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・・・

「お前なァ…これはチャンスなんだよ…わかってンのか?」

昼食を食べ終えた永園が詰め寄ってくる。目が据わっている。まだ酒が残っているのだろうか。

「だーかーらー、これはデートなんかじゃねぇって。絶対なんか裏があるんだよ」
「何を根拠にンなこと言ってんだよ」

何を根拠にって…常識的に考えればそうだろう。間違ってもデートなんて結論は出ない。
今まで聖とは普通に友達として接してきたし、なんで急にデートなんてことになるんだ。
そもそも、俺に男としての魅力があるとは思えない。ここ数日の間だけを見てもそう思える。
バレーでは失態を繰り返し、泳ぎでも女に負ける。そんな俺のどこがいいんだ。

「ったく……まァ、行けばハッキリするだろ…」

永園はそう言うと、酒を呷り始めた。お得意の迎え酒か。予想通り完璧に悪循環してる。

「松瀬くん頑張ってね!」
「兄貴ぃ…駄目だったらいつでも俺のもとに来てください…」

もう駄目だ。こいつらの勘違いに歯止めは掛かりそうにない。
しかし―――もしも万が一―――ありえないことだが―――本当にデートだとしたらどうする?

そう思うが否や、急に緊張してきた。

ば、ばか!バカバカバカバカ!!何考えてるんだ俺は!己惚れるにもほどがある。ありえない。

       ―――アイツはお前に気があるな…間違いねェ…―――

昨日の永園の言葉が脳裏を掠める。唐突に動悸が激しくなる。

(ま、まさか…まさかまさか…)

くそ…永園の奴変なこと言いやがって…!緊張してきたじゃねぇか…

・・・

ディズィーランドについた。約束の時刻より1時間も早い。当然緒土の姿は無い。
大盛況のようで、周りはカップルだらけ。結構な人だかりだ。

「ふぅ…」

緊張をほぐす為に溜息を一発吐いて、近くのベンチに腰を下ろした。
帽子を脱ぎ、手鏡を取り出して触角の様子を見る。残念なことに、いまだに元気一杯に跳ねていた。

(どうしようこれ…)

と思った―――その時

「あっ!」

突然後ろから声。びくっと反応して後ろを振り向く。

「え…?」

爆発的に鼓動が加速する。
なんで?どうして?まだ1時間も前なのに―――なんで緒土がいるの!?

「お、お前…なんでいるんだよ…」
「あ…あんたこそ…」

2人ともショックだったのか、暫し言葉を失う。

「お、俺は…その…なんつーか…下見って言うか…」
「あ…あたしも…」

また長い沈黙が流れる。
もしかして緒土もあたしと同じように、居ても立ってもいられなくなって来たのだろうか。
だとすると、2人ともかなり滑稽だ……。
でも、そうなると緒土もちょっとはあたしの事を意識してくれてるってことだろうか。

「……ま、まぁ入ろうぜ!せっかく早く来たんだし」
「う、うん…そうね」

ぎこちない会話を交わして、あたしたちはディズィーランドへ入っていった。

「それより聖」
「なに?」
「なんだそのアホ毛は」
「…………」

園内はカラフルに彩られていた。常夏の太陽が色をより一層映えさせる。
そして長髪のネズミも相変わらず跋扈していた。
この常夏の島でも不気味さは健在。あのネズミを見ていると気分が滅入る。

「あのネズミの皮を被った偽善者め!」
「アンタまた随分とマイナーなネタを……」

っつーか中の人やばいんじゃないか?熱射病になるんじゃないのか?下手した死ぬぞ。

「ミッギ―マウスばっか見てないでさ、フジヤマでも乗らない?」
「俺は根性値が低いから乗れないんだ」

フジヤマはもうこりごりだ。聖は平気なのだろうか。
もしそうだとすれば、絶叫マシンはほとんど乗れるはず。
聖に任せていては絶叫マシン巡りになってしまう。ここは俺が誘導する必要があるな…。

