Rag@Beat

ARMS02_AngelWings

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 コンクリートジャングルのなかに存在する巨大公園。
 企業の福祉アピールの一環。
 そんな公園のベンチに寝転がりジャックは見るともなく空を見上げる。
 前回の依頼は今までとは違い二割ほど報酬が高かった。
 それ故に少しぐらい依頼を受けずともしばらくは生活が出来るだろう。
 そう思いここ数日、ジャックは依頼の確認すらしていない。
 否、少しだけ、依頼を受けたくない気分だった。
「……クリス」
 そう、あの依頼の後のクリスとの食事、アレはどれだけ控えめに言ってもデートでしかなかった。
 クリスのオペレートにより上手く生き残れている、という自覚はある。
 そしてクリスのオペレートに絶対の自信も置いている。
 しかし、もし、何らかの理由で自分が死んだ時、クリスが自責の念に駆られる可能性――それがジャックを臆病にさせた。
 今まで一度としてジャックは人間として扱われたことがなかった、それもまたジャックにとっての重りであった。
「俺は、人間じゃない。だから、人を愛せない……」
 そう、ジャックは愛されたことがなかった、愛情が自分に向けられたことがなかったのだ。
 ジャックを施設から引き取り育ててくれた老夫婦とてその愛情はジャックに若くして死んだ息子の姿をかぶせたものだった。
 等身大のジャックを愛してくれる人はいなかった。
 いつだって誰かがジャックに仮面を被せ、ジャックが誰かの仮面を被り、そうやってジャックは人と接してきた。
 クリスにしたってそれは変らない。
 “クリスが望むジャック”という仮面を被っていただけ。ただそれだけだった。
「だってのに……全く」
 だというのに、クリスはその仮面に好意を寄せている。
 そんな、何時だって廃棄することができる安っぽい仮面を――だ。
「嫌いじゃない。感謝もしている。だけどさ――」
 俺は、人を愛せない。
 そうジャックは寂しげに呟く。
 誰にも愛されたことがないから。
 だから、クリスの愛もまた、受け取れないと言う。

 ならば、ジャックはこれまでも愛されず、これからは愛を受け取れないというのか。
 救われない。どこで間違えたのか、誰がそんなシナリオを描いたというのか。
 今からジャックに仮面をつけないで生きることなど出来ない。
 だが、仮面をつけたジャックを愛したところでそこに意味などありはしない。

 回答のない問題。
 解決しない謎。
 無限に続く螺旋問答。

「――まるで、人形じゃないか」
 俺などただ無様に生きているだけの人型、死なないでいるというだけ。
 否、もとより生きてなどいなかったのだろう。生きていないものが死ねるはずもない。
 だから、まるで人形なんてものじゃなく――人形そのものだ。

 ◇◇◇

「……ハァ」
 簡素な部屋のベッドの上に座り込む少女。
 肩を竦ませてため息をつくその少女はいつもなら草原のように輝いている髪の毛もくすんで見えるほどに暗いオーラを纏っていた。
「踏み込まないって決意したのに……」
 そう、ジャックはもっとも理想的な間合い、理想的な人間関係を、合理的で円滑な人間関係が築ける距離を保っていることは承知していた。
 そしてそこにおそらく何らかの心理的な傷害が絡んでいることも理解していた――はずだった。
 だというのに、その距離を詰めたいと思ってしまった。
 いけないことだと解っておきながら、我慢できなかった。
「本当、バカよね」
 昔からそうだった。
 クリスは深く愛するあまり、深く愛して欲しいと近づきすぎ、距離感を見誤り疎まれることが多かった。
 だから、愛されないように、愛さないように、人付き合いが悪いと言われるぐらい、わざと人との係わり合いを避け続けていた。
 少しやりすぎなぐらいが、自分には丁度良いとわかっていたから――。
「なんで、こうなるのかな?」
 愛されたい、愛したい、ただ――それだけのこと。
 当然のこと、誰だって望んでいること。
 なのに、それが理由で人間関係を潰してしまう自分。
 まさに、呪いだ。

