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「Interlude Ⅱ」(2011/01/02 (日) 22:44:25) の最新版変更点
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*Interlude Ⅱ ◆WWhm8QVzK6
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#aa(){
◆◆◆
暗転した視界はようやく取り戻せた。
ただしその映像は、さっきのものとは違っていた。
「……」
黙々と身体に装着した装備を取り外す。
もはや動かせないものに未練は無い。機器をそのまま片付けることなく放置すると
左上はそのまま部屋から出て行った。
簡潔に言えば、左上は失敗した。
ドナルドに姿を曝して興味を持たせるところまでは良かった。
それは左上の望むところであるし、表向きの任務にも反していない。
だが、彼女は思いついてしまった。殺し合いを加速させる方法を。
それは、運営が殺し合いのために造った参加者を煽るということだった。
事実を突きつけることで現実に絶望させ、色々な感情の連鎖を引き起こし殺し合いを誘発する。
考えとしてはこれが念頭にあったのだろうが、その目論見は容易く打ち砕かれた。
スネークに出遭ってしまったことが最たる要因だろう。
あの時間さえなければ、ときちくに発見される事は時間的に無かったかもしれない。
そして惨めに破壊されることは無かった筈だ。
それ以上に、何より左上が許せなかったのは、同じミスを犯してしまった事。
視覚による監視だけでなく、首輪の発信機を利用した探知を彼女は行い、参加者の位置を把握していた。
しかし支給品はその限りではない。ゆっくりの存在に気づかなかった事もまた同様、サイボーグ忍者の
ステルスにも気づけなかった。
結果的にまんまと行動不能に陥れられた左上は、即座に操縦を放棄した。
義体の機能停止はしていないが、現状はそれと同じ事だ。
「……」
余計な事をしたばかりに何も達成できなかった。
藤崎を殺したくらいではあのメンバーは揺るがない。馬岱かタケモト辺りなら効果はもっとあったかもしれないが。
今更考えたところでもう遅い。左上は即座に監視室に向かった。
と、監視室に入る前に着信音が鳴り響いた。
室内で電話を取るのは憚れらるため、左上は部屋の手前で立ち止まった。
相手は――右上だ。
「何か用ですか」
《用があるからかけたに決まってんだろうがバカヤロウ》
「何か用ですか」
《まあまあ怒るな。幾つか尋ねたいことがあってさ》
今のところ左上に急ぎの用は無い。
「構いません。どうぞ」
《そっち戻っていい?》
「それは質問ではなくてお願いでは?それなら私でなく運営長に言うべきではないですか?
……ところでそっちは大丈夫なんでしょうね」
《あぁ?ドナルドが死んだんなら大丈夫だろ》
「ええ、確かにもう防衛システムを揺るがす者はいませんし」
現在時刻12時42分。
左上は義体の操縦を終えたと同時にワイヤレスで情報を受信しているので、ドナルドが撃破されたことはもう知っている。
ついさっきの出来事だ。右上はおそらく部下からの連絡で知ったに違いない。
《あいつら……十代のことな。がMUGENに戻ったとしてもこっちの防衛システムに隙は無いし。
確認しておくけど、どんな奴でも防衛システムは突破できないんだよな?》
「ええ、こちら側に支障が無い限りは、100%です」
《あの理論もあるしな。正直まだ俺は実感できてないんだが……》
「それを言うならアニメや漫画やゲームのキャラが実在している事自体が信じられないでしょう。
しかし彼らが存在するのは事実です。こちらがそれを空想の物語として観測しているのも事実ですが」
《こちら側は観測者であるが故に世界の優位性もあるわけか。そうじゃなけりゃいくら制限があっても
ブロリーやべジータをあそこまで押さえ込めないからなぁ》
「優位性に関してはまだ議論が必要ですが…少なくとも今回参加者及び支給品を選んだ世界に対しては
