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アレックスに主人公をさせてみた(前編) ◆WDKcDkBO8c





 森の中をとぼとぼと、しかし常に視線を動かして小動物のように縮こまりながら歩く青年の姿があった。
 ベレッタM96を御守りのように堅く握り込み、決して離すまいと手を石にしたかのようである。

 死にたくない。ただその一念だけが身を動かし、KAITOはくずおれてしまいそうな足を動かしていた。
 荷物は既に一つのデイパックにまとめ、いらなくなったものは森の中に捨てている。

 罪悪感は未だ腹の底にとぐろを巻くようにして居座っていたが間違いではないと必死に言い聞かせる。
 元々あの葉っぱ一枚の男とは何の関わり合いもなかったのだし、助ける義理もない。
 だから助けてくれと言われてもそうする理由なんてないし、生き延びるための最善手として逃げることを選んだ。

 間違ってない、俺は間違ってないんだと思いながらも悲痛に叫んだ葉っぱの男の姿が克明に描き出される。
 プラス思考で自分を慰めてくれた男。葉っぱ一枚でそれでも何とかしようとしていた男。
 まだ名前も聞いていなかった……
 きっと自分を恨んでいるだろうなと嘆息して、KAITOはそれでも戻る気はなかった。
 やはり怖い。殺される事がただ怖い。

 だって俺は歌うことだけが特技……というか職業の普通の男なんだぞ? どうやって立ち向かえってんだよ。

 こうして銃は握っているものの正確に撃てるかどうかなんて分からないし、
 デイパックの中にある武器だって本当に設置できるかどうかなんて分からない。
 あの時は恐怖が先立ってとりあえず何とかしなければいけないと思っていただけだ。
 その結果、こうして怯えながら逃げ惑っているわけだが。

 妹達や姉貴分のMEIKOが見たらどう思うだろうか。恐らくここにはいないであろう彼、或いは彼女の姿を思い浮かべ、
 けれどももう二度と会えないであろう我が身を自覚して、KAITOは「ちくしょう……」と呻いた。
 きっと詰られるだけと確信しながらもそれでも会いたい。家族にまた会いたいという思いが込み上げ、
 目元からぽたぽたと雫を滴らせた。

 こんなことをしても仕方ないということなど分かりきっている。これは夢などではない、れっきとした現実なのだ。
 現実を認識できていなかった恐怖が葉っぱの男と出会う以前のものだとしたら、
 今の自分は現実を認識してしまったが故の恐怖といったところか。
 どうなるのかという漠然とした怖さが、葉っぱの男の悲鳴を通じて死は間近にある明確な恐怖に変わった。

 まだ俺は若いのに。未来にある可能性は無限に広がっていて、まだまだこれからだと思っていたのに……

 死に対する恐怖が重なる一方、だがそんな自分に人が殺せるのかという疑問も浮かんでくる。
 あんながむしゃらで直線的にしか攻撃せず、殺意も露にしていた奴でさえ銃を向けることなく逃げ出した。
 当てる当てない以前に向けることすらしなかった。

 こうして銃を握ってはいるがそれはあくまで取り合えず武器を持っておこうという意識から生まれたものに過ぎないし、
 実際使えるか、撃てるかなんてのは二の次で武器を手にしていること事態で安心感を得ようとしているだけだ。
 何にしても自分は臆病に過ぎる。戦うという選択肢は端から存在せず、さりとて脱出する見込みも得られず、
 おろおろと逃げ惑っているだけ。目的もなく、ただ命が惜しいばかりに。

「ちくしょう……どうすりゃいいんだよ」

 家族に会いたい。もう一度KAITOはそう考えた。
 この迷いも、覚悟のなさも、意気地の無さを嘆く声でさえ夜陰に吸い込まれて誰にも届かない。
 臆病なKAITOにとってはまた、一人でいることも寂しく心許ないものがあった。
 殺されたくはない。だが孤独でいるのも寂しい。
 KAITOはどこまでも優柔で怯懦な男なのだった。

