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「ご、ごめんねみんな…」
「紙野のせいじゃないだろ」

結局力ずくで2人を取り押さえ、その場は何とか収まった。

「ほら、蘇留も謝って。」
「だれがこんなやつに謝るか。永園より性質が悪い」

腕組みをして『断固拒否』という姿勢を崩さない。

「このチビ……」
「あー!そうだ!僕達お昼ご飯食べてくるから、みんなギルティでもやっててよ!!」

紙野はそう大声を出すと、ずるずる蘇留を引きずって出て行った。
部屋には4人が残された。

「じゃあ俺らも飯食うか」

コンビニで買ってきたおにぎりを取り出す。

「そうね…」

聖も落ち着いたらしい。
昼食を済ませると、ちょうど紙野が部屋に戻ってきた。


「それじゃあ勉強始めようか」
「なんでこいつもいんのよ!!」

紙野の隣には蘇留が鎮座していた。

「僕1人じゃ流石に4人も同時に教えられないからね。松瀬君と三綾さんは蘇留と勉強してくれる?
 僕は郁瀬君と江辻さんを教えるから。蘇留も勉強はできる方だから心配しないで」
「さっきは失礼した。罪滅ぼしにと思っている」と蘇留。
「俺は別にいいぞ」
「私も」
「江辻さん、いい?」
「それならいいわ」

こうして2チームに分かれて勉強することになった。

「よろしくな。兄貴とごっちゃになるから『蘇留』でいいよな?」
「かまわない。お前はなんて名前だ」
「松瀬 緒土」
「『しょと』…?変わった名前だな…」
「『しょと』じゃねぇ!『ショット』だ!!」
「松瀬…『しょと』で合ってるよ」

つい癖で言ってしまった。もう俺の体は脊髄反射するようになってしまっているらしい。
もう普通の生活は送れそうもないな…

「私は『蘇留ちゃん』って呼んでいい?」
「やだ」

眉一つ動かさずに拒否する蘇留。

「私は三綾 俣奈。俣奈って呼んでいいよ」

しかし、それを無視して笑顔で話を続ける三綾。

(こいつ絶対ちゃん付けで呼ぶ気だな)

「蘇留ちゃんもB型なの?松瀬もそうなんだよ」

「聖ちゃんもB型なんだよ」と言わなかったのは、配慮してのことだろう。
俺の予想は見事に的中し、三綾はずっとちゃん付けで呼んでいた。
最終的には蘇留が折れる形となった。流石の蘇留も三綾には勝てなかったというわけだ。
そして今ではこの通り、全く勉強と関係ない話をしている。
三綾がえらく蘇留を気に入ってしまい、勉強そっちのけで楽しそうに話していた。(蘇留は相変わらずぶっきらぼうだったが)

「今はそんな話はどうでもいいだろ」
「つれないなぁ」

蘇留がチラッと俺に視線を送る。

(この女をどうにかしろ)
(無理)

何故か息の会ったアイコンタクトも取れるほどになっていた。
2時間もこうしていれば大体お互いのこともわかってくる。

「緒土、さっきの問題は出来たのか?見せてみろ」

三綾を無視して俺のノートをひったくる蘇留。
蘇留は俺の予想をはるかに越えており、めちゃくちゃ頭が良かった。
しかもそれは勉強ができるとかそういう次元の話ではない。そんなものは記憶力の問題だ。
蘇留は頭の回転が恐ろしく速かった。

「んー…ダメージは134…ダメだ。不正解」
「嘘だろ!?」
「馬鹿が。私がそんな嘘をついてどうする」
「な、何が間違ってんだよ」
「防御係数が間違ってるな。『ポチョはオナゴ(0.75)と覚えろ』と言ったろ。この阿呆が。
 本当にお前は記憶力が悪いな。覚えるだけなら猿でも出来るんだぞ?やる気あんのか?」

こんな感じに二言目にはキツイ言葉がその小さい口から機関銃のごとく射出される。
俺の間違いを一つ指摘するのにも、最も効果的で心にグサッと深く突き刺さるような言葉を吐く。
その悪魔のような言葉を引き出す時の頭の回転が恐ろしく速いのだ。
さらにこの冷え切った氷のような声と相まって、蘇留が口を開くだけで俺は戦慄を覚えるほどになっていた。
今度はどんな罵詈雑言がその口から飛び出してくるのか、そんなことを考えて常にひやひやしていた。
例えるなら蘇留の言葉は鋭利な剣のようなものだった。
俺はその声を聞くたびに、首筋に冷たいナイフをひたっと当てられているような感覚すら覚えた。

