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一話 『Longing』

 地球は多くの国と国が終結し大きなコミュニティを作り上げた。
 ヨーロッパ諸国協同体である『EU』、南北アメリカが集結した『ステート』、アジア諸国が結合した『東洋海域機構』。
 この三つのコミュニティは切磋琢磨し経済戦争に現を抜かしていた。
 そして次第に国家という枠組みは薄れて行き巨大な財閥が取って代わることとなる。
 経済戦争の果てに、より経済に特化した組織が政治的権力を握る――それはコミュニティという大きな枠組みが出来、国家という小さな枠組みの存在意義が失われたその時より確約された“運命”であった。

 国家に取って代わった財閥はその財力をもって軍事力を擁し出した。
 もはや古い法律や憲法など存在せず企業が司法を取り仕切っているのだからこれもまた当然の運命である。
 その結果として製造されたのが――

  Army,Rush,Machine Mission,Security Survilance Storm Soldier Speed.監視及び迅速な安全保障任務遂行可能強襲機械兵士――通称”アームズ”。

 ――要するに、万能ロボットであった。

 最初は工事現場の重機から始まり治安維持のために警察に配備され、最終的には軍用兵器として開発が進んだ。
 しかし企業は何処まで行っても企業であった。
 救いがたいことに企業は軍事力を有事の際の防衛力として有する心算など無かったのだ。
 平時にまで大金を払い軍隊を抱え込むなど企業にとってはあり得ない事態だったのだ。
 企業は軍隊を平時にまで動かし――否、むしろ水面に巨石を投じるかのように戦乱をコントロールしようとした。
 つまり、ライバル企業への嫌がらせのためにその軍事力を動かした。
 無論、そのような非人道的ともいえる行動にしばしば従事させられるというのに愛国心……いや、企業愛から戦う兵士などいない。
 結果として企業の要する兵士とは金で雇われる傭兵となんら変わりなかった。
 否、むしろ仕事をしなくとも契約を結んでいる間は給料を払わなくてはならないのだから傭兵よりも性質が悪かった。
 企業はライバル企業においては必須だが自分の企業には不要、という人材を引き抜いては解雇する、という悪辣な手法でライバル企業への嫌がらせを行った過去から一度契約した社員とは半年間は契約を破棄できない、というルールを課せられていた。
 企業からしてみれば鬱陶しいことこの上ない規則だったがこれを遵守しないということは企業への信頼の低下に繋がったため渋々ながら企業はこの規則を遵守せざるをえない。

 そしてそれを悪用して契約したあとは仕事をしない、というアームズ乗りが急増したのだ。
 アームズ乗りは強制的に任務に就かされる、ということはない、それは非人道的な任務などがしばしばあるからで、親戚のいる街を破壊せよ、などという任務に強制的に就かされたアームズ乗りなどはしばしば反乱を起こし企業は痛手を被った過去があるからだ。
 つまり、完全に依頼を取捨選択する、という自由がアームズ乗りにはあった。
 故に総ての依頼を破棄すれば働かずとも賃金がもらえるという事態が生じた。
 その結果としてアームズ乗りは企業お抱えの軍事力ではなく、傭兵として必要であれば雇用する、という派遣社員のような扱いになった。
 しかし、傭兵派遣企業というものが出来上がってしまえば彼らが現在の財閥に取って代わることは明白であった。
 それ故に財閥はそれぞれが子会社として傭兵派遣企業を抱え込むことになった。
 傭兵として登録すればその親会社である財閥のアームズが支給され、仕事を取捨選択して成功報酬を受け取る――そういったシステムが出来上がったのだ。
 財閥は傭兵を雇用し続けるという負担から解放され、報酬さえ支払えば財閥以外の企業ですら傭兵を雇用できる。
 世界は戦争に大義名分すら求めず、なりふり構うことなく“利益”のためだけに戦争を行うシステムが構築されたのだ。

 言い訳もなにもなく、我欲のためだけに暴力を振るうなど、幼児と変わりないということにも気付くこともなく、気がついても目をそらし続けたのだ。

 ◇◇◇

 “ファミリーネームのないジャック”の一日とは携帯端末のアラームとともに始まりを告げる。
 携帯端末は軽快なメロディーをけたたましいほどの大音量で鳴らしながら主の目覚めを根気良く待ち続けている。
 ジャックは『うー』と唸りながら携帯端末に手を伸ばす。その唸り声は睡眠への未練から来る悲鳴であり、携帯端末への不満の声《ブーイング》であった。
「あー、眠い……」
 そう呟きながら携帯端末に目を通すジャックの頭は既に覚醒している。
 低血圧だが寝起きだけは良いのがジャックの数少ない昔からの利点であった。……反面、寝つきの悪さは折り紙付きではあるが。
「パス、パス、パス……なんだよ今日は、シケた依頼ばっかって……わかってんのかねぇ、弾薬だってロハじゃねぇってのに……」
 ブツブツと呟きながらジャックは所属している傭兵派遣企業のウェブサイトにアクセスする。
 そして現在請負可能な依頼をチェックするのが朝起きて一番にするジャックの日課であった。
「今日はオフだな……」
 本日で十連休という半ニートとしか言いようの無い自堕落な生活にウンザリしながらジャックは自室の壁を睨みつける。
 その壁の向こうからは朝から元気な隣人の嬌声が聞こえてくるのである。
「……やれやれだ」
 壁の薄いボロアパートにジャックが住んでいる理由は一つ――金が無い。
 単純明快にしてだからこそどうしようもない事態。
「ま、いいさ。貧乏とは双子の兄弟の名前だしな」
 生まれつき貧乏だったジャックにとって現在の生活には不満はあるが不幸はなかった。
 企業はファミリーネームすら“商品”にしてくれたおかげでいきずりの男の子供を身篭った娼婦の母親は息子にファミリーネームすら買い与えられなかったのだ。
 つい最近までジャックは住民登録すらされておらず就職するために友人に頭を下げて借金したほどだった。
「さて、どうしたものか」
 顔を洗い寝癖も直して朝から自己主張の激しかった下半身もトイレで解放したジャックは隣人の嬌声でまた下半身に自己主張されるのもウンザリであり、腹の虫もご立腹という状況であった。
 つまり――
「朝飯を食いに外へ出るか……」
 ――それしか選択肢は無かった。

