「硝子の雪」(2010/12/26 (日) 15:48:10) の最新版変更点
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*硝子の雪 ◆F.EmGSxYug
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#aa(){何度も攻撃を加えられ、ボロボロになった扉をベジータが蹴り飛ばす。
元がそれなりに頑丈で大きな扉だったために、それが倒れると相応に大きな音と、埃が舞い上がった。
チルノ、メタナイトと無言で頷きあい、突入したベジータの視界に……
先ほど吹き飛ばした扉よりも更に頑丈そうな扉と、その前に立ちふさがる一人の人影が映る。
ちょうど今、ポケットからカードを一枚取り出した男の姿が。
「――悪夢の鉄檻」
「なにっ!?」
反応する暇があればこそ、目で追う余裕すら無く三人の周囲に突然檻が現れた。
それは地面から現れた、というレベルですらない。突如その場に現れたのだ。
閉じ込められた三人を見て、悠々と男――右上は、声を掛ける。
「ようこそ……ここまで生き残った精鋭にして、最高戦力の諸君。
さすがにそんな連中相手に丸腰で話しかけるのは危険なんで、
あらかじめ防御策を使っておいた非礼をまずはお許し願いたいな」
慇懃無礼に嫌味ったらしく、右上は一礼する。
スーツ姿に、右手には機関拳銃ステアーTMP。
それくらいならばよくある格好もしれないが……
背中に背負う豪奢な剣とその鞘は、なんとも不釣合な組み合わせだった。
「……舐められたものだな。
この俺がこれを壊せないとでも?」
「やってみろよ、無理だから。
今のてめえらには壊せねえ」
「いいや、私には壊す必要すらない」
ベジータを押しのけて足を踏み出したのは、メタナイトだった。
剣を持った手を檻の隙間に向け、僅かな空間に剣を泳がす。
悲鳴のような大気の震えと共に、巻き起こる気圧の差。
精密な剣筋によって生み出された鋭く細い風の刃は、檻の隙間をくぐり抜け右上に届くに足るものだった。
しかし。
檻の外側で、まるで何かにかき消されたように、消えていく風の刃。
「風が通らない……!?」
「隙間から撃てば通るとでも思ったか?
見た目通りの檻だと思われちゃあ困るねえ……
さて、念のため聞くが。退いて、殺し合いに戻る気はあるかい?」
答えは、三人が右上に向ける視線が既に伝えていた。
閉じ込められているのに揺るぐ様子のない三人に、やれやれと首を振る右上。
「オーケイ、聞いた俺がバカだった。
さて、そうなるとこちらとしても、それ相応の答えが必要になるわけだが……」
右上が言うと同時に、多数のオートマトンが檻に詰め寄り始める。
発砲こそまだしていないものの、その威圧感は圧倒的に過ぎる。
……まるで蜘蛛だ。
檻という巣に囚われた得物に群がる四足の虫。
それを押し留めているのは、皮肉にも敵味方問わず攻撃を封じる悪夢の鉄檻である。
しかも、この鉄檻は数分すればあっさりと消えてしまう。
実際のところ、種が分かればあまり有利な状況ではないのだ。
効果が切れるまでどうするべきか、思い悩む右上に念話による通信が入る。
(右上、聞こえていますか?)
(こっちでの通話とは珍しいな……なんだよ。他の任務やってたんじゃないの?)
(今しているのです、そちらの支援を。
できれば悪夢の鉄檻の効果が消えるまで、注意を引いて貰いたいですのが)
(ふーん、ま、いいさ。要するに無駄口叩けばいいんだろう?)
そう返すと、脳内での会話をおくびにも出さず、新たに言葉を出す。
今まで以上に厭味に、これ以上なく相手の癪に障る口調で。
「我ながら、素晴らしいほど優しく寛大な処置だと思うんだがねぇ。
傷一つ与えずに見逃してやるって言ってるんだぜ?
なぜ従わないのか理解できねぇなぁ」
「私には初耳だなお願いっていうのは、そんな楽しそうに笑いながらするも」
「ほう、言うねえダメナイト――
なら、俺がなぜこの殺し合いを楽しんでると思う?」
「狂ってるから。だから命を何の価値もないかのように……」
「そいつは違うね、バカ氷精。
命の美しさを何よりもわかってるからこそ、だ」
「……なんですって?」
チルノの言葉に、右上は笑みを歪ませながら両腕を広げた。
その様子は、まるで演説するかのようだ。
人によっては、格納庫の電灯がスポットライトに変わったかのように錯覚するだろう。
それほどの熱意が、そこにはあった。
「お前もわかるだろう――この殺し合いには全てがある!
喜怒哀楽、憎悪情念、殺意恋慕に希望絶望!
死という最大の劇薬を通して現れる数多の感情!
だからこそ美しい、だからこそ病みつきになる……
これを証明すんのは簡単だぜ……なんせ、この様を見ようとする連中がいるしな。
命が大切で美しいからその散り際には顧客が付き、視聴者が消えない。
この存在を一度味わえば、肥えちまった頭は他の娯楽はもう見る気にもならねぇ。
命が大切なもので、滅多に見られないと分かっているから引き付けられるのさ!
我が身可愛さにどんな手でも使う様に、殺人や復讐に歓喜する様に――」
「ただ狂った奴がいっぱいいるってだけで……」
右上の声は、より空気を澱ませていく。
もうたくさんだと、その声を振り払おうとしたチルノの言葉は……
「――仲間を救えて喜ぶ様に」
「……何を」
次の語句によって、封殺される。
「そもそもただスプラッターしかないのならここまでの人気は出ない。
教えてやろうか、視聴者を募ったときの反応を?
そいつらはただ暴力、謀略、悪を期待するだけじゃねえ。
活躍して欲しいばかりに見目麗しい少女の参加を要望してくる奴らがいれば、
悪を打破する素材として強者の参加を要望してくる奴らもいた。
参加者の一部が抜けだして俺達と戦い、逃げ出す様を期待してる奴すらいたんだぜ?
わざわざこんな殺し合いを見ながら、勧善懲悪ものを望んでる奴もいるんだよ。
バッカじゃねえ、と思うかい? だが事実だ。
スプラッター、ホラー、確かにそういう需要もあるだろうが、それだけじゃねえ。
吊り橋効果によるラブロマンス、焦りから来る行動や緩みによるコメディ、
死に際を救うヒーロー! 命の危機はありとあらゆる物語を生み出す素材だ。
例えばチルノ――お前もそうだろう?
射命丸文と本気で信念をぶつけあって、認められて……純粋に嬉しかっただろう?
そしてこんな事象はお前の住む、幻想郷というぬるま湯で起こったと思うか?
お前はここまで成長できたか? 強くなれたか?
現世から逃げ出し追いやられて隠れ住む身分でありながら、
一方ではお前達に種族の格差を当然の侮蔑として与えるディストピアでな!」
「…………」
答えは、言えない。事実だからだ。
妖精は雑魚だと、うっぷんでも晴らせと……そんなことを言う者が、どれほどいただろう?
沈黙を肯定と見たか、右上は腕を空に泳がせ、指を突きつけた。
「否定できねぇだろ?
当然だ、今のお前の根底には間違いなく射命丸文の死がある。
平行世界と繋がったから? 違う!
今のお前は完全に『アドベントチルノ』とは完全に別人だ!
お前が繋がった時に、ちょいとばかりその剣の資料を洗い直したよ……。
その剣の本来の持ち主はお前のように壊れてはいない。凍った表情をしない。
射命丸文の死があったから、お前の心はそうなった。力を付けた。
ただの妖精がそこまで変わる程になる影響力が、この殺し合いにはあった!
お前のようなケースが起こるからこそ色んな奴が望み、
色んな奴の手で何回も行われるのさ、この手の殺し合いは!」
「……待て。最後の言葉はどういう意味だ!?」
ある語句を耳にして、メタナイトは横槍を入れた。入れざるを得なかった。
何回も行われる。うっかり口を漏らしたという罪悪感もなく……
むしろこう食いつかせるのが目的とばかりに、右上は更に言葉を継ぐ。
「言ったとおりの意味だよ。
この手の殺し合いを行ったのは、俺達が始めてじゃねえってことだ」
「……バカな!」
「おいおい……まさか、お前がそれを言うのか?
ぬるま湯の世界を嫌うのは、お前も同じじゃないか。
この会場とは真逆な、のんきで平和な世界を粛清しようとしただろう!」
話の矛先を向けられ、僅かにたじろぐメタナイト。
もっとも右上は構うことなく、ただ言葉を矢継ぎ早に続けていく。
「プププランドはある意味じゃあ幻想郷より平和だ……
世界の危機がしょっちゅう発生するが、それぞれの住民は仲良く暮らしている。
それを嫌ったのは誰だ! 逆襲したのは誰だ!