「畜生…GB補正にばかり気がいってたな…覚える量が半端じゃねぇ…」

こんなガキ(と言っても同い年だけど)に罵倒されるのは腹が立ったが、
俺が馬鹿なのは事実だったので反論できずにいた。
でも『気にするな』とか言われるよりは『馬鹿』ってハッキリ言われた方が俺も好きだ。
罵倒されればされる程やる気が起きる。
どうやら俺は誉められて伸びるタイプじゃないらしい。そういう意味では蘇留とは相性が良かった。
最初のころに感じていた蘇留に対する怒り(と恥ずかしながら少しの畏怖)も今ではかなり薄れていた。

「ねぇねぇ2人とも息抜きしようよ」
「…そうだな。ちょっと休憩するかー」

んーっと目を細め、両手を上げて伸びをする蘇留。性格とは反対に顔だけはやたら綺麗だった。
だからこういう普通の動作をする時はただの女の子だった。

「蘇留ちゃんはもっと女の子っぽい服を着なきゃダメだよ。かわいいんだから」

早速ファッション雑誌(何故か蘇留は男向けのものを持っていた)を広げて楽しそうに喋る三綾。
蘇留は露骨に迷惑そうな顔をしている。
あの蘇留を相手にしても三綾は全くいつも通りだった。真に恐れるべきは三綾の方なのかもしれない。

「そっちはどうだ?順調か?」

立ち上がり、紙野のグループのところへ行こうとする。
蘇留が「私をこの女と2人きりにする気か?」という目をしたが、気付かない振りをした。ちょっとした仕返しだ。

「聖、お前はどんな調子だ?」
「ふふふ…緒土、あたしヤバイわよ…」

また電波な発言をする。時々こいつはおかしい。
だがそれは禁句だ。口に出した次の瞬間に、リアルパイルバンカー>壁バウンド>近Sから空中コンボ
で即死するに違いない。

「江辻さん凄く記憶力がいいんだよ」
「ふふふ…アタシ天才かも知れない…」
「郁瀬は?」

不敵な笑みを浮かべる聖をスルーする。郁瀬の表情は聖とは対照的に暗い。

「どうしたんだ?こいつ」
「郁瀬君は模試の結果が酷くて…」

こっちはこっちで色々大変だったらしい。

「そろそろ帰るか…」

窓の外に目をやると夕日が雲を赤く染め上げていた。
あんまり長く居座っていても迷惑が掛かるだろう。

「あ、そう?もうちょっと大丈夫だけど」
「いや、帰るよ。今日はありがとな」
「じゃあアタシ達も帰ろっか」と聖も立ち上がる。
「帰り道分かる?途中まで行こうか?」
「おう、頼む」

俺たちは紙野の家を後にした。


「しかしお前の妹は強烈だな」
「はは…やっぱりそう思うよね…」

紙野がばつの悪そうな顔をする。

「前はあんな性格じゃなかったんだけどね」
「どういうことだ?」
「僕が永園君に苛められるようになってからなんだ…蘇留が変わり始めたのは…」

思い出を遡るような遠い目をする紙野。

「『私があんな奴やっつけてあげるよ!』とか言い出してさ…
 まずは形からってことでツンツン頭にしたり…男物の服を着たり…あんな言葉遣いにしたり…
 凄く無理してるんだよ」
「いい妹じゃないッすか」と郁瀬。
「うん…妹に助けられる兄ってのもどうかと思うけど…」

性格が環境で変わった…?
嘘だ。アレは天性のものだ。
常人には、あんなに凄まじい早さで悪魔的な言葉をポンポン出すことはできない。

「なら特訓する意義がますます高まったってことだな。永園に勝てばいいんだろ?」

でもそれは言わないでおいた。もしかしたら今日はたまたま機嫌が悪かっただけかもしれない。

「うん。もうこれ以上蘇留には心配掛けたくないからね。がんばるよ。」

それは独り言のように聞こえた。まるで誓いでも立てているような…決意を胸にした言葉だった。

(特訓か…俺もやらないとな…郁瀬、聖、三綾の3人には大きく水を開けられてるし
 紙野も聖とやった時は緊張しまくってたから実際は未知数だ。俺より弱いとは言い切れない)


結局蘇留の話をしているうちに学校まで来てしまっていた。

「ここまで来ればもう分かる。今日はありがとな」
「うん。またいつでも来てね」
「おう」

俺たちは紙野と別れ、それぞれの家に帰っていった。

「ほら、起きて!」

ゆさゆさと体を揺すられる。気持ちいい。
こいつ、これが逆効果だってことをわかってないのだろうか。
もう意識は随分ハッキリしているが、そのせいで全然布団から出る気が起きない。

「あと10分…」
「ダメだよー遅刻するでしょー!!」

こいつの声もなんとなく眠気を誘うような声だ。
これと布団を揺するマッサージの相乗効果で滅茶苦茶気持ちがいい。
すぐ眠りに落ちることが出来る。

「ぐー…」
「寝るなー!!」

―――パァン!

