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「川井宏作(61年度) 自宅→富士山頂踏破」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら

川井宏作(61年度) 自宅→富士山頂踏破」の最新版変更点

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+*小さな夢、自宅→富士山頂踏破の実現
+#right(){2009年 6月17日}
+#right(){川井 宏作}
+***1.この企画の意図
+計画には二つの意図がある。
+  一つは、7,8年前から行きつけの床屋さんの角にある、石灯籠(角の常夜灯)に刻まれた「大山講」(享和二年)にヒントを得、「昔の人に習って、その先にある富士山まで歩いて見よう」という、学生気分に戻ったワンゲル的発想によるもの。
+ 二つ目は、この二月まで44年間、自分を制御してきた「経済合理性」。もっと言えば、経済原理主義のために全てを使ってきた、自分に対する卒業記念である。
+私たちの生活も、政治・教育・医療すら、コンビニエンスを良とする風潮が、大手を振ってまかり通る今日。人々は知らず知らずの内に、困難なことや、手間隙のかかる面倒なことを避けて通る生活習慣を定着させ、やがて物事を深く考えようとしなくなってきている。
+この対極にある行為が「歩くこと」だと思った。
+ 
+***2.会社退職後3ヶ月で実現
+心に期したこの日のために、極力節制もしてきた。しかし、夜の付き合いも大切な日々は続く。10時前に就寝できるときは翌朝3時45分には起きて速歩。3月からの3ヶ月は自己流筋力トレーニングを加えて、30km、40kmと歩いてマメも作った。
+ しかし、16,17kgのザックを背負った現実はこんなものでは済まなかった・・・。
+ 同期健脚の渡部卓夫、そのマラソン仲間の小林正勝さんというメンバを得て、思いがけず早く、夢の実現を見た。
 
