坊主頭に吸い込まれる! どうなっているのだ、あああぁぁぁ~……。 はっ!私は一体どうなって……。 ってこれは和尚の身体ではないか!ということは、あの儀式は 成功したという事か。素晴らしい!さすがは和尚じゃ!ありがとう! よし、では早速焼き芋を頂くとしようか。どれどれ……、ほほう、 これなど丁度良く焼けておる。ガサゴソガサゴソ。 おお!何という芳しい香り。 香ばしさと甘さの中に気品すら感じられる。そしてこの湯気の 暖かさはどうだ!食べる前から身も心もほかほかになるではないか! ではそろそろ被りつくとしようか。こうやって半分に割って……。 ここの一番ホクホクでおいしそうな所を……カプ。 っ あっ あっっ あっっっっっっっっっっっっっちぃぃいいいっっっっっっっっっ!!! 和尚……アンタ……もしかして猫舌……。 <おしまい> **小さな 作:◆t7o38J.FFo 息子が最近、ちいさい秋を見つけたちいさい秋を見つけたと可愛いけど煩い。好奇心旺盛な歳なのは分かるけど。 一応それなりに言葉が分かる歳の為、少し意地悪な質問をしてみた。 「お前の言う秋ってのは、どんなものなんだ?」 すると息子は首を横に振って答えた。 「ものと言うか……。でも秋なの。上手く言えないけど」 すると息子は、私を引っ張って付いてくるようせがんで来た。私はやれやれと溜息をついて、息子と共に外に出る。 息子の歩く速度が意外に早く、私は息を微かに荒げながら必死について行く。 「一体何処に行くんだ?」 そう聞くと、息子は立ち止まり、こう言った。 「もうすぐ。この近くにあるよ、秋が」 どこまで歩いたのだろうか、気づけば私達は紅葉が美しい山の中を歩いていた。 辺りを舞う紅葉の葉が、歩いている私達の間を縫う様にハラハラと落ちていく。 そういえば息子とこうして歩くのは何時頃だっただろうか。色々と忙しかったせいで全く構ってられなかったから懐かしい。 ふっと、息子が立ち止まりキョロキョロすると、だっと横の木々の間へと方向転換して走り出した。 「お、おい!」 私は無我夢中で息子の後を追いかけた。ませてはいるがまだまだ子供だ。あのままにしては危ない。 だが息子は結構駆け足が早く、私は彼の姿を見失ってしまった。非常にまずい。 私は息子の名を大声で呼びながら辺りを歩き回った。そろそろ日が暮れてしまう。 探し始めてから彼是1時間以上は経っただろうか、本気で心配になってくる。 その時、大声で息子が私の名を呼ぶのが聞こえた。私はその声のする方へと走り出した。 もしかしたら怪我でもしたのかもしれない。自然と動悸が早くなる。 しばらく走ると、しゃがんでいる息子の姿が見えた。急いで駆け寄り、声を掛けた。 だが息子は私に気づいていないようだ。何かを一心に見つめている。 怪我はしていないようで安心したが、何を見ているのだろうか……私はそっと、息子の背後に近寄り、目線を下げた。 そこには確かに小さい秋があった。いや…… 秋というより、あきだ。うむむ? あきと首に名札を付けられた……子猫だ。 私達と同じく、捨てられた野良猫らしい。こんな所に自力で来れたとは思えん。全く…… この子を連れて帰れば、また飼い主さんに迷惑を掛けてしまう。けど、息子の潤んだ目を見ると…… 私は無言のまま、そのあきという名の子猫の首輪を咥えた。やはりというか軽い。 このまま家に帰ろう……飼い主さんが認めてくれるかは、また別々の話だ。所で…… 「お前、この子の名前はもう決めてるのか?」 「うん。僕の名前がフーユだから、アキが良いな」 **百四拾年目の秋 作:◆CkzHE.I5Z. わたくしは鋏である。銘はあるのだが、はさみさんを通称としている。 明治の生れだ。変化する時代の流れの中、仕事を失った老刀工がなんとなーく作った物であるという事だけは記憶している。 ただ彼の掌に載せられた時何だかずっしりした感じがあったばかりである。 商店街のうらぶれた一角、今日も今日とて閑古鳥を御礼する古道具店の片隅にて。 日課である脚部の刃を手入れしていると、 「ところで、はさみさんは女の子なの?」 ここの店主の孫娘である万里絵君が話しかけてきた。 因みに万里絵君は小学五年生の少女である。 本来女性の年齢を明確に示すのは刀剣の道に反するのだが……このくらいは是非もあるまい。 脚に丁子油を塗りながら、わたくしは誤魔化すことにした。 「それは面白い問答だ。無機物に男女の別有りや否や」 「もう、難しいこと言って誤魔化さないでよ」 お見通しであった様だ。聡いお嬢さんである。 「然しそうは云われてもだね。わたくしにも判じかねるのだよ」 これは本当だ。 