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「あはは…負けちゃった…」 これほど作り笑いが苦手な人間も珍しいのではないだろうか。無理して笑う所を見るといつもそう思う。 「そう落ち込むなって。まだ挽回できる」 「うん…それより次松瀬の番じゃない?」 ―――え? 「次は名簿2番、江辻 聖。相手は松瀬 緒土だな。両名、前へ」 「おまえ何で『江辻』なんて苗字してやがる!!」 「うっさいわねぇ!仕方ないでしょ!!」 …まぁいいか。別に大して緊張してるわけでもないし。 「江辻様がんばって~!!」 それよりギャラリーが耳障りな事この上ない。なんだこの郁瀬の女版みたいな奴らは。 と言うか、俺には女性を魅了する力が女である聖よりも無いのか? (屈辱…男としてこれは屈辱だぞ…!) 「松瀬がんばって~!!」 (お…?) 声の聞こえた方を向く。 (三綾かよ…) 溜息をつく。悲しくなってきた。 だが俺は逆境に強い男だと自負している。ここで俺が"江辻様"を倒せば株価急上昇間違いなし。 (やってやろうじゃねぇか!) 動機は不純だったが闘志が燃え上がってきていた。メンタル的には問題無い。勝つ。 「それではテストを開始する」 『迅雷の由縁をお教えしよう』 『…始めるか』 『ヘヴンオアへール!デュエルワン!レッツロック!!』 『カウンタ!!』 『はっ!』 ザァァー… 開幕2Sに2Pを合わせられる。そのまま遠S>ディッパー。どこかで見たような開幕。 でもこのままダウンは取らせない。 『ファールを犯したな!!』『カウンタ!』 P、Kボールを流れるように立て続けに生成する。無理に突っ込む必要は無い。じっくり敵を追い詰める。 否、追い詰める必要すらない。こっちは逃げてシューティングに徹していればいい。 各種スタンエッジの対処法も頭に叩き込んである。 バーストで弾いたとは言え、まだ距離も近い。3WAYはHJで回避される。 徐々にこっちのペースに引きずり込むんだ。あまり好きな戦闘スタイルではないが。 Pボールを立ちPで弾いて様子を見る。 ―――ザァァー…ズシャアッ!! (―――!…ディッパーか!!) 流石に相手もこちらの考えることはお見通しか。 隙があれば素早く斬り込んで来る。かといって下手な牽制は逆にカウンターを貰う。 この中距離での卓越した展開の早さ、読み。これが江辻 聖の武器。 基本的に、彼女には中距離の刺し合いにおいてガードと言う選択肢が無い。                攻撃は最大の防御           Attack is the best form of defense 彼女はそれを完璧に体現している。だから『ガード』は存在しない。 あるのは刺すか刺されるか、その2つだけ。 普通は相手の間合いに入ったら例え攻撃が飛んでこなくてもレバーを後方に入れる。 その動作は無意識と言っていい。どんな人間でもやる。本能的な行動―――防衛本能だ。 『敵は攻撃してこない。安全だ』そう判断したら攻撃行動に移る。 だが江辻 聖にはそれが無い。攻撃一辺倒。 防御→攻撃と切り替える時の、数フレームの処理が無い。だからその分常人より反応が早い。 本人曰く「剣道で身についた」らしい。 ガッ、ガッ 2Pで固めてくる。 『失礼!!』 (しまった!!また投げに…!!最悪だ) 『本気を見せましょう』 カイが聖の考えをそのまま口に出しているみたいだ。 頭を振る。 (駄目だ。何を考えているんだ俺は。聖相手に気持ちで負けたら終わりだ!) ―――バシッ! 2Pからの当て投げに足払い暴れで割り込む。 (切り返した…切り返せた…) 喜びに浸っている時ではない。 P生成。