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悪魔の遊戯 -赤木しげるのユベリズム心理フェイズ- ◆F.EmGSxYug




隠れながら進んでいる新堂に、それが見えたのはすぐのことだった。
追っていた相手が既に通り過ぎている、映画館の前。
そこで新堂を待っていたかのように、バイクに乗った男がこちらを見ていた。右手にカードを持って。
とっさに銃を構える新堂。だが、相手は怯まない。

「ククク……お前、あの黒仮面を倒そうと思っているな……?」
「……誰だ、お前は。
 人に話しかけるなら、自分から名乗るのが礼儀だろ」

一応同じ人間、それも同世代の日本人らしいことに少しだけほっとした新堂だったが……
銃を突きつけられているその男は、依然ニヤニヤと笑みを浮かべている。その顔に新堂は慌てて警戒を引き戻した。
それでも、その男――アカギは笑みが張り付いた表情を変えない。

「そいつは失礼……俺は赤木しげる」
「新堂誠だ。で、何の用だ?
 わざわざ話しかけてくるってことは、俺を殺そうとしてるんじゃないってことか?」

そう言いながらも、新堂はアカギに銃を向けている。いつでも射殺できるように。
だが、アカギは臆さない。相変わらず笑みを浮かべたまま、言葉を続ける。

「ああ……俺もお前同様、あの黒仮面に興味を持っているところだ。
 だがあいにく、俺に今ある道具のほとんどは『防御』に関わるものだけ……
 ここで手に入る道具の中で強力なものは、やはり支給品……
 つまりそれらを配られている参加者に接触するのがベスト……
 同じギャンブルに挑む者同士、お前に話を持ちかけることにしたというわけさ……」

微かにこの場に吹いた風のように、アカギはさらりと世間話かのように言ってのける。
アカギの言い分は新堂に理解しづらいものだったが、それでもなんとか理解できた。
もっとも、まだ銃を下ろしてはいないが。

「要するに、あいつを殺すために協力し合おうってことか?」
「そうだ。もっとも、命を懸けるのは俺だけでいい……
 お前は俺の指示通り、一つのことをやるだけでいい。
 ただ、この同盟はもしお前に何かしらの武器があるならば、という条件だが……」
「……言っておくけどな、この銃は渡さないぞ」
「クク……銃になど興味はない。
 必要なのは常識を超えたもの……そうだな、例えばカードが最上だ……!」
「カード? なんだよそれ?」

新堂の言葉に、アカギは軽く舌打ちする。
この反応を見る限り、こいつの支給品にその系統のものはない。
アカギはそう踏んだし、実際それは間違いではない。

「俺が今持ってるこいつのこと……後で説明するさ。その銃以外に何かないか……?
 ないならこの話は打ち切りだ……」
「あるけどな……その前にまず聞きたいことが二つある。
 俺にやれって言ってることが何かが、まず一つ。
 そして、お前はなんであいつに挑もうとしてるんだ?」

新堂が聞いたのは、極めて全うな疑問だ。
だが、それにアカギが返したのはとても全うとは言えない言葉だった。

「やることはなに、大したことじゃあない……! 引き金を引く覚悟と体力さえあれば十分……
 そして俺があの黒仮面に挑むのは簡単な理由だ……
 もともと損得で勝負事などしていない……
 ただ勝った負けたをしてその結果無意味に人が死んだり不具になったりする……
 その方がバクチの本質であるところの理不尽な死――その淵に近づける……!」

まるで常識でも説くかのように、常識外れな観念をアカギは説く。
それを見て新堂は――悪霊の影響下にある状態にも関わらず、苛立ちより先に恐怖を、感じていた。
身体的にはただの人間でしかない、アカギに。



新堂から譲り受けたもう一つの銃を右手に持ち、バイクを走らせる。
今、俺の手元にある銃――レイガンは、いわゆる光線銃と言う奴だ。
もっとも威力は実弾銃に劣るどころか、スタンガン程度のものでしかないらしいが。
確かにその程度の威力では主武装としては使えないし、新堂の技量では二挺拳銃などという真似はできまい。
ならば、持ち歩く銃を一つだけにして残りを仕舞うのはおかしなことではない。だが。

(予測通り、まるで白痴だな……!)