 ◇◇◇

 ジャックの住むボロアパートから徒歩五分。
 そこには美味しいモーニングを食べさせてくれる喫茶店があった。
 しかもワンコインでお釣りが来るのだからありがたい。
「しっかし相変わらずガラガラだね、どうも……」
「仕方ないですよ。ウチの店、地味ですから」
 そう、その喫茶店は十分に流行る店としての条件は満たしておきながら一つだけ足りていないものがあった――派手さである。
 表通りから一本奥に入った住宅地の中に溶け込んだ喫茶店。
 こじゃれたチェーンのカフェなどと競争をするには些かパッとしない立地条件であることがこの店の唯一にして最大の敗因であった。
「ま、この時間だったら当然か……」
 朝の九時。こんな時間から喫茶店にいるのは営業のサラリーマンかジャックのようなお世辞にも“堅実”とはいえないフリーターっぽい人たちぐらいのものだ。
 完全なニートは引きこもりか外食に興味が無いし、オフィスで仕事をするタイプのサラリーマンならマイマグにOLのお姉ちゃんが入れてくれたコーヒーを堪能しているはずだ。
「いつもの頼む」
「了解です」
 元気良く頷くとオーダーを用紙に書き込んで微笑みながら厨房にオーダーを通しに行く少女。
 栗毛色のポニーテールが印象的なその看板娘にジャックは好意といっても差し支えの無い感情を抱いていた。
 とはいってもそれは恋だの愛だのという感情ではなくこの『ブラック・コーヒー』というこの喫茶店への愛着を一段階強くする程度のものでしかない。
 傭兵という仕事の関係上『いつ死んでも問題のないように』とジャックはあまり人とのベタベタした係わり合いを持たないようにしている。
 それは無意識的なもので意識的に人を遠ざけるようなことはしないが、絶妙な“間合い”を自然に取るそのスタンスがサバサバとした傭兵や整備チームにも人気でジャックは良く食事を奢ってもらったりしている。
 一人じゃ寂しいが酒が飲みたい、という時に『そーいえばジャックがいたな』となるわけだ。
 しかしそれ故にジャックは『友人』は多いが『親友』や『恋人』といった存在はおらず、最も親しい相手はせいぜいマネージャーぐらい、という実に淡白で豊富な人間関係を築いている。
「……む」
 ジャックの携帯端末にメールが届いたことを知らせるランプが点滅する。
『おはようございますジャック。“今日も”休日ですか』
「……ぐぅ」
 流石に十日も休日が続くとジャックのマネージャーも暇なのだろう。マネージャーとはいっても基本業務はジャックが出撃する際のオペレーターなのだからジャックが休日であればマネージャーも休日となるわけだ。
 まぁ彼女はジャックが所属している傭兵派遣企業『グレート・ユニオン』で後輩マネージャーの育成などで小金を稼いでいるためジャックが一ヶ月働かなかったところで飢え死にはするまいが。
『怪しげなミッションと赤字ミッションしかないんだ、我慢してくれクリス』
 お金の問題ではなくジャックが出撃しないことに“クリス”は不満があるのだがジャックにとって仕事とは命と報酬を天秤にかけるのだから安請け合いも出来ないのである。
『最新のミッション情報を手に入れました。今ウェブサイトに公開する手筈を整えている最中です』
 メールにはミッション情報が添付されていた。
『ミッションを説明します。

 依頼主はISRI――インド宇宙研究所ですね。
 依頼内容は所謂“護衛ミッション”です。
 宇宙開発に関連する新たな研究内容を運搬するのを護衛して欲しいのだとか。
 研究機関のスポンサーはいつだって軍ですが……。
 きな臭いのを裏付けるかのように報酬は破格です。
 危険を犯す価値はあると思いますよ?』

 相変わらず慇懃無礼というか丁寧粗相というか、妙に頭にくるミッション情報に舌打ちしながらもその破格の報酬にジャックは興味を惹かれる。
 詳細な情報を見る限り護衛区域はごく僅かで敵性勢力は配置されていないらしい。
 時間にして一時間程度の護衛ミッション、戦闘行為は皆無という可能性もある。
 そしてなにより報酬は一千万キャッシュ。
 マネージャーに三百とられ修理代や弾薬費で五百万とられてもジャックの手元に二百万キャッシュは残るはずである。
 相変わらずマネージャーよりも報酬が少なくなるというのは変わらないが十日連続の休日には飽きていたし、なにより来月の生活費が結構ヤバ目だった。
「あー、くそ……きな臭い仕事は請けない性質なんだがな」
 ガリガリと乱暴に頭を掻き毟りながらジャックは唸り声を上げる。
 コツン、と自分の頭部に握りこぶしを叩きつけて痛みに顔をしかめながらジャックは携帯端末に手を走らせる。
『OK、請けてやるよクリス』
『それは良かったです。アナタがごく潰しだの引きこもりだのと罵倒されるのにもそろそろ限界でしたから』
 これでミッションに失敗すればクリスに見限られるんじゃないだろうか、とジャックは背筋が冷たくなるのを自覚した。

 ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇

 貧乏性な俺はモーニングをちゃんと完食してからGUに出頭した。
 おかげでちょっとばかし遅刻してクリスに怒られはしたもののもとよりクリスのスケジュールが早目、早目と余裕を持たせたスケジュールなのだから少しぐらい遅刻しても問題は無い。
「遅刻前提のスケジュールだと勘違いしないで下さい」
 草原のような淡い緑色のショートカットの少女《クリス》は既に頭にインカムをつけて準備は出来ているらしい。
「や、悪い。朝飯を注文した手前食べ終わるまで動けなかった」
「朝ごはんぐらい私が準備していないとお思いですか」
 そういってクリスからバスケットを手渡される。
「え、何。もう腹いっぱいですよ俺ァ。あ、でもクリスの愛情タップリなサンドなら食べれるケド」
「お昼ご飯です。ミッションは昼過ぎからなので移動中に食べてください」
 うーん、しかし昼飯でサンドイッチか……少々心許ないというかなんというか。
「満腹でミッションを遂行できるはずがないでしょう。ミッションが成功すれば夕食に付き合って差し上げますから頑張ってください。……あと、それ、朝ごはんのつもりだったんですよ」
 最期の一言は立ち去りながらの言葉だったため呟きのようで聴き取りづらかったがクリスの優しい気遣いに俺は微笑みその背中を見送る。
「じゃ、いっちょフラグ成立のため頑張りますか相棒!」
 ニヤリと笑みを浮かべて俺は傍らに立つ相棒《アームズ》を見上げる。

