題:織姫ちゃんと彦星ちゃん



【0】夕暮れの悲しみ

神聖巫連盟を夕闇が包み込む。
夏の暑さがほんのり残る時分。
川辺に座り込むのは”織姫”と呼ばれる娘。
少女というか、見た目は4歳くらいの幼女にもみえる。
いや天に住まう者を地の者と同じものさしで計ることがそもそも間違っているのだろう。
織姫は涙を隠すように袖で目を覆った。
「彦星なんて嫌い。大嫌い」
袖のすきまから見える顔は怒りと悲しみであふれていた。
言葉を失う雹。
何か声をかけなきゃと思い、手を伸ばしたそのとき。
地面を蹴るような音がした。
小さな男の子が何かを振り切るように去っていく。
「彦星ちゃん!」
追いかけようと動いた織姫の足が止まる。
「どうして追わないんですか!」
みぽりんの問いに織姫はできないよと言った。
「彦星は、お父様の命令で私といるだけだもの・・・」
その言葉はあまりにさみしくて。
みぽりんは大急ぎで彦星を追った。





【1】★織姫side-1
 ことの始まりは昼下がりである。
 雹とみぽりんは護民官の出仕を終えて政庁に戻ろうとしていた。
 国の観光地にさしかかったとき、一人の少女が饅頭屋の店員さんと威勢よく喧嘩をしていた。
「どうして売ってくれないのよ!通貨単位が”わんわん”って何よ!」
「いや、そういわれてもうちは」
「だからお金の代わりに織物を渡すっていってるじゃない!!」
「物々交換は取り扱っていないのですが」
「もー!なんて融通のきかない店なの!?」
きー!!と怒りくるっている少女の隙間から雹とみぽりんを見つけた店員が、なんとかしてくれと視線で助けを求めている。
ため息をついた雹が仲裁に入る。
「もしもし、もしよろしければ私がその織物を買わせていただきましょう。その代金で饅頭を買えばよろしいかと」
「あなた誰よ!」
今度は雹にかみつく少女。
「この国に住む、雹(ひょう)と申します。では手付金代わりに饅頭の代金を持たせていただきますね」
そう言いながら店員にお金を渡す雹。
お金ないなら今回はおじょうちゃんにサービスしようかと言ったのですがね”施しは受けないっ”といわれて、と店員が雹にささやく。
おつかれさまですと雹は店主をねぎらう。
「うん。それならいい」
腕を組み、胸を張って少女が饅頭を受け取る。
桃色を基調とした着物はあからさまに質がいい。
黒髪を軽く結い、頭に星を模した冠をつけている。
幼さのなかに育ちのよさと矜持がうかがえた。

「雹と言いましたね。先ほどは助かりました。礼をいいます」
雹に織物を渡しながら少女が言った。
「私は”織姫”です」
「織姫ちゃんですかー。七夕さまの織姫ちゃんと同じですねえ。私はみぽりんと申します」
緊張感のない声でみぽりんはぺこりとお辞儀をした。
「地上でまで噂になっているのですか?!」
愕然として四足になる織姫。
「おお、じゃああなたは天帝の娘さんの織姫さまですか」
驚いた顔のみぽりんに織姫は笑ってみせる。
「そう。そなたは信じるのですね。何人かの者に話したけど信じてはもらえなかった」
人生いろいろなのです、とみぽりんは神妙に頷いてみせる。
もとよりNWにはいろいろな種族がいる。
織姫がいても不思議ではないという認識である。
「でも、どうして”買う”ことにこだわったのですか?さっきのお店の人は優しいから、時々お饅頭くれますよ?」
みぽりんの問いに織姫は横を向く。
「みやげは自分で買いたかっただけよ」
真っ赤な横顔。
によりとわらいながらみぽりんがつつく。
「それは彦星ちゃんにですか?」
赤い顔がますます赤くなる。
「か、勘違いしないで。”ついで”なんだからっ!」
勘違いもなにも、店員と喧嘩してたくらいこだわっていたわけで。
つんでれだ、と雹は思った。
「あんなメールの返事もよこさなかったり、約束時間にこなかったり、お姉さまににやけているやつのことなんて知らないんだからっ!」
「ああ、彦星ちゃんと喧嘩中なんですね」
「だからあいつのことなんて知らないったらっ!」
否定すればするほど愛がみえるのは何故だろう。




