第四話


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第四話


「時は放課後、一条叶と城崎秋人の計二人しかいない野球部に、入部希望者が現れた。
 姫島桜と名乗る金髪ツンツン頭の彼は、入部する代わりに部長の座を寄越せと叶に迫る。
 だが、負けん気の強い叶がその提案を了承しようはずもなかった。
 一触即発の雰囲気になりかける二人。我関せずのスタンスを貫く秋人。
 そんな中、彼らに一筋の光明を見出させたのは、野球部顧問、館山葉月であった。
 彼女は言う。『野球で勝負をつけなさい』と……。
 かくして、部長の座を賭けた実に下らない争いが、幕を開けようとしているのであった!」
「あれ、お母さん、何してるの?」
「あら、吉野。私がやってるのは前回のあらすじよ」
「何で? そんなの地の文で良いじゃない」
「……良いわよね、レギュラーは」
「え?」
「出番が……私だって出番が欲しいのよ!」



 キャッチャーマスク越しに叶を見ながら、秋人は桜への対策を考えていた。
 桜は左打者、対する叶も左投手である。一般論で言えば叶の方が有利だ。投手の聖域とも言われる外角低めを有利に使えるというのは、非常に大きい。
 だがしかし、こちらには桜の情報が全くないのが痛い。先ほどのホームラン宣言及び、『四番を打っていた』という言葉からパワーヒッターであることを想像するのは難くないのだが、果たしてそれが正しいかどうかもわからない。
 とはいえ。
(……俺としてはどちらか部長でも構わないんだがな……)
 叶が部長になろうと、桜が部長になろうと秋人は別にどうでもよかった。
 真面目にやらないのであれば、即刻蹴落とせば良いだけの話だからだ。
 この城崎秋人という人物、案外考えることがえげつない。
「よーっし! 城崎、準備は良いかー!」
「ああ」
「よし、行くぜ姫島!」
「きやがれチビ助」
 叶が不敵に笑い、桜を挑発する。桜もまた、獰猛な笑みで返すのだった。
(……ま、投手の力を引き出すのが俺の仕事だしな)
 桜の後ろ姿を見つつ、秋人は頭の中で浮かんでは消える投球コースを吟味する。
 内角、外角、高め、低め。様々なコース、球種が浮かんでは消えてゆく。
 最終的に秋人が要求したのは、内角高めのボール球だった。まずは様子見から始めることにしたのだ。
 ボール球に手を出すならそれでよし、あの小柄な体から繰り出されるファストボールでビビってくれるならそれもよし。
(さて、どう出るか……)
 叶は秋人のサインに頷き、振りかぶった。右足を上げ、左腕を勢いよく振り下ろす。
 その手から放たれるのは百六十センチ足らずの体から繰り出されるとは思えない速球である。
「……っと」
 パシッと小気味よい音を響かせ、秋人が捕球した。彼の後ろにいる葉月が、ボールを宣告する。
 首筋から拳三個分ほどのところを掠めるような球を避けた桜は、体勢を整えた後に感嘆の溜息を漏らした。
「ほぉ……チビ助、見直したぜ。まさかそんなちまっこい体からこんな球投げるとはよぉ」
「へっ、驚くのはまだ早いんだな、これが」
(……頭近くに速球が来ても大して怖がってない、か。肝っ玉が座ってるな)
 少しは怖がってくれるかと思っていたのだが、特に効果はないようだ。
 やれやれ、と心の中で嘆息しつつ、秋人はもう一度コースを考えた。現在のカウントは0-1。
 カウントが0-2になるのだけは避けたい。
 これは、打者にとっては色々出来る素晴らしい状況だが、バッテリーにとって見ればかなり嫌な状況であるからだ。
 しかし、叶のコントロールを考えてみると……、
(……十中八九、ボールだろうな……)
 先ほどの投球も、秋人の要求したコースからかなり外れている。
 一度内角に投げているので、次は外角を攻めておきたいところだが、叶のコントロールでは外角に投げさせても上手く入る確率は低いと言えるだろう。
 いくつかの結果を予測し、結局秋人が決めたコースは内角、桜の胸元を抉るようなシュートだった。
(シュートねぇ……了解)
 先ほどと同じモーションの後、叶の手から、白球が放たれる。