 俺の駆る『ベディヴィエール』は第三世代アームズと言われる普及型で現在は第四世代アームズが最新型ではある、とはいえど普及型と言うだけあっていまだ第三世代が大半を占めているが。
 第一世代は言わずもがな、重機の代用品などそういった『力仕事』を行うためのものであった。
 そして第二世代はまぁ第一世代に毛が生えた、という程度でちょっと頑丈な第一世代、といった趣だった。
 それが第三世代でガラリと変わり完全な軍用機として昇華されたわけだ。
 特徴的なのはフロートシステムと内熱機関の搭載。
 フロートシステムというのは二足歩行ではなくホバークラフトのように若干浮きながらスライドできる移動システムで中にはフロートシステムがあるから、といって二足歩行を完全に捨てた脚部もある。潔い話しだ。
 そして第二の特徴が内熱機関の搭載。
 つまり第二世代までのアームズは燃料の補給が必要不可欠だったのだが第三世代からはジェネレーターの搭載により半永久的にアームズは活動が可能となった。
 といっても核を積んでいるので危険度は増したが。

 俺のベディヴィエールは流線形のボディにガッシリと地に脚を落ちつかせながらもどこか軽やかな印象を与える優美な騎士のような趣がある。
 GUはそのいかつい名前からアメリカの財閥だと思われがちだがその実イギリス系なのだ。
 あの紅茶と紳士のロマンな嗜好がそのまま反映されているため騎士物語から抜け出してきたようなフォルムをしている。
 まぁ、ベディヴィエールというのはアーサー王に最期まで仕えてエクスカリバーを湖に帰した騎士の名前であったりするわけだが……。
 つまるところ、主《おれ》に従い続ける従順な仲間《アームズ》というわけだ。
 俺の期待を裏切られたことは一度もない。

「よし、時間だ、行こうぜ相棒」

 ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇

「オールクリア。チェック項目に異常なし」
『Link開始します』
「オーケー、始めてくれ」
 ズキリ、と鋭い痛みがジャックの首筋を駆け抜ける。
 アームズは人型兵器でありながらフロートシステムなどにより人体とは全く違う挙動をする。
 そのため強化装甲の延長として人体の動きをそのままフィードバックするというシステムは使用できない。
 何故なら人体にはフロートシステムなどその手の便利機能はついていないからだ。
 故にアームズの動きをそのまま人間にフィードバックする、人間の脳をアームズと接続して搭乗者に『自分は人間ではない、アームズだ』と認識させる。
 この異常ともいえる脳への認識書き換えに耐え切れないと搭乗者は発狂する。
 アームズこそが自分の正しい体である、と認識することが出来ればあとは自分の体を動かすように自然とアームズを操縦することが出来る。
 もとより人間ではなかった、人間として扱われなかった。
 自分を自分として扱ってくれる人間に恵まれなどはしなかった。
 生きるためにはなんでもする獣だと蔑まれ、本能だけで生きる非人間だと恐れられ、拾われたと思えば死んだ息子の代用品として扱われた。
 常にジャックはジャックではなく獣や代用品《パーツ》でしかなかった。
 だから、アームズに乗ることに抵抗はない。
 自分をアームズだと認識することに拒否感などない。
 この首筋を走る一瞬の苦痛は苦しんできた過去だ。
 ジャックをジャック以外のものとして扱ってきた世界への憎悪だ。

 一生抜けることのない――

 ――胸に刺さった棘の痛みだ。

 ジャックはアームズに乗ることで解放される。
 あらゆる過去から、あらゆる痛みから、忘れえぬ傷を忘れ去ることが出来る。
 アームズに乗るからこそジャックはジャックであり、周りはジャックを認めてくれる。
 アームズ乗りであるからこそジャックはジャックとして扱われ、人間のなかに紛れ込める。

 ――人間になりたい。

 そんな誰もが抱くことのない、当然のような願い、何を言っているのかと誰からも理解されない憧れ。
 それをアームズに乗ることでジャックは手に入れる。
 だからアームズになる、ということはジャックにとっては人間になるということ。
 所詮パーツだとしても、アームズ《にんげん》になれるのなら人殺しになることも厭わない。
 “人殺し”とは人間に与えられる称号だ。
 だからジャックは今日も戦場へ立つ。

