「激流に身を任せた結果がコレだよ!!(A面・前編)」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら
「激流に身を任せた結果がコレだよ!!(A面・前編)」(2009/07/22 (水) 20:19:19) の最新版変更点
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*激流に身を任せた結果がコレだよ!!(A面・前編) ◆vXe1ViVgVI
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それは、この殺し合いの中で生まれた奇跡のような五角形だった。
追跡者達は自らが追跡されている事を知らず、視界の中の標的へと歩を進める。
誰もが自分が置かれた現状に気が付く事なく足を動かし続ける。
僅かな均衡の上に成り立っている五角形は、それぞれの接近に伴い、徐々に縮まっていく。
そして、遂にはその五角形は崩れ落ちる事となった。
そのペンタゴンを破壊したのは、五角形の一角を担うあるヘタレが放った一撃。
その一撃により一人の少年の命が失われ―――そして、始まるは大乱戦という名の大混戦。
同じ目的を掲げている筈の人間達は、坂を転げ落ちる握り飯のようにすってんころりと、戦いを始める。
誰も止められない、止める事の出来ない悲劇が―――今、開始される。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
鋼のような筋肉に身体を包んだ金髪の男・アレックスは茫然とその光景を見詰めていた。
鼻腔を突き刺す悪臭。
様々な地を旅してきたアレックスでさえも経験の無い、強烈で吐き気を催す香り。
だがその悪臭すらも歯牙には掛かからず、アレックスはただ茫然とその光景を見ている。
いや、見ている事しか出来なかった。
「……カイト……お前……」
先程まで言葉を交わしていた少年は、たった数分で見るも無惨な姿に変貌していた。
消し飛んだ上半身、力無く垂れた下半身、炭化した傷口。
異臭、異臭、異臭……訳が分からない。
何故、こんな事になっている?
ようやく心を交わせたと思っていたのに、こんな殺し合いの場でも分かり合えたと思ったのに……!
「見てくれよ、アレク。俺は手に入れたんだ、力を……」
惨劇の中心でKAITOは……KAITOの声を発する機械のような鎧を纏った人間は、笑っていた。
達成感に満ち溢れた、心底からの歓喜を含んだ声。
何処か歪んだ声色が静寂の草原を通り抜けていく。
「やっとだ……やっと手に入れた……これで皆を守れる……リンもレンも助けてやれる……俺は強さを手に入れたんだ……」
KAITOの視界にアレックスの姿は映っていなかった。
ただ、手に入れた力に酔いしれる。
自身のコンプレックスを打ち破った事に震撼し、仮面の下で笑顔を浮かべていた。
壊れた人形のような、脱力しきった笑みを張り付かせ、KAITOは空虚な声を上げる。
「何で……こんな真似をっ……!」
その時、振り絞られたような悲痛な叫びが、KAITOの耳を叩いた。
瞬間、KAITOの表情に力が戻る。
殺人という禁忌を犯した事により齎された放心状態を、心中に燃え広がった憤怒が塗り潰したのだ。
「何でこんな真似をだと……? てめぇが……てめぇがしっかりしねぇからだろうが!! 何でこの糞野郎を見逃してんだよ!!! コイツは剣崎の仇で! リンを不幸にさせた張本人なんだぞ!!
何でそれを平然と逃がそとしてんだよ!! 頭おかしーんじゃねぇか、ボケが!!」
その獣のような咆哮と剣幕に、そしてKAITOが口にした内容に、アレックスは思わず言葉を失ってしまう。
そう、クラッシャーは殺人犯だ。
殺し合いに乗り、恐らくは剣崎を殺害し、先程もまた優勝を目指して行動していた。
クラッシャーは、確かに悪だ。それは確固たる事実であった。
だが――
「違う! クラッシャーは改心しかけていた! 自身の犯した罪に気付き、行動を改めようとしていたんだ!
お前は……お前はその未来を奪ったんだぞ!! 罪滅ぼしのチャンスを、お前は奪ったんだ!!」
――クラッシャーは、目を覚まし掛けていた。
最後に別れた時、クラッシャーの瞳は人殺しとは思えない程に澄み切っていた。
アレックスも見た事のある瞳。
ファイトが終わった後のような、悔しさと清々しさの入り混じった瞳。
その瞳を見れば分かる。
――この男は変わる。必ず、変わる。
その確信を持って、アレックスはクラッシャーに背を向けた。
下手すれば後ろから刺されかねない状況。だが、アレックスは僅かな躊躇も覚えなかった。
歩き始めたその時には思い描いていた。
近い未来、クラッシャーと手を取り合い強大な悪に立ち向かうその光景を――。
それを、この男は、踏みにじった。
怒りを感じずには居られなかった。
KAITOの考えも理解できる。だが、それでも怒りは収まらない。
「改心ン? 人を殺しといて改心だと!? 死にたくないから人を殺して、気分が変わったから改心する……そんな都合の良い事が許されっと思ってんのかよ!!
奴は殺人を犯して、リンを酷い目に合わせたんだ!! 生きて改心する事が罪滅ぼしじゃねえ、死ぬ事しか奴の罪滅ぼしはねぇんだよ!!」
先の叫びはアレックスの気持ちの丈が込められた渾身のものだった。
だが眼前の少年の心を揺らがす事は叶わない。
KAITOは怒号と共にアレックスの襟首を掴み上げる。
表情は仮面に阻まれ伺い知る事が出来ないが、それでも怒りに満ちていると理解できた。
そのKAITOの反応に、アレックスが覚える感情は絶望。
――何故、分かってくれない。
――何故、気付いてくれない。
――この殺し合いの場では、改心をする事さえ許してもらえないのか。
――この殺し合いは、そんな些細な望みでさえ叶えさせて貰えないのか……!
沢山の悲しみと絶望の中、ようやく舞い降りた希望。
だが、そんな希望ですら易々と砕け散った。
――誰もが死んでいく。
気前の良い運送屋の社長も、闘争を好む冷酷な殺人鬼も、凄まじい戦闘力を誇った喧しい剣士も、心優しいネガティブな少女も、殺し合いの果てに正義の心を理解しかけた少年も……誰もが死んでいく。
何なのだ、この殺し合いは?
何故、人々をこんなにも狂気へと引きずり込む?
何故、何の罪も無い人間を殺人鬼へと昇華させてしまう?
この地獄からどうすれば抜け出せる?
誰でもいい、教えてくれ。
腕っ節しか取り柄の無い俺は、この狂気の中、どうすれば良いんだ……!
