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「マッセの奴マジで遅ェな……」
「なんか松瀬くんって運動が尽く苦手だよね……」

見る見るうちに蘇留との距離が開いていく。
蘇留は割りと運動神経がいいが、それを考慮に入れても松瀬くんは遅すぎる。
蘇留は残り25mくらい。松瀬くんはようやく半分に達しようとしていた。
このぶんだと蘇留の楽勝……ん?

「永園くん……アレ…」
「あ?」
「松瀬くんの後ろ……」

・・・

一体今俺はどの辺まで来ているのだろう。
とにかく溺れないように手足をばたつかせるのに手一杯で、状況が全く分からない。
まさか蘇留を追い越してたりしないだろうな…

「……っせ…」
「マッ……!逃げ………!!」

ん?何か聞こえる。俺の名前?誰かが俺を呼んでいる?

「松瀬くーん!!!」
「逃げろーーーー!!」

浜辺を見ると紙野と永園が血相変えて叫んでいる姿が目に入った。
逃げろってどういうことだ?蘇留から逃げろって事か?
そう思って、一旦泳ぐのを止めて前を見る。
バシャバシャと荒っぽく波を立てて泳いでいる蘇留が目に入った。距離はかなり空いている。

「松瀬くん後ろ後ろーー!!」
「バカ!!後ろだ後ろ!!」

(後ろ後ろってうるせぇな……俺は志村か)

と思いつつも振り返ってみると、すぐ後ろに黒光りしてる物体が浮かんでいた。

(なんだこれ?)

なんとなく危機感。見覚えがある色と形状。こんな形だ→「∩」
これってもしかしてアレか?背鰭か?何の?

―――鮫?

―――え?

―――死?

「うわああああああああああqくぁwせdrtfgyふじこlp@;:「」」

手足を激しくバタつかせる。俺の泳ぎでは恐らく逃げ切れない。
だから滅茶苦茶に身体を動かして威嚇するのだ(有効かどうかは知らん)
しかし敵は海の暗殺者。こっそりと背後から忍び寄って「ガリッ」と一口。
チップじゃなくても死ぬ。

「誰か助けてくれぇぇぇぇぇぇ!!!!」

しかし周りに人はいない。黒光りする背鰭がすいーっと滑るように接近してくる。
もう目と鼻の先。駄目だ。死ぬ。思えば俺の人生ロクな事が無かった。
まだ10代だと言うのに、折角ギル校に入って最高に楽しい毎日を送っていると言うのに、
もうすぐでGGスラッシュがやれると言うのに、俺は死ぬのか?

と思ったその瞬間、俺の身体は何かに押し上げられた。

「うぉ…おおおおおお!?」

・・・

「あ、あれ!」
「なんだよ…心配させやがって…」

鮫じゃない……あれは…シャチだ。

「五所川原さーん!」

メイクラスの人がイルカショーならぬシャチショーをやっているらしい。

「マッセの奴シャチの頭の上に乗ってるぞ…」
「凄いね…」

"五所川原さん"が松瀬くんを乗せたまま泳いでいく。
テトラポットへ一直線に向かっていくのは果たして偶然なのだろうか。

緒土の奴、やはり大した事はないな。このまま弓太は私が貰う。

「助けてくれーーーー!!」
「ん?」

テトラポットまであと10mと言うところまで来たその時、背後から絶叫。
見るとシャチに跨った緒土が猛スピードで迫ってくる。

「誰か止めてくれええええええええ!!」

くそ…こんな手段を使ってくるとは…やはり侮れない男だ。それでこそ好敵手。

(だが…負ける訳にはいかない)