お前にとっては、この殺し合いの会場こそ理想に近いだろう!」
「……誤解されたものだな。
私はこのように、殺し合いを行うような世界を目指したわけではない。
貴様達と私は、同類ではない」
「同類だよ。
お前は命が美しく大切なものだから、その生命の正しい在り方を望み、
『堕落』という命を輝かせない世界を生まれ変わらせようとした。
俺達は命が美しく大切なものだから有効活用しようとしている。
殺し合いという、もっとも命が輝くと判断する形でな。
命は力なんだ。この宇宙を支えているものなんだ。
それが何の輝きもなく消えることは、あまりにも勿体無い。
お前だってこう思ってるはずさ……方向性がちょいと違うだけだ。
そもそも――あの作戦、誰一人犠牲者が出ない、なんて甘い推測をして、
実行したわけじゃあるまい?
子供がいる親鳥を、ものの見事に撃ち落としておきながら!」
「いちいちウザッたいヤローだ」
メタナイトに代わるように、ベジータが前に出る。
興味ないとばかりに黙っていたが、あまりの声量に煩しく感じたか。
短く端的に切って捨てた。
「あいにくだが、俺はそんなことに興味はない。
気に入らん奴は潰す。そして貴様らは俺を殺そうとしたから気に入らん。
それだけだ」
「いいねいいね、さすがサイヤ人の王子様はシンプルであらせられる。
……だが、本当にそう思ってるのかい?」
「……何を言ってやがる」
「単純な話だよ。お前はもっと心の中の欲望を吐き出せよ、ベジータ!!
気に入らんなら潰すという割には、おとなしく周りに従ってるじゃねえか。
昔のお前なら足手まといはさっさと殺していただろう。ここでの桂言葉とかなァ!
いつの間にか悟空やサンレッドに感化されてる自分に、思うところはないってか?
味方と共に丸くなって満足している自分に、思うところは!?」
「……てめぇ!」
「……もう、いいわ」
「へぇ、何がいいって?」
「あんたを倒す準備が」
「なに……これは!?」
いつの間にか、チルノが左手を開いていた。右上に向けて。
そしてそれに応えるように、右上のスーツの一部だけが凍り付いている。
そして、そこから……
「あんたが話し込んでいるうちに、ゲイルから聞いたの。
悪夢の鉄檻……それが防ぐのは、お互いへの直接的な攻撃。
だから、装備を狙って攻撃できれば、通じて……」
一枚のカードが落ちる。霜に覆われた、カードが。
チルノが手を握りしめると共に、カードは粉砕されて、
「効果をもたらすカードを壊せば、檻は消える」
「チィッ!」
それに伴い、檻も消えた。
時間を稼いでいたのは右上だけではなく……チルノ達も同じだ。
素早くオートマトンの命令を切り替えさせる右上。
だが、ベジータとメタナイトが反応するほうが、それよりも何倍も早い。
格納庫の中に立ち上る煙。
もっとも近くにいたオートマトン数体は、無防備なまま気弾と風の刃で一瞬にして鉄屑と化した。
「汚ねぇ花火だ。
次は……」
ベジータの掌が、右上に向けられる。
右上が銃を構えるのではなく、剣に持ち替えようとした瞬間――
「あ……ぐっ、はぁっ!?」
「ベジータ!?」
「いったいなにが……このっ!」
突如、ベジータが崩れ落ちた。
チルノとメタナイトは困惑したものの、オートマトンに困惑という機能はない。
慌ててフォローに入る二人を、ほぅ、とため息をつきながら右上は見つめた。
その頭には、左上からの念話が再度響いている。
(何とか間に合ったようですね)
(……なるほど、これか)
(えぇ。格納庫に存在する設備の一つ。
首輪による制限と同じ効果を広範囲に発揮するモノ。
それを、対サイヤ人用に書き換えて発動しました。あなたが話し込んでいる間に)
答えは首輪とは違う、別の制限手段。
ブロリーに対してかなりの警戒をしていながらベジータに対してさほど警戒しなかったのは、これだ。
サイヤ人への対策は、既に行われていたからである。
それぞれの能力制限方法がそれぞれ違うが故に、制限はそれぞれの首輪で行われた。
一つの制限につき、制限できるのは一種類だけ。
フィールドに展開する制限では、全参加者を網羅する数十種類の制限は成し得ない。
逆に言えば首輪によらないフィールド展開型の制限でも、一種類だけならば制限できる。
そのため、フィールド展開型の制限は要地にのみ設置されていた。ブロリーやベジータが反逆したときのために。
ブロリーの場合は更に制限を重ねても押さえ切れない可能性があるがゆえに、恐れられていたが……
ベジータは首輪だけでも十分な制限が出来るのだから、首輪とフィールドの二重制限で容易に圧倒できる。
それが、主催者たちの結論だ。
左上がドナルドに敢えて出てくるところを見せたのも同じ……
格納庫は、迎撃する上でもっとも簡易なフィールドであり、
また、そこまでわざわざ潜る参加者は、禁止エリアに入ったなどと理由を付けて処分することができる。
例えば今回の件では、咲夜のエレベーター落としで死んだことにできるわけだ。
左上の意図は、自ら参加者が処分できないなら処分する理由を作ることにこそあった。
もちろん、左上からそんなことを知らされなかった右上はいい道化である。
(これを使うなら最初から言えよ)
(基地の兵装の管理は私の仕事ですので。
運営長から伝えるように言われましたが、貴方は口を滑らせかねないし、
敵を騙すなら味方から、を行うべきだと判断しました)
(……そこまで信用ないか、俺?)
(そうですね、後はオートマトンの件の仕返しです)
(…………ケッ、道理で様子がおかしいと思ったぜ)
安穏と声を出さない会話をしながら舌打ちをする右上の目の前では、
オートマトンが三人へ雲霞の如く群がりながら激しい銃声を響かせている。
……銃弾が弾かれるような金属音も、響いてはいたが。
(これでベジータはほぼ戦力外。
そしてそいつを庇いながら戦うに際して、
足を止めての防衛を行うのは確実にチルノだな。
メタナイトの戦い方はそういうことに向かない。
平行世界と繋がってるチルノが足を止める、ね……それこそ俺の見せ場だぜ。
左上、一旦格納庫を離脱するのはありか?
オートマトンは連携も糞もねえが、あっちは連携が取れるしな。
だいたいまぁ、かくかくしかじかで……)
(……それならば、もっと安全な手法が)
(一応俺も作戦はあるぜ? お前には言わないけどな!)
そう言って――口に出して言ったわけではないが――右上は念話を打ち切る。
現に四方八方迫るオートマトンに対し、倒れこんだベジータをチルノが護衛しつつ、
メタナイトがオートマトンの上へ飛び上がり切り刻むという戦い方を行っていた。
オートマトンはその設計上、対空攻撃には向かない。
くず鉄のかかしも使用され、ベジータを守っている。
このままならオートマトンが全滅し、凌ぎきる道もあろう。
このままなら、の話だ。
「たあぁっ!」
編み上がる氷の壁。
チルノはひたすら、オートマトンの機銃を周囲に展開する氷の壁で防御し続ける。
照明が完全でない格納庫の中を、氷と銃弾がぶつかり合う火花が彩る。
チルノは攻撃をメタナイトに任せ、ただひたすらに防御に徹していた。
「この俺が、足手纏いになるとはな……」
「はぁ、はぁっ……そんなのどうでもいい。それより伏せて!」
声と共に、振られる剣。氷壁をくぐり抜けた銃弾を、チルノは一片の隙もなく叩き落とす。
今の彼女に成せる全てを使い、最強の盾としてベジータを守り切る。
反撃はしない。する必要がない。その答えを示すように、風は舞い上がる。
「ふん、あと何機だ!?」
急降下と急上昇を繰り返しながら、メタナイトは剣を振り続ける。
空中における機動力ということに関しては、メタナイトは承太郎よりもケンシロウよりも勝る。
故に、彼にとってオートマトンは障害になりえない。
既に破壊されたオートマトン8機。このままなら、凌ぎきることは可能であった。
――このままなら。
「…………ヤツがいない?」
最初に気付いたのは、メタナイトだ。
右上がいつの間にか消えている。
逃げたにしては、おかしい。どこも、扉が開いていない。
……それが右上の能力だとメタナイトが気づくのは、数秒を要した。
同時に、氷の壁を作り続けるチルノの足元で……マッハキャリバーが、叫んだ。
『下です!』
「え…………」
気付いたときには、遅い。
突如チルノの足元でぽっかりと穴が開き、そこへ彼女を吸い込んでいく。
ひたすらオートマトンだけを見ていた彼女に、対応する余裕はなく……
立っていることすら困難なベジータに、押さえる余力はなく。
黒く渦を巻く穴の中に、チルノは消えた。
「なんだと!?」
「これは……えぇいっ!」
メタナイトは一瞬混乱したが、それでもすぐに我に返り慌てて降下した。
