※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

第0章 クロノエルム

ここは首都から少し離れた住宅街。
首都圏のガヤガヤした喧騒も、陽の光を遮る背の高い高層ビルや、高層マンションもなく爽やかな朝日が差し込む団地は穏やかな気分が包んでいた。
きれいに均された広めのコンクリートの道路の両脇に、落ち着いた感じの日本風家屋が立ち並んでいた。
家の前には青々とした芝生に、色とりどりの花が咲いていて、もうすぐ春を迎える庭はどことなく嬉しそうに見えた。

こんな朝の静けさがいつまでも続くと思っていた。
突如、静寂を破る音が一軒の家から鳴り響いた。
「行ってきま~す!!!」
壊れんばかりの力で押された家のドアは鈍いを出しながら限界まで開いた。
この限界というのはドアの機能的な限界というよりも、ドアの開く角度の限界という意味になる。
まあ、つまりは180゜ぎりぎり。壁すれすれということだ。
その壁に穴が空いているようだが、気のせいだろうか。
見なかったことにしておこう。

ドアを押し開けた張本人は既に庭を駆け抜け、門を開けて道路に飛び出していた。
ランドセルを背負った少年だった。
彼の名は「翔一」
この物語の主人公の一人。
短い黒髪で背は低めとは言えないが、要するに普通だ。
ランドセルの中身がガチャガチャと踊り狂うのに、気にもせずあっという間に住宅街の角を曲がって見えなくなった。

翔一がランドセルを背負い、この住宅街から学校までの道を通るのもあともうすぐで終わる。
翔一は小学校6年生。
卒業式までの数週間を思いっ切り楽しんでいたのだった。

翔一には父親がいない。
今は母親と二人だけで一軒家に住んでいる。

十年前
仕事に出たっきり帰ってこない日が続き連絡もとれず、母親は警察に捜索願いをだした。
地元警察はすぐに対応し、その日の内に捜索に乗り切ったが何年たっても見つからなかった。
当然、この出来事は事件になり新聞やテレビにより全国に知れ渡るが、父親の目撃情報も無し。
事件はやがて熱が冷め「謎の行方不明」
そんな形で迷宮入りしてしまった。

翔一の母親は父親がいない翔一が寂しがらないかを心配していた。
それだけが気掛かりで、今まで翔一を一人で育ててきた。
そんな心配をよそに翔一は明るく元気に、むしろやんちゃにうるさい子供に育った。
まったく、親は子供に心配をかけない方が
いいのかもしれない。
そんな翔一だが母親に対して、一切父親のことを聞いてみたことが無かった。
一見、気にしてないようだが心の内では父親のことを思っているに違いない。
聞かないということ自体が気にしているのだから。

説明している間に、翔一が学校に着いた。
翔一の家から学校まではけっこう近い。
ものの5分で校門に着いてしまうので遅刻だけはしなかった。
なんの変哲もない市立小学校。
割りと広めの校庭にブランコ、滑り台などの小学校の遊具の定番がある。
そして校庭の北側に校舎がある。
北校舎と南校舎の2つに別れそれぞれ4階建てだ。

翔一が校門をくぐり、校庭を一望した時異変に気が付いた。
いつも7時40分までに教室に来て机にランドセルを置いて友達とドッヂボールをやるというのが翔一の朝の日課だった。
だが今日はそうではなかった。
いつもは友達が先に学校に来ていて既にドッヂボールを始めているのだが。
「いない…。」
いつもの仲間がドッヂボールをやっていなかったのである。
(なんだ、今日はみんな寝坊しているんだな。)
と最初は軽い気持ちでいたが
(おかしい…。全員が学校に遅れるはずがない。)
とだんだん思うようになっていた。
終いには教室まで猛ダッシュで走り教室のドアを勢いよく開けていた。