 幸せそうな笑みを浮かべて――。

 ◇◇◇

 ISRI――Indian Space Research Industry.《インド宇宙研究所》
 人類はアームズなどという機動兵器の量産に成功しておきながら未だに地球という惑星にしがみついて環境を破壊している。
 残念なことに、人類はクリーンエネルギーも見つけることができず、石油を消費しつくすしか未来はないというのが現状である。
 無論、石油がなくなればその先にあるのは原子力発電だ。
 原子力発電の危険性すらも無視されるであろうことはアームズのジェネレーターが核融合炉であることからも伺える。
 それ故に人類は宇宙への進出に躍起になっているわけだが……後ろ盾として財閥が絡んでいることはおおよそ間違いはあるまい。
 というのも宇宙関連の研究成果はそのままアームズなどにも転用できるわけだから、であるが。
 主にブースター関連は宇宙開発の成果を財閥が利用した結果であったりもする。
 事実、ステート宇宙開発局などはアームズのブースター部門ではなかなかの評価を得ている。
「と、なれば……」
『ISRIの依頼を受ける、ということはGU以外との関係を築くチャンスです。ブースターを譲ってもらう、などということもあるかもしれませんよ』
 いや、それは実験台の間違いだろ……などとジャックはボヤきながらアームズを動かす。
 現在ジャックたちがいるのはパルミア海岸という都市部から二百キロほど離れた場所である。
「パルミアまでのルートは……っと……最短ルートがこの赤のラインだな?」
 アームズを通し脳に送り込まれる情報を視覚情報として回すことで視界の一部に地図情報が表示される。
『はい。ただしそれ故に一番妨害の危険性が高い、とも言えるでしょう』
「偵察の成果は?」
『ありません。今の所進路はクリアです』
 それもまた妙な話だ、とジャックは呟いて黙り込む。
 考えられる可能性のなかで最悪のパターンを探し出そうとしているのだ。
「伏兵を配置する場所は……無い。ならば本当に何も……? いや、まて……」
 作戦領域外からの妨害――つまり、アームズであれば現在確認できていないのも当然のこと。
 アームズには瞬間噴射《クイックブースト》と長距離噴射《ロングブースト》と言われる二つのブーストがある。
 クイックブーストというのは緊急回避などのために吹かすブーストのことでロングブーストというのは長距離を一瞬にして移動する、という緊急離脱、一撃離脱のためのブーストだ。
 言ってみればロングブーストとはスペースシャトルのような恒常的なブーストであり、秒速にして五百メートルは出ると言われている。
 半径五百キロ四方での偵察活動など意味を成さない。
 何故なら五百キロなどたかだが千秒……十七分程度で踏破してしまうのだから。
「クソッ! 敵はアームズか!」
 ISRIなどマイナーな研究所の妨害にアームズ乗り《渡り鳥》を雇う、などと考えてもいなかった。
 しかし、マイナーだからこそ、である。
 芽が出る前に刈り取ったほうが効率的なのだ。
 ならばこのミッション、自ずと敵アームズが“一体”とは限らない。
 むしろISRIの妨害のために渡り鳥を雇う余裕があるのだ。
 ISRIの後ろ盾はおおよそ間違いなく“黄龍”に違いない。
 となればこれは代理戦争だ。妨害相手の後ろにいるのは間違いなく“グラニオン”だろう。
「なぁクリス……敵のアームズの構成、大艦巨砲主義だと思うか……?」
『火力に偏る、という意味でいえば是です。おそらく鈍重なのではないかと推測します』
 グラニオンといえばステートの軍需財閥であり『デカい、ツヨい、オソい』の三拍子で有名なアームズ業界の大艦巨砲主義である。
 そして黄龍といえば中国、韓国、北朝鮮を支配する巨大な中華財閥であり、器用貧乏の見本市である。
 言ってみれば“安価な偽者”の大量生産というわけだが。
 貧乏人には『安いが脆い』と言われその耐久度の低さから使い捨てると逆に金がかかることで嫌われ、有名な“渡り鳥”たちは本物を買う、ということで『アームズのレプリカ』やアームズのプラモデルなどが専らの収入源だとも噂されている。
「ってバックが黄龍じゃISRIもタカがしれてるぜ。クリス……」
『ISRIは企業ではなく研究所です。長い目で見れば有効なパイプラインだと言えるかと思われます』
 なるほどね……と呟きながらジャックは思案する。
 敵がアームズである限りこれは“楽な仕事”じゃなくなっている。
 状況次第では真に惜しい話しではあるが飛んで逃げる必要すらある。
「敵が一機であることを祈るよ」
『そうですね――』
『こちらISRI。君が護衛機だな? 輸送機の準備は出来ている。君の準備は出来ているか?』
 割り込み通信にジャックは幾分か気分を害しながらもしかめっ面で「あぁ」と返事をする。
 所詮音声通信なので表情までは伝わるまい。
『では行こう。あぁ、注意しておくことがある。積荷は大変重要なものだ。一ダースの人間の命がかかっている。以上だ』
 輸送トラックは二台、運転手は一台につき一名、そしてジャックとクリスを含めて四名。
 あとの八名はこの作戦が失敗した際スケープゴートになるISRIの平の研究員、といったところか。
 それにしても――とジャックは思う。
(スケープゴートの数が多すぎはしないか?)
 それとも輸送品が届かなかった場合は代替品で実験を行うから幾名かの被験者が命を落とすかもしれない、ということだろうか。
「ま、どっちにしろ関係ないさ。成功させりゃ問題はないんだ……」
『そうですね。この依頼、ますますきな臭くなってきました』
 お前が持ち込んだ依頼だろう、と愚痴ろうかと思ったが報酬に釣られて依頼を受諾したジャックにも責任があるのを思い出し渋々とジャックは口をつぐむ。

 あまり話したい気分でもなかったし任務に集中する必要もあったため、気がつけば海岸を出発してから二十分ほど経過していた。
 先ほどからジャックたちが時速二百キロで走っているのは海岸沿いの道路である。
「それにしても汚い海岸だ」
 ジャックがそう呟くのも無理はない。
 パルミア海岸は夏場であれば輝かしいビーチなのだろうがシーズンオフな現状では水着の美女もいなければビーチバレーをする若者もいない。そこに存在するのはただ夏の残り香、盛況だった証であるゴミの山だ。
 あまりのゴミの多さにジャックは金属探知センサーをオフにしていた。
 ピーピーピーピーとセンサーは空き缶一つに反応して五月蝿いことこのうえなかったからだ。
 アームズというのは搭乗するだけでストレスが溜まる兵器である。
 自分が機械であるという錯覚、本来人体にはないものがあるという違和感、そういったあらゆるストレスを常時感じているというのにそのうえ金属探知センサーにまでストレスを感じていてはストレスレベルが上昇してアームズの挙動に不具合が生じてしまう。

 轟く爆音→ストレスレベルを急増させる。
 視界を覆う閃光=ストレスレベル一時的限界突破。
 結論/スタングレネード× 閃光地雷○
 理由:“渡り鳥”のストレスレベル上昇=戦闘能力の低下。
「クソ物騒な空き缶だこって」
 データ解析、過去の映像から推測→空き缶の山のなかに閃光地雷あり。
 金属探知センサーの使用を推奨。金属反応の集中地点に注意。
「却下だ! ブライトネス低下。音声ボリュームレベル零コンマ五、閃光地雷原強行突破」
 指示と同時にアームズを通して送られてくるデータが改変され視覚データはその明度を下げ、音声データは音量が下げられる。
 これにより閃光と爆音によるストレスは低下する。
 ただし、データを加工し、情報量を欠落させるのだから当然のことながら収集できる情報量も低下する。
 先ほどまで明確だった視覚映像は総て曇り空の夕方レベルまで低下し、音声に関してはよほどの音しか拾えなくなっている。
「クリス! 敵はこちらにアームズがあることを想定している。敵は対アームズの準備は万端ってことだ!」
『了解。アームズおよび対アームズ兵器への警戒を強化――といってもアームズに対抗できるのは現状、アームズのみですが』
 アームズの機動性、瞬発力、爆発力、鉄壁の装甲……あらゆる要員が現状アームズに敵うのはアームズのみ、と言われている。
 せめてその機動性を殺せるような閉鎖空間での戦闘ならば勝ち目もあろうが開けた空間では最強と言っても過言ではない。
 否、事実――最強の名をほしいままにしている。