思わず心中で漏らす。ヤツ――黒仮面のことではない。新堂のことだ。
相手を殺そうとしている癖に、自分が命を懸けずに済むならと武器を渡す。
皆殺しにしようと思っているわけでもない割に、不審人物は殺そうとする。
命の線引きに、理があるわけでなければ狂気に染まりきっているわけでもない。
新堂は半端だ。半端な狂気に身を浸し半端な理に身を委ねている。それこそが真の愚昧。
チキンランでブレーキもアクセルも踏み切れずに死ぬ、そのようなタイプ。
自分の命を掛け金とする覚悟が、新堂には出来ていない。

(ま、おかげで俺は予定通り、それなりに有力な武器を手に入れられたわけだ……)

俺はあの場をぽつんと置かれた店――地図上では壷のシンボル――に隠れて観察していた。
幸いと言うべきか、売り物か私物かは分からないがそこには双眼鏡が置いてあったのだ。
だからこそ三人が二人と一人に別れたのも、新堂が付きまとっていたのも把握できている。
こそこそ追いかけている時点で、新堂がそういう男だということは知れていた。
だからあんな話を持ちかけた、それだけだ。今考えるべきはそれよりも黒仮面。
わざわざ合流の機会を逸して一人で歩き出すような相手。
実力か逃げ足に相当の自信があるか、あるいは相当な狂人かだが……

(それは、撃てば分かる……!)

構える。森の手前、川の脇にヤツがいる。ヤツは俺の存在に気付き、こちらを振り向いている。
新堂と別れた後は、派手にバイクの音を立てながら追跡したのだから当然だが。
引き金を引く――僅かな反動と共に、奔る光線。
光速には遠く及ばぬとは言え、銃弾同様音速は超えるそれに対し。

「……いったいなー。なんかビリっと来た」
「…………」

ヤツは回避行動も取らずに、あっさりと当たった。
まるで子供のように――いや、背丈を見る限り実際に子供なのか――文句を言う黒仮面。
あまり効いていないようだが、レイガンの威力が無いのかヤツがタフなのかは判断できない。
銃を構えながら俺が観察していると、ヤツは妙なことを言い出した。

「ブロリーもそうだけど、いきなり弾撃ってきたら駄目だよ。ルール違反だし。
 符がなくても名前くらい宣言しなくちゃ」 
「は?」
『フラン……何の話だ?』

ただでさえヤツの言うことは理解しがたいものだが、更に剣が喋っているのも常識外だ。
あれも支給品か。ユベルの例を考えれば、ただ喋るだけというわけではないだろう。
考えを巡らしながらも、ヤツの動きを注視する。
この戦いにおいてまず重要となる事項は「距離」。
ヤツがどの距離で戦闘を仕掛けてくるか、見極めなくては戦法すら定められやしない……!

「何って、弾幕ごっこの話で……
 あれ? 不意打ちで蹴り入れてもいいんだっけ?」
『……詳しくは知らないが。
 この殺し合いの場で、そのルールが適用されるかどうかは微妙だろう』
「あ、そっか。幻想郷に住んでるのしか知らないのかな。じゃ、いいや」

話は終わったらしい。
この会話から読み取れたのは、ヤツは背丈どおりの精神年齢……かなりのガキであること。
それも。

(銃を向けられていた時から、ヤツは反応を見せていない……
 先ほどの反応を見る限り、銃で傷つかない相手でもないようだ。
 スタンガン程度の出力で痛がるなら、銃が痛くないということはないはず……
 つまり銃が危険なものだということそのものを知らないということ……)

