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2006/04/30

『まずはこれだけマレーシア語』 著:新井卓治

2005 国際語学社 109P

インドネシア語とかなり単語がかぶっているので、マレーシア語をやるならインドネシア語も、

そしてインドネシア語をやるならマレーシア語も、という具合に、両方やった方がお得ですしいいでしょう。

ノリはやっぱり明るくて、発音しているだけで元気が出てきます。

推奨度

★★★★

 

2006/04/30

『東南アジア』 著:桜井由躬雄/石澤良昭/桐山昇

1993 朝日新聞社 261P

地域からの世界史シリーズ。

近現代がどうしても多くなりがちなのは仕方ないのですが、

それにしてももう少し「古代中世」を取り扱って欲しいというのが本音。

しかし、この本ほど多くページを割いているものが他になかなかないというのもまた事実。

推奨度

★★★★

見出し

村東南アジアの歴史 「東南アジア世界」の成立 東南アジアの亜地域区分 東南アジアの時代区分 東南アジア基層文化の形成

海のシルクロード シュリーヴィジャヤの繁栄 東南アジア中世社会の発展 新旧勢力の交代

東南アジア近世への胎動 近世東南アジアの開始─商業の時代 大航海時代 東シナ海と南シナ海の結合 植民地と華僑

分裂する東南アジア 帝国主義の東南アジア─東南アジア諸領域の画定

1929年恐慌期までの東南アジア 第二次世界大戦と東南アジアの独立 ヴェトナム戦争と開発独裁の時代

 

2006/04/29

『カンボジアの民話世界』 編訳:高橋宏明

2003 めこん 141P

出版社がそのままなのが笑えます。

こういった民話を読んでいると、結局人間の精神構造って、

基本的なところはそんなに変わらないんだろうなぁと思ってしまいます。

だからといって絶対的基準尺度があると思うのも早計なのですが、

しかし、多元で差異ばかりを言い立てるのもどうかなと。

推奨度

★★★★

見出し

村の水牛と森の水牛 オオカミとカメ カラスはシギの敵 村のカラスが森のカラスに教える 毒を吐き出したニシキヘビ

村のスズメと森のスズメ 欲張りな人 男が娘に結婚を申し込む 二人の隣人 女の世渡り 怠け者の完璧な妻

カンボジアの民話世界とクメール人の世界観 カンボジア近代史と民話の「発見」 フランス植民地以前のカンボジア社会と民話の世界

森と動物の物語 農民の世界観と価値観 民話に見られる人間関係 クメール人の空間認識 「村」(スロック)と「森」(プレイ)

クメール人にとっての「森」

 

2006/04/28

『社会学の根本問題』 著:ジンメル 訳:清水幾太郎

1979 岩波文庫 143P

シリーズ・哲学のエッセンス。

社会学なんてそんな学問ありゃしねーよ、という当時の風潮にブチキレたジンメルさんが、

ゴルァッと反論を捲し立て、かつ社会学に潜む難点をも言い表した、不朽の名著。

社会学って何だよ、っていう人には、まずこれを。

「すべて科学というものは、或る特定の概念に導かれて、

諸現象の全体や体験的直接性から一つの系列ないし一つの側面を抽象するものである。

従って、社会学が個人の生活を分解し、社会学固有の概念によって新しく綜合しても、他のすべての科学と同様、

正当なことを行っているのであり、また、人々が眼に見える個人生活の全体を展開する場合でなく、

彼らの相互作用によって集団を形作り、この集団生活によって規定されている場合、これらの人間がどうなるか、

如何なる規則によって動くか、それを問題にしても、他のすべての科学と同様、正当なことを行っているのである」

推奨度

★★★★★

大見出し

社会学の領域 社会の水準と個人の水準 社交 18世紀及び19世紀の人生観における個人と社会

 

