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塩くれてやる! -若本製塩編-(前編) ◆F.EmGSxYug




放送が終わって、数分が経った。
グラハムさんにとりあえず知り合いが誰かを説明した私は、頭を抱えていた。
幻想郷からここに連れて来られた面子は、正直あんまり嬉しくない面子だったから。

(……ひょっとしたらと思ってたら、チルノさんが本当にいた)

まったくもう、と愚痴る。
幸い、今ここにグラハムはいない。外を見て見張りの真っ最中だ。だからリラックスできる。
冗談で首輪引っ張って弄繰り回したいなー、とか思ってたら本当にいた。
とは言っても、妖精は死なない。自然そのものの具現である妖精は、寿命以外で死ぬことはない。
龍神様の落雷が直撃しようが、放っておけば生き返る。
だからチルノさんがいても、心配する必要はないし特段保護しにいく必要性はない……

「――わけないわね」

はぁ、とため息。
それは幻想が当たり前の物として存在する、博麗大結界の中の話。
幻想郷の外で同じ法則が適用されてくれるかは微妙だと思う。
むしろ、こんなことをさせる以上はそんな法則を適用させないはずだ、右上とかが。

「チルノさんは確実にここまで考えないだろうし、ああもう!
 正直、ブロリーの存在を考えれば私が生き残るだけでも手一杯なのよねぇ……」

はっきり言って、幻想郷から来てる面子で殺し合いに乗らない面子は少数派だと思う。
あのメイドは絶対に乗るし、妹吸血鬼も確実に乗るし、兎は何考えてるか分かったものじゃないし。
メイドと吸血鬼が来ている以上、出会い頭に飛び蹴りかまして来る門番も怪しいところ。
そしてチルノさんはまだ生きてることが奇跡のレベルの考えなし。その辺が可愛いんだけど。

(……殺し合いに乗るかどうかについては、そういう私も他人のことは言えないけど)

心の中で呟きながら、名簿に記された名前を追う。
ベストなのは私とチルノさんが一緒に主催者を倒すか、
あるいは私が優勝してチルノさんを生き返らせるか。どっちにせよ前途多難だ。
ブロリーをなんとか倒して優勝するか、あるいはチルノさんがブロリーに喧嘩売る前に脱出するか。
凄いルナティックで無理ゲーのような気がする。
そんなことを考えつつだらけていると、ふと名簿の一点に目が留まった。

「……げ」

思わず唸る。そこには、呂布と書いてあった。
私だって、伊達に1000年以上生きてるわけじゃない。三国志演義くらい読んだことはある。
幻想郷だって、昔からあったわけじゃない……いや、正確には「結界が」昔からあったわけじゃない。
要するに、神様だの妖怪だのは昔普通に人間の前に現れていた。
白虎みたいな神獣が普通に人の前に現れて勝負を挑み、魔法使いどころか仙人が当たり前に存在し、
やがて神として扱われるような人間が当然のものとして存在する。
それが呂布の生きていた時代であり、私ですら知らない古い時代だ。

「……普段だったら、是非とも取材してみたいんだけど」

ため息を吐いてテーブルの上に倒れこんだ。
要するにそんな時代で最強と謳われているってことは、
やがて神として扱われる連中を差し置いて最強とされているってこと。
私の推論が正しければ、主催者連中が過去から連れてきた間違いようのない本物なんだ。
それにチルノさん並みのバカだし、絶対に参加者を殺して回ってるんだろうなぁ。
絶対に負ける、とは思ってない。
神と言ってもピンからキリまであるし、神より強いからって私より強いとは限らない。
……だけど、楽に勝つのは確実に無理だろうとは思う。
ただの人間でないことは、疑いようがないし。