テトラポット目掛けて全力で泳いだ。

・・・

「バカな……」

紙野の判定によると「同着」と言うことだった。これでは勝負がつかない。

「何言ってんだよ蘇留。お前の勝ちだ。俺は自力で泳いできたわけじゃないし」
「運も実力の内という言葉を知らんのか」

蘇留は蘇留で何故か自分の勝ちを認めようとしない。
俺はマジでこんな勝負はどうでもいいんだ。
さっさと負けて、蘇留と郁瀬が末永く幸せにやってくれればいいんだ。

「仕方ない。ギルティで決着をつけよう」
「えっ!?」

何故よりにもよって自分に不利な条件で勝負するんだ。このままじゃ俺が勝っちまうじゃねぇか。

「それはやめた方がいいんじゃ……」
「行くぞ」

蘇留は俺の言葉を無視して歩き出した。どうやら決心は固いらしく、止められそうに無い。

「兄貴…」
「ん?」
「蘇留さんけっこう強くなってるから甘く見ない方がいいっスよ」
「マジか?」

好都合だ。なるべく自然にミスをして負けよう。

・・・

ゲーセンにやってくる。店内は賑やかだった。
折角の修学旅行だというのに、折角のハワイだと言うのにギルティ。流石ギル校。

「手加減したらどうなるか分かってるな?」
「は、はい!」

(なるべく自然に…自然に…)

『うざってぇ…』
『君に用は無いのだが…』

『ヘヴンオアへール! デュエルワン! レッツロック!!』

『ふんっ』『グランドヴァイパー!!』

―――ドドドドドドドド!!

2SをGVで潜って一気に端まで到達する。開幕2Sに対して有効な攻撃はGVくらいしかない。
だからヴェノム側は開幕2S安定と思ってる場合が多い。

『ふッ』

起き攻め。起き上がりに2Pを重ねて打撃とぶっきらの2択を迫る。
これぞソルの十八番。補正の掛かるぶっきらでも、当たれば4割は固い。

『ハッ、オウアー!オウアー!オウアー!オウアー!…』『ファールを犯したな!!』

―――ガキィッ!

『オウアー!オウアー!オウアー!オウアー!オウアー!オウアー!フッ、オウアー!オウアー!ネッテロー!!』

打撃からのDループ。さらに青バーストをガードしてもう一度Dループを入れた。
開幕から10数秒。早くも体力を残り3割まで減らした。再び起き攻め。

・・・

蘇留の奴、普通に強くなってるな……もうその辺のソルと比べても遜色ない。
コンボはミスらずにキッチリ入れてくるし、起き攻めもちゃんとしてる。

変に心がざわつく。昂ぶってはいけないのに。本気を出してはいけないのに。勝ってはいけないのに。
勝負してみたい。

(ギルヲタの性……か)

『オウアー!!』

(―――!!)

―――バシッ!!

『オウアー!オウアー!オウアー!オウアー!オウアー!オウアー!フッ!オウアー!オウアー!ネッテロー!!』

『SLASH』

受身不能ダストからDループ。パーフェクト負け。

『見栄を見せろ!!』

(ちっ……図になるなよ…!)

いつの間にか火がついていた。

『デュエルツー! レッツロック!!』

『グランド…』

―――ぺちっ

立ちKでGVを止める。遠S>2Sまで繋いでボール生成。
ソルの爆発量はかなりのものだ。TGが溜まっていない序盤でも5割6割は当たり前。
とにかく切り込ませてはならない。

『グランド…』

―――ぺちっ

立ちK>足払いでダウンを奪う。S生成から瞬間移動起き攻めを展開する。

『そこではない』
『ヴォルカニックヴァイパー!!』
『それで終わりか』

ソルが上空へかっ飛んで行く。

『死角をとったぞ』

着地硬直にコンボを叩き込む。HSデュビで締めてHSK陣からの2個起き攻め―――通称F式。

『行くぞ』

スラストでHS球を弾く。

『おいおい』

(ちっ…屈ガードか)

こうなっては高速中下2択は機能しなくなる。オーソドックスにJK弾きからの2択でフォローする。

―――バシュウッ!

