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【炎上】レッドバロンにバイクを預ける→業者が事故を起こし無惨な姿に→事故を隠蔽、不満は弁護士を通せ


レッドバロンにレアバイクを預けたところ、転倒接触事故を起こされ・・・。さらにそれを隠蔽し、虚偽の説明を行った挙げ句、最終的に「弁護士を通して」と通告され、炎上中

廃車になってしまったのはプレミアのスズキ GSX1100Sカタナ、時価150万円相当





















レッドバロンによる重大過失大爆発事故の詳細

2008年2月16日 18時26分頃東京都府中市のバイク店で爆発 35歳の男性従業員が左脚骨折などの重傷 東京・府中市のバイク店で16日午前、爆発があり、従業員の男性が重傷を負った。 16日午前11時すぎ、府中市白糸台のバイク店「レッドバロン府中」の従業員から、 「1階で爆発が起き、けが人が出た」と消防に通報があった。 近くにいた人は「爆発音とともに、すごい地響きがして、 屋根のところから白煙みたいなのがすごい出ていた。 1人倒れている方がいて、服も破れ、意識のない状態」と話した。 この爆発で、店内にいた35歳の従業員の男性が爆風で飛ばされ、 左脚を骨折するなどの重傷を負った。 また、店舗の壁の一部がゆがみ、1階にあった段ボールや油などが焼けた。 警視庁と東京消防庁は、爆発のくわしい原因を調べている。

2008年3月12日 新潟県燕市井土巻のレッドバロン燕三条で爆発があり炎上した。爆風で従業員の曲沼史人さんが大火傷で病院に運ばれたが重症店内にいた客二人も火傷を負った。島名正人さん(48)と小学2年、南波洸太君(8)が顔を切るなどした爆発は整備工場で起きたとみられる。


2度も短期間のうちに爆発炎上事故を起こしたにもかかわらずレッドバロンのホームページで再発防止策を掲載することも無く、爆発炎上事故には一切触れていない。







2011年10月13日22時4分に、NHK北九州から下記趣旨の記事がネット配信されていた。

2011年6月 北九州市のオートバイ販売店でテント屋根補修中の従業員が転落死した事故で書類送検

http://anzendaiichi.blog.shinobi.jp/Entry/857/
ことし6月、北九州市のオートバイ販売店で、破れたテントの補修作業を行っていた従業員が転落して死亡した事故で、労基署は、適切な安全措置をとっていなかったとして販売店と当時の店長を労安法違反の疑いで書類送検した。
書類送検されたのは北九州市のオートバイ販売店「レッドバロン八幡」と当時の店長。

労基署によると、ことし6月、販売店のテント屋根の上で、穴があいた部分をテープでふさぐ補修をしようと作業していた30代の男性従業員が4m下の地面に転落して死亡した。
テントは、防水加工などが施された布製のもの。設置して10年ほどが経ち、老朽化が進んでおり、従業員はテントを踏み破って転落したという。

こうした屋根の上で作業をする場合は、テントの下に網を張るなど転落を防止するための安全措置が必要だが、会社ではこうした措置を行っていなかったという。
労基署の調査に対し、当時の店長は、「必要な措置を講じていなかった」と話しているという。
これについて、レッドバロン本社は「再度安全教育の徹底を図り、再発防止に努めてまいります」とするコメントを出した。





株式会社レッドバロン(RED BARON Co.,Ltd.)は、オートバイの販売・買取事業の全国直営店を展開・経営する日本の企業である。全国に283店舗(2009年1月現在)のオートバイ店を展開している業界最大手。また、この他にホテルやレストラン、サーキットなどの経営も行っている。また2006年現在では、タイやオーストラリア、ハンガリーなど、海外にも拠点(事務所・店舗)を構えている。


キャッチコピーは、「世界のオートバイを販売するレッドバロン」

尚、会社名は、第一次世界大戦で活躍したドイツ空軍のパイロットで、同時代の撃墜王としても名高いマンフレート・フォン・リヒトホーフェンに因んでいる。


種類 株式会社
市場情報 非上場
略称 RB、YAC(旧社名より)
本社所在地 愛知県岡崎市藤川町字境松西1(登記上)
設立 1972年1月(3月16日開業)
業種 小売業
事業内容 オートバイ買取・輸入・販売
代表者 杉浦齊(代表取締役社長)
売上高 745億円
(2008年10月連結決算期)
従業員数 2,263名
(2009年1月31日現在)
外部リンク http://www.redbaron.co.jp