 ◇◇◇

 ジャックの携帯端末に着信が入る。
 ここ数日、クリスからのメールは総て無視していた。
 いつもなら何時、何処にいようがすぐに返信していたのに、だ。
 仕事柄、綿密な連絡は当然にしろ、その返信速度はさながら恋人のメールに返信をするかのような素早さだったのに、ここ数日は一通のメールも返していない。
 これでは、クリスを傷つけるだけだと理解しておきながら、メールに目を通す勇気が、覚悟がないのだ。
「…………」
 端末に表示されるのはGUの先輩“渡り鳥”からのメール。
 クリスからの連絡ではないことに落胆としながらホッとしている自分にジャックは気付く。しかしそんな気持ちを振り払うようにジャックはメールに目を通す。
『ジャック、あのソモとセッパの二人を破ったと聞いた。
 まさか、とは思ったがお前ならばやるかもしれない、とも同時に思ったよ。
 二人の渡り鳥を相手にして勝利するなど信じられ無かったがな。

 まぁなんだ、そんなワケでお前と手合わせをしたくなった。
 GU本社のVR訓練に付き合ってくれないか?』
「ハッ――」
 あの人らしい、とジャックは笑う。
 それは久しぶりの笑顔だった。
「グダグダしてても意味はないか。悩み……ってわけでもないしな」
 これが恋の悩みならまだ楽だったはずなんだが、とジャックは呟きながら起き上がり伸びをする。
「しかし、半年振りか」
 グラニオン製パーツを好んで使う先輩との久しぶりの手合わせにジャックの頭脳はギアをあげて動き出した。
 どうやって勝つべきか、半年という時間に培った経験で古い戦略に大幅な修正を加える。
 多連装ミサイルで撹乱し逃げた先にはグレネードが飛んでくるという未来予測をやってのける恐るべき先輩に勝つにはどうするべきか――。


 GU本社の入り口を潜るとそこにはガタイの良いハリウッド映画から抜け出してきたかのような筋肉隆々の気さくな“兄貴”が待ち構えていた。
「いよう、ボウズ」
「久しぶりですね。ブース先輩」
 渡り鳥といえど肉体を鍛えないと優秀な兵士になれない、と言って筋肉トレーニングを趣味とするこの先輩は単独でも強いが集団戦になるとめっぽう強い、特に酒瓶を握れば一ダースぐらいなら一瞬でノシてしまうというカッコよさだ。
 デカい、強い、カッコいい。まさにカリスマの塊といえるアメリカンヒーロー的な男だ。
「しかし、いつみてもヒョロイな」
「先輩と比べないで下さい。俺はただの渡り鳥ですから。翼を失ったら堕ちるだけです」
「……そう云う意味で言ったんじゃないんだがな」
 やれやれ、といった感じでガシガシと先輩は頭をかく。
「まぁなんだ、ダベってても始まらん。さっさと手合わせ願うぜ――“GUの策士”さんよぉ」
「……ちょとまってください。その異名なんですか」
「あん? そりゃお前の戦いぶりがペテン師みたいな騙しぶりだったからな、今の所のあだ名さ。暫定的なものなんでセンスに欠けるのは我慢してやれ」
 いや、まってくれ。なんで俺の戦いぶりが映像として流通してそんなに注目されているのか――。
「たぶんティーゲルの渡り鳥のカメラ映像だろうよ。あぁ、あと流通ルートは『ニヤニヤ劇場』だ」
 いや、なんで普通に動画投降サイトにアップされてるんだよ。俺の戦い。
「GUにとっちゃ良い宣伝広告だからな~」
 利用されるのは好きではないのだが、どうせ傭兵とその派遣会社の関係などそう云うものだ。
 互いの利潤のみを追求し、好き勝手に相手を利用する。
 そこにあるのは好き嫌いでも主従でもなく純粋な金銭関係。
 単純明確なギブ・アンド・テイク。
 まぁその相互不干渉的なフリーダムさが傭兵稼業の良いところではあるんだけれども。上司にこびへつらうのは性に合わない。
「ああ、言っておくが、俺はいつもの機体で行く。お前だからって対策は練らん。というかアレは万能だからな」
 右手のグレネード、左手のロケット、右肩のスナイパーキャノン、左肩の多連装ミサイル……GUに所属しておきながらその総てがグラニオン製品という異端ぶり。
 まぁ俺みたいにフレームは総てGU標準、なんていうのも珍しいわけですがね。
 まぁしかし、グラニオンの武装は総てが高火力なのが厄介なところ、牽制用の武装なんて無い。
 『当たればよし、避けてもよし』どうしようが高火力を叩き込まれるという出鱈目ぶり。
 とはいえど、一番恐ろしいのはロケットとグレネードなので遠距離レンジを維持できれば勝算はある。
「しかし……相変わらず人気者ですね、先輩」
 VR訓練ルームに近づけば近づくほど騒音が激しくなる。
 VR訓練とはヴァーチャル・リアリティーによるアームズの訓練装置なのだが、その戦闘風景はICI(Integrated control of information)――情報統合制御体から送られてくる映像を視覚のうえに被せる形で描画されるのだが、その戦闘風景が大勢の第三者も見れるように、とVR訓練鑑賞ルームというのがあり、三次元グラフィックで描画された戦闘を見ることが出来る部屋があるのだ。
 普通ならせいぜいそれぞれの訓練者のマネージャーか教官が立ち会う程度なのだが……ブース先輩はその爽やかで男らしい正確やワイルドでタフな風貌から女性人気が高く、この人がVR訓練をするとなれば大騒ぎは必須なのだ。
「ギャラリーのブーイングは浴びたくないなぁ……」
「なに、ブーイングの出ない試合結果にしてやるから安心しろ」
「……む、それは挑発ですか先輩。ブーイングの嵐のなか颯爽と俺は歩き去りますよ、先輩になんて興味ないって」
「やってみろよボウズ、やれるもんならな」
 うむ、言ったはいいがやれる自信がない。

