火の上を歩く人たち (日野)



 村に見なれぬ白い衣装を身にまとった人たちがおとずれました。真っ黒に日焼けした、いかめしいその姿を、子どもたちが、親のかげからのぞいています。
 「てんぐさまみたいだ・・・・・・」
 「あの人たち、だれ?あそこで何してるの」
 子どもたちが、ふしぎに思っているうちに、村の小高いところにある山王社の前に、土がこんもりと盛られた場所が作られたのです。
 「今からここに、『ごま』という火をたきます」
 てんぐさまのようなその人たちは、そう言うと、獣の遠ぼえのような、ほら貝を吹き鳴らし始めます。そして、太鼓をたたき、太い声で呪文を唱えながら、火をおこしました。
 何が起こるのだろうと、と、子どもたちはみじろぎもせずに見つめています。
 「あーっ」
 「おとうちゃん、火の上を歩いているよっ」
 とりまいて見ていた村人たちは、おどろく子どもたちに教えます。
 「この村のいやなことを、みんなおっぱらう、おまじないなんだと」
 「火はな、悪いことを焼きつくし、清らかにしてくれる、と言っとられる」
 そう言いながら、大人たちだって、もちろんびっくりしていたのです。なにしろ、一心に呪文を唱えながら、熱そうな顔もせずに、火の上をはだしで歩くのですから。
 そしてさらに、こう言われました。
 「これを火渡りの行(ぎょう)といいます。さあ、みなさんもどうぞ。この村にも、あなた方一人ひとりにも、悪いことが起こりませんように」
 親たちはどうするだろうと、子どもたちは息をのんで見守るのでした。

 -むかしむかし、仏教が伝えられるのに、大事な役目をした道があります。道ぞいのお寺には、立派な仏像も作られました。その一つが、日野の光明寺にも納められています。光明寺が管理していた山王社でも、このような出来事があったのです。てんぐさまのように見えた人たちとは、その古い道を使って、あちこち修行をして歩いていたやまぶしでした。
 山には山の、家には家の、火には火の神がいると信じていた村人たちは、おそるおそる、その火の上を渡り、村の安全と幸福を願ったに違いありません。






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