2006/04/27

『道元 自己・時間・世界はどのように成立するのか』 著:賴住光子

2005 NHK出版 126P

シリーズ・哲学のエッセンス。

シリーズ中でも特に大当たりの名入門書といっても全く差し支えない出来映え。

平易ながら決して安易に浅くなく、道元の深さがしみじみ味わえます。

「通常の認識においては、認識を言語化して生まれる概念が固定化され、準拠枠となって認識を支配する。

人は、この固定化された準拠枠によって事物と接し、日常のさまざまな事態に対応する。

しかし、既成の枠組みでは処理できない「語句」が、この固定化された認識の枠組みそれ自体を破壊する。

それが「語句の念慮を超脱する」である」

推奨度

★★★★★

見出し

自己を知る 真理の探究と伝達 『正法眼蔵』について 真理と言葉 道元における二種の言語 真理をどう表現するか

「青山常運歩」という言葉 先入観の相対化 言葉と空 主観の構図─「一水四見」 「空」について 自己と世界

「青山常運歩」とはどのような事態か 自己と全体世界との関係 「さとり」と修行 「同時成道」について 「修証一等」とは何か

「空華」について 脱落と現成 俗世と「空」 時・自己・存在 「有時」について 自己と時 時の連続性と非連続性 時と修証

 

2006/04/27

『語学王インドネシア語』 著:ホラス由美子

2001 三修社 152P

スッゲェノリのいい言語ですね。

基本、アルファベットなので、新たに文字を覚える必要もなくて、日本人は入りやすいんじゃないでしょうか。

読み方も、ローマ字読みそのままという感じですし、イタリア語と一脈通じるところがあるのでは。

推奨度

★★★★

 

2006/04/26

『歴史世界としての東南アジア』 著:桃木至朗

1996 山川出版社 90P

世界史リブレット。

なので、やっぱり読みやすくていいです。

東南アジア史がどういうものなのか、ということが分かるのはさることながら、

東南アジア史がいかに研究するに難しい地域なのかということも同時に見えてくるでしょう。

そういった意味でも、本当に、東南アジア研究に興味ある人は必読の一冊。

推奨度

★★★★

大見出し

ややこしい東南アジア史、おもしろい東南アジア史 東南アジア世界の地理と歴史 「インド化された国々」 農業国家と交易国家

劇場国家とマンダラ 新しいヴェトナム史とチャンパー史

 

2006/04/25

『鍵穴から見たヨーロッパ 個人主義を支えた技術』 著:浜本隆志

1996 中公新書 204P

鍵をかけて部屋に閉じ籠もる、もしくは鍵に何かをしまって隠すのだから、

それだけ個人主義(秘匿主義)がヨーロッパでは育っていく……。

なるほど、ものすごくいい着眼点で、唸らされます。

ただ本当に、こればかりは研究が難しすぎる。

色々なジャンルを越境して研究していかねばならない。

だからこそ、本著はものすごく評価されてしかるべきですし、

そしてまたこういった研究は今後もあちこちで色んな形でなされていくべきだとは思います。

……しかし本当に難しい。

まったくこんなことやろうと決意した著者の根性はスゴイです。

推奨度

★★★★★

大見出し

鍵文化時代を迎えて 鍵と錠の歴史 錠前職人の世界 鍵の権力 鍵のシンボルと図像学 鍵の民俗学 鍵と空間の社会学

鍵と空間の文学 日本とヨーロッパの鍵文化の比較

 

2006/04/24

『マックス・ウェーバー入門』 著:牧野雅彦

2006 平凡社新書 211P

コレ読んで、ウェーバーは多面的で面白い、ウェーバーを読んでみよう、

と思った人は、まずもう少し他のウェーバー入門書を読んでからの方がいいと思います。

というのも、ウェーバーは、思想が難しいのどうのというより以前に、悪文過ぎて、

たいてい訳文も読みにくいことこの上なしのものが多いからです(というか、そんなもんしかない)。

そんなわけで、著者には、新たにウェーバーの訳をして欲しいと思うのですが。

推奨度

★★★★

大見出し

ウェーバーをどう読むか ウェーバーとはどういう人か 歴史と政治─ウェーバー方法論の知的背景 政治史から国民経済学へ

歴史学派経済学の方法的問題とは何か 歴史への問い─古典古代と近代ヨーロッパ 「資本主義の精神」の起源 世界史としての古代史

ウェーバー宗教社会学の世界─中国とインド、古代ユダヤ教 ヨーロッパの世界史的位置 ウェーバーと現代

 