『……アームズの接近を確認。二機です。接触は五百秒後の予定』
「五百秒だと!?」
『半径五百キロ四方、です。中心……つまり我々の場所までは領域外からは約二百五十キロしか離れていません』
「しまった……」
『ひっかけ問題に良くひっかかるタイプですね』
「遠まわしに人をバカだって言うなよ」
『では回りくどい言い方は止めます。バカですね、あなた』
「グッ……そういう意味じゃなくて……」
『ストレスレベル上昇――敵との接触は四百五十秒ですので』
 ストレスレベルの上昇は誰のせいだ、と呟きながらジャックはクリスより送られているレーダー情報のうえを移動する二つの赤い点を凝視する。
 二つの赤い点はおおよそ同じスピードで並走している。
 ブースターの出力に差があり出力の低いほうが軽量機なのか、あるいは重量もブースターの出力も似通っているのか。
「普通なら前衛と後衛……重量は違うはずだ」

『敵機接近、接触三百秒前』
 あと五分後にはジャックがいるのは苛烈な戦場のど真ん中である。
「クソッ、こっちの居場所は閃光地雷の爆発でおおよそは把握してるってか……」
 輸送部隊の通信コードを引きずり出して繋げる。
「おいオッサン! アンタらはここで止まれ! 俺が先行して敵をひきつける!」
『オ、オッサン……。あのなぁ君、先行して敵が君を無視してコッチに来る可能性というものを考えないのかね』
「じゃあ聞くがオッサン、敵はどうやってコッチの居場所を把握している? 偵察機なんてないぜ?」
『そ、それは見つかっていないだけでどこかに隠れている可能性だって……』
「無いな、こっから半径五百メートル四方はコッチの作戦領域だ。ステルス偵察機でも見逃さん」
『じゃ、じゃぁ……』
「あぁ、敵はコッチを閃光地雷の爆発でしか把握できていない」
『む、むぅ……しかし君しかいないとわかると二手に分かれたり……』
「バカかアンタ。一緒にいたら探しに行かないでいいんだぜ? しかも俺を狙った流れ弾が当たるかもしれないし、アンタらを守るために俺が無駄な被弾を強いられることもある。何、襲撃には防衛の三倍の兵力が必要って言うだろ。たかだか二倍の兵力じゃ成功せんよ。あと一コンマ五倍の兵力を用意してくるべきだったな」
 ニヤリ、と口の端をつりあげた笑みを浮かべるが音声通信なのでジャックの自信満々な表情は伝わらない。
 しかしその表情をクリスは映像通信のチャンネルをジャックとの間に常時繋いでいるために見つめていた。
『む、むう……わかった。君に任せる。しかしくれぐれも失敗してくれるなよ。一ダースの命がかかっているんだ』
「ハッ、失敗ねぇ。そんな殺り甲斐のある相手ならいいんだがな!」
 そう言うとジャックは輸送部隊との通信を一方的に遮断する。
 以降、ジャックとの通信はクリス以外は出来なくなった。
 ジャックが一方的に輸送部隊との通信をキックアウトするように設定を変えてしまったためだ。
 これにより輸送部隊はクリスを通じてしかジャックとの会話が出来なくなってしまったわけである。

『敵機接近、後百秒――敵影捕捉、回します』
 その言葉と同時にジャックの視界に敵機二機の機影が割り込んでくる。
「ビンゴ! 前衛と後衛の連携か」
 相変わらずレーダー上の赤い点は仲良く二つ並んでいる。
 敵機はこちらを閃光地雷の爆発でしか把握できていない。
 ジャックは輸送部隊と並走していた時と同じ時速二百キロで地雷原を突破。
 ロングブーストを使わわない場合のアームズの平均移動速度は時速三百キロメートル。
 時速二百キロでの三百秒の移動距離を時速三百キロで埋めようとすればおおよそ二百秒。
 ロングブーストはスペースシャトルのように予備燃料を使いきると同時にパージする、という手法を取ったとしてもせいぜい五百秒がギリギリである。
 それ以上のロングブーストはロングブースターがオーバーヒートするからである。
 予備燃料を背負ってなければもっと早くにジェネレーターの出力ではエネルギーが足りなくなるのだが。
 作戦領域の範囲を半径五百キロ、と定義したのはまさしくそういった理由からだろう。
 それ以上の索敵は費用がかかるし、それ以下の索敵範囲では敵がアームズであった場合に作戦を立案する時間が無い、というわけである。
「ふん、どうあっても輸送部隊に辿り付くのにロングブーストは使えない、か」
 ならばジャックが輸送部隊と離れているとわかった時にジャックの相手をするのは軽量機であるほうが都合が良い。
 重量機より軽量機のほうが先に輸送部隊にたどり着けるから、である。
 となれば嫌でも軽量機がジャックの相手をせざるを得ない状況に持ち込んだほうがジャックにとっては有利な展開となりうる。
『敵機確認。重量タンクと軽量二脚と判別――』
「空飛ぶ戦車《タンク》なんて悪夢だろうが……遅すぎるんだよ」
『敵接触十秒前、捕捉できてますか?』
「バッチリだ。突撃する!」
 言うが早いかジャックはブーストを吹かし一瞬で上空数百メートルまで翔け上がる。

 ジャックの駆るベディヴィエールは右手にショットガン、左手にマシンガン、右肩にスナイパーキャノン、左肩に高機動ミサイル、腰にはレーザーソードという万能型の古典的装備である。