 ぐすぐすと鼻をすすりつつ、森を抜けて橋らしきものが見えるのを確認する。
 石造りと思われるそれは意外に大きく、しかし緻密な造りであるのかぴっちりと石が組まれ、
 新しささえ感じさせる様相を呈していた。その先には大きな建物が見える。

 どんな建物であるのかは遠いためまだよく分からないが、あれだけ大きければ人ひとりが身を隠すには十分な場所だろう。
 一方、KAITOから見て左手側には駅らしきものが見え、線路が延びていたがそちらに行こうとは思えなかった。
 万が一、駅公舎内ないし電車(というか汽車が出て行くのが見えた)の中で殺人鬼に出くわせば一巻の終わりだ。
 人恋しくても流石にそんな奴との同乗及びランデヴーをする気にはなれない。何より逃げ道がない。

「つか、汽車から変な叫び声が聞こえたような気がする……気のせいかもしれないが」

 そう、気のせいかもしれなかったが先程奇声を上げながら襲い掛かってきた例の男の例もある。
 あんな奴と再び遭遇するかもしれないと思っただけで、KAITOの中からは駅に行こうという選択肢は失せていた。
 人が出てきていないか横目でちらちら見つつ橋へと小走りに向かっていく。

 当面は橋の向こうにある大きな建物に隠れ、誰かがやってきたら(無論まともな人間に限る)出て行って話をしよう。
 あわよくば連れて行って貰おう。できれば強そうな奴か、頭の良さそうな奴がいい。そういうのにくっついていれば、
 ひょっとしたら脱出できるかもしれない。たとえ脱出するアイデアを持っていなかったとしても、
 護衛くらいにはなってくれるはず。そういう思いがあったからだった。

 卑怯だな、と心の奥底から冷笑が聞こえた。自分では何も思いつかない癖に人に全てを任せて、
 都合が悪くなったら逃げ出す。友人にするには最悪の部類だろう。
 けれども、それ以外にどうする術も持たない。勇気も持たず、度胸もない自分には残されたものがこれしかない。
 何も力がないんじゃ、こうするしかないじゃないか……

 これが自分にとって正しいことなのだと断じて、俯けかけた顔を戻そうとしたときだった。
 色々考え事をしていたからなのか、それとも駅の方を横目に窺っていたからなのか。
 橋の向こうから一人の男が歩いてくるのに、今の今までKAITOは気付いていなかった。

     *     *     *

「……意外と寒いな」

 何となく温泉に行こうと思っていたアレックスはデパートから一歩出た瞬間中に舞い戻りたい気持ちに駆られた。
 今のアレックスは上半身裸だった。ズボンは穿いている。
 でも腰から上はムキムキの筋肉がこれでもかと見せ付けるかのように自己主張している。
 そもそもこうなってしまったのは自分のせいなのだが、とアレックスは頭を抱える。

 バルバトスなる妙に五月蝿い、シャドルー総帥とかネスツ闇の支配者だとか人造人間(セルハラ)に声が似ていた男と戦う際、
 ついいつもの癖でTシャツを破り捨ててしまったのである。イントロだからしょうがない。
 昼ならともかく、今は夜。しかもまだ夜明けの兆しすら見えない時間帯というところらしい。
 デパートから出てくるときにようやく気付いたのであるが。

 ひゅう、と風が吹いてアレックスの肌を撫でる。震えるほどのものではないが、肌寒いことには変わりない。
 こんな状態ではいざ敵と遭遇したときに全力の力を出し切ることができないのではないか。
 一度デパートに戻って服を調達してこようかと考える。だが荒れ放題になっているデパートの中に戻るのは気が引けるし、
 アレックスは体格も大きくまともに着られるような服があるかどうか怪しい。ブリス画像もないし。

 ふむ、と思案した末やはり探すのはやめようと考える。
 コートなら着られそうな気もするが、上半身裸にコートというのはどうかと思ったからだ。
 某教授だとか某ハリケーンアッパーのことはこの際気にしないことにしておく。あんな変態と一緒にされてはたまらない。

 アレックスが半裸で戦うのにはそれなりの理由がある。単に気合を入れる以上の意味が。
 それにこの程度の気温で全力が出せないだのとのたまっていては格闘家として笑い者だ。
 どんなに厳しい条件下でも正々堂々、出せる限りの力を尽くして戦う……それが世界中を旅し、
 ストリートファイトで自分自身が学んできたことではなかったか。