すぐにダッシュ立ちPで弾く。 『行くぞ!!』 スラストと下段の単純な2択。でも馬鹿には出来ない。 ドドド!! 命中。続けて2K>足払い>P生成。 『させません!!』『カウンタ!』 起き攻めにさえ移行できれば聖の超人的な牽制技術も関係ないんだが…そう簡単にはいかない…くそッ! カイがダッシュで間合いを詰めてくる。この距離でカイがする起き攻めといえば…。 『油断しましたね』 ああそうさ。 完全に油断してた。あの距離なら普通2PやKを重ねる。 起き上がりに重なりもしないダストなんて撃ってくるはずが無い。だから下段ガード一択だった。 『ヴェイパースラスト!!』 受身不能ダストからVTループ。 『本気を見せましょう』 またチャージから2Pを刻んでくる。HSを混ぜてGBも上げてくる。鬱陶しい。 (GBが点滅してきた…まずい。早く…早く抜け出さないと…!) 『見切った!!』『カウンタ!』 JHSが足払い動作中のヴェノムに向けて容赦なく振り下ろされた。 焦りすぎて見え見えの暴れを振ってしまった。 (『見切った』だと!?言ってくれる…!!) 『見切った!』 近S>6K>足払い>画面暗転。 見切った、見切った、と壊れた目覚し時計のようにやかましい。 『セイクリッドエッジ!!はっ!見切ったっ!ヴェイパースラスト!!』 ごっそり体力を削がれる。残り1割。対する聖はまだまだ余裕がある。 (また起き攻め…だが、このまま死ねるかよ!) ―――シャアアアア、シャアアアア いきなり異質な音が筐体から発せられた。 (なんだ!?JD起き攻め!?) 急な変化に頭が付いて行けない。 『失礼!!』 (畜生ッ!!また投げか…もう体力が…!) 画面端から抜け出せない。再度起き攻めが来る。 『油断しましたね』 (してねーよッ!!) キンッ! ガード。 『SHOT!!』 硬直にコンボを叩き込む。HSステ青>JK>JS>JHS>2K>足払い>P生成。 聖の中距離での強さは並じゃない。とにかく刺し合いに持ち込ませたくない。 起き攻めで一気に倒すのが理想。いや、このまま起き攻めで倒さなければ負ける。 ダッシュ立ちPでボールを弾く。 『ヴェイパースラスト!!』『カウンタ!』 (あ、あぶねー…) VTはガードしてる。残り数ドット…当たれば死んでた。 一方のカイにはボールがCH。VTによる読み合い放棄の喰らい逃――― (―――しまった) 距離が空いた。 "中  距  離" 江辻 聖の間合い に入った。 ( 殺 ら れ る ) ―――『失礼!』 何の迷いも無い、鮮やか過ぎるダッシュ投げだった。 油断はしていなかった。では何故くらった? それは『敗北』と『死』に対する恐怖。 聖の間合いに入ってから、俺の手はずっとレバーを後方に入れたまま固まってしまっていた。 『私が未熟なばかりに…!!』 『良く頑張りましたね』 少しだけ、俺が投げに弱い理由が解った気がした。 「そこまで!勝者、江辻 聖!!」 「松瀬も負けちゃったね」 「なんか嬉しそうだなオイ」 「あははは、そんなことないよ~」 だから作り笑い下手だっつーの。というか誤魔化そうと言う気すら感じられない。 「それよりすぐ紙野の番だぞ。あいつ大丈夫か?」 「あんなに練習したんだもん…きっと大丈夫だよ」 負ければ奴隷とか言ってたな…紙野は是が非でも勝たなきゃいけない。 楽観主義者でポジティブシンキングを自負する俺でも流石に不安だ。 もしもの事があればアレにもかなり影響が出てしまう。 ―――最悪の場合はオレが何とかシないとナぁ。何とかシないといけナいヨなァ。 「―――っせ?松瀬どうしたの?」 「…あん?な、なにが?」 「ボケっとしてないでよ。紙野さんの試合始まっちゃうよ?」 