くず鉄のかかしと氷の壁に、ひびが入って消えていく。
依然として、オートマトンの攻撃は止んでいないのだ。
チルノがどこに行ったかを考えるよりも、チルノがいなくなった代わりに防御に回らねばならない。
足を止める戦いは向かないメタナイトに、それが出来ないと分かっていても。
■
まるで、視界が闇に飲まれたような、急な暗転。
その感覚が何秒経ったか数える間もなく、チルノは空中から投げ出された。
なんとか足を踏みしめて首を動かすと、目に入って来る、本、本、本。
明らかに、格納庫ではない。
「ここは……!?」
『強制転移させられたようです……どうやら、会場のどこかのようですが……
右です!』
「そうだ、ここは図書館。そしてお前らはこれを経験済みだ……
この殺し合いを開始した時に、会場へお前らを飛ばしたアレだよ。
平行世界と繋がってんなら、理論をすっ飛ばして理解できるはずだぜ」
「っ!」
余裕げな声。
素早くチルノはバスタードチルノソードを握り締め、振り向きざまに剣を振ろうとして……
違和感を感じた。いや、正確には、違和感が全くないことに、違和感を感じた。
彼女がこの剣を握った際に起こるはずのあの感覚が、まるでない。
それを読んでいたかのように、にやにやと笑いながら右上は言う。
「どうかしたかい? 顔にこう書いてあるぜ。
『剣を握っているのに、能力が複製できない』ってな!」
「何を、したの……!」
「戦力の分断、そして各個撃破なんて当然だろうが。
だからベジータの防衛役をしているお前を隔離した。禁止エリアであるここにな。
幸い、お前は平行世界と繋がっている……
だからそれを利用すれば、周辺に穴が開けやすい」
『同じ手は通じません。パターンは記録しました』
「そりゃそうだ。
殺し合いを開始したときの全員転移だって、あらかじめ準備した結果だしな。
真下に穴を開けて無理やり引きずり込む、なんてのは何か触媒がないとできない。
触媒があるお前らでも今回みたいにいきなり飛ばすのは、
他に気を取られて足を止めてなきゃできねぇさ」
敢えて右上はお前「ら」と言った。チルノだけでなく、マッハキャリバーにも話しかけているが故に。
彼は明らかに、会話を楽しんでいる。
もっともチルノはそんなことを構わず、質問を続けた。
「あたいが聞いているのは、そんなことじゃない」
「剣の話ならもっと簡単だ。
俺が空間と空間の接続を操り、お前との接続を絶っている。だから複製できない。
なぁに、俺が死ぬかここから離れれば解ける」
「本当……?」
「どうだろうな? 自分で考えやがれ。
さて、仮に今の話が真実で、俺は他の奴らを飛ばせず、お前らも二度と飛ばせないとして……
そんな状況下でお前を格納庫に戻らせたくない俺がすることは、なんだと思う?」
空気が変わる。チルノの表情が凍てつく。
その言葉の意味するところは、誰かどう見ても明らかだ。
「改めて名乗らせてもらおう……我が職務上の名は右上。
――お前と同じく、異世界に縁を持つ者」
「……どうでもいいわ。さっさと二人を助けに行かせてもらうから!」
能力を封じられ、それでもチルノはバスタードチルノソードを構える。
ほくそ笑みながら、右上もまた銃を構えた。
――彼の背にある剣を、今は鞘に納めたままで。
■
「うおおおおおおおおおおおおおおっ!」
吠える。
自分を鼓舞しながら、メタナイトは剣を振り続ける。
格納庫の中には、天井まで届くほどの竜巻がいくつも起こっていた。
ベジータを抱えて空を飛んで逃げ回れるほど、オートマトンは鈍くない。
だが、かと言って仲間を見捨てられるような甘い性格でもなかった。
足を止めたメタナイトにできることは、たった一つ。
片っ端から竜巻を起こし、銃弾ごとオートマトンを吹き飛ばしていくしか無い――!
「はぁっ、はぁっ、くっ……!」
既に、メタナイトの息は彼が起こす竜巻に負けぬほどになっていた。
彼にとってこの戦い方はつまり、ひたすらに大技を打ち続けるということ。
そして、それでも尚、オートマトンはほとんど減っていない。当然だ。
ここぞというタイミングで撃つからこそ、大技は効果的なのだ。
ただ打ち続けるだけでは、何の意味もなしはしない。
これは全速力で走り続けるマラソンのようなもの……完走できるわけがないのだ。
「……メタナイト、荷物を置いて、俺から、離れろ」
それでも二重の制限によりまともに歩けるかどうかも怪しいベジータよりは、呼吸が整っていたと言える。
一つですらベジータの戦闘力をこの会場一つすら吹き飛ばせないレベルにまで貶める制限は、
二つも掛かれば生命活動を十全にすることすら許さない。
それこそブロリーのような規格外でもなければ、まともに動くことはできないのだ。
だからこそ、メタナイトはベジータを庇っているのだが。
「今更、見捨てることなどできるか!」
「違う。俺の策に、邪魔だと言っているんだ……
貴様の荷物に体力を回復させるというものがあったな?
それを置いてここを離れろ、そして一度、俺を死にかけさせるんだ!」
「なっ……何を言っている!?」
ベジータの言葉に一瞬メタナイトは硬直しかけたものの、慌てて竜巻を起こすことを再開させた。
風がつんざき、より声が聞き難くなる中、それでもベジータは声を絞り出す。
「俺達サイヤ人は……ぐっ、死にかけて蘇ることで、戦闘力が、アップする……
それに、賭ける……!」
「バカを言うな、今のお前では死にかけるどころか即死だろう!」
「バカは、貴様だ……!」
「くっ……くたばり損ないめ。勝手にするがいい!」
そう毒づいて、メタナイトはデイパックを捨てると飛んだ。一直線に、オートマトンへ向けて。
上空から安全策を取るのではなく、機動力で撹乱しながら敵の内部へ切り込み……
出来うる限りのオートマトンを切り刻む。
メタナイトへ向けて向きを変え、そちらに発砲したオートマトンは、
同じオートマトン同士で撃ち合うことになった。
これだけでも、先程までは比較にならないペースで破壊できていることが実感できる。
それでも減ったのはごく一部であり、全てを倒すには遠く至らず。
更に、残りがベジータへ向けて発砲した。
今まで響いたことのない、肉を抉る鈍い音が響く。
「ベジータァッ!」
メタナイトの叫びが合図だったのかのように、血が吹き出し……
ベジータの四肢は、力なく折れた。
■
銃声は図書館――チルノと右上の戦場でも響く。
本棚に突き刺さる銃弾は、本を破壊しては紙の嵐を生み出していく。
それでも、今までのチルノだったら、意に介することなく接近できていただろう。
だが、今のチルノには、できない。その実力がない。
完全な剣術の再現が行えない以上、銃弾を弾くような真似はとてもできない。
できるのは、ただ物陰に隠れて射線から隠れることだけ。
結果、銃と剣という武器の差はチルノを劣勢に追い込んでいく。
なんとか柱の陰に隠れ、一息つこうとした、瞬間。
「ふん……」
『後ろです!』
「っ!」
頭を下げる。
同時に、本棚から銃を持った手が生えた。
手だけを転移させた右上は、そのまま引き金を引き……チルノの真上で紙の嵐が吹き荒ぶ。
とはいえ、ハズレはハズレだ。
右上が舌打ちしつつ、手を引き戻そうとした瞬間……
「づっ!?」
右手に、僅かな痛みと、衝撃。引き戻した手を見ると、ステアーが両断されていた。
驚いた一瞬の隙に、響く轟音。
両断された本棚が、右上へ向けて倒れこんできている。
とっさに後退する右上。結果として本棚は右上を巻き込まず虚空を切ったが……
それでも、思わず右上は痛みに呻いていた。
チルノが本棚に隠れて放った氷の弾が、彼の脇腹を掠めていたのだ。
自らの得物「の一つ」が破壊され、右上は銃を捨てる。
既に右上から十メートルほど離れた地点で、チルノが真正面に立ち剣を構えていた。
歪んだその表情にあるのは、愉悦なのか怒りなのか……
あるいは、彼にとってそれは両立するものなのか。
「なるほど……
情報因子との接続は、俺が側にいる限り閉鎖されているはずだが。
にも関わらず、この剣技。つまり、ある程度は技術が残っている……
既に別世界の存在と混ざりかかっているわけかい、なるほどなるほど。
――霊力はどうかな?」
そんな言葉が空気に響くと、銃を捨てた手は肩の上に向かった。
鞘が、金属とこすれ合う。やがて、その手が背中から取り出したのは……
(……剣?)
追撃しようと動きかけていた足を止めるチルノ。
右上の手には、美しい剣が握られていた。
宝石が埋め込まれた鍔には金色の鳥が翼を広げる剣。
今のチルノすら見てわかる程に――その剣は、業物という概念すら越えている。
そして、その周辺に渦巻く魔力。危険を察知したチルノは素早く自分の霊力を編み上げた。
これは間違いなく、剣の力を借りての魔法詠唱!