「やべっ!」

 同時に叶の焦ったような声。そして、秋人の呻き声。
「逆玉――!」
「もらった……!」
 叶が投げた球は秋人の要求したコースとは逆の、外角高めへと向かう。
 それも、力の抜けた、いわゆる棒玉である。
 マウンドにいる叶の視界には、先ほどとは比べものにならないほど獰猛な笑みを浮かべた桜の貌が映る。そして、叶は自身の敗北を決意した。
「どっせぇぇぇい!」
 桜が大きく踏み込み、そして豪快にバットを振るう。彼のバットが辺りの空気を切り裂き、彼の後ろに座る秋人は思わず片目を瞑った。

 ブゥン、と風を大きく切る音。

「ストライク」
「あれ?」
「え?」
「……あ」
 葉月の宣告に、三者三様の反応を見せる。
 大きな当たりを確信した桜は手に握られているバットを凝視し、叶は青空の向こうまで飛んでいくと予想していた白球が見当たらないことに首を傾げ、白球が自身のミットに収まるとは到底予想もしていなかった秋人は、視界に映る叶の間抜けな顔に目を奪われていた。
 全員の予想を大きく裏切って、桜は空振り。
 叶がストライクのカウントを一つ取ったのだ。
「運が良いというか何というか……」
「何だと城崎! これも俺の実力だ!」
「そうだな、運も実力の内だな」
「おいこら姫島ぁぁ!」
「仲が良いのは結構だけど、とっととやりなさいな」
 葉月の言葉に、三人は対決モードへと移行した。

(……さて、1-1だ。もう一度、ストレートで攻める。外角低めに、直球だ)
(任せろ)
 サインを出して、頷きあう。
 三度目、叶が振りかぶって、ボールをリリースする。
「ちっ、くそっ……!」
 左投手の投げる外角低めは、左打者にとってかなり打ちにくいコースである。それに加え、地方大会レベルで考えればかなり早い部類に入る叶の速球が組み合わされば、桜には少々分が悪い。
 見逃し、ギリギリのラインを通って「ストライク」の宣告。
 秋人は思わず溜息を吐いた。
「……後一本だけど、心臓に悪いな……」
「何でだよ!」
「制球力がな……」
 先ほどの投球は叶のコントロールを考え、コーナーからは余裕を持ってミットを構えていたのだが、その結果ストライクかボールか非常にギリギリなラインなのだ。
「いつの間にか追い込まれてんなぁ……」
「どうだ? 俺が部長で良いだろ?」
 バッターボックスの外で大きく欠伸をしながら、桜がのんびりと口を開く。
 ツーストライクの状況で気を良くしたのか、胸を張りつつ叶は桜に応じるが、彼はさして気にした様子もなく、バットを構えた。
「とりあえずわかったのは、お前がノーコンだってことだ」
「うるせー!」
「だから、まだチャンスはある」
(……その通り)
 桜の言葉に、秋人は心の内で首を縦に振った。