全て優位性が保たれてます。と言うか我々の世界より上位なものが殆んど見当たりませんし」
《まあお前がそう言うんならそうなんだろうな》
「貴方、会議に立ち会った筈では……?」
《一々全部確認してられるか?あの場にいた大半が覚えてないぜ。けどまあお前が確認してれば漏れはないだろうよ》
彼らの会話では一体何を話しているのかさっぱり分からないので、説明を付け加えておく。
今回運営は参加者と支給品を選ぶにあたり、自分たちの世界がそれに対して優位性を保っていることを確認した。
優位性といっても大げさなものではない。ただ、その世界に入ると色々なものが制限されるということだ。
例えば世界そのものを歪めるような法則は使えない。運営のある世界はある程度の幻想を許容できるが
それにも限度がある。しかしそれは上限が定められているというだけであり、外敵に向けたものが大きい。
参加者で例えるなら、ブロリーが地球襲来時のべジータにまで戦闘力を下げてしまう。
その上からさらに制限で戦闘力を下げているのだからゲームに支障をきたす事など有り得ない。
しかし、彼らが『ブロリーならばもしかしたら』と不安になってしまった事は否定できない。
結果的に杞憂だったわけだが。それでも、もし内側で能力制限が解かれていたとしたら
会場どころか運営の設備まで破壊されていただろう。防衛システムは、残念ながら内側までは守ってくれない。
しかしこの法則が生きているおかげで、外敵に対しては現状の防衛システムで間に合っているのだ。
そもそも、そうでなければこんなゲームなど危険すぎて開催できない。
隠蔽も万全ではなかったし、外から干渉が行われる可能性については当然マニュアルにも入っている。
攻められないのは確実。しかしいつまでも篭城は出来ない。あくまでも外から攻められないだけで、
別の危険性がまだまだ残っているのだ。目をつけられたと分かった以上いつまでものんびりしているのは
得策ではない。監視されているという事は、逃走経路も抑えられる可能性があるという事に繋がる。
故に運営全体の判断としては早々に殺し合いを切り上げるのが安全面の観点から最も正しい。
しかし証拠隠滅の準備も時間が掛かる。そのため、その間に殺し合いに時間制限を設けて形だけでも
終わらせようとしたのだ。左上がああいう動きに出たのもそれを懸念してのことである。
運営にとって見れば今後一番の課題は逃走だ。追跡者を撒くための策も練らなければならない。
「買い被ってもらっては困ります。……ところで、そっちはまだ戦っているんですか?」
《それを終わらせるために訊いたんだが。終わっていいよな?》
「ええ。好きなように逃がしてあげれば」
《オッケー。じゃあ運営長に報告するわ》
◇
その5分後、右上が戻ってきた。
あまり疲れている様子は無く、むしろ生き生きとしているようだ。
そんな様子を見ながら、左上は話しかけた。
「報告お願いします。書類を作っている暇は無いので私が記録しますから」
「んー?特に無いけどなあ。一応『足止め』には成功。向こうは承太郎が重傷、その他メンバーも
軽傷だし。でも向こうの世界戻ったらダメージもリセットされちまうんだろうな。
てかケンシロウマジパネェっす。あいつがいなかったら一人くらい殺せてたんだろうが…」
「こちらの被害状況は?」
「オートマトン52体までで凌ぎきった」
「……どういう意味ですか?」
「だから、言葉どおり」
「『オートマトン52体を使って凌ぎきった』か、それとも『オートマトン残り52体までで凌ぎきった』。
私はどちらの意味でとればいいんですか?」
「はっはっは。いやぁ~~」
「貴方まさか…オートマトンは全部で300体あった筈です。それを…それの8割を鉄屑に変えたとでも言うのですか?」
「おい、人聞きが悪いな。ちゃんと足止めには成功しただろうが」
「何を開き直っているんですか?あれにどれだけの予算が注ぎ込まれたと思ってるんですか?アレの分を差し引けば
会場にもっと解像度のいいカメラをいくつも設置する事だって出来たでしょうに!」
「は、知らねーし。それにバイヤーから安く買い叩いたんだから予算削減はしてるし、ちゃんと当初の役割でアレを使ったんだから