「来やがれ、勇者の雷――」
「ダイアモンドブリザード!」
「――ラァイ、デイィン!」
巻き起こった吹雪と雷に、本棚が吹き飛んでいく。
屋外でもあり得ない天候に、本は紙切れとなって契れていく。
だが、それでも、その中で目を凝らすことが出来る者なら、わかっただろう。
……雷が、吹雪を押していく様を。
「な……あたいの、吹雪が!」
「ハッ、無駄なんだよ!」
「ッアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?」
マッハキャリバーが防壁を編み上げたものの、それでも防ぎきれない。
雷鳴呪文――ライデインは、轟音と共にチルノに直撃した。
悲鳴を上げながら、チルノは体を痙攣させて倒れこむ。
その状態ですら、電撃の残滓がチルノの周囲でバチバチと音を立てるほどの雷撃。
チルノは肌を焦がし、耳から血を零しながら呻くことしかできない。
倒れたままのチルノへ、悠々と右上は歩み寄り……その頭を踏みつけた。
「ぁ、う……」
「――ま、こんなもんだろうな。本来のお前はメタナイトにさえも劣る。
ここに来て得た経験や修練を考慮しても、メタナイトに勝てるかどうか。
たかが氷精が、不完全とはいえど勇者様に勝てるわけがない」
「なにを……言って……」
「教えてやろう。俺の能力はな……
『情報因子が埋め込まれて作られた武器と酷似する平行世界の武器の持ち主を、
俺という入れ物が成せる限界まで再現する力』。
空間を渡る力はその副産物に過ぎないし……
お前が平行世界の自分を再現できないのは、
俺の能力に繋がりを乗っ取られて情報因子が流れこんでこないからさ」
「……な……!」
「だから、お前が目覚めた能力もすぐに分かったし、
お前の能力が発生しないように空間を作り替えることもできる。
この剣は、世界を平和にした勇者様の――王者の剣を模したものだ……どうだい?
この剣の持ち主が成した正義も、この俺の能力も、お前より上を行くんだよ!」
勝ち誇った表情で、右上は宣告する。足元のチルノを見下ろして。
それはまさしく、勝者にだけ許される特権だ。
しかし……その状態で。右上は、踏みつけた足が持ち上げられようとしていることに気付いた。
「あたい、は、負け、ない……アタイの、剣は……」
「フン、バカが!」
「あ、ぐぅっ!?」
「そんなに大切か、この剣が?
なら教えてやろう……所詮、こいつはてめえのもんではないってことを!」
右上はチルノの頭をサッカーボールのように蹴り飛ばすと、彼女が手放した剣、
バスタードチルノソードを左手で拾い上げる。
そのまま、構える……二刀流で。
朦朧とする意識で、それでもチルノは顔を上げて相手の姿を捉えて……息を呑んだ。
その構えは、あまりにも――
「この剣は、お前が使う過程で情報因子を得たようだ……
だから俺がこの剣を握ればな、ほぉら。ヤツの剣技が使えるのさ!」
「…………かんけい、ない、そんなの!」
その状況下でも。体中から血を流し続けていることも無視して……
チルノは葉団扇を取り出して起き上がり、構える。
肩で息をしながら決して揺らがぬその目に、ほぉ、と右上は吐息を漏らした。
「へぇ、まだやれるのか」
「あんたは、言ってた……不完全とか、限界とか……
なら、つまりは、そういう……こと、でしょ」
「そりゃそうだ。そのまま再現するわけねえだろ。
氷精一人圧倒する程度なら何の問題もないが……
首輪だけで力が制限されている状態のベジータなら、
スーパーサイヤ人になれば俺がこの能力を使おうと勝利は確定だ。なぜか。
無理に完全再現すると、死んじまったり元の世界に帰れなくなったりするからな。
――お前のようにな」
「えっ……」
「なぁんだ、気付いてなかったのか?
限界を越えて能力を行使しているお前は、平行世界と存在が混ざってきている。
お前はお前でありながら、更に別の存在まで内包しているのさ。
この会場は特別だし元々『チルノ』がいる世界じゃないから、
そういった存在も許容できるが……
お前がその剣で引き出した『チルノ』がいる世界や、
お前自身がいた世界はその矛盾に耐えられない。
――世界そのものがお前の存在を否定し、弾き出そうとし、受け入れない。
博麗大結界なんてものに入ろうとすれば、更に結界も同じことをするだろうねェ。
こういうことになっちまうと転移に支障が出るから、俺は完全再現しない。
俺がこの能力を得て最初に始めたのは、できるだけセーブして能力を使う鍛錬……
それをしないてめえはバカで、それをした俺は器用な副産物に目覚めたのさ」
そこまで話したところで、右上はやれやれと肩をすくめる。
表情に貼りつく笑み、構えているとはとても言えない姿勢。
明らかに、チルノがまともに戦えるなどと思っていない顔だ。
「ま、今の段階ならまだ結界に大穴ブチ開ける程度でなんとか戻れるだろう。
まだ使い続けるようなら知らねえがな。
嘘だと思うならご自由に。嘘だと思えるんなら、の話だが。
自分がどれだけバカなことをしていたか、理解したかよ?」
「…………ッ!」
チルノは、悔いるように、唇を噛み締めて……
けれでも、握った葉団扇を手放さず。むしろ、握る力を強くしている。
その様子に、右上は皮肉などを抜きに純粋に感嘆した。
「驚いた、まだ戦意を喪失しないのか。
その様子だと、さっきの話を理解できなかったってわけでもねえだろうに。
なるほど……変わってしまっても最強になる、か。言葉だけじゃないようで。
素晴らしい精神の強さだぜ。実力が伴ってないのはあまりにも残念だ」
「アイシクルフォールッ!」
「ベギラマ」
炎と氷、互いに放たれたのはそれぞれの左手から。
だが、右上は相手が放ったのを見てから撃ったというディスアドバンテージがあった。
そんな条件でも、右上の放った炎はチルノの氷を完全に相殺する。
「パーフェクトフリーズ!」
「ふん――イオラ!」
次も、同じ。
右上に迫っていた吹雪は、途中で起こった爆発で阻まれて消えていく。
「確かに、不完全な再現しかできないと言った……
だが、俺自身にはお前と違って首輪による力の制限がない。
ちょいと剣が使えるだけの氷精ごとき敵じゃねえ。平行世界のお前なら別だがな。
ましてやてめえが牽制程度に使う氷なんざ、中級の閃熱呪文や爆烈呪文で十分……
っと」
無駄話に答える気はないと、無言で斬りかかってくるチルノ。
それを右上は、王者の剣ではなく敢えてバスタードチルノソードで受けた。
切り結ぶ葉団扇とバスタードチルノソード。
決して遅くはない連撃を、鼻で笑いながら右上は弾き飛ばした。
「基礎は残っているようだが、所詮は残滓。
俺が手本を見せてやろう」
「誰が!」
そう言い返しながら、チルノは前の地面を蹴り突進しようとして……
瞬間、その地面がある空間は圧迫されていた。少なくとも、チルノにはそう見えた。
振り上げられた剛剣が、風を斬り、迫る。葉団扇を叩きつけ、剣を防ぎながら風を起こす。
自分を吹き飛ばし、後退するために。
それは間違いなく、自分が何度も力を借りた剣術だった。
「『ブレイバー』」
休むまもなく、よく知った踏み込みで迫る右上。振り下ろされる愛剣。
盾にした葉団扇は、それでも耐え切った。耐え切れなかったのは、チルノの腕。
衝撃をこらえきれずに手放した葉団扇は、風に舞う枯葉のように吹き飛ばされる。
それを追う余裕は、今のチルノにはない。左へ――チルノから見て――体をずらす。
右上に王者の剣を使う様子がない以上、そちらを持っている方へ回りこめばいい。
そうすればいくらか距離が出来て、剣筋を見やすくなる。
だがその間に、右上とその剣は迫る。
とっさに氷で作り上げた剣を両手で構え、防ぐ。
けれど、そんな急造の剣は一度きりしか用を成さず粉砕され、チルノ自身も吹き飛び……
「ブレ……イ、クッ!」
「なに!?」
粉砕された剣は、氷の弾となって右上に殺到した。
チルノがこの殺し合いで得たものは、異世界における自分の能力だけではない。
今までの戦いの中で磨き上げた実戦経験――
呂布、フランドール、文、ドナルド、格上の相手と戦う中で学んだ技術。
それは彼女自身のものとして、今も彼女の身に残り……
限られた力を最善の形で具現化させる。
右上が自分の剣で氷の弾を凌ぎ切った時には、もう彼の視界にチルノはいない。
「――アイス」
「むッ!」
チルノは、飛んでいた。
その足に、マッハキャリバーが強化する魔力を纏わせて。
「マッハキャリバー、キックッ!」
急降下する具足と、振り上げられる剣。
マッハキャリバーがバスタードチルノソードとぶつかり合い、水色の魔力光が爆ぜる。
押し勝ったのは、前者。
重力を加えて放たれた錐揉みキックに耐え切れず剣は弾き飛ばされ、
右上は靴を地面と擦れさせながらよろけるように後退する。
成功だと判断しようとして……チルノは見た。
既に王者の剣を構え、よろけこそしていても転ぶ様子のない右上を。そこから迸る、魔力の流れを。
まるで、バスタードチルノソードが吹き飛ばされることは、計算済みだったように。
王者の剣が振り上げられる。建築物である図書館の天井に、暗雲が生み出される。
響く、右上の声。
「お前の奮闘は何もかも無駄だ、絶望しろ!