頬がヒリヒリする。三綾の平手打ちをくらったらしい。しかし、こんなことで負けてたまるか。

―――パァン!

往復かよ…なかなかやるな。もう決めた。今日はサボる。何と言われようが布団から出ない。

「今日は学力テストでしょ!」

が、その一言で俺の決意は脆くも崩れ去ってしまった。


「いいか。名前の欄には『松瀬 緒土』って書くんだぞ」
「そんなこと言う暇があったら早くご飯食べて勉強しようよ」

完璧にスルーされている。
テーブルにはトーストと牛乳…

「あれ?」

それともう一品、目玉焼きが添えられていた。前を見ると三綾がにこにこ笑っている。

「会心の一品だよ」
「お前料理できないんじゃなかったのか?」
「目玉焼きくらい出来るよ。フライパンに卵割るだけ。簡単」

…まぁ、確かに目玉焼きは星の数ほどある料理の中でもかなり簡単な部類に入るだろう。
よほど変なことでもしていない限り、味は保証されていると思っていいな。

「じゃあ食うぞ」
「どうぞ」
「…って、あれ?醤油は?」

俺がそう言うと三綾の表情が一変した。

「しょ、醤油!?塩じゃないの!?」
「何言ってんだよ。目玉焼きには醤油が常識だろ?」
「嘘でしょ…」

「あたし醤油派」
「良しッ!聞いたか三綾!あの料理の鉄人の聖が醤油って言ってるんだからこれはもう間違いない!」
「でも紙野さんは塩派だったよ。人数なら同じだよ」
「郁瀬は?」
「ソースだって」
「参考になんねぇ奴だ…」

(なんか良くわかんないけどいっつも揉めてるわねぇ…この2人…)

「アンタ達そんなことより勉強しなくていいの?」
「『そんなこと』だと!?聖、お前はわかってない!」
「これは戦争なんだよ…」

(人を電波電波言っておいてコイツら…アンタ達2人のほうがよっぽど電波じゃない)

「そうだ!紙野、蘇留はどっちだ?」
「え?ああ、蘇留は醤油だよ」

それを聞くや否や、緒土に勝利の笑みがこぼれた。

「勝ったッ!!」

がくっと頭を垂れる俣奈。

「松瀬ずるいよ!根回しにしてたんでしょ!」
「ふっ…見苦しいぜ三綾…」
「アンタ達ほんとに勉強しなくていいの?あと5分で始まるわよ?」

そのとき雁田が勢い良くドアを開けて教室に入ってきた。

「じゃあテスト始をめる」



―――俺は我が目を疑った。
あんなに必死こいて勉強してきたんだ。
蘇留に馬鹿だ阿呆だと罵倒されつづけ、それでも必死に耐え忍んできたんだ。
こんなテストくらい…軽くこなせるはずだったんだ。

問1.次のひらがなを漢字に直せ。 みぎわたりだいすけ

問2.GBMAXのチップに JS>JD>JD×6>JK>JD>JS>JD>VV(2段目のみ)
   のコンボを入れた。ダメージを計算せよ。

問3.GB-80のポチョムキンに ぶっきら>ガンフレイム青>BB>JD×4>JK>JD>JS   >JD>VV(2ヒット)>叩き落し
   のコンボを入れた。ダメージを計算せよ。

問2から応用問題のオンパレードだった。
相手の防御係数、始動技の基底補正、GB補正、ダメージ、GB減少量、これらを覚えていないと解けない。

(……寝るか)

俺は問1すら解けなかった。問2には『シショる』とだけ書いて、すぐに寝た。



「オウアー!オウアー!オウアー!オウアー!オウアー!オウアー!ネッテロー!!」

「よし終了!後ろから答案を集めて来い」

雁田はテストを回収し終えると、思い出したようにサラッと重大発言をした。

「ちなみに、2週間後に実技テストを行う」

生徒達がざわめく。

「今回のペーパーと合わせて成績を出す」

(別に成績なんてどうだっていい…)