『何某丸』等という刀が多い様に、本来刀剣は男の性を持つものだ。フロイト氏の説を持ち出すまでもなく自明である。 然し。 「見た目は女の子だよね。はさみさんって」 ……子供の瞳というものは、誠に正直なのである……残酷な程に。 脚を十分に拭い終えたわたくしは、二枚の刃を閉じて万里絵君の側を向いた。 「……自分としては、全うな武士である心算なのだがね」 「じゃ、男の子って事?」 「…………」 然り、と云えない己がもどかしい。 その時背後から嬌声がした。 「ふぉふぉふぉ。万里絵よ、あまり鋏めを苛めてやるな」 「あ、御祖母ちゃん。お帰りなさい」 「……お帰りなさいませ、婆殿」 「ただいま。留守番ご苦労だったねぇ」 この店の主殿の御帰城である。 「今日もお客さん来なかったよ」 「それは結構」 「婆殿……商売は良いのですか?」 この店はどうなっているのだろう。 婆殿とは云うが小学生の孫を持つ程度の女性だ。人生五十年の昔ならいざ知らず、現代では働き盛りと呼ばれる御歳だろう。 それにしたって同年代の女性と比べても遥かに若いのだが。何でも老人の様な口調は商売用であるらしい。 わたくしもこの店の売り物である以上、店主殿には敬意を払っているのだが……。 「鋏めは己が可愛らしい少女の姿であるのが、あまり気に入ってはおらぬようだのう」 「……婆殿それは」 「え~? お洋服とかだってこんなに可愛いのに?」 「そうそう。可愛いのにのう?」 「上はぴしっと決まってて、下はスカートみたいなのがひらひらっとして」 「お洒落には気を使うあたり、やっぱり女の子だのう」 ……少々意地の悪いのは切に勘弁戴きたい。孫が感化され過ぎぬ事を祈るばかりだ。 「……これは燕尾服だ、万里絵君」 わたくしにはそう返す事しか出来なかった。 「まぁ鋏めを苛めるのはこのくらいにして……」 「え? 苛めてたの?」 「万里絵君……無邪気さは時に罪だよ」 万里絵君が「え~?」と抗議する様に驚いて、婆殿は「ふぉふぉふぉ」とまた笑った。 婆殿は万里絵君が来ているといつも機嫌が良いのである。 「鋏は一対の刃からなる。つまり陰陽和合ともいえるのう。  であれば、服装と心とが男の――もののふの性である以上、身体が娘であるのは、一つの調和といえるのではないのかえ?」 「そうなの? はさみさん」 「……その通りですね」 そう云う考え方もあったか。そう腑に落ちる物がある。 このちぐはぐな自分の身体に違和感を覚えた事もあったのだが。 「さすが御祖母ちゃんだね」 「……婆殿には、いつも教えられる事ばかりです」 「ふぉふぉ、明治生れとはいえ小娘が何を言うか。  ……さて。わしはずっと外に出ていたので、喉が渇いたのじゃが?」 「あ、私お茶を淹れて来るね」 「焼芋もあるから切っとくれ」 「はーい」 万里絵君は元気に店の奥へと消える。 わたくしと婆殿は黙ってそれを見送っていたのだが。暫くして婆殿が口を開いた。 「……孫が手入れを止めてしまって、すまなんだのう」 わたくしは驚く。 「いえ……お見通しだったのですか?」 「ふぉふぉ、刃にまだ少し油が付いておるでな。  あの子を構ってやる為に、ずっと鋏の刃を閉じておったのじゃろう? お前の切れ味は天下一品じゃからな」 「……いえ」 全く。 婆殿には敵わない。 「しかし……お前もそういう所は忠義じゃのう、鋏よ」 「……はい。  わたくし、心はもののふですから」  ―――――― 炉の灰の中、燃え残りの炭は仄かに赤く、時たま小さな音が弾け響く。 小屋を包み込んでいた熱気は、秋の夜風に吹かれて、今はもうない。 所々に古い火傷を滲ませる、錆色の腕をした老人が一人。 皺だらけのその掌には、小さな鉄の工芸品を乗せ。 老刀工は、静かに語りかけるように。 それはわたくしの最古の記憶。 「何それとなく、斯様な物を作っては見たが」 ――はい。 「うっかり両刃にしてしまった。刀の時の癖であるな」 ――何と……矢張りうっかりで御座いましたか……。 「然し。物が斬れるのであれば、其れで善しである。莫迦と何とかは遣い様とも云う」 ――嗚呼。わたくし、その言葉だけは聞きとう御座いませんでした……。 「……時代は。天下は、武士の物から遷り変ろうとしておる。  刀の時代が終わったのか……或いは、町民が武器を持つ世に為ったのだと、只それだけなのかもしれん。  武士の家が絶えたとしても、まだ暫く世は戦に乱れるであろう。それが人の常だからだ」 ――それは……そうなのかも知れません。 「刀だけを鍛えて来た。先代、先々代、更に遥か以前からだ。  終りは必ず在る。恐らくは……拙の代でそれが来ただけなのであろう」 ――はい……。 