走れ――」
ライデイン。
■}
|sm247:[[Interlude Ⅱ]]|[[時系列順>第六回放送までの本編SS]]|sm248:[[さらば誇り高き戦士]]|
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|sm246:[[十六夜薔薇]]|チルノ|sm248:[[さらば誇り高き戦士]]|
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|sm246:[[十六夜薔薇]]|ベジータ|sm248:[[さらば誇り高き戦士]]|
|sm247:[[Interlude Ⅱ]]|右上|sm248:[[さらば誇り高き戦士]]|
|sm247:[[Interlude Ⅱ]]|左上|sm248:[[さらば誇り高き戦士]]|
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*硝子の雪 ◆F.EmGSxYug
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#aa(){何度も攻撃を加えられ、ボロボロになった扉をベジータが蹴り飛ばす。
元がそれなりに頑丈で大きな扉だったために、それが倒れると相応に大きな音と、埃が舞い上がった。
チルノ、メタナイトと無言で頷きあい、突入したベジータの視界に……
先ほど吹き飛ばした扉よりも更に頑丈そうな扉と、その前に立ちふさがる一人の人影が映る。
ちょうど今、ポケットからカードを一枚取り出した男の姿が。
「――悪夢の鉄檻」
「なにっ!?」
反応する暇があればこそ、目で追う余裕すら無く三人の周囲に突然檻が現れた。
それは地面から現れた、というレベルですらない。突如その場に現れたのだ。
閉じ込められた三人を見て、悠々と男――右上は、声を掛ける。
「ようこそ……ここまで生き残った精鋭にして、最高戦力の諸君。
さすがにそんな連中相手に丸腰で話しかけるのは危険なんで、
あらかじめ防御策を使っておいた非礼をまずはお許し願いたいな」
慇懃無礼に嫌味ったらしく、右上は一礼する。
スーツ姿に、右手には機関拳銃ステアーTMP。
それくらいならばよくある格好もしれないが……
背中に背負う豪奢な剣とその鞘は、なんとも不釣合な組み合わせだった。
「……舐められたものだな。
この俺がこれを壊せないとでも?」
「やってみろよ、無理だから。
今のてめえらには壊せねえ」
「いいや、私には壊す必要すらない」
ベジータを押しのけて足を踏み出したのは、メタナイトだった。
剣を持った手を檻の隙間に向け、僅かな空間に剣を泳がす。
悲鳴のような大気の震えと共に、巻き起こる気圧の差。
精密な剣筋によって生み出された鋭く細い風の刃は、檻の隙間をくぐり抜け右上に届くに足るものだった。
しかし。
檻の外側で、まるで何かにかき消されたように、消えていく風の刃。
「風が通らない……!?」
「隙間から撃てば通るとでも思ったか?
見た目通りの檻だと思われちゃあ困るねえ……
さて、念のため聞くが。退いて、殺し合いに戻る気はあるかい?」
答えは、三人が右上に向ける視線が既に伝えていた。
閉じ込められているのに揺るぐ様子のない三人に、やれやれと首を振る右上。
「オーケイ、聞いた俺がバカだった。
さて、そうなるとこちらとしても、それ相応の答えが必要になるわけだが……」
右上が言うと同時に、多数のオートマトンが檻に詰め寄り始める。
発砲こそまだしていないものの、その威圧感は圧倒的に過ぎる。
……まるで蜘蛛だ。
檻という巣に囚われた得物に群がる四足の虫。
それを押し留めているのは、皮肉にも敵味方問わず攻撃を封じる悪夢の鉄檻である。
しかも、この鉄檻は数分すればあっさりと消えてしまう。
実際のところ、種が分かればあまり有利な状況ではないのだ。
効果が切れるまでどうするべきか、思い悩む右上に念話による通信が入る。
(右上、聞こえていますか?)
(こっちでの通話とは珍しいな……なんだよ。他の任務やってたんじゃないの?)
(今しているのです、そちらの支援を。
できれば悪夢の鉄檻の効果が消えるまで、注意を引いて貰いたいですのが)
(ふーん、ま、いいさ。要するに無駄口叩けばいいんだろう?)
そう返すと、脳内での会話をおくびにも出さず、新たに言葉を出す。
今まで以上に厭味に、これ以上なく相手の癪に障る口調で。
「我ながら、素晴らしいほど優しく寛大な処置だと思うんだがねぇ。
傷一つ与えずに見逃してやるって言ってるんだぜ?
なぜ従わないのか理解できねぇなぁ」
「私には初耳だなお願いっていうのは、そんな楽しそうに笑いながらするも」
「ほう、言うねえダメナイト――
なら、俺がなぜこの殺し合いを楽しんでると思う?」
「狂ってるから。だから命を何の価値もないかのように……」
「そいつは違うね、バカ氷精。
命の美しさを何よりもわかってるからこそ、だ」
「……なんですって?」
チルノの言葉に、右上は笑みを歪ませながら両腕を広げた。
その様子は、まるで演説するかのようだ。
人によっては、格納庫の電灯がスポットライトに変わったかのように錯覚するだろう。
それほどの熱意が、そこにはあった。
「お前もわかるだろう――この殺し合いには全てがある!
喜怒哀楽、憎悪情念、殺意恋慕に希望絶望!
死という最大の劇薬を通して現れる数多の感情!
だからこそ美しい、だからこそ病みつきになる……
これを証明すんのは簡単だぜ……なんせ、この様を見ようとする連中がいるしな。
命が大切で美しいからその散り際には顧客が付き、視聴者が消えない。
この存在を一度味わえば、肥えちまった頭は他の娯楽はもう見る気にもならねぇ。
命が大切なもので、滅多に見られないと分かっているから引き付けられるのさ!
我が身可愛さにどんな手でも使う様に、殺人や復讐に歓喜する様に――」
「ただ狂った奴がいっぱいいるってだけで……」
右上の声は、より空気を澱ませていく。
もうたくさんだと、その声を振り払おうとしたチルノの言葉は……
「――仲間を救えて喜ぶ様に」
「……何を」
次の語句によって、封殺される。
「そもそもただスプラッターしかないのならここまでの人気は出ない。
教えてやろうか、視聴者を募ったときの反応を?
そいつらはただ暴力、謀略、悪を期待するだけじゃねえ。
活躍して欲しいばかりに見目麗しい少女の参加を要望してくる奴らがいれば、
悪を打破する素材として強者の参加を要望してくる奴らもいた。
参加者の一部が抜けだして俺達と戦い、逃げ出す様を期待してる奴すらいたんだぜ?
わざわざこんな殺し合いを見ながら、勧善懲悪ものを望んでる奴もいるんだよ。
バッカじゃねえ、と思うかい? だが事実だ。
スプラッター、ホラー、確かにそういう需要もあるだろうが、それだけじゃねえ。
吊り橋効果によるラブロマンス、焦りから来る行動や緩みによるコメディ、
死に際を救うヒーロー! 命の危機はありとあらゆる物語を生み出す素材だ。
例えばチルノ――お前もそうだろう?
射命丸文と本気で信念をぶつけあって、認められて……純粋に嬉しかっただろう?
そしてこんな事象はお前の住む、幻想郷というぬるま湯で起こったと思うか?
お前はここまで成長できたか? 強くなれたか?
現世から逃げ出し追いやられて隠れ住む身分でありながら、
一方ではお前達に種族の格差を当然の侮蔑として与えるディストピアでな!」
「…………」
答えは、言えない。事実だからだ。
妖精は雑魚だと、うっぷんでも晴らせと……そんなことを言う者が、どれほどいただろう?
沈黙を肯定と見たか、右上は腕を空に泳がせ、指を突きつけた。
「否定できねぇだろ?
当然だ、今のお前の根底には間違いなく射命丸文の死がある。
平行世界と繋がったから? 違う!
今のお前は完全に『アドベントチルノ』とは完全に別人だ!
お前が繋がった時に、ちょいとばかりその剣の資料を洗い直したよ……。
その剣の本来の持ち主はお前のように壊れてはいない。凍った表情をしない。
射命丸文の死があったから、お前の心はそうなった。力を付けた。
ただの妖精がそこまで変わる程になる影響力が、この殺し合いにはあった!
お前のようなケースが起こるからこそ色んな奴が望み、
色んな奴の手で何回も行われるのさ、この手の殺し合いは!」
「……待て。最後の言葉はどういう意味だ!?」
ある語句を耳にして、メタナイトは横槍を入れた。入れざるを得なかった。
何回も行われる。うっかり口を漏らしたという罪悪感もなく……
むしろこう食いつかせるのが目的とばかりに、右上は更に言葉を継ぐ。
「言ったとおりの意味だよ。
この手の殺し合いを行ったのは、俺達が始めてじゃねえってことだ」
「……バカな!」
「おいおい……まさか、お前がそれを言うのか?
ぬるま湯の世界を嫌うのは、お前も同じじゃないか。
この会場とは真逆な、のんきで平和な世界を粛清しようとしただろう!」
話の矛先を向けられ、僅かにたじろぐメタナイト。
もっとも右上は構うことなく、ただ言葉を矢継ぎ早に続けていく。
「プププランドはある意味じゃあ幻想郷より平和だ……
世界の危機がしょっちゅう発生するが、それぞれの住民は仲良く暮らしている。
それを嫌ったのは誰だ! 逆襲したのは誰だ!