「ああ…悪い」 永園 翼がニヤニヤ顔を歪めて話し掛けてくる。 「毅ィ、謝るんなら今のうちだぜ?」 「謝る気なんかないよ。僕は勝つんだ。もう君の言いなりじゃないよ」 ギャラリーが凍りついた。 「お、おい…アイツ今何て…?」 「マジかよ…殺されるぞ…」 驚きと不安が混ざり合ったような空気が流れる。 「ハハッ!言ってくれるじゃねェか!!」 「君のほうこそ謝る準備をしていた方がいいんじゃない?」 「…ブッ殺す」 (かかった) 郁瀬君の言った通りだ。まずは挑発して相手の心理を揺さ振る。戦いはもう始まっているんだ。 「おい、お前ら何喋ってんだ。早く始めろ」と先生が急かす。 「はい」「チッ…」 椅子に座って永園君の姿が見えなくなると一気に緊張の波が襲ってきた。 指先が震え、呼吸が少し荒くなる。周囲には何10人もの観客。正直言って怖い。心臓がドキドキする。 (そう言えば…初めてゲーセンに行った時もこんな感じがしたなぁ…) でも今はそんなことを考えている時じゃない。永園君に勝つ事だけを考えるんだ。 『師匠…見ててくれよ!!』 『心配しなくてもいい、手加減はしよう』 『ヘブンオアへール!デュエルワン!レッツロック!!』 『シュッ!爆砕!!』 当たり前のように開幕からパイルをぶっ放してくる。完全に計算通りだ。 『ハッ!テリャ!γブレイ!』 ジャンプで回避してそのままJHS。さらに近S>6P>足払いのワンコンボ。 ダウン追い討ちにγを当ててダッシュ立ちP×N。 『今のはなかなか…』『ハラキリ!!』 復帰を空中投げ。地面に落とす。 『今のはなかなか…』『ハラキリ!!』 またダウン追い討ちをして空中投げ。永園君は気持ち悪いくらいに予測通りに動いていた。 (このまま対策通りに立ち回れば…勝てる…!) 再びダウン追い討ちを仕掛けるが今度は受身を取らなかった。距離が開く。 地上での差し合いには付き合えない。空中バックダッシュで距離を離して様子見だ。 Kマッパで突撃してくると踏んでいたが、歩いて間合いを詰めてくる。 『歩く』…TGも溜まるし、間合いも確実に詰められる。実に効果的な行動だ。 永園君は強い。流石にそこまで無鉄砲じゃない。気を抜けば確実にやられる。 特に彼のぶっぱなしのセンスは超一流。迂闊に牽制を振ると大惨事になりかねない。 (ここは…) 『KISS MY ASS!!』 ギャラリーから小さい悲鳴が上がる。筐体の向こう側から怒気…いや、殺気をビリビリ感じる。 本当はこんな真似はしたくない。でもそんな甘い事を言って勝てる相手じゃない。これは真剣勝負なんだ。 生きるか死ぬかなんだ。 挑発だと?いい度胸してるじゃねェか、この糞野郎……絶対ぶっ殺す!! 『シュッ!パイルバンカー!!』 『イライラするぜ』 しかし勢い良く放ったパイルは呆気なくガードされた。 糞!なんでさっきからパイルが当たんねェんだ!? こんな糞忍者、一発パイルカウンターを入れれば死ぬ。そうだ、一発当てれば殺せるのに…! こんな雑魚になにを手間取ってんだオレは!! 『ハッ!テリャ!』 近S>6P>近S>6P>近S>足払い。起き攻めが来る。表裏2択か? リバサ無敵吸血は安定しねェ…気合で見切るッ!! 『テリャ!』 赤い血が噴き出す。チッ、見えねェ…糞が…! 『ハッ!テリャ!』 またワンコンボいれてダウンを取られる。体力はもう5割を切っている。一方チップは殆ど傷を負っていない。 なんだこれは?オレが押されてる…?負けてるって言うのか? こんな雑魚プレイヤーの使う雑魚キャラに? (そんなもんが…認められるかよォッ!!!!) 『攻め手にまわるか』 降下して来る紙忍者にリバサ金サイクを合わせる!! ガキッ!! 