2006/04/23

『「英語モード」でライティング』 著:大井恭子

2002 講談社パワー・イングリッシュ 189P

英語モードで、というのは、結局英語の論理に則れ、ということなのですが、

それにしたって論理的文章を書く際には、英語も日本語も無いだろうというのが私の主張。

論理というのは、そういった個別言語を乗り越えた階層の違うところに属している、

メタ個別言語(普遍言語とは敢えて言わず)だと思います。

英語では論文(essay)を引っ張ってきて、日本語では「エッセー」(論文ではなく随筆随想)を例に出して、

同じ「えっせ~」でも違うでしょ、だから日本語モードじゃ駄目、と言っても、そりゃオカシイ。

とはいえ、日本語の随筆モードで論文を書くのは駄目ですよ、という根本主張そのものは間違っていません。

なので評価の難しいところ。

推奨度

★★★★

大見出し

こんなに違う!「日本語式発想」VS「英語式発想」 どこが違う?「日本語モード」と「英語モード」の英文

「英語モード」で英文を書く8つの秘訣 内容豊かで洗練された英文を書くための6つの秘訣

これができればパーフェクト!「推敲」と「エディティング」

 

2006/04/22

『『カンディード』<戦争>を前にした青年』 著:水林章

2005 みすず書房 164P

理想の教室。

そもそもヴォルテールって小説なんて書いているんだ、という人さえ多いので、まずはこれを読んでみましょう、と。

丹念な読解で難解なところにまで触れていますが、あぁなるほどヴォルテールだな、と分かってくるでしょう。

勿論文庫などで読むのがいいのですが、何しろ分厚い。

しっかしまさかこんな一般向けの本でエストライヒの名前を見るなんて思わなんだ。

フーコーの文脈で彼が指摘されているだけで星一個プラスな感じ。

推奨度

★★★★★

大見出し

「きれいな戦争」? カンディードは言葉の囚人? 間近から見る戦場 「断片化した身体」から見えてくるもの

 

2006/04/22

『教育実習57の質問』 編著:白井慎/寺崎昌男/黒澤英典/別府昭郎

1992 学文社 151P

表題の通り、Q&A形式で57つ。

一つ一つが端的なので分かりやすくてとてもいいです。

そこらへんの分かりにくい実習教則読むよりは断然いいんじゃないかという実感です。

推奨度

★★★★★

 

2006/04/21

『神話と意味』 著:レヴィ=ストロース 訳:大橋保夫

1996 みすず書房 79P

頭で緒言されているように、レヴィ=ストロース入門に何がいいか、と言われたら、

まずどんな解説書よりもこれをオススメしますね。

構造だ何だってわけわからん、というような人でも、あ、なんだただそれだけのことか、と思えることでしょう。

英語が苦手なレヴィ=ストロースが、英語で話しているものですので、

変にごちゃごちゃしていたりレトリックが使われていなくて分かりやすいです、そりゃそのぶん味は落ちてますが。

だって英語苦手なのにごちゃごちゃ説明すんのメンドクセーもん、ってことですよ。

確かに、他言語だと、summaryだとかでも簡略化されますね、意外に見落としがちなところか。

「段を重ねて書いてあるオーケストラの総譜のように神話を扱ってはじめて、

それを一つのまとまりとして理解でき、神話の意味を引き出すことができます」

推奨度

★★★★★

大見出し

神話と科学の出会い “未開”思考と“文明”心性 兎唇と双生児─ある神話の裂け目 神話が歴史になるとき 神話と音楽

 

2006/04/20

『サルトル 失われた直接性をもとめて』 著:梅木達郎

2006 NHK出版 P

シリーズ・哲学のエッセンス。

脱稿してすぐに若くして著者が亡くなられてしまったようです、残念。

著者のサルトルに対する読みというか感性が、

かなり私のそれと合致していて非常に好感が持てただけに一層残念です。

専門を持っていない、けれど何か何処か原点にサルトルがある、というのも同様なので……。

シリーズ通り、短くて読みやすくていいです、サルトルは当たりの方でしょう。

サルトルなんて古いよ、という人にはやはり私も言い返したくなります。

推奨度

★★★★

大見出し

わたしは世界にじかに接している 時間性あるいは自己からの距離 わたしは他者に到達できない わたしを疎外する歴史と社会

 