 ◇◇◇

『なんだ、またなんつーか、コンセプト見え見えだぞ。お前』
「でしょうね。精密射撃がウリのオルレアン製スナイパーキャノン、なんて狙撃戦します、って言ってるようなもんですからね」
 そう、威力は低いが精度が高いスナイパーキャノンを両方の背中に担ぎ、右手にはショットガン、左手にはマシンガンという機体構成に最終的に俺は落ち着いた。
 俺が機体構成をしている間、先輩が何をやっていたかというと――VR訓練鑑賞室の女の子たちと歓談をしていたらしい。
『じゃ、回線は一端切るぜ。オペレーターとの作戦会議だ』
「ちょっと待ってください。オペレータってなんですか。そりゃあんだけ女の子いればオペレートの出来る子の一人や二人、いるでしょうけど完全に俺、アウェイじゃないですか」
『まぁそう言うな、ちゃーんとお前のファンがオペレートしてくれるからよ』
 俺にファンなんていないけどな。誰だ、オペレーターは。
『こんにちは、ジャックお兄様。よもや、とは思いますが私のことをお忘れではありませんね?』
「如月夕《きさらぎ ゆう》……」
 日本が誇る巨大企業――といってもグラニオンの傘下だが――『如月コンピューターズ』……といっても如月コンピューターズ事態はグラニオンの傘下なだけで兵器開発には携わってはいないが。
 その如月コンピューターズのお嬢様の如月夕が何故にアメリカではなくイギリスにいるのかというと……まぁなんだ、世界に通用する淑女のたしなみを身に着けるため、だそうだ。
 言ってみれば『イギリスで生活するのなら自由にしなさい』と首輪を放つかわりに行動範囲を限定されたお嬢様なわけであるが。
『あらお兄様、知人をフルネームで呼ぶのは英国紳士として失礼ではございませんか? 他人行儀に聞こえます』
「相変わらず律儀もんだな、お前。俺は英国紳士じゃねーよ、ご大層なファミリーネームもなけりゃ戸籍だって怪しいもんだ」
『そんなもの表面しか見てない偽者だけが気にするものでしょう。お兄様は英国はともかく紳士である、と私が保証します』
「日本淑女代表の言葉だ、信じるとしよう」
『それは十全です。ではそろそろ始めましょう』
「ところで、オペレートってお前、なにすんのさ」
『……一対一、接敵済み、オペレートする内容などありませんね』
 そんなことだろうと思った。
『では応援させていただきます。フレーフレー、お兄様……といった具合で』
 なんだかなぁ……コイツがハイテンションで応援してる姿なんて想像できんぜ。