何の問題も無いだろ。緊急時の足止め用だったろ?」
「……まあ、いいでしょう。それはこの際置いておくとして、少々報告しなければならない事が」
「ああ。だから会議室に向かってるのか」
「馬鹿ですか貴方は?連絡は届いてますよね」
「冗談に決まってるだろ。一々五月蝿いなお前は」
お互いに軽口を受け流すと、その会議室のドアが開いた。
中には運営長と、他数人が座っていた。
「どちらも、お勤めご苦労」
運営長は入ってきた二人に言った。
同時に空気が神妙なものに変わっていく。
二人が席に着くと、運営長が口火を切った。
「この場にいる全員が何を話すかを理解していると思う。故に簡潔に話を進めたい」
そう言うと、後ろのモニタに映像が映し出された。
それはグラハムが戦闘機に乗っている場面と、ときちくが走っている場面だった。
特におかしなところはない。しかし、誰もが理解している。
禁止エリアでこんな映像が撮れることがおかしいのだと。
運営長は映っている参加者の首の部分を指差した。
「これは、なんだ?」
「プレミアム首輪ですね」
「わかっておる!問題は何故これが4つもあるのかということじゃ。本来支給された筈のプレミアム首輪は1個しかない。
しかもその首輪は既に因幡てゐが装着済み。こんな、同時に首輪が存在する筈が無いっ……!」
「発注のミスじゃないんですか?だとしたら相当なヘマをしたことになりますが……そういやなんかコッペパンも10個くらい
支給されてましたよね?」
「あ、あれは外部委託での情報の手違いです。ですが首輪はありえません。アレに関しては重要品ですから我々が
直接管理していましたし、数のミスは有り得ません!」
右上のぼやきのような質問に対し、管理部の主任は慌てて弁解した。
「コッペパンはどうでもいい。それより重大なのはこの首輪だ」
「はい。試しにテスト信号を送ってみましたが全く受信しない事が分かりました。全ての首輪においてです」
つまり、全く首輪が用途を為していないという事になる。
これはかなり看過できない問題だった。
「どうしますか運営長。原因はともかく、あのまま放置するわけには…」
「放っておいていいんじゃないのか?」
「何を言うのですか右上。これは明らかなルール違反です」
「こんなもんを紛れ込ませたのはこっちのミスだろ。それがいかなる理由であったにせよ、だ」
右上は運営長以外の全員をジロリと睨んだ。
そして話を続ける。
「どの道ゲームはあと11時間。首輪が爆発しないにせよ、奴らが優勝に向けて動き出さねばならないのは間違いありません。
捨て置いても支障はさして出ないでしょう」
運営長は、腕を組んでしばし考えた。
あの首輪があと何個あるのかは知らないが、ゲームが完全に破綻してしまうような状況にはなり得ない。
生き残る気があるなら禁止エリアに引き篭もる真似はしないだろう。
参加者全てに当て嵌まることだが、彼らを『停止』させるには首輪を爆破するしか方法が無いのだ。
それ以上の方法となると直接的に殺害するしかなくなり、それこそゲームが破綻してしまう。
大事の前の小事。ここで余計な事は出来ない。
「…仕方あるまい。この件については触れないことにする」
右上は左上から反論がまた出てくるかと思っていたが、それはなかった。
むしろ不気味なくらいに影を作って俯いている。全く瞬きしていないのが怖い。
「では次、作業の進行状態についてだが――」
◇
その後経過報告会は一時間未満で終わった。
各部署とも作業は順調。予定より3時間ほど早く完了する見通しだ。
ゲーム終了後の移動経路についても確認を済ませてある。
おおざっぱに言えば、大規模空間転移を連続して行い、監視している相手を撒くというものだった。
(計17回の転移ですか……俺達の身体が耐えられんのかね)
そう思いながら、右上はボーっと目の前の画面を見ていた。
モニタの一つにはチルノ達がデパート内に入ってくる様子が映っている。
彼はそれを何の気なしに眺めているかと思ったら、突然立ち上がった。
「おい、音流せ」
「え?はい」
すぐさま部下に命令する。