2006/04/18

『ペスタロッチとルソー ルソーの批判者にして完成者としてのペスタロッチ』

著:F-P・ハーゲル 訳:乙訓稔

1994 東信堂 87P

読みが足りないというか甘いのかもしれませんが、そこまではっきりと、歴然とした差は見られないですね。

なるほどペスタロッチはルソー教育学の完成形とみることもできますが、しかしそれではルソーは不要なのかというと、

ルソー教育学はそれはそれで意義あるものとして重宝されているので、さてどうなのか、と。

というかちょっと短すぎてうまく掴めないところがあるかもしれません。

短くて、まとまっていることはまとまっているのですが、それが逆に。

推奨度

★★★

大見出し

ルソーの哲学思想と教育思想の特質 ルソーに対するペスタロッチの関係の特質

 

2006/04/18

『英語の行間を読む 【ニュアンスの読解術】』 著:岩垣守彦/ジョン・ベスター

1992 The Japan Times 206P

ああなるほど、そんな風にして微妙なニュアンスを出すのか、と役に立ちます。

小説はホント訳すのが大変ですからね、事実を伝えていくというような内容ではありませんので。

ただ、最後に載っている全訳が、何故かそれまでの対話を全然踏まえていない直訳体なのは一体何故でしょう、

そこがとても残念。

推奨度

★★★★

大見出し

やさしい童話を読む 短い現代文を読む 長めの現代文に慣れる 少しむずかしい英文に挑戦

 

2006/04/17

『映像と社会─表現・地域・監視』 著:田畑暁生

2003 北樹出版 139P

四つの章は、それぞれ別問題を扱っています、著者も、目的に合わせてそれだけ読めばいい、と言っています。

私のように通読目的で読む人は少ないか。

感じとしては、一章が一番秀逸な出来具合かと思います。

四章には期待していたのですが、色んな人の論を紹介するだけで終わってしまっています。

もちろん、これを研究史として見れば、よくまとまっていてイイ感じです。

しかし著者は監視論と管理論が全然別のもののように語っていますが、一体どうなんでしょうね。

推奨度

★★★★

大見出し

映像と社会 各映像メディアの特質 映像による地域振興 監視と映像

 

2006/04/16

『アクシデント 事故と文明』 著:ポール・ヴィリリオ 訳:小林正巳

2006 青土社 199P

久々のヴィリリオさんでとても楽しい読書時間を満喫できました。

個人的には星5つなんですが、やっぱり文章がヴィリリオ調で、

「おまえはなにをいっているんだ」って思う人も結構出てくるかと思いますので、4つ。

一読すれば、事故概念が辞書通りのものでなくなってしまうことでしょう。

しかし日本語の事故と、英語のアクシデント、それからフランスのアクシダンは、全部違うような気が……

(後者二つの亀裂は、日本語とのそれほどではないでしょうが)

まあ言語が違うんだから当たり前じゃん、といえばその通りですが。

しかしヴィリリオが冒頭でブロックを引いているのには嬉しかったです。

大抵、歴史家は哲学的な発言をしていても無視されることが多いですから。

それとともに、ブロックが速度に言及していたことにも驚きですが……、

それからアリストテレスのアクシデント概念にも驚きました、新鮮な気分。

核心、というか面白いところを引用。

「実際、世界の終わりを妨げるためにすべてが許されるのなら、それはすべての終わりである!

