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「風雪、士と共に幻想を風靡す(Ⅰ)」(2010/10/21 (木) 20:00:23) の最新版変更点
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*風雪、士と共に幻想を風靡す(Ⅰ)◆F.EmGSxYug
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放送が終わる。
左上の声が伝えた禁止エリアは、ご丁寧にもチルノ達が今いる場所だった。
曇天の下で僅かに舌打ちをしながら、整理するようにグラハムは言葉を漏らす。
「明らかな時間制限といい……急いているな」
「どうするの?」
「ともかく移動しよう。
とは言え、いきなり草原の中を突っ切らせて離陸する、というのは無茶だろうな。
幸い、この機は降着装置を始めとして全般的に頑丈な作りのようだが……
目的地を目指す場合、この会場では僅かなズレでも大きなものとなる」
単純に言えば、A-10を飛ばすにはこの会場は狭すぎるのだ。
さほど早くはないこの機でも、最大限に速度を出せば一分で会場の端から端まで行ってしまう。
「ここで飛ばすわけにはいかん。
タキシングの要領でB-3まで移動した後、そこから伸びる道を使って離陸。
そこからデパートを目指そう」
「タキシング?」
「まあ、簡単にいえば機を飛ばす前に地上で方向転換させたり移動することだな。
もっとも本来は滑走路でやる。草原を無理やり走らせて飛べそうな道まで運ぶ、
というのはその域を越えているような気もするが……」
「ふーん。で、どこに着陸するの? デパートの近くに道路なんてないけど」
「…………」
「…………」
「……やむを得ないが、A-3まで運んでキーを抜き置き去りにして帰還しよう。
滑走路さえ確保可能であれば、飛ばすだけならば問題ないからな。
一緒に乗れ。タキシングでも、ただ歩くよりは速い」
そう言って乗り込むグラハムに続き、コクピットへ飛ぶチルノ。
ループ機能がある狭い会場。
それは逆に言えば往路と復路を気に介する必要がない、ということだ。
A-10の戦闘行動半径は往路と復路を考慮しても1,300km。
ワープ機能を利用したヒットアンドアウェイが容易にできるだろう。
ただ飛ばすだけならば複数回使える、というのはこういう意味もある。
計器類の調整を開始するグラハムに、足元から声が響く。
マッハキャリバーだ。
『その攻撃機に通信装置はありますか?』
「当然あるが……」
『少しお待ちください……
通信装置のチャンネルを私に合わせました。
その機からの通信は私への思念会話として変換されます。逆も然りです』
「つまり、通信ができるということか。範囲は?」
『ループのおかげで逆に電波は捉えやすい状態です。
この会場の広さ程度ならば、どこにいても問題はないでしょう』
「了解した。サンダーボルト、移動を開始する」
地上を走る攻撃機というシュールな光景が続くことしばらく。
駅の横を通り過ぎてからしばらくした辺りで、グラハムは溜め息をついた。
「空を飛ぶ際のGには慣れているが……このような揺れは慣れていないな。
こうも曇り暗くてはなおさらだ」
「…………」
なんせ悪路を走らせているせいで乗り心地は最低だ、溜め息をつくのも当然だろう。
だが……そのコクピットに、突如風が入り込む。
同乗していたチルノが、突如コックピットを開けて飛び出したからだ。
慌ててグラハムはA-10のタキシングを止めた。
「待て、いきなり何を……これは!?」
呼びかけるより早く、飛来した何かがチルノの剣に弾かれる。
その物体が飛んできた方向へ向く、グラハムの視線。
「奴は……!」
その表情が険しくなる。
両者にとって、紛れもない仇。
ドナルド・マクドナルドが、そこにいた。
「いやいやいや、立派なものに乗っているじゃないか。
……にしても、なんでこんなところにいるんだい?少し失敗したねぇ。
こんなことなら、せっかくのデコレーションを駅に置いてこなきゃよかった」
「……デコレーション、だと?」
敢えて大きく声を張り上げ、演説するかのように手を広げながら、ドナルドは悠々と歩いてくる。
グラハムがその言葉に何か引っ掛かりを覚えたものの、チルノは無言で剣を構えるのみ。
足を止めてやれやれと左右に振られる、ピエロのメイク。
「フン、やる気なのかい。僕を怒らせるとどうなると思ってるのかな?」
「……さぁ、分からんな。
ハンバーガーでも押し売りされるのか? 生憎だが、辞退させてもらおう」
グラハムの切り返しに顔が歪む。
それを無視して、チルノは小声でグラハムに問いかけた。
「まだ、それを使って飛ばせる場所じゃないのよね?」
「ああ……滑走路に使うにはこの道路は距離が足りん」
「なら、決まりよ。グラハムはそれと一緒にどこかに隠れてて。
あたいが一人で、ドナルドを速攻で倒す」
「……手はあるのか。君が生き残るに足る手が」
「大丈夫、あいつの勘違いを付けば――」
「倒す手ではない。生き残る手立てだ」
「倒せるなら、生き残れるでしょ」
「……わかった。この戦闘機を飛ばせる道路まで移動させよう」
何か含みのある言葉を聞きながら、チルノはA-10から跳び降りる。
それを確認して再度、A-10を動かし始めるグラハム――
確かにタキシングは歩くよりは速いが、かと言って自動車ほどの速度ではない。
眼球に映るは、無防備な機体。それを見逃す、ドナルドではない。
「わざわざそんなことする辺り、飛ばせないのかい?
……僕がみすみすそれを見逃すと思っているのかなッ!」
「――――!」
風切り音と共に、無尽の魔力で練成された刃が走る。
グラハムは振り向かない。刃はコックピットへと走り……
チルノの放った矢に、撃ち落された。
「……あんたの相手は、あたいよ」
「大きく出るじゃないか……先の闘いで分かっているはずだよ?
同じ無限の魔力でも、君と僕ではそれを活かせる度合いが違う。
ありとあらゆる強化や練成ができる、ドナルドマジックを使える僕とはねぇ☆」
足音が遠ざかっていく中、ドナルドの哄笑が響く。
それを凍りついたような冷たい――そしてチルノらしくない無表情で、
チルノは短く簡潔に切って捨てた。
「それで。つまんない御託を並べるのはいつまでなわけ?」
哄笑が止まる。
挑発を意に介する様子のないチルノに対し、ドナルドは怒りを隠さず……
「ふん、この殺し合いで妙な知恵を付けたのかい――
癪に障るんだよ、そういうのはさぁ!」
その魔力を、発露させた。
■
「…………戦いが起こっている、の?」
響きはじめる音に、駅の廊下でうずくまっていたリンが顔を上げた。
当然だがドナルドはいない。咲夜もいない。喋るのは彼女一人だけ。
放送前――左上の義体が地上に出た頃。
図書館で調べ物を行っていたドナルドは、左上の予想通り義体の存在に気付いた。
すぐに義体を追って西進したドナルド(とリン)であったが、
A-4の禁止エリアを突っ切って二人に禁止エリアを突破する手段はない。
やむなくドナルドは駅にリンと彼の言う「デコレーション」を置き、
義体がどこへ向かったか確認しようと回りこんで痕跡を探していたところ、
チルノ達と遭遇した、というわけだ。
逆に言えば、リンは駅に置き去りである。不気味な「デコレーション」とともに。
誰か駅に来たらすぐ伝えに来るように、それまではこれを見張っていろ、というのが彼女への命令だ。
だが、ドナルドの方に何かあったのでは、なおさら彼女にできることはない。
それはつまり、これと当分一緒にいないといけない、ということ。
「…………っ」
唾を飲み込む。改めて無力さを思い知る。それでも、死ぬことは、怖い。
外に目を向けても、日光は曇天に遮られ何も導こうとはしなかった。
■
走る。
空気を切り裂く銃弾は、更に血を欲するかのようにチルノへと殺到する。
必死に走りながら避け続けるチルノの脇、地面に着弾した銃弾はまるで爆発のような土煙を上げていた。
――もはや、これはただのアサルトライフルではない。
魔力による強化を銃身及び銃弾に施されたそれは、まるで手持ちの武器とは思えぬ破壊力と速度を持っている。
「どうしたんだい、大口を叩いたんだ――もっと頑張ってくれなきゃねぇ☆」
何も無い虚無に八つの刃が編み上げられ、浮かぶ。
銃弾の雨に、ドナルドマジックによる練成物の射出が追加される――!
