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 またまた、この方の登場です。本名が長いので、前回は省略していましたが…
Paul Marie Théodore Vincent d'Indyさんです。やっぱり長い。

 日本に限らず、現代はほとんど忘れ去られかけてしまった方なのでしょうか。
CDを探したって、中々見当たらないのですよ。この方と言えば、去年の11月に
ご紹介した曲「フランスの山人の歌による交響曲」というのが、一般的ですね。

 実際に私が持っているCDも、その曲と交響詩「山の夏の日」の2曲だけです。
それで諦めかけていたところに、新しい音源を発見したので、ご紹介に挙げました。

 この曲は、第1部「静寂と光」、第2部「紺の光」、第3部「緑の地平」、第4部「大洋の神秘」
という表題が付けられていること以外、実は私も分かりません。
あと、第2部の冒頭が同時期の作曲家、ラヴェルの「ダフニスとクロエ」の冒頭に酷似してるのが
なぜかってことも、分からない。なにせ、この方の情報はめっきり少ないのですから。

 ただ、調べてみると以外に情報は出てきてくれるものです。ダンディさん、フランクの弟子で、
サティやマニャールの師にあたるのですが、実は日本人のお弟子さんがおられたそうで、
合唱コンクールを創設した小松耕輔さんや、指揮者の近衛秀麿さんがそうなんだとか。

 パリ音楽院の先生だったから、というのもあるのでしょうが、世界って狭いです。
ちなみにダンディさん、フランス音楽保守派の先頭に立たれていたような方ですが、
この曲を書かれた当時は70歳を越えて、国内では大御所と呼ばれる程なのですが、
当時新進の若手作曲家だったドビュッシーの世界に感銘して、自分自身の作風を
転向させての大英断によって生まれた曲が、この曲なんだそうです。

 地位を得てもなお、正反対の作風であっても良いと認めた若手を「評価した」ダンディさん。
だからこそ、自分の美的信念と誠実に向き合われておられたと言えるのではないでしょうか。
頑固親父の一員であってもなお、すべての人に評価される所以がそこにあります。

 多くの人が去る3月、旅立つ人と、旅立ちを見送る人。互いに、こんな人でありたい、
こんな人であってほしい。そう思ってくれる人が1人でもいることを願いつつ。