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「第一話」(2009/01/09 (金) 21:06:25) の最新版変更点
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[[本編]]>[[第一章>始動! 成美野球部]]>第一話
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照りつける太陽が、じりじりと背中を焦がす。
汗でべったりと張り付いた髪の毛が鬱陶しい。
どうしてだろうか、口の中はカラカラに乾いているし、視界もぐにゃりと歪んで見える。
目の前には、三人の姿が見えた。一人は屈み、一人は中腰、そして最後の一人はこっちを見据えて動かない。
こっちを見据える者は、自分から見て右側に立っていた。微動だにせず、ただこちらを見ている。
(見ないでよ)
声に出して叫びたかった。でもできない。声を上げるほどの力が、自分に残っているとは思えなかった。
ふと、横目にまた違う姿が見えた。じりじりとこちらを威嚇するように、動いている。何でだ? 疑問に思う。
動く姿は自分の左右にいるようだ。どうしてだろう、わからない。
直感でだが、後ろにもいるような気がして肩越しに見てみた。
いた。
それと同時にもっと奥、数字の羅列が見えた。既に歪んでいるからよくわからないが、おそらくこの、今の場面が最後であるように思われた。
動悸が激しくなる。
はっ、はっ、と水を求める犬のように息を出し、そして吸った。視界はぼやけたままだが、何となく頭はクリアになってきた。
その瞬間、とてつもなく大きな声、そして音が自分の体を包み込んだ。
怒号? 太鼓。トランペット……。
うるさい。目を閉じ、音をシャットアウト。多分これが最善の策だ、そう思った。
前を見る。さっきから動かずに自分を見ているあいつは、やっぱり動いていなかった。
視線をずらす。
屈んでいる奴は、しきりに手を動かしていた。
左手は大きなもので塞がっているから、右手の指を二本、突き出している。
そして左手は、こっちを見てくるあいつから少し離れた位置――あいつの肘と、膝の中間地点――に動かされた。
(……えっと……)
何がどうなっているのか。そこで、自分の右手に何かがはまっているのに気付いた。
(……グローブ……)
そして左手。白と赤のコントラストが映える――ボール。
「――!」
覚醒した。
何が、どうなっているのか。
自分がすべき事は、何なのか。
そして、絶対に負けられないこと。
『さぁ、地方大会決勝は、ドラマチックな展開で締めくくられようとしています! 九回裏二死満塁で、二点を追う一葉高校のバッターは――御園直哉!』
私立成美高校。それが、関東のとある地方にある高校の名前だった。
周りを豊かな自然に囲まれた、といえば聞こえは良いが、つまるところ田舎の学校だ。
本年度生徒数、五百九十八人。内訳、女子五百九十人、男子八人という、男女比率がおかしすぎる学校である。
理由は簡単、単純に本年度から男子生徒の受け入れを開始したからだ。
ご多分に漏れずこの学校も少子化の煽りを受け、地元の名門女子校として受け継がれてきた成美女学院という名を取り払い、新たに成美高校として生まれ変わったのだ。
だが、予想とは反して男子の入学希望者は十五人にとどまった。何故か。
地元民にとって『成美』というブランドは『女子校』というイメージが強く植え付けられているからだ。
名門女子校。進学校。女の聖域。
名前を変えたぐらいで、強く根付いたイメージを払拭することなど叶わなかったというわけだ。
だが、別にそんなことを気にしない者だって当然いる。
進学校である故にやって来るもの。名門でありながら、その校風は自由気まま、生徒の自主性を重んじている故にやって来るもの。
そしてこれが圧倒的多数を占めるのだが、元女子校だから女生徒が沢山いるという理由でやって来るもの。
