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私はちょっとTOVに出てくる貴族や騎士を馬鹿にし過ぎてるかも知れないな、と反省。
反省はするけれど、後悔はしてません。(笑)






 頭上高く、太陽は輝いている。青々と生い茂る緑の絨毯には、色濃く陰が落ち掛かっていた。幾重にも重なる鉄板が、歩を進める毎に鈍い金属音をあげた。
 その日は、突然やってきた。何の変哲もない、ありふれた一日だった。空気に融けるような蝉の鳴き声がただ煩い。時間だけは、よく覚えている。十一時五〇八分――その日は非番で、娘と二人で妻の職場に向かう途中だった。休憩時間に、三人でランチを食べる約束をしていた。
 最初に異変に気が付いたのは娘だった。妻の勤め先(とは言っても小さなパン屋だ)の扉をくぐろうとしたところで、空を指して「きれい」と言った。私は、娘の指し示す指先を辿るように空を仰いだ。
 真っ白な入道雲が高く立ち上ぼり、天頂に差し掛かる直前の太陽が瑠璃のような濃い色の空に輝いている。その脇で、何かが光った。一度、二度、とまるで太陽が二つ在るかのような強い輝きで点滅した。娘が言ったのはあの光か、という認識と共に、あの光は何であるのか、そう湧いた疑問に至るのと、急速に膨張した光に周囲が呑まれるのとは殆んど同時だった。
 後になって知った話だったが、その光こそが今私たちを滅ぼそうとしている「敵」の、その中心に在るものだった。あの日、私の日常と妻とを一瞬で灰にした焔は、「敵」が人類を殲滅するという宣戦布告だった。
 私たちは「敵」の多くを知らない。ある日突然、統率のとれた魔物が軍勢となり大挙してきたということ、そこには人類を滅ぼすという明確な意志が見え隠れしているということ――その程度だ。帝国の上層部は「敵」の意図、或いは正体に心当たりがないわけでもないようだったが、生憎と私はただの小隊長に過ぎない。上層で隠蔽された情報が、尾鰭背鰭の付いた状態ですら耳に届く地位ではない。
 それに、「敵」の正体も上層部の不穏な動きも、私にとってはどうでも良い、些末なことだった。それらが明るみに出たところで焼け爛れながら灰になった妻が帰ってくるわけではなかったし、娘が陽の輝く真昼の空の下、引き付けを起こさなくなるわけでもない。私の世界が元に戻るわけでもなく、また劇的に変化するわけでもないのなら、それらは全て、些末なこと、と括られて終わるのだ。
 そして、戦局は絶望的だった。「敵」が家々を焼き払い、人類の総数を五分の一程削ぎ落とすのに七日も掛からなかった。最初に陥落したのはデズエール大陸最北に位置するクリティア族の町、テムザだった。先行して配置されていたキャナリ隊はほぼ壊滅し、後続の私の所属する隊(シュヴァーン隊だ)が現地に到着した頃には、深く大地の抉れた跡以外何も残されてはいなかった。遺体すら残っていないのか、と悲痛な呻きを溢す隊長の傍らで私は「最初の光」と同じだな、とぼんやりと考えていた。
 テムザは壊滅し、「敵」が人類を殲滅し尽くすのも秒読み段階に入ったと思われた。だが、デズエールを攻める「敵」の侵攻はカドスの喉笛に来てその速度を落とした。ベリウスの率いるパレストラーレが「敵」の侵攻を食い止めている――それは、ほぼ壊滅状態にあったキャナリ隊の中でも肋骨を数本折る程度で済んだ、比較的軽傷の隊員からの情報だった。そして、彼はベリウス率いるパレストラーレ以外にも協力者が居る、と告げた。その隊員の名を、デューク・バンタレイという。
 持久戦は人の側が圧倒的に不利だった。帝国はギルドだけでなく、その協力者(複数人居るらしい)とも共同戦線を敷くことになる。帝国はザーフィアスにユニオン幹部と協力者を招集し、短期決戦に向ける話し合いの場が持たれることとなった。勿論、この会合の場が帝都であることに不満を漏らすギルドの人間が大半を占めたが、彼らの最大の拠点であるダングレストもまた壊滅的な状態にあったのでそれら不満も長くは続かなかった。とにかく、人類は未曾有の急襲に疲弊しきっていた。そんな中、忽然とその存在を浮き上がらせた協力者だけが、静かに双方の意見のまとまりを待っていた。彼らには帝国やギルドの確執などまるで関係がないようで、その何処にも属することのない中庸な姿勢は「敵」に似た不気味さを感じさせた。