かなりの子供。あるいは無知。
少なくとも頭を巡らすタイプではあるまい――演技という可能性もないわけではないが。
外れか?そう思いかけた矢先、ヤツが右手を上げた。

「さて、と。
 あなたが誰かは知らないけど――遊んでくれるんでしょ?」

光った。そうとしか俺には形容しようが無い。
それに反応できたのは、ヤツの声から殺気を感じ取ったため。とっさに伏せる。
同時にヤツの手から放たれた光る何かがオレの頬を掠め、地面に激突していた。
それがお遊戯でないのは、穴が開いていることからしてもよく分かる。
俺には予想も付かぬ魔法、あるいは超能力。
支給品の力か、それとも個人の力かは知らないが、ヤツはそれを持っている。
そして。

仮面で表情は読み取れないが。
あの声は間違いなく、喜色に満ちたそれだった。

(なるほど、実力がある狂人というワケか……!)

普通の子供ではない――ヤツは殺しを楽しむ人種だった。
一人なのも、自分の身体を使った撒き餌か。ならば、命を賭けるかいがあるというものだ。
ただの人間でしかない俺の手札と、ヤツの切った手札……
この世ならざる力と釣り合わせるならその方法はただ一つ。

――それは、自分の命を賭け金にするしかない……!

「……遊ぶ、か。
 クク、確かにこれほど楽しい遊戯はないな。狂気の沙汰ほど面白い……!」

俺もまた笑みを浮かべ、レイガンを構える。
それが、開始の合図になった。
再び弾が浮かぶ。今度は複数。まるで、子供がかき集めた光る玩具。
違うのは、その玩具は触れたものを破壊するということだ。
とっさにペダルを踏むと同時にバイクが走り出し……弾の着弾地点から俺の体をずらした。

(予想以上の弾速……
 だが基本はレイガンと同じ、曲がったり追いかけてきたりはしない、か……!)

弾が撃ち出されるのを見てからでは、恐らく間に合わなかっただろう。
そう現状を把握して……流石に息を呑んだ。
さっき撃ったのと似たようなそれが、今度は大量に浮かんでいる。
まるで夜のイルミネーション。太陽の下には似つかわしくない、文字通りの色々。
間断なく撃ち出されるであろうそれを想像して辟易しながらも、レイガンを撃つ。
それに対し、ヤツが剣を振るった。それだけで相殺。
火力が違う。不公平にも程がある。もっとも、そんなことは承知の上……!

(飛び道具主体で接近戦を仕掛けてくる様子は無い……
 ならば今のところ、新堂の出番は無いか……)

日光の中、草原の上で思考し、速度を維持したままハンドルを傾ける。
こういった場合、障害物の多い森へ逃げ込むのが常道。
だが、俺は敢えて映画館の裏へ向けてバイクを走らせた。
ヤツにはただ逃げているように見えるように、演出しながら。
今のところ出番が無さそうとはいえ、新堂に話した作戦上川から離れる訳にはいかないのだ。
それに……森に逃げ込んで、上手く逃げ切ってしまえば作戦は成り立たない――!
レイガンと指でカードを挟むことで、命中コースに入った場合の準備も出来ている。
ヤツは走って追ってくる。人間とは思えない速度だが……それでもバイクの全速力よりは遅い。
故に、速度を緩め、距離を保てる程度の速度に調節する。
当然、その間も間断なく弾が撃ち込まれてくるが……俺は奴の弾を理解しだした。

(……弾速は速いが、その全てが『撃ち出された時に俺がいた場所』を狙っている。
 軌道も変化しない。ならば……!)

バイクの速度を緩め、少しずつ進路をずらしながら退がる。
映画館の裏と川の間、幅が100mもない細長い空間。そこを弾を掠らせつつ走りぬける。
俺は絶体絶命だ。
俺は絶対絶命だとヤツに思わせつつ、実際は五体満足でなければならない。
苦し紛れのようにレイガンを撃つ。狙いをつける必要は無い。
俺に余裕はないということを演出するためにも、当てる余裕を見せてはならない。
目的となる場所が見えてきた、その刹那。
突如、バイクに衝撃が走った。まるで、爆発がすぐ近くで起こったかのように。

(パターンを変えたか……!?)