お前にとっては、この殺し合いの会場こそ理想に近いだろう!」
「……誤解されたものだな。
私はこのように、殺し合いを行うような世界を目指したわけではない。
貴様達と私は、同類ではない」
「同類だよ。
お前は命が美しく大切なものだから、その生命の正しい在り方を望み、
『堕落』という命を輝かせない世界を生まれ変わらせようとした。
俺達は命が美しく大切なものだから有効活用しようとしている。
殺し合いという、もっとも命が輝くと判断する形でな。
命は力なんだ。この宇宙を支えているものなんだ。
それが何の輝きもなく消えることは、あまりにも勿体無い。
お前だってこう思ってるはずさ……方向性がちょいと違うだけだ。
そもそも――あの作戦、誰一人犠牲者が出ない、なんて甘い推測をして、
実行したわけじゃあるまい?
子供がいる親鳥を、ものの見事に撃ち落としておきながら!」
「いちいちウザッたいヤローだ」
メタナイトに代わるように、ベジータが前に出る。
興味ないとばかりに黙っていたが、あまりの声量に煩しく感じたか。
短く端的に切って捨てた。
「あいにくだが、俺はそんなことに興味はない。
気に入らん奴は潰す。そして貴様らは俺を殺そうとしたから気に入らん。
それだけだ」
「いいねいいね、さすがサイヤ人の王子様はシンプルであらせられる。
……だが、本当にそう思ってるのかい?」
「……何を言ってやがる」
「単純な話だよ。お前はもっと心の中の欲望を吐き出せよ、ベジータ!!
気に入らんなら潰すという割には、おとなしく周りに従ってるじゃねえか。
昔のお前なら足手まといはさっさと殺していただろう。ここでの桂言葉とかなァ!
いつの間にか悟空やサンレッドに感化されてる自分に、思うところはないってか?
味方と共に丸くなって満足している自分に、思うところは!?」
「……てめぇ!」
「……もう、いいわ」
「へぇ、何がいいって?」
「あんたを倒す準備が」
「なに……これは!?」
いつの間にか、チルノが左手を開いていた。右上に向けて。
そしてそれに応えるように、右上のスーツの一部だけが凍り付いている。
そして、そこから……
「あんたが話し込んでいるうちに、ゲイルから聞いたの。
悪夢の鉄檻……それが防ぐのは、お互いへの直接的な攻撃。
だから、装備を狙って攻撃できれば、通じて……」
一枚のカードが落ちる。霜に覆われた、カードが。
チルノが手を握りしめると共に、カードは粉砕されて、
「効果をもたらすカードを壊せば、檻は消える」
「チィッ!」
それに伴い、檻も消えた。
時間を稼いでいたのは右上だけではなく……チルノ達も同じだ。
素早くオートマトンの命令を切り替えさせる右上。
だが、ベジータとメタナイトが反応するほうが、それよりも何倍も早い。
格納庫の中に立ち上る煙。
もっとも近くにいたオートマトン数体は、無防備なまま気弾と風の刃で一瞬にして鉄屑と化した。
「汚ねぇ花火だ。
次は……」
ベジータの掌が、右上に向けられる。
右上が銃を構えるのではなく、剣に持ち替えようとした瞬間――
「あ……ぐっ、はぁっ!?」
「ベジータ!?」
「いったいなにが……このっ!」
突如、ベジータが崩れ落ちた。
チルノとメタナイトは困惑したものの、オートマトンに困惑という機能はない。
慌ててフォローに入る二人を、ほぅ、とため息をつきながら右上は見つめた。
その頭には、左上からの念話が再度響いている。
(何とか間に合ったようですね)
(……なるほど、これか)
(えぇ。格納庫に存在する設備の一つ。
首輪による制限と同じ効果を広範囲に発揮するモノ。
それを、対サイヤ人用に書き換えて発動しました。あなたが話し込んでいる間に)
答えは首輪とは違う、別の制限手段。
ブロリーに対してかなりの警戒をしていながらベジータに対してさほど警戒しなかったのは、これだ。
サイヤ人への対策は、既に行われていたからである。
それぞれの能力制限方法がそれぞれ違うが故に、制限はそれぞれの首輪で行われた。
一つの制限につき、制限できるのは一種類だけ。
フィールドに展開する制限では、全参加者を網羅する数十種類の制限は成し得ない。
逆に言えば首輪によらないフィールド展開型の制限でも、一種類だけならば制限できる。
そのため、フィールド展開型の制限は要地にのみ設置されていた。ブロリーやベジータが反逆したときのために。
ブロリーの場合は更に制限を重ねても押さえ切れない可能性があるがゆえに、恐れられていたが……
ベジータは首輪だけでも十分な制限が出来るのだから、首輪とフィールドの二重制限で容易に圧倒できる。
それが、主催者たちの結論だ。
左上がドナルドに敢えて出てくるところを見せたのも同じ……
格納庫は、迎撃する上でもっとも簡易なフィールドであり、
また、そこまでわざわざ潜る参加者は、禁止エリアに入ったなどと理由を付けて処分することができる。
例えば今回の件では、咲夜のエレベーター落としで死んだことにできるわけだ。
左上の意図は、自ら参加者が処分できないなら処分する理由を作ることにこそあった。
もちろん、左上からそんなことを知らされなかった右上はいい道化である。
(これを使うなら最初から言えよ)
(基地の兵装の管理は私の仕事ですので。
運営長から伝えるように言われましたが、貴方は口を滑らせかねないし、
敵を騙すなら味方から、を行うべきだと判断しました)
(……そこまで信用ないか、俺?)
(そうですね、後はオートマトンの件の仕返しです)
(…………ケッ、道理で様子がおかしいと思ったぜ)
安穏と声を出さない会話をしながら舌打ちをする右上の目の前では、
オートマトンが三人へ雲霞の如く群がりながら激しい銃声を響かせている。
……銃弾が弾かれるような金属音も、響いてはいたが。
(これでベジータはほぼ戦力外。
そしてそいつを庇いながら戦うに際して、
足を止めての防衛を行うのは確実にチルノだな。
メタナイトの戦い方はそういうことに向かない。
平行世界と繋がってるチルノが足を止める、ね……それこそ俺の見せ場だぜ。
左上、一旦格納庫を離脱するのはありか?
オートマトンは連携も糞もねえが、あっちは連携が取れるしな。
だいたいまぁ、かくかくしかじかで……)
(……それならば、もっと安全な手法が)
(一応俺も作戦はあるぜ? お前には言わないけどな!)
そう言って――口に出して言ったわけではないが――右上は念話を打ち切る。
現に四方八方迫るオートマトンに対し、倒れこんだベジータをチルノが護衛しつつ、
メタナイトがオートマトンの上へ飛び上がり切り刻むという戦い方を行っていた。
オートマトンはその設計上、対空攻撃には向かない。
くず鉄のかかしも使用され、ベジータを守っている。
このままならオートマトンが全滅し、凌ぎきる道もあろう。
このままなら、の話だ。
「たあぁっ!」
編み上がる氷の壁。
チルノはひたすら、オートマトンの機銃を周囲に展開する氷の壁で防御し続ける。
照明が完全でない格納庫の中を、氷と銃弾がぶつかり合う火花が彩る。
チルノは攻撃をメタナイトに任せ、ただひたすらに防御に徹していた。
「この俺が、足手纏いになるとはな……」
「はぁ、はぁっ……そんなのどうでもいい。それより伏せて!」
声と共に、振られる剣。氷壁をくぐり抜けた銃弾を、チルノは一片の隙もなく叩き落とす。
今の彼女に成せる全てを使い、最強の盾としてベジータを守り切る。
反撃はしない。する必要がない。その答えを示すように、風は舞い上がる。
「ふん、あと何機だ!?」
急降下と急上昇を繰り返しながら、メタナイトは剣を振り続ける。
空中における機動力ということに関しては、メタナイトは承太郎よりもケンシロウよりも勝る。
故に、彼にとってオートマトンは障害になりえない。
既に破壊されたオートマトン8機。このままなら、凌ぎきることは可能であった。
――このままなら。
「…………ヤツがいない?」
最初に気付いたのは、メタナイトだ。
右上がいつの間にか消えている。
逃げたにしては、おかしい。どこも、扉が開いていない。
……それが右上の能力だとメタナイトが気づくのは、数秒を要した。
同時に、氷の壁を作り続けるチルノの足元で……マッハキャリバーが、叫んだ。
『下です!』
「え…………」
気付いたときには、遅い。
突如チルノの足元でぽっかりと穴が開き、そこへ彼女を吸い込んでいく。
ひたすらオートマトンだけを見ていた彼女に、対応する余裕はなく……
立っていることすら困難なベジータに、押さえる余力はなく。
黒く渦を巻く穴の中に、チルノは消えた。
「なんだと!?」
「これは……えぇいっ!」
メタナイトは一瞬混乱したが、それでもすぐに我に返り慌てて降下した。