「分かったか、アレク。俺は何も間違った事はしていない。人を殺したクソ野郎を裁いてやっただけだ……そう、間違ってはいないんだ」
押し黙るアレックスを睨み付けながら、KAITOは自身に言い聞かせるよう、言葉を紡ぐ。
そんなKAITOに掛ける言葉を、アレックスは持ち合わせていなかった。
虚脱感に染まった顔で、見詰め続ける事しか出来ない。
この殺し合いにより何かを狂わされた哀れな少年を――。
ナギッ
――だから、気付けなかった。
奇妙な音と共に高速で迫る男の姿に、アレックスは気付く事すら出来なかった。
瞬間、アレックスの視界から消えるKAITOの姿。
表情を染めていた虚脱感が驚愕へと変化し、同時に視線が、唐突に乱入してきた男に移る。
「お、お前は……!」
その男はアレックスにも見覚えのある男だった。
肩にまで伸びた銀髪、下顎を覆う無精髭、引き締まった鋼の如く筋肉を携えた男。
曰わく、病気さえなければ北斗神拳を継承していた男。
曰わく、存在自体がバグ。
曰わく、北斗格ゲー最大の戦犯。
世紀末スポーツアクションゲーム……ではなく荒廃した世紀末から連れてこられた男――トキが二人の前に颯爽と現れた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
―――時は僅かに遡る。
その時トキは、一人の少女と共に駅から出て来た男達を追っていた。
男の内の一人は顔に憤怒を貼り付かせながら、男の内の一人は臆病風に吹かれた様子で、走っている。
トキ達は付かず離れずの距離を保ちつつ、その二人を追跡し続けていた。
「……ねぇ、どうしてさっさと声を掛けないのよ」
顔に浮かぶ苛々を隠そうともせずに、少女――逢坂大河がトキへと問い掛ける。
前方の二人組が結構なスピードで走っているとはいえ、声の届かない距離では無い。
声を掛け足を止めてもらった後に、ゆっくりと情報交換をすれば良い……大河はそう考えていたのだが。
が、大河の言葉にトキは首を横に振るだけ。
距離を詰めようとも、呼び止めようともせず、目を細め前方の二人を眺めていた。
その無愛想な様子に頬を膨らませ、トキを睨み付ける大河。
怒りを含んだその視線を受け、大河の不機嫌が伝わったのか、トキは苦笑を浮かべながら大河へと視線を移す。
「あの二人は何か様子がおかしい。万が一という事もある、少し様子を見てから接触した方が良いだろう。
私の身体もまだ全快とは言えないのでな、すまないが少しばかり我慢してくれ」
苦笑と謝罪で締めくられた説明に大河も成る程と納得し、同時に自身の浅慮さに後悔を覚えた。
何も考えず二人組と接触を計ろうとした自分、最悪の事態も考え様子を見ているトキ……どちらの判断が正しいかは小学生にも分かる。
大河は顔を俯かせ唇を噛み締めながら、自身の不甲斐なさに肩を震わせる。
(こんなんじゃあ、塩の意志を継ぐ事なんて出来ない……もっと慎重に行動しないと……)
トキを護衛につけ無理矢理図書館から飛び出した時点で、慎重さなど欠片も存在しないのだが、大河がその事実に気付く事はない。
表層だけの戒めを自身に投げつけ、大河はトキ同様に二人組の観察を始めた。
使命感と責任感に強張ったその表情。
少なくとも普通の女子高生が浮かべるような表情ではない。
そんな大河を視界の端に捉えると、トキは再び苦笑を浮かべ大河へと語り掛ける。
「そう気張ることはない。厄介事は私に任せ、大河は自分の身を守ることに専念するんだ。
弱者の救済こそが私が目指す北斗神拳……大船に乗った気でいれば良い」
諭すような、優しいトキの言葉。
その言葉に大河の顔から緊張が少し抜け、微笑みが宿る。
「……ありがと」
そして、僅かに頬を染めながら一言。
その反応にトキは苦笑を笑顔へと変え、大河を見詰める。
一緒に行動してから初めて見たトキの笑顔に、慌ててそっぽを向く大河。
大河の顔は茹で蛸のように真っ赤な物へと変貌していた。
「べべべ、別に心の底から感謝してる訳じゃないんだからね! そ、それに大人が子供を守るのはと、当然なんだから!」
照れ隠し百%の憎まれ口にトキは益々笑みを深くし、大河の顔は更に赤く染まっていく。
―――核という悪夢が発生せず、世が平穏のままだったのならば、このような天真爛漫な子供達も増えたのだろうな……。
大河の姿に、トキはそう思わずにはいられなかった。
コロコロと機嫌の変わる、純粋で子供っぽい少女。
トキが生きてきた世紀末の世界では珍しい、明るく活発な少女。
守り抜くべき……守り抜かなければならない少女だ。
口に出すことはしないが、トキは決意した。
この少女を守り抜く為、病に犯された身体を最期の最期まで酷使し続けようと、
命に代えてもこの少女を守り抜こうと、
――トキは静かに決意した。
「トキ……何かマッチョな方が他の参加者と遭遇したみたいだけど……」
と、そこで、不意に掛けられた大河の言葉が、思考と決意に集中していたトキを現実へと引き寄せた。
気付けば両脚は追跡を止めており、二人組との距離は相当離れている。
気の緩みを戒めながら、トキは二人組へと視線をやった。
二百メートル程離れたそこには三人の人物。
地面に寝そべる眼鏡の少年、少年を睨み付ける筋肉質の男、二人の後ろで何らかの逡巡を見せている少年……その状況は明らかに剣呑なものへと変化していた。
「ねぇ、何が起きてるのよ」
常人の域を出ない大河には、遠方にて繰り広げられているその光景が漠然としか見えていなかった。
金髪の男が寝転がっている男に近付いているようにしか見えず、その表情の機微までは読み取れない。
徐々に悪化していく雰囲気を察知できたのは、この場に於いてトキ只一人であった。
(何かを話している……?)
前方の男達は睨み合ったまま動こうとしない。
口の動作から何らかの会話を行っているようだが、トキの聴力を持ってしてもその内容は聞き取れず。
だが、二人の間に流れる空気が一触即発の匂いを漂わせている事は確か。
地面に寝転ぶ少年はあれ程の接近を許しているというのに、立ち上がろとはしない。
いや、おそらくは立ち上がれないのか……少年の身体は相当に蝕まれているように見える。
対する西洋風の男は無抵抗な少年を睨み付け、何か言葉を吐いていた。
襲い掛かろとはせず、だが手を差し伸べようともしない。
その表情には様々な感情が入り乱れており、次の行動を予測する事が出来なかった。
今にも攻撃を開始するようにも、このまま見逃すようにも見えた。
「……大河、私はあの二人の仲裁に入ろうと思う。だが、万が一という事もあるし、君をみすみす危険に晒す訳にもいかん。
済まないが、私が片を付けるまでそこの茂みの中に隠れていてくれないか?」
結果、トキが選択した道は仲裁。
少なからず闘争に発展する可能性がある限り、止めに入るべきだとトキは判断した。
加えて、眼鏡の少年に戦う意志や戦いに注ぎ込める余力は感じられない。
どのような状況であろうと弱者は救済する……それが、先の短い人生で彼が目指す北斗神拳である。
迷う要素は欠片もあらず、トキは直ぐさま仲裁に入る道を選んだ。
「……いやよ、私も行く」
だが、予想外な事態とはどのような場合にもつき物。
この時もまた、トキにとって予想外な事態が発生した。
大河がトキの指示を受け入れないのだ。
思わず視線が男達から離れ、横に立つ大河へと向けられる。
「……ここは聞き入れてくれ。私の身体は病に蝕まれており、疲労とダメージも少なくない。
襲撃された際は命懸けで守ると約束するが、わざわざ危険に赴く事は無い。大河は隠れていて――「イヤよ! 絶対にイヤ!」
トキの言葉を遮り叫び出されるは、純粋な拒絶の意志。
豹変したかの如く剣幕に、トキは目を見開き、大河を見詰める。
「もう見ているだけはイヤなのよ! 塩はあの時、私達を守るために化け物に食べられて死んだ! 私は……私は何も出来なかった!