映画館の裏は既に抜けた。
広くなった空間の中、勘でバイクを滑らす……しかしツキに見放されたか、再び衝撃。
バイクのどこかを掠めたか、あるいは命中したか。
明らかに異常な震え方をバイクはしている。ハンドルの効きも、ベタルの反応も鈍い。
更に右肩に灼熱。思わずカードを落としかけるのを、歯を食いしばって耐える。
これが無ければ、作戦は根底から破壊される――!

「ねー、撃ち返して来ないのー?」
(ケチな点棒拾う気無し……!)

ヤツの言葉に、俺は心中で吐き捨てる。
レイガンで与えられるダメージは微小。そして、既にヤツを引き付けることには成功した。
相手の命を奪える目算がいる以上、ちょっとした傷をつけようと必死になる必要はないし……
今の俺では、レイガンを撃ちながらカードを落とさないように保持できる保証はない。

狙い通り、俺は追い詰められた。
後ろに川が来たところでバイクからわざと転がり落ちる。
速度は緩めていたから怪我は軽い擦り傷程度だし、バイクやカードが川に落ちることもない。
もっとも、もう既にこれはポンコツ寸前だ。
しばらく走っていたらいきなり急停止、なんてこともありえる。
だが……逆に言えばしばらくは持ち堪えるはずだ。
既に映画館は通り過ぎた。場所はD-2の北東端、正真正銘の行き止まり。
つまり……ヤツは俺を逃がさないように気を遣う必要が無い。「動かずに」攻撃に専念できる。

「……ふぅ」

息を吐く。身体と精神を落ち着かせる。
ここからが本番。ヤツの攻撃に対し切り札を切る、最後にして最高のチャンス。
ここでしくじれば後は無い。そのことに、俺の心臓は奮い立つ。

――だが。

「やーめた」

奮い立った心臓を竈から冷蔵庫にブチこむかのように。
ヤツはまったく、予想外の言葉を言い放った。

「……は?」

生まれてこの方、ここまで予想外だったことはない。まさか、新手のブラフか?
だがヤツの体勢を見る限り、明らかに力が抜けている。
ヤツは本気でやめた、と言っているのか……?

「帰っていいよ。これだけ川がいっぱいだとやだし、ラガナーや美鈴が色々言ってたし。
 だいだい、どうせあなたなんかに私は壊されないし。
 私は歪みねぇ生き方が何か聞いて回らないと……」
「ククク……ははははははははっ!!!」

思わず、笑う。
あまりに予想外すぎて、萎えるより、呆れるより先に笑ってしまった。

「……なによ?」
「いやなに、あまりにバカらしいことを言うからな。
 歪みがない生活など、楽しいワケがない……!」

相手は本当に思っていることを言っているらしい。ならば、俺も本音を漏らす。
どう見ても、俺は追い詰められているように見えるだろう。
バイクは不調を訴えるかのようにガタガタ音を立てているし、背後には川。
体中には擦り傷だらけで、文字通りの背水の陣。

「失望させるな……
 狂気を持つ者に出会えて興奮している俺を……!」

それでもなお。
俺はその表情に笑みを絶やさない。



見逃してあげる、って言ったのに、相手――白髪の人間は帰らない。
それどころか、笑っている。笑って、よく分からないことを言っている。
少しイライラしたけど、とりあえず聞くことにした。