 道理──最高の強者のものをも含む──が瓦解し、最高の狂人の道理が取って代わる」

推奨度

★★★★

大見出し

事故の発明 事故というテーゼ 事故博物館 事故の未来 期待の地平 未知数 公共的情動 原罪的事故 走行圏

 

2006/04/15

『ポストモダニティ』 著:デイヴィッド・ライアン 訳:合庭惇

1996 せりか書房 190P

ポストモダン全般の簡単な概説書無いですか、と言われたら、これはオススメできますね。

それだけでなく、ポストモダニズム、ではなくて、ポストモダニティですので、また違った接近が見られます。

「分析の道具として、文化にアクセントがある場合にはポストモダニズムであり、

社会的なものが強調される場合にはポストモダニティであるとおおまかに区別しておこう」

そしてポストモダンという名前がどうこう言う人々には、次の一撃を。

「まったく予見しがたい社会的文化的変化が起きつつあり、

それを要約するのに「ポストモダニティ」が最良の述語であるかどうかは議論の余地がある。

重要なことは、なにが起きつつあるのかを理解することであって、それを把握する概念に同意することではない。

さしあたり「ポストモダニティ」という言葉でよいだろう」

推奨度

★★★★

大見出し

序─映画のレプリカントと社会的現実 ポストモダニティ─概念の歴史 近代と近代への不満 ポスト産業社会からポストモダニティへ

消費社会─来るべき事物の(無)形 ポストモダニティ、一千年紀末と未来

 

2006/04/14

『素朴と無垢の精神史 ヨーロッパの心を求めて』 著:ピーター・ミルワード 訳:中山理

1999 ミネルヴァ書房 163P

著者は300冊超える著作をものしている多作家で、名前をよく見かけることでしょう。

本著とも少しだけ関係ありますが、シェイクスピア論が秀逸です。

キリスト教司教なので、抹香臭さが無いわけではないですが、

西洋と東洋にそれほどの断絶があるようには思えない、心性は共通しているところが多い、だって同じ人間だし、

という意見には賛成ですね。

推奨度

★★★★

大見出し

西洋にはもう学ぶものはないのか 知恵はいずこに 出家とその弟子 「自然へ帰れ」 「黄金時代」という理想 清貧の貴婦人

『不可知の雲』─神秘主義の系譜 緑なす木の下の理想郷 高貴なる野蛮人 「見るがよい、子どもを」 脅威の念の復活

エコロジーへの道

 

2006/04/13

『紀律と啓蒙 フリードリヒ大王の啓蒙絶対主義』 著:屋敷二郎

1999 ミネルヴァ書房 163P

博士論文をまとめ直した一冊。

よくまとまっていてイイ感じです!

今まであまりフリードリヒ大王に当てられてこなかった光を、これでもかと当てています。

ごちゃごちゃ説明するより、引用してしまいましょう。

「フリードリヒの「啓蒙性」とは、人間の相互依存性や自己愛を祖国愛へと組み替え、方向づけていくことにより、

民衆をも統合し紀律化しようとする強い意思と、その必要性の明確な認識のうちにこそ見出されるべきであろう。

 その手段として、軍隊を始め監獄・教会・学校などを通じた民衆啓蒙が不可欠なものとなった」

「「社会的紀律化」と呼ばれる秩序形成と自己抑制への全ヨーロッパ的な傾向に対して、

啓蒙主義は、たしかにその抑圧的・権力的局面に批判を加え、伝統であれ権威であれ盲目的服従と戦ったのだが、

しかし、その一方で情念を内なる「非理性」とみなし、その抑制・打破を積極的に推進することになった。

 フリードリヒの啓蒙絶対主義は、この「紀律と啓蒙」の協働を為政者の立場から自覚的に成し遂げ、

統治形態から民衆啓蒙にまで及ぶ包括的な理論を組み上げることに成功した最も初期の例の一つである」

このあたり専門だからか、自然とオススメしてしまいますねえ。

推奨度

★★★★★

大見出し

啓蒙主義と社会的紀律化との相補的関係 『反マキアヴェリ論』 統治実務の経験と理論的深化 心性の構造変化

軍隊・監獄・学校 プロイセン一般ラント法の精神 祖国愛のゆくえ

 