「あああああ、もう勘弁してほしいわ……」

いくら私が事件大好きだからって、自分の命に関わるのはごめんだ。
この調子だと、ここは人外オンパレードのまさに人外魔境だったりするんだろうか。
まさか幻想郷以上に何でも受け入れる混沌な場所なんじゃ……
最悪、チルノさんのことは諦めるしかないのかも。
そんなことを考えていると、突然グラハムさんが話しかけてきた。

「外に二つ人影が見えるな。それも近い。巨漢の男性が少女を追いかけているようだが」
「放っておきましょうよ。
 私達が襲われなければ関係ありませんし」
「……いや、残念ながら進路を変えてこちらへ向かってきているようだ。
 このままでは確実に塔の中に入ってくる」

もう何度目か分からないため息。
私はよっぽど、危険人物に縁があるらしい。



「ぶるああああああああああああああああ!!!
 逃げ回るだと? 男に後退の二文字はねぇぇえええええ!
 絶望のシリングフォォォォォオオオオル!!!」

バルバトスが叫ぶとともに、岩が虚空から現れ落下する。

(私は女だってば……!)

心の中でキョン子は律儀に突っ込みを入れたものの、口には出さない。出している暇もない。
喋って余計な酸素を消費することさえ惜しかった。
少しでも走る速度を緩めれば、降って来る岩が直撃するのだから。

放送が始まる以前から既に、バルバトスはホテルを目指して走っていた。
図書館を出た時点で彼の目にも見えるほど、ホテルの惨状は明らかだったのだ。
だからこそ、そこに闘争の匂いを嗅ぎ取ったバルバトスが走り始めたのは至極当然のこと。
目的は言うまでもない。そこで行われているであろう戦いへの乱入である。
元々、図書館とホテルはそれほど離れていない。彼なら大して時間も掛からずに着く範囲だった。
もっとも既に一歩遅く、彼が到着した頃には戦いは終わっていたのだが。
またもご馳走を目の前でお預けされ、バルバトスが怒りで吼えようとした瞬間――放送は始まった。

結果から言えば放送はバルバトスに幸運を与え、キョン子に不幸を齎した。
バルバトスが吼えていれば、キョン子はもっと早くバルバトスを発見し鼠のように逃げていただろう。
だが、アレックスが生きていることを知ったバルバトスの怒りは、喜びによって塗り替えられた。
故に、吼えない。地図を少しばかり見た後、高笑いをしながら歩き出す。
名簿など確認しない。誰がいようと彼のすることは変わらないからだ。
しかし、キョン子は違う。彼女は律儀に放送の内容と名簿をしっかり確認していた。
仲間が一人もいないことに安堵したり不安になったり、禁止エリアの部分を塗りつぶしたり。
基本的に細かいところのある彼女は、律儀に内容をメモしてから北西を目指し始め……
そして、しばらく後。

「縮こまってんじゃねえぇぇぇえええええ!」

命がけの鬼ごっこが、始まったのだ。
次々に繰り出される昌術が、彼女の近くで炸裂していく。
キョン子には命がけで全力疾走するしか手はなかった。

『これはなかなか恐ろしい相手だねぇ。ほらほら、頑張って走らないと死んじゃうよ?』

まるで他人事のようにユベルが茶化す。
実際、ユベルにとっては他人事だ。キョン子が死のうとユベルが死ぬわけではない。
もっとも、一応これは助言にもなっている。キョン子は知らないが、昌術にも射程距離はあるのだ。
バルバトスの存在にいち早く気付いたユベルが逃げるよう指示した事で、
昌術の射程距離に入る前に走り始めることが出来た。
そしてユベルの言うとおり頑張って走っているから、今まで昌術は射程外となり外れている。
しかし……バルバトスとキョン子、どちらの足が速いかと言えばそれは考えるまでもない。
このままなら確実に追いつかれる。そんなことは、彼女にだって分かっている。