「先頃布告されたばかりの、この国の新しい元号は『明治』であるそうだ。  明かに治む。その名の通りの時代になる事を、わしは切に願う」 ――はい……わたくしも、それを心に刻もうと存じます。 「……鋏よ。  お前は拙の鍛え上げた、最初の鋏にして……最後の刀だ。  老い先短い拙の代りに、この国の行末をどうか見続けて欲しい」 ――……はい、お任せ下さい。。   わたくしは、貴方に産み出された事を、誇りに思います。   お疲れ様でした、父上。 **子供の国 作:◆cnhIMeWufo  10歳の誕生日に死ぬ。ここは子供の国。大人は存在してはならない。 子供でいるのが幸せなんだ。大人は汚く疲れ果て、醜い動物だった。 世界から大人を皆殺しにしてできた国。それがここ、子供の国。  トエムは明日、十歳の誕生日を迎える。殺される。もう、トエムの人生は終わりだ。 十年生きた。満足な人生だろう。子供が子供のために働き、あとはロボットが世話をしてくれる子供の国。 十歳になったら死ぬ。それが子供の国。新しい子供はどこかで人工子宮によって人工培養されているはず。  ばんっ。一人。トエムの銃が子供を殺す。生き残る。トエムは誕生日に殺されたりはしない。 「明日を生きのびてやる」  トエムが子供を殺す。子供の国の反逆者だ。時々、トエムのような子供の国の理念のわからない反逆者が出る。 子供の兵隊で手に負えなければ、ロボットが出てくる。絶対に誰も勝てるわけがない。 十歳の誕生日を迎えた子供はいまだかつて存在しない。 「トエム、降参するんだ。きみに勝ち目はない。十年間、自由に遊んでいられたじゃないか。その恩を返す時が来たんだ」 「いやだあ。死にたくないよ。昔は十歳を超えても生きていられたんだろ」 「歴史を勉強しちゃったんだね、トエム。可哀想だけど、それは堕落への道だよ」  明日の誕生日に、アヤちゃんと抱き合う約束をしたんだ。死にたくない。  ロボットがマシンガンを撃つ。トエムの銃が迎え撃つ。血が飛び、思いが儚く消えた。  今日も反逆者が愚かな犠牲となって朽ち果てた。 「ハッピバースデイ、トエム」  反逆者の死体をアヤが抱きしめていた。                               了 **ぽんぽこ山のタヌキ 作:◆qG5Uj1x8xc 昔々、ぽんぽこ山というところにタヌキがたくさん住んどったそうな。 お調子者のタヌキ達は毎日を面白おかしく生きておったのじゃが、 そんなある日の事。 一際大きな身体をした親分タヌキが、突然 「マツタケが食いたい」 と言い出しおった。さっそくタヌキ達は手分けしてマツタケを 探しに行こうとしたのじゃが、親分が 「ちょっと待てい!」 と皆を呼び止めたのじゃ。 「お前ら、マツタケやからっちゅうてくだらんシモネタに走るなよ!」 何匹かのタヌキがびくりと肩をすくめ、股間に伸ばそうとしていた手を さっと隠しおった。 「お前らみたいなアホをシバくために、この山におもっくそ呪いかけたった! シモネタに走った奴は全員信楽焼きにされてまう呪いじゃボケ! お前ら全員まじめに探せよドアホウどもが!」 数日後、ふもとの村人がぽんぽこ山に登った時のことじゃ。 山には溢れんばかりのタヌキの置物が、所狭しと並べられておったそうな。 全部信楽焼きじゃ。 中でも一際大きなタヌキの置物が、山の頂上に置かれとった。 その顔には、えもいわれぬ満面の笑みが浮かんでおったそうな。 めでたしめでたし。 **或る暮れ方 作:◆LV2BMtMVK6 「ふむう……御前さんいつもそうして裏庭を眺めているが、この庭が好きなのかい?」 「わたくしはこうして静かに座つてゐるのが好きなのです。今日はお客様はいらつしやいましたか」 「今日は信楽焼の狸をひとつ、持ってきた人がいたよ。ほら、いつも花を持っていらっしゃる」 「ええ、それで狸は如何でした」 「何やら本物のような気色だったよ。今は表に出してある」 「そうですか。ちよいと見てみませう」 「それから、あの糸車は売ったよ」 「お向いのあの書生ですか。」 「そうさな、魚をもらってしもうた。今夜戴こうか」 「立つ派な鮟鱇ではありませんか」 「捌いておくれでないか」 「お水と小出刃をお願がいします」 「おお、鯵切しかないが。水は庭で汲んでおいで」 「御茶も淹れて参りますから、そこでゆつくりしておいでください」 縁側に佇む老婆。庭の井戸の際に、柄杓を持ち鮟鱇を掛ける姿があった。 冷たい風に木の葉が揺れ、燕尾服の裾は微かに翻った。 冬が来る。        (了) -----

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