2006/04/12

『ダヴォス討論(カッシーラー対ハイデガー) カッシーラー夫人の回想抄』

著:エルンスト・カッシーラー/マルティン・ハイデガー/トーニ・カッシーラー

2001 ≪リキエスタ≫の会 104P

トーニさんは何とも聡明な女性ですね。

前半の討論は、素人にはサッパリ何だかわけがわからないもので、

仲介役の人も、

とりあえず言語論的にわけわかんねーから何とかお互い喋ってるカッシーラー語とハイデガー語を通訳しやしょうぜ、

と提言していたりするくらいです。

対してハイデガーは、ンなもん無理無理とバッサリ。

カッシーラーの云っていることの方がまだ辛うじて分かります。

著作として、塊になっていない生の思考を味わいたい人はどうぞ。

そもそもハイデガーは分かって貰おうなんて気は全く無い模様。

てめぇらの知能が足りてないんだから何とかせめて足元及ぶくらいにまではなれよ、ってなことを云ってくれてます。

反して後半のエルンスト回想は、カッシーラー夫妻の人となりが分かって面白いです。

カッシーラー好きになること間違いなし。

元々好きでしたが、一層好きになりました。

推奨度

★★★★

大見出し

ダヴォス討論 ヘルマン・コーヘンとE・カッシーラー カッシーラーとワールブルク文庫 カッシーラー対ハイデガー論争の行方

 

2006/04/11

『ラカンとポストフェミニズム』 著:エリザベス・ライト 訳:椎名美智

2005 岩波書店 118P

ポストモダンブックス。

これまたよく分からないというか、ラカンがあまり出てきていないような気がしないでもないというか……。

フェミニズム論はやはり合わないなあと確認。

推奨度

★★★

 

2006/04/11

『英語小論文の書き方』 著:加藤恭子/ヴァネッサ・ハーディ

1992 講談社現代新書 205P

英語のessayを日本語のエッセイと同義的に扱っている部分が多くて、

論じ方としては賛成できない部分が多かったものの、とはいえ方法論としてはその通りだと首肯できます。

ああ、なるほど一般的にはこんなに違うもんなんだなぁ、と認識。

日本語をそのまま文法・単語だけ英語にしても、英語にはなりませんよ、ってことですか。

しかし、それだと日本独自の日本英語は育たない気がするんですね。

そりゃもちろん、向こうの人に解って貰うための英語は、日本英語じゃだめなのですが。

推奨度

★★★★

大見出し

日本人の言語感覚 欧米人の言語感覚 日本語のロジック・英語のロジック 論理的構成へのアプローチ

アイディアをどう発展させるか ロジカルな英語ペーパーを書く

 

2006/04/10

『マクルーハンとヴァーチャル理論』 著:クリストファー・ホロックス 訳:小畑拓也

2005 岩波書店 122P

ポストモダンブックス。

マクルーハンの次、というポストマクルーハンの解説がどちらかといえば多く、

マクルーハンそのものをよく知っていないと、どれがどうなんだかと混同してしまいます。

というわけでこれをマクルーハン入門として見ると痛い目をみることでしょう。

痛い目みました。

ヴィリリオほどの魅力は無いものの、地球村という概念には好感が持てます。

推奨度

★★★★

 

2006/04/09

『経験と教育』 著:ジョン・デューイ 訳:市村尚久

2004 講談社学術文庫 162P

こちらも大文字活字版。

学校と社会、などの著作よりも、まず読むべきはこちらからかな、と思いました。

デューイのプラグマティズムもよく伝わってきます。

そして次の緒言は金言でしょう。

「どのような運動でも、それ自体の立場からではなく、ある「主義」という見地から考えたり行動したりするようでは、

他の「主義」に対しいちじるしく反動的な立場をとりがちになり、結局は知らず知らずのうちに、

他の「主義」によって支配されることになるからである。

 なぜなら、そのような運動は、現実の必要性や問題や可能性についての、総合的で建設的な調査によるのではなく、

他の主義に対する反動によって、その原理を形成することになるからである」

推奨度

★★★★★

大見出し

伝統的教育対進歩主義教育 経験についての理論の必要 経験の基準 社会的統制 自由の本性 目的の意味

教材の進歩主義的組織化 経験─教育の手段と目的

 