『おい、準備は出来てるか? ――ボウズ」
「そちらこそ、準備運動は済んでるんですか? 途中で『マッタ』なんて嫌ですよ」
『減らない口だ、後悔させてやる』
「いいですよ。先にたたない悔いは持たないタイプなんで」
『では戦闘を開始します。両者構えてください……三、二、一、始め』
 久しぶりの機械音声のカウントダウンを合図に戦闘は開始する。
 ステージは塹壕のような砂丘がある砂漠。
 遠距離からの狙撃を狙うなら自然と空中への浮遊を余儀なくされる。
 ブーストを吹かし上空百メートルまで浮遊。
 その間に両腕をスナイパーキャノンに切り替えロックオンと同時に狙撃。
 それを見越していたのかコチラをロックオンと同時に先輩はクイックブーストで避けながらスナイパーキャノンで牽制しながらミサイルを発射。
 十六本のミサイル弾幕が襲い掛かる。
 即座に右腕をショットガンに切り替え飛んでくるミサイルを迎撃。
 ショットガンはもとよりミサイル迎撃のための武装。面で飛来する弾幕ミサイルには面で飛来するショットガン。
 焦ることなく左腕は先輩のアームズを狙い打つ。
 無論、グラニオン製アームズがスナイパーキャノンを避けられるはずもない。
 クイックブーストすら先読みでなければ意味がない。
 打たれたと思った時には着弾している以上、挙動の鈍いグラニオンのアームズでは回避は不可能。
 あぁ――なるほど、開幕直後の被弾は挨拶代わりか。
 舐めたマネをしてくれるもんだ。
 先輩ならこちらの発射タイミングなど測りきっている。それでも尚、俺はスナイパーキャノンを発射する。
 先輩はそれを回避ではなく装甲で受け止めることにしたようで、突進してくる。
 距離を縮められる=敗北必至→後退。
 フロートシステムといえどこれほどの段差がある砂丘、空中を移動する俺に比べると幾らか地面との摩擦により減速する。
 スナイパーキャノンの打ち合いに持ち込んでも両腕スナイパーで打ち合えばいくら威力に劣るオルレアン制でも撃ち負けはしない。
 かといってミサイルを織り交ぜて無理やり右腕をショットガンに固定してもスナイパーキャノンの精度の関係上、勝負は五分といったところか。
 否、発射すればするほどグラニオンのスナイパーキャノンはガタがくる。
 消耗戦になればやはりこちらの勝ちだ。全段命中させるなど先輩でも不可能。
 先輩の未来予測はミサイルなどでの絡め手との巧みな連携、緻密な計算のうえで成り立った未済予測。決して未来視でもなければ未来決定でもない。
「どっちにしろ、近づかれちゃ困る」
 とはいえど、このままでは先輩が一方的に撃ち負けるのは確実。どんな奇策を用いてくるだろう。
『…………』
「どうした、夕」
『いえ、応援はむしろ妨げなのか、と思いまして』
「あー、なるほど。じゃあ勝ったらご褒美くれよ。それなら励みになる」
『ではそれで。内容は秘密にしておきます』
「うーん、なんとも微妙だな。それ、俺が喜ぶご褒美か?」
『喜ばなければお兄様は偽者です』
「うわ、スゲー気になる……」
『勝てばご褒美の正体もご褒美も貰えます。このほうが効果的ではありませんか?』
「ホント、良く出来た妹だ……」
 ハッと笑い飛ばすと同時に先輩の動きに変動があった。
 スナイパーキャノンからグレネードに右腕をチェンジし、弾幕ミサイルをバラまいてきた。
 開幕直後の弾幕ミサイルは右肩からの射出ということもあり若干偏って射出されていたのだが今回は先輩がそのズレを調整し、弾幕の真後ろに隠れるようにし、弾幕を盾にしている。
「ハッ、なるほど」
 ようやっと何かを仕掛けてくる気になったらしい。
「そうでなくっちゃ――な!?」
 ミサイルによりレーダーは撹乱。先輩はミサイルの影に隠れ目視不可能。
 ミサイルを迎撃するとそこにはロングブーストで突撃してくる先輩。
 距離は――クソッ、今からロングブーストを吹かしても逃げ切れない……。
 いや、このスピード……なんだと……?
「時速、千キロオーバー!?」
 通常のロングブーストの二倍の出力、だと?
『どうやら新製品を利用していたようです』
「じょ、冗談じゃねぇ!」
 確かに、VR訓練のシミュレーターは渡り鳥がもっている携帯端末と接続し、所持しているアームズの武装をデータ化して読み込むことが出来る。
 故にシミュレーターに登録されていない武装でも事実、所持していれば使用は可能。
 しかし、どこにそんなとんでもないロングブーストがあるというのか。
 従来の二倍の出力なんていくら渡り鳥でもその負荷に耐えられまい。
『……流石にこれは、マズイですね』
 そりゃそうだ、相手の近距離武装はグレネードとロケットだ。正直、正面から打ち合ってショットガンとマシンガンじゃ撃ち負ける。
 格納兵装ではない以上、装填は自動で行われる。
 となれば先日のスナイパーとの焼き直し、というわけにはいかない。
「しかし、皮肉だね」
 ロングブーストでの急速接近、グレネードとロケットに対してこちらはショットガンとマシンガン、主客の逆転した先日のスナイパー戦。
 スナイパーの亡霊と戦っているような、そんな執念めいたものを感じなくも無い。
 よもや、己の使用した戦法で追い詰められるなど考えてもいなかった。
「こりゃ完全に詰んだかな」
 残念ながら挽回の策なし、たとえ一発撃ち捨てだとしても先輩ならばあの巧みな未来予測により俺を仕留めることだろう。
 否、むしろ予備がないという背水の陣の状態である以上、未来予測はその精度を段違いに増す。

