受験生の頃、不眠症で悩んでいたクラスメイトに相談されて、
眠りに誘うような曲を集めて、音源を貸してあげたことがあります。
そういうことを思い出して、音楽を通して、みなさんに何かを
感じ取ってもらえたらと思い、こんなコーナーを作ってみました。
ここでご紹介するのは、クラシックの曲たちです。最近の曲は、
私よりも皆さんの方がご存じでしょうから。
できる限り添付できる音源を探して、載せておきます。
今月のおすすめ
この曲は、ワーグナーの楽劇の中では唯一の(?)喜劇です。ニュルンベルグは実在するドイツの都市で、マイスタージンガーは芸術を愛する職人たちと言ったところでしょうか。職人として認められるためには、仕事の腕だけでなく、歌を歌えなければ、マイスター組合の一員として認められませんでした。
第1幕への前奏曲は、録音のように、それだけで完結するように演奏されることが多い作品です。でも本当は、パイプオルガンの音が切れることなく教会のコラールへと続いていきます。
~第1幕~
教会の礼拝でヴァルターが昨晩一目惚れをしあったエーファに声をかける。しかしヴァルターはエーファが明日の歌合戦の優勝者によって求婚されることを、しかも歌合戦の参加にはマイスター組合の一員でなければならないことを聞かされる。ヴァルターはマイスターとして認めて貰うために歌の作法を聞くが、あまりの煩雑さにうんざりする。ヴァルターは、マイスターたちが集まってきたところに姿を現し、マイスター組合の一員になるための歌試験に挑む。
試験審査を務める記録係のベックメーサもエーファとの結婚を望んでいた。ヴァルターは自らの感性のままに歌うが、ベックメッサーはマイスター歌の規則に照らし片っ端からダメだしを行い、歌を途中で止めさせようとする。またヴァルターの奔放な歌い方は他のマイスター達の支持も得られない。ザックスがヴァルターをかばい、ヴァルターも自棄になって歌い続け混乱する中、「間違いだらけで落第」が宣告される。
~第2幕~
夜の街角、ザックスはヴァルターの歌が頭から離れず「感じるが、理解できない」とその捉えがたい魅力を歌う。エーファがザックスの歌試験の結果を聞きにくる。エーファは密かにザックスを慕い続けていたことを仄めかし、明日の歌合戦への参加を促す。二人の間に微妙な空気が流れるが、ザックスにあしらわれ、エーファは家に去っていく。さらにベックメッサーが夜中、家の前で歌うつもりであることを知ったエーファは、乳母と服を交換していた。乳母の格好で家を出たエーファはヴァルターと出会い、ヴァルターと駆け落ちしようとする。しかしザックスが路上に明かりを灯して靴の仕事を始め、駆け落ちを阻む。
そこにリュートを持ったベックメッサーが登場、エーファの部屋にいる乳母をエーファと信じて、セレナーデを歌い始める。この歌にザックスは、試験と称して槌を打ちまくって「採点」する。苦り切りながらも大声で歌い続けるベックメッサー。やがて、この騒動に近所の人が起きだしてくる。エーファの部屋にいるのが乳母だと気がついたザックスの使徒(乳母の恋人)が、ベックメッサーが乳母に言い寄っていると思いこんで、ベックメッサーを殴りつける。これがきっかけとなって、町中の人間が大げんかを始める。騒ぎのなかで、ザックスはエーファを父親のもとに、ヴァルターを自宅に引きずり込む。夜警が笛を吹かすと人々も一斉に家に引っ込み、静寂の中11時が知らされ幕が降りる。
~第3幕~
翌日の早朝、ザックスの仕事部屋。客間から起き出してきたヴァルターは、不思議な夢を見て新たな歌の着想を得たと言う。ザックスはこれを素材に、マイスター歌の規則を伝授する。ヴァルターが着替えのために退場すると、ザックスの家にやってきたベックメッサーが、この歌の書き付けを発見、ザックスがエーファへ求婚の歌を歌うつもりと思い、現れたザックスを非難する。ザックスは一計を案じて、ベックメッサーに書き付けを進呈、喜び勇んだベックメッサーは去る。