2006/04/08

『古代インドの神秘思想 初期ウパニシャッドの世界』 著:服部正明

2005 講談社学術文庫 273P

本当に初期ウパニシャッドオンリー。

なので、その後のサーンキヤだとかヴェーダーンタのようなものを期待していると外れます。

ですがそのぶん、初期の範囲はこの一冊でかなり理解が深められることかと思います。

大文字活字版なので読みやすいのも良しです。

ちなみに、講談社現代新書版の新版です。

推奨度

★★★★

大見出し

古代インドの叡知─ウパニシャッドが現代に伝えられるまで 祭式から哲学へ─ブラーフマナとウパニシャッド

ブラフマンとアートマン─最高実在と個体の本質 「有」の哲学─ウッダーラカの学説

「非ず、非ず」のアートマン─ヤージニャヴァルキヤの思想 輪廻と解脱─ヤージニャヴァルキヤの思想

アートマンと外界─『カウシータキ・ウパニシャッド』の教説

 

2006/04/07

『音楽のヨーロッパ史』 著:上尾信也

2000 講談社現代新書 256P

いわゆる音楽史は、音楽家をとりあげていくようなものばかり(というかほとんどそれしかなく)、

音楽とそれ以外のもの、社会、戦争、政治など、との繋がりを書いている論は少ない。

そんな中で、通史的に音楽社会史(?)を新書で描こうと試みた著者には讃辞を。

しかし通史でやっているのが仇になっていまして、個々のもっと記述されたい箇所が不足していて、

全体的に満足感が得られない仕上がりです。

しかし何度も言いますが、こういったジャンルを開拓していくのは大変ですので、まだまだこれからに期待ですね。

近世軍事革命の中に軍楽もある、という視点は非常に有効です。

推奨度

★★★★

大見出し

古代の支配する音 天使の奏楽 凱旋と祝祭 音の宗教改革 戦争と音楽 国歌と国家

 

2006/04/07

『「日本語から考える英語表現」の技術』 著:柳瀬和明

2005 講談社ブルーバックス 171P

五文型の2(状態)と3(動作)だけを使えば、基本的に英語は通じるのでそれでOK、というのが主張の核。

先に挙げた田地野氏著『「創る英語」を楽しむ』の「魔法の言葉」と基本的には同じですが、

こちらの方が五文型に慣れている人にとっては馴染みやすいでしょう。

っていうかこれを読むと「魔法の言葉」が別にそんなに五文型からはずれてないことが分かってきます。

……多分。

日本語や英語を事実、心情といった階層分けして、慣れていない言語を使う時は事実をメインに据えるべし、

というのは非常に論理に適ったものでイイ主張ですので、よく分からない人にはオススメ。

推奨度

★★★★

大見出し

英語で言いたいことが言えないのはなぜか 英語と日本語の間にある壁を意識する こうすれば壁を越えられる 日本語生活を見直す

 

2006/04/06

『コミュニケーションの英語』 著:高倉健悦

1995 丸善ライブラリー 158P

うーん、面白いところは面白いですし、

納得させられるところは納得させられるのですが(同語反復なので当然ですが)、

他のインドやシンガポールやカナダ、オーストラリアといった国々の独自に発展している英語に対しては、

そのオリジナリティについて非常に好意的な評価をくだしているにもかかわらず、

何故日本においてだけは、そんなに、

”ネイティヴ”の感覚に基づいた英語を喋らなければならないと熱弁するんでしょう。

諸外国に対する、千差万別でその国に合った英語にすればいいじゃん、という論を用いれば、

それがそっくりそのまま日本においても通用するんじゃないんですか。

日本だけは郷に入っては郷に従わねばならないのですか。

おかしなことだ。

以上の論理矛盾を念頭に置ければ、読んでも大丈夫でしょう。

推奨度

★★★★

見出し

英語でのコミュニケーション 日本人と英語の感覚 世界の英語さまざま 米語という言葉

 