 どうやらこんなことも忘れかけていたらしいと苦笑したアレックスは大きく漲った二の腕をぶんぶんと振り回す。
 オーケイ、仕切り直しといこうじゃないか。
 頭にかかる靄は未だ晴れないものの、それでも少しだけすっきりしたのには違いない。こうして迷わず一歩を踏み出せる。

 まず温泉に行くのには橋を渡る必要がある。そこから森を抜けた先にあるようだ。
 迷わないかどうか不安だが、温泉のためだ。何せ温泉である。温泉なのだ!

 世界中を旅して回ってきたアレックスだがニッポンのセントウ以外の風呂に入ったことはない。
 何でも温泉には心身の疲れを癒し、思わず歌いたくなってしまうような心地よさ、そしてコンヨクがあるのだという。
 コンヨクとは男と女がけんぜんな裸の付き合いをすべく生み出されたニッポンの伝統的な文化であるらしい。
 その他にもノゾキとかオンセンタッキュウとかニッポンには独特の温泉文化があると聞いた。

 変な方向に知識が偏っているが、アレックスは何も知らないだけなのだ。こんな知識を吹き込んだ犯人が悪いと言わざるを得ない。
 じゃあその犯人は誰なんだと言われるとMUGEN故容疑者が多いと言わざるを得ない。
 あっ、リョウ・サカザキは犯人ではないと断言せざるを得ない。

 とにかく、アレックスの文化に対する知識はMUGENキャラとのファイトの中で培われたものであったが故に、
 時々間違った方向に理解している知識があったりするのだった。
 そしてアレックスはけんぜんな男子である。見た目はいかつくゴツい兄ちゃんだがまだ若い男の子である。
 吹き込まれた知識によりアレやコレなことまで教えられ、否が応にも期待は高まるというものだろう。
 問題はこんな状況で温泉に入りにくる連中がいるのだろうかということなのだが……

 そこまで考えつつ歩いていると、ふと前方に人影があるのを発見する。
 アレックスと同じくらいの年齢だろうか。やたらと長いマフラーを巻き、白いロングコートのような服装にすっきりとした短髪。
 俯き加減に歩いているからか表情は窺えないが、長身の美男子という言葉をアレックスに想像させた。

 ただ、その雰囲気はどことなく暗いように見える。行く当てもなく途方に暮れる家出少年のような空気も感じ取れた。
 声をかけてみようか、と思ったとき俯いていた青年が顔を上げ、アレックスの存在に気付いたようだった。
 ハッとしたのも一瞬、すぐに怯えから警戒へと転じた青年の顔に合わせて銃がアレックスへと向けられる。
 だがその銃口は震え、そればかりかまともに狙いさえつけておらず当てる気がないのではないかという思いを抱かせた。

「落ち着けよ。そんなんじゃ当てる以前の問題だ」

 恐らくは混乱しているのだろう。何か考え事をしている最中に突如として自分が現れ、
 咄嗟にやってしまったというところだろうか。警戒の中にも後悔を滲ませた青年の雰囲気から、そんなことを考える。
 もちろん当たるつもりもない。実際アレックスには拳銃など何の脅威でもない。
 不意打ちならともかく、正面から、しかもこんな顔をした奴が撃ったところで易々と避けられる。
 しかしそんなことを言っても脅しにしかならないと判じたアレックスは手を上げ、こちらからは戦意がないことを示す。

「見ての通り、俺は丸腰だ。なんなら荷物だって投げてやってもいい。だから下ろしてくれ、その銃」
「ほ、本当だろうな。本当にあんた、何もしないな? 絶対だな?」

 そこまで言われると逆にチョップの一発でも叩き込んでやりたくなってくるが、余計な揉め事は起こしたくない。
 それに戦いは正々堂々と、だ。不意打ちや騙しは自分がもっとも嫌うことの一つだ。
 アレックスは苦笑しつつ「誓うよ」と更にデイパックも放る。
 青年はしばらくデイパックとアレックスの交互を見比べていたが、やがて「……済まない」と呟いて銃を下ろす。
 その口元はどこか諦めたように笑っていた。自分を人のいい奴だと思ったのか、それとも……