『ヴォルカニックヴァイパー!!』

低空ダッシュJSにVVで割り込まれる。
"ヴォルカニックヴァイパー"…実に厄介極まりない技。叩き落しから再び起き攻めがくる。

『オウア』『ハッ』

2Pからのぶっきらに足払いで割り込まれた。S生成からまた瞬間移動による起き攻めがくる。
さっきはリバサVVをガードされた。この起き攻めはリバサが機能しないらしい。

(なら根性ガードか…)

『そこではない』

―――バシ

瞬間移動からJSで弾いたボールをリバサバクステで喰らい逃げする。

『マッセ!』

生成とカーカスによるシューティングで牽制してくる。
素直に攻め込んできてくれればこちらもVVという暴力的極まりない技を撃てるのだが、
こうやって牽制でチクチク削られては手出しできない。

『おいおい』

なんとかボールを直ガしつつゲージを溜める。
攻めてきてくれればば良いのだが、距離を開けられてはマズい展開になる。
ただでさえ不利な立ち回りだ。ボールを生成されては攻め込めなくなってしまう。
ここはイチかバチか。

『バンデェッ!』

生成に合わせてBBをぶっぱなす。
ガードされても状況は5分、当たれば絶大なリターンをもたらしてくれる。
特に厨房と呼ばれるプレイヤーが好んで使用する攻撃。

『ハッ』

ヴェノムが落ち着いた様子で足払いを繰り出す。
一見強力極まりない技に見えるBBだが、弱点と言えばこれ。
見てからでも余裕で対処できるほど発生が遅い。素直にくらってくれるのは初心者だけだ。

(だが読み通り)

『ロマンティーック』

―――ザシュッ!『カウンタ!』

BB青からJS。続けて2HS>GF青>BB>Dループ。
一気に体力ゲージを5割消し飛ばし、起き攻めへ。

『ふッ、ハ、テヤ、テヤ』

2Pからの打撃をガードされる。2Sまでガトリングして固める。

『ガンフレイッ!』

ガン青をガードさせ、再び2択を迫る。
ヴェノム戦は起き攻めが勝負。そうそうチャンスは巡ってこない。ここで殺し切りたいところだ。

『ふッ、オウアー!!』

暴れ潰しに2P>HSを繰り出す。しかしヴェノムはガード1択。
せっかく相手のGBも光ってきたと言うのに、これでは逃げられてしまう。

(逃がしては、だめだ)

良し、凌ぎ切った。相手のTGも空だ。逃げられる。
HJを入力した次の瞬間

『バンデェッ!リボルヴァー!!』

(くっ!?BR!?)

―――ギィンッ!!

紙一重でFDを張る。命中していたら命は無かった。

『ハ、テヤ、テヤ』

立ちKから2Sまでガトリング。
2S後はソルが有利だが、所詮は3F。間合いも空いている。

(J逃げ―――)

『やる気ねぇのか?』

最弱と呼び声高いソルの空中投げ。ダウンも満足に取れない糞みたいな投げ。
唯一優れている点と言えば気絶値が高いことぐらい。

―――ドォンッ!!『カウンタ!』

ただ、それはNH時の話。CHすれば一気に最強の空中投げに化ける。

『オウアー!バンデェッ!ブリンガー!!オウアー!オウアー!……』

空中投げCH>6HSCH>BB>Dループ。
GBも十分に溜まっていた。気絶狙いのコンボを組まれる。

『く、気配が読めん…!』

・・・

「勝負あったな」
「……ああ。お前の勝ちだ。郁瀬は好きにしてくれ」

どうやら郁瀬も観念したらしい。
っつーかアイツも蘇留のこと好きだって言ってたし、まぁ問題無いだろう。

「じゃあ帰るか」

こうして修学旅行2日目も終わった。明後日帰るから、実質明日で修学旅行も終わり。
久し振りにギルティから離れるのも悪くなかったな。あと一日、精一杯遊ぼう。

「それにしても派手にやられたな。お前真面目にやったのか?」

永園が話し掛けてくる。
って、よく考えたらこいつから話し掛けてくるのって初めてじゃないか?
この2日間で結構仲良くなれたってことか…?

