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子どもという表記


文責:りょうたん 2009.5.6

 「子ども」と表記するか、「子供」と表記するかの問題。
 正直に言ってしまえば、それ自体は非常にくだらない問題。言葉狩りであり、表記の統一を無理にはかろうとするのは、問題視されるべきやもしれない。
 しかし、とりあえずRootsでは原則「子ども」と表記するのが好ましいと思われる。

 教育界や保育の世界においては「子供」という表記が忌避され、「子ども」を使おうという運動があるようである。
 「子供」の表記が嫌われる理由は、「供」という字は供えもの・従うものという意味があり、よろしくないというのが大きいようである。またソフトな印象がよいという(差別を根拠とする論とは関係ない)意見もある。
 しかしこれには有力な反論がある。歴史的変遷として「子ども」の「ども」は複数をあらわす意味(この場合漢字は「共」)から発展して、現在は意味を失しており、「供」は当て字に過ぎない、といったものである。そして「児童」の「童」にもしもべの意味があり、これを問題にしないのはアンバランスだといった指摘もある。
 また近年は「ども」を罵り言葉として使うが、「子ども」の表記はむしろそういった用法を彷彿とさせるという批難も存在する。

 以上の流れから、筆者は「子ども」推進派の意見の恣意性を感じないわけでもない。他人への過度の強制は問題を含むだろう。
 ただ、たまに本当に子どもを自分の付属物とか従物とか思う人間もいることを喚起する(軽度なものは子どもの財産は親が処分できるという類の思い込みなど)点においてこの議論を知ることは意味があり、またその表記のソフトさといった利点を見逃す手はない。そういった意味において、このことについて知っておくことは重要であろう。
 よってRoots内では極力――不使用に一切のサンクションはなく――「子ども」の表記に統一することが適当と考える。


ソース:Wikiの「子供」(というわけでいい加減なので、その点注意すること!)