「あと……あと少し……!」

だからこそ、自分を叱咤しながら必死にキョン子は走る。目指しているのは塔。
まともに追いかけっこをしていれば捕まるだけ。
なら、ちょうど目に付いた建造物――塔のどこかに隠れようとするのは当然と言える。
この状況下で冷静に判断が出来るだけでも、彼女は十分奮闘している部類だ。
ハルヒコに振り回されている経験が活きているのだろう。だが。

「灼熱のォ! バァンストライクゥ!」

それを許す、バルバトスではない。
炎を纏った隕石が落下する。そのうちの一つは、キョン子のすぐ傍に。
直撃はしていない。だがその威力は、当たらずともその余波だけで彼女を転倒させていた。
その姿を見たバルバトスは、走るのをやめてゆっくりと歩み寄る。観察するような表情で。

「今朝の俺は紳士的だ。運がよかったな……
 殺す前に見せてもらおうか、貴様のもがきを!」
「は、はぁ……!?」

バルバトスの言葉に盛大に疑問符を浮かべながらも、なんとかキョン子は立ち上がった。
彼はその本能でユベルの存在を嗅ぎ取っていた。故に、期待していたのである。
しかし、そんなことはキョン子に分からない。分かるはずもない。
かといって背を向けるわけにも行かず……彼女は僅かに後ずさった。逃げる機会を探るように。
ユベルはまだ使えないのだから当然の判断だが……それを見たバルバトスの顔に浮かんだのは、失望。

「ふん、アレックスとは違いただの小娘か。
 何か妙な気配を感じ取っていたのだが、気のせいだったようだなぁ……」
「え……」

理不尽極まりない言葉と共に、バルバトスが構える。
自分から襲撃しておいて逆ギレするのだから、
紳士的どころかハルヒコにも勝るとも劣らない横暴っぷりだ。
しかしその横暴を通すだけの力が彼にはあり、それを咎める力はキョン子にはない。

「ならば、貴様に俺と戦う資格はぬぇぇぇぇぇえい! チープエミリネイトォォォオオオ!!!

言葉と共に、バルバトスは極太レーザーを撃ち出した。
キョン子にそれを防ぐ手段はない。ユベルなら防げただろうか、まだ使えない。
いきなりの急展開に、走馬灯を見る暇もなくキョン子はその光に飲まれようとし――

飛んできた文に、首根っこを捕まれていた。

「む?」
「え、ちょっと!?」

そのまま、キョン子ごと文は空へと舞い上がる。
宙に浮かんだキョン子の下を、レーザーが通り過ぎていく。
事態を確認としようとキョン子は上を向いたが、文はキョン子を見ていない。
面倒くさそうに、バルバトスを見つめている。

「先に聞いておきますけど。
 この人に恨みがあるとか、そういうわけじゃないですよね?」
「当然……俺の本能が叫ぶのさ、貴様らを殺せとぉ!」

その言葉にまったくもう、と文は呟いて、キョン子から手を離した。
レーザーを避けられるくらいの高さだ。怪我こそしないが、地面にぶつかれば痛い。

「なにす……」
「塔の中に私の……ストーカーがいますから、その人と一緒にいて下さい。
 危険になったらその人と一緒に逃げるように」

文句を言おうとしたキョン子の言葉を、文はあっさりと封殺した。
とん、とキョン子の前に降り立って。
楽しめそうな獲物の登場に、バルバトスはにやりと笑う。

「我が名はバルバトス・ゲーティア! 貴様の名は!?」
「射命丸文。
 ――本気で戦ってあげるから、かかってきなさい」



名乗りを上げるとともに、私をさんざん追い掛け回した男――バルバトスは地を蹴った。
その突進を見て、思わず想った。まるでダンプカーのようだと。

「あ……」

だから震えた。
文さんごと吹き飛ばされるんじゃないか。そう錯覚するほど、バルバトスの迫力は凄い。
そして突進する勢いがダンプカーなら、武器を振り下ろす勢いはショベルカーだ。
『神人』たちを思い出させるような、そんなのを防ぐなんて無理だ。
古泉だって、神人の攻撃を真っ向から受け止めたわけじゃない。
逃げ回って、機を見て反撃するしかない。

