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暑い真夏の炎天下。
首都東京の高層ビル群の狭間、雲一つ無い青空の中に、
ぽつんと浮かぶ、銀色の円形物体。

目をこらさないとそれが何なのか分からない。
目をこらしても何なのかよく分からない。
確かに空に浮いて、しかもその一点から全く動こうとしないそれは、別段面白味のないただの銀色の皿だけど、それを見た人達は、皆一様に首をかしげる。手のひらを眉に垂直に当て、目を細めて、考える。腕を伸ばして指をさすほどの、大きな関心は示さないけれど、ビルの谷間で人々は、しばらく呆然と空を見上げる。

「あれは、なんだろう?」
「鳥でもない、飛行機でもない、ヘリコプターでもない」
「ましてやスーパーマンでもない」

だいたい平均30秒くらい、アスファルトの上で足を止めて見上げるが、特に動きもなければ見た目の印象も強くないそれは、忙しく勤勉な日本人達をそれ以上長く立ち止まらせる力はなかった。

正午過ぎの昼休み、ハンバーガーショップの外に置かれたテーブルで、OL達が「アレ」について話し出す。上司の悪口、昨日の彼氏とのいざこざ、こないだの日曜に買ったパンプスによる靴擦れの話のあとに、「そういえばさあ」と出てきた、空に浮かぶ銀色の皿の話題。
「アレなんだろうね」
「男の子達も話してた」
「やっぱどう見てもUFOだよね」
「アハハ、ウケる。ユーフォー、アハハ」
「いるんだねーUFO、私幽霊とかすぐ信じちゃうからさあ」
「誰が乗ってんのかな、アメリカ人?」
「アハハなんでやねん」
「ねーアメリカ行きたくない」
「行きたーい」

定刻通りに帰宅する若い社員達を、歯切れの悪い挨拶で送り出した後、夕日が差し込みオレンジ色が広がり始めたオフィス内で、残業のための一服を味わう男達2人が、窓から空を見上げて、アレについて話し出す。
「アレ、いつから居ます?」
「おとといからじゃなかったか」
「全く動き無いんですよね」
「うん、ただ居るだけだね」
「警察とか、なんか自衛隊とか、動かないんですかね」
「特に何か悪さをしてるわけじゃないしなあ」

最も早く、この話題が目に見える形として世間に広まりだしたのは、インターネット上だった。各ブログや掲示板で、謎の未確認浮遊物体として写真が掲載され、それについての真剣な議論をされたかというとそうではなく、「俺も見に行こう」「やめとけ20秒で飽きるぞ」「見てきたけどホントに浮いてて笑った」といった物見遊山的なネタ物として扱われるのが関の山だった。

ただ徐々に徐々に、銀色の円盤が、都民の話題、ネットの流行りから、国民の話題へと拡大していくと、状況はだんだん複雑さを増すようになる。そして、話題に飢えたワイドショーや全国紙の社会面の隅あたりで「アレ」が扱われるようになった途端、今まで知りつつも静観に回っていた各機関が、動きを見せ始めた。

あるテレビ局が、ヘリコプターを飛ばしてアレへの急接近を試みた。人々はアレの真下に群がり、正直既に飽きてきていた関心を奮い立たせ、事の成り行きを見守っていた。その模様は生中継され、周辺の各オフィス内で一時仕事の手が止まっていた。

「ただいま、謎の円盤のちょうど真下に来ております!下から見ていた時の実感よりも、遙かに上空高い所に浮いているようです。ちょっとですね、このヘリではこれ以上近づく事は困難と思われます!」
「いかがですか清水さん、そこから見た円盤の印象というのは。何か地上と異なる点は見受けられましたか?」
「はい、思った以上に、丸いです!」
人々は仕事に戻った。地上の群衆に流れが戻った。もう人々にとってその円盤は、オフィス街の真ん中に突如出現した、ただのオブジェ以上の何者の価値もなかった。

空に背を向け、ビルに吸い込まれていく大勢の人の中で、とりあえず最後まで見守っていようと立ち止まったまま見上げていた内の1人が、声を上げる。
「ヘリがもう一つ来たぞ!」

それは警察のヘリコプターだった。中継は切られていた。警察に追い立てられ、連行されるように、2台のヘリコプターは円盤から離れていった。
人々はそれを眺め、そしてプロペラ音が聞こえなくなると、静かなざわつきがビルの狭間で沸き上がり始めた。
「もしかして、アレは、たいへんなモノなんじゃないのか」
「危険なモノなんじゃないのか」
「俺たちは危険なモノの下で働いてるんじゃないのか」