「……何を言いたいわけ?」
「聞きたいのはこっちだ。お前は、俺に攻撃することを楽しんでいた……
 それなのになぜ、歪みない生き方とやらを追い求める……?」

え、と喉から言葉が出た。無意識のうちに。

「あなたは、歪みねぇ生き方が何か知ってるの?」
「さぁな……考えたことなんてないし考える気にもなりゃしねぇよ……
 だが少なくとも分かるのは、俺やお前が望んでいるのは間違いなく『歪み』であること……!
 俺が命を容易く賭け、ゴミのごとく奪われるような状況に生きがいを感じるように……
 お前が相手の血を見ようとし、命を軽く扱っていることは疑うまでもなく『歪み』……!
 お前は歪みある生活こそを望んでいるのさ……俺と同じように……
 にも関わらず帰れだの……歪みない生活だの……三流芸人にも劣る……!」

むかっと来た。
ろくな実力もない癖に、口だけはえらそうに語るこいつを。
別にこいつは、どうでもよかった。弱いし、そのくせ避けて逃げ回るし。
壊そうとしないし壊せもしないなら、私に壊される前にさっさと帰れって言ったんだ。
それなのに、私に逃がしてもらう立場なのに、それどころか戦えって言うこいつを。
……ここで初めて、腹立たしい存在だと、思った。

「……あなたには関係ないわ。
 こんな感じでいくって言ったら、美鈴は私を……えっと……そう、したってくれたもの。
 だから――」
「違うな……そいつは本当のお前を気に入っているんじゃない……
 騙され、本性を隠し偽ったお前を気に入ってるに過ぎない。
 もしお前が参加者を殺して回れば、そいつはお前を見捨てるだろう……」

何言ってるんだこいつ、と思った。
思ったのに、なぜか。

――もしもフランドール様が殺し合いに乗られているならば。
――フランドール様に手をかけようとまでしていました。

そんな言葉が、蘇ってきた。

「目を覚ませよ。そいつらにとって、今のお前の行動はただの口実だ。
 そいつらが生き残る行動を取るため、そいつらがあらかじめ決めていた行動を取るための、な。
 常識に、『まとも』に、騙されるな……誑かされるな……!
 本当のお前を理解してやれてるワケじゃない……」
「……うるさい」

思わずつぶやいた。
自分そのものを否定されているようでいて、同時に本当に自分のことを言い当てられているようで。
これ以上なく不快なのに――なぜか、耳を塞げない。

ブロリーと戦ったのを、楽しいといったのは。
アカギに挑まれて、どんな戦いができるかわくわくしてたのは、間違いなく、わたし。

『気にするな、フラン、ただの出まかせだ』
「分かっている……お前と美鈴とやらは愛し合ってはいない……
 いや、本当の意味で愛してはいなかった。いや、愛そうにもできない。
 お前は自分の本性を見せていない……自分が与える傷を……苦しみを。
 ……痛みを見せていない……!」
「うるさい!」
「素直になれ。自分の歪みをさらけ出せ……!
 ヤツが本当にお前を好いているのなら、どんなお前だろうと受け入れる……本当に、ならな。
 だがそれをしない……心のうちで分かっている、自分の歪みは愛されないと……!
 漕ぎ出せよ……『まとも』から放たれた人生に……!!!」
「うるさい――ディムロスッ!!!」

思わず叫んで、剣を持った腕を振り上げる。
つまらない。こいつはつまらない。
いや、つまらないなんてものじゃない。

この男は。閉じ込めていた自分の心が無理やり開かれて壊されるような感じは。
ものすごく、不快だった。


フランの腕が奔る。一瞬にして巨大な炎が剣に点り、数十メートル近くに肥大化したそれを振る。
何の手加減もせず、ただ魔力を注ぎ込んだそれは、雪や氷であろうと容易く消す。
ましてやただの人間でしかないアカギなど、燃やすどころか容易く炭と変えるだろう。

――その苛立ち。
そこから来る大振りな攻撃を、アカギはずっと待っていた。

 マジックシリンダー
「魔法の筒――」
「……な……!?」

草原を燃やし、アカギまでも燃やそうとした攻撃は、現れた筒を全く傷つけられずに飲み込まれる。
筒に炎が入ると共に、炎が文字通り逆巻いた。
そのままの勢いで――炎の剣は、持ち主へと迫る!
驚く間も与えず、フランの周囲が燃え上がった。いや、それは燃焼と言うより爆発に近い。
被害箇所から逃れられたアカギですら、思わず顔を腕で覆うほどに。
それに加えて周囲を嘗め尽くした長大な炎は、大幅にその視界を奪っている。
それでも、数秒後……覆われた僅かな視界の端に、
煙を引きつつ燃え盛る炎の横から抜け出すフランの姿が見えていた。