――けれど。文さんはそれを、手に持った剣で受け止めていた。

「ほぅ……!!!」
「…………」

バルバトスの表情に喜色が浮かぶ。
なぜそんな表情をするのか、考えるよりも早く。

「何をしている! さっさと走れ!」

金髪の外人さんが、私に向かって叫んでいる。
ということは、彼が文さんの言っていたストーカーだろうか。
……ストーカーを信用していいのかとは思ったけど、今はそんな場合じゃない。
慌てて走り出す私の背後で、キーボードと剣が火花を散らしていた。
持っているのがキーボードとは思えないほどの威圧感がそこにある。
まともに受ければ致命傷だって、理性より本能が理解させて足を走らせる。
それを文さんは、正面から受け止めて弾き返していく。
そこから風が巻き起こっているような気がしたのは、決して気のせいなんかじゃなかった。

「……ッ、はぁ、はぁ、はぁ」
「無事で何よりだな」

なんとか息を切らせつつ塔の中に滑り込む。ストーカーは声こそ掛けてきたけど、私を見てない。
見ているのは、文さんだけ。最初こそ疑問に思ったけど、そりゃそうだとすぐに納得した。
出会ったばかりの相手より、今まで一緒に行動してきた相手の方が気になるのは当然だと思う。
……ストーカーという表現の意味は、今は考えないことにしよう。

「ッハァ!!!」
「く……!」

慌てて見る対象を戻した。戦いはまだ続いてる。どっちが強そうかなんて言うまでもない。
明らかに見た目からして大きいバルバトスと、普通の女の人にしか見えない文さん。
間合いが違うし、力も違う。
文さんに出来ることは、渾身の力を込めてバルバトスの攻撃を弾くことだけで――

「ぶるあああああああああああああああ!」
「きゃっ……!」

思わず、見ている私が悲鳴を上げていた。
怯んだ文さんへ、バルバトスが物凄い大声とともに腕を振り上げている。
やられたと思った。だから、その先に待つ光景に目を覆いたくなって。

「――いや」

けれど、それは間違いだった。
脇のストーカーが落ち着いた声を出すと共に、今度はバルバトスが吹き飛んでいたんだから。
私にはさっぱりだ。長門なら何をしたのか見えたんだろうけど。
まさか……文さんが相手に反応させないくらいの速さで反撃を叩き込んだ、ということなんだろうか。
肩から血を流しながら、それでもバルバトスは笑っている。

「いいぞ……お前は最高の玩具だ……!」
「……もしかして貴方、戦いがこれ以上なく好きってタイプですか?」
「とぉぉおおおぜんだろうがよぉぉおお!」

狂気を露呈させながら、バルバトスが突進した。舌打ちしつつ文さんはそれをいなす。
切り結ぶこと二十数回、単純な力でこそ押されているけど、彼女はそれを速さで補っていた。
――見惚れるしかない。
古泉や長門の例もあるし、人の形をしたものがすごい力を発揮するのは見慣れている。
けれど、二人の場合は超能力だとかそんな感じの、よくわかんないものだった。
文さんは違う。人の形をしたまま、見る限りただの剣で人間離れした神業を見せている。
巨大な暴力に剣で立ち向かう彼女の姿は、古泉達の凄さとはベクトルが違う。
あの二人がSF的な何かとすれば、文さんは神話とかそういった幻想的な何かだ。

『……人間じゃないね、彼女』
「あ、ユベル……人間じゃないって?」
『言った通りの意味さ。恐らく彼女は精霊か魔物か……
 ともかく、そういった類の者だ。ある意味では僕のお仲間だね』