+***3.実働行程
+毎日7時間30分、一日の休養日をはさんで8日間、歩きに歩いた。
+ 6月9日午前8時47分我々3人しかいない本当に静かな富士山頂到着、13時58分小御岳バス停で全行程を終了した。
+ この時の感想は、達成充実感より「もう歩かなくてよい」という終了感だけ。
+ 毎日が一杯一杯で、3人まともな会話もない。
+ 「ずいぶん長いな」「急に登らせるなあ」「あそこかな」・・・程度。
+ バスにて下山。富士山が眺められるようになって始めて、全行程踏破の手ごたえと現実感が沸きあがってきた。
+ 15,6kgのザックを背負ったロード(車道)では足の裏9ヶ所にマメができ、最初の3日間は、3人とも行動後マメの水抜きに専念。これが固まってきた4日目以降は、足の甲から上の関節痛と筋肉痛が始まった。「アイタッタ」「イッテッ」・・・。
+ 休憩後の歩き出しの痛さで、一年生時の合宿を思い出した。
+  計画・準備で意思を固め、実行の中に日常出くわさない肉体上の苦難と雑念・予想外の出来事・また来てみたいと思わせる人との出会い・道を尋ねた人の親切や、その人が持つ温かみ・「歩かなければ着かない」「歩くしかない」という諦め・歩く意欲の増減・安堵・達成の喜び・・・などがある。
+「歩く」という、人間にとって一番単純な行為の中に感動があり、そんな小さなものが人生である。
+
+***4.メンバと好天に後押しされて
+MGWV同期の渡部卓夫君、その近所に住まれる小林正勝さん、お二人の穏やかな人柄と、終始トップを引っ張った卓さんのパワーとが、今回の成功の裏づけにある。
+  水場のない西丹沢では折り良く雨に恵まれ天水を得、恐れていた富士山8合目から始まる雪の急斜面での強風もなく、むしろ下界より暖かい位の好天。
+この二重、三重のラッキーさに後押しされた。
+
+***5.まだまだ、これから
+今回の意図の一つである「歩くこと」で「卒業記念=普通の人」に戻ることは、その入り口に立てたような気がする。
+ 自分が立てた計画であるから「なぜ歩かなければならないのか」という基本的な問題で苦しむことはなく、むしろ気力は充実していた。
+が、しかし「重い荷を背負って歩き続けることから生ずる肉体的な辛さ」「上り下りが激しく繰り返されることから来る、嫌気」「ある種の諦めへ到達するまでの、自分との闘い」を経て、「一切無、ただ歩く=目先の現実に心を集中せよ。集中度が高ければ高いほど、楽に頂に至る」心境を得た。
+最終日にはお礼参りに富士吉田の冨士浅間神社へ詣でる。
+ 延享元年(1744年 徳川吉宗政権最終の年)と刻された石灯籠が並ぶ、長い参道。境内から滾々と湧き出る清らかな水にすがすがしさが増す。
+ 明治22年50回、33回登山記念の何基もの碑。東京府から山越えではないとは言うものの、何たる意志の力、強い信仰心か・・・。
+ 私は、今回の程度のことで、満足してはいられない。
+
+***6.自作詩文6点
+歩きながら、感じたこと。「歩くしかない」と自分に言い聞かせ「自分を歩かせる」道、道で、綴ったもの。
+
+鬼アザミ 喘ぐ夏山ズボンの スネを刺す  檜洞丸へ登り道で
+
+一切無 ただ歩く             富士山六合目から本六合目の途中で
+
+霧の中 雪の急斜面 富士山いずこ     富士山七合目からの登りで
+
+標高3200m 広がる青空 富士の頂き遥か上    富士本七合目からの登りで
+
+かすかな大砲の轟き 脚下に聞く
+富士の裾野は 国守る訓練の場 心強く歩が進む  富士山八合目の上で
+
+三名様貸切り 穏やかな富士山頂
+こんな贅沢も 陰にマメと汗あり         富士山山頂で
+(6月9日 午前9時00分)
+
+***補足(行動記録)*行程の(  )内数字は所要時間を示す。
+期間;2009年6月1日~10日(実働8日間、一日休養日を含む)
+行程;6月1日(月)自宅7:00出発(1:20)所沢トイザラス前(1:05)東村山駅前(1:25)恋ヶ窪郵便局
+    (:20)国立駅(1:10)府中四谷橋(多摩センタ ウエルサンピア多摩)(1:20)17:45着 
+    ウエルサンピア多摩泊
+   6月2日(火)ウエルサンピア多摩8:00出発 (1:20)小山田桜台交番前(1:10)相模原市富士見
+    町内公園(0:55)上溝駅(1:10)高田橋坂上(0:50)田代半僧坊(1:30)経ヶ岳(1:10)
+    リッチランド18:00着 リッチランド泊
+   6月3日(水)リッチランド6:50出発 (1:20)ます釣り場(3:40)大山山頂(1:15)ヤビツ峠
+    (0:30)青山荘15:24着  青山荘泊
+   6月4日(木)青山荘7:45出発(1:30)三ノ塔(1:40)塔ノ岳(1:10)丹沢山(1:50)蛭ヶ岳
+    15:40着 蛭ヶ岳小屋泊
+   6月5日(金)蛭ヶ岳6:00出発(1:50)檜洞丸(1:55)ゴーラ沢出合(0:45)西丹沢自然教室(
+    1:50)善六のタワ(0:50)畦ヶ丸避難小屋16:10着 畦ヶ丸避難小屋泊
+   6月6日(土)畦ヶ丸避難小屋6:35出発(1:00)大界木山(1:10)中ノ丸(1:50)菰釣山(1:30)
+    西沢ノ頭(3:30)平野旅館16:05着
+          平野旅館泊
+   6月7日(日)停滞休養日
+   6月8日(月)平野屋旅館4:50出発(1:10)籠坂峠(1:10)須走浅間神社(3:05 11.8km)新五
+    合目(1:00)六合目(0:40)本六合目(1:20)七合目太陽館15:30着 太陽館泊
+   6月9日(火)太陽館6:00出発(2:40)富士山頂8:47着(0:30)本八合目(4:10)小御岳バス停
+    13:58着 新屋人材開発センタ(富士カーム)泊
+   6月10日(水)帰宅
+
+・東京北区~小御岳バス停 157km         総歩行時間 62:30
+・埼玉ふじみ野市~小御岳バス停 147km  総歩行時間 60:30
+・一日平均歩行時間 7時間30分
+・足裏のマメ総数 9ヶ所
+#right(){以上}
+
+----
+#comment(vsize=2,nsize=20,size=40)