【2】☆彦星side-1

 神聖巫連盟藩王である藻女は、ボロマールと一緒に神社にお参りにきていた。
 丁寧にお参りした後、神社の隅で座り込んで泣いている男の子を見つけた。
 水色の着物に、黒髪をまとめて星を模した冠で留めてある。
「どうしたの?」
藻女が声をかけると、”織姫ちゃーん!!”と大声で泣き出した。

「はい、ハンカチ」
「ありがとうございます」
ボロマールからハンカチを受け取った男の子は涙をふくと、チーンと鼻をかんでからハンカチを返そうとした。
「いや、いいから」
ひきつった笑いをうかべるボロマール。
「で、どうしたんだ?」
「お、織姫ちゃんが」
止まりかけていた涙がぼろぼろとあふれてゆく。
「泣かせたらだめだよ」
よしよしと男の子の頭をなでながら藻女がボロマールに言う。
泣かせてませんよー。何があったか聞かないとどうしようもできないでしょうが。
ボロマールの抗議をもっともだとうなづく藻女。
「それもそうだね。織姫を探しているの?」
こくこくとうなづく男の子。
「ということは、あなたは彦星さん?」
そうです。と、ぐしぐし泣きながら彦星はうなづいた。


ずいぶん泣いていくらか落ち着いた彦星は、携帯電話のメールを2人にみせた。
「いいの?」
「普段はみせません。特別です」
メールには『もうじき会えるね。彦星は何が好き? 織姫』とあった。
次のメールには『どうして返事してくれないの? 織姫』。そして『彦星なんか大嫌い!!  織姫』。
「ふうん。メールの返事を返さなかったんだ」
「それは怒るんじゃない?」
ねー?と顔を見合わせる藻女とボロマール。
違うんですうと彦星。
「ちょうど天帝さまから呼び出しがありまして電源を切っていたんです。天帝さまからの用事をそのまま済ませて、織姫の姉姫さまのところにご挨拶に伺って、電源を入れたら・・・」
ぼろぼろぼろと涙があふれる彦星。
「そのことを説明したらいいんじゃないかな」
「電話したら着信拒否って!!織姫ちゃんが、拒否って!」
そのまま、”うわーんもうだめだー”と泣き出す彦星。
痴話喧嘩か・・・
ふっとボロマールが煙草をとりだす。
彦星はいたって真面目に悩んでいるのに、どこかばかばかしく暑さすら感じる。
携帯メールのやり取りか。手紙のほうが情緒あると思ったのは藻女である。
「織姫が地上に来ているときいたので探していたのですが、地上は広くて、織姫はいないし・・・」
そこでくじけそうになって泣いていたというわけである。
「わかった。じゃあ一緒に探そう」
「本当ですか?ありがとうございます!!」
こうして織姫探しが始まった。



【3】★織姫side-2

3人は観光地を歩き回った。
ものめずらしそうにあれこれ手にとる織姫。
欲しいものがあるときは、先ほどの織物の代金ということで雹が支払っている。
「気がまぎれたようでよかったです」
ほっとしたように言う雹。
「ところで、みぽりんさんもお疲れでしょうし、もしよかったら一人でも面倒はみられますが」
「疲れてるのは雹さんも同じですよ?」
にっこり笑うみぽりん。
「そうですか。では一度政庁のほうに顔を出しておきますか」
織姫に政庁に一緒に行きませんかと声をかける。