そもそもリアルタイムで監視しているのは映像のみで、音声は必要が無ければ再生してない。
しかし右上は何か異変を感じ取ったのか、盗聴器からの音声を流すよう指示した。
その場面は、ちょうどチルノ達がエレベーターの看板の前にいるところだ。
普通なら何でもない映像。しかしこの時は何故か、右上はそれがもの凄く気になった。
一同は一斉にイヤホンをつけて耳を澄ます。
そして、若干のノイズと共に聞こえてきた音には、
≪ねぇ、メタナイト。一番下は、格納庫なんだって。 あたいよく知らないけど、格納庫ってさ……≫
≪……こうも露骨に明示していると、逆に罠を疑うな≫
≪つまり、エレベーターへ行けばいいのか≫
職員は唖然としながらそれを聞いていた。
この会話の内容。意図的に格納庫を目指しているのは明白だった。
「すぐに奴らの最近の会話を洗い出せ。それと格納庫は禁止エリアに設定されているよな?」
「はい。ですがあの首輪があるとなれば…」
「だろうな。今、格納庫に誰かいるか?」
「いえ、誰もいません」
「格納庫に続く全通路に隔壁を下ろしておけ。それと全職員にこの事を通達しろ!分かったな!」
右上はモニタに背を向け、空間に穴を開けた。
ああいう風に積極的に出ている以上、電子ロックなど問題にはならない。
べジータがいとも容易く吹き飛ばしてくれることだろう。
それに、禁止エリアも有効かどうかわからない。あの首輪のことを考慮するならおそらく今侵入したメタナイトも
べジータも持っていると考えるのが妥当だ。格納庫には確実に侵入される。
(確かに一番入りやすい場所だけどさ…だが脱出できるかって言うとそれは別問題だぜ)
右上はすぐに左上と連絡を取った。
「通達は受けたか?」
《ええ、…まあ》
「? どうした?」
《いえ、なんでもありません。運営長と話をしていただけです》
「ふーん。ならいいが…」
右上は左上の様子が少し違っているのを感じた。
端末越しに伝わるのだから相当だ。
しかし、今それに気をかけている暇は無い。
「俺は今から様子見に行ってくる。あいつらは格納庫を抜けられると思うか?」
《隔壁が降りているならほぼ問題ありません。しかし相手が通常の通路を通るなら話は別ですが》
「だろうな。じ《私は私で忙しいので、これで》え?」
回線が一方的に切られた。
やはり何処か様子がおかしい。
そう思いながら、今度は運営長に繋げた。
「運営長」
《ああ、聞いておる。今から君に出てもらおうと思ったところじゃ》
「え?左上じゃなくて、俺に?」
《不服かね?》
「いえいえ、ちょうど俺も行こうかと思ってましたから。でもどうしてですか?」
《アレは少々…な。別の任務に当たらせる事にした》
「ああ、成程…」
会議が終わった後も運営長と左上が居残っているのを彼は知っていたが、ようやくそこで納得した。
確か監視の任務に失敗したと右上は部下から聞いていた。
詳しい事は分からなかったが、よほどのヘマをしたのだろう。
「で、どうします?」
《そうじゃな……一応『勧告』はしておいた方がいい。従わなければ、即座に抹殺せよ》
相手が従わないことを分かりきった上で、言った。
「…いいんですね?」
《構わん。今回ばかりは見過ごせんからな》
「了解」
端末をポケットに戻し、開けていた穴に飛び込んだ。
右上しか入れない空間の狭間。そこから、彼はまた少し小さな穴を開ける。
(マイクを格納庫のスピーカーに繋げて、と……オートマトンは残り52体か。他にも
デカいのがあるんだからそっち使えたらいいんだが、遠隔操作は出来ないからな。今のところはこいつらだけで凌ぐしかないか……)
格納庫の壁が侵入者の攻撃に耐えられるかは不明。
はっきり言って、べジータとチルノ、この二人がどれだけの攻撃力を有しているのかは分からなかった。
しかし会場に隣接する設備はある程度の強度を持ち合わせている。
オートマトンが無くともそう簡単に突破されるとは思えないが、何が起こるかは分からない。
あっちも侵入してくる以上はそれなりの覚悟と策を持っているだろうから。
右上は肉眼で3人の姿を捉えた。
緊張した面持ちで、周囲に注意を払っている。
早々に決着をつけるべきだ、と右上は判断した。