『イライラするぜ』 (馬鹿な―――読まれてる―――) 『ハッ!テリャ!じれってぇ!スシ!スキヤキ!ハッ!テリャ!』 RCを絡めたコンボ。やばい死ぬ。 畜生…畜生、畜生、畜生、畜生、畜生ッッ!! このオレが負ける!?何も出来ずにやられる!?こんな雑魚に!? 『じれってぇ!』 いや、まだいける…チップの火力は低い。この分だと残り数ドットでギリギリ助かる。 数ドットあれば十分だ。こんな紙忍者…パイル一発で死ぬ。一回噛み付けば5割減る。 そうだ、こんな奴にオレが負けるはずがねェ!! 『ハァ!』 (なっ―――!?) ガトリングからの幻朧斬。こんなものが見切れないはずが無い。 こんな糞みたいな技を喰らうのは初心者だけだ。 『どんな気分だ?』 が、スレイヤーの首元からは真っ赤な血が噴き出していた。見えなかった。 怒りと焦りでそれどころじゃなかった。 『SLASH』 『チッ…弱ぇんだよ!』 「そこまで!勝者、紙野 毅!」 ―――オレが負けた?しかもあんな雑魚に?何かの間違いだ。オレが負けるはず無い。 そうだ、負けたのはオレのせいじゃねェ!! 「レバーが…レバーが悪かったんだ!!このレバーいかれてるぜ!何か動きがおかしい!!」 「レバーはちゃんとチェックしてある」 「対戦中におかしくなったんだろ?負けたのはオレのせいじゃねェ!レバーのせいだ!!」 「………永園」 雁田は椅子から立ち上がると、デカイ溜息を一発吐いた。 「見苦しいぞ」 ―――くッ…!! 「くそォォォォォォォォ!!!!」 ―――バンッ!! 「あ!永園…お前…!」 筐体を思い切り叩いた。 教室のドアを力任せに開け放ち、猛然と廊下に飛び出した。 遣る瀬無い怒り羞恥で頭がどうかなりそうだ。もう何も考えられない。怒り身を任せるしかない。 クソッ!!俺があんな雑魚に負けた!?認めねェ!絶対認めねェぞ!! ―――ドンッ! 廊下の角を曲ろうとした時、誰かと肩がぶつかった。 誰か知らんが、いいところで現れてくれた。一発…いや、気の済むまで殴ってストレス解消してやる。 「テメェ!!どこに目ェ付けてんだ!!」 拳を振り上げる! …が、その腕は振り上がったまま硬直してしまった。 「…暴力は良くないな…」 振り上げられた腕は男にがっしりと掴まれていた。 「チッ!離せッ!離せよこのクソが!!」 何もかも気にいらねェ。何でオレがこんなわけのわからん奴に押さえられてんだ!? 畜生…畜生ぉ…なんなんだよこれは!! 「君…スレイヤー使いだね」 「なん…だと…?」 オレはその言葉を聞いて呆気に取られた。 「ふふ、見れば分かるよ…この腕の筋肉の付き方…  63214の動きを多用するスレイヤー使い独特の筋肉だ」 何だ…?こいつ…? 「ふむ…崩しは吸血が多目…あと、無敵付加はあまり使わないようだね」 当たってる。馬鹿な。何故腕を触っただけでそんなことまで分かる?こいつ一体…? 「君…強くなりたいかい?」 「あ、ああ…当たり前だろ…」 オレはつい反射的に答えていた。 「安心していい。君はまだまだ強くなれるよ。  君はそうだね…無敵付加…特に無敵マッパが出来るようになると、君は劇的に強くなる」 「無敵マッパ?そんなもんとっくの昔に出来てる」 無敵マッパなんてその辺の厨房でも出来る。こいつ馬鹿にしてんのか? 「…君の無敵マッパは完全ではない」 「なに?」 「知っていると思うけど、バックステップキャンセルによる無敵付加は最大12F。  しかし、君は12F間の無敵を付加させたマッパを出せていない。入力が遅すぎるね」 オレは男の話を無心で聞いた。 「君は無敵付加を極めれば、必ず強くなれる」 "必ず強くなれる"その言葉を何度も反芻した。この男の言葉は不思議と説得力のあるものだった。 