「1R目は適当だ」
「2R目は?」

本気…だった。でも負けた。紙野 蘇留……なかなかどうして、強くなった。

修学旅行―――それは世の高校生の憧れ。それはこのギル高の生徒にとっても同じである。
そして江辻 聖にとってもそれは例外ではなかった。むしろ彼女は最もそれを意識していたといってもいい。
修学旅行というビッグイベントが放つパワーは尋常ではない。テンションもウナギ昇りである。
思春期ド真ん中の高校生がそのパワーにあやかって想いを寄せる人に告白するというのは
決して珍しい話ではない。


さてどうしたものか。どうやって緒土誘えば良いのだろうか。
何て言って誘えばいいのだろう。

―――知らない。

あたしにそんな知識は無い。だからこうして1時間近く頭を捻っているのだ。
もっと恋愛ドラマやら少女漫画でも見ておくべきだった。そんなバカなことを考える。
ギルティばっかりやってきたツケがこんな所で返ってくるとは夢にも思わなかった。
しょうもない作戦が浮かんでは消えていく。

(一体いつまでこうしてるつもり?)

…紙に書き出そう。悩み果ててこの好機を逃すなんて死んでも死にきれない。
シャーペンを握り締める。
まずはどうやって声を掛けるか…よね。

―――ねぇ緒土、ちょっと付き合ってよ

無難。しかしこんなんじゃ断られるかもしれない。「やだ」って言われたらそれまで。

―――ちょっと付き合いなさいよ

命令形に変更してみる。断られる確立は少し減ったように思えるが…これじゃあデートとは程遠い。

(で、デートって…!)

自分で言って赤面してる。バカ丸出しだ。

(落ち着け!)

かぶりを振る。新案を考える。

―――緒土、お願い!ちょっと付き合って!

うん…これはなかなか良いんじゃないだろうか。「お願い」にすりかえてしまえば成功率UP、の予感。
しかしこれは恥ずかしい。フォローを入れる必要がある。

―――勘違いしないでよ。荷物持ちが必要なの

う~ん…駄目だ。これじゃあただの性格が悪い女。

―――あんたが寂しそうだったから誘ってあげたのよ

これも駄目。そもそもお願いしてるって設定なのに、明らかに態度が矛盾してる。

―――あんたもどうせ暇なんでしょ?

(駄目駄目だぁぁぁ!なんで毒を含んだ台詞ばかり思いつくんだ!)

頭を抱える。

(実際声に出してみれば何か掴めるかも知れない…)

早速やってみる。

「緒土、お願いちょっと付き合って」

(―――!!)

顔から火が出る。
素面じゃこんな台詞とても言えない。なんとしても後続のフォローを完璧にする必要がある。

考える。

―――ギルティの練習しよう

ん…これは良いかも。でもそう言ったら本当にギルティの練習だけで終わりそうだ。
いや、でも連れ出してしまえば後は適当に誤魔化せる。
そのままディズィーランドに引っ張って行けばいい…

(…なんて無理よね~…流石に強引過ぎる。あ~どうしよう…いい案が浮かばない…)

ディズィーランドの入場券をボンヤリと眺めながら、また悶々と考えを巡らせた。

それから1時間後。夕飯も食べ終えてしまった。
計画はもう30分も前に完成した。後は実行に移すだけとなっていた。

なのにあたしは一体何をやってるんだ。このままじゃ日が暮れてしまう…って違う。
もう暮れてるんだ。そう、このままじゃ日が昇ってしまう。明日が最後なんだ。
ダメだ。もう行くしかない。腹括れ。いつまでも悩んでないで、突撃あるのみ。

「あれ、聖ちゃんどこ行くの?」
「ん?あの、ちょっとジュースでも買って来ようと思ってさ!」

意を決して部屋を出た。
足を一歩踏み出すのにも、いちいち凄い労力を使う。
何故か呼吸まで乱れてくる。緊張しすぎて胸が苦しいような切ないような…変な感じになる。
さっきから無意味に溜息を乱発してる。

(やっぱやめよっかな…)

そんなことを考えていると緒土たちの部屋の前まで来てしまった。
心臓は釣り上げた魚のように暴れ狂っている。

(…落ち着け…落ち着け聖…)

胸に手を当てて深呼吸する。幾分マシになる。

(よ、よし…最終確認)

とりあえず「ギルティの練習」という名目で連れ出すということに決めた。
ぐっ気合を入れてメモをポケットから取り出す。そこには必死で考えた台詞の数々。
書いては消し、また書いては消し……メモはボロボロになってしまっていた。

(えーと、まずは…)

―――ガチャッ!!