「じっくり相手をしたいところなんだが…生憎時間的余裕が無いんでね。仕事を優先させてもらうとしますか」
※プレミアム首輪改の存在が運営に知られました。
※運営がチルノ達の侵入に気がつきました。これ以上侵入を試みるなら迎撃するつもりです。
※左上と運営長が何か話したようです。}
|sm247:[[All Fiction Ⅲ]]|[[時系列順>第七回放送までの本編SS]]|sm248:[[硝子の雪]]|
|sm247:[[All Fiction Ⅲ]]|[[投下順>201~250]]|sm248:[[硝子の雪]]|
|sm247:[[All Fiction Ⅲ]]|タケモト|sm250:[[運命の輪(逆位置)]]|
|sm247:[[All Fiction Ⅲ]]|馬岱|sm250:[[運命の輪(逆位置)]]|
|sm247:[[All Fiction Ⅲ]]|ソリッド・スネーク|sm250:[[運命の輪(逆位置)]]|
|sm247:[[All Fiction Ⅲ]]|桂言葉|sm249:[[Liar Game]]|
|sm247:[[All Fiction Ⅲ]]|ときちく|sm:[[]]|
|sm247:[[All Fiction Ⅲ]]|十六夜咲夜|sm250:[[運命の輪(逆位置)]]|
|sm247:[[All Fiction Ⅲ]]|右上|sm248:[[硝子の雪]]|
|sm247:[[All Fiction Ⅲ]]|左上|sm248:[[硝子の雪]]|
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*Interlude Ⅱ ◆WWhm8QVzK6
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◆◆◆
暗転した視界はようやく取り戻せた。
ただしその映像は、さっきのものとは違っていた。
「……」
黙々と身体に装着した装備を取り外す。
もはや動かせないものに未練は無い。機器をそのまま片付けることなく放置すると
左上はそのまま部屋から出て行った。
簡潔に言えば、左上は失敗した。
ドナルドに姿を曝して興味を持たせるところまでは良かった。
それは左上の望むところであるし、表向きの任務にも反していない。
だが、彼女は思いついてしまった。殺し合いを加速させる方法を。
それは、運営が殺し合いのために造った参加者を煽るということだった。
事実を突きつけることで現実に絶望させ、色々な感情の連鎖を引き起こし殺し合いを誘発する。
考えとしてはこれが念頭にあったのだろうが、その目論見は容易く打ち砕かれた。
スネークに出遭ってしまったことが最たる要因だろう。
あの時間さえなければ、ときちくに発見される事は時間的に無かったかもしれない。
そして惨めに破壊されることは無かった筈だ。
それ以上に、何より左上が許せなかったのは、同じミスを犯してしまった事。
視覚による監視だけでなく、首輪の発信機を利用した探知を彼女は行い、参加者の位置を把握していた。
しかし支給品はその限りではない。ゆっくりの存在に気づかなかった事もまた同様、サイボーグ忍者の
ステルスにも気づけなかった。
結果的にまんまと行動不能に陥れられた左上は、即座に操縦を放棄した。
義体の機能停止はしていないが、現状はそれと同じ事だ。
「……」
余計な事をしたばかりに何も達成できなかった。
藤崎を殺したくらいではあのメンバーは揺るがない。馬岱かタケモト辺りなら効果はもっとあったかもしれないが。
今更考えたところでもう遅い。左上は即座に監視室に向かった。
と、監視室に入る前に着信音が鳴り響いた。
室内で電話を取るのは憚れらるため、左上は部屋の手前で立ち止まった。
相手は――右上だ。
「何か用ですか」
《用があるからかけたに決まってんだろうがバカヤロウ》
「何か用ですか」
《まあまあ怒るな。幾つか尋ねたいことがあってさ》
今のところ左上に急ぎの用は無い。
「構いません。どうぞ」
《そっち戻っていい?》
「それは質問ではなくてお願いでは?それなら私でなく運営長に言うべきではないですか?