「永園!!」 その時、後ろから雁田の声が響いた。 「チッ!」 男の手を素早く振りほどくと、オレは一目散に逃げだした。 (無敵付加か……面白ぇ、極めてやる) 「やぁ、雁田先生」 「み、右渡校長じゃありませんか!どうしたんですか!?こんなところで…」 「ちょっと将来有望そうな生徒を見つけてね」 「そうですか…それより、いま金髪の男がこの辺を通りませんでしたか?例の永園という男なんですが」 「そうか、彼が永園 翼か」 「え!?奴に会ったんですか!?何かされませんでしたか!?」 「いや、この通り大丈夫だよ」 「良かった…でも、アイツは問題児ですよ?あんなマナーの悪い奴に期待なんてしないで下さい。  さっきも台を叩いていったんですよ?」 「若いのはアレくらいでちょうどいいんだよ。まぁ彼は流石に度がすぎるみたいだけど」 「それで……永園はどうでしたか?」 「素質は十二分にある。そしてあのプライドの高さ…彼は伸びるよ。本当に先が楽しみだ」 「やったな紙野!」 「うん。ありがとう!みんなのおかげだよ」 「それにしても永園は相変わらずムカツクわね…『レバーのせいだ』なんて言い出してさ」 その後雁田だけが帰ってきてテストを再開した。永園は結局最後まで帰ってこなかった。 「実際レバーがおかしい時はたまにあるけどな。まぁ勝ったんだしいいじゃねぇか」 「そうね」 紙野のことは上手く行ってよかった。でも俺のほうは全然駄目だ。 あんなに練習したのにアッサリ負けちまった。 「聖、今日の俺は何が駄目だった?どうしてお前に勝てなかった?」 「本当に分かんないの?本当は解ってるんでしょ?」 「緒土は投げに弱い」呪詛のように聖に繰り返し言われてきたのに、 いざ試合が始まればすぐに癖でガードを固めてしまう。攻撃を喰らうのが怖い。負けるのが怖い。 その邪魔な感情を払拭しない限り俺の勝利は遠い。そう痛感した。 「いや、ちょっと解った…と思う」 「ならいいじゃない。あとは経験を積むだけよ」 そう言って聖は笑った。 『オウアー!オウアー!オウアー!オウアー!オウアー!オウアー!ネッテロー!!』 「よし、今日の授業はここまで!」 右の声と共に期末テストも終わってしまった。また一歩闘劇が遠退いた。 まだ挽回できるのだろうか?こんな調子で本当に闘劇に行けるのだろうか? 色んなことが頭を巡り廻って整理がつかない。 「帰ろうよ松瀬」 三綾…こいつも負けたのにまるで凹んでねぇな。なんか悩んでるのが馬鹿らしくなってきた。 あ~も~考えても始まんねぇ!これから練習すればいいだけだ! 「…そうだな。帰るか!」 気持ちも新たに5人で教室を出た。 ドアを開くと目の前に小柄な少女が立っていた。紙野 蘇留。 また郁瀬を狙ってきたのか。俺としては蘇留の存在は非常にありがたい。 が、奴の矛先が俺に向かないという保障は無い。 プリントの裏にかかれた『殺』の文字が未だに頭を離れない。 あの日の夜『グランドヴァイパー!!』とか言う絶叫と共に蘇留が俺をめがけて地面を猛然と滑走してくる夢を見た。 目覚めれば寝間着は汗びっしょり。生きた心地がしないとはまさにこのことだと思った。 「お兄ちゃんどうだった!?」 (あれ?) 「勝ったのか!?」 ああ…そうか。こいつが男みたいな性格になったのは、全部兄のせいなんだよな。 本当は兄思いの可愛い妹なんだ。きっと紙野が心配でしょうがなかったんだな。 「紙野さん勝ったよ!」と三綾。 「本当か?嘘じゃないだろうな」 前言撤回。やっぱ可愛げねぇ、こいつ。 「本当だよ。ちゃんと勝ったから大丈夫だよ」 「良かった…」 蘇留は全身の力が抜けたように深い安堵の溜息をついた。 「お前はどうなんだよ?」駄目もとで聞いてみる。 