「ボール」
「ぐ……」

「ボール」
「んぐぐぐぐぐぐぐぐぐ……!」

「というわけで、ツーストライクスリーボールなフルカウントだが」
 マウンドの上で顔を真っ赤にして歯ぎしりする叶を宥めつつ、秋人はゆっくりと言葉を紡いだ。2-1の状況から一転して、二連続ボール。2-3のフルカウント、ボールが出れば叶の負け、ストライクに入ったとして、空振りに切って取らねばやはり叶の負けとなる。
 何でこんなアホな条件にしたんだと瞳が微妙に潤んでいるような叶を見て、秋人は溜息を吐く。
「……おい、一応言っておくが、泣くなよ」
「泣くかっ!」
「それなら良いが……、どうする?」
 秋人は、視線をバッターボックスで素振り中の桜にやった。
 マウンドに秋人がやってきたのは、何も叶を慰めるためではない。
 この後、どう桜に対するかを相談しに来たのだ。
「……お前考えろ」
「一条、これはお前の勝負なんだが」
「だって、わかるわけないだろ! どうせ俺はノーコンなんだからさ!」
 秋人から少し距離を取り、叶は彼を睨み付けた。
「ガキか」
「うるさいうるさいうるさぁぁぁい! どうせ俺はガキだよちくしょー!」
「まあ、ホントのガキだったら魔球とかに頼るんだろうけどな……。ん?」
「なんだよ」
 急に首を傾げた秋人を、叶は胡乱げな瞳で見つめる。
「お前、確か俺に一つだけ持ち玉を見せてないよな」
「……あ」
 間抜けな声で、叶は頷く。自分の持ち玉を把握できないほどにショックだったかコイツはと、秋人は本日何度目かすらわからない溜息を吐いた。
「それ投げろ。もうどうしようもない」
「え、ちょっと……」
「勝ちたいか、勝ちたくないかだ。勝ちたいなら投げろ」
「…………うん」
「よし。で、球種は?」
「……ふふふ、必殺技の名前は味方にも秘密なんだぜ!」
「そういうもんかね」
 先ほどとは打って変わり笑顔を見せる叶に、秋人は微笑んだ。

「作戦会議は終了か?」
「ああ。終わった」
 キャッチャーボックスに戻った秋人に、桜が声を掛ける。
 彼の言葉に頷き返し、秋人はマスク越しに叶を見据えた。
 先ほどの弱々しげな雰囲気はどこかへ飛び去り、その瞳は闘志の炎に燃え上がっている。
(良い感じだな。投手はこうでないと)
「それじゃ、とっとと始めちゃいなさい」
 審判である葉月の声に、秋人と叶の二人は頷き、桜はバットを握りしめる。
「行くぞ、一条」
「任せろ」
 球種は、秋人も知らない、叶の決め球。
 叶が大きく振りかぶり、右足を踏み込み……そして――

「はぁッ!」

 ――腕を振るった。
 叶の手を離れ、白球がミットに吸い寄せられるようにやって来る。
 その速さは、ほぼファストボールと同じ。まだ、違いは見受けられない。
 が。
(なるほど、確かに決め球には持ってこいだ……!)
 秋人には、その球種が何なのかがわかっていた。
 彼の瞳には、叶の球の軌道が映っている。そう、それは昔、何度も受けた決め球――。
「また直球か……流石に、目は慣れてるぜっ!」
 桜が、引いたバットを振るう。
 横から見れば、直球のやって来るコースちょうどを、上手く叩いているように見えるだろう。
 しかし、それは違う。球は、バットに当たらない。
「な……!?」
(振った! バットの軌道はボールの上……一条の決め球、それは……)
「フォークボールだよ、ざまあみろ!」
 球は、桜の手元で鋭く落ちた。
 そしてそれを、秋人がキャッチして。