悔しかった! もうイヤなのよ! 何も出来ないまま、仲間を死なせるなんて絶対にイヤ!」
この時、ようやくトキにも大河が無謀な行動を取り続ける意味が理解できた。
仲間がいる映画館を飛び出し、仲間がいるホテルを飛び出し、仲間がいる図書館を飛び出した……まるで自ら死地に突き進むかのような行動の数々。
この行動の主がビリーのような実力者ならまだしも、大河の身体能力は決して高く無い。
恐怖という感情が欠如している訳でもないし、未来を思考する能力が欠如している訳でもない。
トキには、何故大河が無茶な道を進み続けるのか、その原因を突き止める事は出来なかった。
――だが、今この瞬間、遂に理解できた。
「大河、お前は……」
この少女は自身の無力さを呪っている。
そして、自身の無力さを認めようとしていない。
自分が無力だったからではない。自分が行動しなかったから『シオ』という名の仲間を失ったと思考している。
だから、強引な行動を繰り返し続けているのだ。
過去の、化け物を前に行動しなかった自分を乗り越えようと、行動をし続けるのだ。
(……危ういな……)
恐らく大河がその化け物に立ち向かったところで、勝ち目は無かっただろう。
そもそも大河の実力で覆る位の戦況ならば、『シオ』を犠牲にせずとも逃亡できた筈だ。
大河は弱い。だが、弱い事は罪では無い。
自身の無力さを認知せず、暴挙に近い行動を取り続ける事が問題なのだ。
このまま暴走を続ければ、大河は近い未来必ず死ぬ。
これまでの行動を省みれば、今まで生き延びたこと自体、幸運とも言える。
「駄目だ……此処は私に任せ、大河は身を隠していろ」
「イヤって言ってるで―――」
依然首を縦に動かそうとしないトキに大河が喰い掛かったその時―――トキの右腕が動いた。
知覚できない程の速さで放たれた手刀は、大河の首筋へ寸分と違うことなく命中。
痛みも衝撃も感じる事なく、大河の意識は深淵の中へ吸い込まれていった。
「すまぬ……」
倒れる大河を優しく支え、茂みの中へと寝かせるトキ。
説得する時間すら惜しいとはいえ、守護すべき弱者に拳を振るったのだ。
その心中に浮かぶ罪悪感は相当なものであった。
だが、このまま大河を闘争に巻き込む訳にもいかない。
時間はなく、加えて大河は自分を見失っている状態……トキは苦心を押し殺し、武を使用した。
茂みの中に身体全体が隠れた事を確認し、トキが男達の方へ振り返る。
そして、トキの視界に飛び込んできた光景は―――
―――紫電を纏った剣が、無抵抗を貫き通す少年の上半身を吹き飛ばした、その瞬間。
「なん……だと……?」
遅れて届いた衝撃音に身体を包まれながら、トキは呆然と立ち尽くす。
そう、結果だけを言えばトキの救済は間に合わなかった。
現在の状況と大河の心中を把握している間に事態は最悪な展開に転がり落ちていたのだ。
アレックスの説得、そしてKAITOの暴走……トキが大河に気を留めている間にも状況は変化していき、そして起爆へと至っていた。
「私は……何をッ……!」
瞬間、トキは全力で疾走を始めていた。
両手を翼のように広げ『ナギッ』という音と共に、仮面ライダーに変身したKAITOへと急迫する。
―――『何で……こんな真似をっ……!』
米粒ほどの大きさにしか見えなかった男達が、接近に伴い、徐々に大きくなっていく。
そして、聞こえてくる男達の話し声。
筋肉質の男が、不思議な恰好をした機械のような人間に怒鳴り声を上げていた。
―――『何でこんな真似をだと……? てめぇが……てめぇがしっかりしねぇからだろうが!! 何でこの糞野郎を見逃してんだよ!!!
コイツは剣崎の仇で! リンを不幸にさせた張本人なんだぞ!!何でそれを平然と逃がそとしてんだよ!! 頭おかしーんじゃねぇか、ボケが!!』
対する声は憤怒に満ちた、若々しい声質とは裏腹の荒々しい言葉であった。
同時に声の主は筋肉質の男に掴み掛かり、脅し付けるかのように大声を上げる。
自身の失念が招いた事態に焦燥するトキが、その言葉の裏にある怯えに気付く事は無かった。
―――『違う! クラッシャーは改心しかけていた! 自身の犯した罪に気付き、行動を改めようとしていたんだ!
お前は……お前はその未来を奪ったんだぞ!! 罪滅ぼしのチャンスを、お前は奪ったんだ!!』
―――『改心ン? 人を殺しといて改心だと!? 死にたくないから人を殺して、気分が変わったから改心する……そんな都合の良い事が許されっと思ってんのかよ!!
奴は殺人を犯して、リンを酷い目に合わせたんだ!! 生きて改心する事が罪滅ぼしじゃねえ、死ぬ事しか奴の罪滅ぼしはねぇんだよ!!』
それは違う、とトキは心の中でKAITOの叫びに反論していた。
確かに救いようのない性根の腐った奴は存在するし、トキの義弟などはそのような奴等を情け容赦無く、北斗神拳を用いて排除し続けている。
その生き方をトキは否定する気は無いし、寧ろ肯定側に立っていると言っても良い。
有情の拳で、苦痛を与える事は無いとはいえ、数多の悪人を葬り去ってきたのだ。
今更、悪人の殺害を否定などと聖人君子のような事を言うつもりはなかった。
だが、それでもトキは、KAITOの言葉を肯定しない。
身内を救う為、やむを得ず他者を殺害する者もいる。
仲間を救う為、苦心の果てに殺人を犯す者もいる。
生き延びる為、苦悩の末に人殺しの道を選択する者もいる。
殺人を犯した全ての者が修羅ではないのだ。
どうしようもできない何らかの理由があって、葛藤に悩み抜きながら殺人に手を染める者だっているのだ。
勿論、殺人は罪だ。然るべき場所で然るべき処罰を受ける必要がある。
だが、それを安直に人の手で裁くのは間違っている。
それに加えて、殺し合いを制覇せねば生還できないという現状。
弱者を修羅の道へと導くには、充分すぎる環境なのだ。
人殺しだから、という単純な理由だけで人を断罪する事は間違っている。
―――『分かったか、アレク。俺は何も間違った事はしていない。人を殺したクソ野郎を裁いてやっただけだ……そう、間違ってはいないんだ』
違う。
そんな傲慢な裁きなど在ってはならない。
幾ら相手が殺人犯であろうと、無抵抗な人間を殺害する裁きなど許される訳がない。
そんなものは只の虐殺だ。
改心しかけていた者が相手であれば尚更だ。
――ナギッ
胸中に宿るその思いに応えるかのように、トキの身体が加速する。
遠く広がっていた間合いは瞬く間に消失。
同時に流れるような蹴り上げがKAITOの顔面に叩き込まれる。
アレックスとの口論に集中していたKAITOは反応すら出来ず、グルグルと回転しながら宙を舞った後、頭から地面に墜落した。
「お、お前は……?」
横で驚愕しているアレックスを無視し、トキはKAITOに向け戦闘体勢を取る。
無抵抗な少年を殺害したこと、口にした傲慢な理論、そしてあの虐殺を裁きと言い切る精神……様々な要素が組み合わさった事により、トキの中でKAITOは倒すべき敵と認識されていた。
(殺すつもりはない……だがその戦力は奪わせてもらう)
長い長い鍛錬により会得した有情の拳を掲げ、トキは眼光鋭くKAITOを睨む。
「我が名はトキ。貴様の悪行を見せて貰った……殺すつもりはないが――相応の覚悟はしてもらうぞ」
トキは気付かない。
KAITOもまた、恐怖に圧し負け修羅の道に進んでしまった哀れな犠牲者だという事に、
KAITOもまた、守るべき弱者だという事に、
トキはその事実に気付く事なく―――KAITOへとその拳を向けた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
急変した事態にKAITOは混乱していた。
鋭い痛みを発する頭部に、落下の衝撃により鈍い痛みを発する胴体部。
身体の奥からせり上がってくる吐き気は、今まで感じた事のない感覚であった。
(な、なにが起きた!?)