「うぇっ!?」

ドアが開いた。

「あれ、聖じゃねぇか…こんなところで何やってんだ?」

(う、うろたえるな!予定通りに!)

「し、緒土、お願い!ちょっと付き合って……………」


         ………あれ?


(あ、あれ?……あれ…?なんだっけ?この次の台詞なんだっけぇ!?)

頭が真っ白になる。汗が滝のように出て来る。口はぽっかりと開いているが、肝心の言葉が出てこない。
顔面がもの凄く熱い。耳まで真っ赤になるのが自分でもわかる。

「―――え、うあ、あの、えーっと…」

やばい―――どうしよう―――思い出せ―――早く―――何か言え―――

そんな言葉が次々と思い浮かんでは消滅していく。

       ダメだ―――思い出せない

「別にいいぞ。どこに行くんだ?」
「え……え…?」
「どこ行くんだって聞いてんだよ」
「あ、あの……」

既にあたしの脳は完全にショートしていた。
ヒューズも銅線も焼き切れている。漏電し放題で熱暴走しまくり。
いつ頭から煙がもくもくと出て来て大爆発してもおかしくない。
そんな状態だったから、あたしは緒土の質問に答えるだけで精一杯だった。

「ゆ……遊園地…」

明日14:00、ディズィーランドの入り口で待ち合わせ。
聖は早口でそう言うと、俺が止めるのも聞かずにささーっと小走りで帰って行った。

(あの聖が遊園地ねぇ……一体何を企んでるんだ?)

あれこれ考えながら俺は部屋のドアを開けた。

「な、なんだよ……」

104号室には奇妙な空気が充満していた。
まず郁瀬 弓太。おんおんと声を上げて涙を流している。
一方の紙野 毅。何故か赤面。
そして永園 翼。ニヤニヤと薄ら笑いを浮かべて俺をジロジロ見ている。

「まぁ座れ」

永園に促されて腰を下ろす。

(な、なんなんだよこの空気は…)

「二股だったとはな」

どうやら先ほどの聖とのやり取りを見られたらしい。永園が悪魔的な笑いを浮かべる。

「なっ…三綾とは付き合ってないって言っただろ!」
「捨てるってか?」
「違う!」
「じゃあ江辻さん一筋ってこと?」
「それも違ーう!!」

永園&紙野から質問攻めにされる。一方の郁瀬はただ泣いているばかり。
まだ俺に未練があったのかコイツは。

「だ、だってあれってさ…で、デートの約束でしょ…」

紙野がたどたどしく喋る。
気付いた。ギルヲタは基本的に女に免疫がない。恋愛についてもまた然り、と言う訳か。

「なんでそうなるんだよ!飛躍しすぎだろ!」
「だってさ……松瀬くん江辻さんの顔見た?今にも爆発しそうだったよ」
「アイツはお前に気があるな……間違いねェ…」

妙に重低音で喋る永園。こいつは女に飢えている。俺に八つ当たりしてきそうで怖い。

「ちょ、ちょっと待てよ…俺は…」
「良し!とりあえず飲め!!」

永園がずいっと一升瓶を押し付けてくる。
すでに中身は半分に減っている。テンションが妙に高いのはそのせいか。
こいつはなんだかんだと理由をつけて酒が飲みたいだけなんじゃないのか?

「違うってのに…」

でも飲まない訳にはいかない。下手に断れば多分殴られる。

「一杯だけだからな…」

それにしても…デートだって?あの聖が?俺と?
ってことはアイツは俺が好きってことなのか?
……んなわけない。有り得ない。
俺と聖じゃ不釣合いにも程がある。
これは絶対に何か裏があるな……。

「早く飲め!!」
「うおお!?」

・・・

眠れる訳が無い。もうあれから1時間も経っているのに、動悸は一向に衰える気配が無い。

(遊園地…明日…緒土と…2人で…)

考えまいとしても、あたしの意志とは無関係に頭は回転してしまう。

(眠れ……眠れ……)