6-1と書かれた教室。
教室の真ん中には大きな人盛りが出来ていた。
更にいつもとは違う雰囲気もおまけに。
いつもはあまり仲のよくない奴も輪の中に入っている。
特に女子に至ってはそれがいえる。
みんなは何やら熱心に会話を繰り広げていたらしい。
しかし、その内容は分からない。
なぜなら翔一が突然教室に入ってきたため、みんながビックリして会話を中断しざるをえなくなったからだ。
「……えーっと……。
おはよ、皆さん。お揃いで…。」
翔一はそんな空気に耐えられず
先に自ら口を動かした。
「翔一、ゴメン!」
輪の中の一人が声をあげた。
一体何に対する「ゴメン」なのだろうか。
ドッヂボールやらないでゴメンなのか
こんな空気でゴメンなのか
はたまた違う理由でゴメンなのか…。
翔一にはよく分からなかったが、とりあえずは
「どうしたんだよ、みんなドッヂボールすっぽかして…。」
とだけ言った。
「聞いてくれよ、うちのクラスに転入生が来るんだよ!」
さっきとは違う子がやや興奮気味に言った。
見る限りほぼ全員が興奮しているようだが。
「え!?マジで、本当に来んのか?」
翔一のクラスは2年間ずっと転入生が来ていないので、驚くのも当たり前だった。
「オレ、オレ、オレ見た…!見たんだ!」
今度はスポーツ刈の違う子が来た。
「落ち着いて話せよ~、バカ。」
「え?見たって、何を?」
いつの間にか翔一も輪の中に無理矢理入れられていた。
どうやら話しの流れ的に、転入生が来るから今日はドッヂボールどころじゃないぜぇ。
と、いった感じのようだが翔一は今さらドッヂボールのことは考えていなかった。
「転入生をだよ!
オレが今日、たまたま校長室の前通ったんだけどさ、雅弘先生と校長先生と、あと知らない男の子が話してたんだ!!」
雅弘先生とは翔一のクラスの担任の先生である。
「ど、どんな子だった?」
と翔一が言った瞬間、教室のドアから二人の少年が転がるように入ってきた。
「大大大ニュース!!ニュースだよ。ニュースだよ。どいたどいた!」
二人は大きな画用紙を丸めて手に持っていた。
人を押しのけながら歩み寄り、教室の真ん中にある机の上にバンッと画用紙を広げた。
「何、何、見せて!」
「慌てない、慌てない。」
数人の女子が集まったが二人によって制された。

二人はクラスで一番情報収集が早く、職員室や校長室にでも軽く忍び込める。
「それでは皆さん、お見せしましょうー。」
みんなが画用紙を覗き込んだ。
翔一も同じく。

画用紙には、転入生の似顔絵が描かれていた。
一体、こんなものいつ描いたのだろうか。
そして、どこで画用紙を手に入れたのだろうか。
「名前:木村京介
身長:160cm~170cmくらい
体型:少々痩せ気味
性格:特に悪いところは無さそう
見た目:格好悪くもないし、格好いいともいい難い。
まあ、現段階で調べられるのはそれくらいかな…。」
画用紙に描かれた似顔絵は実物を見ていないから分からないがかなり上手い。
細かいところまでしっかりと描かれている。

二人が言い終わった途端、またお喋りがいたるところで始まった。
「な~んだ、カッコイイと思ってた。」
「何かいたって普通だな。」
とか、下手すると愚痴にも取れる言葉がほとんどだ。
翔一もお喋りに混じっているとチャイムが鳴ってしまった。
(結局、転入生の話しだけで終わっちゃったよ。)
と翔一が考えながらランドセルの中身を急いで机の中に入れた。

朝の会になりみんかは席に着いた。
転入生の話題を聞き逃さないためか最初から静かだった。
やがて例の雅弘先生が翔一達のクラスに入ってきた。

いつもは教室に入り教卓の前に立ち、その日一日の話しをする。
ただ今日はどうなるか…。
みんなは先生が教室のドアを開けるところからまじまじと見つめ続けた。
ドアを閉め、黒板の前を歩き、教員手帳や学級日誌を教卓の上に置いて、止まった。
(…教卓の前に立たない…!)
先生は教卓の横に立って、喋り始めた。
間違いなかった。
転入生の話しは本当である。
「えー今日は、実は、新しく転入生が、来ているのでみんなに紹介したいと思います。
おーい、入れ。」
教室のドアが静かに開いた。
少年が入ってきた。
翔一と背が同じくらい。もしくはそれより少し高い。
顔はあの似顔絵とそっくりである。