 そうして、今日という日に会合の場が持たれた。
 主題は未曾有の「敵」に対する対抗手段に重きが置かれ、その正体には示し合わせたかのように誰も触れることをしなかったという。一騎士に過ぎない私が各地の重鎮の揃い踏みしたその場に居合わせるのは不可能な話なので、それらは隊長からのこぼれ話だ。だが、逆にだからこそ、皇帝や皇族、騎士の上層や元老院幹部は「敵」の正体に心当たりがあるのだろう、と隊長は言った。そして、正体だけでなくその目的にも、何らかの見当がついているのかも知れない。そして、それはその場に居合わせながら言及することをしなかったユニオン幹部や協力者にも言えることだった。
 テムザ山での襲撃を切り抜け、また協力者との間を取り成したというデューク・バンタレイも会合の場に居合わせていた。隊長クラスですらない年若い騎士が幹部会議に出席することを渋る声もあったが、協力者の存在もさることながら彼自身「敵」と対峙し、生き延びたという功績は大きい。結局最後まで難色を示していた元老院の貴族を騎士団長が黙らせたかたちでデューク・バンタレイは幹部会議の席に着いた。
 会合は滞りなく進み、様々な情報交換が成された。取り分け協力者からもたらされる「敵」の情報は的確且つ信憑性に足り、人づてに聞いただけの我々下の騎士の指揮も上がった。
 そんな中、特に口を挟むでもなく形式的にその場に居続けたデューク・バンタレイが最後に言った。
「エルシフルが居ません」
 エルシフル――その場に居合わせた誰もが、デューク・バンタレイの口にした名前を知っていた。帝国にもギルドにも属さない謎の協力者、その盟主だという人物だ。そして、この会合の場において初めて顔を付き合わせることになった三者は、エルシフルの顔を知らなかった。その為に、居るものと思って全ての話し合いが進められた最後になって、デューク・バンタレイから唐突に告げられるまで帝国、ユニオン双方共に気が付かなかったということらしい。
 協力者の側は協力者の側で、やはり言われるまで気が付かなかったという。仮にも自分たちを統率する盟主に対してその程度の認識で良いのだろうか、と思ったのは私だけではないだろう。
 そうして、滞りなく行われた会議から小一時間程経った今、私たちはその盟主の捜索を行っていた。実に馬鹿げた話だが、ザーフィアスという自分たちの庭で得体の知れない集団(協力者だ)の盟主が目の届かないところに居る、という事実が皇族を初めとする貴族には不安でならないらしい。何より、招いたギルドユニオン幹部の手前、面子もある。馬鹿げた話どころか、下らない矜持だ。時間も、人員も、未曾有の「敵」を前にして圧倒的に足りない今、矜持や面子といった自尊心に関わるものほど無駄なものはない。だが、ここに来ても人――取り分け、前線に立ち脅威と対峙した経験のない「上の者」というのは、帝国もギルドも関係なしに押し並べて頑愚であり、互いに易い挑発をしたり、それに乗ったりした挙げ句が騎士団を使っての盟主捜索だった。そして、その場に居合わせた協力者はそんな双方の様子にも、自分たちの盟主の勝手極まりない振る舞いにも特に触れることをしないで、話は終わったと言わんばかりにザーフィアスを後にした。
 捜索から一刻ほど経ってから、あっさりと協力者の盟主は発見された。正確には、盟主と思しき人物が発見された。
 騎士団長――アレクセイ・ディノアは数人の騎士を引きつれて報告のあった場所へ向かった。その数人の中には私と、そしてデューク・バンタレイも居た。