江辻 聖の眠れぬ夜は続く。

それから数時間が経過して、空が白みだした。結局一睡も出来なかった。
俣奈はまだすーすーと規則正しい寝息を立てている。ベッドに長い髪がふわーっと広がっている。
とりあえず顔を洗いに洗面所へ向かった。
普段なら軽く整えて梳かすだけの髪。でも今日は違う。気合を入れてセットしなければならない。
洗面台に置いてあるワックスを手に取った。

・・・

「なによぉ……なんなのよコレぇ…」

1時間後。あたしは猛烈に後悔していた。やっぱり慣れない事をするもんじゃない。
鏡を見るとそこには変な髪形をした涙目の女が映っていた。
前髪がまるで触覚のようにぴよーんと跳ねてしまっている。原因はこの整髪料。

『スレイヤー御用達!パイルバンカーでも砕けない超絶ハード!!』

というキャッチコピーが書いてあったのを不覚にも見落としていたのだ。
ちょっと前髪につけてみると違和感がしたので、慌てて拭き取ろうとした。
しかしその文章に偽りは無く、色々試したがびくともしない。
水で洗い流そうともしてみたが、それでもあたしの触覚は平然としていた。
たしかにこれならスレイヤーの髪形を真似ることも不可能じゃない。

「ふぁ~…聖ちゃんおはよう~…」

そんなこんなで10:00。気が付くと寝ぼけ眼の俣奈が洗面所までやってきていた。

「わ、凄い寝癖…」
「これ寝癖じゃないのよ…」
「どういうこと?」
「実は…」

・・・

「聖ちゃん、行くよ?準備はいい?」
「い、いつでもいいわよ…」

これが最終手段。もうこれ以外に方法は無い。

―――ガリガリガリガリ……

飛び跳ねた部分をハサミでばっさりカットすることにしたのだ。

「切れない…」
「う、嘘でしょ…」
「うー……」

―――ガリガリガリガリ……

物凄い音がする。一体この整髪料は何で出来ているんだ。

―――バキッ!!

「わ!刃が欠けちゃった…」
「そ、そんな…」

見るとハサミはボロボロ。しかし髪には傷1つ付いていない。
もしかしてあたしの髪は一生このままなのだろうか。一生触覚女として生きるしかないのだろうか。

「ん~~でも可愛いから大丈夫だよ」

そう言って俣奈が触覚をつんつんと触る。

「はは、かわいい」
「そうかな…」

もう一度鏡で自分の姿を見る。
あまりにも長時間この髪型でいたためか、違和感がなくなってしまっていた。
慣れとは恐ろしい。たぶん今の自分じゃ、この髪型について妥当な判断は下せない。

「大丈夫だよ」

朗らかに笑う俣奈。ちょっと心配だけど…でも仕方ない。直せないんだからこれで行くしかない。

「あっ!そうだ!」
「ん?なに?」
「帽子かぶればいいんだよ」
「あ…そうか…」

なんでこんな単純なことに気が付かなかったんだろう。早速かぶってみる。

(……まさか突き破ったりしないわよね)

「どう?」
「うん。それならバッチリ」
「良かった…」

そんなことをやっているうちに12時になってしまっていた。

(あと2時間か…)

昼食を食べ終え、12:30。もう何を食べたのかも覚えていない。
意味も無く溜息をつき、意味もなく部屋をウロウロする。
後1時間半……居ても立ってもいられない。
ここでこうして溜息ついてるくらいなら、早くディズィーランドに行ってしまおう。
気が紛れるかもしれない。

「じゃあ俣奈、あたしちょっと出かけてくるから」
「うん」

・・・

「頭がガンガンする……」

結局、前回よりもさらに大量の酒を胃に流入させる結果となってしまった。
床には缶ビールと一升瓶が所狭しと転がっている。部屋中が酒くさい。
紙野も郁瀬も永園も、全員爆睡しているようだ。
時計を見るとすでに11時を回っていた。たしか聖との約束は午後2時…あと3時間か。
重たい体をなんとか動かしてベッドから降り、適当に身支度を整え始めた。