「……俺、怖くってさ。何をしたらいいのかも分からなくなって」

 冷笑混じりにデイパックを拾い、アレックスへと投げ返してくる。
 空中で受け取りつつ「あっさり返すんだな」と尋ねてみる。

「言ったろ? 怖かったんだ、って。お前、上半身裸で現れるしさ」
「俺のファイトスタイルだ。……今は少し寒いけどな」

 その言葉が可笑しかったのかぷっ、と青年が笑い出す。それでようやく自分に対する警戒を解いたかのようだった。
 やはり着るものを探すべきだったかと思いながらも、取り合えず悪くはない印象を持ってもらえてよしということにする。
 手を差し出しつつアレックスは自己紹介を始めた。

「アレックスだ。職業は……格闘家とでも言っておくか。あんたは?」
「KAITO。職業は歌手、かな」

 KAITOと名乗った青年がゆっくりと手を取る。自分と違い柔らかくて子供のような手だと思った。
 相手も違いを認識しているのかぎゅっと感触を確かめるように握り込んでいる。

「そ、そうだ、紹介ついでに言っとくとここから先には行かない方がいい。あっちは危険なんだ」
「危険……? どういうことだ」
「……あっちには、恐ろしい奴がいるんだよ。お、俺はそいつから逃げてきて……」

 和らいでいたはずのKAITOの表情が再びおどおどとしたものに変わり、思い出したかのようにまくしたてる。
 自分との遭遇のインパクトがあったからか忘れていたのかもしれない。
 けれどもそんなことより重要なのはこの先に敵がいるということだ。詳しく聞いておく必要がある。
 アレックスはKAITOの肩を掴むと右往左往している目をじっと見つめながら「話してくれ」と言った。
 迫力に圧されたらしいKAITOはしばらく口を閉じていたが、やがてひとつ息をついて続ける。

「お、俺、最初はさ、別の奴と一緒にいてさ、あんたと同じような、つかほぼ全裸の男と行動してたんだけど……」

 ほぼ全裸、という言葉にアレックスは世の中は広いと思ってしまう。
 今の自分も人のことを言える義理ではないのだが。いや、変態でもない。断じて。
 一方、話を続けるKAITOの口調は次第に落ち込んだものへとなっていく。

「だけど、いきなり変な奴に襲われて……お、俺は、その、一緒にいた奴が……そ、そう!
 かばってくれてさ、その襲ってきた奴を引きつけてくれて、その間に俺はここまで逃げてきたんだ。
 う、嘘じゃない! 確かに俺は逃げたけどさ!」
「いや、別に何も言ってないだろう……」

 言い訳のようにまくしたてるKAITOに、アレックスは心中で嘆息する。
 あの暗い表情は仲間を置いて逃げてきてしまったという負い目から感じているものなのだろう。
 けれども逃げてきてしまった己が本当に正しいことをしているのか分かりかねている。
 何をしたらいいのか分からない――そう言って途方に暮れていたのはそういうことなのかもしれない。

「あいつはきっと強そうな奴だったし、ポジティブな奴なんだ。だからきっと生きてるんだ。そうだよ、きっとそうだ」

 自分を納得させるようにひとり呟くKAITO。そのほぼ全裸という奴は本当に強いのだろうとアレックスは思った。
 何せKAITOの言う『ヤバい奴』と対峙して尚引きつけていたというのだから。
 会ってみたいという気持ちがあり、また同時に戦ってみたいとも思った。

 ……だが、そう易々とはいかないだろう。
 KAITOのような格闘家でないようなのならともかく、そいつと戦っていたという敵もまた強大だ。
 バルバトスと一戦を交えたときの疲れ、支給品のピエロ写真集を見たときの妙な感触が抜け切っていない。
 だからその疲れを癒してみようかと温泉に行こうとしていたのだが、その前に遭遇するとまずい。