・・・

「お化け屋敷入ろうぜ」
「お化け屋敷ぃ!?」

声がひっくり返る。緒土は勘が鋭い。多分今ので動揺はバレただろう。顔が赤くなる。
あたしがこの世で一番嫌いなもの、それがお化け。ホラー映画なんて見た日には絶対に眠れない。

「お前の妖怪アンテナも電波を受信しまくってることだしな」
「妖怪アンテナって言うなー!しかもなんで"電波"なのよ!"妖気"でしょっ!」
「細かいことを気にするな。行くぞキタロウ」
「こいつ…」

・・・

お化け屋敷の前までやってくる。ボロボロの、いかにも"お化け屋敷"といった不気味な建物だった。
木造建築で和風。壁に『史上最大の悪夢!!』と書かれているボードが張ってある。
字体もおどろおどろしい。まるで血で書いたみたい。今にも滴り落ちてきそうな赤い文字。

「ねぇ…やっぱやめない?」
「行くぞ」

緒土はあたしを無視してずんずん中に入っていく。あたしも意を決して後に続いた。

・・・

屋敷内は闇で満たされていた。かなり暗く、中の様子がよくわからない。

「それではお気を付けて」

係員の声に後押しされて奥に入っていく。だんだん目が慣れてきた。
通路はかなり広く、2人で横に並んで歩いても壁にぶつかったりしない。
また、数メートルごとに不気味な青い光を放つ灯篭が壁に設置されている。
それと……頭蓋骨。
灯篭の青い光が一層不気味さを強めている。作り物と分かっていても、あまりいい気分はしない。
通路は一本道らしい。段差に注意しながら俺は聖の前を歩いた。
踏み出す度に足元の床が「ぎぃぃ…」と不安を煽るような不気味な音を立てる。

「ああああ……あれやばくない…?」

声が震えている。聖が指差した所には戦国時代の武将が身に付けるような鎧が置いてあった。

「ん?ただの鎧じゃねぇか」
「バカね…アレの近くを通るといきなり動いたりするってのは常套手段なのよ……」
「大丈夫だって、それにあそこを通らないと進めないだろ」
「ちょ、ちょっとぉ!」
「行くぞ」

聖の腕を掴んで引っ張っていく。

「は、離さないでよ!?離したら絶っ対ダメだからね!?」
「分かってるって」

やっぱりこいつお化け屋敷が苦手のか…滅茶苦茶怖がってるもんなぁ…
ちょっと日頃の聖の悪行(主に俺への打撃面での仕打ち)の仕返しに遊んでやるか。

「よし。じゃあ俺が先に行って見て来てやるよ。そうすりゃ大丈夫だろ?」
「あ!ちょ、ちょっと!置いてかないでよ!!」

緒土の手を掴んで引き止めようとしたが遅かった。緒土は闇に溶けていってしまった。
独りになる。
…独り。この真っ暗な世界にあたしは今たった独りで突っ立ってるんだ。
魑魅魍魎が跋扈する地獄にいるんだ。

―――ゴクリ…

唾液を飲み込む。

(は、早く緒土を探さないと…)

とりあえず歩き出す。こんなところでじっとしていたら気が狂いそうだ。
慎重に鎧の隣を通過する。動く気配はなかった。ちょっと安心。

「緒土ー?どこー?」

『肉斬らせろ!!!』

「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」

突然背後の鎧がガチャガチャと動き出した。我を忘れて屋敷内を走り回る。
何度も転倒しそうになりながらも、とにかく全力で走った。

―――べちゃっ!

「ひやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!?」

顔にひんやりとした物が当たった。この柔らかさ…弾力…こんにゃくだ。

「うー……」

すぐに顔を拭いてまた駆け出す。真っ暗で全然見えない。

「ちょっとぉ!緒土!!出てきなさいよー!!」

やばい…ちょっと涙出てきた…もう嫌だ…怖い…。

「出てきてよ……」

祈りが通じたのだろうか、通路の奥から闇に紛れて緒土が歩いて来た。

「ちょっと!アンタなにやって……あれ?」

違った。歩いて来た人は緒土じゃなかった。酷く怯えた様子の男の人だった。

「どなたか、どなたか助けてください!」

身振り手振りを交えて男が助けを求めてくる。

「あなたも出口探してるの?ねぇ、高校生の男子見なかった?」
「って言ってもなぁ……やばい、やばいって!このままだと……」

話が噛み合わない。あたしの話をまるで聞く気が無いようだ。
というか、あたしが見えていないみたいだ。どうしよう…この人もしかして危ない人なんじゃ…?
そう言えばこの台詞…どこかで聞いた事があるような…

    「キターーーーーーーーーーーーーーー!!」

(え!?) 