 対する敵機は軽量二脚の紅いほうが両手マシンガンに腰のレーザーソードのみという軽装。スピードで翻弄するつもりだろう。
 相棒の支援もあれば十分な装備と言える。

 そして重量タンクの蒼い機体は両手にスナイパーライフル、両背にレーザーライフルという徹底した狙撃スタイル。

「始めよう――人間《、、》を」

 ジャックはそう呟き自分をアームズのパーツ《にんげん》だと認識する。

 ◇◇◇

 人間には二本しか腕がない。
 しかし、アームズには四つまで武装《アーム》を積むことができる。
 この問題はいかにしても解決することはできない。
 いくらアームズと神経をリンクすることでアームズを手足のように動かせるとしても、自分がアームズの中枢ユニットでしかないと認識したとしてもだ。
 人間に本来存在しない機構は困難ではあるが不可能ではない。
 想像力によって存在しない機構を稼動させることは出来る。
 しかし三本目、四本目の腕となればどうだろうか?
 誰しも『腕を動かす』ということを意識してなどいない。
 何処の筋肉を動かして軟骨が骨の動きを柔軟に可能とさせて……など誰も考えては居ない。
 そして腕を動かす『イメージ』などもありはしない。
 誰だって何もイメージすることもなく腕を動かしている。
 腕を動かすイメージによって腕を動かしている人間などいない。
 つまり、人間に存在する機構はその許容範囲を超えることができない。
 それ故にアームズでは武装の変更は右腕から右肩、左腕から左肩への変更、そして同時に使用できるのは左右一武装づつという形となっている。
 ただし例外的に腕部そのものを武装化してしまったもの……言ってみればサイコガンのようなものは関節部分が通常腕部ほど柔軟に稼動しないため射角がそれほど広く取れない。
 その欠点を補うために左右連動方式というものを取っており右腕部の稼動にあわせて左腕部が連動するという機構をとっている。
 そして余った《、、、》左腕は左肩の武装《アーム》に割り当てられる。
 射角の制限により常に相手を真正面に捕らえる必要性が出てくるが、その分火力は単純に二門から三門へと増加する。
「右腕《ライトアーム》ショットガン、左腕《レフトアーム》高機動ミサイルに設定。ミサイルマルチロックオン、発射――」
 左肩のミサイルポッドが開き合計八本のミサイルが射出される。
 高機動ミサイルは上下左右に微細に、しかし確実に無規則《ランダム》機動をとり二つの敵影に迫る。
 しかしそれは速度を落とし軽量機の斜め後ろに控えていた重量級タンクの胸部から射出されたフレアによって撹乱される。
「ハッ、なるほどな――」
 しかしフレアでの欺瞞など許容範囲内。
 ミサイルの影に隠れて発射したショットガンが着弾する。
 フレアにより回避行動は不要と判断したのが間違い。
 むしろミサイルは相手の動きを限定するための策でしかない。
 しかし敵も上手だった。ショットガンの発射音をミサイルの発射音とミサイルの噴射音の中から聴き取ったらしく軽量機はギリギリのところで回避行動に移った。
 至近距離とは言えないがそれでも十分なショットガンの有効射程――否、むしろ至近距離でなかったからこそショットガンの散弾の拡散率は上がっている。
 十分な破壊力をもった散弾がいくつか軽量機の装甲を削り取る。
 軽量機はその僅かな時間のなかでマシンガンの射程内にジャックを捕らえた。
 吹き荒れる弾丸の嵐。眩い二つのマズルフラッシュ。
 ジャックはバックブースターとサイドブースターを吹かして右後方に逃れる。
 右前方にいた軽量機はいまや目の前、逃がすものかとジャックに肉薄するかのように間合いを詰めてくる。
 メインブースターを吹かしジャックも前進しショットガンを発射する。
 慣性力によりバックブースターを吹かしてもジャックとの間合いは取れないと諦め 軽量機はマシンガンをジャックの右腕に集中させる。
 マシンガンの着弾。その衝撃により右腕は思ったとおりに動かず、むしろその衝撃でジャックのアームズは右半身が後ろに反れる。

「っ――」

 右後方に反れた右腕から発射された散弾は軽量機の右足を僅かに削り取るだけだった。

「群れてるだけの雑魚じゃあ無いみたいだな――」
 ニヤリとジャックの口元が釣りあがる。

 ジャックのベディヴィエールはおもむろに右半身を軽量機に晒すように鋼鉄の体を回転させる。

「面積を小さくするつもりか? バカが」
 軽量機のパイロットはコクピットで嘲笑を浮かべマシンガンのトリガーを再びベディヴィエールにあわせ、引鉄《トリガー》を弾く。
 ウージーやスコーピオンのようなマシンピストル――正確にはスコーピオンはマシンピストルの“走り”だが――に良く似たマシンガンから銃弾の雨が爆発光とともに吐き出される。
 数多の銃弾がベディヴィエールの右腕に着弾し、じっくりと、確実にダメージを蓄積して行く。
 無論ジャックも撃たれっぱなしというわけではなく左右に瞬間噴射《クイックブースト》を使用してマシンガンの射線から逃れながらショットガンで牽制をする。
 絶え間の無い集点攻撃と散弾による面攻撃、互いに小手調べのようにチマチマと削りあうだけの戦い。
 このままでは重量タンクが控えているぶんジャックが不利となる。
 一気に勝負をつけたいところだが距離を開ければ事故を恐れて手を出せないでいる重量タンクの狙撃という危険性が増す。かといって距離を詰めてレーザーソードで斬り付けようにもマシンガンの弾幕が厚すぎて飛び込むのは危険すぎる。
 アームズのロックオンは熱源センサーによるものであり特にロックオン解除をしていない限り腕はある程度は標的を追う様に稼動する。
 わざわざクイックブーストで動き回る敵を追い続けるのは大変だからだ。
 しかし熱源ロックの弱点はミサイルと同様、熱源のみを追いかけることだ。
 そのためにジャックは右半身を晒し軽量機の影に隠れるように動き回っている。
 軽量機がロックオンの対象外だとしても熱源センサーはベディヴィエールの熱源だけを追いかけることはできない。
 軽量機の陰から飛び出したジャックを再びロックオンしだすのには僅かではあるがタイムラグが生じる。
 しかし、それ故にジャックと軽量機は削りあいの消耗戦に突入しているわけだ。
 否、ジャックが一方的に削りあいの勝負を押し付けているのだ。
 その先にあるのはどれだけ善戦しようが削られたジャックが重量タンクに圧殺されるという結果でしかないはずなのに――。

 ◇◇◇

 ジャックはこの絶対的劣勢のなか、笑っていた。
 それは狂気と歓喜に満ち溢れた歪な笑顔。
 命の“やりとり”のなかでしか自分に命があることを実感できない歪な心。
 ジャックにとって恐れとは死ではなかった。
 死ぬと言うことはアームズ《にんげん》に成れなくなってしまうと同様に物品《もの》として扱われることもなくなるということ――アメもムチも失い取り残されるということ。
 ジャックにとっての一番の恐怖とはアメだけが失われ、ムチのみが残るということ。
 それはまさに地獄だ。否、地獄など生ぬるい真症の氷土冥府。
 だからこそジャックはアメを存分に愉しむ。

 ――その甘美な悦びに狂喜しながら。

 ◇◇◇

 ジェネレーターを積んでいるとはいえど、アームズとて無限飛行が可能な代物ではない。
 エネルギー出力を上回るエネルギー消費、徐々に残量を減らしてゆくジェネレータ。
 そのエネルギー残量を確保するために必要な行動→簡単な話、堕ちれば良い。
 ジャックのベディヴィエールは重力落下に任せてマシンガンの射線を離れ、浮遊に使っていたエネルギーを節約する。

「9.8メートル毎秒毎秒の投下速度直線運動など火器管制機構《FCS》の計算で十分です。残念ながら今のアナタは……的だ」
 蒼い重量タンクのコクピットでパイロットは呟き両腕のスナイパーライフルの引鉄にかけた指に力を入れる。