 盟主が発見されたのは城の中庭だった。私にはあまり縁のない場所だったが、貴族の飼い犬などが放し飼いにされていたりする。
 高い塀に囲まれた広大な敷地には四季を彩る花々が絢爛に咲き誇っていた。今の時期に、一際鼻を突く甘い薫りは梔だ。最盛期も過ぎたというのに、城の中の花には茶色く変色したところが少しもない。よく手入れの行き届いた、美しい庭だ。塀一つ隔てたところでは当たり前のように人が死に、誰もが少しずつ正気を失いながら疲弊し続けているというのに、ここはまるで地上の楽園だ。
 皮肉には思うが、感慨はない。怒りや憤りとも程遠かった。ただ何故か、花々の咲き誇るこの庭を目にして、酷く疲れた気になった。そうして、死んでしまった妻の顔が浮かび、それから笑わなくなった娘の顔が浮かんで、どうしようもなく泣きたくなった。
 楽園を踏み締めるその歩みに乱れはなく、誰もが口を閉ざしていた。私の斜め前、団長の後に続くようにして歩くデューク・バンタレイも何一つ言葉を発することはなかった。
 彼の白い、淡雪のような色をした癖毛が揺れる様子を眺めながら、何故協力者の盟主は会合に顔を出さず、また何故このような場所に身を潜めていたのかを問うてみたい、と思った。
 勿論、私と彼とはそのような気易い間柄ではなかったし、歳の差も一回り以上違う。共通の話題もない私たちは任務や引き継ぎといった仕事上の会話でしか言葉を交えたことはなかった。それでも私は彼に、協力者という「敵」への有効的な対抗手段をもたらしたこの、デューク・バンタレイという奇跡のように美しい青年に問うてみたかった。「敵」の意図は知れない。だが、それは協力者にしても同じことだ。彼に答えを求めても、彼自身真実から遠い場所に居るのかも知れない。だが、それでも確かに、我々よりも遥かに彼ら――協力者、或いは「敵」に近い場所に居るのもこの青年だった。この庭に足を踏み入れたその瞬間、私は些末なこととして一括りにして片隅に追いやった諸々を後悔したのだった。
 私たちは知らなくてはならない。絶望にも諦念にも、まだ早い。
 「彼」は、中庭の片隅にひっそりと居た。塀に添って植えられた糸杉の傍らに落ちた浅い陰の下に蹲っていた。
 遠目に見た初めに何の毛溜まりだろう、と数人の騎士が首を傾げた。私もその一人だ。近付いてみれば、毛溜まりの正体は貴族の自慢の犬たちと知れた。人の気配に気付くと犬たちは散り散りにその場を後にし、最後に、この楽園には酷く不似合い且つ不釣り合いな、みすぼらしい布切れを纏った男が一人残された。脇には、粗末な藁で作られた帽子が落ちていた。
 緑の絨毯に拡がる髪は、黒い。眼の色は目蓋の奥に隠されていて分からない。恐らくはヘイゼルかブラウンだろう。顔立ちは整ってはいたが無個性で、次にすれ違っても気が付かないかも知れない、そんな地味さばかりが目立った。目を閉ざした男は、穏やかに微睡んでいるようにも、初夏の暑さに疲れ切っているようにも見えた。
 騎士団長が傍らに立つデューク・バンタレイに目配せをした。青年の頭が揺れ、一つ前へと歩み出る。
「エルシフル」
 名前を呼ぶ。ただそれだけの平坦な声の中に、怒気のようなものを感じたのは気の所為ではないだろう。
 男は、呼び掛けに僅かに眉根を寄せた。そして薄く押し開かれた目蓋から、色濃く暗い灰色が覗いた。視線は、そのままデューク・バンタレイへと真っ直ぐ向けられた。起き抜けにこれだけの人数に囲まれているという驚きもなく、まるで初めからこの青年以外の存在を見留めていなかったかのような淀みのなさだった。
 二人は視線こそ交わったが言葉を交わすことはなく、デューク・バンタレイは騎士団長の方へと向き直り一礼して後ろに下がった。男はそんな青年の様子を見るでなしに、顎が外れるのではないかというほどの大きな欠伸を一つしてから傍らに置かれた帽子を手にした。
 デューク・バンタレイと入れ替わるようにして、騎士団長が男へと歩み寄る。背中に陽を受けて、彼の影と木陰の交わるところばかりが色を濃くした。