成美高校を受験した十五人の内七人は、どう考えても邪な気持ちを持っていたと見なされ不合格になってしまったのだが。
……そんな話は置いておいてだ。本日は入学式である。
あまりにも退屈かつ儀礼的な行事を終えた新入生徒たちは自らが振り分けられた教室へと戻り、新たな友人を作ったり、一人ぼけーっとしたりしていた。
そんな中。
「なあ、お前さ」
「なんだ鬱陶しい」
「中学の頃、部活何してた?」
成美高校一年A組の教室では、一人の男子生徒が、もう一人の男子生徒に話しかけていた。
早速友人になったのだろうか、話しかけている方の生徒は中々テンションが高いが、話しかけられている方はとてつもなく無愛想であった。
「そんなこと聞いて、どうする」
「いや、興味があってさ。俺たち友達だし」
「勝手に決めるな」
どうやら友人ではなかったらしい。
テンション高めに話す男子生徒の胸元には『一条叶』と書かれた名札がつけられていた。
対する無愛想な男子生徒の胸元には、『城崎秋人』と書かれた名札がある。
叶は中性的な顔立ちで、女性にしては短く、男性にしては長い髪をしていた。背は低めで、百六十センチあるかないかと言ったところだろう。全体的に小柄である。
秋人は座っているため背丈はわからないが、がっしりと、だが引き締まった体つきをしていた。切れ長の目は、理知的な人物を思わせる。
「ったくつれないな……見てみろよ、これ」
秋人の返答に溜息で返し、叶は両手を広げ、肩を竦めて見せた。
周りにいるのは女子、女子、女子。女子のオンパレードだ。教室内にいる男子生徒は、あろう事か叶と秋人の二人しかいない。
「これだけ女子がいて、男子は内二人だけ。友達になるのは当たり前だろ?」
「ああそうだな。もう少しテンションが低めで大人しい奴だったなら大歓迎なんだが」
「嫌な性格してるね、お前」
「そりゃどうも」
皮肉に皮肉で返し、秋人は教室全体を見渡した。
女子ばっかりである。そしてそのほとんどが、会話をしながらもこちらに意識を向けていた。
やはり女子の中に男子二人だけなのだ。気になるのは仕方ないのだろう。
(けど、これじゃまるで動物園の檻の中にいる気分だ)
向けられる好奇の目は、非常に秋人の居心地を悪くさせていた。
今すぐにでもここから出て行きたい気分である。
(……逃げ出すついでに、学校内を歩いてみるか)
そう決めた秋人は、ゆっくりと席を立った。
「お、おい、どこ行くんだよ城崎!」
「散歩。お前も来るか、友達なんだろ?」
「……あ、ああ、待ってくれよ!」
慌てた叶に言うと、彼は表情を輝かせた。
何だかんだ言って、叶も心細かったのだろう。
(高校生活初めての友人がこいつでも、まあ、良いか)
後ろから叶が着いてくる気配を感じつつ、秋人はそう考えたのだった。
ギィ、と音を立てる――ようなことはなく、案外簡単に屋上への扉は開いた。
流石成美、油差しも完璧らしい。とどうでも良いことに感心しつつ、秋人と叶は春の日差しが暖かい屋上にやって来ていた。
高校生活と言えば屋上での駄弁りだろ、と叶がどこか間違っているような知識を雄弁に語るので、秋人が折れたのだ。
秋人自身としてはもう少し色々見て回りたかったのだが。
屋上は広く、上から見るとアルファベットの『H』型をしていた。当然端にはフェンスが張られ、何故かカフェのテラス席が如くパラソル付きのテーブルが並んでいた。
「何なんだ、この無駄な設備」
「さて、な。中々快適そうで良いじゃないか」
呆れたように呟く叶に返しつつ、秋人は近くの椅子に座った。座り心地が良いわけではないが、背もたれがあるのでリラックスできる。
明日からここで昼食を食べようと密かに決めつつ、秋人は自身と向かい合うように座った叶に尋ねた。
「それで、どうして俺の所属してた部活を知りたいんだ?」
「あ、ああ……良いか、この話を聞いてもバカにするなよ」
真剣な面持ちになった叶が言う。
「ああ」