「おのれ奉行がぁ!!」

男はブリッジの体勢をしながら床をカサカサ這い出した。

「きゃああああああああああああああ!!?」
「行くぜ!省エネモード!!」

そのままカサカサ追ってくる。

「助けてーーーーーー!!!!」

―――べちゃっ!

2度目のこんにゃくだった。

「ひやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!?」

(またか…)

聖と離れてからまだたったの3分しか経ってないのに、悲鳴をもう10回近く聞いてる。
あの聖がここまでお化けを怖がるなんて…今でも信じられない。
男勝りな性格してるけどやっぱり聖も女なんだなぁ…なんか感慨深いものがある。

「助けてーーーーーー!!!!」
「魂の欠片も残さん!」
「殺されるーー!!」

流石に可哀相になってきたな…なにやら穏やかじゃない声も聞こえてくるし。
そろそろ迎えに行ってやろう。叫んでるから位置はすぐに把握できる。

「聖ーこっちだー」

手を振って呼ぶ。

「緒土!?」
「こっちだこっち」

暗がりの中に金髪がゆれる。もの凄いスピードで接近してくる。
聖ってこんなに足速かったのか…運動神経いいもんなこいつ。
お化けの1匹や2匹リアルバンカーでぶっ飛ばせばいいのに。

(って、おい…スピード緩めろよ…)

数メートル手前まで接近してくる。速度は一向に衰える気配が無い。

「お、おい!?止まッ…」
「え!?わぁぁっ!!?」

―――どーん!!

「いってぇ~……」

地面に重なって倒れる。重い。でもそんなこと言ったら殺される。

「大丈夫か?」

やべーなぁ……こんなに怖がるなんて予想外だ。
リアルバンカーをくらうのは俺の方かも知れない。
しかも完全にマウントポジションを取られている。この状況で逆鱗に触れたら絶体絶命だ。
何とかなだめないと。

「OK、OK、時に落ち着け兄者」
「…誰が兄者よ…」

ツッコミに気合が入っていない…と言うか―――

「ぐすっ……」

(泣くほど怖かったのかよ…)

お化けが怖くて泣いている聖…なんか微笑ましい光景だ。

―――がばっ!

(え!?)

聖が背中に手をまわして来た。額を俺の鎖骨の辺りに当ててくる。体温が直に伝わってくる。
目の前に聖の頭がある。サラサラの金髪が鼻に掛かる。シャンプーの、リンスの香りがする。
それともう1つ……香水か何かだろうか。お化け屋敷には場違いな香りだ。
チュベローズやムスクのくらっとするような甘い香り…オリエンタルアンバリーだ…。

(な、な、なんかドキドキしてきた……)

テンパる。
考えてみれば聖は超がつくほどの美人だ。
性格は男勝りだけど面倒見がいいし、料理も上手くて家庭的な面もある。
そう…考えてみれば江辻 聖は完璧だった。今までその強気すぎる性格から女として意識してこなかった。
でもこんな状態になれば否が応でも意識せざるを得ない。

「だ、大丈夫か聖…」
「置いてかないでよバカ…」
「わ、わかった。わかったから降りろ!」

聖を押し離して立ち上がる。普段の怪力からは想像できない位に聖の身体は細かった。
全力疾走した後みたいに心臓がバクンバクン言ってる。
聖の方はさっきとは打って変わって弱々しく服の袖を掴んでくる。