何とか体勢を整え、四つん這いの状態になりながら、視界を移動させる。
そこには白装束を纏った銀髪の男が立っていた。
そして、その身体から滲み出るは圧倒的な戦意。
戦闘経験の殆どないKAITOでさえも危機感を覚える程のオーラが、トキの身体からは放たれていた。
「我が名はトキ。貴様の悪行を見せて貰った……殺すつもりはないが――相応の覚悟はしてもらうぞ」
「ヒッ……!」
思わず、息を飲む。
殺される、とネガティブな思考が脳裏をよぎった。
今まで頼りにしていたヒーローは、謎の乱入者の横で間の抜けた顔を見せている。
駅での争乱の時も然り、先程のクラッシャーの時も然り、今回も然り、何処までも役立たずなヒーローであった。
「な、何なんだよ、お前は!」
何故、眼前の男がいきなり襲撃してきたのか、
何故、眼前の男が敵意の籠められた瞳で睨み付けてくるのか、
KAITOには分からない。
ただ顔面と身体中に走る痛みがKAITOをパニックへと追い込んでいく。
「痛みを与えるつもりはない……だが、その力は奪わせてもらう」
怒りは無い、寧ろ慈悲に満ちたトキの表情であったが、今のKAITOにはそれが悪鬼の如く歪んだものに映って見える。
心を支配していくは、恐怖と混乱。
クラッシャーを殺害した事により我を失っていたKAITOは、更に劣悪な精神状態へと流されていく。
恐怖が膨張し、混乱が津波の如く押し寄せる。
眼前には凄まじいオーラを放つ化け物、ヒーローからの助けは期待できそうにない状況……KAITOの精神は極限まで追い詰められ、そして――
「う、がぁぁぁぁあああああああああああああああああああ!!!」
――遂には暴発へと至った。
恐怖が痛覚を凌駕し、恐怖が限界以上の身体能力を発揮する。
四つん這いの状態から獣のような瞬発力で立ち上がると、その身体はトキへと一直線に迫っていき、右拳が振るわれる。
技術も駆け引きもない、がむしゃらな一撃。だが、仮面ライダーの身体能力で放たれるそれは必殺の力を秘めた一撃。
直撃すれば、鍛え抜かれたトキの肉体であろうと易々と破壊するだろう。
……直撃すれば、だが。
「未熟な技では私には届かんぞ」
気付いた時には、トキの身体はKAITOの後方へと移動し終えていた。
その一瞬、KAITOの視界に映った光景は、流水の如く滑らかな動きで自分の後ろに回り込むトキの姿。
速く、僅かな無駄も存在しない一連の動作。
素人であるKAITOにも理解できる圧倒的な実力差。
KAITOの精神に更なるプレッシャーが上乗せされる。
「ッ、クソがぁあああああああああああああッ! 」
振り返りざまの裏拳……というには余りに無様な攻撃。
トキは僅かに身を引くだけでその一撃を回避、その首筋へ手刀を叩き込む。
秘孔を利用した手加減無しの一撃。
身体能力や反射能力が向上しているとはいえ所詮はヘタレ、KAITOは回避をする事も防御をする事も出来ず、直撃してしまう。
「効かねぇんだよぉぉぉぉおおおおおおおおおッ!!」
だが、止まらない。
トキの一撃を喰らって尚、KAITOはダメージを寸分も見せる事なく動き続ける。
逆に驚愕したのはトキの方であった。
しかし、驚愕の原因はダメージを与えられなかった事ではない。
頼みの綱である秘孔がKAITOに届かなかった事実に、トキは驚愕していた。
その全身を覆う不可思議な鎧に阻まれ秘孔を突く事が出来ない。
再び振るわれた破れかぶれの一撃を回避しながら、秘孔を突かずとも眼前の男を無力化する手段を、トキは模索する。
無力化の手段自体は星の数ほど存在する。
片や身体能力が優れているとはいえ技術が無い素人。
片や北斗四兄弟の中で最も華麗な技を使うと称されたトキ。
幾ら病気に蝕まれていようと、そのような輩を相手に苦戦を強いる程、トキは堕ちてはいない。
事実、その病弱な身体で、かの拳王に膝を付かせる事にすら成功するのだ。
相手がKAITOならば、秘孔が通用せずとも、ライダーの力を利用されたとしても、トキの勝利は揺らがない。
瞬殺すら有り得る実力差が、二人の間には存在する。
しかしながら、トキは後手後手に回り続けている。
それはトキの優しさ……この殺し合いの中では甘さとも言える感情からだった。
秘孔を突かず戦闘不能にするには『痛み』を与える他、方法は無い。
だが、有情を信条とするトキには『痛み』を与える事に躊躇いを覚えていた。
それが、後手に後手にと追い込まれる大きな原因となっているのだ。
(……仕方あるまい……)
数秒の逡巡の後、遂にトキは決断する。
竜巻のような勢いで迫るKAITOの左フックを交い潜り、右拳を握り締める。
そして返しの右フックに合わせる形で一撃。KAITOの水月へ拳をめり込ませた。
続いてその顔に渾身の拳を、掬い上げるように当てる。
たったそれだけの攻防で、あっさりと、簡単に、KAITOは意識を失った。
「すまない……」
崩れ落ちるKAITOに大河の時同様の言葉を掛け、トキはその身体を支えた。
KAITOの身体が発光し、仮面ライダーの姿から元の人間体へと戻っていく。
不可思議な現象に驚きながらも、KAITOを地面に寝かせるトキ。
そして、人差し指一本だけを立てその身体へ近付けていく。
鎧が消滅した今なら秘孔を突く事が出来る。
気絶から覚醒した後、裁きと称し再び暴れ回る可能性もある……そう考えたトキは戦闘力を奪う為、秘孔へと手を伸ばしていく。
「ちょっ……ちょっと待ってくれ!」
と、そこでその行為を呼び止める者が一人。
突然の乱入者と唐突に始まった戦闘に呆然としていた男――アレックスが、此処にきてようやく我を取り戻す。
アレックスは、秘孔を突かんとするトキの右腕を掴み、抑え込んだ。
腕を通して伝わるその力に感心しつつ、トキがアレックスへと向き直る。
「大丈夫だ、命を奪いはしない」
その口から告げられるは、優しげな言葉。
だが、アレックスは手に込めた力を緩めようとはせず、懇願するような表情をトキに向けていた。
「頼む……そいつはヘタレで、仲間を見捨て盾にしたロクデナシで、遂には一線を越えてしまったクズ野郎だ……。
……でも、こんな殺し合いに巻き込まれてさえ居なければ……もうほんの少し勇気を持っていれば……仲間と幸せな人生を送っていた筈なんだ……!