「きゃっ……!」
走り回りながら剣を振った体勢が、万全な体勢であるはずがない。
降り注いだ刃を受けきれず、倒れこむチルノ。
遊んでいるつもりなのか、ドナルドは追い討ちすることもなくその無様を悠々と眺めている。
――チルノにとっては、何よりもそれがありがたい。
体を起こしながら、息を整える。
「ほら、引き出してみなよ、魔力を。
その上で比較してみようじゃないか……
凍らせるしか能がない君と僕、どちらが無限の魔力をより活かせるかさぁ!」
「…………」
挑発に耳を貸さず、冷静に自分の中に意識を向ける。
考えるべきはそれだけ。必要なのはそれだけ。
自分の心さえ凍りつかせられずに、なにが氷使いか。
――そんなチルノを。
文は望んでいないとも、気づかずに。
「……マッハキャリバー、カートリッジ全弾ロード」
『しかし、あなたへの負荷が……』
「ここでやられたら自滅も何も無いでしょ、違う?
大丈夫。一つだけ能力を複製するのは平気な感じに、なってるから』
『――Load cartridge』
立ち上がりながら掌を向ける。渋々と言った様子で、マッハキャリバーは指示に応じた。
「なるほど、足りないぶんは道具で補おうってわけかぁ☆
剣を握らなきゃ無限の魔力を使えない君……まぁ、当然な理屈だよねぇ!」
その様子を嘲笑いながら、ドナルドはランサーアサルトライフルを向けた。
魔弾となったその弾丸は、生半可な氷塊は砕き貫くだろう。
――更に。
「ドナルドォ――」
強化とは別に、ドナルドマジックによる攻撃もある。
ドナルドマジックは汎用性が高いがゆえに一つの行動に全ての魔力を向けられず、
結果として一つ一つの行使は器用貧乏となり威力に欠けていたが……
魔力が無限となった今、その欠点は完全に解消された。
無限の魔力を最大限に活用できるという点において、ドナルドは高い位置にいる。
それは、れっきとした事実だ。
だが。そんなことは、チルノには関係ない。
「グレイシャ、ウォール!」
「マァジック☆」
迸る。
霊力は凍気となり、凍気は巨大な氷河となってドナルドへと押し寄せる。
だが……それも、無駄な努力に過ぎない。
次々に突き刺さる魔弾とドナルドマジックにより、氷河はドナルドの周囲に近寄ることもできず、文字通りに霧散した。
そう、それはまさしく霧だ。水蒸気と魔力の嵐が周囲を覆い隠す。
その向こうに、チルノはいない。
「――グレートクラッシャー」
自分の顔に映る影に、ドナルドは素早く顔を上げた。
巨大な氷槌を携えたチルノが、陽光を遮りながら真上にいる。
だが、ドナルドはそれを自分が飛んで迎え撃つことは出来ない。
ドナルドは、飛べない。
確かにドナルドマジックは汎用性が高いが……飛行を可能とする術はない。
故に、空を飛んで避けることは、チルノにしか出来ない――!
「はぁっ!」
「……チッ」
空中で一回転しながら、叩きつけられるグレートクラッシャー。
しかし、重力をそのまま付加した一撃も、
明らかに有利な体勢というアドバンテージも――今のドナルドには届かない。
「しつこいねぇ、君も☆」
「マッハキャリバー!」
『Protection』
強化されているチェーンソーが煌く。
鳥肌が立つような音と共に回転する刃は、障壁を突き破って容易く少女の小柄な体を吹き飛ばした。
轟音を上げる。百メートルは離れていた駅に叩きつけられ、瓦礫が崩れ始める。
……それでも、チルノは剣もデイパックも手放さず、額から血を流しながら立ち上がった。
少なくともドナルドの位置からそれがはっきり見えるくらいの動きをする程度には、体力が残っている。
「本当にしつこいねぇ、君は」
やれやれとばかりに、ドナルドは肩はすくめる。
彼にとって、これは遊びでしかない。故に、走って追うこともしない。
カートリッジを再装填しようが気に介さない。無駄な抵抗だと判断しているからだ。
リンの心配はいらないだろうし、あっとしても知った事ではない。
ドナルドもまた駅へ向かい、歩き出そうとし……何か、音が響いているのに、気付いた。
「ドナルドマジックッ!!!」
叫び、周囲に障壁を作り出しながら跳ぶ。
同時に起こる、爆発。それも生半可な威力ではない。
一瞬にして引き起こった熱と炎の嵐は、草を吹き飛ばし土を舞い上げる。
直撃こそ避けたものの、衝撃波だけでドナルドの左腕に複数の傷を残していた。
元々使えなかった腕とは言え……ドナルドの自尊心を傷つけて余りある。
青筋を浮かべながら顔を上げれば、そこで飛ぶは雷の名を関する攻撃機。
「飛ばせないんじゃなかったってことかぁ……
バカにしてくれるねぇ!」
今まで以上に引き攣った笑みを浮かべて、道化師は駅へと走る。
平地で、しかもチルノと距離を離して立っているのは無謀。
遮蔽物や相手の防衛対象の近くにいることが、攻撃を防ぐにはちょうどいい。
それに、駅に逃げるのはドナルドにとって好都合だ。
ちょうど、置いてきたものがあるのだから。
■
埃を払う暇なんてない。
カートリッジを再装填し直しながら、頭の中で声を張り上げる。
「ちょっと、なんでもうそれ使ってんのさ! あたい一人で――」
『移動させるとは言った。だが、君が一人で戦うことは了承していない。
それに、ロケットランチャーなら奴と言えど十分な威力となることは実証できた。
生憎、まともに当てるのは的が小さすぎて難しいようだが』
あたいの詰問に、グラハムは平気の平左とばかりにそう返した。
どうしてそうやって後先考えずに動くんだか。
むすっとしながらも、飛び上がる。
『それより、恐らく奴は今君がいる場所……駅に来るぞ。
接近すれば私も援護はできない。距離を離すべきだが……』
「そうね……逃げるだけなら楽かな。あいつ、飛べないし。
でも、もうそれを使っちゃうのなら、ここでなんとかするべきよ。
それにあいつの行動が読めるのなら、罠をかければいいと思わない?」
『了解した。会場の周回に移る。
……さすがに狭すぎて、同じ場所に留まっていられないのでな』
それを聞き届けて、着地する。来た場所は建物のてっぺん、駅の屋根。
剣は握っている。弓を扱う他精のあたいは、戦術もそれなりに知っていた。
だから、頭は冴えている。
飛べないあいつならここに攻撃できる方法は限られるし、来る方法はもっとそう。
そして遠距離、上空からの狙撃で傷付いたドナルドは、遠くからの撃ち合いをする気にはなれないはず……
考えから意識を引き戻して、ドナルドが屋根に登るため駆けるだろう道を見下ろし直す。
……いない。
「オヒョー♪」
「っ!」
響く奇声に、後ろを向く。
そこに……階段なんてないはずの壁から、ドナルドが飛び出てくる!
(自分で、足場を作って……!)
