題:たなばたさま


 神聖巫連盟の七夕の朝。
 いつも掃除をするために集る人々は、今日は小さな入れ物を持ってきていた。
「ほら、サトイモの葉に露がたまっているでしょう?これをとってくるんだよ」
「はあい」
 おじいさんから説明を受けた子供達はサトイモの畑にむかってかけだしてゆく。
 帰ったらサトイモからとった露で墨をすり習字をするのだ。
 ”字が上手になりますように”という願いをこめて。

 子供達はサトイモにたまった露を「きれいだね」「どうして水がたまるのかふしぎだね」などとおしゃべりしながら集めていた。
「あ・・・」
幼い女の子ががっかりした声をあげる。
手を伸ばして、つま先で立って、足らなくてぴょんぴょん跳び、やっと手が葉に届いたところで露をこぼしてしまったのだ。
唇をかむ女の子にみんなが声をかける。
「失敗しても”もういちど”すればだいじょうぶだよ」
「ほら、ここにもあるよ。またできるよ」
「ぼくもこぼしたことがあったな」
みんなの言葉に、女の子は気をとりなおして再び挑戦する。
今度は成功。
入れ物の中に落ちてゆく露をみて、みんなが歓声をあげる。
笑顔をうかべる女の子。


ご近所の縁側を借りて、子供達は墨を磨る。
墨は手や着物につくとおちないので落ち着いて、おそるおそる磨ってみる。
ごりごりという音に混じって硯にあたった墨が何度も澄んだ音をたてる。
手が疲れた頃。水だったものが墨汁へとかわってゆく。
飽きてしまった幼い子供が何度も覗きにきて、色の変化を喜ぶ。
手馴れた年長の子供が自然に小さい子に教えている。
はじめは手を添えてもらって。
こつがつかめたら今度は自分で。
それをやさしくみていた大人たち。
出来上がった作品をかわかして飾ってもらうと、子供達は誇らしげだった。

笹の葉に飾りをつけ、短冊をつける。
吹流しは織姫の糸を。
網飾りは豊漁を。
色とりどりの願いがそよ風にゆれる。

「さあ、お供え物だよ」
盆に乗せられた農作物が縁側に運ばれる。
「トマトだ」
「きゅうりも スイカもあるよ」
「うちでとれた なすも!」
おばあさんが子供達豊作への願いをこめることを語って聞かせると、子供達はしみじみと作物を見た。
種を植えたり、花が咲いたり、実が大きくなるのを見守って収穫された作物の数々。
「ものが育つには、多くの時間や手間がかかるんだよ。それに”食べる”というのは命をいただくことでもある。だから大事にしようね」
「いのちって、なあに?」
「命ってね、魂のことだよ。お父さんやお母さんがいて、あなたにも受け継がれているね。お父さんやお母さんはおじいちゃんやおばあちゃんから。おじいちゃんやおばあちゃんは、ひいおじいちゃんやひいおばあちゃんから受け継いで。そうやって、生きているんだよ。ご先祖様から受け継いだ”命”。伝えていこうね」
なんだかよくわからないけど、大事な気がしてこくりと頷く子供達。
「壊すのは一瞬でできる。でも”守る”ことや”伝え続ける”のはなかなか難しいね」
ふと女の子はサトイモの露をこぼしてしまったことを思い出す。
まもるというのは”ダイジ”で”ムズカシイ”。
はたして自分にできるのだろうか。
「こぼしてしまったらどうしよう」
震える声で女の子は言う。

「もういちどやればいいんだよ!」
女の子の不安をかき消すように年長の子供が言う。
「さっきもできたよ。だいじょうぶだよ!」
サトイモの露を”もういちど”で とれたことを思い出し、女の子は笑顔をとりもどす。
「そうだね。失敗することがあるかもしれない。でも気づいたら”もういちど”そこからがんばるのは、いいね」
さあごはんですよ。
奥から運ばれたのは天の川に見立てた素麺。
七夕かざりをみながら大人も子どももおじいちゃんもおばあちゃんも。
みんなで食べる素麺はおいしかった。
素麺を食べながら女の子は思う。


”もういちど”なら、わたしもできるかもしれない。
そしてずっとずっと、”うけつぐ”ができるといいな、と。



Fin