しばらく経ってエーファが着飾ってザックスを訪ねてくる。そこへ着替えをすませたヴァルターが現れ、夢の歌の続きを歌う。二人が幸せなカップルだと悟ったザックスは、自分にも残っていたエーファへの思慕を絶つ。エーファは自分もザックスを慕っていたことを告白することで彼を慰め、諦念の行為に感謝の言葉を述べる。ザックスは若い二人を抱き合わせ、ヴァルターの歌を「聖なる朝の夢解きの調べ」として命名する。
舞台転換して歌合戦が行われる野原。祭りのファンファーレとともに、マイスターたちが入場する。歌合戦が始まり、ベックメッサーがザックス書き付けの歌詞を自分のセレナーデに当てはめて歌おうとするが、歌詞を覚えきれず、大失敗に終わる。聴衆の笑いに怒ったベックメッサーは、これはザックスの歌だと叫び、退散する。ザックスは、歌の本当の作者としてヴァルターを紹介し、歌合戦に参加させる。ヴァルターは見事に歌う。人々、親方たち、エーファ、全員がヴァルターの歌に聴き惚れ、これを大喝采と共に讃える。
ポーグナーはヴァルターにマイスターの称号を授与しようとする。しかし、マイスターに疑念を拭えないヴァルターは拒否する。ザックスは「マイスターを侮ってはいけない」とヴァルターを諫め、「神聖ローマ帝国はもやと消えても、聖なるドイツ芸術は我らの手に残るだろう。」と歌い、その価値を説く。ヴァルターも納得して称号を受け、晴れて優勝者となりエーファと結ばれる。全員がこの結末を導いたザックスと「ドイツ芸術」を讃えて幕が降りる。
・・・という楽劇です。
前奏曲のメロディは、楽劇全体を通して繰り返されます。中でも第3幕は「聖なる朝の夢解きの調べ」という歌、ザックスによるドイツ芸術を讃える歌が、前奏曲のメロディの上で歌われるという形で締めくくられます。
訳を片手に全編を聞けば、第1幕への前奏曲の旋律は、愛を込めて歌うヴァルター、美しい歌に聞き惚れる聴衆、若き騎士を受け入れるマイスターたち、愛されるエーファとその父親のポーグナー、悲劇を喜劇へと変えて見せ、ドイツ芸術を讃えたザックス、全ての登場人物の気持ちを纏め、強く美しく締めくくられる終結部の方が印象が強く残るように思います。
この曲に、何らかの立場で関わるならば、曲の全てを感じ取ろうとしなければ、その曲の意図するところは中々見えてこない。本質が見えていないのに、ただ容易されただけのものから汲み取ろうとしても、楽しみは限られてしまう。
この曲はファンファーレとしてではなく、色んな登場人物の感情の交錯を感じ取ろうとした方が、この曲そのもので、より楽しめるのではないでしょうか。
何かに関わるのなら、そこにあるモノだけで満足せず、色んな自然条件、社会条件、感情を感じ取ってほしいという願いを込めて、今月ご紹介することにしました。
なお、今回upしたのは1966年に収録されたものですが、指揮はヨーゼフ・カイルベルトさん。楽劇「トリスタンとイゾルデ」の公演中に心臓発作で亡くなられた方です。この方は日本人演奏者の間でも、ドイツのお父さんと呼ばれていた方でもあり、自分に厳しく、人には優しい。新しいモノは何でも受容するけれど、絶対に曲がらない強い信念をお持ちだったと。なんだか、登場人物のザックスのような人だと思いませんか?
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※試聴できるデータは、不完全なものです。
興味のある方は、ご自分で納得できる音源をお探し下さい。
最終更新:2009年12月06日 22:11