「まだこれが弾幕バカとかならマシなんだが、必中に熱血までかけたスーパーロボットの必殺技だもんなぁ……」
『まったく、アナタの潔さは私をどれだけ不安にさせているのか理解しているんですか? ジャック――』
「なっ……」
 突然耳元に飛び込んでくる音声――それは聞きなれたクリスのものだった。
『偶然にもIRSIから届いた謝礼の品があります、使用しますか?』
 なるほど、俺がメールを見ないものだから俺の代わりにIRSIの新製品を受け取りに来た、ということか。
「戦況を覆せるのか?」
『オペレーターの仕事はパイロットの生存を前提とした任務遂行の補佐。今回に限って言えば“勝つ”ことが唯一の答えです』
 それと同時に情報統合制御体から新製品のデータが送られてくる。
「攻勢防御もできます新ジェネレーター、ってか……面白い」
 確かにこんなものが製造されたらとんでもない。
 ただでさえ通常兵器では太刀打ちできないアームズにこんなものを詰まれては通常兵器などもはや虫けら同然、数十体用意してもアームズに傷一つ付けれまい。
『ややこしい話は抜きにすると、バリアとバリア飛ばしができる新ジェネレーターということです』
 なんか一気に話しがスーパーロボットな展開になってきた。
 しかし忘れてはいけない、目の前に先輩という巨壁が立ちふさがっていることを。