「さ、さっさと出るぞ」
「腰が抜けて立てない…」
「しゃあねぇな……よっと」

手首を引っ張って立ち上がらせる。

「歩けるか?」
「も、もう離さないでよ?離したら直下型ダンディーぶちかますからね?」
「わかってるって」

(っつーかそんなこと出来んのかよ…恐ろしいヤツだ…)

想像すると怖すぎる。そのまま手首を掴みながら出口へと向かった。

「大丈夫か?」

俺達はベンチに座って休憩を取ることにした。

「うん…もう大丈夫」

お化け屋敷から出てくると俺は聖の目を見て話すことが出来なくなってしまっていた。
なんか無性に恥ずかしい。言葉もどこかよそよそしい響きになってるような気がする。

「………」「………」

沈黙。

くっ……。意識しすぎだろ俺!落ち着け!こいつは聖だぞ、江辻 聖なんだ!
怪力で野蛮で何かと言うと封雷剣で斬りつけてきたり、リアルバンカーをぶっぱなしてくるヤツなんだ!
そうだ、何も緊張する必要なんて無いじゃないか!

横を向く
聖も俺の方を向く
目が合う


……目を逸らす


――― な  ん  で  だ  よ  !  !

なんでそこで目線外してんだよ俺!なに恥ずかしがってんだよ!なに耳赤くしてんだよっ!!
相手は聖だぞ!?ただの友達じゃねぇか!!

「そ、そろそろ他の所行くか!」

このまま2人でベンチに座ってたら心臓が爆発してしまいそうだ。
行く当てはなかったが、とりあえずベンチから立ち上がって歩き出した。

・・・

緊張して損したと言うかなんと言うか……。
しばらくしたら会話もいつも通りの雰囲気に戻っていた。俺達は休憩を兼ねて買い物をすることにした。

「あ。これなんてどう?」

聖が手に持っているのは真っ黒いTシャツ。
良く見えないが、背中には毛筆調の白い文字が書いてある。意外といい線いってるじゃないか。

「その文字も見せてくれ。良く見えないぞ」
「あ、ごめんごめん。これで見える?」

両手いっぱいにTシャツを広げる聖。そこには『常勝不敗』の文字が見えた。

「…やめとく」
「なんでよ」
「なんかそれ着るとギルティが弱くなりそうで嫌だ」
「そう?似合うと思うけど」

再びTシャツの物色を始める聖。

「じゃあこれは?」

今度は白いTシャツに血のように赤い『シッショー!!』の文字がプリントされていた。
こいつのセンスは最悪だ。

「もうこんな時間か…」

Tシャツを購入して『イッツ ア ギルティ ワールド』を見終わると空は暗くなっていた。
時計を見ると7時10分前という時刻だった。
ホテルには遅くても7時半までには帰らないといけない。

「そろそろ帰るかぁ」
「えっ、あ……」
「ん?どうした?まだ遊び足りないのか?」

聖は俯いたまま何も言わない。どうしたんだ?具合でも悪いのか?

「おい…どうした?気分でも悪くなったか?」

顔を覗き込んだ―――その時。

―――ぐさっ

「ぎゃああああああああああああああ!!!?」

聖が勢い良く顔を上げたせいで、オリハルコン製のアホ毛が眉間に突き刺さった。
恐るべし江辻 聖。彼女にかかればアホ毛も凶器と化す。

「あっ!ご、ごめんっ!!」
「いてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

・・・

「血……血が出てるー!!」
「ちょっとだけじゃない。唾付けときゃ治るわよ」
「治んねーよ!」

告白するタイミングを逃してしまった……こんなチャンス滅多に無いって言うのに。
でもこの状況ではムードもクソあったもんじゃない。告白なんて無理だ。

「くそ…早く帰るぞ!」
「はぁ……」

修学旅行最終日もこれで終わってしまった。結局成果なしかぁ…。
でも楽しかったし…ま、いっか。

「どうした聖、帰るぞ」
「あ、待ってよ!」

緒土の隣に並んでホテルまで歩き出した。

・・・

『この盗人め!正義の刃、覚悟しろ!』

「なっ!?おい毅!!あの台詞(※ころしてでもうばいとる)無くなったのかよ!?」
「うん。そうみたいだね」
「マジかよ……ふざけやがって…」

部屋に戻ると永園が1人でゲームをしていた。紙野に助言を貰いながらやっているようだ。
ギルティではない。ギルティ以外のゲームなんて……教師に見つかったらどうなるんだろう。
郁瀬は「a piece of courage もいいっスねー。でもやっぱ情熱の……」とかぶつぶつ言って観戦してる。