「その成績に応じて今後、闘劇の代表に選出したりする」

「え゛…え゛え゛ええええええぇぇぇ!!!!!!!???」

信じられない、と言った叫びが巻き起こった。
「マジで!?」「嘘でしょ!?」「やべー!!」絶望の悲鳴が所々から聞こえる。
もちろん俺の悲鳴もその中に入っていた。

「ふざけんな!!!!!」

結果なんて聞かなくても分かる。ペーパーは0点だ。だとしたら実技で挽回する他に道は無い。
っつーか闘劇ってギル高からはどういうふうに出場するのかまだ聞いてないぞ…。

「五月蝿いな…。落ち着けお前ら。
 …いいか、闘劇の説明だが、まずこの学校から闘劇に出場できる枠は1チームだけだ」

( 1  チ  ー  ム  だ  け  !  ? )

ますます騒がしくなる生徒達。しかし雁田は構わずに話を進める。

「まず各クラスから3人1組の代表チームを1チーム選出する。
 そして今度は各クラスの代表チームがトーナメント形式で戦い、優勝したチームが闘劇に出れると言うわけだ。
 今後のテストと実技などを加味して成績をつけ、クラス代表を3人決める」

もう教室内は生徒の叫び声で埋め尽くされてしまった。

…なんかいきなり凄ぇ事になってきやがった。
要するに、これからテストで好成績を取っていかないとクラス代表には選ばれない。
クラス代表に選ばれないと闘劇へのチケットが手に入れられないと言うことになる。
ペーパー0点の俺は一体どうすりゃいいんだよ。

「うるせぇぞお前ら!!」

雁田の一喝で再び教室内に沈黙が訪れた。

「まだ6月だろうが。闘劇まで時間はたんまり残ってる。
 闘劇までには、まだ何回かテストを行う予定だ。今回のはそのうちの一つに過ぎん。
 今回悪くても巻き返すチャンスは残ってる。それに、ペーパーは重視してない。
 ペーパーはこれで終わりだ。これからは実技のテストのみを行うから、その時挽回しろ」

(ペーパーは重視して無い…か…。助かった…)

周りからも安堵の声が漏れる。

「ただし!実技は成績にダイレクトに響いてくるからな。各々ベストを尽くすように」

(…実技試験…一体どんなテストをするんだ?)

「それでは2週間後の実技テストの説明をする。その前に…このプリントを配る」

雁田から藁半紙のプリントを配られる。

「まぁこれを見りゃ何すんのか大体わかるだろ?」

プリントにはこのクラス全員の生徒の名前が2列に渡って書かれている。

「自分の名前の隣に書いてある奴とガチンコ勝負をしてもらう。それだけだ。シンプルだろ?」


『松瀬 緒土』の隣…そこには『江辻 聖』の名があった。

俺の相手は聖か…ヴェノム:カイはこっちが若干有利ってところか。
実力では俺が劣っていると考えていい。聖の強さは本物だ。
今の俺の実力で果たして勝てるかどうか…

頭を振る。

いや、勝つ。弱いなら強くなればいいだけの話だ。闘劇に行ってやるんだ。こんな所で負けてたまるか。

「ねぇ松瀬、松瀬」

背後から三綾の声。

「あん?どうした?」
「松瀬さ、聖ちゃんとだね」
「ああ、そうだな。お前は?」

いつになく三綾の表情が暗い。

「私…郁瀬さんと…」

郁瀬 弓太。普段はただの男子高校生。
長身でガタイもいい。鋭い目つきに真っ黒な髪。見た目だけはクールな男だ。
ただし性格に難あり。っつーか真性のホモ。
そんな郁瀬だが、このクラスでは間違いなく最強。
入学して以来、無敗。さらに持ちキャラはエディ。死角が無い。

三綾 俣奈…本当にどこにでもいそうなフツーの女子高生。
だが、その無垢な性格ゆえだろうか、なんか知らんが『女子高生』って単語がやけに似合わない女。
実力はかなり高い。しかしキャラはヴェノム。エディとは相性が滅法悪い。
三綾には悪いが郁瀬に分がある。

「そうか…でもお前も強いじゃねぇか。キャラ差なんて腕でカバーすりゃいいだろ」

実は郁瀬の戦いは見たことが無い。
でも三綾のは見たことある。こいつは強い。それだけは確かだ。
たしかにエディは不利だが、そのへんにいるような普通のエディ使いには負けないと思う。

「でも郁瀬さん凄く上手いよ…勝てるかなぁ」
「そんなもんやってみなきゃわかんねぇだろ」
「松瀬は強気だね」
「それだけが取柄だからな」

(ん…?そう言えばこの組み合わせ…どこかで見たことがあったような…)