それからずっと毎日のように、ビルのガラスにヘリやセスナの音が響くようになった。その音を聞く度に、外に出て全く変わり映えのしない円盤を見上げる度に、人々に不安が募るようになった。ただの円盤が浮いているだけなら、もう風景に同化して、誰も気に留めず、不安を感じる事も無くなっていたはずなのに。国か民間か知らないが、毎日あの円盤に向かって乗り物を飛ばし、近づいたり離れたりを繰り返してざわつかれては、無視する事も出来ない。地上で働く人々の意識はまたもや、あの不動の円盤に注がれていた。それも、今度はネガティブなシンボルとして。

「毎日毎日毎日毎日、ヘリと飛行機の音で落ち着かず、仕事もはかどらず、あの円盤を見上げるたびに発狂しそうです」
「眠ろうと目をつぶると、瞼の裏に一点の銀色の円盤が浮かんできて、眠れないんです」
「きっと国も、あれが何なのか分からないから、調べようと近づいてるんだと思います。てことは、結局誰1人、アレが何なのか分かってないってことじゃないですか。誰も知らない未知の存在が、私たちを常に見張っている…そう考えたら、気持ち悪くてもう」

そうした精神的な圧迫が各所で報告され、それがメディアに掲載されるほど、見物人も増していった。最近は本物のUFOを見たさに外国人も増え、そこで働く人々と観光客との摩擦がちらほら見受けられ始めた。望遠鏡がよく売れるようになった。
「いいなあ、エイリアンのすぐ傍で働けるなんて、毎日がドキドキだぜ」
そんな言葉を、昼休み中の会社員が耳にし、つい発作的にその観光客に対して暴行を振るってしまった事件は、その夜のニュースを熱くさせた。

銀色の小さな円盤が上空に出現してから5ヶ月、地上を歩く人々が以前に比べてめっきり減り、その代わり「銀円盤被害者の会」(ギンヒ会)が毎日地上で待機し、近づいたヘリコプターに対し「円盤を撃墜せよ」と巨大な横断幕を広げた。その運動は、逆に円盤をストレスに感じていない人々を逆上させた。上空も地上もやかましくなり、とても働ける環境で無くなった。経済の中心部における経済活動の停滞は何としても避ける必要があり、政府はいよいよ円盤の回収を目標に掲げた。最も、アレについての首相の発言に、「空のゴミとでも思ってもらえばいいんじゃないですか」というものがあり、それに対し「どっちがゴミだバカ」「まさにどちらも目の上のゴミ」と国民から予想以上の猛反発をくらったという経緯を挟んでいたが。

2月某日、1年に2日あるかないかの東京の降雪記録日、決算期を前に何としてでも人々のモチベーションを回復するため強行されたのは、円盤直下を中心とした半径20㎞圏内を出入り禁止にしての、円盤回収作戦だった。
「回収って、具体的にどうやるのさ」
「墜とすしかないだろう」
人々は家のテレビから、もぬけの殻になった銀色の東京都心を見つめていた。雪と雲で銀色に染まった銀色のビル群、その上空に浮かぶ銀色の小さな円盤、やがて現れた、銀色の戦闘機。誰もが、弾で撃ち抜かれ、煙を吐いて墜落していく円盤の姿を想像した。俺の働いてる場所に落ちなければいいなと考えていた。

しかし次の瞬間、大きな爆発音と共にカメラが揺れ、黒い煙がもくもくとビルの隙間から立ち上っていた。円盤はこれまでと何一つ変わっていない。戦闘機が東京の真ん中へ突っ込んだのだ。
「大変なことが起こった」たちまち世間は騒ぎになった。あれはエイリアンの超能力的な遠隔攻撃ではないか。いやただの操縦ミスだ。超スローモーションで再生するとレーザーの光のような物が見える気がする。間違いなく日本経済を麻痺させようと企む国際テロ組織の犯行、あの円盤もグル。911の際も謎の飛行物体が確認されている。全ては宇宙人の仕業なのではないか。円盤にはうかつに近寄れない。いつ同じ様なことが起こるか分かったものじゃない。