概略
商号:株式会社レッドバロン(旧 ヤマハオートセンター株式会社)
本社所在地:〒444-3523 愛知県岡崎市藤川町字境松西1(登記上本店。実際の本社機能は同市大平町字才勝8-1)
代表取締役社長:杉浦 齊(スギウラ ヒトシ)


取扱いメーカー
国内メーカー:ヤマハ - ホンダ - スズキ - カワサキ(海外輸出仕様車も含む)
海外メーカー:ビモータ(伊) - ジレラ(伊) - MZ(独) - ピアジオ(伊) - ハーレーダビッドソン(米) - BMW(独) - ドゥカティ(伊) - モト・グッツィ(伊) - ヒョースンモーター(韓)


沿革

1972年 - 「ヤマハオートセンター株式会社」設立
1976年 - 貿易部を設立、並行輸入車の販売を開始
1983年 - 同社オリジナル商品として、「ヤマハ・RZ250“YAC-LIMITED”」(YACは「ヤマハオートセンター」の略)を発売
1989年 - 全国100店舗達成
1998年 - 全国直営店200店舗達成。それまで行っていた「全国無料ロードサービス」を150kmから200kmに拡大
1999年 - 「北海道無料ロードサービス」を実施
2002年 - 全店舗の直営化を達成
2004年 - 商号を現在の「株式会社レッドバロン」に変更 。同社オリジナル商品として、「スズキ・ボルティー“ビビッド”」を発売

2005年 - 輸入車の2年間保証制度を開始(一部車種を除く)

2006年 - 「レッドバロン松江」のオープンにより、沖縄県を除く全都道府県への出店を達成
オートバイ用ガレージ付賃貸マンション「ライダーズマンション練馬」を「レッドバロン練馬」の上部にプロデュース
全国直営250店舗達成
(株)エ-ス興業が所有し、2004年12月に閉鎖された那須モータースポーツランド(栃木県)を取得し営業を再開
簡易宿泊施設バイクステーション倉敷をオープン
同社オリジナルの商品として、「スズキ・グラストラッカー“アイスマン2”」を発売
カリスマメンズブランドマスターマインド・ジャパンとのコラボレーションカスタムスクーターCP250MMJを3,150,000円で発売
2007年- 韓国のオートバイメーカー、ヒョースンモーターの車両を取り扱い開始。 距離無制限&久無料のツーリングサービスを開始  レッドバロン携帯サイトオープン
2008年- 免許応援キャンペーンを実施 ダイレクト買取により大手買取専門業者より3万円高く買うキャンペーンを実施 ツーリング施設「カイザーベルク 城ケ崎」(静岡県 伊東市)が営業を開始。(時にタイ料理レストラン ナムチャイ城ケ崎も営業を開始)
中古車3年間修理保証を開始

外部リンク






ウィキペディア(Wikipedia)について


ウィキペディアの管理人により次のような記述があります。以下ウィキペディアノートにて

2008年度の事故についての記述について
ここ数日、2008年に発生した2店舗での爆発事故について執拗に記載し続けるユーザーがおられるようですが、
果たして百科事典として必要な記述でしょうか。
編集合戦を起こす前に、一度合意を形成すべきだと思いますがいかがでしょうか。ご意見よろしくお願いいたします。
御蒲田弓之助 2009年3月14日 (土) 04:14 (UTC)
ウィキペディア ノート

このウィキペディア管理者の「御蒲田 弓之助(おかまた ゆみのすけ)」なる人物はレッドバロンによる2度の爆発事故を無かったことにしたいようです。短期間に2度の爆発事故を起こした、誰にでも自由に出入りできる店舗の重大過失事故を世間一般の方々に広く知ってもらうのは公共の利益に即しているにもかかわらずウィキペディアでは論議されることも無くレッドバロンの言いなりに即するという行為はいかがなものか?

上記ウィキペディアノートの記述も削除される可能性が大である
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