※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

先輩や教師が、後輩や教え子に「越された」と感じる時って、
どんな場面なのでしょうか。

今日、私はそんな場面に会いました。

最初は、諸事情によって演奏会に行けない私に対する「当てつけ」かと思えるような、
メールが届いたんです。

きっと送った本人に悪気はなく、単純に先輩である私に対して見に来てほしいという
意味なのだと思っていました。

ところが・・・悪気はないことは確かなのですが、罪があったんです。

いい意味での罪。確信犯というのが丁度良いかも知れません。

私が他の後輩と喧嘩をした後だから行けないという事情(事実はちょっと違います)を
知っていて、わざとメール送ってきたようです。

私がそうそう後輩を怒れない人間だということと、
私の人間性を良く見て、知っていたのかどうかは分かりませんが、
とにかく見に来てほしいという気持ちをその子なりにぶつけてきたのでしょう。

いつか、同じような方法で、私はその子が精神的に参りかけている時、
声をかけたことがあります。

その時は、私がその子がまだ中学1年生だったので、
その子を回りの友達が支えてくれるように、
その子が精神的に参ってしまわないように、
周りの子の人間性もしっかりと見て…の行動でした。

方法や行動そのものも全く違うのですが、
人間性をしっかりと見ている感じた点は、まったく同じでした。

この瞬間、私はこの子に「越されたな」って感じたんです。

こういうのは、別に競争とかではありませんが、

私より上を行く子が出てきたなと。
ちょっと悔しい反面、とても嬉しいもの。

恩返しっていう訳ではありませんが、
いつか助けてあげた人には、
いつかどこかで助けて貰うこともあるのかも知れませんね。

人の心に効くのは薬より、やっぱり人なんだと、
今日はその子に教えて貰ったような気がします。

「学問」は最高の遊びという言葉がありますが、
「学び」はどこにでも転がっている玩具なのかも知れません。