 判定はストライク。
 この瞬間、秋人と叶の勝利が決定した。



「というわけで姫島。お前には入部してもらうぞ。ヒラで」
「わぁったよ。別に入らないなんて言わねぇよ」
「まあ、言った瞬間お前を廊下で見かける度に桜って呼ぶから良いけどな」
「やめろ。ぶち殺すぞ」
 本当に不機嫌そうな顔で、桜が顔を背けた。
 こいつなりの照れ隠しなんだろうなと、秋人は思う。
「……で? 他の部員は?」
 桜は辺りを見回し、叶に尋ねる。
 ああ、こいつは野球部の現状を知らないんだっけと一人納得し、叶が得意げに説明を始めた。
「部員は、俺とお前、そして城崎の三人だけだ」
「……」
「……なんだよ、黙って」
「このクソチビがああああ! 野球どころかバスケすらできねぇじゃねえか!」
 桜が激昂した。
 ただでさえ逆立っているような髪の毛はさらに逆立っているようで、叶は小さく、「ひっ」と声を漏らしてしまう。
「まあ待て、落ち着け桜」
「おい城崎テメエ! 誰が名前で呼んで良いっつった!」
「……ああ、悪いな姫島。とりあえず落ち着け」
 秋人が、グラウンドで暴れかねない桜を宥めるために声をかける。
「三人ってテメエ、野球できねえじゃねえか」
「出来ないよ。だからこそ、勧誘するんだ」
 静かな声で、秋人は桜を諭すように言った。
 その態度に思うところがあったのか、桜も少しおとなしくなる。
「……ん、だが、勧誘っつってもな……、ウチは元女子校だぞ」
「それでも男子はいるだろ。馬鹿か桜」
「その名前で呼ぶんじゃねえよクソチビが!」
「チビじゃない! ちゃんと平均すれすれだよ!」
「それがチビなんだよチビ!」
「むぅぅぅ!」
 この二人はどうやっても反りが合わないらしい。
 秋人は短くため息を吐いて、ゆっくりと口を開いた。
「はいはい……、とりあえず、これで三人になったんだが、どうする気だ、部長」
「勧誘!」
「で、それぞれが勧誘するって事で良いのか」
「そうだな……。とりあえず今いるウチの男子生徒全員を野球部に加えるぞ」
 無茶があるだろと内心突っ込んだが、秋人は口に出すのはやめにした。
「桜、やれるな!?」
「俺を誰だと思ってんだ? だがその前に名前で呼ぶな」
「……桜桜桜桜桜」
「クソチビぃぃぃぃぃ!」
(ダメだこいつら)


 自分が頑張るしかないか、と秋人は一人頷いた。


「一人捕獲したぜー」
「早いな……」
 翌日、部室(という名の体育倉庫)でジャージに着替えていた秋人は、満面の笑みでドアを開けた桜の言葉に動きを止めた。
「ほれ、挨拶しろ」
「は、はははは、はいっ」
「どもってんじゃねえよアホ」
 バシッ、と乾いた音が倉庫に響く。桜が、連れてきた男子生徒の背中を叩いたのだ。
 本人としては軽い力で叩いたのだろうが、不幸な男子生徒は涙目になっている。
「ぼ、僕……、村上武志です……」
「一年D組、俺のパシリだ」
「パシリって……。まだ入学して一週間も経ってないぞ……」
「は、はい……。仕方ないんです、僕は所詮パシリパシリパシリ……」
「うじうじしてんじゃねえよドアホ」
「うわあっ!」
 桜の拳骨が飛ぶ。
 ひどすぎる。秋人は内心で村上に同情した。 
「……と、その前にだ。村上は、野球経験者か?」
「や、やったことないです……」
「そうか。……さて、どうしたものか」
「なに、俺がビシバシ鍛えてやるよ」
 秋人の言葉に、桜が胸を張って答えた。
 すぐ隣の村上の顔がもの凄く沈んでいるのはこの際気にしないことにしよう。
 秋人は良くも悪くもドライな人間であった。
「遅れたーっ」
 部室のドアが開き、叶が顔を覗かせる。
 秋人、桜の順に目をやり、その視線は村上で止まった。
 可哀想に、村上はこれ以上ないほどに怯えている。
「ひぃ……」
「お前。入部希望?」
「は、はひ……」
 強制入部である。
「よしきたっ! 俺、一条叶! よろしくな!」
「え、あ、は、うん……」
「はっきりしろっての」
 ズビシッと、桜が村上の背中をはたく。
 あうっと情けない声を出し、村上はおずおずと自己紹介した。
「村上ね。野球経験は無し……。まあ、贅沢言ってられないし。頑張ろうな!」
 ニコニコと眩しいほどの笑顔を見せる叶に、村上の心は少し救われたという。

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