「私は誉れ高きザーフィアスの矛にして盾、勇敢なる騎士たちの長を務めている。名を、アレクセイ・ディノアという」
 団長が名乗ると、そこで漸く我々の存在に気付いたかのように男はぐるりと周囲を見渡した。そして最後に、団長の顔を見上げる。
「護人……?」
 まだ眠いのか、単に強過ぎる陽の光が眩しいなか、男は目を細めている。
「その通りだ。……盟主、エルシフル殿とお見受けするが、宜しいかな」
「はい。そーです」
 団長の問いに、男は上体を起こしながら答えた。
「この度は数多くの協力者を引きつれての連合軍への参加、真に感謝している。皇帝陛下も貴殿らの今後の働きに大いなる期待を寄せられていた」
「そうですか。何処までご期待に添えるかは分かりませんが、頑張ります」
 男は、何処か間延びした調子で団長に言葉を返す。クリティアに多く見られるような楽観が言葉の端々に覗くようなものに似ていたが、私は妙な既視感を覚えていた。そう、クリティア族などよりもずっと身近な存在だ。私の娘である。
 今でこそ脅え以外の感情を示さなくなった娘だが、昔は本当に表情の豊かな子供だった。その娘が稀に見せる表情と、今目の前に居る協力者の盟主だという男は同じ類いの表情をしていた。娘が自分に関係のない上に、全く興味もない話を、聞いているとき――正確には、聞き流しているときと同じ顔だ。この男の場合は興味はなくても関係がないわけではないので取り敢えずの受け答えはしているようだったが、ぼんやりとした無表情の質は無関心をそのままに表しているようでもあった。その様子は皇帝の名前を出されても変わらず、男の周りに流れる緩やかな空気とは裏腹に何処か厭世めいたものを感じさせた。
「陛下は功績ありきとのお考えだが、私としては貴殿らの協力、その確約だけでも充分報償に値するものと考えている」
 団長の演説めいた口上に淀みはない。人望もあり、人の機微にも聡い彼のことなので男の無関心に気が付かない筈もないのだが、素知らぬ顔で話し続ける様子は流石だった。その辺りは対峙し合う互いとしても暗黙の内に知れているのか、眠そうに目を瞬かせる男も欠伸だけは起き抜けの一度きりで、後はもうずっと噛み殺し続けている。
「報償……」
 男は団長の言葉を反復した。返された言葉に、団長は一つ頷く。
 「そう、褒美だ。私の権限で出来る範囲ならば、可能な限り貴殿らの望みに添うようにしよう」アレクセイ・ディノアは威風堂々たる態度を崩さぬままに言った。「さあ、何を望む」
 問われて、そこで初めて男は対峙する団長から視線を反らした。濃く陰の落ちた草原を見やり、ほつれた黒髪に手を差し込んで頭を掻くと逡巡を終えたのか再び団長を仰ぐ。
「じゃあ、そこを退いて頂けますか。影になって寒いので」
 相変わらずの無表情のままに男は言った。だが、そこには今までのような無関心は滲まず、本当に望むことを口にしたのだと誰もが知れた。知れた故に、誰もが閉口した。ただ一人、いつの間にか私の横に立っていたデューク・バンタレイだけが静かに、小さく溜め息を溢しただけだ。
 デューク・バンタレイの溜め息は主張する類いではない控え目なものでしかなく、恐らくは隣に立つ私にしか聞こえなかった。私は顔の向きはそのままに、視線だけを彼の方へと巡らせた。そして、驚いた。青年の口元は本当に微かにだが確かに弧を描いており、彼が微笑んでいることを示していた。それは苦笑に近いものではあったが、それでも私は人形染みた彼の顔に感情のようなものが乗っている様子を初めて目にしたのだった。



病狗来たりて A Socrates Gone Mad
20090814



神(宇宙自然)の意図するところは――賢者の意図も同様だが――、
普通の人が欲しがるもの[のぞましいもの]が、
実は《善》でも《悪》でもないことを知らせることにある

セネカ 「神慮について」




 





元ネタがあるので解かる人は「またか」、と嗤ってやって下さいませ☆
(20090814)