迫り来るチェーンソーに、剣を叩きつける。あっさり体が回転して、浮いた。
分かり切ったことだから、驚かない。
そのまま床に手を付け、バク転して後ろへ跳ぶ。秒を待たずに、追撃の振り下ろしで手を付けた場所が粉々になった。
同時にビリ、という引き裂かれる音。
完全に躱したはずのチェーンソーは、それだけであたいの服に傷をつけていた。
姿勢を戻し、剣を握り締めながら後ろに飛ぶ。
こうやって向かってくるなら予定通りだ。追いかけさせれば、仕掛けた場所に誘導できる。
後退する私を追って、ドナルドは床を踏み抜き……
狙った場所に足を下ろすと同時に、あらかじめ放っていた凍気がその脚を凍らせた。
「くっ、この程度、すぐに……」
「カートリッジロード――」
目の前で剣を持ったまま腕を交差させる。
ドナルドが氷を溶かして脚を元通りにするまで、たぶん、三秒。
……十分だ。
必要なのは、剣を使えるアタイと、霊力に満ちた私。
同時に、二つの力を複製する。
「――アイシクルブレード」
「だからさ、通じないんだよォ!!!」
足元から、カートリッジの薬莢が舞う。腕をそのままに撃ち出すは巨大な氷の剣。
今までのあたいが使っていたアイシクルソードとは比較にならないそれを、
それでもドナルドは容易く撃ち落とし、砕き……
「ブレイク」
「なっ!?」
ニ秒。
砕けたそれは、小さな氷の弾となって、再度ドナルドに降り注ぐ。
そして、それが降り注ぐ間も、私は氷の剣を撃ち出すのをやめない。
両面からの攻撃と足止めに、ドナルドが気を取られる。
――三秒。
ドナルドは足元の氷を破壊したけど、遅い。
もう、私と私の剣が宙を舞っている――!
「奥義……超⑨武神覇斬ッ!!!」
上下からの剣撃は、凍気を欠片も残さず吹き飛ばす。
アタイにない霊力で速度と威力を増した七連撃は、無防備なドナルドへ完璧に炸裂した。
爆発のような勢いで建築材が吹き飛ぶ中、分離させた剣を回収して後ろに跳んで……
思わず、倒れこみかけた。私の左目が突然、見えなくなったからだ。
「ぐっ……マッハキャリバー、私の眼、どうなって」
『中から氷が生えて突き刺さっています……能力が暴走しています。帰還するべきです』
「……でも、そうは、いかないみたい」
残った半分の視界。その中に、全身に切り傷を付けながらも現れたドナルドがいる。
傷だらけだけど、私のように膝をついてはいない。
肉体に関して強化してるのは、身体能力だけじゃなく。
単純な硬さも強化してる、ってことみたいだった。
「少し……調子に乗り過ぎさ!」
『Protec――』
「あっ、うぅっ!?」
足が浮いたと思ったら、背中から物凄い衝撃が伝わってきた。
……しかいのはんぶんが、くらい。のこりはんぶんも、ゆがんでる。
それでも、立たなきゃ、足を、ふみださなきゃ。
「はぁっ……ぐっ……」
「何度目かな、こう言うのは……しつこいんだよ君はさぁ!」
またなにかが叩き付けられた。今度は床にぶつからなかった。
屋根そのものが完全に壊れて、私の体は、宙に浮いた。
■
「上で何か……きゃあああああああ!?」
駅の屋根が崩壊したことで一番驚いたのは、ある意味リンだった。
突如上から瓦礫と人影が降ってくるというのは、既にここが安全でないという証明なのだから。
直線と階段だけで構成されていた廊下に、次々と追加される障害物。
そんな中で悲鳴も全く意に介さず、ドナルドは悠々と床に着地する。
「ふん……少しは自分のバカさ加減を理解したかい?」
自分が降りた場所のちょうど向かい側、正反対の位置に落ちた相手に、道化師はそう言葉を投げかける。
答えを期待した問いではなかった。
むしろ、もっと楽しむはずなのについやっちゃった、と後悔しかけていたのだが……
「あたいが……バカだ、なん、てっ……
そんなの、文が死んだ時に……思い知らされた」
「生きてる?
……おかしいな、君が最大限発揮できる程度の力じゃ防ぎきれないはず。
精神論だけでなんとかなるレベルじゃないんだけど☆」
ドナルドは知らない。致命的な勘違いに、未だに気付いていない。
……だが、それを差し引いても今のドナルドの力は凶悪であり、
チルノを瀕死に追い込んで余りある。
それでも、チルノはバリアジャケットを赤く染めながら、揺らめき立った。
「全く、往生際が悪いねぇ☆
確かに僕に劣るとはいえ、君も無限の魔力を行使できる……
それで何かしてるのかい? でも、僕に攻撃が効かなきゃ意味がない」
「…………」
答えはない。
ドナルドがいる廊下と正反対の位置で、チルノは剣を構える。リンの少し前で。
立ち位置だけ見れば、リンを守っているかのようにも見えるかもしれない。
「だんまりなのかな、それとも答える力が残ってないのかな?
もし後者ならかわいそうだねぇ……そこを見なよ☆
ほら、君がいる後ろ……リンがいるほうさ」
ドナルドの言葉に、リンは慌てて窪みに身を隠した。
チルノはほんの一瞬だけ、そちらに視線を向けようとして……固まってしまった。
彼女は、見てしまったから。
まるで、子どもが出来の悪い飾り立てをした食べ物のような、肉の塊を。
一瞬理性がそれを理解するのを拒んだが、その風貌は拒むことを許さない。
――それは血の涙と異臭を垂れ流す、文の遺体。
チルノが息を呑み、凍りついたような様子をはっきりと確認し、
ドナルドは我が意を得たりと笑みを歪ませる。
「ハ、ハハハ! ハハハハハハハハハハハハァ!」
彼はもう完全に戦闘態勢を解いて、笑うことに没頭していた。
左腕が痛むことも忘れ、ランサーアサルトすら取り落とし、右腕で腹を抱えて。
「どう思う? 彼女は辛いのかな? あぁ、肉体の痛みじゃないさ☆
恥ってことだよ、こんな姿を君の前で晒すことがどれだけ恥なのかな!
僕だったらこれだけで自殺できる自信があるねぇ……もう死んでるんだけどォ!
僕としては一度殺すだけじゃ気が済まないんだ、こうやって二度殺さないとさ、
ハハハ、アハハハハハハハハッ!」
哄笑する。ずっと欲しかった玩具を手に入れた子供のように手を叩く。
狂ったように、ドナルドはチルノの反応を待ちわびて――
「……それで」
――完全に予想外な反応に、目を悪くした。
「――――は?」
「聞こえなかった?
それでと言ったの、あたいは」
彼女の口調に澱みはない。その調子に、リンさえ息を呑んだ。
息を呑んだことすら嘘のように冷静なチルノの前で、ドナルドは完全に悪い意味での道化と化していた。
「なっ……何を言っているんだい君は! 君の大切な友達なんだろう?
泣きなよ、怒り狂いなよ、死すら貶められてるんだからさぁ!」
「これに反応して、怒り狂って、冷静さを失って……
あたいに得なことなんてないでしょう? それだけのことよ」
ドナルドが語気を荒らげて責め立てようと、チルノに変化はない。
挑発したはずの自分のほうがむしろ怒り狂っている――そのことに気付き、
ドナルドは歯ぎしりしながらも、言葉を続ける。
「まさか、予測していたのかい……?」
「なんでそうなるわけ?
あんたが文の死を穢したことは初めて知ったし、予想もつかなかった」
「ならなぜ落ち着いているんだよぉ!?」
「今考えるべきことは、あんたをどうするべきかってこと。違う?