 刹那――

 サイドブースターを片側だけ吹かし百八十度回転したベディヴィエールはロングブーストを吹かした。
 それは敵前逃亡にしか見えない行為。
「……なんですか、呆気ない。ま、あのまま狙撃されてお終いに出来るほど雑魚ではなかった、ということですか」
 残念ではあるが先ほどまでの失望は拭われたからか重量タンクのパイロットは肩を竦めながら笑みを浮かべている。
「次回を楽しみにしていますよ。ミスター・オールラウンダー」
 そう呟きながら重量タンクは舗装された道路をその無限軌道《キャタピラ》を使わずフロートシステムによって滑るように走り去ろうとする。
 無論、ジャックが来た道を逆走すれば輸送車両にたどり着けるはずだから、である。

 しかし――そうは問屋も卸してはくれない。

 ロングブーストとはクイックブーストのように瞬間的に出力を最大にすることで瞬発性能を発揮するものではなく、ジェネレーターで産まれるエネルギーと同時に別のエネルギーも消費することで長時間の高速度運動を可能とする機構である。
 そのための専用ブースターもありメインブースターが熱量負荷限界突破により動かなくなる、などという事態には陥らないようになっている。

 つまり、短距離ロングブースト、という使用もできる。

 おもむろにロングブーストで間合いを大きく取ったジャックはクルリとサイドブースターを片側だけクイックブーストさせる通称“ブーストターン”を空中で鮮やかに決めると右腕をショットガンからスナイパーキャノンへと変更し、軽量機を狙撃する。
 突然の被弾に対応しきれずに軽量機は空中でバランスを崩し百メートルほど高度を落下。
 そしてブチギレたのかジャック同様にロングブーストで突撃。
 しかしジャックはブーストターンで再び背を向けて逃げ出す。だが今度は通常ブーストで逃げるのみ。
 そして軽量機が射程内に入ってくるとほど同時に再びブーストターン。
 重量タンクは突然の同僚の突撃に咄嗟に対応するのが遅れて軽量機との間合いは遠い。
 ジャックはそれを確認すると逃げながら切り替えていた左腕を稼動させる。
 八本のミサイルが軽量機に襲い掛かる。
 だがしかし、軽量機は高度をあげ、ミサイルより上空をロングブーストとクイックブーストで通り抜ける。

 軽量機の目の前にはジャックのベディヴィエール――

 ミサイルを回避することすら予測してジャックはクイックブーストで前進をしていたのだ。
 ミサイルの回避に気を取られていた軽量機のパイロットはレーダーには映っていたはずのジャックの急速前進に気付くことが出来なかった。

 ――突きつけられたショットガンのトリガーは気がついた時には既に引かれていた。

 減速することもなく砲身のなかで加速しつづけてきた最大速度上体の弾丸が装甲を削り取る。
 着弾の衝撃。
 数多の点が同時に着弾する――それはもはや数多の点攻撃ではなく、立派な面攻撃でしかない。
 ごく僅かな面積に集中した面攻撃。
 あまりの衝撃に軽量機のパイロットはコンマ数秒後の未来、自分は死んでいることを確信する。

 ――しかし、その瞬間は何時までも来なかった。

 目を瞬間的に閉じていた彼は目を見開く。
 しかしそこには一切の光が存在せず、一切の音も聞こえはしない。
 つまり、カメラアイもヘッドマイクもあらゆるレーダー機器も破壊され、外界からアームズが情報を得ることが出来なくなったことを示していた。
 人間と同様、アームズもまた大事な部分のほとんどを頭部に集中させていた。
 それは頭部という弱点を作り出すことには成るが強固な胸部に総てを仕舞い込むと胸部が肥大化することと、弱点が胸部に集中することで攻撃も胸部へ集中する危険性という二つの問題を解決するためにはやむを得ない処置であった。
「クソッ、殺しはしないってことかよ!」
 アームズには痛覚はない、実現不可能なうえに不必要だからである。
 それ故にアームズは破壊されたぐらいではパイロットが死ぬことはそう多くは無い。
 コクピットを破壊されたり火薬が爆発したりすれば話は別だが、そうで無い限り――四肢をもがれた、頭部を破壊された――パイロットは死ぬことはない。


「――チッ、外したか」
 胸部に突きつけたショットガンは拡散する暇もなく一点集中で胸部を貫きコクピットを破壊する予定だった。
 逃がしたら次にあった時に死ぬのがジャックではないと限らないから当然の行為だった。
 ――だというのに、ショットガンが破壊したものは最終的に頭部だった。  
 それはマシンガンによって右腕の調子が悪くなっており、ショットガンの反動で銃口がブレ、そこに勢い良く軽量機が突っ込んでくるものだから装甲の上を銃口が滑った、その結果だった。
「……まぁいいさ、運が良かったな。お前」
 そう呟くとジャックは軽量機に関心を失いロングブーストで迫ってくる重量タンクに意識を向ける。

 ◇◇◇

「全く……。生きていますか? ソモさん」
『セッパ……恥ずかしい話だがな』
「実力と運ですよ。右腕、おかげさまでイカれてますよ」
 頭部カメラの映像倍率を拡大して良く見ると、ベディヴィエールの右腕には微細ながら亀裂が入っており火花が散っているのも見て取れる。
『なに……? じゃぁなんだ、手加減じゃなくて偶然だってのか……』
 さっきまでのやりきれない怒りはスッと影を潜め、軽量機のパイロットは呆れと疲労でグッタリとコクピットに崩れこむ。
「では私はあなたの敵討ち、ということで」
『柄にもない。“仕事”を片付けるだけだろうに』
「格好ぐらいつけさせてくださいよ……」
 そう言って重量タンクのパイロットは通信を切り、目前に迫るジャックとの戦いに意識を向ける。
「近距離での狙撃スタイルはよろしくない。しかたがありません、ライフルはここで破棄するとしましょう」
 エネルギー消費が大きくはなるがまだ背中にレーザーライフルを背負っているから、と重量タンクは潔く両手にもっていたスナイパーライフルを投げ捨てる。

「ほう、思い切りの良いパイロットだ」
 タンクならではの武装の多さを見事に活かしていることに以外さを感じジャックは眉を持ち上げる。
「しかし、仲間を信じていないという証拠だぜ。それはさ――」
 左腕のマシンガンで弾丸をバラまきながら右腕のショットガンも連動させる。
 生憎とジャックのベディヴィエールは実弾防御には優れているがエネルギー防御には些か不安が残っている。
 故に背中のレーザーライフルの懐に入るほかは無かった。

