第三話


※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

本編>第一章>第三話

第三話


 今日も今日で気持ちよく晴れていた。
 雲一つ無い青空はどこまでも広がっているように思え、加えて成美高校の建つこの地域は田舎なので景色を阻害する物なんて無い。
 すっきりさわやかとした、そんな日の放課後。
 前を向けば不敵に笑う野球部部長一条叶。
 自分の右前、即席左バッターボックスには金髪ツンツン頭のヤンキー野郎。
「早く来いよチビ助! かっ飛ばしてやっからよぉ!」
「言ったな? 後悔するぞチョ○ボ頭!」
 互いに挑発しあうバカ二人。
 今からこの二人は一打席勝負を行おうとしていた。
 叶が勝てばチョ○ボ頭が野球部に。チョ○ボ頭が勝てば叶は野球部部長の座から引きずり下ろされ、代わりにチョ○ボ頭が部長になる。
 結局勝負がどう転んだところでチョ○ボ頭が野球部に入ることは決定事項という、何とも下らない勝負なのだ。
 即席キャッチャーボックスに座る城崎秋人は、何故自分までこんな面倒なことに巻き込まれねばならないのだろうかと自らの不運を嘆き、そして嘆息した。



 その日の朝。城崎秋人はグラウンドにいた。
 無論、叶に自らの気持ちを伝えるためである。野球部に入部するという自分の決意を。
「……というわけだ。自分でも情けないとは思うが、野球部に入れてくれ」
「……」
 自分では珍しく自発的に秋人は頭を下げた。
 しかし、叶の表情は硬い。それも無理はないか、と秋人は思う。
 昨日あれだけ熱心に勧誘したのに断られ、だが翌日掌を返したように入部させてくれと言われたのではイラッと来るのも当然のことだろう。
 もし断られてしまったのならばそれはそれで諦めて、三年間をゆっくり勉強に充てようと思う秋人であった。
「……本当に、入部したいんだな?」
 顔を上げ、念入りに叶が尋ねる。その瞳は真剣そのもので、やはり生半可な気持ちで野球部を設立したわけではないとわかった。
 彼の問いに秋人は無言で頷き、そして野球部部長である叶の言葉を待った。
「良いぜ、大歓迎だ。……やっぱさ、初めての友達は大事にしたいしな」
「……そうか、恩に着る」
 照れくさそうに笑う叶の姿を見て、秋人は何だか申し訳ない気持ちになった。
 それと同時に、叶とはきっと親友同士になれるだろうな、と根拠なく思うのであった。
「そうだ、早速お前のポジションを聞きたい。どこだ?」
「キャッチャーだ。ほら」
 そう言って秋人は脇に抱えていたキャッチャーミットを掲げて見せた。愛用品である。
「おぉ、そうか、キャッチャーか。じゃあ俺とお前のバッテリーで決定だな」
「一条は投手なのか」
「ああ、サウスポーのな」
 言って、叶は左手を開いたり閉じたりして見せた。
 なるほど確かに投手だろう。至る所に豆がつぶれたような跡が見える。
 そして同時にそれは、彼がかなり投げ込みを重ねていることを意味していた。
「一条、お前の球が見たい。ちょっと軽く投げてくれないか」
「あ? 良いぜ」
 グラウンドに適当な四角を作り、秋人はそこに屈んだ。
 叶はそこからおおよそ十八メートルくらい離れ、右手にグローブをはめる。左手には白球だ。
 叶の身長は高校生の男子にしてはかなり低い。その事から秋人は勝手に彼が軟投派であると決めつけていた。
 背が高い方が当然球威が増すため、背が低い投手は変化球に頼りがちになるからだ。とはいえそれは投手が上手投げの時の話であるが。
「行くぜー?」
「ああ、来い!」
「じゃー、ストレートな!」
 自らの左手にもミットをはめ、秋人は叶の球を待った。
 ゆっくりと、叶の両腕が上がる。一歩左足が下がり、上半身が反った形になった。
 そのまま左足を軸足に半回転、右足が振り上がる。
 左腕が後ろで捻られ、右足が地に着いた瞬間捻りを戻しながら大きく腕が振り抜かれた。
(な――!?)
 秋人は驚いた。
 構えたところにボールが来ない。それもある。
 だが、それ以前に……球の速度が思っていた以上に速かった。
 目測で――130km/hくらいだろうか。あの小柄な体から出されるファストボールとは思えない。
 叶の手を離れた球は右バッターボックスのど真ん中を突っ切るように通り過ぎていった。右打者がいれば文句なしのデッドボールである。
「こらぁぁぁ! 何で捕らないんだよ!」
 球を見送った秋人に腹を立てたのだろう、怒った顔で叶が殴り込みに来る。
「いや、速球に驚いていたんだが……お前コントロール悪すぎないか?」
「だ、黙れ! 左で速球派なんだ、貴重だろうが! コントロールなんて二の次だ!」
 どうやら制球力がないのは自覚しているらしい。
 高校球児としてそれはどうなのだろうかと思った秋人だったが、特に何も言わずに黙っておいた。
 言えば叶の機嫌が悪くなるのは必至だからだ。出会って二日、だが既に秋人は叶の性格を心得たようである。
 それから二人は何度か投球練習を行った。
 叶の持ち玉はストレートにカットファスト、シュート、そして……、
「これが俺の決め球だ、覚悟しろよ城崎!」
「それ味方に言う言葉か?」
「うっさい、行くぜ――ひっさ」
 きーんこーんかーんこーん……。
 間抜けな音が二人を包んだ。いつの間にか、授業開始時刻である。
 二人とも熱中しすぎて時間の過ぎるのを忘れていたのだ。
「ちっ、お預けだな!」
「ああそうだな。しかし授業初日で遅刻というのは頂けない。走るぞ一条」
「おうよ!」
 一目散に校舎へと駆けてゆく二人。
 しかし、自分たちを見つめる影があることに二人は気付いていなかった。
「……野球か。面白そうじゃねぇか……ククク」