政庁で挨拶を済ませた後、おなかすきましたねーとみぽりんがおなかをさする。
きょろきょろと周囲を見回すと一人の人物を発見して駆け寄る。
「摂政さまー!おなかすいたです!」
だからどうして自分にいうのかという顔をしながらも七比良 鸚哥(ななひら いんこ)は用意してあったおやつをふるまう。
「何ですか?これは」
「今日はわらびもちですよ」
ちょうどいいくらいに冷えていてくちあたりがいい。
「たくさん作ったから、皆の分もありますよ」
そう言って、摂政は他の職員にもふるまう。
「わーい、お菓子だー」
谷坂 少年(たにさか しょうねん)が嬉しそうに口にはこぶ。
お菓子によばれたミツキもやってきて、一緒に食べる。
「ところで織姫さんから織物をいただいたのですが」
先ほどの織物をみんなにみせる。
「綺麗ですねー」
「素敵です」
賞賛を受けて、織姫は顔を横にそらして赤くしていた。
「これで小間物を作って、みんなで使えないかなと思ったしだいです。幸せはみんなでわけなくては」
「おお、いい考えです。織姫ちゃんはいいですか?」
みぽりんが聞くと
「私の織物でよろこんでくれる人がいるのだったら」
と賛成してくれた。

おやつが終わって、時間のある人が集って、保育園や小学校、神社などに納めるぬいぐるみを作った。
織姫は器用に手先を動かしたり、苦手な者に針の使い方を教えたりしていた。
「織姫さんはやっぱり上手ですね」
感心したようにミツキが言う。
「う・・・」
真っ赤になって照れながらも、織姫はまんざらでもなさそう。
谷坂 少年も一生懸命に針を使う。
「谷坂さんも、思いが伝わるといいですね」
みぽりんの言葉に、谷坂 少年はあわあわとなっていた。

夕方近くになるとたくさんの小さなぬいぐるみができあがった。
「少しずつですが、置いてもらいましょう」
摂政、七比良 鸚哥がぬいぐるみをあずかってくれた。
「えっと、一つ貰ってもよいですか?」
「彦星ちゃんにあげるですね」
織姫はこくりと頷く。




【4】☆彦星side-2

「ああ、その子なら昼間にきていたよ」
饅頭屋の店員が教えてくれた。
「ありがとう」
「ああ、やっぱり地上にいたんだ」
手がかりがみつかって大喜びする彦星。
織姫の形跡をたどって、政庁までやってくる。

「姫様おかえりなさい」
藩王の姿をみかけた有馬 信乃(ありま しの)とあすふぃこが声をかける。
「ただいま。ところでふたりは織姫をみなかった?」
織姫の容姿を伝えると、二人は見合ってあの子のことだねと言った。
「3時過ぎくらいまで政庁にいましたよ。みんなと一緒にたくさんのぬいぐるみを作っていました」
「さすがの針さばきたっだということで、噂していたところでした」
またも行き違いに、がくっとうなだれる彦星。
「まあ、これでも食べて落ち着いてください」
様子をみていた柊 久音(ひいらぎ くのん)がお茶と団子を差し出す。
「そういえばおやつがまだだったね」
一同、座しておやつをいただく。
しくしくしながらも、彦星もおやつを貰う。

「ところで、織姫とはどんな女性なのですか」
控えめながら、久音が聞いた。
彦星は”え・・・”と赤くなって固まった。
純粋な人ですねえと思いながら、久音は彦星の言葉を待つ。
「えええええっと、天帝さまのお姫様で、かわいくて、賢くて、ぼくなんかにはもったいないくらい素敵な人です」
この言葉に周囲の気温があがった気がするのは勘違いではあるまい。
ぱたぱたと手で扇ぐ信乃、にこにこしながらみているあすふぃこ、そして恋心にわかるよわかると激しく同意していた谷坂。
「ぬいぐるみを一つ持ち帰ったようなので、彦星さんに何か贈り物があるかもしれませんねえ」
久音の言葉に激しく動揺する彦星。
嬉しい気持半分、自分以外に誰か好きな人ができてその人への贈り物だったらどうしようとかいう気持が半分。
そのとき、書類をもってきたあるが、彦星をみつけた。
「伝言を頼まれまして。織姫さんたちは川原へ向かったそうですよ」
「ありがとうございますう!!」
あるの手をにぎり大喜びする彦星。あるは苦笑い。
そして彦星たちも川原に向かうことにした。





