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 クラシックファンの方なら、言わずと知れた名曲ですね。ここではあまり深い
話はしないことにしますが、この曲は一般的に、チャイコフスキー自身の暗黒の
運命に対する絶望とあきらめ、そして運命との戦いでの勝利が描かれていると
表現されます。

 この曲を書いた当時は、チャイコフスキー自身が経済的に恵まれていた頃であり、
書いたのもヴェネチアへの旅行中だったといいますから、神経質なチャイコフスキー
と言え、太陽の暑さと、明るさが垣間見えるような・・・そんな気もします。

 でも何より今月、この曲をご紹介するのは、指揮者不在の演奏だからということが
理由として挙げられます。チャイ4で指揮者不在と言えば・・・マニアな方には
分かってしまうのでしょうが、N響&アシュケナージさんです。

 この事件?は、第3楽章演奏中に指揮者が自分の左手に指揮棒を突き刺してしまい、
ちょっとした流血(沙汰)になったことが原因ですが、指揮者のアシュケナージさんは
指揮者でもあり、ピアニストでもある方なので、大事をとって?なんでしょうかね。

 そういう理由で、堀さんが弾き振り?をやられとる訳です。

 ぶっつけ本番で、コンマスさんが振ってこれ。どれだけアンサンブルが凄いかって、
音楽経験者にも分からない人はいるだろうけど、私はありえないっていう位、凄い
ことだと思います。だって実際に、やってみたことがあるから。
指揮者不要という意見も、世の中にはあるけど、本当に指揮者がいなくて、
これだけアンサンブルが完成することは、半端な甘ちゃんの練習じゃ無理に等しい。

 でも、アンサンブルが完成すれば、こんな演奏だってできるんだってことが、
実証された身近な例であるのも、間違いないよね。

 ただ、チャイコフスキーだから可能だった?なんていう不謹慎なことも思って
みたり(笑)これがブルックナーとか難儀な交響曲だったら、どうなるんだろ。

 つい先日、高校に伺った時のお話なんですけどね、指揮者不在、コンミス不在で、
さあどうする・・・?っていう現場を目にしたので、今月ご紹介に挙げました。

追記
やはり・・・著作権の問題があるんですね。
削除されてしまいました。ということで、旧ソビエト連邦下のレニングラードの
演奏をリンクしておきます。(2010.09.04)

なんででしょう?
ソ連時代の演奏って、やたら一音一音にメリハリ付けるの好きですよね。