「げ……一発で全滅しやがった…」
「風属性を無効化して、最初の攻撃を耐えれば勝てるよ」
「そんな事しなくても電光石火とかで先制取れば倒せるぞ」

でも俺も口を出す。ギル校に居たらこんなこと滅多に出来ないし。

「ん?お前いつの間に…」
「今帰ってきたところだ」
「っつーか、電光石火なんて覚えてねェぞ」
「ハヤブサ斬りとかでも代用できる。火力不足になるかもしれないけど、そこは連携で……」

それから俺達はずっとゲームで盛り上がった。
いくらギル校生とは言え毎日毎日ギルティでは、たまには違うゲームもやりたくなるってもんだ。

『ここまで来たら腹をくくるしかないね。バルハル族の力、見せてやるよ!』
『アハ、アハハ、アハハハハハ!!』

「毅…こいつどうやって倒せばいいんだよ」
「う~ん…このステータスだとちょっと厳しいかもね」

『神に挑むなど無謀だったのだ……お前を選んだエロールを、恨むのだな』

「ムカツクぜこいつ…」

『どうだ?命乞いをするなら助けてやらんでも無いぞ?』

「野郎…」
「オーヴァードライヴとかクイックタイム使えば?」
「ギルティで言う金キャラみたいなもんだろ?使わねェよ」

そんなこんなやってる内にゲームも終了。
ハワイで過ごす最後の夜もこれで終わりか…そう考えると少し寂しいものがある。

「そういやァお前、江辻とはどうだったんだよ」
「え?」
「『え?』じゃねェよ。まさかお前…何もしないで帰ってきたんじゃねェだろうな…」
「ちゃんとディズィーランド行ってきたぞ」
「それだけか?」
「それだけって?」
「……もういい」

そして3日目も終わった。随分と長い、充実した3日間だった。

・・・

4日目、俺達は再び飛行機に乗って日本へ帰った。
ギル校に到着した時にはすでに夕方になっていた。
久し振りのギル校はなんだかとても落ち着く。まるで自分の家に帰ってきたようだ。

「生徒諸君、家に帰るまでが修学旅行だ。気をつけて帰ってくれたまえ」

右が定番の台詞を吐いてあっさりと話を終える。

「じゃあ帰るか」

6人で帰路についた。いつの間にか永園も違和感無く輪の中に入っていた。
これで修学旅行も本当に終わりだ。明日からはまたギルティ漬けの日々が待っている。

「とにかく落ち着けぇッ!!」

雁田の怒鳴り声が教室に響いた。しかし生徒達の騒ぎはなかなか収まらない。
学園祭が終わった11月の事だった。それは今からほんの数分前。
いつも通りの学校生活を営んでいた我がE組は、雁田の一言で騒然とした。

―――これからクラス代表を発表する―――

雁田の話によると今回の闘劇予選は2月。
代表者の技術向上や練習のサポートなどを早めに行う為に、クラス代表を早い段階で選出するのだとか。
突然の発表に雁田は生徒たちから非難の嵐を受けたが、いつも通りしれっとした態度で受け流していた。
そして代表者3名は闘劇予選まで可能な限り練習をする。
そう、代表はたったの3人。今になってそれが重くのしかかってくる。
当然同キャラは入れられない。もしヴェノム使いの名が挙がればその時点で俺は失格と言うことだ。
例えば、三綾。

「先ず1人目!!」

雁田が騒音に構わず声を張り上げた。教室内が水を打ったように静まり返る。
教室の空気が息苦しいほどに張り詰める。今、全ての生徒が雁田の声に神経を集中させているのだ。
もちろん俺もそうだ。今にも心臓が張り裂けてしまいそうだ。
唾液をゴクリと飲み込む音さえ聞き取れそうな静寂。

