八日僧 (港南台・野庭)



 むかしむかし,港南台が,まだ「宮ケ谷村」とよばれていたころのお話です。
 下馬根というところに,山王社の祠がありました。
 山王さんは,この村では熱病の神さまとして,おそれられていました。
 その熱病というのは,いまでいう天然痘のことで,むかしはそうした病気でたくさんの子どもが死んだのです。大人たちは,その神様に子どもが近づいたり,いたずらしないように,妖怪の話を作って,おどしていたのです。
 その妖怪は,小さくて,とても弱い妖怪なのですが,昔から暮の十二月八日の夜明け前に,どこからともなく村に来て,一軒一軒の家をのぞきこみ,
「悪い子どもは,いないかな」
 と言いながら,子どものいる家をさがして歩き,いろいろなわざわいを,もたらすとされていました。
 村の人たちは,その妖怪をそれはそれはおそれていました。妖怪が来た家の子どもは,熱が出たり,病気になったりしたからです。
 そこで,村の人たちは,みんなで知恵を出し合い,妖怪が家の前を通る前の日の,十二月七日の夕方に,その妖怪より大きな目がたくさんある「ざる」や「背おいかご」を長い棒の先にかぶせて,家の軒先に目立つように,立てることにしました。
 妖怪より,目のいっばいある妖怪がいるように見せかけて,おどかそうとしたのです。
 ところが,なんと,野庭にやって来る妖怪は,帳面まで持っていて,「ざる」や「背おいかご」が出ていない家を,ちゃんと調べて帳面につけていったのです。
 そして,年が明けた二月八日に,再び村にやって来て,暮に調べた帳面にのっている家を見て回り,またまた「ざる」や「背おいかご」が出ていないと,こんどはほんとうに,災難や病気などのわざわいを,おいて行ったのです。
 そこで,村の大人たちは,「八日」を忘れないように,その妖怪のことを「八日僧」と呼ぶようにしました。
 この風習は,今でも港南区のあちこちに,言い伝えられ,残されています。







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