「よし……実はな、野球部を作って甲子園に行きたいんだ。いや、行くだけじゃない、狙うは優勝だな」
「…………は?」
あまりにも突拍子のない言葉に、思わず反応が遅れた。
こいつは何と言ったんだろう? 秋人は叶の顔を見つめる。
秋人の反応が気にくわなかったのか、頬を少し赤く染めた叶は「~~!」と、言いたいけど何も言えないような状況に陥っていた。
「い、いや……お前バカか?」
「だ、だからバカにするなと!」
「いや……正真正銘バカだろ。というかバカ以外の何者でもないだろ……くく……」
叶の言葉を頭の中で反芻する度に笑いがこみ上げてくる。
甲子園? 野球部? どこから? ここ、成美高校から。
あまりにも現実味がなさ過ぎて秋人は柄でもなく声を上げて笑っていた。
正面の叶は顔を真っ赤にして怒っているようだが、それでもこの笑いは止まりそうになかった。
「お前……くく……甲子園って、野球部って……ふ、くくくっ」
「笑うなぁ! これでもな、本気なんだぞ!」
「い、ま、待てよ一条……、くくっ……。な、成美にはな、男子生徒が八人しかいなんだぞ……あ、あははっははは!」
テーブルに手をつき、なおも笑う秋人。
対して叶は、秋人の言葉に固まった。
「え、は、八人って、え、そんな、俺の夢は……」
「転入生でも、来ない限りはっ、無理、だな……ああ、やっと笑いが収まった……」
「そ、そんな……」
まるでどっかのボクシング選手が如く真っ白に燃え尽きた叶は、秋人への怒りを噴火させる気力もないようであった。
「まあ、野球部は作る事は出来るだろうよ。大会出場――いや、試合が出来るかどうかはともかくとしてな」
「……う、畜生……くそぉぉぉおお! こうなったら野球部作って早速明日から練習だ、着いてこい城崎ぃっ!」
秋人のバカにするような口調に奮起したのか、おもむろに立ち上がった叶は秋人に向かって口を開いた。
その瞳には、必ずやこの夢を実現させてやるという意志、言うなれば闘志の炎が宿っていた。
(面倒なことに巻き込まれたんじゃないか……これは……)
今更ながらその反省は遅く。
成美高校に野球部が誕生したのはこの一時間後であった。
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照りつける太陽が、じりじりと背中を焦がす。
汗でべったりと張り付いた髪の毛が鬱陶しい。
どうしてだろうか、口の中はカラカラに乾いているし、視界もぐにゃりと歪んで見える。
目の前には、三人の姿が見えた。一人は屈み、一人は中腰、そして最後の一人はこっちを見据えて動かない。
こっちを見据える者は、自分から見て右側に立っていた。微動だにせず、ただこちらを見ている。
(見ないでよ)
声に出して叫びたかった。でもできない。声を上げるほどの力が、自分に残っているとは思えなかった。
ふと、横目にまた違う姿が見えた。じりじりとこちらを威嚇するように、動いている。何でだ? 疑問に思う。
動く姿は自分の左右にいるようだ。どうしてだろう、わからない。
直感でだが、後ろにもいるような気がして肩越しに見てみた。
いた。
それと同時にもっと奥、数字の羅列が見えた。既に歪んでいるからよくわからないが、おそらくこの、今の場面が最後であるように思われた。
動悸が激しくなる。
はっ、はっ、と水を求める犬のように息を出し、そして吸った。視界はぼやけたままだが、何となく頭はクリアになってきた。
その瞬間、とてつもなく大きな声、そして音が自分の体を包み込んだ。
怒号? 太鼓。トランペット……。
うるさい。目を閉じ、音をシャットアウト。多分これが最善の策だ、そう思った。
前を見る。さっきから動かずに自分を見ているあいつは、やっぱり動いていなかった。
視線をずらす。
屈んでいる奴は、しきりに手を動かしていた。
左手は大きなもので塞がっているから、右手の指を二本、突き出している。
そして左手は、こっちを見てくるあいつから少し離れた位置――あいつの肘と、膝の中間地点――に動かされた。