あたいは、同時にいろんなことを考えられる天才じゃないもの」
チルノは静かに続ける。
文の遺体の惨状を見たときは思わず息を飲んだし、感情が溢れそうにもなった。
故に考えない。ただでさえ押されている彼女が冷静さを失えば、負けるだけだ。
こうして話しているのも、時間稼ぎに過ぎない。
「……コケにしてくれるじゃないか。
無限の魔力を見事に持ち腐れにしている分際で!」
だから、ドナルドは激怒する。彼のあり方が故に。
ドナルドにとって、すべての存在は自分の思い通りに動くべき存在だ。
自分が笑わせることを目的として動いたのなら笑い、
恐ろしく思うことが目的なら畏れ敬うべきなのだ、彼にとっては。
だからこそ、無視されることは侮辱だと受け取る。
「――だから。
あんたは勘違いばかりなのよ、ドナルド」
対し、どこまでもチルノは冷たかった。
彼女はドナルドが難敵だと理解しているから、他のことを考えない。
自分の代わりに文が死んでから、彼女は自分自身を信じられなくなったから。
自分は助けられた価値がない。最強なんかじゃない……バカだ。
そう考えた上で、他の誰かを守ろうと努力するようになった。
弱い自分がこれ以上ない難題に挑むのだから、苦戦するのは当たり前。
だから、弱い自分とは違って強みを持つ他の自分の力を何よりも重視する。
だから、解決するべき一つのことを決めたら、他は考えないようにする。
文は大切な存在だがもう死んでいる彼女を気にしすぎてその仇に殺されることは、
何よりも文への侮辱に他ならない。だから、思考から外す。
ドナルドを高く評している故の行動だと、彼は永遠に気付かない――
彼自身が怒り狂う原因は、何よりタケモトが推測した通りの慢心であると。
「気が変わった……用済みだよ、君は。
友達の近くで死ねるんだ、本望だろ☆
安心しなよ……死んだ後、同じデコレーションをしてあげるからさぁ!」
殺意を吠える。魔力が溢れ始める。
何も分からない常人でさえ体が凍りつくであろう圧倒的威圧感。
けれどそれも、チルノの動きを止めることはない。
「そもそも、あんたの勘違いは――
あたいの能力が、魔力を無限に使えることじゃないってこと」
「?」
その言葉に、ドナルドは肩を竦める。
――ドナルドは、自分の能力はチルノと同じものだと思い込んでいた。
だから、自分の力が無限に上がっていくのだと考えていた。
なまじ元のドナルドの能力が万能かつ器用貧乏だった事が、その誤解を助長した。
しかし実際は常に自分の力を許された最大で使える状態になっただけ。
ドナルドの能力は、レーザーライフルのバッテリーが無限になるようなものだ。
弾数は無限になるし、常に銃身が許す最大出力で撃てるようになる。
よって、バッテリー残量を考えて抑える必要がなくなった結果、
常に最大出力を出すことが可能となり、出力は上がる。
だが、最大出力そのものは上がってはいないのだ。
「訳の分からない言葉を……頭がおかしくなったのかい?
まぁいい、さっさと死になよ」
「私が持つのは、自分が持ち得る可能性があった能力なら」
放たれる強化されたランサーアサルトの魔弾へ向けて、チルノは腕を振る。
チルノのそれは違う。
彼女の力は、レーザーライフルがキャノンに、マシンガンに変えられるもの。
銃身が軋む代わりに全て、最大出力を含めた何もかもが、変わる。
そして効果を発揮すればいい期間が短ければ、負担も小さくなる。
それだけ複数の能力を得られ、強くなれる。
止めればいい時間が短いなら……ドナルドの魔弾くらい、防ぐことができる。
それを証明する、金属音が響く。
銃弾が地に落ちる音に、ドナルドは眉を釣り上げながら次弾を放った。
「……どういうわけなのか、何をするのか知らないけどさぁ☆」
「なんであろうと手に入れることができる能力!」
故に、チルノがドナルドを倒す方法はシンプル。
力を限度まで引き出し、瞬間火力で相手を圧倒する、それだけだ。
チルノによって取り出された一枚の紙を、放たれた魔弾が抉ろうとした瞬間……
そのカードは、効果を発動した。
「そして、これがあんたの与えた切り札――魔法カード、ミラクル・コンタクト!」
視界を覆うような雪嵐。風と冷気が周囲に満ちる。
とっさにドナルドは目を覆い……開いた瞬間に広がった風景に、絶句した。
雪が降っている。建物の中に、雪が。
「あんたはただ、穴から零れ落ちるものを誘導しているだけ……
一方的に、何かとコンタクトも取れず、何も読み取れず拾っているだけ。
私のように他の世界と、他の誰かと繋がってるわけじゃない。
だから命一つ一つの存在の大きさも、痛みも、大切さも理解できない」
その中心に立つ、少女がいる。
水色の髪の一部を自前の黒いメッシュで染め、白いシャツと水色のスカートを雪の中で踊らせる……
魔法のカードで逝ってしまった仲間の力を得た、傷一つない半妖半精の少女。
そして、その隣に……先程まであったはずの、弄ばれた遺体はない。
「君は……何を……」
「言ったわよね……あんたは勘違いしてるって。私とあんたの力は違うの。
そもそも、もともと私は剣だって使えないし、弓だって射てないもの。
それにあんたは私との戦いで得た能力を使うとき、痛くも苦しくもないでしょ?」
能力の暴走によって潰れていた左目は文と同じ赤い目となって、敵を見据える。
幼いというには背が高くなった少女の言葉を、ドナルドは理解出来ない。
ミラクル・コンタクトの墓地と場にいる者を融合するという効果も、
融合したものは今まで受けた負の効果をリセットして新生するということも――
そして何より、チルノが本当に得たのは平行世界の自分と同じ力を複製するという能力であることも。
彼には、何一つ分からない。
「他の命と混ぜ合うだけで、自分という存在はどんどんあやふやになってしまう。
自分がミックスされていく感覚を、あんたは知らず私は知っている。
だからもし文が相手じゃなかったら、きっと私はこのカードを使わなかった。
文が相手だから使った。私の体が、文を受け入れないはずなんてないって信じられるから。
力を混ぜることの苦しさをあらかじめ知ってたから、最後まで使ってなかった。
あんたはわざわざ文を持って来た、だからあんたが持ってきた切り札なの」
「あは、ははははははは、ははははは!」
故に、ドナルドは笑う。冷や汗をかきながら、理解の及ばぬ真実を必死に否定する。
チルノの存在によって降る雪の中で大げさに顔を歪ませるその姿は、
ステージに登ったピエロのようにわざとらしい。
「そんな大嘘で、僕が怯むと思ったのかな!?だから君は馬鹿なのさ……
ドナルド・マァジック☆」
ドナルドが指を鳴らすと共に空中に魔力の弾が浮かび上がり……
振り続けている雪を否定するかのように、豪雨のごとく降り注いだ。
「ははは、ははははははは、はははははは!」
狂ったように笑いながら、ドナルドは魔術行使を続ける。
積もっていた雪は吹き飛び、轟音と共に爆撃が続く。既に、視界は煙と瓦礫により覆い隠されている。
トリガーハッピーのような連続攻撃は……突如起こった、爆発によって中断された。
■
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|sm242:[[第六回放送]]|[[時系列順>第七回放送までの本編SS]]|sm243:[[風雪、士と共に幻想を風靡す(Ⅱ)]]|
|sm242:[[第六回放送]]|[[投下順>201~250]]|sm243:[[風雪、士と共に幻想を風靡す(Ⅱ)]]|
|sm241:[[それを人殺しの道具と言うにはあまりにも大きすぎた(※A-10RCLのことです)]]|チルノ|sm243:[[風雪、士と共に幻想を風靡す(Ⅱ)]]|
|sm241:[[それを人殺しの道具と言うにはあまりにも大きすぎた(※A-10RCLのことです)]]|グラハム・エーカー|sm243:[[風雪、士と共に幻想を風靡す(Ⅱ)]]|
|sm238:[[目覚める本能]]|鏡音リン|sm243:[[風雪、士と共に幻想を風靡す(Ⅱ)]]|
|sm238:[[目覚める本能]]|ドナルド・マクドナルド|sm243:[[風雪、士と共に幻想を風靡す(Ⅱ)]]|