それほどの貴重なサンプルを世界が放っておくわけがなかった。中国が堂々と国軍機を日本に飛ばしたのを皮切りに、アメリカやロシアといった特に宇宙政策に力を入れる国々に、次々と東京上空の防空識別圏は無視された。「最も不審かつ危険な物体を、各国の協力でもって回収・調査し想定されうるあらゆる危険を未然に防ぐことは、我々人類の未来に安全と平和を保証するためにも最重要といえる事項である」とされ、日々、国籍不明の飛行機やら地上では謎の調査団体やらが、いつの間にか当然のように危険物扱いされた円盤の周りにひしめき合い、とてもじゃないが一般人が近寄れる状況ではなくなってしまった。
それでも円盤に対する直接攻撃は躊躇われていたが、こんなに周りをぶんぶん飛んでいるのに一向に動ずる気配のない円盤にしびれを切らし、ついにどこぞの国がミサイルを撃ち込んだ。そして、どこぞの国のわけわからん技術により大きく円盤を外れたミサイルは、そのまま良い具合に米軍機の右翼に直撃し、機全体のバランスを大きく崩しながら都庁に突っ込み爆発、炎上したのである。

その一連の事故が、故意によるものだとしてお互いの国が猛烈なバッシング対決を繰り広げ、そこで日本がアメリカに肩入れするものだから、米軍機による911を再現されておきながらその態度はいかがなものか、いい加減あの神社参拝やめたらどうだと謂われのない非難をくらい、円盤のことなどそっちのけで、東京上空に集結しながら、お互いの首根っこにナイフを突き立てているような一触即発の状況を作りだしていた。ギンヒ会の横断幕がいつの間にか「よそ者戦闘機を撃ち落とせ」になっていた。

そして日本が、「自衛」の名の下に、現在の危機的状況を緩和するための、武力発動に踏み切った。曰わく「国際間の非協力的現状を打開し、最優先課題である円盤との平和的和解及び東京上空からの即時退去を完遂させるため、円盤に対する直接ないし間接的敵対態度をとる国は、その課題の実行すなわち我々国民の安寧を妨げるすなわち我々にとって円盤以上の脅威であると判断し、可及的速やかに排除する方針を取る事で、一刻も早い経済活動の再開と市民の安心を得る、そのための自衛」とし、「これは戦争ではない」と言いつつ、「そもそも勝手に入ってきたほうが悪い」と影で呟くように遠慮無く他国機を撃ち落とし始めたから、もう収集がつかなくなってきた。

「本音を言えば円盤独り占めしたい」ともはや国レベルでの私利私欲を剥き出しにした、醜い奪い合いが勃発した。円盤の下で。上空ではミサイルが飛び交い、地上では銃弾の音がひっきりなしに響き、先進国の中心部は瞬く間に戦場と化した。円盤からレーザーが発射されるという噂が流れれば奪い合いが激化し、円盤を撃ち落とそうとすれば円盤を守ろうとする勢力が衝突した。

「Tokyo」を占領すれば、その上空に漂う円盤も手に入れることと同義だ。そうして日本は、北から南から西から東から、あらゆる方面から上陸され、侵食の的となった。人々は疎開し、それでも安全な場所などどこにも無いと知るや否や、他国への亡命を求める声が後を絶たなくなった。「日本は円盤ばかり守って私たちを守ってはくれない!」しかしさっさと日本の国力を弱体化させるためには、数百万の日本人の命は軽くあしらわれた。日本の防衛力こそが今や世界にとって煙たい存在だった。しかしその煙たさも、世界大戦が幕を開けるまでのことだった。

円盤の下に、煙と瓦礫と血の塊が集まり、日を追う毎にその塊は範囲を拡大し、やがて捨てられたそのスペースは、円盤の下を中心としてひどく静かなものだった。今聞こえるのは、東京からさらに向こうの、山の向こうの、海の向こうの、どこかから響く微かな銃声だけだった。

円盤は何もしていない。ただそこに浮いていただけだ。
きっとアレに乗っている宇宙人は、今頃ほくそ笑んでいるだろう。
こんなにも事が上手く運ぶなんて。こんなにも人間は共食いが好きだなんて。こんなにも大きな世界が脆いなんて。
こんなにもあっけなく、自分たちの手を汚さず、地球を侵略できてしまうなんて。
人間はこんなにも無言の圧迫に脆弱だった。何もしない存在には耐えられなかった。何もしない強さを持った宇宙人に、この土地を奪われても、文句は言えない。