頼む! 命だけは……命だけは勘弁してやってくれ!」
こちらの言葉を無視し始まったのは、独白のような、愚痴のような、弁護。
命を奪いはしないと言った筈だが……などと考えつつ、トキはアレックスに向け、再び口を開く。
先程よりも優しい口調で、温和な笑みを見せつつ、アレックスへ語り掛ける。
「安心してくれ、私は命を奪おうとまでは考えていない。ただ力だけは奪わせてもらう。
お前も言った通り、今の少年の精神状態は危険すぎる。戦力を奪っておかねば、また無用な犠牲者を増やす可能性が高い……分かってくれるな?」
そう言うと、トキは指の一本ずつを紐解き、アレックスの右手を外す。
……が、その右手はしつこくも再びトキを掴み、離そうとしない。
「……KAITOから、手を、離せ」
このアレックスの様子により、ようやくトキの顔にも訝しげな感情が宿る。
同時に心内に湧き立つは当惑と警戒。
トキは何が起きても良いよう、心を構えながらアレックスを見詰めた。
互いに無言。二人の間に何時しか流れ出すは、険悪な空気。
何故自分の言葉が信じて貰えないのか、トキには分からない。
嘘は吐いていない。だが眼前の男は、自分に対し明らかな警戒を見せている。
「……信じてくれ、絶対に殺しはしない」
言葉と共に、再度優しく指を解くトキ。
アレックスも納得したのか、今回は掴み直そうとしない。
やっと信用してくれたのか、とトキは安堵しながらも、KAITOの方へと向き直る。
ゆっくりと掲げられる右手。
殺さぬよう、だがしっかりと戦闘力を奪えるよう、トキは秘孔の位置を見極め、力を加減する。
そして、緩慢な動作で右手が振り下ろされ――
「止めろ!!」
――KAITOの首筋に命中する寸前、トキの後頭部に鈍重な衝撃が走った。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
俺は悩んでいた。
眼前には一人の男。
俺も良く知る、いやMUGENで頂点を狙う者なら誰もが知っている男――トキ。
凶悪なキャラ性能でステージを所狭しと駆け回り、十割コンボを決めまくる男。
苦労に苦労を重ね、ようやく勝利へと持ち込めたと思いきや、ブッパッコーからのテーレッテーにより紅の豚さんありがとう。
「命は投げすてるものではない」などと言いつつ、鬼の如く勢いでコンボを継続。
オーバーキルや開幕十割など日常茶飯事。
2ラウンド連続テーレッテーも有り得る。
有情にして無情……自分の知るトキとはそういう男であった。
それはこの殺し合いの場でも変わらない。
「痛みを与えるつもりはない」と口にした直後、KAITOに悶絶物のボディーブローを打ち込み気絶させ、そして「命までは奪わない」と言いつつ接近していく。
表情は真剣そのもの、とてもじゃないが嘘を吐いているようには見えない。
―――だが、俺はその言葉を信じ抜く事が出来なかった。
アレックスの知るトキとはそういう男だったから。
言動や態度と行動がまるで正反対の鬼畜男……それがMUGEN界でのトキという男だったからだ。
根は良い奴だとは分かっている。だがそれでも、信じきる事は出来なかった。
KAITOへと近付くトキが、その命を奪おうとしている様にしか見えなかったのだ。
正直なところ、トキがKAITOを殴り倒した光景を見て、俺もある種の爽快感を覚えていた。
様々な醜悪な姿を見せ、遂には殺人まで犯しそれを『裁き』と称して正当化しようとしたKAITO。
流石に憤りを感じずにはいられなかった。
その所為か、トキがKAITOを殴り飛ばした瞬間は、胸に仕えていた物が消えたような、不思議な気持ちが湧き上がっていた。
だが、殺すとなると話は別だ。
如何なるヘタレであろうと、殺人を犯してしまったクズ野郎に墜ちたしても、KAITOは仲間である。
俺の仲間であり、俺を御主人様と慕ってくれた少女の仲間……どんな理由があろうと殺害させる訳にはいかない。
だからトキを止め、そして頼み込んだ。殺さないでくれ、と説得を試みた。
しかし、そんな言葉であのトキが考えを改めてくれる訳もなく―――トキは俺を振り切るとKAITOへと歩みを進めていく。
口では殺さないと語っている。
だが、どうしても信じる事が出来ない。
あの男を、俺は、信じきれなかった。
だから、実力で阻止した。
仲間を守る為に、ハクやクラッシャーのような犠牲者をこれ以上出さない為に―――俺は拳を振るった。
格闘家としてはあるまじき、後方から不意打ち紛いの一撃。
流石のトキも回避するには到らず、直撃と共に地面に倒れた。
……が、直ぐさま立ち上がる。
困惑と戦意に顔を染め、俺を睨むトキ。その様子からは大したダメージは見受けられない。
正面から戦い勝てる気はしない。だが、KAITOを救う為にも引く訳にはいかなかった。
―――どう戦う?
何時も通りに構えを取り、自問しながらトキを見詰める。
鼓動が早い。
汗が吹き出す。
気を落ち着けるように俺はゆっくりとゆっくり深い呼吸を繰り返す。
西の方角には、この緊迫の場には相応しくない綺麗な夕焼けが映っていた。
思いがけない方向からの強烈な一撃に、トキの意識は闇の中へと飛び掛けた。
だが、そこは元北斗神拳後継者候補。
寸でのところで自身の口内に歯を立て、その痛みにより覚醒の淵へと踏みとどまる。
何故、信じてもらえないのか……解ける筈の無い問いを思考しながら、トキはアレックスと相対し直す。
「信じてくれ! 私はその少年を殺す気などない!」
「……悪いが、信用できない。少なくとも、普段のお前を見ている俺には、その言葉を信じる事ができない」
最後にそう言うとアレックスは、肩まで下りた金髪を左右に揺らしながらトキへと急迫。
最も隙の少ない横薙ぎの手刀を牽制に、自身の必殺技が決められるタイミングを探る。
アレックスの一撃を回避すべくトキが取った行動は、後方ナギッ。
前ダッシュで縮まった距離は一瞬で倍以上に開いた。
「何を言っている! 私とお前は、この場で初めて出会ったのだ! 何時ものお前を見ている、とはどういう事だ!?」
話が噛み合わないまま突入した戦闘。
アレックスの言葉により擦れ違いの片鱗に気付いたトキは、逃げに徹しながら口を動かす。
「俺とお前は戦ったことさえある……お前にとっては記憶にも残らないような相手だったのかもしれないが、な」
会話はやはり噛み合わない。
アレックスはトキの言葉を、『記憶にない』という意味ではなく『記憶に残りすらしなかった』と受け取ってしまう……話は何処までも噛み合う事は無かった。
「クッ……!」
数々のストリートファイトと日常的に行われてきた鍛錬により洗練されたアレックスの動きが、トキを焦らせる。
単純なスピードだけなら先程の少年の方が遥かに上。だが、アレックスは一つ一つの動作に隙が少ない。
十秒にも満たない戦闘で、相手が相当な実力者だという事が、トキにも理解できた。
「頼む、引いてくれるだけで良いんだ……KAITOを見逃してやってくれ!」
――だが、その拳には殺気の類が微塵も含まれていなかった。
むしろ、拳から伝わる感情は苦渋に満ちたもの。
その苦渋の染み込んだ攻撃を回避し続けながら、トキは思考を開始する。
自分にこの男を説き伏せる事は、おそらく不可能。
これまでの様子を見る限り、如何なる言葉を通しても、自分を信じる事は無いだろう。
だが、あの少年が危険人物であることもまた事実。
秘孔を突き戦力を奪取しておかなければ、無用な犠牲者が増える可能性もある。
しかし、
(この場は……引くか……)
この時既に、トキは後退の二文字を選択肢として考え始めていた。
アレックスの不信が余りに強固だから? ―――確かにそれもある。
だが、それ以上にトキは眼前の男を信じてみたかった。
仲間とはいえ、数分前までは敵対していた筈の少年を、傷付いた身体で守護しようとするアレックス。
その姿を見てトキは、信じてみたくなったのだ。
この男ならばあの少年を御しきれるのかもしれないと。
少年を元の光ある道に引き戻せるのではないかと。