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*風雪、士と共に幻想を風靡す(Ⅰ) ◆F.EmGSxYug
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#aa(){
放送が終わる。
左上の声が伝えた禁止エリアは、ご丁寧にもチルノ達が今いる場所だった。
曇天の下で僅かに舌打ちをしながら、整理するようにグラハムは言葉を漏らす。
「明らかな時間制限といい……急いているな」
「どうするの?」
「ともかく移動しよう。
とは言え、いきなり草原の中を突っ切らせて離陸する、というのは無茶だろうな。
幸い、この機は降着装置を始めとして全般的に頑丈な作りのようだが……
目的地を目指す場合、この会場では僅かなズレでも大きなものとなる」
単純に言えば、A-10を飛ばすにはこの会場は狭すぎるのだ。
さほど早くはないこの機でも、最大限に速度を出せば一分で会場の端から端まで行ってしまう。
「ここで飛ばすわけにはいかん。
タキシングの要領でB-3まで移動した後、そこから伸びる道を使って離陸。
そこからデパートを目指そう」
「タキシング?」
「まあ、簡単にいえば機を飛ばす前に地上で方向転換させたり移動することだな。
もっとも本来は滑走路でやる。草原を無理やり走らせて飛べそうな道まで運ぶ、
というのはその域を越えているような気もするが……」
「ふーん。で、どこに着陸するの? デパートの近くに道路なんてないけど」
「…………」
「…………」
「……やむを得ないが、A-3まで運んでキーを抜き置き去りにして帰還しよう。
滑走路さえ確保可能であれば、飛ばすだけならば問題ないからな。
一緒に乗れ。タキシングでも、ただ歩くよりは速い」
そう言って乗り込むグラハムに続き、コクピットへ飛ぶチルノ。
ループ機能がある狭い会場。
それは逆に言えば往路と復路を気に介する必要がない、ということだ。
A-10の戦闘行動半径は往路と復路を考慮しても1,300km。
ワープ機能を利用したヒットアンドアウェイが容易にできるだろう。
ただ飛ばすだけならば複数回使える、というのはこういう意味もある。
計器類の調整を開始するグラハムに、足元から声が響く。
マッハキャリバーだ。
『その攻撃機に通信装置はありますか?』
「当然あるが……」
『少しお待ちください……
通信装置のチャンネルを私に合わせました。
その機からの通信は私への思念会話として変換されます。逆も然りです』
「つまり、通信ができるということか。範囲は?」
『ループのおかげで逆に電波は捉えやすい状態です。
この会場の広さ程度ならば、どこにいても問題はないでしょう』
「了解した。サンダーボルト、移動を開始する」
地上を走る攻撃機というシュールな光景が続くことしばらく。
駅の横を通り過ぎてからしばらくした辺りで、グラハムは溜め息をついた。
「空を飛ぶ際のGには慣れているが……このような揺れは慣れていないな。
こうも曇り暗くてはなおさらだ」
「…………」
なんせ悪路を走らせているせいで乗り心地は最低だ、溜め息をつくのも当然だろう。
だが……そのコクピットに、突如風が入り込む。
同乗していたチルノが、突如コックピットを開けて飛び出したからだ。
慌ててグラハムはA-10のタキシングを止めた。
「待て、いきなり何を……これは!?」
呼びかけるより早く、飛来した何かがチルノの剣に弾かれる。
その物体が飛んできた方向へ向く、グラハムの視線。
「奴は……!」
その表情が険しくなる。
両者にとって、紛れもない仇。
ドナルド・マクドナルドが、そこにいた。
「いやいやいや、立派なものに乗っているじゃないか。
……にしても、なんでこんなところにいるんだい?少し失敗したねぇ。
こんなことなら、せっかくのデコレーションを駅に置いてこなきゃよかった」
「……デコレーション、だと?」
敢えて大きく声を張り上げ、演説するかのように手を広げながら、ドナルドは悠々と歩いてくる。
グラハムがその言葉に何か引っ掛かりを覚えたものの、チルノは無言で剣を構えるのみ。
足を止めてやれやれと左右に振られる、ピエロのメイク。
「フン、やる気なのかい。僕を怒らせるとどうなると思ってるのかな?」
「……さぁ、分からんな。
ハンバーガーでも押し売りされるのか? 生憎だが、辞退させてもらおう」
グラハムの切り返しに顔が歪む。
それを無視して、チルノは小声でグラハムに問いかけた。
「まだ、それを使って飛ばせる場所じゃないのよね?」
「ああ……滑走路に使うにはこの道路は距離が足りん」
「なら、決まりよ。グラハムはそれと一緒にどこかに隠れてて。
あたいが一人で、ドナルドを速攻で倒す」
「……手はあるのか。君が生き残るに足る手が」
「大丈夫、あいつの勘違いを付けば――」
「倒す手ではない。生き残る手立てだ」
「倒せるなら、生き残れるでしょ」
「……わかった。この戦闘機を飛ばせる道路まで移動させよう」
何か含みのある言葉を聞きながら、チルノはA-10から跳び降りる。
それを確認して再度、A-10を動かし始めるグラハム――
確かにタキシングは歩くよりは速いが、かと言って自動車ほどの速度ではない。
眼球に映るは、無防備な機体。それを見逃す、ドナルドではない。
「わざわざそんなことする辺り、飛ばせないのかい?
……僕がみすみすそれを見逃すと思っているのかなッ!」
「――――!」
風切り音と共に、無尽の魔力で練成された刃が走る。
グラハムは振り向かない。刃はコックピットへと走り……
チルノの放った矢に、撃ち落された。
「……あんたの相手は、あたいよ」
「大きく出るじゃないか……先の闘いで分かっているはずだよ?
同じ無限の魔力でも、君と僕ではそれを活かせる度合いが違う。
ありとあらゆる強化や練成ができる、ドナルドマジックを使える僕とはねぇ☆」
足音が遠ざかっていく中、ドナルドの哄笑が響く。
それを凍りついたような冷たい――そしてチルノらしくない無表情で、
チルノは短く簡潔に切って捨てた。
「それで。つまんない御託を並べるのはいつまでなわけ?」
哄笑が止まる。
挑発を意に介する様子のないチルノに対し、ドナルドは怒りを隠さず……
「ふん、この殺し合いで妙な知恵を付けたのかい――
癪に障るんだよ、そういうのはさぁ!」
その魔力を、発露させた。
■
「…………戦いが起こっている、の?」
響きはじめる音に、駅の廊下でうずくまっていたリンが顔を上げた。
当然だがドナルドはいない。咲夜もいない。喋るのは彼女一人だけ。
放送前――左上の義体が地上に出た頃。
図書館で調べ物を行っていたドナルドは、左上の予想通り義体の存在に気付いた。
すぐに義体を追って西進したドナルド(とリン)であったが、
A-4の禁止エリアを突っ切って二人に禁止エリアを突破する手段はない。
やむなくドナルドは駅にリンと彼の言う「デコレーション」を置き、
義体がどこへ向かったか確認しようと回りこんで痕跡を探していたところ、
チルノ達と遭遇した、というわけだ。
逆に言えば、リンは駅に置き去りである。不気味な「デコレーション」とともに。
誰か駅に来たらすぐ伝えに来るように、それまではこれを見張っていろ、というのが彼女への命令だ。
だが、ドナルドの方に何かあったのでは、なおさら彼女にできることはない。
それはつまり、これと当分一緒にいないといけない、ということ。
「…………っ」
唾を飲み込む。改めて無力さを思い知る。それでも、死ぬことは、怖い。
外に目を向けても、日光は曇天に遮られ何も導こうとはしなかった。
■
走る。
空気を切り裂く銃弾は、更に血を欲するかのようにチルノへと殺到する。
必死に走りながら避け続けるチルノの脇、地面に着弾した銃弾はまるで爆発のような土煙を上げていた。
――もはや、これはただのアサルトライフルではない。
魔力による強化を銃身及び銃弾に施されたそれは、まるで手持ちの武器とは思えぬ破壊力と速度を持っている。
「どうしたんだい、大口を叩いたんだ――もっと頑張ってくれなきゃねぇ☆」
何も無い虚無に八つの刃が編み上げられ、浮かぶ。
銃弾の雨に、ドナルドマジックによる練成物の射出が追加される――!