その言葉に、ごくりと喉を飲む。
ユベルの言葉が正しいとすれば……彼女は本当に、神話の住人なのかもしれない。

「これぞ我が奥義ぃ! 三連さぁつ!」

バルバトスが叫ぶ。
その声と共に炎を纏い、振り下ろされるキーボード。
文さんは受け止めたけど、明らかに苦しげな表情を浮かべている。

「今死ね! すぐ死ね!」

だからそれは、明らかに隙だったんだろう。
見ている私がびくりとするほどの迫力で、バルバトスは追撃を叩き込もうとして――
それは、とっさに低い姿勢になった文さんに避けられていた。

「チィ、骨まで――!」
「……甘い」

バルバトスが三撃目を叩き込むより先に、文さんの蹴りが奔る。
とっさにキーボードで受け止めたらしいけど、それでもバルバトスは2m近く吹き飛ばされていた。

「よし、命中だな」

ストーカーが指を鳴らす。向こうでは、蹴りに続いて斬撃がキーボードに叩き込まれていた。
再び吹き飛んだバルバトスを、文さんは追わない。ただ、左手を掲げている。
そこに集まっているのは、私でも見えるくらいに凝縮された大気の流れだった。
それでおしまい。目に見えるほどの風なんだ、それが当たればバルバトスはきっと吹き飛ぶ。

「 術 に 頼 る か ザ コ が !」

その瞬間。
そんな私の判断を打ち砕くように、声が響いた。
いや、違った。砕けたのは私の判断じゃなくて――大地。

「え……!?」
「は、ぐ……!」

文さんの周囲の大地が、まるで見えない錘に潰されたように潰れていた。
そして、それは文さんも例外じゃない。まるで錘に耐えるかのように、文さんは踏ん張っている。
だけど、それも数秒のこと。だって――バルバトスが、キーボードで彼女を殴りつけていたのだから。
吹き飛んだ文さんに思わず声を漏らした私の肩に、手が置かれた。

「退くぞ。私達は邪魔になっている。
 ――私としても、射命丸を無駄死にさせるのは本意ではないからな」
「いったいどういう……」
「彼女の本分は、機動性を活かした戦闘だ。
 つまり今回のように私達を後ろに庇う防衛戦は得意な部類ではない、ということさ。
 君、名前は?」

要するに、飛んだり跳ねたりするのが得意分野ってことかな。
確かに、妙にバルバトスの攻撃を受け止めることが多かったけど。

「キョ、キョン子。でもこれじゃ文さんと逸れちゃうんじゃないですか?」
「私はグラハム・エーカー。
 撤退する場合の合流地点はあらかじめ決めてある。君も問題はないな?」
「ええ、まぁ」

目的地と合ってるかどうか分からないけど、この際文句は言わない。
助けてくれただけでもありがたく思わないと。
そうして、グラハムは明らかに一人しか入れなさそうな車輪の中に入って、言った。

「さぁ、乗るがいい!」
「え……?」

いや、ど こ に?
どう考えても途中で私が振り落とされる情景しか思い浮かばない。
仮に乗れるとして、知らない男の人と肌を密着させろと?
思わず混乱して固まる私に、グラハムは言う。

「運転の実力なら安心したまえ。
 これでも私はフラッグファイターだ。この程度の操縦など問題はない」

いやだから、フラッグファイターって何。
グラハムの言葉は、より一層私を混乱させただけ。更に。

「は! か! た! の! し! お!」

もっと私を混乱させる、謎の物体が現れていた。



放送を聴き終えた大河達は、予定通り地図に載っている施設を回って仲間を探すことにした。
彼が最初に目指したのは、最寄りの施設である塔。
塔には入り口が二つ存在する。キョン子が入ってきた南口と、東口だ。
当然、大河たちが入ってきたのは東口からである。
結果から言えば……それは最悪のタイミングだった。
そこではちょうど、グラハムとキョン子が逃げ出すところだったのだから。