先の少年の様子からは到底成し得ないだろうその可能性に、トキは賭けてみたくなったのだ。
「……分かった、諦めよう」
ピタリと、アレックスの動きが停止する。
眉間に皺を寄せ、僅かに惚けた様子でトキを凝視するアレックス。
有る筈は無いと考えていた降伏宣言にアレックスは小さな驚愕を覚えていた。
「本当……か?」
「ああ、だが約束してくれ。もう二度と、その少年が殺人を犯さないよう監視する……と」
彼の知るトキからは考えられない一言に、アレックスは困惑しつつも首を縦に振る。
その肯定にトキが満足げな笑顔を見せた。
「頼むぞ」
文字にすれば、たった三つの言葉。
だが、その言葉は面白い程にアレックスの胸へと染み込んでいく。
―――何かが違う。
言葉に出来ない程に漠然とだが、自分が知るトキと目の前で柔和な笑みを浮かべるトキとは、何かが違う様に感じた。
「……ああ、任せてくれ」
考えても、考えても、その違和感の答えは出ない。
戸惑いはそのままにアレックスはトキの頼みを承諾する。
返答に再び微笑みを見せ、アレックスに背中を向けるトキ。
先程まで一方的に攻め込まれてた相手に背を向けているというのに、その背中には僅かな警戒心も存在しない。
これもまた、アレックスの知るトキであれば絶対に有り得ない行動。
徐々に深まっていく困惑。だが解答を出すには余りに情報が足りない。
遠ざかっていくトキの背中を、アレックスは何処か腑に落ちない表情で見送る事しか出来なかった。
そして、場には二人の人間と一体の死体だけが残される。
夕焼け空に見守られる中、静寂に包まれる世界。
唐突に吹き抜けた微風には何処か虚しさが含まれていて。
最強を目指す男は惨劇の場の中心で、小さく溜め息を吐いた。
「フ タ エ ノ キ ワ ミ ! ! 」
―――瞬間、突如発生した奇声が静寂を突き破り、アレックスの頬を横殴りの衝撃が走り抜けた。
*激流に身を任せた結果がコレだよ!!(A面・前編) ◆vXe1ViVgVI
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それは、この殺し合いの中で生まれた奇跡のような五角形だった。
追跡者達は自らが追跡されている事を知らず、視界の中の標的へと歩を進める。
誰もが自分が置かれた現状に気が付く事なく足を動かし続ける。
僅かな均衡の上に成り立っている五角形は、それぞれの接近に伴い、徐々に縮まっていく。
そして、遂にはその五角形は崩れ落ちる事となった。
そのペンタゴンを破壊したのは、五角形の一角を担うあるヘタレが放った一撃。
その一撃により一人の少年の命が失われ―――そして、始まるは大乱戦という名の大混戦。
同じ目的を掲げている筈の人間達は、坂を転げ落ちる握り飯のようにすってんころりと、戦いを始める。
誰も止められない、止める事の出来ない悲劇が―――今、開始される。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
鋼のような筋肉に身体を包んだ金髪の男・アレックスは茫然とその光景を見詰めていた。
鼻腔を突き刺す悪臭。
様々な地を旅してきたアレックスでさえも経験の無い、強烈で吐き気を催す香り。
だがその悪臭すらも歯牙には掛かからず、アレックスはただ茫然とその光景を見ている。
いや、見ている事しか出来なかった。
「……カイト……お前……」
先程まで言葉を交わしていた少年は、たった数分で見るも無惨な姿に変貌していた。
消し飛んだ上半身、力無く垂れた下半身、炭化した傷口。
異臭、異臭、異臭……訳が分からない。
何故、こんな事になっている?
ようやく心を交わせたと思っていたのに、こんな殺し合いの場でも分かり合えたと思ったのに……!
「見てくれよ、アレク。俺は手に入れたんだ、力を……」
惨劇の中心でKAITOは……KAITOの声を発する機械のような鎧を纏った人間は、笑っていた。
達成感に満ち溢れた、心底からの歓喜を含んだ声。
何処か歪んだ声色が静寂の草原を通り抜けていく。
「やっとだ……やっと手に入れた……これで皆を守れる……リンもレンも助けてやれる……俺は強さを手に入れたんだ……」
KAITOの視界にアレックスの姿は映っていなかった。
ただ、手に入れた力に酔いしれる。
自身のコンプレックスを打ち破った事に震撼し、仮面の下で笑顔を浮かべていた。
壊れた人形のような、脱力しきった笑みを張り付かせ、KAITOは空虚な声を上げる。
「何で……こんな真似をっ……!」
その時、振り絞られたような悲痛な叫びが、KAITOの耳を叩いた。
瞬間、KAITOの表情に力が戻る。
殺人という禁忌を犯した事により齎された放心状態を、心中に燃え広がった憤怒が塗り潰したのだ。
「何でこんな真似をだと……? てめぇが……てめぇがしっかりしねぇからだろうが!! 何でこの糞野郎を見逃してんだよ!!! コイツは剣崎の仇で! リンを不幸にさせた張本人なんだぞ!!
何でそれを平然と逃がそとしてんだよ!! 頭おかしーんじゃねぇか、ボケが!!」
その獣のような咆哮と剣幕に、そしてKAITOが口にした内容に、アレックスは思わず言葉を失ってしまう。
そう、クラッシャーは殺人犯だ。
殺し合いに乗り、恐らくは剣崎を殺害し、先程もまた優勝を目指して行動していた。
クラッシャーは、確かに悪だ。それは確固たる事実であった。
だが――
「違う! クラッシャーは改心しかけていた! 自身の犯した罪に気付き、行動を改めようとしていたんだ!
お前は……お前はその未来を奪ったんだぞ!! 罪滅ぼしのチャンスを、お前は奪ったんだ!!」
――クラッシャーは、目を覚まし掛けていた。
最後に別れた時、クラッシャーの瞳は人殺しとは思えない程に澄み切っていた。
アレックスも見た事のある瞳。
ファイトが終わった後のような、悔しさと清々しさの入り混じった瞳。
その瞳を見れば分かる。
――この男は変わる。必ず、変わる。
その確信を持って、アレックスはクラッシャーに背を向けた。
下手すれば後ろから刺されかねない状況。だが、アレックスは僅かな躊躇も覚えなかった。
歩き始めたその時には思い描いていた。
近い未来、クラッシャーと手を取り合い強大な悪に立ち向かうその光景を――。
それを、この男は、踏みにじった。
怒りを感じずには居られなかった。
KAITOの考えも理解できる。だが、それでも怒りは収まらない。
「改心ン? 人を殺しといて改心だと!? 死にたくないから人を殺して、気分が変わったから改心する……そんな都合の良い事が許されっと思ってんのかよ!!
奴は殺人を犯して、リンを酷い目に合わせたんだ!! 生きて改心する事が罪滅ぼしじゃねえ、死ぬ事しか奴の罪滅ぼしはねぇんだよ!!」
先の叫びはアレックスの気持ちの丈が込められた渾身のものだった。
だが眼前の少年の心を揺らがす事は叶わない。
KAITOは怒号と共にアレックスの襟首を掴み上げる。
表情は仮面に阻まれ伺い知る事が出来ないが、それでも怒りに満ちていると理解できた。
そのKAITOの反応に、アレックスが覚える感情は絶望。
――何故、分かってくれない。
――何故、気付いてくれない。
――この殺し合いの場では、改心をする事さえ許してもらえないのか。
――この殺し合いは、そんな些細な望みでさえ叶えさせて貰えないのか……!
沢山の悲しみと絶望の中、ようやく舞い降りた希望。
だが、そんな希望ですら易々と砕け散った。
――誰もが死んでいく。
気前の良い運送屋の社長も、闘争を好む冷酷な殺人鬼も、凄まじい戦闘力を誇った喧しい剣士も、心優しいネガティブな少女も、殺し合いの果てに正義の心を理解しかけた少年も……誰もが死んでいく。
何なのだ、この殺し合いは?
何故、人々をこんなにも狂気へと引きずり込む?
何故、何の罪も無い人間を殺人鬼へと昇華させてしまう?
この地獄からどうすれば抜け出せる?
誰でもいい、教えてくれ。
腕っ節しか取り柄の無い俺は、この狂気の中、どうすれば良いんだ……!