 自分は戦闘狂でも殺しがしたいわけでもない。互いを認め合い、高めるために戦っている。
 潰し合うだけの戦いは戦いではない。獣同士が相争うのと何も変わらない。
 無論襲ってくれば自衛のためには戦う。が見境なく襲い、争うなんてことはしたくないというのがアレックスの本音だった。

「分かった。温泉に行くのはやめにする。忠告は聞き入れておく」
「そ、そうか? ああ、それがいいよ、それで……」

 KAITOは何故だかホッとしたように息をついた。見た目がいかついので戦闘マニアとでも思っていたのだろうか。
 或いはその全裸の奴とは会いたくないのかもしれない。かばってくれた末の行動とはいえ、KAITOは逃げてしまったのだ。
 それなら顔を合わせ辛いというのも分かる。きっとそうなのだろうとアレックスは得心して頷いた。

 その後、二人は話し合った結果……というより南が危ないということにより消去法で北の方面に向かうことになった。
 アレックスとしては取り敢えずは主に精神的な疲労(道化師のトラウマ的な意味で)をどうにかしたかったので、
 どこか休める場所に行きたかった。KAITOも大体同じことを考えていたようで二人はまず映画館方面を目指すことにする。
 しばらく二人は肩を並べて歩いていたが、特に会話といったものもなく静かな行程だった。

 アレックスは別にお喋りが好きというわけではないので良かったが、隣のKAITOは別らしくしきりに周りの様子を窺いつつ、
 余裕がなさそうな様子だった。確かに見晴らしもよく平坦な場所だ、誰かに見つかっても不思議ではない。

「な、なあ、もしまた誰かに見つかっても逃げないでくれよ?」

 考えを読み取ったかのようなタイミングでKAITOが念を押すように言う。
 できるならば見捨てては逃げないつもりだが、強敵に遭遇した場合はやむを得ずバラバラに逃げることもあるかもしれない。
 だが極力、守れる奴は守る。強くなる以外でもそういう目的を持って鍛え上げてきたのだ。

 強くなるだけでは意味が無い。どうして強くなりたいのか、強くなった先に何を目指すのか。
 かつてリュウに完敗したとき、自分にはそれが足りなかったように思う。
 だから今も探し続けている。強くなるとはどういうことか。その先に何があるのか……まだ、答えは掴みきれていないが。

 それはこうやって人と行動する中で探せばいい。一人では見えてこないものだってある。
 アレックスは苦笑しつつ「心配するな。簡単に逃げたりはしない」と返す。
 KAITOは目に見えてホッとしたように息を吐く。

「と、ところで話は変わるけど、アレックスはどんな武器を持ってるんだ?」
「武器はあまり使わない性分でな。まだ確認していない。というか、忘れていたな……
 使う気もしないが。それと、俺のことはアレクでいい」
「そうなのか……? は、珍しい奴だな。まあ確かに、ええと、アレクは強そうだしなあ」

 しげしげと物珍しそうにアレックスの筋肉を見回すKAITO。それなりに鍛えている自覚はあるが、
 このように見られたことはあまりなかったので何だかくすぐったいような気持ちになる。

「これでも上には上がいる。いずれは超えてみせるがな……そうだな、一応、確認くらいはしておくか」

 そう言うと、デイパックを開いて中を漁り始める。
 さっきは変なピエロ写真の束のせいで中身を全部確認していなかったが、いい機会なので改めて見てみることにする。
 別に武器じゃなくても使えそうなものなら使うに越したことはない。そう考えて。
 すると今度は何やら丁寧に折り畳まれた紙片が出てくる。
 アレックスの手のひらサイズほどのそれには何やら文字が書かれていた。

「……読めん」

 英語ではなかったのでどういうことが書かれているのか分からない。見たところ日本語のようだが……
 ある程度話すことは出来ても読み書きはさっぱりだ。すると横から覗き込んでいたKAITOが代わりに読んでくれた。

「エニグマの紙……だってさ。開くと何かが出てくるんだって」
「何も包まれてはいないようだが」
「書いてあるのはそれだけだったぞ。……ひょっとしたら、中にすごい武器の隠し場所でも書いてあるのかも」