「つまり南にある入り口の前で、文っていう子がそいつを食い止めてるんだな、AIBO」
「そういうことだ、ソルトファイター」
「く……情けねぇな。女に戦わせて俺らは逃げるしかねぇとは!」
「ああ、私もそう思うが……あいにく武器がない。
 このノコギリ一本でなんとかなる相手ではないのだ」
「別に責めてるわけじゃねえさ。あんたのその女を想う気持ち、オレサマにはよく分かる!」

なぜか異様に相性ばっちりな塩とグラハムと、

「いや……塩が動いていることに突っ込もうよ……」
「私も最初そう思ったけど、考えるだけ無駄よきっと」

常識的に考えるしか出来ない女性二人。
とはいえこの場においてもっとも統率力があるのは、オーバーフラッグス隊隊長であるグラハムだ。
当然、話を進めるのは彼の役割となる。

「ともかく、現状は先ほどまでに述べた通り。そちら側に何か武器はないか?」
「さっき言った通り、オレサマにある武器はバンパーだけだな」
「剣と弓なら……」

ち、とグラハムが舌打ちする。
今ここにいる人間は全員一般人だし、塩に関しては人間ですらない。
そんな面子が剣や弓でバルバトスに立ち向かえば、文の足を引っ張るだけだ。

「やはり退くしかなさそうだな。
 とはいえ、このD-ホイールに乗れるのは二人が限界だ。
 残りは走ってもらうことになるが……」
「いや、だから、二人乗りも無理じゃないんですか?」
「それに関しては経験済みだ、問題はない」

グラハムの言葉に、キョン子は黙り込んだ。もっとも、彼女を黙らせたのはその言葉ではない。
南口から響く、大きな音。それを聞いて、贅沢を言っていられる場合ではないと実感したのである。

「悪いがキョン子は疲労している。D-ホイールに乗せるのは彼女だ。
 塩とタイガは、徒歩で私達を追ってもらうことになるが」
「ちゃんと徐行してよ」
「善処しよう」

キョン子が抱っこされる形で乗ると共に、D-ホイールが走り出した。
そのあとを追う形で大河と塩が走る。
室内でよく走らせられるなぁと大河とキョン子は感心したり呆れたりしたが、口には出さない。
まもなく東口が見えてくるというところで……突如、D-ホイールが止まった。
急停止であわや事故りかけた大河が吼えて、

「ちょ、ちょっと! いきなり止まったら危な……」
「……前だ」
「え、前?」

グラハムの言葉に釣られて、前を見る。キョン子が唾を飲む音を聞きながら。
東口に立ちふさがっていたのは、怪物。
片目は潰れて血に塗れ、全身には謎の粉がかかっている、スプーの姿だった。

「きゃああああああああああああ!?」
「チィッ!」
「トラップ発動!」

大河の悲鳴に反応して襲い掛かってきたスプーに対し、グラハムと塩は同時に反応した。
素早くD-ホイールを反転させて後退し、その攻撃を回避したグラハム。
バンパーを投擲……いやもうどうやったのかは分からないが飛ばしてスプーに命中させた塩。
ぶつかったバンパーはその場に留まって防護壁の役割を果たし、スプーの進行を食い止める。
……だが、それも少しの間だけ。そして、バンパーが与えるダメージはごく少量だ。

「キョン子、Dホイールから降りろ!
 タイガ、私に弓を貸せ!」
「え? あんた、弓使ったことが」
「ない。だが訓練を受けている分、君たちに使わせるよりは当たるはずだ。早く渡せ!」
「は、はい!」

真剣極まりないグラハムの声の調子に、慌てて大河は弓を引っ張り出して手渡した。
付属の矢は20本。それなりには撃てるが、無限と言うわけでもない。
脇では伯方の塩が、再びバンパーを飛ばす機会を窺っている。

入り口は南口と東口の二つだけ。そして、それは両方とも塞がっている。
三つのバンパーだけが、退路のない彼らを守る唯一の物体だった。




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