「分かったか、アレク。俺は何も間違った事はしていない。人を殺したクソ野郎を裁いてやっただけだ……そう、間違ってはいないんだ」
押し黙るアレックスを睨み付けながら、KAITOは自身に言い聞かせるよう、言葉を紡ぐ。
そんなKAITOに掛ける言葉を、アレックスは持ち合わせていなかった。
虚脱感に染まった顔で、見詰め続ける事しか出来ない。
この殺し合いにより何かを狂わされた哀れな少年を――。
ナギッ
――だから、気付けなかった。
奇妙な音と共に高速で迫る男の姿に、アレックスは気付く事すら出来なかった。
瞬間、アレックスの視界から消えるKAITOの姿。
表情を染めていた虚脱感が驚愕へと変化し、同時に視線が、唐突に乱入してきた男に移る。
「お、お前は……!」
その男はアレックスにも見覚えのある男だった。
肩にまで伸びた銀髪、下顎を覆う無精髭、引き締まった鋼の如く筋肉を携えた男。
曰わく、病気さえなければ北斗神拳を継承していた男。
曰わく、存在自体がバグ。
曰わく、北斗格ゲー最大の戦犯。
世紀末スポーツアクションゲーム……ではなく荒廃した世紀末から連れてこられた男――トキが二人の前に颯爽と現れた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
―――時は僅かに遡る。
その時トキは、一人の少女と共に駅から出て来た男達を追っていた。
男の内の一人は顔に憤怒を貼り付かせながら、男の内の一人は臆病風に吹かれた様子で、走っている。
トキ達は付かず離れずの距離を保ちつつ、その二人を追跡し続けていた。
「……ねぇ、どうしてさっさと声を掛けないのよ」
顔に浮かぶ苛々を隠そうともせずに、少女――逢坂大河がトキへと問い掛ける。
前方の二人組が結構なスピードで走っているとはいえ、声の届かない距離では無い。
声を掛け足を止めてもらった後に、ゆっくりと情報交換をすれば良い……大河はそう考えていたのだが。
が、大河の言葉にトキは首を横に振るだけ。
距離を詰めようとも、呼び止めようともせず、目を細め前方の二人を眺めていた。
その無愛想な様子に頬を膨らませ、トキを睨み付ける大河。
怒りを含んだその視線を受け、大河の不機嫌が伝わったのか、トキは苦笑を浮かべながら大河へと視線を移す。
「あの二人は何か様子がおかしい。万が一という事もある、少し様子を見てから接触した方が良いだろう。
私の身体もまだ全快とは言えないのでな、すまないが少しばかり我慢してくれ」
苦笑と謝罪で締めくられた説明に大河も成る程と納得し、同時に自身の浅慮さに後悔を覚えた。
何も考えず二人組と接触を計ろうとした自分、最悪の事態も考え様子を見ているトキ……どちらの判断が正しいかは小学生にも分かる。
大河は顔を俯かせ唇を噛み締めながら、自身の不甲斐なさに肩を震わせる。
(こんなんじゃあ、塩の意志を継ぐ事なんて出来ない……もっと慎重に行動しないと……)
トキを護衛につけ無理矢理図書館から飛び出した時点で、慎重さなど欠片も存在しないのだが、大河がその事実に気付く事はない。
表層だけの戒めを自身に投げつけ、大河はトキ同様に二人組の観察を始めた。
使命感と責任感に強張ったその表情。
少なくとも普通の女子高生が浮かべるような表情ではない。
そんな大河を視界の端に捉えると、トキは再び苦笑を浮かべ大河へと語り掛ける。
「そう気張ることはない。厄介事は私に任せ、大河は自分の身を守ることに専念するんだ。
弱者の救済こそが私が目指す北斗神拳……大船に乗った気でいれば良い」
諭すような、優しいトキの言葉。
その言葉に大河の顔から緊張が少し抜け、微笑みが宿る。
「……ありがと」
そして、僅かに頬を染めながら一言。
その反応にトキは苦笑を笑顔へと変え、大河を見詰める。
一緒に行動してから初めて見たトキの笑顔に、慌ててそっぽを向く大河。
大河の顔は茹で蛸のように真っ赤な物へと変貌していた。
「べべべ、別に心の底から感謝してる訳じゃないんだからね! そ、それに大人が子供を守るのはと、当然なんだから!」
照れ隠し百%の憎まれ口にトキは益々笑みを深くし、大河の顔は更に赤く染まっていく。
―――核という悪夢が発生せず、世が平穏のままだったのならば、このような天真爛漫な子供達も増えたのだろうな……。
大河の姿に、トキはそう思わずにはいられなかった。
コロコロと機嫌の変わる、純粋で子供っぽい少女。
トキが生きてきた世紀末の世界では珍しい、明るく活発な少女。
守り抜くべき……守り抜かなければならない少女だ。
口に出すことはしないが、トキは決意した。
この少女を守り抜く為、病に犯された身体を最期の最期まで酷使し続けようと、
命に代えてもこの少女を守り抜こうと、
――トキは静かに決意した。
「トキ……何かマッチョな方が他の参加者と遭遇したみたいだけど……」
と、そこで、不意に掛けられた大河の言葉が、思考と決意に集中していたトキを現実へと引き寄せた。
気付けば両脚は追跡を止めており、二人組との距離は相当離れている。
気の緩みを戒めながら、トキは二人組へと視線をやった。
二百メートル程離れたそこには三人の人物。
地面に寝そべる眼鏡の少年、少年を睨み付ける筋肉質の男、二人の後ろで何らかの逡巡を見せている少年……その状況は明らかに剣呑なものへと変化していた。
「ねぇ、何が起きてるのよ」
常人の域を出ない大河には、遠方にて繰り広げられているその光景が漠然としか見えていなかった。
金髪の男が寝転がっている男に近付いているようにしか見えず、その表情の機微までは読み取れない。
徐々に悪化していく雰囲気を察知できたのは、この場に於いてトキ只一人であった。
(何かを話している……?)
前方の男達は睨み合ったまま動こうとしない。
口の動作から何らかの会話を行っているようだが、トキの聴力を持ってしてもその内容は聞き取れず。
だが、二人の間に流れる空気が一触即発の匂いを漂わせている事は確か。
地面に寝転ぶ少年はあれ程の接近を許しているというのに、立ち上がろとはしない。
いや、おそらくは立ち上がれないのか……少年の身体は相当に蝕まれているように見える。
対する西洋風の男は無抵抗な少年を睨み付け、何か言葉を吐いていた。
襲い掛かろとはせず、だが手を差し伸べようともしない。
その表情には様々な感情が入り乱れており、次の行動を予測する事が出来なかった。
今にも攻撃を開始するようにも、このまま見逃すようにも見えた。
「……大河、私はあの二人の仲裁に入ろうと思う。だが、万が一という事もあるし、君をみすみす危険に晒す訳にもいかん。
済まないが、私が片を付けるまでそこの茂みの中に隠れていてくれないか?」
結果、トキが選択した道は仲裁。
少なからず闘争に発展する可能性がある限り、止めに入るべきだとトキは判断した。
加えて、眼鏡の少年に戦う意志や戦いに注ぎ込める余力は感じられない。
どのような状況であろうと弱者は救済する……それが、先の短い人生で彼が目指す北斗神拳である。
迷う要素は欠片もあらず、トキは直ぐさま仲裁に入る道を選んだ。
「……いやよ、私も行く」
だが、予想外な事態とはどのような場合にもつき物。
この時もまた、トキにとって予想外な事態が発生した。
大河がトキの指示を受け入れないのだ。
思わず視線が男達から離れ、横に立つ大河へと向けられる。
「……ここは聞き入れてくれ。私の身体は病に蝕まれており、疲労とダメージも少なくない。
襲撃された際は命懸けで守ると約束するが、わざわざ危険に赴く事は無い。大河は隠れていて――「イヤよ! 絶対にイヤ!」
トキの言葉を遮り叫び出されるは、純粋な拒絶の意志。
豹変したかの如く剣幕に、トキは目を見開き、大河を見詰める。
「もう見ているだけはイヤなのよ! 塩はあの時、私達を守るために化け物に食べられて死んだ! 私は……私は何も出来なかった!