くず鉄のかかしと氷の壁に、ひびが入って消えていく。
依然として、オートマトンの攻撃は止んでいないのだ。
チルノがどこに行ったかを考えるよりも、チルノがいなくなった代わりに防御に回らねばならない。
足を止める戦いは向かないメタナイトに、それが出来ないと分かっていても。
■
まるで、視界が闇に飲まれたような、急な暗転。
その感覚が何秒経ったか数える間もなく、チルノは空中から投げ出された。
なんとか足を踏みしめて首を動かすと、目に入って来る、本、本、本。
明らかに、格納庫ではない。
「ここは……!?」
『強制転移させられたようです……どうやら、会場のどこかのようですが……
右です!』
「そうだ、ここは図書館。そしてお前らはこれを経験済みだ……
この殺し合いを開始した時に、会場へお前らを飛ばしたアレだよ。
平行世界と繋がってんなら、理論をすっ飛ばして理解できるはずだぜ」
「っ!」
余裕げな声。
素早くチルノはバスタードチルノソードを握り締め、振り向きざまに剣を振ろうとして……
違和感を感じた。いや、正確には、違和感が全くないことに、違和感を感じた。
彼女がこの剣を握った際に起こるはずのあの感覚が、まるでない。
それを読んでいたかのように、にやにやと笑いながら右上は言う。
「どうかしたかい? 顔にこう書いてあるぜ。
『剣を握っているのに、能力が複製できない』ってな!」
「何を、したの……!」
「戦力の分断、そして各個撃破なんて当然だろうが。
だからベジータの防衛役をしているお前を隔離した。禁止エリアであるここにな。
幸い、お前は平行世界と繋がっている……
だからそれを利用すれば、周辺に穴が開けやすい」
『同じ手は通じません。パターンは記録しました』
「そりゃそうだ。
殺し合いを開始したときの全員転移だって、あらかじめ準備した結果だしな。
真下に穴を開けて無理やり引きずり込む、なんてのは何か触媒がないとできない。
触媒があるお前らでも今回みたいにいきなり飛ばすのは、
他に気を取られて足を止めてなきゃできねぇさ」
敢えて右上はお前「ら」と言った。チルノだけでなく、マッハキャリバーにも話しかけているが故に。
彼は明らかに、会話を楽しんでいる。
もっともチルノはそんなことを構わず、質問を続けた。
「あたいが聞いているのは、そんなことじゃない」
「剣の話ならもっと簡単だ。
俺が空間と空間の接続を操り、お前との接続を絶っている。だから複製できない。
なぁに、俺が死ぬかここから離れれば解ける」
「本当……?」
「どうだろうな? 自分で考えやがれ。
さて、仮に今の話が真実で、俺は他の奴らを飛ばせず、お前らも二度と飛ばせないとして……
そんな状況下でお前を格納庫に戻らせたくない俺がすることは、なんだと思う?」
空気が変わる。チルノの表情が凍てつく。
その言葉の意味するところは、誰かどう見ても明らかだ。
「改めて名乗らせてもらおう……我が職務上の名は右上。
――お前と同じく、異世界に縁を持つ者」
「……どうでもいいわ。さっさと二人を助けに行かせてもらうから!」
能力を封じられ、それでもチルノはバスタードチルノソードを構える。
ほくそ笑みながら、右上もまた銃を構えた。
――彼の背にある剣を、今は鞘に納めたままで。
■
「うおおおおおおおおおおおおおおっ!」
吠える。
自分を鼓舞しながら、メタナイトは剣を振り続ける。
格納庫の中には、天井まで届くほどの竜巻がいくつも起こっていた。
ベジータを抱えて空を飛んで逃げ回れるほど、オートマトンは鈍くない。
だが、かと言って仲間を見捨てられるような甘い性格でもなかった。
足を止めたメタナイトにできることは、たった一つ。
片っ端から竜巻を起こし、銃弾ごとオートマトンを吹き飛ばしていくしか無い――!
「はぁっ、はぁっ、くっ……!」
既に、メタナイトの息は彼が起こす竜巻に負けぬほどになっていた。
彼にとってこの戦い方はつまり、ひたすらに大技を打ち続けるということ。
そして、それでも尚、オートマトンはほとんど減っていない。当然だ。
ここぞというタイミングで撃つからこそ、大技は効果的なのだ。
ただ打ち続けるだけでは、何の意味もなしはしない。
これは全速力で走り続けるマラソンのようなもの……完走できるわけがないのだ。
「……メタナイト、荷物を置いて、俺から、離れろ」
それでも二重の制限によりまともに歩けるかどうかも怪しいベジータよりは、呼吸が整っていたと言える。
一つですらベジータの戦闘力をこの会場一つすら吹き飛ばせないレベルにまで貶める制限は、
二つも掛かれば生命活動を十全にすることすら許さない。
それこそブロリーのような規格外でもなければ、まともに動くことはできないのだ。
だからこそ、メタナイトはベジータを庇っているのだが。
「今更、見捨てることなどできるか!」
「違う。俺の策に、邪魔だと言っているんだ……
貴様の荷物に体力を回復させるというものがあったな?
それを置いてここを離れろ、そして一度、俺を死にかけさせるんだ!」
「なっ……何を言っている!?」
ベジータの言葉に一瞬メタナイトは硬直しかけたものの、慌てて竜巻を起こすことを再開させた。
風がつんざき、より声が聞き難くなる中、それでもベジータは声を絞り出す。
「俺達サイヤ人は……ぐっ、死にかけて蘇ることで、戦闘力が、アップする……
それに、賭ける……!」
「バカを言うな、今のお前では死にかけるどころか即死だろう!」
「バカは、貴様だ……!」
「くっ……くたばり損ないめ。勝手にするがいい!」
そう毒づいて、メタナイトはデイパックを捨てると飛んだ。一直線に、オートマトンへ向けて。
上空から安全策を取るのではなく、機動力で撹乱しながら敵の内部へ切り込み……
出来うる限りのオートマトンを切り刻む。
メタナイトへ向けて向きを変え、そちらに発砲したオートマトンは、
同じオートマトン同士で撃ち合うことになった。
これだけでも、先程までは比較にならないペースで破壊できていることが実感できる。
それでも減ったのはごく一部であり、全てを倒すには遠く至らず。
更に、残りがベジータへ向けて発砲した。
今まで響いたことのない、肉を抉る鈍い音が響く。
「ベジータァッ!」
メタナイトの叫びが合図だったのかのように、血が吹き出し……
ベジータの四肢は、力なく折れた。
■
銃声は図書館――チルノと右上の戦場でも響く。
本棚に突き刺さる銃弾は、本を破壊しては紙の嵐を生み出していく。
それでも、今までのチルノだったら、意に介することなく接近できていただろう。
だが、今のチルノには、できない。その実力がない。
完全な剣術の再現が行えない以上、銃弾を弾くような真似はとてもできない。
できるのは、ただ物陰に隠れて射線から隠れることだけ。
結果、銃と剣という武器の差はチルノを劣勢に追い込んでいく。
なんとか柱の陰に隠れ、一息つこうとした、瞬間。
「ふん……」
『後ろです!』
「っ!」
頭を下げる。
同時に、本棚から銃を持った手が生えた。
手だけを転移させた右上は、そのまま引き金を引き……チルノの真上で紙の嵐が吹き荒ぶ。
とはいえ、ハズレはハズレだ。
右上が舌打ちしつつ、手を引き戻そうとした瞬間……
「づっ!?」
右手に、僅かな痛みと、衝撃。引き戻した手を見ると、ステアーが両断されていた。
驚いた一瞬の隙に、響く轟音。
両断された本棚が、右上へ向けて倒れこんできている。
とっさに後退する右上。結果として本棚は右上を巻き込まず虚空を切ったが……
それでも、思わず右上は痛みに呻いていた。
チルノが本棚に隠れて放った氷の弾が、彼の脇腹を掠めていたのだ。
自らの得物「の一つ」が破壊され、右上は銃を捨てる。
既に右上から十メートルほど離れた地点で、チルノが真正面に立ち剣を構えていた。
歪んだその表情にあるのは、愉悦なのか怒りなのか……
あるいは、彼にとってそれは両立するものなのか。
「なるほど……
情報因子との接続は、俺が側にいる限り閉鎖されているはずだが。
にも関わらず、この剣技。つまり、ある程度は技術が残っている……
既に別世界の存在と混ざりかかっているわけかい、なるほどなるほど。
――霊力はどうかな?」
そんな言葉が空気に響くと、銃を捨てた手は肩の上に向かった。
鞘が、金属とこすれ合う。やがて、その手が背中から取り出したのは……
(……剣?)
追撃しようと動きかけていた足を止めるチルノ。
右上の手には、美しい剣が握られていた。
宝石が埋め込まれた鍔には金色の鳥が翼を広げる剣。
今のチルノすら見てわかる程に――その剣は、業物という概念すら越えている。
そして、その周辺に渦巻く魔力。危険を察知したチルノは素早く自分の霊力を編み上げた。
これは間違いなく、剣の力を借りての魔法詠唱!