……ところでそっちは大丈夫なんでしょうね」
《あぁ?ドナルドが死んだんなら大丈夫だろ》
「ええ、確かにもう防衛システムを揺るがす者はいませんし」
現在時刻12時42分。
左上は義体の操縦を終えたと同時にワイヤレスで情報を受信しているので、ドナルドが撃破されたことはもう知っている。
ついさっきの出来事だ。右上はおそらく部下からの連絡で知ったに違いない。
《あいつら……十代のことな。がMUGENに戻ったとしてもこっちの防衛システムに隙は無いし。
確認しておくけど、どんな奴でも防衛システムは突破できないんだよな?》
「ええ、こちら側に支障が無い限りは、100%です」
《あの理論もあるしな。正直まだ俺は実感できてないんだが……》
「それを言うならアニメや漫画やゲームのキャラが実在している事自体が信じられないでしょう。
しかし彼らが存在するのは事実です。こちらがそれを空想の物語として観測しているのも事実ですが」
《こちら側は観測者であるが故に世界の優位性もあるわけか。そうじゃなけりゃいくら制限があっても
ブロリーやべジータをあそこまで押さえ込めないからなぁ》
「優位性に関してはまだ議論が必要ですが…少なくとも今回参加者及び支給品を選んだ世界に対しては
全て優位性が保たれてます。と言うか我々の世界より上位なものが殆んど見当たりませんし」
《まあお前がそう言うんならそうなんだろうな》
「貴方、会議に立ち会った筈では……?」
《一々全部確認してられるか?あの場にいた大半が覚えてないぜ。けどまあお前が確認してれば漏れはないだろうよ》
彼らの会話では一体何を話しているのかさっぱり分からないので、説明を付け加えておく。
今回運営は参加者と支給品を選ぶにあたり、自分たちの世界がそれに対して優位性を保っていることを確認した。
優位性といっても大げさなものではない。ただ、その世界に入ると色々なものが制限されるということだ。
例えば世界そのものを歪めるような法則は使えない。運営のある世界はある程度の幻想を許容できるが
それにも限度がある。しかしそれは上限が定められているというだけであり、外敵に向けたものが大きい。
参加者で例えるなら、ブロリーが地球襲来時のべジータにまで戦闘力を下げてしまう。
その上からさらに制限で戦闘力を下げているのだからゲームに支障をきたす事など有り得ない。
しかし、彼らが『ブロリーならばもしかしたら』と不安になってしまった事は否定できない。
結果的に杞憂だったわけだが。それでも、もし内側で能力制限が解かれていたとしたら
会場どころか運営の設備まで破壊されていただろう。防衛システムは、残念ながら内側までは守ってくれない。
しかしこの法則が生きているおかげで、外敵に対しては現状の防衛システムで間に合っているのだ。
そもそも、そうでなければこんなゲームなど危険すぎて開催できない。
隠蔽も万全ではなかったし、外から干渉が行われる可能性については当然マニュアルにも入っている。
攻められないのは確実。しかしいつまでも篭城は出来ない。あくまでも外から攻められないだけで、
別の危険性がまだまだ残っているのだ。目をつけられたと分かった以上いつまでものんびりしているのは
得策ではない。監視されているという事は、逃走経路も抑えられる可能性があるという事に繋がる。
故に運営全体の判断としては早々に殺し合いを切り上げるのが安全面の観点から最も正しい。
しかし証拠隠滅の準備も時間が掛かる。そのため、その間に殺し合いに時間制限を設けて形だけでも
終わらせようとしたのだ。左上がああいう動きに出たのもそれを懸念してのことである。
運営にとって見れば今後一番の課題は逃走だ。追跡者を撒くための策も練らなければならない。
「買い被ってもらっては困ります。……ところで、そっちはまだ戦っているんですか?」
《それを終わらせるために訊いたんだが。終わっていいよな?》
「ええ。好きなように逃がしてあげれば」
《オッケー。じゃあ運営長に報告するわ》
◇
その5分後、右上が戻ってきた。
あまり疲れている様子は無く、むしろ生き生きとしているようだ。
そんな様子を見ながら、左上は話しかけた。
「報告お願いします。書類を作っている暇は無いので私が記録しますから」
「んー?特に無いけどなあ。一応『足止め』には成功。向こうは承太郎が重傷、その他メンバーも
軽傷だし。でも向こうの世界戻ったらダメージもリセットされちまうんだろうな。
てかケンシロウマジパネェっす。あいつがいなかったら一人くらい殺せてたんだろうが…」
「こちらの被害状況は?」
「オートマトン52体までで凌ぎきった」
「……どういう意味ですか?」
「だから、言葉どおり」