2006/04/05

『UFOとポストモダン』 著:木原喜彦

2006 平凡社新書 203P

UFOと題する本というと、単純にオカルト、超常現象で胡散臭いものしか思い浮かばないですが、

本書はそういったものが真実だったとか嘘だったとかいうような議論ではなく、

(まぁ基本的には嘘だとしている派なんですが)、

総体的に都市伝説として見て、それがこの「モダンからポストモダンへ変遷する社会」の変遷過程において、

どのような変化を遂げていったか、今後どうなっていくのだろうか、ということを論じた好著。

以前載せた岡本氏著『ポストモダンの思想的根拠』を先に読んでいると、スッと頭の中に入ってくることでしょう、

思想的な著述は圧倒的に少ないので、とても読みやすいです、そこらへんの週刊誌が読めれば読めるでしょう。

もっとこういった画期的で面白い本が増えていくといいなぁと思う次第。

推奨度

★★★★★

見出し

UFO神話の誕生と変遷 空飛ぶ円盤神話(1947-73) 近代のプロジェクト、継続か放棄か? 超越的な他者としての近代科学

エイリアン神話 大文字の他者から他者の他者へ 後期UFO神話の始まり 内宇宙の時代 管理社会 文書化するUFO神話

ポストUFO神話 目に見える陰謀と内破するUFO神話 「彼ら」から「それら」へ

 

2006/04/03

『発想転換の英文法』 著:鈴木寛次

1997 丸善ライブラリー 175P

現代英語の源、つまり初期~中期英語、低地ドイツ語、そしてオランダ語、標準ドイツ語、さらにフランス語と比べて、

別に英語が特別ってわけじゃないとか、こんなところが変わっている、とか非常に説得力のある展開の著書です。

米語やアイルランド英語は、現代英語よりも古い形、と言われると、えっ、と思う方がほとんどのことでしょう。

ドイツ語やフランス語に少しずつでも通じていれば、とても分かりやすく納得できる面白い一冊。

そこらの、最近の英語しか見ないで云々するような本などとは違います。

いやぁ、それはそうじゃないだろ、とツッコミできるようなところが無いです。

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★★★★★

大見出し

英語の祖先は英語にあらず 「名詞」の考え方はこうも異なる 「時」をどう理解するか 「格」の核家族化と「一致」の不一致

見えないitの用法 動詞の不思議 go,come,helpは「助動詞」?「動詞」? 親密すぎる「動詞」と「不定詞」 be動詞の特殊性

時代遅れのthe 想像を絶する「関係代名詞」の起源と現状 「分詞構文」が本当にわかりますか? 性格の違う英語と米語のthe

互換性がある「前置詞」と「接続詞」 区別がつかない「形容詞」と「副詞」 「形容詞」と「副詞」の不思議 「接続詞」成立までの長い道程

 

2006/04/02

『自由と国家権力』 著:K・v・ラウマー 訳:千代田寛

1970 未来社 144P

社会科学ゼミナールシリーズ。

難渋な文章をしています、さぞかし訳するのに大変だったのでしょう、実際そんなことを書いていますし。

とりあえず、一般の人にはあまりお勧めできない専門書。

最初のモンテスキュー論だけは、別に歴史畑の人でなくても読めるかと思います。

論文集のようでありながら、全編繋がっているちょっと変わったつくり。

「自由の概念は、自由に対する感受性の豊かな人間と切り離すことはできない。

それは、政治的共同生活に適用される場合、

法律とその法律を生かしている精神とをもっとも重要な要素とするところの諸関係に従うのであるから、

なんら絶対的な概念ではなくて、相対的な概念なのである」

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★★★★

大見出し

モンテスキューにおける自由概念と権力分立 近代および現代の絶対主義研究とその絶対主義像 絶対国家と身分的自由

たかまりゆく近代の自由運動 フマニスムス的自由思想と反抗権

 

2006/04/01

『「創る英語」を楽しむ 「暗記英語」からの発想転換』 著:田地野彰

1999 丸善ライブラリー 167P

「だれが/する/だれ・なに/どこ/いつ/(なぜ)」。

というのが魔法の呪文らしいです。

五文型ではなく、こちらを覚えてこれに当て嵌めて文を作った方が理論的にも適切だ、と主張しています。

参考文献も豊富に挙げている上、説得力もあるので、なるほどと思わされました。

五文型にこだわってしまう人にとってはいい偏見崩しになるかと思います。

私は五文型なんて全然使ってないので元々問題無かったというか。

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★★★★