「きゃっ……!」
走り回りながら剣を振った体勢が、万全な体勢であるはずがない。
降り注いだ刃を受けきれず、倒れこむチルノ。
遊んでいるつもりなのか、ドナルドは追い討ちすることもなくその無様を悠々と眺めている。
――チルノにとっては、何よりもそれがありがたい。
体を起こしながら、息を整える。
「ほら、引き出してみなよ、魔力を。
その上で比較してみようじゃないか……
凍らせるしか能がない君と僕、どちらが無限の魔力をより活かせるかさぁ!」
「…………」
挑発に耳を貸さず、冷静に自分の中に意識を向ける。
考えるべきはそれだけ。必要なのはそれだけ。
自分の心さえ凍りつかせられずに、なにが氷使いか。
――そんなチルノを。
文は望んでいないとも、気づかずに。
「……マッハキャリバー、カートリッジ全弾ロード」
『しかし、あなたへの負荷が……』
「ここでやられたら自滅も何も無いでしょ、違う?
大丈夫。一つだけ能力を複製するのは平気な感じに、なってるから』
『――Load cartridge』
立ち上がりながら掌を向ける。渋々と言った様子で、マッハキャリバーは指示に応じた。
「なるほど、足りないぶんは道具で補おうってわけかぁ☆
剣を握らなきゃ無限の魔力を使えない君……まぁ、当然な理屈だよねぇ!」
その様子を嘲笑いながら、ドナルドはランサーアサルトライフルを向けた。
魔弾となったその弾丸は、生半可な氷塊は砕き貫くだろう。
――更に。
「ドナルドォ――」
強化とは別に、ドナルドマジックによる攻撃もある。
ドナルドマジックは汎用性が高いがゆえに一つの行動に全ての魔力を向けられず、
結果として一つ一つの行使は器用貧乏となり威力に欠けていたが……
魔力が無限となった今、その欠点は完全に解消された。
無限の魔力を最大限に活用できるという点において、ドナルドは高い位置にいる。
それは、れっきとした事実だ。
だが。そんなことは、チルノには関係ない。
「グレイシャ、ウォール!」
「マァジック☆」
迸る。
霊力は凍気となり、凍気は巨大な氷河となってドナルドへと押し寄せる。
だが……それも、無駄な努力に過ぎない。
次々に突き刺さる魔弾とドナルドマジックにより、氷河はドナルドの周囲に近寄ることもできず、文字通りに霧散した。
そう、それはまさしく霧だ。水蒸気と魔力の嵐が周囲を覆い隠す。
その向こうに、チルノはいない。
「――グレートクラッシャー」
自分の顔に映る影に、ドナルドは素早く顔を上げた。
巨大な氷槌を携えたチルノが、陽光を遮りながら真上にいる。
だが、ドナルドはそれを自分が飛んで迎え撃つことは出来ない。
ドナルドは、飛べない。
確かにドナルドマジックは汎用性が高いが……飛行を可能とする術はない。
故に、空を飛んで避けることは、チルノにしか出来ない――!
「はぁっ!」
「……チッ」
空中で一回転しながら、叩きつけられるグレートクラッシャー。
しかし、重力をそのまま付加した一撃も、
明らかに有利な体勢というアドバンテージも――今のドナルドには届かない。
「しつこいねぇ、君も☆」
「マッハキャリバー!」
『Protection』
強化されているチェーンソーが煌く。
鳥肌が立つような音と共に回転する刃は、障壁を突き破って容易く少女の小柄な体を吹き飛ばした。
轟音を上げる。百メートルは離れていた駅に叩きつけられ、瓦礫が崩れ始める。
……それでも、チルノは剣もデイパックも手放さず、額から血を流しながら立ち上がった。
少なくともドナルドの位置からそれがはっきり見えるくらいの動きをする程度には、体力が残っている。
「本当にしつこいねぇ、君は」
やれやれとばかりに、ドナルドは肩はすくめる。
彼にとって、これは遊びでしかない。故に、走って追うこともしない。
カートリッジを再装填しようが気に介さない。無駄な抵抗だと判断しているからだ。
リンの心配はいらないだろうし、あっとしても知った事ではない。
ドナルドもまた駅へ向かい、歩き出そうとし……何か、音が響いているのに、気付いた。
「ドナルドマジックッ!!!」
叫び、周囲に障壁を作り出しながら跳ぶ。
同時に起こる、爆発。それも生半可な威力ではない。
一瞬にして引き起こった熱と炎の嵐は、草を吹き飛ばし土を舞い上げる。
直撃こそ避けたものの、衝撃波だけでドナルドの左腕に複数の傷を残していた。
元々使えなかった腕とは言え……ドナルドの自尊心を傷つけて余りある。
青筋を浮かべながら顔を上げれば、そこで飛ぶは雷の名を関する攻撃機。
「飛ばせないんじゃなかったってことかぁ……
バカにしてくれるねぇ!」
今まで以上に引き攣った笑みを浮かべて、道化師は駅へと走る。
平地で、しかもチルノと距離を離して立っているのは無謀。
遮蔽物や相手の防衛対象の近くにいることが、攻撃を防ぐにはちょうどいい。
それに、駅に逃げるのはドナルドにとって好都合だ。
ちょうど、置いてきたものがあるのだから。
■
埃を払う暇なんてない。
カートリッジを再装填し直しながら、頭の中で声を張り上げる。
「ちょっと、なんでもうそれ使ってんのさ! あたい一人で――」
『移動させるとは言った。だが、君が一人で戦うことは了承していない。
それに、ロケットランチャーなら奴と言えど十分な威力となることは実証できた。
生憎、まともに当てるのは的が小さすぎて難しいようだが』
あたいの詰問に、グラハムは平気の平左とばかりにそう返した。
どうしてそうやって後先考えずに動くんだか。
むすっとしながらも、飛び上がる。
『それより、恐らく奴は今君がいる場所……駅に来るぞ。
接近すれば私も援護はできない。距離を離すべきだが……』
「そうね……逃げるだけなら楽かな。あいつ、飛べないし。
でも、もうそれを使っちゃうのなら、ここでなんとかするべきよ。
それにあいつの行動が読めるのなら、罠をかければいいと思わない?」
『了解した。会場の周回に移る。
……さすがに狭すぎて、同じ場所に留まっていられないのでな』
それを聞き届けて、着地する。来た場所は建物のてっぺん、駅の屋根。
剣は握っている。弓を扱う他精のあたいは、戦術もそれなりに知っていた。
だから、頭は冴えている。
飛べないあいつならここに攻撃できる方法は限られるし、来る方法はもっとそう。
そして遠距離、上空からの狙撃で傷付いたドナルドは、遠くからの撃ち合いをする気にはなれないはず……
考えから意識を引き戻して、ドナルドが屋根に登るため駆けるだろう道を見下ろし直す。
……いない。
「オヒョー♪」
「っ!」
響く奇声に、後ろを向く。
そこに……階段なんてないはずの壁から、ドナルドが飛び出てくる!
(自分で、足場を作って……!)