「『オートマトン52体を使って凌ぎきった』か、それとも『オートマトン残り52体までで凌ぎきった』。
私はどちらの意味でとればいいんですか?」
「はっはっは。いやぁ~~」
「貴方まさか…オートマトンは全部で300体あった筈です。それを…それの8割を鉄屑に変えたとでも言うのですか?」
「おい、人聞きが悪いな。ちゃんと足止めには成功しただろうが」
「何を開き直っているんですか?あれにどれだけの予算が注ぎ込まれたと思ってるんですか?アレの分を差し引けば
会場にもっと解像度のいいカメラをいくつも設置する事だって出来たでしょうに!」
「は、知らねーし。それにバイヤーから安く買い叩いたんだから予算削減はしてるし、ちゃんと当初の役割でアレを使ったんだから
何の問題も無いだろ。緊急時の足止め用だったろ?」
「……まあ、いいでしょう。それはこの際置いておくとして、少々報告しなければならない事が」
「ああ。だから会議室に向かってるのか」
「馬鹿ですか貴方は?連絡は届いてますよね」
「冗談に決まってるだろ。一々五月蝿いなお前は」
お互いに軽口を受け流すと、その会議室のドアが開いた。
中には運営長と、他数人が座っていた。
「どちらも、お勤めご苦労」
運営長は入ってきた二人に言った。
同時に空気が神妙なものに変わっていく。
二人が席に着くと、運営長が口火を切った。
「この場にいる全員が何を話すかを理解していると思う。故に簡潔に話を進めたい」
そう言うと、後ろのモニタに映像が映し出された。
それはグラハムが戦闘機に乗っている場面と、ときちくが走っている場面だった。
特におかしなところはない。しかし、誰もが理解している。
禁止エリアでこんな映像が撮れることがおかしいのだと。
運営長は映っている参加者の首の部分を指差した。
「これは、なんだ?」
「プレミアム首輪ですね」
「わかっておる!問題は何故これが4つもあるのかということじゃ。本来支給された筈のプレミアム首輪は1個しかない。
しかもその首輪は既に因幡てゐが装着済み。こんな、同時に首輪が存在する筈が無いっ……!」
「発注のミスじゃないんですか?だとしたら相当なヘマをしたことになりますが……そういやなんかコッペパンも10個くらい
支給されてましたよね?」
「あ、あれは外部委託での情報の手違いです。ですが首輪はありえません。アレに関しては重要品ですから我々が
直接管理していましたし、数のミスは有り得ません!」
右上のぼやきのような質問に対し、管理部の主任は慌てて弁解した。
「コッペパンはどうでもいい。それより重大なのはこの首輪だ」
「はい。試しにテスト信号を送ってみましたが全く受信しない事が分かりました。全ての首輪においてです」
つまり、全く首輪が用途を為していないという事になる。
これはかなり看過できない問題だった。
「どうしますか運営長。原因はともかく、あのまま放置するわけには…」
「放っておいていいんじゃないのか?」
「何を言うのですか右上。これは明らかなルール違反です」
「こんなもんを紛れ込ませたのはこっちのミスだろ。それがいかなる理由であったにせよ、だ」
右上は運営長以外の全員をジロリと睨んだ。
そして話を続ける。
「どの道ゲームはあと11時間。首輪が爆発しないにせよ、奴らが優勝に向けて動き出さねばならないのは間違いありません。
捨て置いても支障はさして出ないでしょう」
運営長は、腕を組んでしばし考えた。
あの首輪があと何個あるのかは知らないが、ゲームが完全に破綻してしまうような状況にはなり得ない。
生き残る気があるなら禁止エリアに引き篭もる真似はしないだろう。
参加者全てに当て嵌まることだが、彼らを『停止』させるには首輪を爆破するしか方法が無いのだ。
それ以上の方法となると直接的に殺害するしかなくなり、それこそゲームが破綻してしまう。
大事の前の小事。ここで余計な事は出来ない。
「…仕方あるまい。この件については触れないことにする」
右上は左上から反論がまた出てくるかと思っていたが、それはなかった。
むしろ不気味なくらいに影を作って俯いている。全く瞬きしていないのが怖い。
「では次、作業の進行状態についてだが――」
◇
その後経過報告会は一時間未満で終わった。
各部署とも作業は順調。予定より3時間ほど早く完了する見通しだ。
ゲーム終了後の移動経路についても確認を済ませてある。
おおざっぱに言えば、大規模空間転移を連続して行い、監視している相手を撒くというものだった。
(計17回の転移ですか……俺達の身体が耐えられんのかね)
そう思いながら、右上はボーっと目の前の画面を見ていた。
モニタの一つにはチルノ達がデパート内に入ってくる様子が映っている。
彼はそれを何の気なしに眺めているかと思ったら、突然立ち上がった。