【5】★織姫side-3

 夕暮れの川原には、気の早い蛍が舞っていた。
 時折、懐から何かを取り出し、がっかりする織姫。
「彦星さんからの連絡を待っているのですか?」
雹の言葉に固まる織姫。
「こちらからかけてはいけないのですか?」
「だって、彦星はきっと私にあわせてくれているだけだもの」
しゃがみこみ、水面に手をいれる織姫。
「お父様の命令だから。きっとあわせてくれているだけ。迷惑かけてるだけだもの。困らせたくない。私が嫌ならそういえばいいのよ。なのにいつも私の我侭に振り回されて無理して」
あふれる涙を袖でぬぐう織姫。
「彦星なんて嫌い。大嫌い」

そうして間の悪いことに、織姫が”嫌い”と言ったこの瞬間だけを彦星が見てしまったのだった。




【5】☆そして・・・★
彦星は走り去る。
追うみぽりん。
織姫は彦星の背中をただ見送る。
みぽりんが彦星の後をおいかけたのを確認した藻女はそっと織姫に近づく。
びくっと肩をすくめる織姫。
「あなたは彦星が嫌いなのですか?」
言葉なく、涙を流す織姫。
「今日、私は彦星と一緒にあなたを探しました。彦星は必死になってあなたを探していたのですよ」
「わたしが、てんていの、むすめだから・・・」
「そんなことは関係ないのですよ。私にはただ、あなたに会いたい、あなたが好きだという思いにみえました」
藻女がそっと織姫の涙をぬぐう。
雹がやさしく言葉をかける。
「誰でも全力で頑張って思いを伝えないといけないときがあります。織姫さんは、今がそのときではないでしょうか」
織姫はしばらく考えて。
そして覚悟を決めた目で彦星を追って走り出した。



「彦星ちゃん待つです!」
みぽりんに捕まえられた彦星はいやいやと首をふる。
「放してくださいっ!はじめから無理な恋だったんです!」
「放さないですよ。まだ織姫ちゃんはあなたに渡してないですもの。絶対放さないです」
「渡す?何を?嫌いって今度は正面から言われるんですか?ぼくは」
「織姫ちゃんは彦星ちゃんが好きなんです。彦星ちゃんにあげたくて、たくさんのおみやげを集めていました。まだ彦星ちゃんにあげてないです。彦星ちゃんは、織姫ちゃんが嫌いになりましたか?」
「好きです。大好きです」
「だったら、もう一度だけでいいから、織姫ちゃんを信じてあげて」
苦しそうに、彦星が目をつむる。

そこに織姫が追いついた。


「彦星ちゃん」
彦星はもう、織姫の顔を見ることもできなくて、ただ泣いていた。
織姫は彦星を抱きしめた。
「彦星ちゃん、ごめんなさい。嫌いなんてうそ。大好きが苦しくて、あなたを困らせた」
そしてそっとお饅頭やぬいぐるみを渡した。
彦星は何も言わず、何も言えず、織姫を抱きしめ返した。
闇のなか、蛍が乱舞する。
こぼれんばかりの星が空いっぱいに広がる。
白鷺が羽音をたてて集い、天に向けて並び橋をかける。
織姫と彦星は、今度こそ離れないように抱きしめあいながら、天に還っていった。

ありがとうの言葉が一同に聞こえた。
一同は天を扇ぐ。
2つの星は寄り添いあって輝いているようにみえた。


fIN