 バリアを張るイメージ……、失敗。
 バリアを張るイメージ……、失敗。
『ジャック、守りたいものはなんですか?』
 守りたいものをイメージ――

 人間である自分、アームズに乗っている時の爽快感、空を翔ける喜び――あぁ、なるほど。
 俺はアームズに乗ることじゃなく、アームズに乗って空を飛ぶのが好きだったわけか。
 同じ大陸の上にいない人間でも、同じ空のもとにいるから。
 空の下では人間など皆平等だから。

 俺の守りたいものは――蒼い澄み切った空と、その下で生活する人々だ。

 ――成功。
「行くぞ、相棒《クリス》」
 守るために→打ち倒す。
 シャボン玉のような虹色に輝く障壁。
 濃度を増し実体化した粒子の塊。
 飛来するグレネードを弾き、ロケットも跳ね除ける。
 そしてそのまま、透明の巨壁《モノリス》は先輩のアームズに突撃する。
 ただ単に密集していただけの障壁は、衝突と同時にバラけ、散弾の様にくまなく先輩のアームズを破壊。
 先輩の動きが止まる――試合終了の合図、視覚に浮かぶ『WIN』の三文字。

 ◇◇◇

「……まぁ、なんですか。お互い隠し玉の披露で終わっちゃいましたね」
 だな、と呟きながら肩を竦める男二人。
「やっぱり騙まし討ちなんかするもんじゃねぇなぁ。今日のは無かったことにしようぜ」
「そうですね。サシの勝負というには納得のいく結果じゃありませんでしたし」
「でもまぁ、ショットガンで普通ミサイル迎撃するか、お前?」
「先輩に付き合ってたら勝てませんからね。とりあえず決められた回避行動は禁じたんです」
「ったく、確立百パーセントの行動が五十パーセントになったら博打じゃねぇか」
「なに言ってるんですか。野生の勘で博打は大得意のクセに」
 違いねぇ、と大声でブースは笑いながら背中を向ける。
「じゃぁな、俺はファンの女の子とデートなんでな」
 背中越しに振り返りニヤリと笑みを浮かべるブース。
 それを見送りながらブースとすれ違い現れたクリスにジャックは視線を向ける。
「よぉ、お疲れさん」
「ええ、お疲れ様です」
「…………」
「…………」
 気まずい沈黙。
 いたたまれない空気。
 埋め合わせられない決定的な溝。
 それは浮き彫りになっただけ、今まで無視していただけの距離感。
 その距離を縮めたがため、退かれた結果。
 そんな、救われない事実によって確認されてしまった間合い。
「……話がある」
 決意は出来ていなくとも、覚悟はしたのだろう。
 ジャックはそう、ぶっきらぼうに口にして背を向ける。

 そしてたどり着いたのはガランとしたカフェのテラス。
 二人を気遣ってか、店員も近づいては来ない。
 開放された、二人だけの空間。

「俺は……必要とされたことがない。
 皆が必要とするのは俺が被った仮面だ。俺に何らかの仮面を被ってくれと無意識に、無言のうちに要求してくる。
 そして俺はその差し出された仮面を律儀に被り分ける。
 俺はね、自分の素顔すら思い出せないんだ。仮面を外した今の俺はのっぺらぼうだ。
 俺はどこかに俺自身を置き去りにしてきた。
 仮面を被るのには邪魔な俺自身を、仮面を被ると同時にどこかに捨て去ったんだ。
 だから俺は――本当の意味で人を好きにもなれないし、嫌いにもなれない。