「郁瀬 弓太、エディ」

小さな溜息が3つ4つ聞こえた。恐らく郁瀬と同じエディ使いのものだろう。
まず1人が埋まった。残りの枠は2つ。

「2人目は江辻 聖、カイ」

また溜息。今度はかなり多い。
カイ使いは勿論、他の生徒も緊張のあまり溜息をついてしまったと言う感じだ。
俺は緊張のあまり気分が悪くなってきた。残りの枠は1つ。泣いても笑ってもこれが最後。
もし選ばれなかったとしても悔いはない。俺はここまで全力で頑張ってきた。
でも出来れば……出たい。闘劇は全ギル校生の夢であり、憧れなのだ。

「3人目」

教室内を流れる時が停止した。

「紙野 毅、チップ」

誰も言葉を発しない。誰もが今日のこの日の為に戦ってきたのだ。
その瞬間は絶望も悲しみも無かった。そう言うのは後からやってくるものだ。
ただ生徒達は唖然としていた。
まだこの事態を、状況をしっかり把握していないからだ。
―――"終わった"という事を。

「次、永園 翼、スレイヤー」
「え!あ!?えぇっ!?」

俄かに教室がざわめく。
4人目?なんだ?もしかして…複数のチームが出場できるようになったのか?まだチャンスはあるのか?

「次、三綾 俣奈、ヴェノム」

5人目…一体どうなっている。出場できるのは1チームだけ……3人までのはずだ。

「最後、松瀬 緒土、ヴェノム」

教室内はざわめきから騒動へ変わっていた。

「ちょっと先生!どうなってんすか!3人しか出れないんじゃないんすか!?」

生徒が質問をぶつける。

「あー分かってる分かってる。とにかく落ち着け」

雁田が落ち着き払って生徒を静める。
そして教室内に再び静寂が訪れたのを見計らって雁田はこう言った。

「今呼んだ6人の生徒、この6人が最も成績が優秀だった。そしてその評価、甲乙付け難い。
 よって、まず郁瀬 弓太は江辻 聖と!
 紙野 毅は永園 翼と!
 そして三綾 俣奈は松瀬 緒土と戦い、勝った方をクラス代表にすることに決定した!」

教室は静寂で満たされた。
やがて1人の女子生徒が、代表に選ばれなかったのだと解って泣き出した。
それは次々に波及していった。
同じように泣き出す者もいれば、怒りに任せて吼える生徒、茫然自失する者など様々だった。
しかし当の代表6名は、嬉しさと不安が2:8で混ざったような表情をしていた。

「なんかいきなりスゲー事になっちまったなぁ」

後ろを振り返って様子を見る。

「雁田先生っていっつも唐突だよね」

三綾 俣奈。
俺の最後の対戦相手。果たして俺はこいつに勝てるのだろうか?
入学当初は明らかに俺が劣っていた。それどころか、夏休みくらいまで完全に俺の方が弱かった。
今はどうなんだ?俺は強くなった。それは実感してる。でも三綾に勝てるほど強くなったのか?
三綾だって練習して強くなっているはずだ。
2択を高確率で見切る反則紛いの動体視力。
そう言えば、ビーチバレーの時も永園のサーブの回転を的確に見切っていた。
そして人対策が通じない気まぐれで柔軟な戦闘スタイル。それが三綾。
唯一の弱点と言えばプレッシャーに弱いって事くらいだ。

「今呼んだ6名、テストは2週間後を予定している。勝負はいつも通り1R先取、制限時間99秒。
 各自ベストを尽くすこと。以上だ」

・・・

「それにしてもさぁ…弓太とか俣奈は分かるけど、なんで緒土もちゃっかり入っちゃってるの?」
「失敬な……俺だって強くなったんだよ。なんだかんだ言って前回のテストは成績良かったしな。
 今ならいい勝負ができるはずだ」

松瀬は意外にも余裕の表情だ。不安とか無いのかなぁ?
私は早速ドキドキしてるって言うのに…。

「聖ちゃんは郁瀬さんとだっけ?」
「うん」
「あ~~あ、いくら聖でも郁瀬に勝つのは無理だな。瞬殺されるのがオチだ」

さっきの仕返しと言わんばかりに松瀬が憎まれ口を叩く。たしかに郁瀬さんは強い。
でも聖ちゃんなら、もしかしたら勝てるかもしれない。

「あんなハードゲイには負けないわよ」
「ハードゲイは関係ないだろ…」

2人とも強気だ。この2人の辞書に緊張って言葉は載ってないのかなぁ。
最後のテスト。負けたらそこで終わり……分かってるのかな?