「ねぇ松瀬。これさぁ、最初の2on2の組み合わせと同じじゃない?」

そうだ。登校2日目にやった2on2…そのときのチームメイトが対戦相手みたいだ。

(って事は…)

やはり紙野の隣には永園の名がある。
幸か不幸か、図らずとも対戦の場は用意されたと言うわけだ。
紙野の顔を見ると、もう既に青くなっている。

(紙野…あいつすぐ緊張するからな…心配だ…)

「また紙野の家でも行くか?あと2週間、練習は出来るだけやっておきたいし」
「そうだね」

こうして紙野の家で対戦する約束を取り付けた。しばらくは紙野の家で対戦三昧だろう。
しかし、そこで俺の脳裏を"ある不安"が掠めて行った。
そう、紙野 蘇留その人の存在である。

(不安だ…)

最悪の場合は近くのゲーセンでも利用しよう。
その不安が杞憂に終わることを願いつつ、俺は帰路についた。
幸い明日は休みだし、紙野邸対戦会の前に骨休めでもしておくか。


(ったく雁田の野郎…一体何の用なんだ?)

久し振りの休日に俺がこうして学校に向かっているのにはもちろん理由がある。
あれは今から1時間前…三綾のうるさい声とは無縁の朝を俺は迎えていた―――

今日はゆっくり体を休めよう。たまにはギルティ以外のゲームをやろう。溜め込んでいた小説や漫画を読もう。
俺はそんな妄想を膨らませて遅めの朝食を取っていた。
が、その素晴らしき朝は一本の電話によって脆くも粉砕されてしまった。

『とぅるるるるるる…とぅるるるるるる…』

ドッピオの声みたいな音。電話だ。でも俺はドッピオじゃない。普通に受話器を取る。

「ふぁい、松瀬です」

欠伸と同時に応答する。

「おう、松瀬 緒土だな。俺だ。俺」
「オレオレ詐欺は間に合ってますから…」

朝っぱらから無駄な体力使わせんなよ…ったく…オレオレ詐欺うぜぇ…。

「ば、違う!俺だ!ギル高の雁田だ!!」

受話器を置こうとすると電話の向こうから大声が聞こえてきた。

「雁田詐欺も間に合ってますから…」
「詐欺じゃねぇ!!しかも間に合ってるってどういうことだ!!」
「…なんすか?こんな朝早くに…」
「お前ちょっと学校まで来い」

な、なんだ…?日頃の素行が悪いから停学とか…?いや、そんなことは無かったと思うが…。
そうか、あれか。ペーパーテストで0点取ったのがやばかったのか?

「何で…」

―――ガチャッ!…ツー…ツー…ツー…

切れた…くそ。なんだってんだよ。


―――そんな訳で、こうして教務室の前まで長い時間をかけてやって来たのだ。
もし下らない理由で俺を呼んだならブン殴ってやる。

「失礼します」

ドアを軽くノックして部屋に入る。タバコ臭い教務室には場違いな人間…生徒が3人いた。
雁田の前に並んでいる。

「おう、来たか。こっちだ」
「一体なんですか…こんな時間に…」
「お前さ、こいつとちょっと戦ってみてくれんか?」

そう言って雁田は前に並んでいる生徒の1人を指差した。

「帰る」
「お、おい待て!!」
「こんな朝っぱらから訳のわかんねー事に付き合ってられるか!」

踵を返し、出口に向かう。

「良しわかった!戦ってくれたら成績を少し上げてやろう!」

―――これは……チャンス。

「『滅茶苦茶上げてやる』の間違いですよね?」
「それは流石に無理…」「帰る」
「分かった!!上げる!!上げるから帰らないでくれ!!」
「やれやれ…仕方ないな…困った子だ」

気のせいか雁田が小刻みにプルプル震えている。
俺の素晴らしい休日を台無しにしてくれたんだ。これくらいしてもらわないとな。

「僕は双琉 建といいます。よろしくお願いします」
「ああ、よろしくな」

『ヘヴンオアへール! デュエルワン! レッツロック!』

開幕は無難に2S。この一動作だけでも意外と相手のプレイスタイルは把握できる。
GVを合わせて来たらぶっぱが多目、当たっていれば読みは鋭い。
ガードされても開幕なら両者TGは無いし、ヴェノムの火力ではそこまで痛い反撃をくらわせられない。

回避した場合は安定行動重視の堅実なタイプ。
正直言ってこのタイプはかなりやりやすい。ソルの牽制技はヴェノムと相性が悪い。
対空には伝家の宝刀6Pがあるし、対地には立ちK、2Sで対処できる。
ここにぶっぱVVやぶっぱGVをやられると迂闊にこっちも技を振れない。
だからぶっぱをしないタイプは楽なのだ。慎重に牽制を振っていればなんとかなる。