迫り来るチェーンソーに、剣を叩きつける。あっさり体が回転して、浮いた。
分かり切ったことだから、驚かない。
そのまま床に手を付け、バク転して後ろへ跳ぶ。秒を待たずに、追撃の振り下ろしで手を付けた場所が粉々になった。
同時にビリ、という引き裂かれる音。
完全に躱したはずのチェーンソーは、それだけであたいの服に傷をつけていた。
姿勢を戻し、剣を握り締めながら後ろに飛ぶ。
こうやって向かってくるなら予定通りだ。追いかけさせれば、仕掛けた場所に誘導できる。
後退する私を追って、ドナルドは床を踏み抜き……
狙った場所に足を下ろすと同時に、あらかじめ放っていた凍気がその脚を凍らせた。
「くっ、この程度、すぐに……」
「カートリッジロード――」
目の前で剣を持ったまま腕を交差させる。
ドナルドが氷を溶かして脚を元通りにするまで、たぶん、三秒。
……十分だ。
必要なのは、剣を使えるアタイと、霊力に満ちた私。
同時に、二つの力を複製する。
「――アイシクルブレード」
「だからさ、通じないんだよォ!!!」
足元から、カートリッジの薬莢が舞う。腕をそのままに撃ち出すは巨大な氷の剣。
今までのあたいが使っていたアイシクルソードとは比較にならないそれを、
それでもドナルドは容易く撃ち落とし、砕き……
「ブレイク」
「なっ!?」
ニ秒。
砕けたそれは、小さな氷の弾となって、再度ドナルドに降り注ぐ。
そして、それが降り注ぐ間も、私は氷の剣を撃ち出すのをやめない。
両面からの攻撃と足止めに、ドナルドが気を取られる。
――三秒。
ドナルドは足元の氷を破壊したけど、遅い。
もう、私と私の剣が宙を舞っている――!
「奥義……超⑨武神覇斬ッ!!!」
上下からの剣撃は、凍気を欠片も残さず吹き飛ばす。
アタイにない霊力で速度と威力を増した七連撃は、無防備なドナルドへ完璧に炸裂した。
爆発のような勢いで建築材が吹き飛ぶ中、分離させた剣を回収して後ろに跳んで……
思わず、倒れこみかけた。私の左目が突然、見えなくなったからだ。
「ぐっ……マッハキャリバー、私の眼、どうなって」
『中から氷が生えて突き刺さっています……能力が暴走しています。帰還するべきです』
「……でも、そうは、いかないみたい」
残った半分の視界。その中に、全身に切り傷を付けながらも現れたドナルドがいる。
傷だらけだけど、私のように膝をついてはいない。
肉体に関して強化してるのは、身体能力だけじゃなく。
単純な硬さも強化してる、ってことみたいだった。
「少し……調子に乗り過ぎさ!」
『Protec――』
「あっ、うぅっ!?」
足が浮いたと思ったら、背中から物凄い衝撃が伝わってきた。
……しかいのはんぶんが、くらい。のこりはんぶんも、ゆがんでる。
それでも、立たなきゃ、足を、ふみださなきゃ。
「はぁっ……ぐっ……」
「何度目かな、こう言うのは……しつこいんだよ君はさぁ!」
またなにかが叩き付けられた。今度は床にぶつからなかった。
屋根そのものが完全に壊れて、私の体は、宙に浮いた。
■
「上で何か……きゃあああああああ!?」
駅の屋根が崩壊したことで一番驚いたのは、ある意味リンだった。
突如上から瓦礫と人影が降ってくるというのは、既にここが安全でないという証明なのだから。
直線と階段だけで構成されていた廊下に、次々と追加される障害物。
そんな中で悲鳴も全く意に介さず、ドナルドは悠々と床に着地する。
「ふん……少しは自分のバカさ加減を理解したかい?」
自分が降りた場所のちょうど向かい側、正反対の位置に落ちた相手に、道化師はそう言葉を投げかける。
答えを期待した問いではなかった。
むしろ、もっと楽しむはずなのについやっちゃった、と後悔しかけていたのだが……
「あたいが……バカだ、なん、てっ……
そんなの、文が死んだ時に……思い知らされた」
「生きてる?
……おかしいな、君が最大限発揮できる程度の力じゃ防ぎきれないはず。
精神論だけでなんとかなるレベルじゃないんだけど☆」
ドナルドは知らない。致命的な勘違いに、未だに気付いていない。
……だが、それを差し引いても今のドナルドの力は凶悪であり、
チルノを瀕死に追い込んで余りある。
それでも、チルノはバリアジャケットを赤く染めながら、揺らめき立った。
「全く、往生際が悪いねぇ☆
確かに僕に劣るとはいえ、君も無限の魔力を行使できる……
それで何かしてるのかい? でも、僕に攻撃が効かなきゃ意味がない」
「…………」
答えはない。
ドナルドがいる廊下と正反対の位置で、チルノは剣を構える。リンの少し前で。
立ち位置だけ見れば、リンを守っているかのようにも見えるかもしれない。
「だんまりなのかな、それとも答える力が残ってないのかな?
もし後者ならかわいそうだねぇ……そこを見なよ☆
ほら、君がいる後ろ……リンがいるほうさ」
ドナルドの言葉に、リンは慌てて窪みに身を隠した。
チルノはほんの一瞬だけ、そちらに視線を向けようとして……固まってしまった。
彼女は、見てしまったから。
まるで、子どもが出来の悪い飾り立てをした食べ物のような、肉の塊を。
一瞬理性がそれを理解するのを拒んだが、その風貌は拒むことを許さない。
――それは血の涙と異臭を垂れ流す、文の遺体。
チルノが息を呑み、凍りついたような様子をはっきりと確認し、
ドナルドは我が意を得たりと笑みを歪ませる。
「ハ、ハハハ! ハハハハハハハハハハハハァ!」
彼はもう完全に戦闘態勢を解いて、笑うことに没頭していた。
左腕が痛むことも忘れ、ランサーアサルトすら取り落とし、右腕で腹を抱えて。
「どう思う? 彼女は辛いのかな? あぁ、肉体の痛みじゃないさ☆
恥ってことだよ、こんな姿を君の前で晒すことがどれだけ恥なのかな!
僕だったらこれだけで自殺できる自信があるねぇ……もう死んでるんだけどォ!
僕としては一度殺すだけじゃ気が済まないんだ、こうやって二度殺さないとさ、
ハハハ、アハハハハハハハハッ!」
哄笑する。ずっと欲しかった玩具を手に入れた子供のように手を叩く。
狂ったように、ドナルドはチルノの反応を待ちわびて――
「……それで」
――完全に予想外な反応に、目を悪くした。
「――――は?」
「聞こえなかった?
それでと言ったの、あたいは」
彼女の口調に澱みはない。その調子に、リンさえ息を呑んだ。
息を呑んだことすら嘘のように冷静なチルノの前で、ドナルドは完全に悪い意味での道化と化していた。
「なっ……何を言っているんだい君は! 君の大切な友達なんだろう?
泣きなよ、怒り狂いなよ、死すら貶められてるんだからさぁ!」
「これに反応して、怒り狂って、冷静さを失って……
あたいに得なことなんてないでしょう? それだけのことよ」
ドナルドが語気を荒らげて責め立てようと、チルノに変化はない。
挑発したはずの自分のほうがむしろ怒り狂っている――そのことに気付き、
ドナルドは歯ぎしりしながらも、言葉を続ける。
「まさか、予測していたのかい……?」
「なんでそうなるわけ?
あんたが文の死を穢したことは初めて知ったし、予想もつかなかった」
「ならなぜ落ち着いているんだよぉ!?」
「今考えるべきことは、あんたをどうするべきかってこと。違う?