だが円盤は降りてこない。
宇宙人達は姿を現さない。
いつまでもいつまでも、東京上空から地球を見下ろしている。


あの円盤を神として讃えようとする人々が居た。現人類にとってアレは、すぐそこに居ながらにして、我々の理解の範疇にない超次元の存在であり、かつ我々に理解できるよう形を持った、この世で誰もが目にする事のできる唯一神である。東京上空を世界の中心とし、あの円盤の下を聖地としよう。それが、彼ら新興宗教集団の目的だ。

2つの目しか持たぬ低俗な我々にも認識できる形でもって、天空から舞い降りてきてくださり、そして愚かな私たち人間を、それでも静かに、慈愛に満ちた眼差しで見守り続けてくださる超存在。また同時に、我々の弱さを、我々自身の行いから、教訓として身を持ってご教示してくださっている、懐の深き寡黙で偉大な師。それがあの円盤なのであると。世界全人類がアレを神の化身と認める事で、やがてこの循環する苦しみから逃れることが出来るであろうと。真の平和とは、あの円盤様を軸として回り始めるだろうと。

その教えを説いた教主が、人類の行いに対する許しを請いに、捨てられた戦場と化した聖地・東京都心の、砕けたコンクリートの地を踏んだ。硝煙の匂いが教主を取り囲む。教主は円盤の真下に跪き、キリスト式に祈りを捧げる。
「神よ、円盤よ、どうかこの罪深き人間達をお許し下さい。そしてまた、何故この時代、こうしてここに姿をお見せになったのか、その真意を、私にご啓示下さい」

教主が頭を垂れ、目を伏せると、突然、両肩のあたりに悪寒が走り、とっさに、全身がバネのように跳ね上がった。五感の鋭さは人並みではなかった。教主は空を見上げる。円盤が動いている。違う、大きくなっている。違う、降りてきている。違う違う、あれはどうみても、落ちてきている。

瓦礫の上を、四つんばいになって、手のひらの痛みも感じぬほど必死に掻いて、その場から逃げた。教主が両手両足を止めて、息を飲んで振り返ると、まさに円盤が地面に着地する寸前だった。
重くて強い音が破裂して、教主を含む空間に一気に響いて、遅れてから周囲の瓦礫がビリビリと鳴り出す。固くて細かい乾いた破片が、教主の目を襲う。一瞬視界を奪って、それから円盤の影が、教主のもと居た場所に浮かび上がる。アレは、思ったよりも小さいようだ。

教主は恐る恐る近づく。そこにはもう、神に近づくというような神聖な心境はなかった。世界を破滅に導いている、恐ろしい未知で異形の物体が、突然私の目の前に落ちてきた、その事の重大さに対する恐怖と、恐いもの見たさのような好奇心だけが、教主を動かしていた。まさかほんとにこんなことになるなんて思ってなかった。中から何か現れて、私を殺しにかかるのではないか。自分が教主などと名乗っているのが実にくだらないなと、その物体に相対した1人の中年白人は思っていた。
しかし、これはまたとない、特別で貴重な瞬間であるという揺るぎない思いが、教主の足を一歩一歩進ませていた。

おそらく、24時間円盤を遠くから監視している組織があって、既に円盤が落ちてきたことも情報として伝わっており、ここに大群が押し寄せるのも時間の問題だろう。もしかしたらそこでまたドンパチが発生するかもしれない。そんなものに巻き込まれたくはない。だがしかし、だからこそ、今、この円盤とファーストコンタクトできる私に与えられた権利を、逃したくないのだ。

円盤の前に立ち、やっと、神聖な気持ちを取りもどした。この私が祈ると同時に、この円盤は落ちてきた。円盤は私を待っていた。この権利こそ、私が教主である証に違いない。そしてコレは、神なのだ。

教主はついに円盤に触れた。金属だった。そして、その銀色の金属の一部である円盤の側面に、プラスチックで出来た四角いフタのようなものがはめ込まれていることに気付いた。金属とプラスチックの間に、丁寧に溝が掘られていた。そこに指を挟み込み、ゆっくりとプラスチックのフタを剥がした。
単2電池が4本刺さっていた。

教主は腹を抱えて笑った。電池切れで落ちてきたに違いなかった。きっと電池を取り替えてやれば、またこの円盤を空に返してやれるに違いない。あまりに笑いすぎて涙が出てきた。
そして教主は笑いながら悔しがった。今もうこの東京には、電池を売っているコンビニ一つすら無い事を、心底悔しがった。