(……えっと……)
何がどうなっているのか。そこで、自分の右手に何かがはまっているのに気付いた。
(……グローブ……)
そして左手。白と赤のコントラストが映える――ボール。
「――!」
覚醒した。
何が、どうなっているのか。
自分がすべき事は、何なのか。
そして、絶対に負けられないこと。
『さぁ、地方大会決勝は、ドラマチックな展開で締めくくられようとしています! 九回裏二死満塁で、二点を追う一葉高校のバッターは――御園直哉!』
私立成美高校。それが、関東のとある地方にある高校の名前だった。
周りを豊かな自然に囲まれた、といえば聞こえは良いが、つまるところ田舎の学校だ。
本年度生徒数、五百九十八人。内訳、女子五百九十人、男子八人という、男女比率がおかしすぎる学校である。
理由は簡単、単純に本年度から男子生徒の受け入れを開始したからだ。
ご多分に漏れずこの学校も少子化の煽りを受け、地元の名門女子校として受け継がれてきた成美女学院という名を取り払い、新たに成美高校として生まれ変わったのだ。
だが、予想とは反して男子の入学希望者は十五人にとどまった。何故か。
地元民にとって『成美』というブランドは『女子校』というイメージが強く植え付けられているからだ。
名門女子校。進学校。女の聖域。
名前を変えたぐらいで、強く根付いたイメージを払拭することなど叶わなかったというわけだ。
だが、別にそんなことを気にしない者だって当然いる。
進学校である故にやって来るもの。名門でありながら、その校風は自由気まま、生徒の自主性を重んじている故にやって来るもの。
そしてこれが圧倒的多数を占めるのだが、元女子校だから女生徒が沢山いるという理由でやって来るもの。
成美高校を受験した十五人の内七人は、どう考えても邪な気持ちを持っていたと見なされ不合格になってしまったのだが。
……そんな話は置いておいてだ。本日は入学式である。
あまりにも退屈かつ儀礼的な行事を終えた新入生徒たちは自らが振り分けられた教室へと戻り、新たな友人を作ったり、一人ぼけーっとしたりしていた。
そんな中。
「なあ、お前さ」
「なんだ鬱陶しい」
「中学の頃、部活何してた?」
成美高校一年A組の教室では、一人の男子生徒が、もう一人の男子生徒に話しかけていた。
早速友人になったのだろうか、話しかけている方の生徒は中々テンションが高いが、話しかけられている方はとてつもなく無愛想であった。
「そんなこと聞いて、どうする」
「いや、興味があってさ。俺たち友達だし」
「勝手に決めるな」
どうやら友人ではなかったらしい。
テンション高めに話す男子生徒の胸元には『一条叶』と書かれた名札がつけられていた。
対する無愛想な男子生徒の胸元には、『城崎秋人』と書かれた名札がある。
叶は中性的な顔立ちで、女性にしては短く、男性にしては長い髪をしていた。背は低めで、百六十センチあるかないかと言ったところだろう。全体的に小柄である。
秋人は座っているため背丈はわからないが、がっしりと、だが引き締まった体つきをしていた。切れ長の目は、理知的な人物を思わせる。
「ったくつれないな……見てみろよ、これ」
秋人の返答に溜息で返し、叶は両手を広げ、肩を竦めて見せた。
周りにいるのは女子、女子、女子。女子のオンパレードだ。教室内にいる男子生徒は、あろう事か叶と秋人の二人しかいない。
「これだけ女子がいて、男子は内二人だけ。友達になるのは当たり前だろ?」
「ああそうだな。もう少しテンションが低めで大人しい奴だったなら大歓迎なんだが」
「嫌な性格してるね、お前」
「そりゃどうも」
皮肉に皮肉で返し、秋人は教室全体を見渡した。
女子ばっかりである。そしてそのほとんどが、会話をしながらもこちらに意識を向けていた。
やはり女子の中に男子二人だけなのだ。気になるのは仕方ないのだろう。
(けど、これじゃまるで動物園の檻の中にいる気分だ)
向けられる好奇の目は、非常に秋人の居心地を悪くさせていた。