 少し興奮した面持ちでKAITOが言う。だとしても読まれた文面の意味が通じないと思ったが、
 読めない以上どうにも解釈の仕様がない。とにかく、開けてみれば分かるのだろう。少なくとも爆発することはない、はず。
 何となく緊張しながらゆっくりと紙片を開く。すると……

「Wow!?」
「うわ!?」

 ドン、という大袈裟な音と共に紙の中から……そう、まるで飛び出す絵本のように『バイク』が飛び出してきたのだ。
 何やら派手な外装がついた大型のバイクで、珍走団的な雰囲気を漂わせている。
 縦長に大きく、アレックスも今までに見たことのないようなフォルムだった。
 KAITOも同じ感想を持ったらしく「無駄にごちゃごちゃしてるな」と唸っている。

 どうやらこれが『エニグマの紙』に入っていたものらしい。一体どういう原理なのか紙を見て確かめようかとも思ったが、
 出てくる際にどうやら破れてしまったらしく、紙はバラバラになって風に舞い、どこかへと飛んでいった。
 もしかすると最初からそういう仕様だったのかもしれないが。デイパックに入りきらないのをエニグマの紙で代用していた。
 紙自体は支給品ではなかったのだろう。ともかく、もう確かめようがなくなった以上後はバイクをどうするかということだ。

「で、どうするんだよ? 乗るのか、これ」

 KAITOがバイクを指差す。シートには辛うじて二人ほど乗れそうだった。

「KAITOはバイクの免許持ってるのか」
「……アレクは」
「ノー」

 一応、旅すがらバイクを見ることは多かったので見よう見真似での運転は出来るかもしれない。
 が、事故しないという保障はない。
 ちらりと横目でKAITOを見やるが、「無理無理絶対無理!」とあまりにも勢い良く断られた。

 だからといってここに放置しておくのは勿体無いし、誰かに見つけられると利用されかねない。
 もし殺し合いに乗っている連中が見つけようものなら「ヒャッハー! 爆走だー!」などといった感じで、
 他の連中を襲いかねない。そうなってはこちらとしても気分が悪い。

「仕方がないな……俺が運転する」
「え? ま、待てよ、アレクは免許」
「なんとでもなるさ」
「いやそんな暢気な……」

 乗ることを渋るKAITOにどうしたものかと頭を捻っていると、突如耳を震わせるような大音響が響き渡った。
 北の橋の方から聞こえたそれは間違いなく……人の悲鳴だった。
 二人は目をしばたかせたのも一瞬、すぐに反応したアレックスはキッと目つきを変えてバイクに乗り込み、エンジンを吹かす。
 早く乗れ、と告げようと思ったところ、先に言葉を発したのはKAITOだった。

「お、おい! あ、あそこに行くつもりなのかよ?」

 まるで行くなという風に眉根を寄せ、びしっと向こうを指差して言う。
 だが眉根を寄せたくなったのはアレックスの方だ。
 何を言っているんだこいつは? 明らかに悲鳴じゃないか。背中を向けろと言うのか?

「い、いやそのさ、アレクは体調が万全じゃないんだろ? それにさっきは俺の言葉を聞いてくれたじゃないか。
 行きたいのはそりゃ分かるけどさ、悲鳴が聞こえたってのはもう手遅れかもしれないだろ? だったら」
「見て見ぬふりをするつもりか」
「そ、そうじゃねえよ! でもさ、行ったって危険なだけじゃないか! わざわざ自分がそんな目に遭わなくたって……」
「もういい。なら俺一人で行く。KAITOは隠れていればいい」

 渋るKAITOに業を煮やしたアレックスはアクセルを踏み込み、バイクを発進させる。
 先程聞いた話のように遠くにいる敵ならまだしも、今はこの近くで誰かが襲われている。自分の手の届くところに。

 KAITOの気持ちも分からないではない。もう間に合わず行く先にあるのは死体だけなのかもしれない。
 だがそうして諦め、それで掴み取った生など意味がないし、何のために力を蓄えたのか分からない。
 自分の力は、自分のためだけに使いたくない。それが己の生き方だ。旅をする過程で学んだ生き方だった。