「来やがれ、勇者の雷――」
「ダイアモンドブリザード!」
「――ラァイ、デイィン!」
巻き起こった吹雪と雷に、本棚が吹き飛んでいく。
屋外でもあり得ない天候に、本は紙切れとなって契れていく。
だが、それでも、その中で目を凝らすことが出来る者なら、わかっただろう。
……雷が、吹雪を押していく様を。
「な……あたいの、吹雪が!」
「ハッ、無駄なんだよ!」
「ッアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?」
マッハキャリバーが防壁を編み上げたものの、それでも防ぎきれない。
雷鳴呪文――ライデインは、轟音と共にチルノに直撃した。
悲鳴を上げながら、チルノは体を痙攣させて倒れこむ。
その状態ですら、電撃の残滓がチルノの周囲でバチバチと音を立てるほどの雷撃。
チルノは肌を焦がし、耳から血を零しながら呻くことしかできない。
倒れたままのチルノへ、悠々と右上は歩み寄り……その頭を踏みつけた。
「ぁ、う……」
「――ま、こんなもんだろうな。本来のお前はメタナイトにさえも劣る。
ここに来て得た経験や修練を考慮しても、メタナイトに勝てるかどうか。
たかが氷精が、不完全とはいえど勇者様に勝てるわけがない」
「なにを……言って……」
「教えてやろう。俺の能力はな……
『情報因子が埋め込まれて作られた武器と酷似する平行世界の武器の持ち主を、
俺という入れ物が成せる限界まで再現する力』。
空間を渡る力はその副産物に過ぎないし……
お前が平行世界の自分を再現できないのは、
俺の能力に繋がりを乗っ取られて情報因子が流れこんでこないからさ」
「……な……!」
「だから、お前が目覚めた能力もすぐに分かったし、
お前の能力が発生しないように空間を作り替えることもできる。
この剣は、世界を平和にした勇者様の――王者の剣を模したものだ……どうだい?
この剣の持ち主が成した正義も、この俺の能力も、お前より上を行くんだよ!」
勝ち誇った表情で、右上は宣告する。足元のチルノを見下ろして。
それはまさしく、勝者にだけ許される特権だ。
しかし……その状態で。右上は、踏みつけた足が持ち上げられようとしていることに気付いた。
「あたい、は、負け、ない……アタイの、剣は……」
「フン、バカが!」
「あ、ぐぅっ!?」
「そんなに大切か、この剣が?
なら教えてやろう……所詮、こいつはてめえのもんではないってことを!」
右上はチルノの頭をサッカーボールのように蹴り飛ばすと、彼女が手放した剣、
バスタードチルノソードを左手で拾い上げる。
そのまま、構える……二刀流で。
朦朧とする意識で、それでもチルノは顔を上げて相手の姿を捉えて……息を呑んだ。
その構えは、あまりにも――
「この剣は、お前が使う過程で情報因子を得たようだ……
だから俺がこの剣を握ればな、ほぉら。ヤツの剣技が使えるのさ!」
「…………かんけい、ない、そんなの!」
その状況下でも。体中から血を流し続けていることも無視して……
チルノは葉団扇を取り出して起き上がり、構える。
肩で息をしながら決して揺らがぬその目に、ほぉ、と右上は吐息を漏らした。
「へぇ、まだやれるのか」
「あんたは、言ってた……不完全とか、限界とか……
なら、つまりは、そういう……こと、でしょ」
「そりゃそうだ。そのまま再現するわけねえだろ。
氷精一人圧倒する程度なら何の問題もないが……
首輪だけで力が制限されている状態のベジータなら、
スーパーサイヤ人になれば俺がこの能力を使おうと勝利は確定だ。なぜか。
無理に完全再現すると、死んじまったり元の世界に帰れなくなったりするからな。
――お前のようにな」
「えっ……」
「なぁんだ、気付いてなかったのか?
限界を越えて能力を行使しているお前は、平行世界と存在が混ざってきている。
お前はお前でありながら、更に別の存在まで内包しているのさ。
この会場は特別だし元々『チルノ』がいる世界じゃないから、
そういった存在も許容できるが……
お前がその剣で引き出した『チルノ』がいる世界や、
お前自身がいた世界はその矛盾に耐えられない。
――世界そのものがお前の存在を否定し、弾き出そうとし、受け入れない。
博麗大結界なんてものに入ろうとすれば、更に結界も同じことをするだろうねェ。
こういうことになっちまうと転移に支障が出るから、俺は完全再現しない。
俺がこの能力を得て最初に始めたのは、できるだけセーブして能力を使う鍛錬……
それをしないてめえはバカで、それをした俺は器用な副産物に目覚めたのさ」
そこまで話したところで、右上はやれやれと肩をすくめる。
表情に貼りつく笑み、構えているとはとても言えない姿勢。
明らかに、チルノがまともに戦えるなどと思っていない顔だ。
「ま、今の段階ならまだ結界に大穴ブチ開ける程度でなんとか戻れるだろう。
まだ使い続けるようなら知らねえがな。
嘘だと思うならご自由に。嘘だと思えるんなら、の話だが。
自分がどれだけバカなことをしていたか、理解したかよ?」
「…………ッ!」
チルノは、悔いるように、唇を噛み締めて……
けれでも、握った葉団扇を手放さず。むしろ、握る力を強くしている。
その様子に、右上は皮肉などを抜きに純粋に感嘆した。
「驚いた、まだ戦意を喪失しないのか。
その様子だと、さっきの話を理解できなかったってわけでもねえだろうに。
なるほど……変わってしまっても最強になる、か。言葉だけじゃないようで。
素晴らしい精神の強さだぜ。実力が伴ってないのはあまりにも残念だ」
「アイシクルフォールッ!」
「ベギラマ」
炎と氷、互いに放たれたのはそれぞれの左手から。
だが、右上は相手が放ったのを見てから撃ったというディスアドバンテージがあった。
そんな条件でも、右上の放った炎はチルノの氷を完全に相殺する。
「パーフェクトフリーズ!」
「ふん――イオラ!」
次も、同じ。
右上に迫っていた吹雪は、途中で起こった爆発で阻まれて消えていく。
「確かに、不完全な再現しかできないと言った……
だが、俺自身にはお前と違って首輪による力の制限がない。
ちょいと剣が使えるだけの氷精ごとき敵じゃねえ。平行世界のお前なら別だがな。
ましてやてめえが牽制程度に使う氷なんざ、中級の閃熱呪文や爆烈呪文で十分……
っと」
無駄話に答える気はないと、無言で斬りかかってくるチルノ。
それを右上は、王者の剣ではなく敢えてバスタードチルノソードで受けた。
切り結ぶ葉団扇とバスタードチルノソード。
決して遅くはない連撃を、鼻で笑いながら右上は弾き飛ばした。
「基礎は残っているようだが、所詮は残滓。
俺が手本を見せてやろう」
「誰が!」
そう言い返しながら、チルノは前の地面を蹴り突進しようとして……
瞬間、その地面がある空間は圧迫されていた。少なくとも、チルノにはそう見えた。
振り上げられた剛剣が、風を斬り、迫る。葉団扇を叩きつけ、剣を防ぎながら風を起こす。
自分を吹き飛ばし、後退するために。
それは間違いなく、自分が何度も力を借りた剣術だった。
「『ブレイバー』」
休むまもなく、よく知った踏み込みで迫る右上。振り下ろされる愛剣。
盾にした葉団扇は、それでも耐え切った。耐え切れなかったのは、チルノの腕。
衝撃をこらえきれずに手放した葉団扇は、風に舞う枯葉のように吹き飛ばされる。
それを追う余裕は、今のチルノにはない。左へ――チルノから見て――体をずらす。
右上に王者の剣を使う様子がない以上、そちらを持っている方へ回りこめばいい。
そうすればいくらか距離が出来て、剣筋を見やすくなる。
だがその間に、右上とその剣は迫る。
とっさに氷で作り上げた剣を両手で構え、防ぐ。
けれど、そんな急造の剣は一度きりしか用を成さず粉砕され、チルノ自身も吹き飛び……
「ブレ……イ、クッ!」
「なに!?」
粉砕された剣は、氷の弾となって右上に殺到した。
チルノがこの殺し合いで得たものは、異世界における自分の能力だけではない。
今までの戦いの中で磨き上げた実戦経験――
呂布、フランドール、文、ドナルド、格上の相手と戦う中で学んだ技術。
それは彼女自身のものとして、今も彼女の身に残り……
限られた力を最善の形で具現化させる。
右上が自分の剣で氷の弾を凌ぎ切った時には、もう彼の視界にチルノはいない。
「――アイス」
「むッ!」
チルノは、飛んでいた。
その足に、マッハキャリバーが強化する魔力を纏わせて。
「マッハキャリバー、キックッ!」
急降下する具足と、振り上げられる剣。
マッハキャリバーがバスタードチルノソードとぶつかり合い、水色の魔力光が爆ぜる。
押し勝ったのは、前者。
重力を加えて放たれた錐揉みキックに耐え切れず剣は弾き飛ばされ、
右上は靴を地面と擦れさせながらよろけるように後退する。
成功だと判断しようとして……チルノは見た。
既に王者の剣を構え、よろけこそしていても転ぶ様子のない右上を。そこから迸る、魔力の流れを。
まるで、バスタードチルノソードが吹き飛ばされることは、計算済みだったように。
王者の剣が振り上げられる。建築物である図書館の天井に、暗雲が生み出される。
響く、右上の声。
「お前の奮闘は何もかも無駄だ、絶望しろ!
走れ――」
ライデイン。
■}
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