悔しかった! もうイヤなのよ! 何も出来ないまま、仲間を死なせるなんて絶対にイヤ!」
この時、ようやくトキにも大河が無謀な行動を取り続ける意味が理解できた。
仲間がいる映画館を飛び出し、仲間がいるホテルを飛び出し、仲間がいる図書館を飛び出した……まるで自ら死地に突き進むかのような行動の数々。
この行動の主がビリーのような実力者ならまだしも、大河の身体能力は決して高く無い。
恐怖という感情が欠如している訳でもないし、未来を思考する能力が欠如している訳でもない。
トキには、何故大河が無茶な道を進み続けるのか、その原因を突き止める事は出来なかった。
――だが、今この瞬間、遂に理解できた。
「大河、お前は……」
この少女は自身の無力さを呪っている。
そして、自身の無力さを認めようとしていない。
自分が無力だったからではない。自分が行動しなかったから『シオ』という名の仲間を失ったと思考している。
だから、強引な行動を繰り返し続けているのだ。
過去の、化け物を前に行動しなかった自分を乗り越えようと、行動をし続けるのだ。
(……危ういな……)
恐らく大河がその化け物に立ち向かったところで、勝ち目は無かっただろう。
そもそも大河の実力で覆る位の戦況ならば、『シオ』を犠牲にせずとも逃亡できた筈だ。
大河は弱い。だが、弱い事は罪では無い。
自身の無力さを認知せず、暴挙に近い行動を取り続ける事が問題なのだ。
このまま暴走を続ければ、大河は近い未来必ず死ぬ。
これまでの行動を省みれば、今まで生き延びたこと自体、幸運とも言える。
「駄目だ……此処は私に任せ、大河は身を隠していろ」
「イヤって言ってるで―――」
依然首を縦に動かそうとしないトキに大河が喰い掛かったその時―――トキの右腕が動いた。
知覚できない程の速さで放たれた手刀は、大河の首筋へ寸分と違うことなく命中。
痛みも衝撃も感じる事なく、大河の意識は深淵の中へ吸い込まれていった。
「すまぬ……」
倒れる大河を優しく支え、茂みの中へと寝かせるトキ。
説得する時間すら惜しいとはいえ、守護すべき弱者に拳を振るったのだ。
その心中に浮かぶ罪悪感は相当なものであった。
だが、このまま大河を闘争に巻き込む訳にもいかない。
時間はなく、加えて大河は自分を見失っている状態……トキは苦心を押し殺し、武を使用した。
茂みの中に身体全体が隠れた事を確認し、トキが男達の方へ振り返る。
そして、トキの視界に飛び込んできた光景は―――
―――紫電を纏った剣が、無抵抗を貫き通す少年の上半身を吹き飛ばした、その瞬間。
「なん……だと……?」
遅れて届いた衝撃音に身体を包まれながら、トキは呆然と立ち尽くす。
そう、結果だけを言えばトキの救済は間に合わなかった。
現在の状況と大河の心中を把握している間に事態は最悪な展開に転がり落ちていたのだ。
アレックスの説得、そしてKAITOの暴走……トキが大河に気を留めている間にも状況は変化していき、そして起爆へと至っていた。
「私は……何をッ……!」
瞬間、トキは全力で疾走を始めていた。
両手を翼のように広げ『ナギッ』という音と共に、仮面ライダーに変身したKAITOへと急迫する。
―――『何で……こんな真似をっ……!』
米粒ほどの大きさにしか見えなかった男達が、接近に伴い、徐々に大きくなっていく。
そして、聞こえてくる男達の話し声。
筋肉質の男が、不思議な恰好をした機械のような人間に怒鳴り声を上げていた。
―――『何でこんな真似をだと……? てめぇが……てめぇがしっかりしねぇからだろうが!! 何でこの糞野郎を見逃してんだよ!!!
コイツは剣崎の仇で! リンを不幸にさせた張本人なんだぞ!!何でそれを平然と逃がそとしてんだよ!! 頭おかしーんじゃねぇか、ボケが!!』
対する声は憤怒に満ちた、若々しい声質とは裏腹の荒々しい言葉であった。
同時に声の主は筋肉質の男に掴み掛かり、脅し付けるかのように大声を上げる。
自身の失念が招いた事態に焦燥するトキが、その言葉の裏にある怯えに気付く事は無かった。
―――『違う! クラッシャーは改心しかけていた! 自身の犯した罪に気付き、行動を改めようとしていたんだ!
お前は……お前はその未来を奪ったんだぞ!! 罪滅ぼしのチャンスを、お前は奪ったんだ!!』
―――『改心ン? 人を殺しといて改心だと!? 死にたくないから人を殺して、気分が変わったから改心する……そんな都合の良い事が許されっと思ってんのかよ!!
奴は殺人を犯して、リンを酷い目に合わせたんだ!! 生きて改心する事が罪滅ぼしじゃねえ、死ぬ事しか奴の罪滅ぼしはねぇんだよ!!』
それは違う、とトキは心の中でKAITOの叫びに反論していた。
確かに救いようのない性根の腐った奴は存在するし、トキの義弟などはそのような奴等を情け容赦無く、北斗神拳を用いて排除し続けている。
その生き方をトキは否定する気は無いし、寧ろ肯定側に立っていると言っても良い。
有情の拳で、苦痛を与える事は無いとはいえ、数多の悪人を葬り去ってきたのだ。
今更、悪人の殺害を否定などと聖人君子のような事を言うつもりはなかった。
だが、それでもトキは、KAITOの言葉を肯定しない。
身内を救う為、やむを得ず他者を殺害する者もいる。
仲間を救う為、苦心の果てに殺人を犯す者もいる。
生き延びる為、苦悩の末に人殺しの道を選択する者もいる。
殺人を犯した全ての者が修羅ではないのだ。
どうしようもできない何らかの理由があって、葛藤に悩み抜きながら殺人に手を染める者だっているのだ。
勿論、殺人は罪だ。然るべき場所で然るべき処罰を受ける必要がある。
だが、それを安直に人の手で裁くのは間違っている。
それに加えて、殺し合いを制覇せねば生還できないという現状。
弱者を修羅の道へと導くには、充分すぎる環境なのだ。
人殺しだから、という単純な理由だけで人を断罪する事は間違っている。
―――『分かったか、アレク。俺は何も間違った事はしていない。人を殺したクソ野郎を裁いてやっただけだ……そう、間違ってはいないんだ』
違う。
そんな傲慢な裁きなど在ってはならない。
幾ら相手が殺人犯であろうと、無抵抗な人間を殺害する裁きなど許される訳がない。
そんなものは只の虐殺だ。
改心しかけていた者が相手であれば尚更だ。
――ナギッ
胸中に宿るその思いに応えるかのように、トキの身体が加速する。
遠く広がっていた間合いは瞬く間に消失。
同時に流れるような蹴り上げがKAITOの顔面に叩き込まれる。
アレックスとの口論に集中していたKAITOは反応すら出来ず、グルグルと回転しながら宙を舞った後、頭から地面に墜落した。
「お、お前は……?」
横で驚愕しているアレックスを無視し、トキはKAITOに向け戦闘体勢を取る。
無抵抗な少年を殺害したこと、口にした傲慢な理論、そしてあの虐殺を裁きと言い切る精神……様々な要素が組み合わさった事により、トキの中でKAITOは倒すべき敵と認識されていた。
(殺すつもりはない……だがその戦力は奪わせてもらう)
長い長い鍛錬により会得した有情の拳を掲げ、トキは眼光鋭くKAITOを睨む。
「我が名はトキ。貴様の悪行を見せて貰った……殺すつもりはないが――相応の覚悟はしてもらうぞ」
トキは気付かない。
KAITOもまた、恐怖に圧し負け修羅の道に進んでしまった哀れな犠牲者だという事に、
KAITOもまた、守るべき弱者だという事に、
トキはその事実に気付く事なく―――KAITOへとその拳を向けた。
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