あたいは、同時にいろんなことを考えられる天才じゃないもの」
チルノは静かに続ける。
文の遺体の惨状を見たときは思わず息を飲んだし、感情が溢れそうにもなった。
故に考えない。ただでさえ押されている彼女が冷静さを失えば、負けるだけだ。
こうして話しているのも、時間稼ぎに過ぎない。
「……コケにしてくれるじゃないか。
無限の魔力を見事に持ち腐れにしている分際で!」
だから、ドナルドは激怒する。彼のあり方が故に。
ドナルドにとって、すべての存在は自分の思い通りに動くべき存在だ。
自分が笑わせることを目的として動いたのなら笑い、
恐ろしく思うことが目的なら畏れ敬うべきなのだ、彼にとっては。
だからこそ、無視されることは侮辱だと受け取る。
「――だから。
あんたは勘違いばかりなのよ、ドナルド」
対し、どこまでもチルノは冷たかった。
彼女はドナルドが難敵だと理解しているから、他のことを考えない。
自分の代わりに文が死んでから、彼女は自分自身を信じられなくなったから。
自分は助けられた価値がない。最強なんかじゃない……バカだ。
そう考えた上で、他の誰かを守ろうと努力するようになった。
弱い自分がこれ以上ない難題に挑むのだから、苦戦するのは当たり前。
だから、弱い自分とは違って強みを持つ他の自分の力を何よりも重視する。
だから、解決するべき一つのことを決めたら、他は考えないようにする。
文は大切な存在だがもう死んでいる彼女を気にしすぎてその仇に殺されることは、
何よりも文への侮辱に他ならない。だから、思考から外す。
ドナルドを高く評している故の行動だと、彼は永遠に気付かない――
彼自身が怒り狂う原因は、何よりタケモトが推測した通りの慢心であると。
「気が変わった……用済みだよ、君は。
友達の近くで死ねるんだ、本望だろ☆
安心しなよ……死んだ後、同じデコレーションをしてあげるからさぁ!」
殺意を吠える。魔力が溢れ始める。
何も分からない常人でさえ体が凍りつくであろう圧倒的威圧感。
けれどそれも、チルノの動きを止めることはない。
「そもそも、あんたの勘違いは――
あたいの能力が、魔力を無限に使えることじゃないってこと」
「?」
その言葉に、ドナルドは肩を竦める。
――ドナルドは、自分の能力はチルノと同じものだと思い込んでいた。
だから、自分の力が無限に上がっていくのだと考えていた。
なまじ元のドナルドの能力が万能かつ器用貧乏だった事が、その誤解を助長した。
しかし実際は常に自分の力を許された最大で使える状態になっただけ。
ドナルドの能力は、レーザーライフルのバッテリーが無限になるようなものだ。
弾数は無限になるし、常に銃身が許す最大出力で撃てるようになる。
よって、バッテリー残量を考えて抑える必要がなくなった結果、
常に最大出力を出すことが可能となり、出力は上がる。
だが、最大出力そのものは上がってはいないのだ。
「訳の分からない言葉を……頭がおかしくなったのかい?
まぁいい、さっさと死になよ」
「私が持つのは、自分が持ち得る可能性があった能力なら」
放たれる強化されたランサーアサルトの魔弾へ向けて、チルノは腕を振る。
チルノのそれは違う。
彼女の力は、レーザーライフルがキャノンに、マシンガンに変えられるもの。
銃身が軋む代わりに全て、最大出力を含めた何もかもが、変わる。
そして効果を発揮すればいい期間が短ければ、負担も小さくなる。
それだけ複数の能力を得られ、強くなれる。
止めればいい時間が短いなら……ドナルドの魔弾くらい、防ぐことができる。
それを証明する、金属音が響く。
銃弾が地に落ちる音に、ドナルドは眉を釣り上げながら次弾を放った。
「……どういうわけなのか、何をするのか知らないけどさぁ☆」
「なんであろうと手に入れることができる能力!」
故に、チルノがドナルドを倒す方法はシンプル。
力を限度まで引き出し、瞬間火力で相手を圧倒する、それだけだ。
チルノによって取り出された一枚の紙を、放たれた魔弾が抉ろうとした瞬間……
そのカードは、効果を発動した。
「そして、これがあんたの与えた切り札――魔法カード、ミラクル・コンタクト!」
視界を覆うような雪嵐。風と冷気が周囲に満ちる。
とっさにドナルドは目を覆い……開いた瞬間に広がった風景に、絶句した。
雪が降っている。建物の中に、雪が。
「あんたはただ、穴から零れ落ちるものを誘導しているだけ……
一方的に、何かとコンタクトも取れず、何も読み取れず拾っているだけ。
私のように他の世界と、他の誰かと繋がってるわけじゃない。
だから命一つ一つの存在の大きさも、痛みも、大切さも理解できない」
その中心に立つ、少女がいる。
水色の髪の一部を自前の黒いメッシュで染め、白いシャツと水色のスカートを雪の中で踊らせる……
魔法のカードで逝ってしまった仲間の力を得た、傷一つない半妖半精の少女。
そして、その隣に……先程まであったはずの、弄ばれた遺体はない。
「君は……何を……」
「言ったわよね……あんたは勘違いしてるって。私とあんたの力は違うの。
そもそも、もともと私は剣だって使えないし、弓だって射てないもの。
それにあんたは私との戦いで得た能力を使うとき、痛くも苦しくもないでしょ?」
能力の暴走によって潰れていた左目は文と同じ赤い目となって、敵を見据える。
幼いというには背が高くなった少女の言葉を、ドナルドは理解出来ない。
ミラクル・コンタクトの墓地と場にいる者を融合するという効果も、
融合したものは今まで受けた負の効果をリセットして新生するということも――
そして何より、チルノが本当に得たのは平行世界の自分と同じ力を複製するという能力であることも。
彼には、何一つ分からない。
「他の命と混ぜ合うだけで、自分という存在はどんどんあやふやになってしまう。
自分がミックスされていく感覚を、あんたは知らず私は知っている。
だからもし文が相手じゃなかったら、きっと私はこのカードを使わなかった。
文が相手だから使った。私の体が、文を受け入れないはずなんてないって信じられるから。
力を混ぜることの苦しさをあらかじめ知ってたから、最後まで使ってなかった。
あんたはわざわざ文を持って来た、だからあんたが持ってきた切り札なの」
「あは、ははははははは、ははははは!」
故に、ドナルドは笑う。冷や汗をかきながら、理解の及ばぬ真実を必死に否定する。
チルノの存在によって降る雪の中で大げさに顔を歪ませるその姿は、
ステージに登ったピエロのようにわざとらしい。
「そんな大嘘で、僕が怯むと思ったのかな!?だから君は馬鹿なのさ……
ドナルド・マァジック☆」
ドナルドが指を鳴らすと共に空中に魔力の弾が浮かび上がり……
振り続けている雪を否定するかのように、豪雨のごとく降り注いだ。
「ははは、ははははははは、はははははは!」
狂ったように笑いながら、ドナルドは魔術行使を続ける。
積もっていた雪は吹き飛び、轟音と共に爆撃が続く。既に、視界は煙と瓦礫により覆い隠されている。
トリガーハッピーのような連続攻撃は……突如起こった、爆発によって中断された。
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|sm242:[[第六回放送]]|[[時系列順>第七回放送までの本編SS]]|sm243:[[風雪、士と共に幻想を風靡す(Ⅱ)]]|
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|sm241:[[それを人殺しの道具と言うにはあまりにも大きすぎた(※A-10RCLのことです)]]|チルノ|sm243:[[風雪、士と共に幻想を風靡す(Ⅱ)]]|
|sm241:[[それを人殺しの道具と言うにはあまりにも大きすぎた(※A-10RCLのことです)]]|グラハム・エーカー|sm243:[[風雪、士と共に幻想を風靡す(Ⅱ)]]|
|sm238:[[目覚める本能]]|鏡音リン|sm243:[[風雪、士と共に幻想を風靡す(Ⅱ)]]|
|sm238:[[目覚める本能]]|ドナルド・マクドナルド|sm243:[[風雪、士と共に幻想を風靡す(Ⅱ)]]|
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