「タンクが迎撃武装を持っていないとでも?」
 突撃してくるベディヴィエールに冷笑向け、タンクのパイロットは脚部に格納してあった武装を取り出す。

「フン、グレネードとロケットか」
 どちらも歩兵武装では単発式の撃ち捨て武装。
 タンクの豊富な積載を利用して砲弾はいくつかあるだろう。
 しかし装填には時間がかかる。
 他の武装であれば弾丸は腕部に収納し、腕部マニピュレーターが自動装填してくれるが脚部収納であるグレネードとロケットはそう上手くはいかない。
 片手に砲弾をもち自分で装填する必要があるのだ。
「バカか。それとも一発でキメるってことか?」
 まだ片手をあけておけば装填もできるが両手が埋まっていては装填はできない。
 となれば両手に持つ利点は瞬間火力。
 つまり、一瞬で勝負をつける、ということだ。
「ロケットはHEATか? なんにせよ、コクピット貫通が本命か」
 ロケットやグレネード、その弱点は有効射程距離にある。
 アームズのスピードの前にはグレネードもロケットも近距離武装としてしか機能しない。
 しかしその重量からあまり取り回しの良い武装でもないのも事実。
 とはいえど、タンクの得意レンジはその鈍重さから遠距離レンジにある。
 そのためマシンガンやショットガンで近距離を維持し、主導権を握る戦いには向いていないのもしかり、である。
 軽量級や中量級にとってロケットとグレネードの破壊力は十分以上の脅威である。
 故にそれらの武装は牽制になりうる。牽制――そう、無闇に近づくわけにはいかない、という抑止力。
 それは得意レンジに相手を引きずり出すための策だ。
「残念ながら、その誘いには乗れん」
 ジャックはスナイパーキャノンとミサイル、ショットガンにマシンガンと総ての武装をを捨て、機体の軽量化を図る。
 そして左手にレーザーソードを持ち、タンクに突撃する。
「面白い。こちらの意図を理解したうえで突撃ですか」
 そう呟くタンクのパイロットの顔は苦虫を一ダースほど噛み潰したように歪んでいる。
 狙撃しかできないと侮られたことへの怒り、グレネードとロケットというスマートじゃない戦い方を強いられることへの不満、そういった負の感情がむき出しになっている。

 ジャックのベディヴィエールは上下左右にブーストを吹かしてランダム機動をとりながら突撃して行く。
 武装をパージし、軽量化したジャックの動きは先ほどまでの軽量機すら凌ぐのではないか、というほどの高機動で遠距離狙撃用に調整された重量タンクの火器管制機構《FCS》では捕らえきることが出来ていない。
「これだから機械は……いいでしょう。予測射撃は得意分野です」
 突撃という奥行き《ベクトル》が一定である以上、ランダム機動とて所詮は平面的な移動でしかない。
 いくら速かろうがスナイパーである自分の予測射撃からは逃れられない。
 絶対の自信をもってタンクのパイロットはロケットとグレネードを制御する。
 両腕をあるポイントに絞り、そこにジャックが飛び込んでくる瞬間を予測し、弾丸だその瞬間にその地点で届いている場面を想定する。そしてその着弾《結果》から導き出される射出《過程》を組み上げて行く。
 ロケットがあたれば戦闘不能、グレネードであれば衝撃で制御不能になる僅かなスキができる。そこにロケットを打ち込めば容易く終わらせることができる。
 両腕の狙点、どちらにジャックが飛び込もうと勝利を確信していた。
 僅かに弾速の遅いグレネード、その狙点にジャックが飛び込もうとしていた。
「来た――!」
 そう思うと同時にグレネードは発射され、ジャックは確かに狙点に予想通りに飛び込んできた。

 ――しかし、ロングブーストを吹かして。

 スナイパーとジャックの縦軸は決して同じではなかった。
 ジャックのほうが僅かばかり高度が高く、射角がついていたのだ。
 それ故にロングブーストという計算違いは別の回答を導き出す。
 グレネードはベディヴィエールの足元を通過し、はるか遠くで爆発する。
「バカ、な……」
 目の前には純白の騎士――ベディヴィエールがレーザーソードを構えていた。
「悪いな……」
 滑るようにレーザーソードは重量タンクの胴体を貫く。

 ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇

 ミッション終了後に解ったことだが、あの二人組みは最近になって頭角を現してきた新興企業『ティーゲル』の渡り鳥だったらしい。
 名前や経歴、アームズ名なんてことはわかってもしょうがない。
 ただティーゲルがISRIの妨害をしようとした、という事実だけわかれば問題はなかった。
 あとはあのソモ&セッパを一人で撃退した男、として俺の名前が少しだけ有名になってしまったということぐらいか。
 まぁそれについてはリスクもあればリターンもある。
 より良質の依頼が来るようになるがそれと同時により危険な依頼で指名されるであろうこと。
「ま、いいさ。それよりメシだメシ」
 コクピットから這い出して格納庫の床に着地する。
「お疲れ様でした。ミッションは成功。報酬は既に振り込まれました」
「あぁ、的確なオペレートのおかげで助かった」
「…………いえ、仕事ですから」
 なんでそんなハトが豆鉄砲食らったみたいな顔するのかね。コイツ。
「で、この後の予定ですが――」
「――どっか良い店、予約してるんだったっけ?」
「……私、そんなこと言いましたか?」
「いや、常々俺の食生活に忠告してるからな。ジャンクフードやラーメン以外の店、予約してるんだろうと思ってな」
「まぁ、確かにフランス料理店を予約してありますが」
「おいおい、そんな上等な店に着て行く服なんざ……」
「ノープロブレムです。ロッカーのなかに服がありますのでそれを着てください」
「抜かりの無いやつ……」
「出来る女ですので」
「自分で言うなよ……。じゃ、あとでフロントでな」
「お待ちしております」
 そう言うとクリスはフロントに向かって歩き差って行く。
 俺はシャワー室に向かい歩いてゆく――

――雲ひとつない空を見上げながら。

 ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇

 I yearning to the sky. Always risen to the arm.

 People who are not even on the same earth, under the same sky.

 I affirm only the sky.

  I feel that they live under the sky.

 For flying. I can catch the sky.

 I do not care to abandon my body.

If I will work with my hands to catch the sky.

 But suddenly I think that――

 ――If me catch the sky in my hands, should I longing what next?







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