今すぐにでもここから出て行きたい気分である。
(……逃げ出すついでに、学校内を歩いてみるか)
そう決めた秋人は、ゆっくりと席を立った。
「お、おい、どこ行くんだよ城崎!」
「散歩。お前も来るか、友達なんだろ?」
「……あ、ああ、待ってくれよ!」
慌てた叶に言うと、彼は表情を輝かせた。
何だかんだ言って、叶も心細かったのだろう。
(高校生活初めての友人がこいつでも、まあ、良いか)
後ろから叶が着いてくる気配を感じつつ、秋人はそう考えたのだった。
ギィ、と音を立てる――ようなことはなく、案外簡単に屋上への扉は開いた。
流石成美、油差しも完璧らしい。とどうでも良いことに感心しつつ、秋人と叶は春の日差しが暖かい屋上にやって来ていた。
高校生活と言えば屋上での駄弁りだろ、と叶がどこか間違っているような知識を雄弁に語るので、秋人が折れたのだ。
秋人自身としてはもう少し色々見て回りたかったのだが。
屋上は広く、上から見るとアルファベットの『H』型をしていた。当然端にはフェンスが張られ、何故かカフェのテラス席が如くパラソル付きのテーブルが並んでいた。
「何なんだ、この無駄な設備」
「さて、な。中々快適そうで良いじゃないか」
呆れたように呟く叶に返しつつ、秋人は近くの椅子に座った。座り心地が良いわけではないが、背もたれがあるのでリラックスできる。
明日からここで昼食を食べようと密かに決めつつ、秋人は自身と向かい合うように座った叶に尋ねた。
「それで、どうして俺の所属してた部活を知りたいんだ?」
「あ、ああ……良いか、この話を聞いてもバカにするなよ」
真剣な面持ちになった叶が言う。
「ああ」
「よし……実はな、野球部を作って甲子園に行きたいんだ。いや、行くだけじゃない、狙うは優勝だな」
「…………は?」
あまりにも突拍子のない言葉に、思わず反応が遅れた。
こいつは何と言ったんだろう? 秋人は叶の顔を見つめる。
秋人の反応が気にくわなかったのか、頬を少し赤く染めた叶は「~~!」と、言いたいけど何も言えないような状況に陥っていた。
「い、いや……お前バカか?」
「だ、だからバカにするなと!」
「いや……正真正銘バカだろ。というかバカ以外の何者でもないだろ……くく……」
叶の言葉を頭の中で反芻する度に笑いがこみ上げてくる。
甲子園? 野球部? どこから? ここ、成美高校から。
あまりにも現実味がなさ過ぎて秋人は柄でもなく声を上げて笑っていた。
正面の叶は顔を真っ赤にして怒っているようだが、それでもこの笑いは止まりそうになかった。
「お前……くく……甲子園って、野球部って……ふ、くくくっ」
「笑うなぁ! これでもな、本気なんだぞ!」
「い、ま、待てよ一条……、くくっ……。な、成美にはな、男子生徒が八人しかいなんだぞ……あ、あははっははは!」
テーブルに手をつき、なおも笑う秋人。
対して叶は、秋人の言葉に固まった。
「え、は、八人って、え、そんな、俺の夢は……」
「転入生でも、来ない限りはっ、無理、だな……ああ、やっと笑いが収まった……」
「そ、そんな……」
まるでどっかのボクシング選手が如く真っ白に燃え尽きた叶は、秋人への怒りを噴火させる気力もないようであった。
「まあ、野球部は作る事は出来るだろうよ。大会出場――いや、試合が出来るかどうかはともかくとしてな」
「……う、畜生……くそぉぉぉおお! こうなったら野球部作って早速明日から練習だ、着いてこい城崎ぃっ!」
秋人のバカにするような口調に奮起したのか、おもむろに立ち上がった叶は秋人に向かって口を開いた。
その瞳には、必ずやこの夢を実現させてやるという意志、言うなれば闘志の炎が宿っていた。
(面倒なことに巻き込まれたんじゃないか……これは……)
今更ながらその反省は遅く。
成美高校に野球部が誕生したのはこの一時間後であった。
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