「……チッ」

腕を下ろしながら舌打ちするアカギ。
ジリジリと熱の残滓が顔を襲ってきたが、耐えられる範囲だ。
フランの左手首から先は、なくなっていた。いたが……それだけ。とっさに避けたのか。

絶対絶命を装い、追い詰めている自分の力に優越感を持たせて慢心させる。
あるいはいつまで経ってもしぶとく生き延びる相手にイラつかせる。
つまらない癖に死なない獲物を演出することで大振りな攻撃を誘い、
それを反射することで、相手の攻撃力を逆用し回避の隙も無くす。
これがアカギの『遠距離戦用の』作戦だった。
言葉で挑発したのは、ちょうど後者が誘えそうだったために付け加えたアドリブに過ぎない。
そういった意味ではフランがアカギをつまらないと思ったのは狙い通りだったが、
追い詰めたにも関わらず見逃すなどと言い出したことはアカギにとって真実予想外だった。

(近距離戦を誘いそちらの作戦に移行するにも、どちらの作戦でも『魔法の筒』は不可欠……
 新堂は……追いついたらしいな。だが『くず鉄のかかし』はあくまで予備……退くか……?)

やはり燃焼より爆発のそれに近かったのか、炎は着火した時同様に一瞬で消えている。
残ったのは熱と、黒焦げの草原と煙、そしてそれに隠れてにじり寄っている人影だけ。
再び開けた視界の中、アカギは脳よりも目が動かしていた。
アカギの視線を縫い止めたのは、服が燃えてしまっている手首のない左腕。
外気に晒されている部分の肌が灰となっている様子は……

「まるで吸血鬼だな……」
「……まるでじゃなくて、本当の吸血鬼よ、人間」
「……へえ。
 だが残念だったな、吸血鬼。
 さっき見せた通り、もうお前の飛び道具や武器は俺には通じない……!」

もはやアカギを壊すべき相手としてしか見ていない冷たい目。それを見ても、アカギは怯まない。
フランは今、アカギしか見ていない。それに今までの発言が、アカギに電流を奔らせていた。
今言ったのはブラフだ。実際はあと12時間は使えない。
もしフランがカードを持っていればすぐにバレる、薄っぺらいブラフ。
しかし持っていなければ、そのブラフに更に説得力を持たせる手段はある――くず鉄のかかし。
フランドールが再び遠距離攻撃を仕掛けてくるなら……残念ながらアカギに勝てる手段はない。
くず鉄のかかしで防ぎその隙にバイクを奮い立たせて逃亡し、分けに持ち込むしかないだろう。
だが、もし近距離攻撃を仕掛けてくるならば……

(『魔法の筒』なしでも、可能性がある……! ヤツの性格上、言ったことに嘘はない……
 ならばその発言は、オレにとって紛れもない本人からのヒント……!
 例えヤツが銃弾を受けても死なない身であろうと、伝承通りの吸血鬼であるなら……)

吸血鬼。その言葉を聞いて、アカギの頭にはあるアイディアが浮かんでいた。
いや、アイディアというにはおこがましい、伝承を元にした薄っぺらい勘。
だが、アカギはそれを保険とすることに決めた。

(一度でいい……!
 一度でも先手を取れば俺が勝てる……新堂がしくじっても、尻尾を巻いて逃げずに済む……)