その子は少し恥ずかしげに教卓の前に立った。
無理もない。
クラス全員が一人を見つめることなんて滅多にあることではないのだから。
「それでは、黒板に名前を書いて、自己紹介を出来るね。」
先生の問い掛けに少しだけ頷くと、黒板に彼の名前を書き始めた。
カッ、カッカッ カツ カツカツカッ・・・
静かな教室に黒板とチョークが
ぶつかる音だけが鳴り響く。
書いている本人にとっては
何とも嫌な時間だろう。
見ているこっちが緊張してくるくらいだ。
ここで、字を間違えたり、チョークを落としたりするのだろうか。
緊張して字が震えないといいのだが…。
そんな翔一の心配をよそに、彼はすんなり名前を書きあげた。
みんなに見える様に彼は少し横にずれた。
みんなは興味津々だ。
名前なんてもう知っているのにも関わらず。
「木村京介」
達筆とは言えないが字のバランスは整っていた。
前を向いて少し息を吸ってから話し始めた。
「えっと…。名前は木村京介です。
僕の父がゲーム会社の社員で急に転勤することになって、こっちに来ました…。
もうすぐで中学に入るって時に来て、迷惑かもしれませんが、よろしくお願いします。」
よくいる転勤族とは違うようだ。
自己紹介に馴れがないので翔一はすぐに分かった。
他の何人かも気づいただろう。

みんなは、お辞儀をする京介にパチパチと拍手した。
「はい、京介君はこの学校のことが、よく知らないので、みんな親切に教えてくれよ。
早く仲良くなるようにな。」
(ふ~ん…。京介か…。)
!?
翔一は京介という名前に奇妙な感覚を感じた。
妙な親しみというか、これから長い間その名前を呼ぶのではないか。
そんな気がした。
(何だろう?この感覚?)
「よし、それじゃあ、翔一の席の隣が空いてるから、そこに座りなさい。」
(うっわ~、来たよ。
何で先生はいつも、空いてる席に転入生を座らせるかな…。
運悪くこの席に座った人が、どんなに気まずい思いするか知らないんだよな~。)
翔一は頭の中でそう思いながら
京介の顔を見つめた。
一瞬、京介と目があった。
するとまたあの感覚に襲われた。
今度はもっと強く。
別に仲良くなりたい訳じゃなかったが
何故かこいつとは仲良くなれるという確信が生まれた。
何故だろう?
というか、何なんだろう?
京介も同じものを感じたかは分からない。
ただ京介は何事も無かったかのように翔一の隣に座った。
(あ~あ、嫌だな~。どうなるやら……。)

次の日。
翔一の大好きな休日。
当然学校も休み。
そして、翔一はというと朝早くからゲーム屋にいた。
なんと今日は翔一が前から目をつけていたゲームが発売される日だったのだ。
それをいち早く手に入れるためにわざわざ早起きして開店前に並ぼうという魂胆だ。
ゲーム屋は商店街の中にある。翔一が行きつけのオススメの店である。
店長と仲がいいのもひとつの理由だが、商品の入荷が早いことが一番の理由だ。
ゲーム屋には、まだ2、3人しか来ていない。
それもそのはず商店街には昼間でも人気が少ないのだ。
(ちょっと早過ぎたかなぁ…。)
翔一はそう思いながら、先に来ていた子達の後ろに並んでしばらく待っていた。
すると店の奥から一人の男の子が出てきた。
その子は両手に看板を抱えて、重そうに店の前に持ってきた。
看板には「新作ゲーム入荷!!」と書かれている。
まさに翔一が手に入れようとしているゲームである。
ふとその子の顔がこちらから見えた。
「あれ、君!もしかして?」
翔一は無意識のうちに声を掛けていた。
昨日転入してきた木村京介にどこか似ていたのだ。
「え?」
翔一が声を掛けたその子は翔一の方を振り向いた。
翔一の予想は的中した。
やはり木村京介だった。
「…あ!あ~、君確か隣の席の子だよね?」
京介は最初はビックリしていたが、やがて誰だか分かると明るい表情で答えてくれた。
「うん、そうそう。
…でもお前ここで何してんだ?」
翔一は怪訝そうな顔つきで聞いた。
「へへ、アルバイトがてらに父さんの手伝いしてるんだ。」
そういえば京介は自己紹介で自分の父親はゲーム屋の店員だと言っていたはずだ。
「父さんの手伝いって、お前の家…ここなのか?」
翔一は驚きが隠せない。
じゃあここの店長と家族はどこへ行ったのだろう。
「そうだよ、前の店長さんが転勤して、僕のお父さんがこの店を継ぐことになったんだ。」
「へー、そうなのか…。」
「あの…、ゲーム買いに来たんでしょ?よかったら家に上がってよ。」
京介は自分の家。つまりゲーム屋を指差す。
「マジで!いいのか?
それじゃ、お言葉に甘えてお邪魔しまーす。」
京介は持ってきた看板を少し調整してから、翔一を家の中に招いた。