「な、何でここにアンタがいるんだっ!」
 放課後、顧問と初対面した秋人の口を衝いて出てきた言葉がこれだった。
「だって教師だし」とその顧問――タイトなミニスカートに胸元をやけに強調した服、そしてその上に白衣を着ている――館山葉月は不服そうに口を尖らせた。
 ただ一人、叶だけがわけがわからないといった風に秋人と葉月の二人を交互に眺めている。
「なあ城崎。館山先生とはどんな関係が?」
「ふ、ふふふ……あろう事か、信じられないことに、世も末なんだが……」
「従姉妹よ」
 長々とタメを置いた秋人の言葉を遮り、葉月が口を開いた。
 そう、館山葉月は城崎秋人の従姉妹であった。
 今でも鮮明に思い出せるこの従姉妹の悪行の数々。
 いつからか葉月は、秋人の天敵となってしまっていた。流石にもう会うことはないだろうと高を括っていたのだが、まさか自分が通う学校の教師、しかも野球部の顧問を務めているとは予想外であった。
 普段冷静な秋人であるが、彼女の前ではどうにもこうにも平静を保っていられないらしい。そろりそろりと葉月から距離を取っていた。
「あら、アキ? あなた、まさか――この私から逃げようとでも?」
「は、はは、何言ってるんだ葉月、そんなわけ無いだろ? あ、あはははは」
「そうよねぇ、うふふふふ」
「当然だろ? あはははは」
「……馬鹿らし」
 叶は一人呆れたようにため息を吐いた。
 未だ乾いた笑い声を上げる二人を横目に見ながら、叶は足下に置いてある自分の鞄からグローブとボールを取り出し、野球部に宛がわれた部室――と呼ぶのもおこがましいただの小さな倉庫――の扉を開けた。
「さぁて、練習れんしゅ……」
「……邪魔するぜチビ助」
 扉を開けた瞬間、叶の目の前に現れたのは自分よりも二十センチは背が高いであろう人影だった。
 彼が呆然としてる間に、人影はずかずかと部室に入り込む。
 数秒固まっていた叶だったがようやく我に返り、その人影に尋ねた。
「な、なんなんだお前は」
「あん? ここって野球部だろ?」
 全く的を射ていない回答だ。だが一応この男の言っていることは正しいので頷いておいた。
「そうかそうか。……じゃあ俺を野球部に入れてくれや」
「え?」
「ふぅん」
「ほぅ」
 三者三様の反応である。上から叶、葉月、秋人の反応だ。
 叶に至ってはこの男の言っていることがいまいち理解できてないらしい。
 創部二日目でいきなり入部希望者が来たことに驚いているのか、はたまたその男の髪型に驚いているのか。
 ちなみに男の髪は金髪でツンツン頭、つまりチョ○ボ頭であった。
「で、部長はどいつだ? お前か?」
「いや、俺は違う。部長ならあいつだ」
 チョ○ボ頭に尋ねられた秋人が首を振り、叶を指さす。
 それを見たチョ○ボ頭は叶に視線を合わせると、獰猛な笑みを浮かべた。
「おいチビ助。部長の座を寄越せ」
「は、はぁ!? 何言ってんだこのチョ○ボ!」
「んだと? 大人しく渡せっつってんだよチビが!」