「ふん、勝ったに決まってるだろ」 「マジで!?」 あのDループも満足に出来なかった蘇留が勝った!? ありえねぇ…いや、でも最近は郁瀬とバッチリ練習してたしコンボも十分に出来るようになっていた…。 「緒土、お前はどう…」「それよりさっさと帰ろうぜ!!」 蘇留の言葉を遮って玄関に早歩きで向かった。 「もうすぐ夏休みね」 聖の言葉で初めて気付いた。そんなもの全く眼中に無かった。 期末テスト対策でそれどころじゃなかった。でも夏休みは嬉しい。 ギルティ強化月間にしようか…いや、それはいつもしてる…どうやって過ごそう。 ギルティの練習なら郁瀬とやるのが一番いい。でも人格面で問題がある。 ならゲーセンか?でも金かかるしなぁ…。 「お前ら夏休みはどうすんだ?」 他の皆はちゃんと予定があるらしい。聖は旅行に行くんだとか。 郁瀬は「予定ないっス」とか言ってたけど、蘇留にデートの約束を無理やり取り付けられた。 紙野に至っては他県へ遠征に行く予定があるらしい。結局暇人は俺と三綾だけだった。 「松瀬は夏休みどうするの?」 「さぁな。適当にギルティの練習でもするんじゃねーかな」 「暇ならさ、私と練習しようよ」 「え?」 盲点だった。三綾は俺より遥かに強い。しかも同じヴェノム使いじゃないか。 三綾から学ぶべきことはたくさんあるはずだ。 対戦だけじゃなく、キャラ対策を研究したりするのも都合がいい。なんで今まで気付かなかったんだ。 「悪くない話だな」 「でしょ?」 「あ!な、なら私も付き合ってもいいけど」と聖。 「お前は旅行じゃないのか?」 「あ…そうだった」 肩を落とす聖。その後聖はずっとうんうん唸って悩んでいた。旅行に行きたくないのだろうか? まぁ、何はともあれ夏休みの予定が決まってよかった。 しかし夏休みは1ヶ月もある…ただ三綾とギルティやってるだけと言うのもなんだかなぁ。 どうせギルティは毎日やってるんだし…徒に青春を浪費しているような気がしなくも無い。 かといってギルティ以外の趣味は特に無い。 漫画読んだりゲームしたり音楽聴いたり…いつでも出来ることばかりだ。 なんかこう…夏休みならではの遊びとかねぇかな?でも暇なのは三綾だけだし…やっぱ駄目か。 (……まぁいいや。たまにはギルティ以外のゲームでもやって楽しむか) そんなことを考えながら俺は激動の期末テストを終えたのだった。 そして数日後――― 「さて明日からいよいよ夏休みに入るわけだが各自練習は怠らないように、なんて言わなくても大丈夫か…」 むしろ長期休暇に入ってさらにギルティをやることになるだろう。 夏休みかぁ…今年はのんびり出来そうだな。やっぱギル高に入ってよかった。 国語数学理科社会……そんなものとは無縁の夏休みが始まる。素晴らしい。最高だ。 自然と笑みがこぼれる。他の生徒もきっと同じ心境なのだろう。 教室内は楽しそうな声で埋め尽くされていた。 「あーでは、通知表を返すぞー」 その一言で教室内の時は止まった。 「ちゃっちゃと行くぞ。まず郁瀬!」 「え?あ、はい!」 次々と生徒の手に通知表が手渡される。ガッツポーズをする生徒もいればその場で泣き崩れる生徒もいた。 郁瀬は通知表をざっと見て頭をポリポリ掻いただけ。リアクションが薄すぎて分からん。 聖は満足そうな表情をしていた。当然だろう。あいつが駄目だったら俺はどうなるんだ。 紙野は例によって緊張していたが、通知表を見るとその表情は安堵に変わった。 「次、永園」 ふらふらと気だるそうに通知表を取りに行く。戻ってきた永園は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。 