そしてこの双琉…幸運なことに後者のタイプであった。


空中バックダッシュで距離を離すソル。刺し合いに付き合ってくれるタイプはやりやすい。
が、ソルはVVのせいでかなり固めにくい。

(こいつには立ち回りでチクチク削っていくのが効果的だな…)

こちらも空中バックダッシュで距離を離し、シューティングモードに移行。
適当に球を残しつつボールを打ち出す。
ソルにはこれと言って有効なシューティングは特に無い。ここは徹底した『待ち』で対応していこう。

双琉はこちらの予想通り慎重な動きで間合いを詰めてくる。
少しダッシュ>FDで緊急停止 を繰り返し、JHSなどを適度に撒いて飛び込む隙を窺っている。
だが、こちらには6Pがある。空から飛び込んでくることは無いだろう。
中距離を維持しつつ、2Sとボールを絡めた牽制で近づけさせない。

そんなこんなで膠着状態が続き、残り時間は20秒を切った。体力はこちらがリードしている。

(このまま楽勝だな…やはりこういった堅実な奴にヴェノムは厳し―――

―――『グランドヴァイパー!!』

そう慢心したのが悪かった。
狙いすましたかのように、2SにGVを合わせられる。

(ぶっぱ!?まずい…!!)

「ファールを犯したな!!」

―――ガキッ!!

(しまったッ!ロマキャンか!!)

「テエヤー!テエヤー!テエ…」

『タイムアップ!』

Dループの途中で試合終了の声が響いた。

『こんなもんか…』

たった一度のチャンスを逃がさずモノにしやがった。
バーストも軽く対処され、キッチリDループまで繋げられてしまった。

そう…俺は大事なことを忘れていた。
『立ち回りが堅実な奴はやりやすい』…それは、相手の力量が俺より劣っている場合だけだ。
たった一度のぶっぱを確実に当て、一気に形勢を逆転されてしまった。

(強すぎる…)

「クソ…負けた…」
「良し、そこまで!ご苦労だったな」
「どうもありがとうございました」

手を差し出す双琉。

「あ、ああ…」

生返事で握手する。

「よし、もう帰っていいぞ」
「………」
「ん?どうした松瀬?ちゃんと成績は上げといてやるぞ?」
「え?ああ…お願いします。それじゃあ俺はこの辺で…」
「おう」

俺は重い足取りで学校を後にした。
教務室を出る時に聞いたが、この対戦は双琉の入学テストということだった。
つまり、あの時点では双琉はまだギル高の生徒じゃなかったというわけだ。それが俺にさらに追い討ちをかけた。
ギル高の人間でもない奴に軽く倒された…。俺は―――

                  ―――俺は…弱い―――

その日は眠れなかった。聖との戦いも控えているというのに。こんなんじゃダメだ。
PS2の電源を入れる。俺は明日の学校のことも忘れ、徹夜でコンボの練習を始めた。
毎日毎日遅刻ギリギリなんだから。今日は少し厳しめに起こそう。朝から走るのは大変なんだから。
そんなことを考えながらドアを開けた。

「マッセー!起き………って、わぁーー!!」

ドアを開けると松瀬がうつ伏せになって床に倒れていた。

「どうしたの松瀬!?大丈夫!?」

急いで近づき、様子を見る。松瀬のすぐ近くにはギルティのスティックが置かれている。
まさかこのスティックで殴られたとか…。でも、誰に?まさかドロボウ?
ど、どうしよう。いや…その前に…

「い、生きてるよね?死んじゃったりしてないよね?」

頬をぺちぺち叩く。無反応。
ま、松瀬が死んじゃった…どうしよう…どうしよう。いや、まだわからない。とりあえず110番…。
携帯電話を取り出し、警察に電話をかける。

「あ、あのっ!殺人事件…」「馬鹿!!」

パシ!

「痛い…」

頭を叩かれた。

「新手の苛めか?」

私の携帯電話を取り上げ、電源を切る松瀬。

「松瀬!良かった。無事だったんだ」
「はぁ?お前の頭の方こそ無事か?俺はそれが気になって気になってノイローゼになりそうなんだ」
「そ、そうだったんだ…ごめん…」

(あれ…?)

