アワノスさま (笹下)


 海の上に稲妻が走り、大地を震わすほどすさまじい雷鳴がとどろきました。なにごとかと、里の人たちが息をこらして見守っていると、東の空から紫色の雲が、不思議な歌声とともに近づいてきました。
 そのとき、どこからともなく、このあたりでは見かけないお坊さんが現われました。
「あの紫の雲が消え、歌声がやんだら、その場所に社を造りなさい。たった今、安房の国(現在の千葉県の南部)から州崎明神が飛来したのだ」
 そう告げると、お坊さんはまたどこへともなく姿を消しました。
 やがて、紫の雲は、山の上まで来ると小さくなり、薄くなって消え、歌声もやみました。
ようやく我に返った里の人たちは、お坊さんが言ったとおり、山の上に社を造って、「安房洲明神」としておまつりしました。
 それから長い年月がたち、社が古びて崩れかけたころ、この地に城を築こうとした殿様の夢に神霊が現れて、波の音が聞こえなくなるまで海から遠ざかったところに、社を造り直すようにと告げました。そこで、殿様は、松本村の宮田に、安房洲神社を造り直しました。
 この神社の宝物として、蛇の頭骨が伝えられていましたが、この蛇は、戦のときに殿様の身代わりになって、死んだのだと言われています。
 その後も、アワノスさまとして、松本村の人たちがずっとたいせつに守ってきた安房洲神社は、明治四十一年(1908)に、現在の港南五丁目の天照大神にいっしょにまつられることになり、姿を消しました。それを惜しむ村人たちは、毎年九月に影まつりを続けていたということですが、それも昭和のはじめまででした。
 いま、どれだけの人が安房洲神社のことを覚えているでしょう。紫の雲に乗って海を渡ってきて、殿様の夢に現れたほどの安房洲明神ですから、時代とともに忘れられかけたころにはきらんとまつるようにというお告げが、またそのうちにあるかもしれませんね。
 とは言っても、この天照大神には笹下や松本や雑色の村の七社の神社がまつられ、毎年九月五日盛大にお祭りが行われています。
 祝詞が上げられ、盆踊りが踊られたり、夜店が出たりする、夏の終わりの夜を、大人も子どもも楽しみながら、アワノスさまや他の六つの神社のことも考えてみたいですね。