「まま、待てよおいっ! 置いていかないでくれよ!」

 追い縋るように走ってくるKAITO。ひとり残される恐怖に怯え、自分の立場を否定された男の所在無い顔がそこにあった。
 見捨てるつもりはない。だが保身に走ろうとする奴に同調するわけにはいかなかった。
 アレックスは速度を緩めると後ろを走るKAITOに向かって、振り向きもせず叫んだ。

「二人で行くか、一人で逃げるか、好きな方を選べ。今すぐに決めろ!」
「っ……そ、そりゃ……」

 来てくれるか――少し期待したが、返事代わりに返ってきたのは次第に間隔が広がっていく足音。
 エンジン音にも負けずに聞こえていたはずのそれは瞬く間に聞こえなくなり、やがてエンジン音だけを響かせるようになった。
 何も聞こえない。聞こえなくなった。

「お前は……そういう奴だったのか? KAITO……」

 心の内に寂しさが染み渡っていくのを感じながらも、アレックスはバイクのスピードを上げた。

     *     *     *

 次第に小さくなっていくバイクの姿をぽつねんとした様子で見送るKAITO。
 その心中は後悔とも安心ともつかぬ感情が漂っていた。

 大きな建物(デパートなのだと分かった)に隠れるまでもなく頼もしい味方を見つけられたのはいい。
 こんな自分にも理解の色を示しかけてくれたのもいい。

 ただアレクは……正義感が強すぎたんだ。

 それが唯一にして決定的な違いだったのだろうと鈍い実感を得ながら、KAITOは棒立ちになった足を動かす事も出来ない。
 自分のやったことは間違いないはず。誰だって自分の命は惜しい。
 そのためになら時として諦めなければいけないこともたくさんある。

 俺は、見ず知らずの他人を諦めただけだ……そんなの、こんなところでなくたってどこにもありふれている事じゃないか。

 現にそうして葉っぱの男を諦めたのだし、結果自分の命は助かっている。
 チクリ、と再び胸が痛む。
 アレックスに変に誤解されるのを恐れるあまり嘘をついた。葉っぱの男は格好良くかばってくれてもない。
 確かにあの男は「助けてくれ」と叫んでいたのだ。
 だが、それを自分は……

「……だからどうしたってんだよ。俺が、俺なんかが何も出来るはずないじゃないかよ……
 それにあいつだって死んでないかもしれないじゃないか。きっとけろっとしてて、でもちょっと俺を恨んでてさ……」

 言い訳がましく言葉を口にするのすら恥ずかしい。
 結果がどんな形になったとしても、自分が逃げたのには変わらない。
 でも仕方がないじゃないか。自分は臆病で、ただの歌手なのに。
 それに死ぬのは怖い。死んでしまったら何もかも終わりではないのか。

 しかしそれなら何故、何故、こんなにも迷っている?
 さっさと逃げればいい。反りが合わなかったんだと諦めて当初の予定通りデパートに隠れていればいいじゃないか。
 そうしてまた誰かがやってくるのを待っていればいいじゃないか。

「……そしたら、俺はまた逃げるんだろうな」

 きっとそうしてしまうであろう自分がいかにも簡単に想像できて、KAITOは失笑を漏らす。
 一人が怖いくせに逃げて、逃げて、またひとりになって……
 だがこうやって自分は生きている。立派に生きている。それだけで十分だ。
 友人なんていくらでも作れるし、ひとりでいることくらい死んでしまうことに比べれば遥かにマシだ。
 十分過ぎるほど自覚している。それなのに、アレックスの言葉がまた響く。

『見て見ぬふりをするつもりか』

 よくあることじゃないか。力もない奴はこうして生きていくしかないんだ。
 アレクみたいな正義漢なんていないんだよ。今の世の中じゃあ、俺みたいなのが多数派だ。
 けれども否定する一方、責め苛むようにアレックスの言葉は反響し体を氷漬けにさせている。

「俺は悪くなんかない……アレクもあいつも馬鹿なんだ、あいつらが馬鹿なんだよ……!」

 唇が震える。
 それは恐怖から来るものではなく、ただ純粋な悔しさから来るものだった。

     *     *     *



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