「って違うよ!!何でこんな所に倒れてたの!?」
「ああ…どうやらギルティの練習してるうちに眠っちまったらしいな」

そう言って頭をぽりぽりと掻く。

「大丈夫?風邪ひいたりしてない?」
「ああ。だいじょう……ぶぇっくし!!」
「わ!!」

豪快なくしゃみをする松瀬。手で口を押さえているのに凄く大きい音がする。

「ほら~やっぱり風邪ひいちゃった…」
「大した事ねぇよこんなもん」
「どれどれ…」
「な、なんだよ!!」
「じっとしてて」

松瀬の額に手の平を当てる。顔も真っ赤だし、凄く熱い。

「今日は休んだほうがいいよ…」
「こんなもん余裕だって」
「ダメ。長引いたら困るでしょ。私学校に連絡してくるから松瀬体温測っておいてね」
それから数分後。

「ああ~!40度もある!!」
「俺の平熱は高いんだ」
「今日は私も学校休むから」

俺の言葉を無視する三綾。
…っつーか今こいつなんて言った?

「なんだって?」
「私も学校休むから。朝は松瀬の親はいないんでしょ?私が看病するから心配しないでね」
「いらねぇよ!」
「何言ってんの!40度だよ!?放っておけないよ!!」
「大丈夫だって!」

ベッドから起き上がる。

「ほらな?大丈夫…」

……や、やべぇこれ…頭がくらくらする…視界がぐるぐる回る…。

「くっ…」

あえなくダウンする俺。

「わ、無理しちゃダメだよ。今水枕作ってくるから待っててね」

そう言って三綾はぱたぱたと部屋を出て行った。

(畜生…こんな大事な時に風邪だと?聖との対戦もあるっていうのに…)

布団から出る。やはり体が滅茶苦茶ダルイ。でも寝てるのも暇でしょうがない。
少しでもギルティの練習をしておきたい。

「何やってんの松瀬!」

PS2の電源を入れると同時に三綾が帰ってきた。

「風邪にはこれが一番だ」
「ダメだって!寝ててよ!」

電源を消され、無理やりベッドの上に戻される。

「ほら、水枕作ってきたんだよ。どう?気分いい?」
「ああ…いい感じだ。ありがとな」
「食欲ある?お粥でも作ってこようか?」
「頼む」

また部屋を出て行く三綾。

(…なんていい奴なんだ…こんな事したって自分には何の得もないっていうのに…)

その献身的な姿勢には胸を打たれる。

(いつか礼でもしないとな)

…しかし暇だ。何とかこの状況を打開したい。

(要はベッドで寝てればいいんだろ…)

重い体に鞭打って再び布団から這い出す。
PS2を再起動させ、コントローラーを引っ張って枕元まで持ってくる。
これなら寝たままでもギルティが出来るという寸法だ。

「松瀬ーお粥作ってきた…って、何やってんの!!」
「日々鍛錬、これ。まさにギル学生の鏡」
「だめ」

また電源を切られる。

「そんな事してたら治らないよ?」
「暇なんだ」
「じゃあ寝るとか…」
「今起きたばかりだぞ」
「お腹いっぱいになれば眠たくなるよ」

はいっ、とお粥を差し出す三綾。

「ほら、あ~ん」
「ば、馬鹿ッ!」

冗談と分かっていてもドキッとしてしまう。

「痛い…またぶった!」
「お前遊んでるだろ」
「あはは…そんなことないよ。そんなことない」
「もういい…貸してくれ」

三綾からお粥を受け取り、口に運ぶ。なかなかどうして美味いじゃないか。

「おいしい?」
「ああ。いけるなこれ」
「良かった。作ったかいがあるよ」

そのままガツガツとお粥をほおばる。

「豪快な食べっぷりだね」

三綾は終始笑顔で俺の食事する姿を見ていた。

「ふー、食った食った」
「じゃあちゃんと寝るんだよ」
「おう…それより、お前これからどうするんだ」
「え?ここで松瀬の面倒見てるよ?」
「こんな所にいたら風邪がうつるぞ」
「でも私が出て行ったらギルティやるんでしょ?」

完全に見破られていた。

「ははは…まさか」
「信用できないよ。松瀬が眠るまでここにいるからね」

余計眠れねぇよ…。でもそんなこと言ってもこいつは聞かないだろうからな…。

「松瀬、何でそんなに焦ってるの?」
「え?」
「昨日も風邪ひく位ギルティやってたんでしょ?なにかあったの?」

昨日のことを思い出す。

「……俺は…弱いからな…」

今にして思えばギル高に入学して以来、俺は一度も勝ったことがなかった。負け続けた。
雁田に負け、永園に負け、昨日も負けた。多分今聖とやっても―――

「そんなに焦ることないよ…闘劇まで時間はまだまだあるんだし」
「でもテストでいい成績を取らないと出れないんだぞ?しかも1クラスからたった3人という激戦だ。
 さらにそこから各クラスの代表とも戦わなきゃいけないし。お前の方こそもう少し焦ったらどうだ」「そっか…クラスからはたった3人だけなんだよね…」

