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雪の匂い」(2006/10/21 (土) 10:05:02) の最新版変更点

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キモチが壊れる瞬間、空気の色は確かに変わる。それは初雪の日の朝に、鼻をつく 真新しく痛みのある空気と似ている。 イメージ。壊れるという言葉は私の中でいつも特別な意味を持つ。 壊れることにより生まれる、別の新しい何かは 戸惑いのような曖昧なものでは無い。何時何分何秒、きっかりその瞬間から、違う景色を持つ新しい風景が表れるのだ。 いつも同じ位置に置かれたその油絵は いつも驚きに満ちている。放課後、美術室の窓際の位置に置かれたその絵を 学校の帰りにそっと覗くのがユリの日課だった。 其の年 はじめての雪の日、ユリのクラスの斜向かいにある美術室に 放課後、いつも同じ位置に置かれたその絵は、普段の色鮮やかなものと違って 木とベニヤで作ったキャンバスをただ白いペンキで塗りつぶしただけに見えた。 しかしその絵はなぜか教室の隅で力強い存在感を放っていた。 ある日の放課後、ユリはいつもと同じ場所にあるその絵を見ていた。いつもは教室の外からそっと覗いていたその絵を、その日に限ってどうしても側で見たくなった。いつもと違っていたもの、それは真っ白い絵の置かれた足下に、バラバラに引き裂かれた同じような白い絵が散らばっていたことだった。 「だれも、いないよね?」ユリはそう呟くと そっと ところどころに色の落ちた美術室に足を踏み入れた。油絵の具の匂いと シンナーのような匂いが複雑に混じりあい、窓から入る西日にあたためられて蒸発し、ユリの鼻をくすぐった。 「なんだろう、懐かしい匂い。」 ユリは小さい頃住んでいた小さなアパートを思いだした。 町のはずれを流れる 川の近くにあったその家のあたりは 当時道路もまだ鋪装されてはいなく、土の上に隣の工事現場の砂利の山からこぼれた 小さな石が ごろごろ転がっていた。 使わなくなった木製の電柱が積まれた空き地は、雨の日の後にはコールタールが流れ落ち、水たまりを虹色に染めていた。裏庭には廃車になったガラスの入っていない車の山。今だと町内会やPTAが問題視しそうな危険が一杯の其の場所でユリは良く遊んだ。そして其の場所が大好きだった。 「そうだ、あの場所の匂いがする。私の、秘密基地のにおい。」 そう、あの場所も夕方、日射しが照りつけると同じような油の匂いがしたっけ。 そういえば、あのときいつも一緒に遊んだ男の子は なんて言う名前だっけ? 私がまだ3つの時だから、もう、14年前。 記憶の隅に追いやられた筈の名前は意外と簡単に口をついた。 「じゅんくん、だ。」 懐かしい。一体彼はどうしているだろう。 (ガラガラ、、ドアの開く音) 次の瞬間、ふと目の前にある現実に引き戻された。其処にあるただの白いキャンバスと思っていた絵は、砂利や鉄の細かい屑を白く塗った上から ありとあらゆる白が塗り込められ、光の角度によって色々な白を放っていた。 氷のような、雪のような、水たまりの 虹色のような、、、。 ユリ「きれい」 純「ありがとう」 思わず口をついた言葉に反応する声を聞いた瞬間、ユリは驚いて飛び上がった。 おそるおそる声のする方を見ると ひとりの少年がこっちを向き照れくさそうに微笑んでいた。 純「絵、好きなの?」 ユリ「、、、、、、」 純「2年生だよね?」 ユリ「はい」 純「俺。去年までここの美術部にいたんだけど、一年の終わりに学校辞めた。絵、もっと、描きたくってさ。勉強とかしてる時間 勿体無くって。 でも時々お世話になった美術部の先生に絵を見てもらいにくるんだ。 先生の事だけは今でも尊敬してる。その他はつまんないことばっかりだったけど。」 ユリ「そう、なんだ。じゃあ、同じ年」 純「うん。」 ユリ「わたしのこと知ってたの?」 純「うん。憶えて、無いの?」 ユリ「うん?」 純「まじで?それに、、、、、」 ユリ「それに?」 純「小さいころ、良く遊んだじゃん」 ユリ「あ、、、、」 鮮明な映像が突然ユリの脳裏に浮かび上がった。 