「背が低いのは仕方ないだろ! というか野球部は俺が作ったんだこのクソ野郎!」
「うるせぇ。俺は一番上じゃねえと気がすまねぇんだよ」
 まさしく一触即発の雰囲気である。
 しかし秋人はどうでも良いといった風に虚空を見つめていた。
 彼の基本スタンスは受け身。自分の役目が回ってこない限りは動こうとしない男なのだ。
 だが叶とチョ○ボ頭の口論に水を差す物が一人いた。顧問の館山葉月である。
「はいはーい、ちょっと良いかしらお二人さん」
 二人の注目を集めた葉月は得意げに指を立て、秋人を悩ませる――反面簡単に部長の座を決める事の出来る方法を口にした。
「ねぇそこの金髪君。あなた、野球の腕は確か?」
「中学一年の終わりまでは四番を打ってたぜ」
「なら決まりね。一条君に金髪君。一打席勝負で部長の座を決めなさい。これは顧問、いえ、監督の命令よ」
 秋人にとっては何ともはた迷惑な命令である。彼は別にどちらが部長に就こうと構わないのだから。
 だが、ここまでノッてしまった葉月を止められる者はいない。
 そして当の本人達も……。
「ナイスアイデアだな、先生。このチョ○ボに、格の違いを思い知らせてやるよ!」
「ククク……ホームランかっ飛ばしても泣くんじゃねぇぞチビ助」
「決まりね。審判は私、キャッチャーはアキがやるわ。一条君の球が外野に飛ばされたら金髪君の勝ち、逆に外野まで飛ばせなければ一条君の勝ちよ」
「つまらないな、先生。……俺の勝利条件はこの金髪を三振に仕留めるで構わないぜ」
「あ? 言ったなチビ助。後で後悔しても遅いぜ」
 勝手に追加された叶の勝利条件。それを聞き、秋人はため息を吐いた。
(……自分の制球力を考えて言ってるのか、一条……)



 そんなわけで、即席左バッターボックスには金髪、マウンド――盛り上がってはいないのだが――には叶、即席キャッチャーボックスに秋人がつき、部長の座を賭けた一打席勝負が執り行われようとしているのであった。
「……ふ、ふ、ふ……おい、金髪。どうせお前の負けは決定だけど、せめて名前だけは聞いてやるよ」
 顎をくいっと持ち上げ、叶が挑発したポーズを取る。
 だが残念なことに叶の背丈は百六十センチ未満、対して金髪は百八十センチ以上あったため、挑発どころか逆に哀れみの目を向けられていた。
「……チビ助、お前……」
「ゴチャゴチャうるせー! 俺の名前は一条叶だ! さぁ、名乗りたまえ負け犬君よ!」
「ったくよぉ……」
 頭を掻きながら、金髪がバットを右手だけで持ち、先端を叶に向けた。
 そしてそのまま上へ上へとずらしていき、動きを止める。
 ――ホームラン宣言。投手にとっては屈辱にも近いこの動作。
 どうやらこの男、それだけの自信があるようだ。秋人は少しだけ感心した目でこの金髪を見つめた。



「俺の名前は姫島桜だ。……さぁ、来やがれ一条!」

ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。