「わぁ~!すごいキレイになってる!」
そう言ったのは言わずと知れたこの店常連客の翔一である。
以前は入り口付近まで迫っていた大きな棚は店の脇まで移動され、代わりに新作ゲームのショーウインドーが置かれていた。
これなら背の低い子供でも楽に商品を見ることが出来る。
他にも照明が明るくなっていたり、レジ周りがキレイになっていたりと京介の父親が熱心に作業したことが良く分かる。
感心している翔一をよそに京介はさっさと店の奥に進んでいく。
翔一は慌てて京介の後についていった。
「父さ~ん。」
京介はそう言ってレジ奥のドアを開けて中に入った。
どうやらこのドアからは普通の家に繋がっているらしい。
翔一の思った通り中を覗くとそこにはフローリングの床が敷かれた廊下があった。
「へぇ、こうなってるんだ………。」
翔一は何度も店に来ているが家までには入ったことがなかった。
京介は廊下を進み、つき当たりにある部屋のドアを開けた。
その部屋はリビングになっているらしい。
「父さん、友達連れてきたよ。」
部屋には30代後半の男性がいた。
髪は京介とそっくりな黒。短髪に丸い眼鏡がよく似合っている。
彼は部屋いっぱいに積んである段ボールから何かを丁寧に取り出していた。
京介の声を聞くと、彼は手を止め顔を上げた。
「おう、京介。もう友達を作ったのか、早いな。
こんにちは。名前は?」
「翔一です!おじゃまします。」
「おうっ、元気のいい子だな。京介と仲良くしてやってな。」
「はい!任せて下さい。」
「よしっ、これ持っていけ。」
そう言って彼は翔一に何かを手渡した。
それは………
「いいんですか!?これ貰っても………!?」
新作のゲームだった。
まさに翔一が欲しがっていた、ゲーム。
しかも一番乗り。
「ああ、京介の友達だったらな。ただし、これ手伝ってくれるかい?」
彼は床に置かれている無数の段ボールを指差した。
「は、はい!もちろんです。
あ、あの、ありがとうございます。」
「いいのいいの。さ、京介も手伝うんだよ。」
「分かってるよー父さん。」
こうして翔一は京介と一緒にゲームを店頭に並べる仕事を手伝うことになった。
「良かったね、ゲーム貰えて。」
京介はゲームを棚にひとつひとつ並べながら言った。
「おう、お前の父さん優しいな!
まさかゲーム貰えるとは夢にも思わなかったよ!」
「へへ、まあそれが父さんの仕事だからね。」
「いいなぁ~。」
ゲーム好きの翔一にとっては、そんな環境にいる京介が羨ましい限りなのだ。
しかも父親という存在がいないのだから尚更のことである。

京介と翔一の努力の成果もあって、30分足らずでゲームを店頭に並べることが出来た。
「よぉーし、これでいいだろう。翔一君ありがとな。
またゲーム買いにおいで。」
「どう致しまして!また来た時はちゃんとお金払わしてもらいます。」
「今度遊びおいでよ。うちなら新作ゲームすぐにプレイ出来るからさ。」
「ああ、じゃあまた今度な!」
翔一は少し微笑むと手を振って外へ出た。

「うわぁ!何この人数!?」
翔一が外に出ると、ゲーム屋の前にはものすごい数の人々が蟻の行列のようにゾロゾロと並んでいたのだ。
翔一はずっと手に持っていたゲームを見つめた。
「……スゲー物貰ったな。」
そう呟くと翔一は足早に自宅へ帰っていった。