裏庭につもった真っ白い雪の山を、毎日近所に住んでいた男の子と二人でかき分けて踏みならし、3メートル四方程の広さを 絵の具の赤で印をつけ、毎晩熱湯をかけては固めて作った小さなスケートリンク。それは日に日に固まり、なめらかになり、二人の一番の宝物になった。 きらきらと雪が反射する。時々余りの美しさに目が眩む。はじめて買ってもらった白いスケート靴のひもを 手をかじかませながらきゅっ、きゅっと締める。スケート靴の不安定な靴底で そおっと氷の上にしゃがむ。おそるおそる立ち上がろうとすると たいがい片足のバランスを崩す。其の瞬間を待っていたように純はしっかりとユリの腕の付け根をもって支え、ゆっくりとたちあがらせる。そしてユリの両ひざがぴんとのびると、大丈夫だよ、というようににっこりと笑う。その表情を見て、ユリは初めてリンクの上を安心して滑りはじめることが出来たのだ。 それは小さいながらも ユリにとっては一番の至福の時だった。  でもある日を境に毎日ユリを迎えに来ていた純はぴったりとこなくなり、そしてユリもあのリンクへ二度と行くことも無く春を迎えた。それでもユリの心の中では愉しい想い出だけが鮮明に残っていた。 純「これ」 想い出にほころばせた頬をそのままにユリはじゅんの方を向く 純「今度、個展に出す作品なんだ」 ユリ「個展、やるの?」 純「うん。この学校からの決別、なんてね。嘘。本当は俺この場所が嫌いじゃ無かったよ。」 ユリ「じゃあ、何で辞めたの?」 純「俺」 ユリ「、、、」 純「描きたかった。一瞬一瞬の鮮明な映像を、このキャンバスの上に全部。俺、どうしてユリを迎えにいかなくなったか知ってる?」 ユリ「ううん」 純「あのスケートリンク、俺の親父が壊したんだ、物置きから鉄のスコップもってきてさ、ガツン、ガツンって何かを責めるみたいに。 理由は未だに分からない。でもそれを見かけた時、俺、心を壊されたって思った。何か親父としても嫌なことがあったんだろうけれど、、、許せなかった。」 ユリ「そう、、、、、、。」 純「俺、どんな理由があったって、人の幸せを壊す権利なんて無いと思うんだ。たとえ自分の幸せが壊れたとしても、、、、。でも。」 純「ユリと作ったスケートリンクで遊んだ想い出ではまだ俺の中にしっかりと残ってる。楽しいかったな。だから、俺、そういう瞬間を絵で表現したいんだ。それを見ると其の時がいつも其処にあるような絵を描きたいと思った。」 ユリ「すごい。」 純「え?」 ユリ「私にはそれを形にすることは、まだ、出来ないと思う。でもきっと、写真やビデオで記録を残すよりも それはきっと鮮明で きっと 物凄く正確に其の時間を刻んでくれるんだと思う。」 純「、、、、、この絵」 ユリ「うん?」 純「何枚も何枚も描いてやっとこれができたんだ。一枚一枚描いて行く度に、小さいころの記憶がどんどん蘇って、、、。」 ユリ「、、、、。」 純「最近、やっと親父を許すことができた。何かが壊れる瞬間を人は嫌でも沢山経験する。やけになることだって、ある。でもその度に新しい、何かとてつもなく優しい感情を一つ一つ貰っていける気がするんだ。 ユリと会わなくなってから、色んなことあったよ。愉しいことも、辛い出来事も、、、、。 だから俺はそれを一杯持ってる。たくさん傷付いた分、たくさんの優しさを。 だからそれを一つ一つこれから描く絵に塗り込めていくんだ。」 ユリ「、、、、おめでとう。」 純「え?」 ユリ「個展、見に行くね。新しいスタート、だもんね。」 純「うん、、!、、、、、、、、ありがとう?」 ユリ「うん?」 純は足下に散らばった引き裂かれた絵を書き集めて言った 純「去年の冬、今日みたいな初雪の日に。上手く行かなかったこの絵を引き裂いた。 其の時美術室を覗くユリを見つけたんだ。そうしたら、何か物凄く良い絵が描ける気がした。だから小さいころ遊んだあの場所で、鉄くずや砂利を書き集めてこの絵に塗り込んだんだ。あの頃の思いと一緒に。」 雪の匂いがする。大きな雪が降り出した窓を見つめたまま、、、、、。 2005/10/11 <radio drama> novel=Ree. voice act=Ree./masaru yamada

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