三綾は大きな溜息を吐いて呟いた。

「松瀬とも敵同士になっちゃうよね…」
「え?」
「同じキャラは入れられないから…」

そうだ。何で今まで気付かなかったんだ。
2人ともヴェノム使いの俺たちは、絶対にどっちか一方しか出場できないんだ。

「登校日に友達になったのにな…それも初対面でいきなり」
「皮肉だよね…」
「でも、俺は手加減しないぜ?」
「私もだよ」

お互い顔を見て笑い合う。
表面上はライバルでも、心の中ではやはり仲間なんだ。

「それより、お前は郁瀬戦にちゃんと備えとけよ」
「わかってるよ。…松瀬と聖ちゃんかぁ…私はどっちの応援しようかな」
「そこは嘘でも『松瀬の応援する』って言うもんだろ!」
「うん。じゃあ松瀬の応援するよ」

あはは、と屈託のない笑み。
それからしばらく雑談した。ギルティ以外にゲームやらないのか、とか。
趣味は何だとか、好きなお笑い芸人は誰だとか。
そう言えば知り合ってからまだそんなに経ってないんだよな…そう思うくらいお互いに知らないことが多かった。
お互い強敵を前にして不安を抱えていたのに、他愛のない話で馬鹿みたいに笑いあっていたらそんな不安は吹き飛んでしまった。

「じゃあ私そろそろ帰るね」

三綾が立ち上がる。時計を見るともう6時を回っていた。

「郁瀬との対戦、がんばれよ」
「うん。松瀬は早く風邪治すんだよ」
「ああ。それと…」
「ん?」
「今日は…その……ありがとな」

三綾は俺の照れた顔を見てくすっと笑った。

「うん。また明日ね」

熱もだいぶ下がったし、明日は学校にいけそうだ。今度こそちゃんとギルティの練習しないとな。
禍転じて福となすというか…今日は風邪引いて良かったような気がする。何かが吹っ切れたって感じだ。
本当にアイツにはいつか恩返ししないとな…。

そんなことを考えながら俺は眠りについた。

「も~!甘やかした私が馬鹿だったよ!いい?松瀬、朝からこんな激しい運動するとね…」

いつも通り三綾の説教を背中で聞きながら通学路を全力疾走する。
一日休んだだけなのに、それはとても懐かしいものに思えた。
でもそう感じていたのは俺だけらしい。
教室に一歩足を踏み入れると、そこにはいつもと同じ日常が流れていた。
そして見知った顔が目の前に現れたから、俺もその日常にすぐに溶け込んでしまった。

「兄貴!!」
「うお!?」

抱き付こうとして来た郁瀬をバックステップで避ける。朝っぱらからホモ全開だった。

「松瀬君、風邪だったんだって?大丈夫?」

続いて紙野。

「ああ。もう完全に回復したぞ」

でもまだ1人足りない。

「聖は?」

聖は自分の席でうつ伏せになって眠っていた。

「人が風邪ひいたってのに…無関心かよ」
「ううん、違うよ。江辻さん松瀬君のこと一番心配してたよ。
 雁田先生にも『緒土は何で休んでんの?』とか聞いてさ、
 先生が風邪だって言ったら『何度あるの?』とか『明日には学校来れる?』とかしつこく聞いてたよ」
「じゃあ何で今爆睡してんだよ」
「恥ずかしいんじゃない?きっとなんて声掛けていいか分かんないんだね。さっきまで起きてたし」

あの聖が…?有り得ない。

「ほら見て。耳真っ赤になってる」

金色の髪の隙間から赤い耳が覗いている。

「狸寝入りってことか?」
「多分ね」

聖のすぐそばまで歩み寄る。

「そうなのか聖」

反応は無い。が、耳の赤味が増している。

「違うのか聖」

頭に手を乗せた。
次の瞬間に俺の意識は吹っ飛んだ。
目撃者(紙野)の証言によると、俺はリアルバンカーをまともにくらったらしい。
次に目を覚ました時は時計が5時間も先に進んでいた。

「殺す気か!!」
「めんごめんご」

まぁ、つまらない授業を受けずにすんだからいいか。

気絶している間に学校も終わり、俺たちは紙野の家へ向かった。