アカギが思考する向こうでは、フランが剣を仕舞って走り出した。
挑発に乗って、素手での格闘戦を挑むことにしたようだ。
……言うまでもなく、戦闘能力はフランドールの方が遥かに上。
そして、フランドールは技巧よりも本能で戦うタイプ。それはアカギにも分かる。
更に、彼女はイラついている。一刻も早くアカギの姿を消し去りたいと言わんばかりだ。
明快な実力差があり、嬲る気はない。ならば一撃で決着を付けようとするのが常道。
故に狙うとすれば、頭か心臓のどちらか。そして、今彼女は走って接近している。
その勢いを利用するためにも……攻撃は薙ぎ払いではなく、突きの可能性が高い。
またアカギの方が背は高い。当然、頭を狙う際には無理に腕を伸ばす必要が出る。
よって、背の低いフランドールが狙うのは。

(間違いなく一点……俺の心臓ッ……!)

間近に迫ったフランドールを前に、微かにアカギの身が震えた。
だがこれは頼りにするにはあまりにも薄っぺらい論理。
勘が多分に入った、論理とも呼べない思考。

――だからこそ、それに身を委ねるのが面白い!

だからこそ、アカギはそれに賭ける。
そんな薄っぺらい論理に賭けるしかないアカギ自身もまた、この場では薄っぺらい存在なのだろう。
それでいい、と彼は自嘲する。薄く、ただひたすらに薄くなり……切り裂けるほど尖ればいい。

「くず鉄のかかし――!」

あっという間に接近してきたフランへ、右腕でカードを翳しながら左腕を伸ばす。
果たして予測通り心臓を狙ったフランの腕が、アカギの胸の前でかかしに遮られ止まる。
それを素早く掴み取った。どこを狙うかあらかじめ分かっていた以上、その反応は恐ろしく速い。
速いが、吸血鬼には及ばない。当然フランはそれを振りほどこうとして……止まる。いや、止められる。
右脇腹を掠めた、衝撃によって。
新堂誠。アカギがあらかじめ依頼した男。
フランが完全にアカギだけに注意を移した隙に接近し、引き金を引いたクリムゾンの銃弾。
それが衝撃の正体だが……そんなことはフランには分からない。
そもそも、そこに当たったことのは失敗に過ぎない。頭を狙ったものが逸れただけだ。

『俺とヤツの戦いを脇から見ていろ……お前の存在に気付かれないよう、注意は俺が引く。
 俺が川から離れたら作戦は失敗だ、お前も大人しく退け。だが、どんな形でもいい……
 奴が接近して攻撃したとき、俺がカードを使ってヤツを止めたら発砲しろ。
 一撃で仕留められるようよく狙ってな……』

アカギがあらかじめ新堂に依頼したのが、この内容だった。
下手をすれば自分が誤射で死にかねない状況。
だがそれ位の賭けを容易く行うのが、アカギという男だ。
とはいえ、フランの命を奪うどころかカスリ傷で済んだというのは、
アカギにとっては十分「しくじった」と言える範疇。
そもそも本来の近距離用作戦は、魔法の筒で攻撃を返したところを新堂が銃弾を撃ち込む、
という二段構えの作戦。これでは片手落ちどころか両手落ちだ。
だが……それでも、フランは予期せぬ痛みに、とっさに後ろを振り返ろうとした。気が逸れた。
それが、アカギが即興で立てた作戦の狙いだった。

「飛べ――!」

事態を把握して行動に移った、アカギが先手を取る。
行動はすぐに終わった。フランの掌を引き寄せて抱きかかえ、後ろに跳ぶだけだ。
普通なら自殺行為。逆にフランに握りつぶされて終わるだけ。だが、そうはならない。

――吸血鬼は、流水の上を渡れない。

それが狙い。アカギが賭けたのは、吸血鬼に伝わる一つの伝承。
後ろにある、川へと。

「え……!?」

怖気が走る。
フランがとっさに振りほどこうとした瞬間には、もう遅い。
水の上まで運ばれた彼女は力が抜ける。何の変哲もない人間を砕けないくらいに。
そのまま、アカギとフランはともに川へと突っ込んでいった。




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