「あれ?なんか元気ないね?俣奈」
「え…うん。なんか緊張しちゃって…」
「おいおい、いくらなんでも早すぎだろ。まだ2週間もあるんだぞ?」
「そうだけど……」

普通は緊張すると思うんだけどな…。私がプレッシャーに弱いだけなのかな。

「ねぇ松瀬、また一緒に練習しようよ」
「う~ん……まぁ練習は可能な限りしておきたいけど…」
「じゃあいいじゃん」
「だが断る」
「なんで?」
「手の内は明かしたくない」
「でもさ、私の手の内も見れるかもしれないでしょ?条件は同じだよ」
「あ……それもそうか…」
「はぁ…やっぱ緒土はバカね」
「るせーな!」

松瀬 緒土。
私の最後の対戦相手。私は勝てるのだろうか?
入学当初は正直に言うと大して強くなかった。(センスは良いと思ったけど)
夏休みくらいまではハッキリと差が付いていた。でも最近の松瀬の成長振りは目を見張るものがある。
松瀬は強くなった。前回のテストも、他を大きく離してトップの成績だったらしい。
もともとプレッシャーに強く、基本的に冷静なタイプなので性格的には優秀だった。
問題は技術面。しかし今ではそれも向上し、死角は無い。
弱点と言えば保身に走りやすい癖があり、ガードを固めてしまう為「投げ」に弱い。
たぶん実力に大差はないと思う。果たしてこの勝負……勝てるのだろうか。

『デュービスカーブ!!』『死角を取ったぞ』

という訳で俺の家で三綾と対戦することになった。
俺は自分で考えていたよりずっとに強くなったらしい。対戦成績は10勝10敗。
まさか俺が三綾を相手に5分にまで持ち込めるとは夢にも思わなかった。正直嬉しい。

「松瀬ってこんなに強かったっけ…」

一方の三綾は困惑の表情を浮かべている。

「これぞ単に努力の賜物よ」
「そっかぁ…松瀬がんばってたもんね…」

会話しつつ2人ともスティックを忙しなく動かしている。

『すまんな』

「あっ!?」

くそ……10勝11敗になっちまった。

「やった、私の勝ちだね」

本当に嬉しそうに言う。こいつもきっと闘劇に出たいと言う気持ちはあるんだろう。

「あ~~疲れた~~休憩しようぜ」

ごろんと大の字になってひっくり返る。目が疲れてきた。

「もう疲れたの?私トレーニングモードやってていい?」
「ご自由にどうぞ」

俺は横になって三綾の練習風景を傍観することにした。
三綾はご丁寧に正座してやっている。なんか子供っぽい。足は痺れないんだろうか。
そんな俺の思いを知ってか知らずか、三綾の姿勢は全く動かない。
そのまま10数分が経過した。ハッキリ言って暇だ。でもギルティをする気力も無い。
何故だろう……こういう状況になると悪戯心が芽生え始める。
あの左右に垂れた髪を引っ張ってやったらどうなるだろう。そんなことを考えたりする。
でもそんなことしたら、いくら三綾でも怒るだろう。もっと面白い事は無いだろうか。

「なんか食うか?」
「え、ううん。いいよ別に」
「遠慮すんなって。お菓子でも持ってきてやるよ」

・・・

「ほら食え。遠慮は要らんぞ」

松瀬が持ってきたのはスナック菓子だった。

「でもスティックべたべたになっちゃうよ?」
「拭きゃいいだろそんなもん。っつーかお前も休憩しろ」

せっかく持ってきてもらったのを断る訳にもいかず、私はスナック菓子を1つ摘んだ。

「ケチケチした食い方だなぁ。いっぱいあるんだからもっとガバッと食えよガバッと」
「え、うん…じゃあ遠慮なく」
「あ!?それは流石に食いすぎ……」

松瀬がそう言い終える前に私はお菓子を一気に5つ頬張った。口の中でパリパリといい音がした。
結構おいし―――ん?