「おい、音流せ」
「え?はい」
すぐさま部下に命令する。
そもそもリアルタイムで監視しているのは映像のみで、音声は必要が無ければ再生してない。
しかし右上は何か異変を感じ取ったのか、盗聴器からの音声を流すよう指示した。
その場面は、ちょうどチルノ達がエレベーターの看板の前にいるところだ。
普通なら何でもない映像。しかしこの時は何故か、右上はそれがもの凄く気になった。
一同は一斉にイヤホンをつけて耳を澄ます。
そして、若干のノイズと共に聞こえてきた音には、
≪ねぇ、メタナイト。一番下は、格納庫なんだって。 あたいよく知らないけど、格納庫ってさ……≫
≪……こうも露骨に明示していると、逆に罠を疑うな≫
≪つまり、エレベーターへ行けばいいのか≫
職員は唖然としながらそれを聞いていた。
この会話の内容。意図的に格納庫を目指しているのは明白だった。
「すぐに奴らの最近の会話を洗い出せ。それと格納庫は禁止エリアに設定されているよな?」
「はい。ですがあの首輪があるとなれば…」
「だろうな。今、格納庫に誰かいるか?」
「いえ、誰もいません」
「格納庫に続く全通路に隔壁を下ろしておけ。それと全職員にこの事を通達しろ!分かったな!」
右上はモニタに背を向け、空間に穴を開けた。
ああいう風に積極的に出ている以上、電子ロックなど問題にはならない。
べジータがいとも容易く吹き飛ばしてくれることだろう。
それに、禁止エリアも有効かどうかわからない。あの首輪のことを考慮するならおそらく今侵入したメタナイトも
べジータも持っていると考えるのが妥当だ。格納庫には確実に侵入される。
(確かに一番入りやすい場所だけどさ…だが脱出できるかって言うとそれは別問題だぜ)
右上はすぐに左上と連絡を取った。
「通達は受けたか?」
《ええ、…まあ》
「? どうした?」
《いえ、なんでもありません。運営長と話をしていただけです》
「ふーん。ならいいが…」
右上は左上の様子が少し違っているのを感じた。
端末越しに伝わるのだから相当だ。
しかし、今それに気をかけている暇は無い。
「俺は今から様子見に行ってくる。あいつらは格納庫を抜けられると思うか?」
《隔壁が降りているならほぼ問題ありません。しかし相手が通常の通路を通るなら話は別ですが》
「だろうな。じ《私は私で忙しいので、これで》え?」
回線が一方的に切られた。
やはり何処か様子がおかしい。
そう思いながら、今度は運営長に繋げた。
「運営長」
《ああ、聞いておる。今から君に出てもらおうと思ったところじゃ》
「え?左上じゃなくて、俺に?」
《不服かね?》
「いえいえ、ちょうど俺も行こうかと思ってましたから。でもどうしてですか?」
《アレは少々…な。別の任務に当たらせる事にした》
「ああ、成程…」
会議が終わった後も運営長と左上が居残っているのを彼は知っていたが、ようやくそこで納得した。
確か監視の任務に失敗したと右上は部下から聞いていた。
詳しい事は分からなかったが、よほどのヘマをしたのだろう。
「で、どうします?」
《そうじゃな……一応『勧告』はしておいた方がいい。従わなければ、即座に抹殺せよ》
相手が従わないことを分かりきった上で、言った。
「…いいんですね?」
《構わん。今回ばかりは見過ごせんからな》
「了解」
端末をポケットに戻し、開けていた穴に飛び込んだ。
右上しか入れない空間の狭間。そこから、彼はまた少し小さな穴を開ける。
(マイクを格納庫のスピーカーに繋げて、と……オートマトンは残り52体か。他にも
デカいのがあるんだからそっち使えたらいいんだが、遠隔操作は出来ないからな。今のところはこいつらだけで凌ぐしかないか……)
格納庫の壁が侵入者の攻撃に耐えられるかは不明。
はっきり言って、べジータとチルノ、この二人がどれだけの攻撃力を有しているのかは分からなかった。
しかし会場に隣接する設備はある程度の強度を持ち合わせている。
オートマトンが無くともそう簡単に突破されるとは思えないが、何が起こるかは分からない。
あっちも侵入してくる以上はそれなりの覚悟と策を持っているだろうから。
右上は肉眼で3人の姿を捉えた。
緊張した面持ちで、周囲に注意を払っている。
早々に決着をつけるべきだ、と右上は判断した。
「じっくり相手をしたいところなんだが…生憎時間的余裕が無いんでね。仕事を優先させてもらうとしますか」
※プレミアム首輪改の存在が運営に知られました。
※運営がチルノ達の侵入に気がつきました。これ以上侵入を試みるなら迎撃するつもりです。
※左上と運営長が何か話したようです。}
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