永園のことだから雁田に文句を言うんじゃないかと思ったが、意外にも大人しく受け取っていた。 「次、松瀬」 「はい」 雁田が険しい表情をしている。あーこれは心臓に悪い。もう早くしてくれ。早く見たい。 「松瀬、お前サブは?」 「え?」 だが雁田は通知表を渡さず、変な質問をぶつけてきた。 「サブですか…?エディと…」 「あー、もういい。わかった」 そっちから聞いといてなんだよ…まだ1人しか挙げてないじゃないか。 「単刀直入に言う。お前、エディにキャラ替えしろ」 「 は ぁ ! ? 」 「お前にはエディが合ってんだ。この通知表を見てみろ」 雁田が一枚の白い紙を取り出した。 ―――――――――――――――――終戦管理局報告書:第4385号――――――――――――――――― Name. Masse Shoto Height. 170cm Weight. 53kg Birthday. 4/14 Bloodtype. B Character. Venom 筆記試験  0点 判断力   10 精神力   9 読み    7 コンボ精度 4 立ち回り  5 防御スキル 4 攻撃スキル 4 中距離でのぶっぱステ青による独特の戦闘スタイルが特徴。 読みがなかなか鋭く、命中率が高い。中距離でもヴェノムらしからぬプレッシャーを与えられる。 しかし性格がかなり強気でぶっぱ多目という点を考慮するとヴェノムはあまり合っていない。 コンボ精度等の実戦的スキルは平均にやや劣るが、精神力と判断力は一流である。 基本的に対戦時はいかなる状況下にあっても動揺が見られない。大会で真価を発揮するタイプ。 画面端との距離、自キャラと相手キャラの位置関係等を把握する能力に長けており シューティング技術も高い。 しかし筆記試験0点は忌々しき問題である。 ダメージ計算等は大目に見てやれないことも無いが、キャラ対策の知識が乏しいのは重大な問題。 またメンタル面では高いレベルにあるが、それが生かしきれていない。 さらに実戦的スキルの低さを考慮し、当該固体の評価はCとする。 ------------------------------------------------------------------------------------------ 「お前の判断力はかなり高く評価してる。  エディは確かに最強キャラだが、その性能を遺憾なく発揮するには高い判断力が要る。  常にエディゲージに気を使ってないとダメだからな。  状況に応じて最適なコンボを入れるのは難しいんだ。相手を崩した時のこちらの残りエディゲージ、  画面端までの距離、TG、相手のGB、ドリハメに移行すべきか、それともそのまま体力を奪うか、  様々な要素を総合的に見て、どんなコンボを入れるのか瞬時に判断しなくてはならない。  でもお前ならそれも可能だろう。どうだ?キャラ替えする気はあるか?  他にはジョニーなんかもオススメだが」 ジョニー…こいつもサブで使える。 ヴェノムに無い物、それは火力。ワンコンボで5割6割殺ぎ落とす爽快感。 だから火力の高いキャラをサブで使った。俺はそれを求めていたから。 でも――― 「冗談じゃねぇ!俺は今までヴェノムで戦ってきたんだ。いまさら替えられるかよ!」 「そうか…でも、お前はここに入学してきてから何勝した?」 「うっ…」 0勝…4敗… 「一言だけ言わせてもらう。  お前にヴェノムは向いてない。  以上だ。まぁ、時間はたっぷりあるんだ。この夏休みにでもじっくり考えてみるんだな」 "お前にヴェノムは向いてない"その言葉は俺の胸を深く抉った。

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