・・・

三綾は一瞬きょとんとした表情をした後、見る見るうちに真っ赤になっていった。
これはヤバイかもしれない。

「か―――」

三綾が口を開く。赤い舌が覗いた。

「辛ぁーーーーーーーーーーーーーーい!!!!」

三綾はそう絶叫すると、猛スピードで1階に降りていった。
俺は笑いが止まらなかった。床をバンバン叩いて笑い転げた。
三綾の泣きそうな顔を思い出すと腹が痛かった。

その数分後、蛇口を捻って水を出す音と「辛いよぉ…辛いよぉ…」という悲痛な声が聞こえてきた。
そのさらに数分後に帰ってきた三綾に目には涙が溜まっていた。

「なにこれ!!」

スナック菓子の袋を持ち上げ、じーっと見つめる三綾。

「『暴君オガネロ』……?」

袋を良く見てみる。
表には『オガニー気持ち良かっただろ?』の文字。裏面を見てみる。

名称:スナック菓子(暴君オガネロ)
原材料:オガネロの半分はオガニーで出来ています。
取り扱い上の注意:一度に多量に摂取すると貴方の健康を損なう恐れがあります。

今まで生きてきた中でこんなに怪しい食品を見たのは初めてだった。

・・・

「なんでこういう事するかなぁ…」

三綾が怒り半分、呆れ半分の眼差しを向けて来る。
三綾の怒りを静める為に俺はオレンジジュースを持ってきた。俺もお茶を飲む。

「お前が悪いんだぞ」
「なんで?」
「なんつーか…お前を見てるとついつい苛めたくなるんだよ」
「そんな無茶苦茶な…」
「苛め心をくすぐるっていうかさぁ、とにかくそんな顔なんだよ。お前は」
「ひどいよ松瀬…」
「いやいや、別に憎くて苛めてる訳じゃないんだぞ。可愛いから苛めたくなるんだ。
 良く言うだろ?好きな子ほど苛めちゃうって言うか」
「ふ~ん…………って、え、えええええ!?」

って、バカか俺は!?何言ってんだよ!?

「い、言っとくけど今のは言葉の綾って奴で!」
「わ、分かってるよ…」

落ち着きを取り戻す為にお茶を口に含む。

(お、落ち着け、落ち着け……)

「だって松瀬は聖ちゃんが好きなんでしょ?」
「ぶーーーーーーーー!!」

お茶を一滴残らず吹き出してしまった。鼻の穴からも勢いよく出てしまった。

「ゲホッ!ゴホッ!ゲホッ!!」
「わ、大丈夫!?」
「へ、変なところに入っ…ゲホッ!」
「さっきの天罰だね」
「お、お前が変な事言うからだろ……」

ぜーぜーと大きく息をする。死ぬかと思った。

「違うの?」
「違うに決まってんだろ!!俺がいつそんな事言ったんだよ!何時何分何秒地球が何回周った時!!」
「今時小学生でも言わない台詞だね」
「と、とにかく違うもんは違うんだよ!」

(違うんだ…松瀬と聖ちゃんならお似合いだと思ったんだけどなぁ…)

・・・

その後もひたすらギルティの練習。三綾が帰ったのは7時だった。
やはり三綾 俣奈という壁は想像以上に高く、厚かった。
前半の健闘が嘘のように、後半は全然勝てなかった。結局戦績は12勝20敗。
しかし彼女を超えなければ俺は前に進めない。

俺はお前を超えてやるぞ。三綾。

再びスティックを握り締めて練習を始めた。まだ三綾の体温が仄かに残っていた。

「……ベタベタしてる……」