 ――そう、思っていた」

 それまで俯いていたクリスが、辛そうにしていた顔をあげる。
 そこには驚きと、僅かではあるが……希望に縋りつく表情が浮かんでいた。
「今……なんて……」
「うん。気がついた……いや、思い出したんだ。小さかった頃を……。
 貧しくて、苦しくて、悔しかったあの頃を……。
 いつも虫けらみたいに蹴飛ばされて、蟻んこみたいに食料に飛びついて、ゴキブリみたいに這い回って生きていた時代を。
 あの時は辛いことがあると空を見上げていたっけ……『皆同じ空の下にいるんだ、僕だっていつか……大金持ちになってやるぞ』って。まったく、そんなことも忘れておきながら、お金持ちになることだけは覚えていたらしい」
 苦笑を浮かべながらジャックは肩を竦める。
「だから、思い出した。俺はアームズに乗ることが好きなんじゃない。アームズで空を飛ぶのが好きなんだ――」
「じゃぁ……」
「うん……俺は、空を愛している。だから、空の下にいる人間も愛している。
 クリス。俺はどこかに翼を置いてきた。空を飛ぶための大事な翼を。
 だけど、今はクリスとベディヴィエールという翼がある。
 俺たち三人は三位一体。世界最強だ。

 ――飛ぼう、一緒に」

 それは告白。
 それは約束。
 それは誘い。
 それは――……。

「翼は……主の思うままに羽ばたくのみです」

 それは告白。
 それは契約。
 それは応答。
 それは――……。

 ◇◇◇

「困りました。お兄様が勝利したのはお姉様のお陰ですからね。私の応援など不要でしたか」
 ご褒美が無駄になりましたね、と少し夕は残念そうに眉を下げる。
「いや、そんなこともない、ぞ?」
 苦しげに夕を励まそうとするジャックだが効果はなく、むしろ益々夕の顔を俯かせるだけだった。
「あ、う……むぅ……」
 これ以上は事態を悪化させるだけと悟ったのかジャックは困り顔で頭をかきむしる。
 プルプルと夕の肩が震える。
 ヤバイ、泣かしたか――と身構えるジャック。
 顔をあげる夕。
 しかし真っ赤に染まった顔に浮かぶのは笑顔。
 むしろ笑いを堪えているかのよう。
「ク、フフフ。お兄様はやはりからかい甲斐がありますね」
 フフ、フフフフフフフ。などと活字にすれば明らかに怪しさしか伝わらないお上品な笑い声をあげる夕。
「お姉様。少しコチラへ――」
 ひとしきりフフフ笑いを堪能した夕はクリスを手招きする。
 クリスは疑問符を浮かべながら夕に近づいていく。
「お兄様が勝てばご褒美を差し上げる予定だたのですがお兄様の勝因はお姉様にあるのでお姉様からご褒美は差し上げてください」
「それは、いいけど……ご褒美って……?」
 ちょいちょい、と手招きをして口元に手をあてる夕。
 相変わらず疑問符を浮かべながらもクリスは耳を寄せる。
 いわゆるコソコソ話というやつだ。

「え、えぇ!?」
「あら、嫌ですか?」
「嫌っていうか、そんなことするつもりだったの、夕ちゃん」
「親愛なるお兄様のためであればその程度、お安い御用です」
「…………」
 むぅ、と何か言いたそうではあるがクリスは何を言えば良いのか良くわからず混乱したまま黙りこくる。
「お姉様がプレゼントしないのなら私がプレゼントするまでですが?」
「ダメ、私がする」
 そう云うと決意を固めたのかクリスはカツカツと、敵意とか殺意とかを纏った足音でジャックに近寄る。
 そのあまりのオーラにジャックは一歩あとずさる。
「ジャック、お覚悟を――」
 そう言ってクリスはジャックの顔を片手で鷲掴みにし、片手を肩にかける。
 そして肩に置いた手に力を入れ、顔を近づける。

「――――」
 頬へ軟らかい感触。
 女性特有の甘い香り。
 暖かな他人の体温。
 胸の高鳴り。
 混乱する頭脳。
「……感想は、聞くまでも無いですね」
「じゃあ、お幸せに――お兄様、お姉様」
 そういい残すとヒラリとスカートを翻し夕はカフェテラスを後にする。 

 ◇◇◇

 I lost the angel wings.

 One can not go back to the sky.

 No problem. I got a new wing from now.

 He and you. We Trinity.

 That keep the sky. That love the Wings.

 Do not lose again, the Wings also sky ――

 ―― Not miss again, what is precious.
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