土之絵多津夢物語 第二回


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宇和島で高宮氏が発見した、ユウタがズケ宛に送付した 「珍聞記事誌 第二號」 の 「土之絵多津夢物語 第二回」 を読みおこし、意訳したものです。
コピーされたものであるため、読みおこしに誤字がある可能性もあります。


読みおこし


珍聞記事誌 第二號 明治二十七年四月二日

土之絵多津夢物語
第二回 天赦園五郎蔵

其國の事と云ふても細ひ事となると如何にも斯ふにも憶出せぬ。
國と云ふても今のソレとは違ふ。
この爺の記憶が定かでなひから仕様無く國とは申すが、境も曖昧住まふ人も曖昧。
マア今時分の條令や法律の指す所の國とは形の異なる物と思召せ。
志を同ゆふする者共の集つておつた處、どこぞ海の向ふの外つ国の事、絵空の事とも覚ふて聞ひてくだされ。
其國の事で今尚判然瞼の裏に浮んで来るは五人の男が居つた事ぢや。
皆父母も異なつて生れも彼方此方ぢやつたが兎に角マア皆意気盛ん血気盛んの男ばかり。
皆歳の頃二、三十。四十に届ひておつたか如何かは憶出せぬ。
胸の内には滾らん計りの熱き願ひを抱ておつて、斯ふと決めたら遣り態三昧。
内計りか外にも出掛て仕度三昧の有様であつた。
辺りを束ねる長の連中もその又上の殿様も如何にも仕様のなくただただ手を拱ひておつたものぢやが何故だか人々には慕はれておつた。
五人の真直ぐな志はそれはそれは痛快愉快で不徳の長者を倒し人々を救わんが為に在らば、人心惹寄せらるるも矢張是自然の事だつたであらう。
憶興せば其頃辺りの童共の流行り唄に此様のがあつた。

  かごめかごめ 籠の中の鳥は
  何時何時出遣る 夜明の晩に
  つるつるつうるとすべつた
  一番鶏が鳴いた



意訳


その国の事と言っても、細かい事についてはどうにもこうにも思い出せない。

国と言っても現在言われているような「国」とは異なる。
私のような老人の記憶は定かでないから、仕方なく「国」と表現するけれども、
国境もあいまい、住んでいる人も素性が知れないような場所だ。
まあ、今時分の条例や法律の指し示すような国とは形の違う物だと思って欲しい。

志を同じくする者たちの集まっていた場所だけれど、どこか海の向こうの外国の事、絵空事とでも思って聞いて下さい。

その国の事で、今もなお変わらずまぶたの裏に浮かんで来るのは、5人の男がいた事だ。
皆、両親も異なり、出身もあちこちからだったが、とにかくまあ、揃って意気盛んで血気盛んな男たちばかり。

年齢はおよそ20~30歳。40代に届く年齢だったかどうかはよく判らない。
胸の中ではあふれるばかりの熱い想いを抱えていて、これだと決めたらやりたい放題。
必要とあらば近辺だけでなく、遠方にまで出かけて支度するほどの行動力だった。
辺りを束ねる首領たちも、さらにその上の殿様であっても手の出しようがなく、
ただただ、手をこまねいて見ているしかなかった様子だ。

5人の真っ直ぐな志は、それはそれは痛快で愉快だった。
不届き者をなぎ倒し、民を救うために存在した。
人々から信頼を寄せられたのも、至極当然だったと言えるだろう。

思い起こせばその頃、近所の子供たちが歌う流行歌は次のような唄だった。

  ♪かごめ かごめ カゴの中の鳥は
    いついつ出やる 夜明けの晩に
    つるつるつるっと滑った
    一番鶏が鳴いた♪





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